荒廃したディストピア世界で元社畜のおっさんはのんびり傭兵生活がしたい 作:EAT
住処兼拠点であるビルに戻ってきたのは陽がすっかり暮れて、鉛色の夜空に青白い三日月が浮かんだ頃だった。
「なんだか、どっと疲れたな……」
予想の斜め上過ぎる顔通しに、周囲を取り巻く状況。
全く見てられない第九の傭兵たちに、老婆心が働いてずけずけと口出しをしてしまった。
「やっぱり、歳は取りたくないもんだな……」
「お疲れさまでした先輩」
日がな一日、外を歩いた程度。それでも、皺と古傷だらけの身体は、ずっしりと鉛玉のように重たい疲労感を覚えていた。
ビルの微妙に急な階段を上るだけで軽く息が上がりながら、ソウガは後ろで未だにぴんぴんとしている部下を羨むように見た。
「クレハは元気そうだね。……てか、帰らないの? もう夜も遅いよ?」
「私の家はここですが?」
「えぇ……」
一切迷いのない彼女の言葉に、ソウガは別の意味で疲労感が募ってくる。
──それ、本気で言ってる?
言外にそんな意味を込めて見つめる。だが、件のクレハは、全くソウガの視線の意図を理解しなかった。
「やだ……そんなに見つめられると濡れちゃいます……。そんな凛々しい目で見つめて、先輩は私をどうしたいんで──」
「はぁ……」
これに付き合うと更に疲れてしまう。
長年の経験で分かりきっていたソウガは、背後で身を捩らせている部下を無視して一気に階段を上りきる。
自分以外に居住者がいない階層は痛いほど静まり返っていた。
硬い革靴がコンクリートの硬い床を鳴らして、自分の部屋の前で止まる。
扉の鍵は当然開いていた。
「おお、お帰りソウガ。ちょうど帰ってくる頃だと思ってたんだ。もうすぐ飯できるから待っててくれ」
「おかえり父さんっ!」
「おかえりなさいパパッ!」
中に入るなり、香ばしい炒め物の匂いとパチパチと油の弾ける音。
次いで、前の方から勢いよく飛び込んでくる二人の息子娘を優しく受け止める。
「ただいま、みんな……」
予感……いや、それは決定事項、ともすれば当然であるかのように彼らは部屋にいた。
何故、当然のように、しかも家主よりもキッチンを使いこなして料理をしている同期がいるのか。
何故、見覚えのない家具やインテリア、観葉植物が増えているのか。
何故、空き部屋であった和室から「ふひひ……」と可愛らしい(当社比)声が漏れ出て、当然のようにサーバールーム的な様相に魔改造されているのか。
──もしかして、キミたちもここで寝泊まりするつもり?
もしかしても何も、この様変わりした部屋を見れば言うまでもないだろう。
同期のレイジは買った覚えのない調理器具を巧みに捌き、サポーターのリンなんて丸々一部屋を自分のテリトリーとして、そして背後でまだ「結婚、結婚……」と譫言をほざいているクレハもこの部屋に住む気満々であった。
「だとしたら手狭すぎるでしょ……」
3LDKとは言え流石に無理がある。ちょっと冷静にモノを考えればわかることだ。
仮に、住まわせるにしてもこの双子が限界だ。それならソウガは納得……なんならすんなり受け入れただろう。
彼はこの双子の親代わりであり、社宅に住んでいた頃も実質的に三人で生活をしていたのだから。
「よーし、メシできたぞぉ~。ソウガとクレハは手を洗ってきてな? リンもいったんパソコンと睨めっこすんのやめて出てこーい」
その場に立ち尽くして、双子の頭を無意識に撫でまわしていると、レイジが当然のように料理をテーブルに運んでくる。
もわもわと湧き出る湯気と料理の豊潤な香りが食欲をそそる。
「「ご飯だ!!」」
「ふへへ……ご、ごちそうだなぁ……」
現に、満足げに撫でられていた双子の興味は一気にご飯へと向き、和室からはのそのそと藻女が這い出てきた。
「……ん? どうしたソウガ、クレハはもう洗面所行ったぞ……? 早くしないとお前の分のメシが──」
「流石に、ここに全員が住み込むのは無理だぞ」
ジロリと白々しい同期を睨みつければ、彼は飄々と笑顔で答えた。
「そんなことわかってるよ。僕とクレハは帰る。でも、ジャックとメアリー……それと、リンはここに住まわせた方がいいだろ?」
「わかってるならいい。……部屋はどうするんだ?」
「安心しろって。この階にまだ空き部屋が二つあったから契約しといた。いやぁ、即日入居可能はありがたいよねぇ」
「……」
一通りやり取りを終えて、ソウガは口を噤む。
つまり、結局のところ何も変わらないということをソウガは理解したからだ。
今度こそ我慢の限界だと、彼は胸ポケットにしまっていた煙草を取り出そうとして──
「一服の前に飯だ」
「……」
隣の同期から待ったをかけられる。
ソウガは一度、その視線を老いを全く感じさせない整った顔とテーブルに並べられた料理とで往復させた。
どうやら、今日は
彼も生き物、飯の誘惑には勝てなかった。
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腹立たしいことにレイジの作る飯はすごく美味い。
荒廃した世界となった現代で食糧問題は実に深刻であるが、涙ぐましい執念と情念で以て、まだ何とかその原型を留められていた。
それこそ、こんな見捨てられた土地でも肉や野菜が高値で流通するくらいには。
──久しぶりに魚が食いたいよなぁ……。
三十を超えたあたりから、本格的に脂っこいものが厳しくなってきた。
一昔前は青い星と呼ばれていたこの地球も、今は見る影もない。
空気中には常に星の瘴気が漂い、光を遮って薄暗い。それに伴い、平均温度も著しく低下して作物を育てるのに一苦労である。
肉や野菜と比べて、魚は絶滅寸前で、天然ものなんてのは過去の産物だ。おじさんの胃袋には厳しい世の中なのである。
なんてことを考えながら、甘辛く炒められたキャベツを味わっているとレイジが感心した様子で頷く。
「なるほど、だから不自然なくらいに星異物がいなかったのか」
既に、簡潔にではあるが今日の出来事は別行動だった四人には共有済み。飯を囲みながら今後の事を話し合っていた。
「ああ。まだ何とかなるうちに気が付けてよかったよ。話も纏まって、すぐに準備に取り掛かってくれるみたいだし、何とかなりそうだ」
「
「もちろん第九を知り尽くしてるクランリーダー二人だよ。傭兵たちの取り纏めと、中立エリアの防衛構築は全部あっちに任せる。その方が効率的だ」
「ま、道理だね。僕たちは?」
「未だ姿を隠して襲撃の機会を窺ってる統率者の潜伏場所の特定……それと、事前に潰せるなら潰しきる。防衛戦になったらどうなるかわからんしな」
「つまり、いつも通りってことだね」
「そういうことだ」
どこか嬉しそうに笑うレイジをソウガは訝しむ。
また下らないことを考えているのは長年の付き合いで分かりきっているので、敢えて聞くこともない。
それよりも、目下の問題はまだ姿を見せていない〈統率者〉だ。
まだこの目でその姿を確認したわけではないし、もしかしたらソウガの予想が全くの見当違いの可能性はまだある。
寧ろ、勘違いであるならばそれに越したことはない。けれど、経験則的にこの第九にはそれがいると断言できた。
気になるのは、やはり群れの動きが静かすぎるということ。
どれだけ統率が取れて、組織だった動きを取るようになったとはいえ星異物も生き物だ。
一、二匹は勝手な行動を取る個体はいるし、なんなら周辺を偵察する為の個体だって存在する。
それすらも姿を全く見せないというのはかなりおかしい。
──探すにしたって、虱潰しに探すのは効率が悪い。
どこの放棄区画もそれなりの広さを誇っているが、この第九は特に広い。
群れの規模も潜伏場所も不明。これを探すというのはなかなか、骨の折れる話だった。
「手分けはどうする? また今日と同じ?」
情報を整理、明日からどう動くか思案していると、レイジが空になった皿を片付けながら尋ねてくる。
それに続くようにして、ジャックとメアリーが声を上げた。
「明日は父さんと一緒がいい!」
「そうよ! 今日は我慢したから明日はメアリーたちの番よ!」
まるで怖気を感じていない、能天気とさえ言える双子。ソウガは、そんな二人の頭をあやすように撫でた。
「……いや、なるべく早急に群れの場所は特定したい。明日は全員個別で行動する。リン、マップデータを皆に共有しておいて、明日までに捜索エリアの割り当てを私の方で考えとくよ」
「わ、わかった……」
「「ええーーー」」
簡潔に方針と指示を出して、明らかに不満ありげな双子は適当に宥める。
全員、ご飯を食べ終わって小休憩。いつの間にか洗い物を済ませたレイジがリビングに戻ってきて言った。
「それじゃ、僕たちは部屋に戻るよ。明日もいつも通りでいいよね?」
「ああ。……悪いな、洗い物」
「別にいいよ。ほら、いくよクレハ」
「は? 私はまだ先輩のところにいますけど? 戻るならレイジさん一人で戻ってください」
「部屋の鍵とか契約書類も渡したいから一緒に来てくれないと困るんだよ。……それに、僕らの隊長殿は久しぶりの仕事でお疲れみたいだからね。気を遣ってゆっくりさせてあげるのも部下の気遣いってもんだよ」
「ぐぬぬ……わかりましたよ。帰りますよ。先輩、今日のところは失礼します。お疲れさまでした」
「お疲れ、ソウガ」
「お疲れ二人とも」
ずるずると首根っこをつかんでクレハを連行するレイジ。見慣れた二人の光景をソウガはぼんやりと見送った。
ジャックとメアリーも満腹になって眠くなってきたのか急に静かだ。
「私も風呂に入って寝るか……」
そう思って立ち上がると、自身の根城とした和室に戻ろうとするリンが思い出したかのように声を出す。
「あ、そ、そうだ、隊長……。一つ、いい?」
「──うん? どうした?」
「じじ、実は、ついさっきドクターから隊長宛にメッセージが届いて……明日、研究所に来いってさ」
「……」
そうして告げられた内容に、ソウガは思わずゲンナリとした。
また、随分と急な呼び出しである。
──……いや、いつものことか。
できれば無視したいというのがソウガの本音であるが、無視をしたらしたで後が怖いことを知っている。
それにメールを送ったのはソウガの方からである。この呼び出しは容易に想像できた。
「……わかった。返事をしておくよ」
彼は思わず漏れ出そうになった溜息を我慢して、そう言った。
「う、うん。それ、じゃあ……おやすみ、隊長」
「おやすみ」
話を終えたリンはどこか申し訳なさそうに眉根を下げて、和室へと戻っていく。
リビングに残されたのは、最後の最後で気の重い伝言を受け取ったソウガと、いつの間にか二人仲良くソファーの上で寝息を立てている双子だけだった。