透き通る青春を守る『あなたの盾』   作:凡骨もつもつ

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 消えた前アカウントで書いていたものをリメイクしたものです。
 


序章:終わりのない
目覚めよと呼ぶ声が聞こえ


 

 

 『都市』の裏路地にある狭いビルとビルとの間でずりずりと壁面に肩を擦り付けながら歩く。

 一歩踏み出す度に出血しては壁に血の軌跡を描き、歩んできた後ろの道に赤い線が引かれた。肩から脇腹へ両断するように出来た深い傷が私の生命を徐々に矮小なものへと変えていく。

 不意に視界が地面へと落ちる。

 少し経ってから自分の体がついに歩くのもままならなくなり、うつ伏せに転倒したのだと私は気付いた。転倒した拍子に体内で新しく傷でもできたのか口から夥しい量の血液を吐き出し、急速に生きる為の熱が身体から抜けたのを感じた。

 死が目前まで迫っていた。

 人間は死の間際に過去の記憶を急速に反芻するという。走馬灯と呼ばれるものだ。

 私の脳裏にも絶え間なく過去の記憶が甦ってくる。

 死んで久しい親友の姿も例外なく浮かび上がった。

 

 

 (……サマリアート)

 

 

 親友の名を心で呟く。

 他者の苦痛を容認し流転させることで成り立つこの『都市』に於て、親友はあまりにも純粋すぎた。あるいは欲深かった。

 共に裏路地からフィクサーとして成り上がり、リウ協会を経てツヴァイ協会へと移籍し、力も金も地位も手に入れたのに彼は満足しなかった。彼はそういった物理的な成功よりも自身が掲げる理想の実現を目指していた。

 ある日、彼が私に言った。

 

 

 『バティスト、俺は思うんだ。都市の人間は怯えている。何か目に見えない巨大な不条理に。しかし、人々がすることと言えば他者を蹴落としてでも自分の生涯を守ろうとするだけ。それでは駄目だ。真に自らを良くするには他者を切り捨てるべきじゃない。知らない誰かのために生き、知らない誰かを守ってこそ、自らを守ることに繋がるんじゃないか?皆が誰かの『あなたの盾』になれれば、きっと都市は素晴らしい場所になる。輝かしい場所に……』

 

 

 サマリアートの理想。

 それは都市では一蹴されるものだろう。

 誰が好き好んで素性すら定かでない他者のために立ち上がろうとするのか。

 裏路地で、常に弱者が消費されてきた場所で産まれたのにどうして彼はそんな理想を掲げたのだろうか。

 理解しようとした。しかし、理解出来なかった。

 既にフィクサーとして他者に苦痛を強いることを割り切ってきた私には。

 裏路地で自分より弱い者を切り捨てた私には。

 理解出来なかった。理解しようとしなかった。

 そして、理解するには全てが遅すぎる。

 

 

 『ああ…そうだ…そのとおりだよ。仕方なかったんだ…』

 

 

 私に致命傷を負わせた『ねじれ』の姿が走馬灯に現れる。

 今日受けた依頼で護衛していた人物が護衛中に突如としてねじれに変貌した。

 その人物は不当な契約で財産を失い、全身を義体にする代わりに自分の新鮮な肉体を売ってまとまった金を得ようとしていた。その為には肉体に傷があってはならないとなけなしの金でツヴァイに護衛を依頼したらしい。

 そして護衛中、()()()()()()()()()()ように独り言を呟いたかと思うと、体の輪郭を崩しながら刃物を持った化物のねじれへと変じた。

 護衛に徹していた私は交戦を余儀なくされ、戦闘の末に鎮圧に成功するも致命傷を負うこととなった。

 これは私への罰なのだろうか。

 塞ぎ混んでいた依頼者の絶望に踏み込み、少しでもその苦悩を和らげようとしていればねじれへ変身することは防げたのだろうか。

 親友の理想の通りに誰かの『あなたの盾』になれていれば、死という結末は避けられたのだろうか。

 それすらも分からない。サマリアートの理想を解さなかった私には。

 

 

 「……ぁ、ぅ…あぁ……」

 

 

 死の間際に後悔ばかりが募る自分を罵倒しようにも声帯が弱ってしまって声が出せない。その上、手足の感覚も無くなりほんの僅かでも動くことは不可能になっていた。

 もはや走馬灯は浮かんでこず、鉛のように頭が重い。耳鳴りがして音が満足に聞こえてこない。気付けば多量の出血で血の池が地面に出来ていた。

 視界が端から黒く染まるように狭まっていく。

 

 

 

「──先生──きっ……話しは忘れ──」

 

 

 

 

五感の一つ一つが失われていくのを体感する。

 

 

 

「今なら…願って──追い求め……出来る」

 

「それ──私の一部……」

 

 

 

 

意識にノイズが走り、自分が消えていくのを感じる。

 

 

「何も──ですから……経験ではなく、選択」

 

 

 

……声がする。ノイズの向こうから幾人かの人の声。

 

 

 

「感情を吐き出せば……遂に…自由な存在に──」

 

「だから……これで断ち切ろう」

 

 

 

誰かが話す声。対話する声。

 

 

 

 

「あなたにしかできない選択──大人としての、責任と義務。──あなたの選択。…… それが意味する心延えも」

 

 

 

 

希う声。あるいは決意する声。

 

 

 

このまま消えないで

 

 考える私

 

 

 

 

誰の声なのだろう。何故、声が聞こえるのだろう。

 

 

 

「ですから……先生──どうか……」

 

 

 

 意識が散らばる。

 繋ぎ止められていた何かが崩れる──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……あなたは本当に止まらないの?

 

都市の人たちが自分から目を背けずに

愛することができるようになる時まで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──鏡が割れる音がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「──、……!」

 

 

 黒く染まった世界の中に私は居る。

 

 

 「…………!!」

 

 

 視界には黒、いや闇ばかりが広がっている。

 

 

 「──っい!おき──いっ!」

 

 

 しかし、何処か遠くから音が聞こえる。

 

 

 「おきて──くだ……い!!」

 

 

 段々と音が明瞭に聞こえてくるようになり、その音は誰かの声だと気付く。

 

 

 「起きて──、きこ──すか?」

 

 

 声は女性の……年若い少女のものだ。

 

 

 「起きてください!目を覚まし……!」

 

 

 少女の声が起きろと呼び掛ける。

 目覚めよと呼ぶ声が聞こえる。

 

 

 「起きてください……お願いします」

 

 

 次第に懇願するように声が沈み始める。

 どうやって覚醒しろと言うのか。私は既に死んでいて──

 

 

 ──何故、死んだのに人の声が聞こえるのだろう?

 

 そう思った瞬間に自分が居る闇というのは、ただ瞼が閉じられているせいで視界が暗いだけだと気付いた。

 そして、急激に五感が復活していく。

 

 

 「私の声が聞こえますか。聞こえているなら…何か反応を」

 

 

 再びの少女の声。声の位置が解る。

 ()()()()()()()()()私のすぐ正面、おそらく私の顔を覗き込むようにして、声を投げ掛けている。

 さらに少女の声以外の音も鼓膜で拾える。

 破裂音、爆発音、発砲音、誰かの怒号あるいは叫び声、そして大人びた諭す声。

 嗅覚には土臭さが感じられることから、周囲では土煙が風に吹き流されているのだろう。しかも硝煙の臭いも混じっている。音といい、近くで戦闘でも起こっているのだろうか。

 

 さすがに異常だ。

 死んだのに意識がある。死に際に感じた、あの自分の中の一つ一つの要素が消えていく感覚が記憶に新しい。いや、死んだことを覚えているなんて怪奇にも程がある。

 死は消失だ。都市で数えきれない人間を殺してきた私には分かる。

 『死』に次は無い。

 なのにこれは何だ?まるで甦ったかのようだ。

 誰かが私にK社の再生アンプルでも打ったのか?

 

 

 "チナツ!その人の容態は?"

 

 「呼吸、脈拍共に安定していますが…まだ目覚めません……」

 

 "……わかった。チナツはそのまま救護にあたって。こっちはわたしたちが抑えるから"

 

 「はい、先生」

 

 

 その会話が聞こえた後、何かが着弾したような地響きと空気に伝わる衝撃を感じた。

 ……どうやら周囲は危険な状況らしい。何時までも狸寝入りしてる場合しているわけにはいかないようだ。

 

 私は瞼を開ける。

 そして、何処までも澄み渡る…否、『透き通る世界』を見た。

 

 

 「……あ」

 

 

 ずっと私に呼び掛け救護してくれていたとおぼしき少女が呆気に取られてそんな声を漏らした。上半身を起き上がらせればその少女の呆けた表情がよくわかった。

 整った顔立ちに眼鏡を掛け、赤みを帯びた茶髪をゆったりと二つに結んで肩から垂らしている姿からは、医療に携わり人を癒すことを信念とする知的さと慈悲深さが感じられる。傍らに置いた大きなバックには医療器具でも入れているのだろうか。

 

 だが、それらは起き上がってからすぐに視界に入ったものに比べれば些事でしかなかった。

 ──銃、手に持っている拳銃。

 少女が……子どもが持つはずが無い、『都市』では高価で入手するのも運用するのも一苦労な……簡単に人間を殺傷出来る武器。

 それを見たときの感情は表現し難い。

 

 

 「あの……大丈夫ですか?どこか痛かったりしませんか?」

 

 

 私があまりにも銃を見つめていたせいで少女は困惑していたが、それでも救護をしていた者として私の容態を尋ねた。

 しかし常識外れの光景を見た私はそれにぼんやりとした返事しか返せなかった。

 

 

 「…………ええ。私は…私の体は問題ありません」

 

 「よ、よかった。先生!いま──」

 

 

 少女が大きな声で誰かに呼び掛けようとした時、再び地響きと衝撃が周囲に伝播する。伝わる速度がさっきと比べて早いことから発生源はかなり近場だと予測できた。

 そして、発生源と思われる方向へ目を向けた私が見たのは……

 

 

 "ユウカ、そこでシールド展開!スズミは閃光弾で牽制!ハスミの狙撃を合図に全員突撃!"

 

 「「「はい!先生!」」」

 

 

 ……銃で戦う子ども達とその子らを指揮する一人の大人の姿だった。

 

 

 




・バティスト
 ツヴァイ協会南部所属の一級フィクサー。
 親友が死に、生きる目的を失ったよくいる都市の人間。
 ねじれによって致命傷を負い、死んだはずだが……。
 名前の由来は教育者の守護聖人『ジャン=バティスト・ド・ラ・サール』
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