「異世界転移の災厄は、よく私に降り注ぐらしい」   作:匿名

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「密林から抜け出てやる」

 

 

 

この世界は、紛れもなく地獄だった。

 

 目の前に転がる死体が、そのことを如実に物語っている。

 

長く尖った耳が横に突き出し、頭の禿げ上がった小太りな体躯。緑色の肌をした人型の怪物――ゴブリンだ。

 

 

少なくとも、特徴から私はそう呼んでいる。

 

竹林の湿った地面に、奴の死骸がうつ伏せに倒れていた。

 

フゴー、フゴーと、まもなく息絶えるような呼吸をしている。

 

 

 

 私は異世界の都市に転移してきたばかりの頃、衛兵のような人間に目隠しをされ、そして置き去りにされた。

 

あの時は本当に死を覚悟した。

 

しかし今はあの絶望から数週間、いや数ヶ月が経っただろうか?クオーツ時計があろうとも、日数表示は狂って久しい。

 

 

今ではこの竹の生い茂る林で、ゴブリン狩りが日課になっている。

 

 

目の前のゴブリンの脇腹をちょちょいと鉈で突くと、簡単に腸は飛び出した。

 

 

フゴ ー、フゴフゴ、フゴー……そんな事をまだ言っている。

 

 

 

 置き去りにされた時、私は生き残るために最善を尽くした。

 

 

 

水源を探して歩き回り、木の上や藪に身を隠し、奴らを一方的に仕留める術を身につけた。

 

ゴブリンは、こちらの場所が木の上とわかれば木登りをしてきたが、木の上を警戒をすることはあまり無かった。

 

だがこの竹林は視界が最悪だ。

 

太い幹が無いし、竹が不規則に立ち、視界は開けない。

 

そして足元の土から伸びてきている蔓か何かが足を掬う高さで伸びている。

 

 

蚊の群れは耳元でうるさいが、もう煙で燻すことすら諦めた。

 

湿気がすべてを邪魔する。

 

バナナのように木の枝を削いで着火を容易にするだとか、そういうことを試してみたけれど。この湿気の中では生木以外の乾燥した枝など、無に等しい。

 

 

 

 今、手にあるのは奴らが使っていた石製の鉈だけ。

 

腕時計は外されなかったがバッグはないし、この鉈を持ち歩くしかない。

 

ゴブリンは切った竹を納めるための、こう炭とか何かを背負う時の……名前は知らないからよく分からんが、下から支えるタイプのバッグを使っている。

 

竹用だからたぶん耐久性は無さそう。

 

 

一度も使ったことは無い。

 

まず背負ってみたら腰がもげそうだった。一歩一歩にかかる膝の負担が、とんでもなく大きかった。

 

 

鉈の素材である灰色がかった石は意図的に磨かれており、切れ味はまあまあある。

 

自作しようとして三つほどの破片に砕けた打製石器とは明らかに違う。

 

鉄など、まだ一度も見たことがないけれど、皮肉なことにゴブリンから得られる道具が最も文明的だった。

 

 

 

 

 ゴブリンとの戦い方は、大きく二つに絞った。

 

 

 一つは正面からの肉弾戦。まず全力で腹に蹴りを叩き込み、仰け反った隙に頭を石や棒で滅多打ちにする。

 

踏みつけてもいい。ランニングシューズの頑丈さに助けられたが、奴らは生命力が異常だ。

 

なかなか死なず、足首を掴んで竹林の硬ーい地面に引きずり込もうとする。

 

地下茎のせいか、竹林の地面は信じられないくらい硬い。

 

土といえばフカフカしている、だなんて印象は砕け散った。、

 

 

畢竟、奴らの握力は人間離れしており、一度掴まれたら終わりだ。

 

だから初撃で確実に大ダメージを与えることを最優先にした。

 

 

鉈で頭をかち割る。

 

普段は移動し続けて、遭遇した時だけ隠れて鉈で頭蓋骨をぶっ叩く。相手は死ぬ。

 

 

 

 もう一つはアサシン戦法。背後や側面から、背中もしくは腹部に対して鉈で切りつけ、即座に離脱する。

 

出血多量で死に至るケースがほとんどだ。

 

だが傷が浅ければやつらは腸を腹から噴出することなく、蹲って声をあげようとする。

 

 

そうなれば迷わず逃げる。

 

 

一撃で仕留められなかったらアサシン戦法は終わりだ。

 

逃げる先は、下流に向かって川沿いを進むのが定石だった。

 

 

ゴブリンたちは川近くを根城にし、頻繁に移動するが、一度作ったキャンプからはあまり離れない。孤立した個体を先に潰せば、大集団が来ることは少ない。

 

丸太をくり抜いた舟に乗って下流に向かって大移動、だなんてことを一回目撃したことがあるが……

 

 

 

 

 

 まあ、それはさておき。

 

 

 十分前、この死体はまだ生きていた。中年体型の腹の出た小太りゴブリン。

 

こいつは竹を握っただけで簡単に折り、即席の槍として振り回してきた。

 

 

 横薙ぎの一撃は恐ろしく、しゃがまなければ脇腹か顔面を抉られていただろう。

 

ベトナムの竹槍を思わせる原始的な凶器を、奴らは量産してくる。

 

 薄緑の皮膚の下に浮き出る筋肉は、尋常ではなかった。

 

特に大腿四頭筋とハムストリングスの発達は凄まじく、肌の上からくっきり見えるほどの筋肉量だ。

 

長距離移動を可能にしているのだろうけれど、栄養状態が良さそうなのが腹ただしい。

 

こっちは、まるで吸血鬼のように毎日のように蛇を鉈で二分割して生き血を啜る毎日だというのに……

 

 

果物か何かを食いながら歩いてくるゴブリンもいる。

 

そういう奴は腹立たしいがだいたい強い。

 

ゴブリンには私を超える大型個体も普通にいる、そういう相手は真正面から戦ってもアサシン戦術を使っても勝てない。

 

だから最初から逃げを選択する。

 

 

 

 

 私が今しがた、先遣個体の排除兼八つ当たりで仕留めた小太りタイプは特に厄介だ。

 

 

単独でいることもあるが、言語らしき声を上げて仲間を呼ぶ。

 

 木こり役のゴブリンたちを率いているケースが多く、倒し損ねれば十五匹、二十匹、時には三十匹もの集団が雪崩れ込んでくる。

 

シンプルに個体も強いのに数の暴力も使えるだとか勘弁して欲しい。ちょっとあまりにも勝ち目が無くなる。

 

この広い竹林で一人、集団を相手に勝てるはずもない。だからこそ、先遣個体を確実に仕留める。

 

 

 フゴフゴと死戦期の呼吸を繰り返していたゴブリンが、ようやく静かになった。

 

十分前に地面に付してからずっとこうだ、奴の生命力は化け物か。

 

 

 

血の匂いが、より一層湿った空気に混じるような感覚がした。

 

私は寄ってきた蛇に対して鉈を地面に振り下ろし、深く息を吐いた。

 

 

 感慨深い。こんな化け物が最強の敵になるとは、転移直後には想像もしていなかった。戦闘能力では群を抜いている。うざったさだけなら蚊に勝てないが、命の危険という点では比類ない。

 

 

 この密林のいたるところに奴らは潜んでいる。

 

 

蛇は生食しても美味い。火を使うことなく生肉どころか血を啜ってるような食生活をして現代人が耐えられるのか、とか色々考えはしたが、まあ……そんなことは考える方が頭がおかしくなる。

 

 

何せ湿気で火が起こせないし、どうやったって不可能だ。

 

ゴブリンのような未知の生物もいるというのに、蛇のような、地球の生物とよく似た生き物もいる。

 

最初の密林ゾーンではゴブリン以外ほとんど見かけなかった。今いる竹林ゾーンは少し生態系が豊かになったようだ。

 

 

 

近寄ってきた蛇を次々に仕留めてるけれども、やはり持ち歩ける数には限界がある。

 

 

だいたい四センチの太さをした胴体は、巨大な蛇といっても過言ではない。

 

黒っぽい土の色に合わせた背中もしくは側面。

水中の中の石のように暗い灰色の腹。

 

 

川の上を平気で流れていく蛇に仰天したものだが、ひっくり返っている蛇を見る度に、今では無料の飲み物としか思わなくなった。

 

 

水辺に蛇は多い。とにかく、まあ竹林にも多いが。

 

 

 

 

 この蛇の味は、まさに悪魔的だ。

ゴブリンは数匹まとめて焚き火に掛けて焼いていた。

 

 

長さは凡そ1メートル前後……いや、80センチといったところか。

 

ゴブリンの身長の半分くらいの長さだというのに、ゴブリンの腹のどこに収まるというのか、丸焼きにして食っていた。

 

 

皮を剥ぐ、黒曜石のナイフは彼らの発明品なのだろうか。

 

 

宴会の後の焚き火跡で初めて火を起こし、焼いた肉を食らった感動は、幾千万の涙が頬を伝った……

 

 

 

ゴブリンに文化レベルで負けているというのが非常に腹立たしいが、それはともかく、火を起こす火打石を入手したとはいえ、フリントロック式だ。

 

 

 鉄が高純度に含まれた隕石か何かだろうか?ずっしりとした重さはあるが、ぶつけると火花が散る。

 

 

これをゴブリンの頭にぶつけてみたりと、戦いの道具になるから便利だ。

 

 

 

 まあ、火花を出したところで着火剤が湿っていて、結局ゴブリンが火を熾した場所じゃないと火がつかないという事がある……実質的に、役に立たない。

 

 

ため息が出てくる。なんと酷い文化レベルか。

これではゴブリンにボロ負けだ。

 

 

 

はあ、全くもって……生活水準がずいぶんと落ちぶれたものだ。

 

ゴブリンの住む森との境界に存在する街。

あの街が辺郡だったとはいえ、まさかあんなにもすぐ追放されるとは……

 

 

毎日のように蚊がやってきては寝る度起きる、そんな一日だ。

 

 

竹の節と竹の節に足を乗せ、空中で眠る。

曲芸のような行動も毎日やればできるもんだ。

 

 

 

私は月明かりの中で、再び眠るために周辺を一瞥してから瞼を閉じた。

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