電話が終わり、ある程度落ち着いた僕は教室のドアを見つめながら彼女を待っていた。言うべきことは決めている。まずは彼女の想いを聞き出さないと。
ドアを開け彼女が入ってくる。
「ふぅん、あなたが……」
そう口にしつつ、こちらを眺める。
何かおかしなところはなかっただろうか。再び不安が湧き出してくる。あぁもう、こんな自分が憎い。もう少しシャンとできないものか。
「話くらいは聞いてあげるわ。くだらなかったら容赦しないわよ」
「はい、分かっています」
相変わらずの毒舌に苦笑する。高等部に入ってもあまり変わっていないようで安心した。
「まずはこちらにお座りください。立ちながら話すことでもないでしょうから」
そう言いつつ、応接用のソファに案内する。初日なのに部屋がある程度整えてあって助かった。
彼女が机を挟み、対面に座る。
「すみません、まだ準備しきれていなくて。飲み物がペットボトルのお茶しかないんですが、飲まれますか?」
「あら、ありがとう。頂くわ」
自分もお茶を少しだけ飲む。結構のどが渇いていたみたいだ。互いに少し一息つけたところで、本題に入る。
「賀陽さん、まずは貴女についてお聞きしたいと思います」
「貴女は今きちんとしたアイドルとしての終わりを求めている」
「SyngUp!の解散ライブを引退ライブにするつもりだったのでしょうが、脅迫事件があった。だからやめることができなかった。違いますか?」
SyngUp!は中等部で終わりを迎えた。しかも、解散時に起きた炎上騒動が大きくなり、解散ライブさえもなくなってしまったのだ。
賀陽さんは普段素っ気ない雰囲気を出しているものの、ファンのことを大事にしている。だからこそ、納得のできる最後でないことが許せないのだろう。
「そう……どうして私がアイドルをやめようと思っているなんて考えたのかしら。そんな話、したことなかったと思うのだけれど」
「僕が初めて貴女を見たのは、一昨年のライブでした。その時に気づいたんです。貴女はアイドルに対して失望している、熱を失いかけていると」
「ただ、それだけです……」
「…………いいわ。それが分かってるんでしょ?私をプロデュースしても何もないわよ」
違う、違うんだ。そんなことはない。
まだ、賀陽さんには熱が残っている。ただ失望がそれを塗りつぶしているだけだ。
いずれその失望を奪い去らないといけない。
でも、今はまず思いとどまってもらわないと。
「賀陽さん、僕はまず貴女にアイドルをやめて欲しくないんです」
とにかく想いを込める。今までの全てを言葉としてぶつける。
結局、賀陽さんの事情を深く知ることができない以上、今は自分を伝えるしかない。
瞳を見つめ、話を続ける。
「初めて見た時からずっと、貴女のアイドルとしての姿に惹かれていました」
「どこか冷めているのに全力で、悪態をつくのに優しくて、でも常に少しだけ悲しいように見えたんです」
「おそらく、全ての原因は3年前の事件にあるんでしょう。でも結局、僕は表面上のことしか知らないので今は何も出来ません」
「それでも、それでも。貴女にはアイドルが似合う」
「賀陽さん、手助けをさせてもらえないでしょうか?」
「そして、そのために貴女のことを教えてほしい」
瞳が少し揺れる。
事件に触れてよいものか分からないが、触れなければ始まらない。
そこが根幹で、僕が解決すべき場所なのだから。
「……………………そうね。どうせあなたにはどうにもできないから教えてあげる」
「大体は知ってるんでしょう。あの時……何があったか」
「私達とあの人は競い合い、あの人は負けた。それもあっさりと」
「それでアイドルなんてつまらないって思っただけ……」
「ただ……それだけよ」
あぁ、きっと辛かったのだろう。だからこんなにも気丈に振舞っているのかもしれない。
僕も事件のことは調べていた。賀陽さんはSNSをやってはいないが、今の時代情報は少なからず広まってしまう。
一時代を築いていたアイドル、賀陽継。賀陽燐羽の姉。
彼女は賀陽さんとの勝負をきっかけにアイドルを引退してしまった。
つまらない。ある意味それは本音なのだろう。
おそらくだが、賀陽さんのポテンシャルは凄まじい。
事件以降は隠されており、圧倒的な実力を発揮する様子はなかった。
しかし、ユニットメンバーからの評価や初期からのファンの感想、ユニットのリーダーを務めていたことといい、多くが彼女の素質を肯定している。
それは、ライブでもそうだった。
サポートに徹してはいたものの、動きの節々に繊細さがみられ、歌声の奥には力強さを持っていた。
しかも、事件以前は今のような性格ではなく、もっと明るく所謂アイドル然としていたそうだ。
明るくみんなを引っ張る、練習を頑張る、ファンを大事にする。そんなアイドル。
だからこそ、賀陽さんは圧倒的に勝ってしまったのだ。
あの時代でカリスマだった賀陽継にさえ。
そう、勝ってしまったからこそ全てが変わってしまった。
今までの世界が壊れ、もしくは賀陽さんにとっては壊してしまって。
いや、それとも世界の脆さを知ってしまったのだろうか。
僕は……それでも……まだ終わっていないと思っている。
「……話して頂き、ありがとうございます」
「賀陽さんにとって……アイドルとは弱い存在でしょうか?」
「………………」
「いいえ……違うわ」
「では、貴女よりは?」
「……………………」
あぁ、やはりそうなのか。
もちろん、賀陽さんだってアイドル全てにそう思っているわけではないだろう。
でも、きれいなきれいな憧れはどこかに行ってしまった。
今この歪みをどうにかすることはできない。
いや、今どころか今後ずっと付き合っていかなければならないだろう。
でも、まだ希望はある。
少なくとSyngUp!の残りの二人、月村手毬と秦谷美鈴。
情に厚い賀陽さんにとってウィークポイントであり、かつ彼女らは賀陽さんに匹敵しうるポテンシャル、そして熱意がある。
他にも初星学園にはまだ可能性が眠っているはずだ。
「賀陽さん……貴女はもうその感情に折り合いをつけているのでしょう?」
「そして、もう覆ることはないと考えている」
「………………はぁ。そうね……」
少し僕から目線を逸らしながら話す。
「もういいでしょう。あなたの知りたいことは知れたんじゃない?」
「…………そうですね。ありがとうございます」
「ただ、嫌です。絶対に認めたくありません」
正直、こうなる可能性は十分にあった。
賀陽さん自身がある程度自分の気持ちを理解しており、折り合いをつけている以上、他人である僕にいい解決策は出せない。
そう、あとは感情論しか残っていないのだ。
でも、賀陽さんを助けたい。僕が輝きを見たい。だから、言葉を紡ぐ。
「だって、貴女は終わってしまっている。それでどうするんですか……」
「アイドルをやめて、これから……」
涙が出てくる。
なんで、こうなってしまったのだろう。誰も悪くなかっただろうに。
壊れてしまったものはもとにはならない。でも、新しい形に作り直すことはできるのだ。
だからこそ。
「なっ……何泣いてるの…… 別に……なんとでもするわよ」
「一般科に移るか、他のところに行くかは分からないけど……」
「……正直、羨ましいんです。貴女のことが。そして、凄いとも思っています」
「貴女はあんなことがあってもなお輝いている」
「人に希望を与える事が出来る」
ああ、そうだ。僕には輝きが、人を照らす光がない。
いつも色んなことをやっては、すぐ飽きて。
何もかも中途半端だ。
なんでなんだろう。
人生を捧げたいと思えたアイドルに対してさえ、少し飽きを感じている気がして。
でも、賀陽さんに出会ってから変わった。
この人を助けたいと、前を向いて欲しいと思ったんだ。
涙を拭いて、真っすぐ顔を上げる。
「僕は貴女にまだ熱が残っていると信じています」
「まだ、どうすればいいのかは分かりません」
「貴女も助けを欲しているわけではないでしょう」
「僕のわがままです」
「それでも、お願いします……」
「……どうか一緒に歩んでくれないでしょうか?」
言いたいことは言い切った。
どうか許してほしい。願わくば受け入れてほしい。
この自分勝手な欲望を。
賀陽さんは目線を下げ、考え込む素振りを見せる。
表情は見えない。
「…………………………ハァ」
「いいわ。十王社長も辞めさせてくれなさそうだし、少しだけ付き合ってあげる」
「あなたが何をしてくれるか楽しみにしておくわ」
緊張がほどけ、一気に気が抜ける。
涙がまた出てきてしまう。あぁ、よかった。
少なくとも前に進むことができる。
「また、泣いて。もっと凛としていなさい」
「私のプロデューサーになるのだから」