荒廃したディストピア世界で元社畜のおっさんはのんびり傭兵生活がしたい   作:EAT

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第6話 仲裁

 白髪混じりの黒髪。

 

 顔立ちは平凡。

 

 気苦労が絶えないのか、眉間の皺は深く刻み込まれている。

 

 草臥れた黒のスリーピーススーツはかなり使い込まれており、どこか悲壮と哀愁を感じさせた。

 

 一見、何処にでもいるような、中年に差し掛かってきた男。

 けれど、彼らは殴り合うのを止めて、息を呑むように身構えた。

 

 ──格が違う。

 

 奇しくも二人のクランリーダーが覚えた感想は同じであった。

 

 膂力が違う。足運びが違う。体捌きが違う。星導力(フォトン)の質が違う。纏う覇気が違う。目に宿す熱の鋭さが違う。

 

 ──生き物としての領域が、潜ってきた死線の数が違う。

 

「「ッ──!!」」

 

 そう実感し、思い出したかのようにベフォートとアマツは、眼前の男と女に、身に覚えのないほどの恐怖を感じた。

 

 

 ……最初は些細な口論であった。

 

 

 二か月ほど前から、この第九放棄区画で星異物の数が減って、第九にいる傭兵たちの稼ぎが悪くなっていた。

 

 最初はほんのちょっとした違和感。まあ気のせいだろうと思う程度の変化だった。

 

 けれど、気が付けば一週間も放棄区画の外れに星異物の影はほとんど見られなくなった。

 この珍事とも取れる状況に少なからずの傭兵たちが、「もしかして完全に星異物たちを殲滅できたのか?」と思ったりもした。

 

 実例は少ないが、放棄区画に漂っていた星異物が全て消滅し、生存区域として再機能した例がないわけではない。

 希望的観測に過ぎない噂を真に受けて、勘違いした何人かの傭兵が別の放棄区画に狩場を移したりもした。

 

 けれど、殆どの傭兵が半信半疑で、どうせそのうちまた出てくるだろうと楽観していた。

 

 何せ、連盟の調査隊も派遣されていなかったのだ。

 もし、本当に星異物がいなくなったとすれば、連盟が動かない筈がなかった。

 彼らは常に領土の奪取と星異物の動き、最近では主要な星伐企業の動向に目を光らせているのだから。

 

 ならば、まだ終わっていないだろうと。

 長年、第九放棄区画で活動している古参傭兵たちはそう高を括っていた。

 

 けれど、待てど暮らせど奴らが現れることはなかった。

 

 どんどんと、第九放棄区画にいる傭兵たちは不審に思い始める。

 

 稼ぎがないことを本格的に焦り始めた。

 

 そんな折に、数週間ぶりに現れた星異物が、二つのクランが一緒にいたタイミングで発見された。

 

 久方ぶりの獲物。奪い合いにならない筈がなかった。

 結果として、ベフォートとアマツのクランは互いに足を引っ張り合って、獲物を取り逃すことになった。

 

 その一件を境に、今まで競い合うように高め合っていた両クランの在り方が決定的に変わった。

 

「テメェらの所為でせっかくの獲物を取り逃した! この落とし前、どう付けるってんだ! あぁッ!?」

 

 ベフォートという男はその短慮さと実力が不足していたことから、AIDIVNを契約解除(クビ)となり、この第九の傭兵へと身を窶した経緯があった。

 

「それはこっちのセリフよ! 余所者が我が物顔で私の故郷を踏み荒らすな! ずっとアンタらは気に喰わなかったのよ!!」

 

 片や、生まれも育ちもこの第九で、幼いころから星の力に適合したアマツは故郷を守るべく、非正規の掃討者として力を付け、今や一党の長として君臨していた。

 

 両者互いにプライドがあった。意識していなかったと言えば、嘘になる。

 こいつには絶対に負けたくないという……そんな単純で、けれど明確なプライド。

 

 それが完全に崩れ去り、この第九放棄区画は様々な要因を孕んで滅亡への道を歩み出した。

 

 両クランの派閥争いは激化し、争いがご法度な中立エリアだろうが構わずいがみ合い、果ては抗争へと発展した。

 

 これに原住民は別の区画へと逃げることもできずに巻き込まれ、甚大な被害を被った。

 両クランに所属しない流れの傭兵は「ここはもう駄目だ」と見切りをつけて、更にその数を減らした。

 

 今回の集会所抗争も、いつもの流れで勃発したものだった。

 

 誰もかれもが自暴自棄になって、誰かに八つ当たりしたくて──そんな時にその男は現れた。

 

「お初にお目にかかる。本日からこの第九放棄区画で傭兵として活動させてもらうことになった──ソウガ・カラナシという」

 

「ソウガ……って、あの──」

 

「極東の抹消者……?」

 

 聞き覚えのある名前だった。

 

 いや、この極東で掃討者──傭兵──として活動していて、その名前を知らない奴はモグリである。

 

 ソウガ・カラナシ。ホウデン・インダストリー極東支部所属。

 その類まれなる星導力(フォトン)量と、神速絶刀と謳われる星痕(のうりょく)新人(ルーキー)の頃から有名であった。

 

 気が付けば彼は瞬く間に業界内で頭角を現し、自ら部隊を率いて長年、最前線で数々の戦果を挙げ続けたバケモノ。

 彼がいなければとっくの昔に極東は滅んでいてもおかしくないと、誰もが口を揃えて言うであろう英雄。

 

 ──どうして、そんな男がこんなところに……いや、そもそも本物か?

 

 見捨てられた土地である放棄区画でさえ、数えきれないほど彼の逸話を聞くことはあった。

 

 けれど、当の本人がいったいどんな顔立ちをしていて、どんな人物であるかなんてことは聞いたことがない。

 どういうわけか、彼の外見的な記録は微塵も出回っていないのだ。

 

 だからこそ、生まれてこの方、この第九放棄区画しか知らない少女──アマツは疑問を抱いた。目の前の男に恐怖しながらも疑って掛かった。

 

 そんなアマツとは対照的なのが、隣で同じく固まっていたベフォートだ。

 

「どうして、あんたがここに……」

 

 ベフォートは五年前に一度だけソウガを()()()()()()()

 

 会話はしなかった。できるはずもなかった。

 だから、向こうは当然、自分の事なんて知るはずもないのに──

 

「ああ、やっぱりそうか……顔を見たら思い出した。キミは一度だけ()()()で会ったことがあるね。確かフルネームは、ベフォート・エリルガード──だったかな? あの合同作戦での出来事は災難だった……」

 

 目の前の草臥れた男はさも当然のように、ベフォートの名前を言い当てた。

 

 かの英雄に名前を憶えられていた。

 ともすればそれは、同業者として誉れあることなのかもしれないが──

 

「ッ……!」

 

 ベフォートはその事実が妙に気味が悪くて、恐ろしかった。

 

 異質な空気がホールに張り詰める。口の中が急速に乾いて、喉が張り付いて言葉を紡ぐのも一苦労。

 

 それでも、彼らは尋ねずにはいられなかった。

 

「いったい、企業勤めのエリート様がこんなところに何の用だってんだ……」

 

「ここは、貴方のような英雄様が来る価値もない──捨て地のはずです……」

 

 皮肉半分に本音半分。彼らはどうしてソウガがここにいるのか本気で理解できなかった。

 

 けれど、件のソウガは最初から本当の事しか喋っていない。

 

「言ったじゃないか。ここで傭兵としてお世話になることになったって。だから、こうしてこの放棄区画を代表するクランリーダーであるキミたちに挨拶をしに来たんだ」

 

 ソウガは朗らかに、人好きのする笑みを浮かべて説明を付け加えた。

 

 その登場の仕方と名前のインパクトで、ベフォートもアマツも先ほどの彼の言葉の内容まで頭に入っていなかった。

 けれど、今度こそはしっかりと、彼の言葉を理解した二人は愕然とするしかない。

 

「……それで、だ。ここに来る途中で色々とこの放棄区画で起きてる異変を聞いてね。ちょっとキミたち二人に直接、話をしたいことがあったんだが──今、お時間大丈夫かな?」

 

 どうやら、とんでもないことになったぞ。

 

「「……」」

 

 笑みを絶やさず続けられたソウガの言葉に、二人のクランリーダーは思わず視線を合わせて、また背筋が凍った。

 

 ・

 ・

 ・

 

 喧嘩の仲裁は上手くいった(当社比)。

 

 冷静さを取り戻した二大クランのリーダーたちから、改めて話を聞いてみると、予想以上にこの第九放棄区画を取り巻く状況は深刻であった。

 

 だというのに、この放棄区画を代表するクランたちがしていた事と言えば、何の生産性もない身内争い。

 本当にどうしてこうなったのか、ソウガは理解できず呆れ果てた。

 

「星異物の不自然な動き。明らかな異常事態。もしかしたら自分たちの狩場が──ここまで守り抜いてきた拠点が完全に終わるかもしれないって時に、どうして身内同士で争っていられるのか……理由を聞いてもいいかな?」

 

 年上からのお小言なんて一番面白くない。それも、まだここに来て日の浅い新参者にどうのこうのと口を挟まれるなんて猶更だ。

 

 それでも、ソウガは小言を漏らさずにはいられなかった。

 

「それは……その──」

 

「返す言葉もございません……」

 

 現在、ベフォートとアマツは正座をしていた。

 

 別に誰かに強制させられたわけではない。

 だが、どちらもこうしなければいけないような気がして、ソウガの言葉を真摯に受け止めていた。

 

 第九放棄区画を代表する傭兵二人が、草臥れたおっさんを前に気まずそうに肩身を狭くしている。

 

 その場にいた──ソウガたち以外の──傭兵たちはその異様としか思えない光景に息を呑むしかない。

 

「どう考えても、今この放棄区画で起きていることは〈統率者〉が出現した予兆だ。仮にも、向こう側を知っている元企業勢の君なら、すぐに気が付けたはずだけど……まさか、前線を退いて勘が鈍ったかな?」

 

 ソウガの手厳しい指摘に、ベフォートはその巨体を更に小さくさせて目を泳がせた。

 

「め、面目ねぇ……。け、けどよ! こんな浅瀬に統率者が出たことなんて今まで、どの放棄区画でも一度もなかった。もし本当にアンタの言うことが本当なら、連盟が黙ってねぇだろ? 下手打てば中央まで被害が及ぶ一大事だしよ……」

 

 ベフォートの言い分はわからんでもない。だが、それでもソウガは彼の言い分をぴしゃりと一蹴した。

 

「前例がないからありえないっていうのは浅慮だな。それに、連盟は動かんだろうさ。完全殲滅できたならまだしも、今は、そんなことに構ってる暇もないだろうしね……」

 

 仮に異常事態が起きていることを認知していても、今の連盟は既に捨て地と定めた放棄区画に執着しない。

 

 危機が迫ればその時に対処すればいい……今の連盟のスタンスはそんな感じだ。

 生存区域の死守は至上命題であるが、今の彼らは他企業の牽制で大忙しで、寧ろそっちにお熱なところがある。

 

 ──ほんと、建前なんてあったもんじゃない。

 

 嫌な記憶が脳裏に過り、ソウガは顔を顰めた。

 

 それをベフォートとアマツは自分たちに対する怒気だと勘違いをして顔を青くする。

 

「はぁ……」

 

 深呼吸をしてリセット。猛烈に煙草を吸いたくなったが、ソウガはその欲求をグッと堪えて、改めて二大クランのリーダーたちを見た。

 

「これ以上、グダグダ言っても仕方がない。それで、どうする?」

 

「ど、どうするって?」

 

 唐突に投げかけられたソウガの言葉に、アマツは気まずそうに手を上げて聞き返す。

 

 流石に言葉足らずだったと思い至ったソウガは、すぐに言葉を付け足した。

 

「このままくだらない小競り合いを続けて、みんなで仲良く一緒に滅亡するのか。それとも、みんなで仲良く協力して、この絶望的な危機を迎え撃つのか。どうするのかってことだよ」

 

「それって……」

 

「つ、つまり……」

 

 情け容赦ないソウガのその言葉に、この場にいる全員が何かを察する。

 

 果たして、ソウガが何を言いたいのか。その答えは彼自身の口から、確かめるように紡がれた。

 

「ここにいる二大クラン、そしてまだ第九放棄区画に残っている全傭兵をかき集めて連合(レギオン)を結成し、防衛線を張る。引っ越してきて早々に拠点が潰れるなんて、私は全くもって納得できないんだが……君たちはどうだい?」

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