私は、恐らく死んだ。
ではこれは臨死体験か。
きっと、恐らくそうなのだ。
……ありえないからだ。
目の前を行き交う生物は、地球の常識を逸脱している。ティラノサウルスに翼をくっつけた……それこそ、何かドラゴンのようなものだ。
それが交差点を走っている?冗談じゃない。
交通手段に……車?なんて非効率なものを使っているんだ。エンジンですらなく、しかも畜力。
全くもって、面白おかしい。
しかも、のっそのっそと歩いているように見えるのに……あまりにも早すぎる。あれはオリンピックの選手か何かが中に入った着ぐるみか?
着ぐるみにしては、あの大きさは荒唐無稽すぎる。
人間が入ったとて、股関節の位置があまりに高すぎる。
下半身が異常に長くないといけないじゃないか。
着ぐるみの中の人は大変だなあ、と私はクスッと笑った。
一歩一歩が大きすぎて、あれではジャンプとかしていないと、あの動きはできない。
まあ、夢なんだからこんな辻褄が合わないことは沢山あるのかなあ?
道行く人々もどこか浮いて見えて、なんだかおかしい。
鮮やかな染物のようなズボンを履いて、通行人が全員なぜか似通ったような青色をしている。
こんな画一的な生産、産業革命でも経験していなければ有り得ない。
道は煉瓦で生物は空想、街並みはローマ。移動手段に至っては宇宙開拓前の地球史でちょろっと出てくるだけの畜力。
馬が交差点に行き交って、ドラゴンが登場してくる……ははあ、なんとも面白い!
服は産業革命後、いやはや実に空想的だ。
ふふっと笑みが漏れたが、はたから見たらいきなり笑った人に見えるだろう。
それほどにドラゴンというのは新鮮で、奇妙な街並みやら通行人やらが組み合わさった時に、変な笑いが漏れた。
なおさら、てんでおかしい。
当時は面白く見えたが、当時の私にはそれが全く新しいようなものに見えたし、猛禽の翼がティラノサウルスにくっ付いていて、ドラゴンというものを地球の常識に当てはめて考えていたのだ。
空想としか思えん。
死ぬ寸前に脳みそが作り出した幻影か?いや、脳みその作り出した幻影などではなく、手術などが行われていて、麻酔などが幻覚を見せているか。
自らの時間の認知を引き伸ばす薬剤など、終身刑の凶悪犯罪者に使われる事もあるはずだ……クソ、どんな手術をされるとしても薬剤療法だけはダメだと記述したはずなのに。
これだから病院というものは嫌いなんだ。
それにしても、癌に苛まれていたはずの肌をキレイに見せてくれるなんて。
私は幻覚を見ているだろう。現実も、こんな珍妙な光景で健康を得るんじゃなくて、現代で健康な自分の体を見せてくれればいいのに。
「ドラゴンや、ドラゴンや、お前は一体どこに往くのだ」
おや、近くで誰かの声がする。
誰だろう?声がずいぶんと高いし、子供かな……いや、うん?これは本当に他人の声が?あれ?これはもしや私の声か?おかしい、私の年齢は五十歳だぞ。こんな若者の声が出るというのか?
「あれ、肉体が若返っている……?」
「なんだこれ」
「あー……うーん。幻は残酷なことをする……」
私は知っている。時間の感覚とは間接的に得るものである。
だからこそ、脳の神経活動……畢竟、情報を遮断することによって体感時間を遅らせられる。
思考能力の大幅な低下と論理的思考の困難さなどの弊害があるにも関わらず、私に使われたのだとしたら、病院というものは司法を逸脱するようなものらしい。
ドラゴンはティラノサウルスみたいな顔つきで、私のことを無視して走っていく。
「おうい、おうい、ドラゴンよ、お前は一体どこにいくんだい」
そんな言葉を私は喋っていた。そして、その時だったのだ。
私の認識をサァッと血の気の引くほど変えた、あの事件が……異世界転移から六時間後に起きるのだ。
ああ、なぜ過去のことを今起きたことかのように思案できるのか。
私は異世界に来たということを真剣に受け止め初めていたが、まだまだワクワクに満ちていた。
しかし、転移した先が異世界ということがどういう事なのか、分からなかった。
「×××、×××!×××、×?」
ドラゴンに曳かれる客車。それらは天井とは言い難い、テントみたいな布張りがついていた。
階段は内側に折り畳まれた金属製。バスのスロープのように、外側に飛び出したりはできそうだ。
けれども、どうやらずいぶん原始的な構造をしているらしい。
その中からワーワーと声を出してくるが、何と言っているのかが分からない。
インド・ヨーロッパ語族に類似してはいるが、音だけだ。意味が何も分からない!
分からない、そうだ。分からないのだ。それが何を意味していたのかも。
いきなり飛び出してきた階段に頭を打たれ、私が立ち上がると同時に、頭を打ったせいか、重なって見えた。
「全くもう!痛いぞ!」
「クソ……ちくしょう……!」
ただ、その混乱が治ったあとでも、客車の数は変わって見えなかった。
だいたいここから見て三つ。列車のように、連結されている。
「⛌⛌⛌!⛌⛌⛌!⛌⛌⛌、⛌⛌⛌!!」
「何言ってるのかぜんぜん聞き取れないよ!キャンユースピークイングリッシュ?」
「⛌⛌⛌!⛌⛌⛌……」
「だから何言ってるのか分からんって言ってるのになあ!」
客車に乗っていた人の服は、青色ではあったが鮮やかではなかった。インディゴや藍染めから、私はその意味を連想することが当時はできなかったのだ。
そして私は……ついに、声を上げて抗議してしまった。何と言っていたのか知ったのは後の祭りであったが、この日のことを後悔しないことはない。
「ただ交差点で立ってたってだけで、私の頭に階段が当たるのか!?この交差点は車輪の内輪差をちゃんと考慮しているのか!」
「ええい許せん!ええい許せんぞ!ふざけるな!」
「幻め、消え失せろ!」
私は病院の貫頭衣ではなく、いつのまにか袖の長い服になっていた。
ポリエステルの服に、たっぷりと化学合成プラスチックが使われたスニーカーに。
石油製品であるのにはどちらにせよ変わりないが、この若々しい体には病人の衣装よりも、最近流行りの地球スタイルが良い。
私は気づかなかった。いや、知りようがなかった。言葉も覚えていなかったし、明るい青色の服を着ていない者とはどのような階級の人間なのかを、当時の私は知らなかった。
「む、なんだお前たち!剣をちらつかせたところで黙らんぞ!この交差点で私はひどい仕打ちを受けたんだ!」
「この私に階段をぶつけただけでも散々な……見ろ!あの者たちを。客車に乗るだけで、高い場所から降りようともせず、謝ろうともしていない!」
私は知らなかった。指をさすのがどれほど無礼か。ハンドサインを出していて、既に動いていたことも知らなかった。
「⛌⛌⛌!⛌⛌⛌、⛌⛌⛌⛌⛌⛌⛌⛌⛌!!!!!!」
「へぶぁ!くそ、なんだお前!」
「急に背中からキックなんてしおって……」
「私と戦うってんなら……いや待って待って待って!いきなり刃物はダメだろ!ちょっと待って、こっちは徒手なんだぞ!?」
「ひえー!やめろ!やめろ!銀行に七桁くらい振込んでやるからやめろ!」
私は知らなかった。これから貴族に対する無礼を働いたとして、捕まえて鞭打たれるのだと。
ドラゴンは、私を見つめて、通行人は何か不快感を出した顔でこちらを眺めていた。