今回は先生視点です。
戦場の様子を俯瞰するように頭に思い描く。
生徒たちの状況や敵の位置などの情報を随時更新し、より効果的な指示を出す。
自分がいつどこで、このような指揮能力を身に付けたのか憶えていないけれど、子どもを戦わせて自分は安全な後方に待機するという大人として卑怯で無責任なことをしているから、できる限りのサポートはしなければならない。
先生として子どもの代わりに責任を取ることこそ私の使命だ。
本音を言えば、生徒の代わりに戦場に立って戦いたい。
丁度、
「ふむ、やはり固いですね。致命的な人体の破壊には至りませんか……」
その人は自分と違い、生身で戦場に立って敵の攻撃を一手に引き受けている。キヴォトスの人ではないのに、銃弾一発が致命傷になりかねないのに、大剣(たしかツヴァイヘンダーという名前のもの)を振り回して飛来する弾丸を叩き落としていた。
それどころか、敵に接近しては殴る蹴るの体術で制圧していく。
武装蜂起した不良たちを鎮圧するため、私と一緒に駆り出された生徒の皆も強いけれど、彼は一人で不良全員を鎮圧しかねない強さだった。
彼──バティストさんはそれぐらい異質な戦闘力を持っていた。
「ほ、ほんとうに…生身で戦ってる。た、大剣で…弾丸を防いて…バリアを張れる私より敵の注意を引き付けてる……」
ユウカが驚愕しながらそう呟いた。
ユウカはミレニアムサイエンススクールという高度な技術を有する学園の重鎮だから、きっと機械の補助を受けず生身で戦うバティストさんは規格外としか言えないだろう。
"ユウカから見てもやっぱりおかしいよね?"
「当たり前です!うちの学園にも強い人がいますけど、バティストさんは先生と同じく銃弾一つで死んじゃうんですよ!なのに…なのにあんな──」
ユウカの視線の先には不良の集団が張った弾幕を正面から突破し、片っ端から不良たちを殴り飛ばすバティストさんがいた。相手がアサルトライフルだろうがスナイパーライフルだろうがサブマシンガンだろうが関係なかった。
バティストさんが敵からの攻撃を引き付けるおかげでこちら側の被害は皆無であり、逆にバティストさんが攻勢に出れば簡単に鎮圧が進む。
「周囲に敵はいません。この区域の鎮圧は完了しました」
生徒たちの中で一番目が良いハスミが報告をしてくれる。
彼女の言葉通り今居る区域の不良は全員倒したようだ。
"みんな、おつかれ。頑張ったね"
「お疲れ様です、先生。…といってもほとんどバティストさんが倒していましたが」
「ミレニアムの技術が生身に負けるなんて……」
「負傷もされないので私の出番もありません」
「自警団として参考になる動きでした」
生徒たちと一緒にバティストさんの方を見ると、彼はじっと破壊された建物を見つめていた。その目は虚ろで強い諦観を感じさせた。
彼の藍色のコートが風にはためいている。
『私はジャン=バティスト・ド・ラ・サールと申します。長いでしょうから、バティストとお呼びください』
鎮圧をしていく道中、そう自己紹介した時もバティストさんは大した感情を表に出さなかった。彼が感情的に振る舞ったのはキヴォトスの話を聞いたときと、私の指揮能力を生徒が大人の力と言ったときだ。
特に後者のときは衝動的に言葉を発していた。
それと同時にとても暗い表情をしていたことを私は見逃さなかった。
何を見ているのか気になって隣に立ってみれば、建物に爆弾で吹き飛ばされた跡や銃痕が刻まれているのがわかった。
「やはりここは『都市』ではない」
バティストさんが確かめるように呟いた。
"『都市』……バティストさんの故郷ですね?"
「あの場所を故郷とするのは不本意ですが、そう言わざる得ないのでしょう」
"どうしてこのキヴォトスがその都市ではないとわかるんですか?"
思わず訊いてしまった。
バティストさんが生きた世界を知れば、少しでも彼のことを知れるかもと思ったから。しかし、彼の口から語られたのは私の想像を遥かに超える世界だった。
「『都市』では建造物を破壊する爆弾や貫通する弾丸と銃の使用・開発が強く禁じられています。禁忌と称されるその規則を破った者は処刑されることもあります」
"処刑!?……そ、そんなことが?銃火器は建造物を破壊するものではありませんか?」
「これは私の考えですが、おそらく人を簡単にかつ機械的に殺傷するのは人間らしくないからでしょう。故に近接武器を使用させる。私のツヴァイヘンダーのように。出来るだけその手で命を奪うことが最も人間らしい殺し合いだから」
"人を……人を殺すことに人らしい矜持が必要だと言うのですか?"
「むしろそうしないと、人らしさを認知出来ないのかもしれません。苦痛を与え与えられ、そうして苦痛を流転させるのが人であり『都市』、それこそ人の世界」
さも当然のことを語るように淡々とした口調だった。
人を殺す方法すら定め、人を殺すことを
では、そんな世界から来たバティストさんは──
"一つ訊かせてください"
「何でしょう?」
"バティストさんは人を殺したことがありますか?"
そうであってほしくない。
でも、返ってきた答えは最悪なものだった。
「ありすぎて…今更数える気にもなりませんね」
「それは……」と口にして、その後の言葉は呑み込む。
それは罪だ。
人殺しはそれこそ禁忌だ。如何なる理由であれ、人の命を奪っていい理由にはならない。
当然の常識で、それは正義で、良心があればそんなことはしない。
だから私は一瞬、バティストさんを軽蔑した。
大人として、先生として、彼を蔑む視線で見てしまった。
彼は許されない罪人だ、と考えた。
そしてすぐにその考えを振り払ったが、バティストさんに見抜かれてしまう。
「安心してください、先生。私はこのキヴォトスの人々を殺しません。殺す理由も無く、そうせざる得ない状況でもありません。ただ……」
"ただ?"
「……キヴォトスの人間が丈夫で良かったです。殺そうにも殺せない」
バティストさんが笑う。
その笑みは自嘲するようでいて、安堵しているようにも見えた。
「行きましょう。目的地はすぐそこのようですよ」
歩き出した彼の背中を見つめた。
このキヴォトスにおいて彼は異物だ。常識外の存在だ。
だが、何も事情を知らないまま彼を悪と断ずることも、排除すべき存在であると決め付けることもできなかった。
バティストさんの暗い表情の意味を知らないまま、そうすることは私にはできなかった。