荒廃したディストピア世界で元社畜のおっさんはのんびり傭兵生活がしたい 作:EAT
人類の防護壁である
安全の担保されていない朽ち始めた街は、常人からすれば足を踏み入れることすら危惧されるし、星の力に適応できない人間にとっては地獄である。
けれど、そこにはまだ密かに人々の生活が生き残っており、いつ死ぬかもわからない恐怖の中で人々は精一杯に生き抜いていた。
「この第九放棄区画は今、二つの大型クランが頻繁に狩場争いをしてるんだ」
放棄区画の中でもたくさんのモノと人が集まる露店通り──
「一つは元AIDIVNの
「へぇ……そりゃまた、血気盛んなことだねぇ」
どこか辟易とした様子のアザマルの言葉に、ソウガは実に呑気な相槌を打つ。
──……本当に話聞いてんのか、このおっさん?
そんな彼を見て、アザマルが胡乱な目をしたのは言うまでもない。
クレハといえばせっかくの二人きりのデートを、この坊主頭に邪魔されて未だに拗ねていた。
そんないつもの様子の部下を見て苦笑しながらも、ソウガはアザマルに質問を続けた。
「先輩はどっちのクランにも入っていないのかい?」
「いやいや、オレみたいな鳴かず飛ばずの木端が入れるわけ──げふんげふん! オレ様みたくスーパーでミラクルな傭兵はソロでも余裕だからな! 寧ろ、向こうがオレ様の下に付くっていうんなら考えてやらんでもないな!?」
「流石は先輩。志は高く在りたいよね」
「そ、そのとおりだぜ!」
ソウガの適当な相槌に、アザマルは慌てたようにうなずく。
口ぶりやその見た目から察するに、この坊主頭はまだ若い。
年齢で言えば二十二、三……リンと同じくらいだ。それを考えればクランに入れずとも、その若さでソロで立派に傭兵稼業を続けられているのだから大したものである。
そう思えば、確かに眼前の彼はソウガにとっては先輩であった。
長い間、ここを拠点にしているだけあって、彼の口から聞ける情報は実に有益なものだった。
「どう思う、クレハ」
いましがたアザマルによって齎された情報を、隣の部下と一緒に吟味する。
不意のソウガの質問に、頬を膨らませて仏頂面を作っていたクレハは慌てたように取り繕った。
「んん”っ! そ、そうですね。クランの抗争は別にどうでもいいと思いました。やっぱり気になるのは星異物の数ですかね。確かに、そこの坊主の言う通り、周辺を哨戒していた限りでも、他の放棄区画と比べて明らかに星異物の気配が感じられませんでした」
「だよねぇ。単純に数が減ったのか、それとも
現実味があるのは圧倒的に後者の方であった。
基本的に星異物というのは群れず、単独で行動する怪物だが、汚染区域──それも流星付近の爆心地に近づけば近づくほど、話が変わってくる。
群れを成し、組織だって、数の暴力で襲い掛かってくるのだ。
その一部の強者しか知り得ない実態を、嫌というほど体験してきたソウガたちからしてみれば、今この放棄区画で起きている異変には覚えがあった。
「だとすれば、近いうちに〈
「だね。ちょっと話が変わってきたな……」
十中八九、この第九放棄区画に滅亡の気配が忍び寄っている。
既に中央からは捨て地として見限られたこの辺境に、この事実に対する援軍や支援は望めない。
「こりゃ参ったなあ……」
思わず、草臥れた声が零れてしまう。
だって、引っ越して来て早々、「お前のご近所が近いうちに蹂躙されて滅亡するよ」と言われたようなものである。
それぐらい、この第九放棄区画を取り巻いている実情は絶望的。
星異物を烏合の衆から軍隊へと作り変える〈統率者〉とはそれくらい凶悪なのだ。
──これで、クラン同士がいがみ合って治安も更に終わっているんだから笑えないな。
元とは言え、大手星伐企業の掃討者が率いるクランがあるとは思えない体たらくぶりだ。
「ベフォートって、どこかで聞いたことがあるんだよなぁ……」
「……何度か向こうでAIDIVNと鉢合わせたことはありますが、隊長格にそんな名前の掃討者なんていましたか?」
「うーん……」
最近、モノを思い出すのに随分と時間が掛かるようになってしまった。
歳は取りたくないのであると、しみじみ思いながらソウガはアザマルの後を付いて行く。
そもそも、彼らがどうして現地調査を切り上げて、中立領域である闇市へと来たのか。
その理由が、この第九放棄区画にいる傭兵たちが集まる
基本的に、その放棄区画を拠点として傭兵として活動するのは個人の自由である。
だが、ならず者が多い放棄区画で穏便に活動したいのならば、その放棄区画で長年傭兵として実績を積み上げてきた実力者に、挨拶をしておいた方が後々楽なことがある。
変なやっかみを買う確率が減るし、困ったことがあれば協力を仰げるかもしれない。
つまるところ、その放棄区画を実質的に治めている傭兵に義理を通すのだ。
業界に入りたての新人ほど、その恩恵を得られる。
ソウガも最初は「これからお世話になるからよろしくね」くらいの感覚で、アザマルに案内してもらっていたわけだ。
──まあ、今の話でちょっと目的が変わってきたけど……。
アザマルの話では最近、前述した理由でほとんどの傭兵がこの集会所に溜まって、この不景気に文句と管を巻いているとのことだった。
その中には件の二大クランの長殿もいるとのこと。その時に、どちらのクランに先に挨拶するかで、
「ちなみに、先輩はどっちに挨拶をしたんだい?」
「オレは……アマツだ」
「へぇ、理由を聞いても?」
「別に……どっちでもよかったんだけどよ。その時、たまたま集会所にいたのが、あの女だっただけだ」
どこかぎこちなく、目を逸らしながら答えるアザマル。
その実、彼が顔通しをする際に集会所には両クランの長がいた。
けれど、当時のアザマルはまだ駆け出しであり、厳つく粗暴と噂高いベフォートに怯えて、逃げるようにアマツへと挨拶をすることを選んだ。
──どこに行っても主導権争いが渦巻いているのは変わらないな。
そんなアザマルの健気な強がりを知ってか知らずか、ソウガはのんびりと達観していると、目的の場所に辿り着いた。
「ついたぜ、おっさん」
薄暗いアーケード通り。その奥に聳える二階建ての会館が、傭兵たちの集会所であった。
周囲のどんよりと、沈んだ雰囲気とは裏腹に、その集会所からは罵声や怒号が外まで聞こえていた。
「これは──」
「喧嘩ですね」
「タイミング最悪かよ……」
・
・
・
中に入ればその熱気は更に跳ね上がった。
「手前ぇの四肢を切り刻んでデブリどもの餌にしてやらぁッ!!」
「抜かせザコが! 三等星を伸すので精一杯のカスは死んだほうがましだぜ!?」
「ママのミルク呑んでおねんねしてな!!」
「今日という今日は絶対にぶっ殺してやるこの小娘がぁッ!!」
「やれるもんならやってみなさい、この老いぼれッ!!」
飛び交う罵詈雑言はこの世の汚物をそこに詰め込んだかのようで、下らなくて聞くに堪えないものだった。
本当にくだらない。これが一応、便宜上は世界を滅亡へと追いやる星異物を掃討する者たちの姿だとは思いたくもない。
「こりゃいつもよりひでぇな……」
「ハッ……この程度で酷いなら、ここのレベルもたかが知れてるわね」
以前まではコンサートホールとしても扱われていただろうその会場は、今は見るも無残な有様であった。
壁や床は罅割れて、壇上の垂れ幕は破り捨てられ、備え付けのスピーカーに至っては床に崩れ落ちて、更にその上からぐしゃぐしゃに凹んでいた。
──力は使ってないみたいだな。
流石にそれくらいの分別は、今も眼前で殴り合いをしている傭兵たちにあるようだ。
誰もかれもが中に入ってきたソウガたちに気付く素振りはなく、目の前の敵を屠るのに夢中だ。
元気なのは結構なことだが、元気すぎるのも考え物だなと、改めて思ったソウガは、隣で呆然としているアザマルに尋ねた。
「──先輩、あの一番奥の壇上で殴り合ってる男女が、さっき言ってたクランのリーダーたちであってるかな?」
「……え? あ、ああ、そうだけど……今は絶対にやめといたほうがいいぜ。落ち着くまで大人しく──」
依然として困惑した様子のアザマルの忠告に、ソウガは苦笑を返した。
「それだとちょっと時間が勿体ないかなぁ。挨拶もそうだけど、ちょっとあの二人に聞きたいこともあるから……やっぱりちょっと行ってくるよ」
「腕が鳴りますね」
「……やりすぎないようにね?」
「あ、お、おい……!」
まるで散歩にでも行くような軽い足取りで、激しい拳戟の中に身を投じる草臥れたおっさんと紅の女。
そのあまりにも場違いな二人の雰囲気に、アザマルは毒気が抜けたように立ち尽くすしかない。
──さ、流石に止めないとヤバ……ッ!?
少し遅れて、彼の身体が反射的に動き出したところで──
「誰だテメェ! 死にたくなかったらどっかいって──んぐべ!?」
「どこのおっさんだか知らねぇが容赦はしな──ぶらんこッ!!?」
目を疑う光景が飛び込んできた。
「は、はぁ……!?」
やはりゆったりと、全く覇気のない足取りで奥の壇上へと向かう男女二人。
その周囲からは飲み込む津波のように、見境がなくなった傭兵たちが襲い掛かろうとして──その悉くが、一瞬で伸されていく。
「邪魔だ有象無象──道を開けろ」
ソウガは一切手を出すことはない。
その前に、彼より先立って歩む真紅の女が、目にも止まらぬ速さで降りかかる火の粉を散らしていくから。
放棄区画、所詮は企業専属の掃討者になれなかったならず者たちとは言え、その実力が低いわけではない。
現に、アザマルからすれば目の前で殴り合いを繰り広げるその全ての傭兵が格上で、到底敵うはずのない相手であった。
それを一瞬で何をしたのかも分からずに殲滅していくクレハ。
──な、何者なんだ。あのおっさんたち……。
クレハからひしひしと濃密な死の気配をアザマルは感じていた。
けれど逆に言えばおっさん──ソウガには圧も格も感じられなかった。そこにいるのは人畜無害の平々凡々な中年が一人。
そんな男が平然と、猛犬のような女を従えていた。
愕然と立ち尽くすことしかできないアザマルを他所に、件のクレハは次から次へとホールの傭兵たちを無力化していく。
半分ほど歩みを進めたところで、流石に喧嘩に夢中であった傭兵たちは異変に気が付き始めた。
「な、なんだこいつら!?」
「この女やべぇ! 何人も殺ってきた人殺しの眼だ!」
「に、逃げ──」
だが気が付いたところでもう遅い、
「邪魔、邪魔、邪魔、邪魔、邪魔、邪魔、どいつもこいつも大したことないくせに調子に乗って、先輩のお手を煩わせやがって──」
次の瞬間には紅の鬼が完膚なきまでにそれを弾き飛ばすから。
「手加減、手加減だよクレハ。ほら、そこの人とか腕が曲がっちゃいけない方向に曲がってるからね。もっと柔らかく、関節を使わなきゃ」
「す、すみません先輩! でも、ちょっとこいつら柔らかすぎて……」
「無駄な二次被害は残さない。それがうちのモットーだ。……わかってるね?」
「は、はい!!」
そのすぐ後ろでは実にのんびりと、まるで指導するかのようにソウガが口酸っぱく、クレハに言って聞かせている。
繰り広げられる結果と、その中で交わされる会話の温度差に感覚がおかしくなる。
そんな奇妙なやり取りをしていた二人は、気が付けば目的の壇上の目の前に辿り着いていた。
「な、ナニモンだ、お前ら……」
「あ、あれだけいた私の仲間を一瞬で……」
流石の二大クランのリーダー──ベフォートとアマツもいがみ合うのを止めて、突如として現れた不気味な二人組に釘付けであった。
第九放棄区画を代表する掃討者二人を前にしたソウガは、やはり全く纏った雰囲気が変わることはなく──
「お初にお目にかかる。本日からこの第九放棄区画で傭兵として活動させてもらうことになった──ソウガ・カラナシという」
ゆったりと丁寧に、挨拶をして見せた。