透き通る青春を守る『あなたの盾』   作:凡骨もつもつ

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外の世界から来た

 

 

 私の名前はバティスト。

 『都市』の裏路地で産まれたよくいる不幸な男だ。両親を始め親族はいない、あるいは知らない。物心ついた時には裏路地の孤児として貧困に喘いでいた。

 裏路地の孤児たちが集まってできた小規模なグループに身を置き、そこで大人たちから様々な『仕事』を斡旋してもらい日銭や食糧を得る毎日を送った。

 私が行った仕事は主に大人たちが指定した標的を始末する殺し屋紛いの仕事である。といっても指示を出す大人たちは最下層の人間なため、標的になるのも彼らが邪魔だと判断した同じ最下層の人間で、つまりは裏路地の最下層同士の小競り合いで鉄砲玉として使われていただけだ。

 私以外の孤児は標的から返り討ちにあって死ぬか、失敗して指示役の大人たちから切り捨てられて野垂れ死にするかだった。自慢にもならないことだが、私は殺すことまたは戦うことには生来の素質があったようで仕損じることは無かった。

 

 そんな日々を送っていた私を変えたのがとある人物との出会いだった。

 私の世界を破って入ってきた人。そうして私の世界になった人がいた。

 都市の最下層で潰れるだけの私に光を当てて夢を授けてくれた。

 その人物の名前はサマリアート。私の唯一の親友で家族のような絆を築き、苦痛だらけの人生に理想を掲げて生き、そして私の絶望となって死んでいった男だ。

 裏路地から脱出し、とある戦闘系フィクサーに師事し、リウ協会からツヴァイ協会へ渡り歩き、そして死に別れるまでサマリアートとは多くの時間を共にした。

 サマリアートと死別した後は淡々と依頼をこなす日々を送り、家に帰れば一つの塊となってベッドに沈み……。

 そして、ねじれに致命傷を負わされて裏路地で死んだ。

 

 思い出せる範囲の都市での人生を振り返った。

 記憶に問題は無い。意識もはっきりしている。

 ならば何故私は生きていて、見知らぬ場所にいるのかという考えが浮かぶ。

 死んだ筈ではなかったのか。ここは何処なのか。

 

 目の前で起きていることは現実なのだろうか。

 

 

 

〇〇〇

 

 

 

 一人一人が違う種類の銃を構えて発砲する姿は緊急事態に対応するために致し方なく運用しているというより、日常的に銃を用いた戦闘行動を採っているとしか言いようがない程に洗練されていた。

 『都市』での銃火器の社会的な扱いが常識となっていた私にはその様子が異常だった。

 目の前の現実を疑うのも仕方のないことだと言い訳するが、どんなに瞬きしようと頬をつねようと認識する現実は変わらず、子どもが銃を手に戦うというものから逸することはなかった。

 

 "戦闘終了……みんなおつかれ"

 

 「先生の指揮のお陰です。ありがとうございます」

 

 そして、子どもたちを巧みな指揮で戦場に立たせていたあの『先生』と呼ばれる成人男性は何者だろうか。

 私の幼少期は大人の暴力を代行するものだったが故に、『先生』なる人物が子どもを戦わせていることに軽い嫌悪を抱いた。

 自分の手を汚したくない、子どもを支配する一環、弱者は利用するもの……そのような理由で子どもを戦場に立たせているのなら切り殺すべきだろう。

 私がそんなことを考えながら『先生』を見ていたせいか、彼も私の視線に気付いて近寄ってきた。

 柔和な笑みには毒気が無く、余程警戒心が強くなければすぐに絆されそうだと感じた。

 

 

 "よかった……目が覚めたんですね。大丈夫ですか?怪我はありませんか?"

 

 「…………」

 

 

 彼が差し伸べた手を私は取れなかった。

 どうしても疑いを持って見てしまう。都市では親切な人間ほど裏があるものだから。

 そして、手を取る代わりに私は立ち上がった。

 私が目覚めてからしたことはまだ上半身を起き上がらせただけであり、何時までも地面の温もりを感じるわけにはいかない。

 立ち上がり、服──南部ツヴァイ協会の深い紺色のコートに付いた塵をはたく。そこで始めて気付いたが血塗れで死んだのにも関わらず、着ているツヴァイ協会のコートには血の汚れや染みは無く新品同然だった。

 見知らぬ場所で目覚め、受けた傷も流した血も消えていている。まるで夢でも見ていたかのようだ。

 しかし、都市で生きた記憶は存在しているせいで今自分が置かれている状況の異質さが際立っていた。

 

 

 「あの……本当に大丈夫ですか?先程から呆然としていますが…」

 

 

 心配しているのか痺れを切らしたのか、菫色のツーサイドアップが特徴の少女が話し掛けてきた。

 とても知性に富んだ瞳をしている。

 

 

 「……申し訳ありません。目覚めてから驚きの連続で思考が整理出来ていないのです。私が目覚める前に居た場所と今居る場所があまりにも違い過ぎるので」

 

 "居た場所?もしかしてあなたも外の世界から招かれたのですか?"

 

 「外の世界?ここは都市ではないのですか?」

 

 "ここはキヴォトスです。…と言っても私もまだ来て数時間しか経っていないのですけどね"

 

 

 キヴォトス。それは……なんだ?聞いたことがない。

 外の世界とは?一体、何がどうなっている?

 

 

 「…………質問を」

 

 "どうぞ?"

 

 「頭という統制組織、翼と呼ばれる大企業、それが管轄する巣と呼称される居住区、裏路地なる地区、フィクサー、特異点、外郭、五本指、ねじれ……その他の私が生きていた『都市』で常識とされる概念を…貴方は知っていますか?」

 

 

 『都市』の概念を列挙して反応を窺うが先生と呼ばれている男性は眉をひそめていた。

 その反応だけで私は本当に自分が居る場所が『都市』という世界そのものが認知すらされていない異世界なのだと知った。

 

 

 "えっと……すみません、私にはそれらが何なのかさえ分かりません"

 

 「そう…ですか。なるほど……。ええ、認め難いですね。この状況は」

 

 

 その時、胸の内には『都市』での人生が通用しないことへの喪失感と理解できないことばかりから生じた疑心、そして不思議と平穏があった。

 平穏。心を塗り潰すような多くの不安の奥底にそれはあった。

 きっと異世界に来たという事実に対して、私は解放されたと思ったのだろう。都市の苦痛から解放されたとほんの一瞬錯覚したのだろう。あるいは期待したのか。

 

 

 (いや…今はそんなことはどうでも良い)

 

 

 何にせよ、私がすべきことは情報を集めることだ。

 キヴォトスというこの世界について知らなくてはならない。

 

 

 「もう少し、質問をしてもよろしいでしょうか」

 

 "どんな質問でもどうぞ!困っている人を見捨てることは出来ませんから!"

 

 

 ふんす、という擬音が似合いそうな表情で『先生』はそう言った。

 とても……善良だ。眩いほどに。

 

 都市の人々とは違う人間性を見せる大人に、私はそんな感想を抱きながら質問を重ねた。

 

 

 

 

〇〇〇

 

 

 

 

 端的に言うと、やはり私が今居る場所は『都市』ではなく、全くの別世界だった。

 改めて聞いたこの世界の名は『学園都市キヴォトス』という。

 数千から数万の大小様々な学園または学校が集まり形成された広大な文明であり、学園は一つの国──都市風に言うなら巣に匹敵する武力と権力を持っている。

 キヴォトス全体の管理を担う連邦生徒会の下、各学園には自治権が与えられ校則は法律のように機能し、学園間では条約が結ばれたり戦争が起きたりするらしい。

 社会の中心で活動するのは主に生徒……つまり子どもであり、その殆どが女子である。

 そして『都市』と決定的に違う点は使用される武器が銃を主体とする火器及び兵器であり、それらは『頭』が定めていた禁忌を破るものばかりだ。

 『都市』に生きていた私にとってはこれだけで内心驚愕ものだが、その次の話を聞いて頭を抱えてしまった。

 キヴォトスの住人の多くは弾丸をもろに食らっても「痛い」で済む頑強さを誇り、特に身体改造の施術や義体化をしているわけでもなく、個体差はあれど単純な物理的要因で死ぬのは難しいという。

 

 正直、夢であってほしいと思う。

 過去に経験して記憶に刻んで身に付けてきたものたちが、土台から崩れてゆく感覚がする。

 『都市』の常識など、このキヴォトスでは塵芥も同然だ。

 

 

 「だ、大丈夫でしょうか?おそらく先生と同じく外の世界の方なのでしょうが……」

 

 "う~ん、私も最初は驚いたからな~"

 

 「先生は順応するのが早かったですよね」

 

 「指揮もお上手ですし、これが大人の力なんだと実感しました」

 

 

 額に手を置き、なんとか思考を整理しようと奮闘する私の様子を見ていた先生と生徒たちがそのような話をしていた。

 しかし、その内容は私には聞き逃せないものだった。

 

 

 「……子どもを戦わせることが大人の力ならば、私は自らが戦場に立つことを選びます」

 

 

 気付いた時には半ば衝動的に思ったことを口に出してしまっていた。

 過去の記憶が私を蝕んでいる。あの裏路地とは決別した筈だ。

 だが、私はそれを肯定出来ていなかった。

 トラウマ。私の精神に刻まれた傷が殺しの力を持つ子どもを否定する。

 

 

 "…………そうですね。私も強かったら…きっとそうするでしょう"

 

 「ですが、その身を以て守ることは出来る筈…盾も持たないとはどういことですか?」

 

 「ちょ、ちょっと待ってください。先生は私たちと違って銃弾一発が致命傷に──」

 

 「それは私も同じです。そして……私はそれでも戦うことが出来ます」

 

 「それは…どのように……」

 

 

 色々と大きい黒翼の生徒が戦闘手段の有無を訊いてくるが、それはまるで大人は戦闘を行わないことを前提にしているようだった。

 改めて考えてみれば不可解で不愉快なことだ。

 どうして子どもが武器を持つ。

 戦いなど大人がやれば良いのだ。

 

 

 「貴方たちはさっきまで戦闘を行っていましたね?敵は全滅させたのですか?」

 

 "いえ、おそらくまだ襲いかかってくるかと…"

 

 「なら私が前に出ましょう。峰打ちで構いませんね?」

 

 「いやいや!?あなたは武器を持っていないじゃないですか!」

 

 「武器ならあります」

 

 

 ツヴァイのコートをはためかせる。

 これは大金を注ぎ込んで特注で作ったもので、自在に物を取り出したり仕舞ったりできる。

 私が取り出したのは黒いツヴァイヘンダー。

 南部ツヴァイ協会では標準装備の一つである。

 

 

 「これが私の武器です」

 

 「大剣…だけ?そんなものでは銃弾の中に飛び込んでも無駄死にしてしまいますよ」

 

 「子どもが大人を心配するものじゃないですよ。大丈夫です、命の使い方は心得ています」

 

 「命って……そんな物みたいに……」

 

 「そんなことより、皆さんが向かう先はあちらですね?」

 

 

 困惑している生徒を尻目に私は歩き出す。

 彼女たちは異常なものを見る目で私を見ていたが、『都市』というキヴォトスとは比べ物にならない失楽園(ディストピア)を生きてきた人間なのだから当然だろう。

 

 私が彼女らの戦いにでしゃばるのは私の勝手だ。

 私の勝手に私の命を賭けるのは私の自由だ。

 『都市』の人間なら私を酔狂だと評するだろう。

 そして、すぐに死ぬような奴だとも。

 

 それでも構わない。

 知らぬ誰かの『あなたの盾』になる。

 その理想を掲げた親友の影が私の後ろに伸びていることこそ、私の罪なのだから。

 

 私は今度こそ理想に死ぬことを望む。

 

 

 

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