「お客さんかい! ちょっとあんた、お客様だよ!! こっち来なさい!」
店に入った途端、威勢の良い声が飛んだ。
「ごめんねぇ、あの人すぐ趣味に夢中になっちゃってね」
賑やかな女将は、呆れたように笑いながらそう言った。
「ところで今日は何をお求めで? 研ぎ? それとも包丁?」
私はそこで、ここが何の店なのかをようやく理解した。
大阪に行くなら一度は行ってこい。
そう言われていた場所だったが、まさか包丁屋だったとは思わなかった。
ショーケースに並ぶ包丁はどれも美しく、刃には波紋が浮かんでいた。
ふと値札を見て、私は少し後悔した。
幼い頃、欲しかったパソコンの値段を初めて調べた時と同じ気分だった。
包丁というのは、こんなにも高い物なのか。
そんな事を考えていると、女将が笑った。
「お客さん、安心してください! 前に並べてるのは、とびっきり上等なやつだから!」
女将は身を乗り出す。
「予算を言ってくれたら、良い感じのを裏から持って来ますよ!」
なるほど、そういう事か。
どうせならと思い、私は三万円ほどだと伝えた。
女将は少し驚いた顔をしたが、すぐに笑顔へ戻った。
「分かりました! ちょっと待っててくださいね!」
そう言って、店の奥へ消えていく。
元気な人だ。
あれほど元気だった時期なんて、自分にはあっただろうか。
いや、幼稚園の頃からこんなものだった気もする。
そんな取り留めのない事を考えていた時だった。
店の奥から、熊のような体格の男がぬっと現れた。
驚きのあまり声も出ない。
するとその後ろから女将が現れ、通りすがりに男の尻を叩いた。
男は面倒そうに鼻を鳴らし、また奥へ引っ込んでいく。
「お待たせしました!」
女将は数本の包丁を並べた。
「三万円くらいだと、この辺りですかねぇ」
どれも綺麗な包丁だった。
そして値段が上がるほど、刃渡りも長くなるらしい。
私は思わず尋ねていた。
「こういう包丁って、持って帰る時に何か言われたりしませんか?」
女将は吹き出した。
「お客さん、大丈夫だよ!」
そう言ってレシートを振って見せる。
「ちゃんとレシートも渡すし、この辺でこの店知らない警察なんて居ないから!」
さらに店の袋を持ち上げた。
「この袋に入れて歩いてたら、まず声なんて掛けられませんよ!」
それなら安心だ。
私はその中で、一番頑丈そうな包丁を選んだ。
翌朝。
私は包丁の入ったビニール袋を、そのまま店の袋へ入れ直していた。
森の土は酷く冷たかった。
掘った穴へ袋を落とし、上から土を被せる。
袋に付いた液体が自分に掛からないよう気を遣っていたせいで、一度足を滑らせそうになったが、どうにか埋め終える事が出来た。
想像よりも重く、手首を軽く痛め、
指先は土の冷たさで感覚が薄れていた。
ふと顔を上げる。
木々の隙間から、朝日が昇っていた。
それを見た瞬間、不思議な満足感が胸に広がる。
――朝日を見て、深く息を吐いた。
ーーー数日後ーーー
店主は変わらずに包丁を研ぐ。
ザワザワと店のすぐ外から聴こえていた。
どうやらまたあいつららしい。
何度来ても言える事など無いのに、よく飽きず何度も来る。
俺は変わらずに今日も包丁を打ち、そして研ぐ。
客が持って来る包丁は千差万別だ、荒く使って直ぐに刃を潰す奴、自分で研ぎをして刃を潰す奴。
包丁には個人が宿る。俺は研ぐ度にそう思っている。
今日は一段とあいつらが騒がしかった。
やれ殺人女将など、遺族に申し訳なくないのかなど……
別に何て事は無かった、ただ日を浴びようとそう思った。
若い頃に良くやった様に、外に出てあいつの隣で日を浴びようと。
パシャパシャと眩しい光がお出迎えをして来た。
お世辞にもカメラ映えする様な顔では、無いと思うのだけど良く撮る。
とりあえず何と無く、あいつを身体の後ろに隠した。
「店主の方ですよね!貴方が打った包丁で人が死にました!どう責任を取るんですか!!」
「遺族の方々に一言お願いします!」
俺は、嫌で嫌で仕方なかった。
だから簡潔に済ませた。
「俺が打った包丁が、人を殺した?それがどうした?遺族の方々に申し訳??」
「俺は、包丁を売ったがそれで人を刺せだ、解体しろだとか言った覚えは無い。」
「警察にはきちんと協力して、その結果加害者は捕まっただろ?どんな文句有るんだ。」
後ろからあいつが俺を止めようとしていたが、知った事無かった。
客が減る?そんな事気になる訳が無い。
研いできたから分かる、客達はこの程度の事で寄り付かなくなる様な人じゃない。
元々、包丁を打つ事が仕事なんだ、何時かはこうなる事なんて分かっていた事だ。
だからまぁ、どうだ散歩とか……
尻を思いっきり蹴られた。