何かあった才羽モモイが、異世界の廃墟の中で生きるだけの話 作:ミレニアムのモブ:文学派
ちなみに今回、ほとんどあの世界の描写だからモモイとか先生たちの名前が出る程度なので許してください。
ひび割れたコンクリートの隙間から、枯れかけた雑草が天に向かって力なく伸びている。
かつては人々の活気ある営みで溢れ、無数の希望が交差していたであろう巨大な高層ビル群は、今やその肉を削ぎ落とされ、剥き出しの鉄骨という肋骨を無残に晒す墓標へと成り果てていた。乾いた風がその空洞を吹き抜けるたび、まるで朽ちた巨人があえぐような、あるいはこの世界そのものが絶望に産声を上げているような、不気味で鼓膜を軋ませる悲鳴が荒野に響き渡る。
そんな名もなき廃墟ビルの屋上の縁に、1人の青年が両足を投げ出すようにして座り込み、どこまでも続く土気色の荒廃した景色をただぼんやりと眺めていた。
頭上を見上げれば、眼下の地獄が嘘であるかのように、皮肉なほどに透き通った快晴の蒼空がどこまでも高く広がっている。気圧も良好、肌にまとわりつく不快な湿気も少なく、降水確率も極めて低い……らしい。
拠点で待機している仲間のひとりが、過去の収集した気象データと古めかしいアナログな観測機器から弾き出した予報によればそうなるが、この狂った世界において予報はあくまで予測に過ぎない。
もしかしたら次の瞬間には、このひび割れ、血を啜りすぎた大地を優しく潤すような通り雨が気まぐれにやって来るかもしれないし、あるいは視界を真っ白に染め上げる鬱陶しい雷雨が、オートメイルの駆動音かフェイタルビースツの足音を掻き消しながら襲い掛かってくるかもしれないのだ。
青年は、そんなどこまでも高く無慈悲なまでに美しい空と、死に絶えたように静まり返る廃墟の海を交互に眺めながら……ふと、今はもうこの世界のどこを探しても居ない、一人の少女の姿を思い浮かべた。
太陽のように眩しく、ひまわりのように無邪気で可愛らしかった、あの笑顔。
それを思い出すだけで、胸の奥がキュッと締め付けられ、同時にポッカリと空いた巨大な喪失感が彼の内臓を冷たく撫で上げる。青年は深く、鉛のように重い溜息を宙に吐き捨てた。
(モモイ……元の世界で、元気してるかな。ちゃんと、笑えてるかな。)
青年の名前は、アーサー。
かつての文明が遺した地下都市型の巨大シェルター『ナヴァギオ』の生まれであり、そのナヴァギオの命綱とも言える外部探索・防衛戦力組織『ノアズレイヴン』に所属する、弱冠
本来であれば、まだ親の温かい庇護下で無邪気に笑い、友人と下らない冗談を言い合いながら、大人になるための希望に満ちた未来を思い描くべき年齢。だが、この血と硝煙、そして鉄錆に塗れた世界が、彼にそんな「子供でいる権利」を許すことはなかった。
そんな彼は、つい
(……なつかしいな、こんな天気の日だっけ。俺がモモイと出会ったのは。)
アーサーとモモイが出会ったのは、今からちょうど3年前……。
モモイが、未知の転移事故でこの凄惨な世界に放り出されてから3カ月が経った時のことだ。荒野の片隅で、飢えと恐怖で今にも命の灯火が消えかけていたところをノアズレイヴンの部隊に偶然拾われ、どうにかこの狂った世界で生き延びるための過酷な訓練を受け始めた、まだ間もない頃だった。
常に死の危険が付き纏う地上での物資回収任務。たまたま人員の欠け合いという都合でペアを組まされたのが、彼らにとっての3年という長くも短い、けれど何よりも濃密で、魂を削り合うような付き合いの始まりだった。
実をいうと、アーサーとモモイは最初から運命的に息の合うコンビだったわけでも、すぐに打ち解けて互いを理解し合ったわけでもない。
当時のアーサーは、なんというか、感情を殺し切った無愛想で機械じみた少年兵だった。生きるために心を凍らせ、可愛げの欠片もない、ただ任務を遂行するためだけのクソガキ。
そんな当時のアーサーにとって、モモイは「平和な異世界からやってきた、頭の上に妙な光の輪っかを浮かせている、戦い方のイロハも知らないお気楽な女の子」という、自身の生存確率を下げる厄介な足手まといに対する真っ当な評価しかなかった。
逆にモモイにとっても、アーサーは「たまたまペアになった、同い年なのにちっとも笑わない、無愛想で氷みたいな男の子」という程度の認識だったはずだ。
実際、最初の頃の二人の距離感は決して近くなかった。神経をすり減らす索敵任務中に、緊張を解くような無駄話をして笑い合った覚えなど、ただの一度もなかった。任務が終われば、その日の命の対価である報酬代わりの粗末な支給物資を機械的に山分けし、労いの言葉もなく背を向けるだけ。
当時のモモイは、いつ死んでもおかしくない死と隣り合わせの毎日に全く精神的余裕がなく、どこか限界まで張り詰めた糸のように常に怯えて震えていた。そしてアーサー自身も、他人の脆い心に踏み込み、それを支えるような余裕など持ち合わせてはいなかったのだ。
けれど、そんな二人の頑なな関係が崩れ、背中を預け合うほどに仲良くなった決定的なきっかけがある。
それは、ある日の探索の帰路……狂暴な生物兵器『フェイタルビースツ』の群れによる狡猾な待ち伏せに遭い、アーサーが致命的な死角を突かれて絶体絶命のピンチに陥った時のことだ。
その時、恐怖で足が竦み、まともに銃の引き金すら引けなかったはずのモモイが動いた。彼女が元の世界から大事に、それこそ自身のアイデンティティであり、心を繋ぎ止める命綱のように抱えて持ってきた愛用の銃――「ユニーク・アイディア」。その銃身を文字通り犠牲にして獣の爪を食い止め、自らの身を挺してアーサーを庇い、血を流してくれたのだ。
その直後、アーサーは決して彼女に感謝を口にしなかった。
モモイが唯一の心の拠り所であったはずの銃を失い、呆然としている姿を見ても、「このふざけた世界じゃ、命が残っただけマシだ。よくある日常茶飯事だろ」と、あえて冷たく切り捨てた。
気の利いた慰めの言葉一つ、労いの手の一つも差し伸べることなく、アーサーはその場を無情に立ち去った。
けれど、たまたま。本当に、神が仕組んだ運命の悪戯のような偶然で、アーサーはその日の夜、モモイが一人で泣き崩れている姿を目撃してしまったのだ。
誰もいない、死んだように静まり返った深夜のノアズレイヴン本拠地の、冷たいコンクリート剥き出しの薄暗いロビー。その片隅にある、ボロボロのパイプ椅子に身を縮めるように座り、両膝をきつく抱きしめながら、誰にも……特にアーサーにだけは気づかれないように、声を押し殺して大粒の涙を流しているモモイの小さな背中。
それを、重い鉄扉の陰から見てしまった時の、胸を素手で握り潰されるような痛み。
……今でこそ、あの瞬間に自分の胸の内で何が弾けたのか、何を考え、何を思ったのかは正確には言語化できない。
ただ、一つだけ確かなことは……アーサーはあの日、あの夜の彼女の涙を境に、モモイに対する「足手まといの異世界人」という冷徹な認識を根底から粉々に打ち砕いた。
どんな犠牲を払ってでも、たとえこの身が鉄屑に変わろうとも、必ずこの少女を守り抜き、いつか必ず、彼女が本来いるべき元の温かい世界に帰してやる。
そんな、呪いにも似た強烈な決意と祈りを、自身の魂の最も深い場所に焼き付けたのだ。
その翌日から、アーサーはモモイに対して、自分でも驚くほど不器用に、けれど確かに優しく接し始めた。
思えば、あれが彼にとっての、生まれて初めて芽生えた初恋の種だったのかもしれない。
『―――い、A……おい、聞いてんのかA! アーサー応答しろ!!』
「わっ、と!?」
耳元で唐突に弾けた、弾けるような破裂音。アーサーがモモイとのセピア色に輝く出会いを懐かしく、そして愛おしく思い出していると、骨伝導インカムから仲間の苛立ちの混じった怒鳴り声が頭蓋骨に直接響いた。
アーサーはビクッと肩を大きく跳ねさせ、危うく屋上の縁から数十メートル下の瓦礫の山へずり落ちそうになった。
『やぁっと反応しやがった……死んだのかと思ったぜ。黄昏れんのは、任務が全部終わってからにしてくれ。』
「わ、悪いB。気が急いてた。少し昔を思い出してな」
『たのむぜほんとに……それで、A、お前の担当セクターはどうだ?
「……いや、今のところ、それらしい熱源も光学迷彩の揺らぎも見当たらない。風の音だけだ」
アーサーは慌てて姿勢を低くし、高倍率の双眼鏡を目に押し当てて周囲の索敵を再開する。だが、彼の報告の通り、ひび割れたアスファルトの上にも、崩れかけたビルの影にも、それらしい死の気配は何一つ見当たらない。
しいて聞こえてくるのは、彼の心の中の空洞を撫でるように、さみしそうに音を鳴らす風の音ぐらいだろう。
仲間は、それを聞いてインカム越しに短く「ふむ」と唸った。
『了解っと……本当に、何もいないならいいがな。C、そっちはどうだ?』
『こっちのセクターも敵影は見えず……同じように風の音だけで、気味が悪いくらい平和なもんよ。ああもう、お腹減ったわねぇ』
インカムからもう一人の仲間、Cの声が鼓膜を打つ。
短く業務的な報告を済ませると、彼女は緊張を解きほぐすように、日常的な雑談の話題を投げつけてきたのである。
『おいバカ、通信でそれを言うなC。うちのエース様の胃袋の虫が同調して鳴っちまうぞ?』
「おいB、俺はそこまで底なしの食いしん坊キャラじゃないぞ?」
『はいはい、そうですね。いつも「配給の合成カロリーバーじゃ全然腹が膨れねぇ」って情けない顔で嘆いてるのは、どこの誰でしたっけ?』
「実際、どう考えても足りないじゃないか。Cもそう思うだろ?」
『今回ばかりはAの意見に全面的に賛同するわ。いくら体を動かすのに最低限必要な栄養とカロリーが詰まっているとはいえ、こっちは花の10代、絶賛育ちざかりなのよ? もっとまともな、味がして温かいおいしい食べ物が食べたいわ。たとえば……そうね、モモイちゃんがよく話してくれた「パフェ」とかいうやつ!』
『育ちざかりよ? じゃねぇんだよバカタレ共。ただでさえメンテ不足で地下プラントの出力が落ちて、ナヴァギオ全体の物資もエネルギーもカツカツなの忘れてんのか? 贅沢言うんじゃねえ。生きられてるだけ丸儲けだろ』
通信機を使い、くだらない雑談で極限まで張り詰めた精神の緊張感を和らげながらも、アーサーの視線は決して休むことなく、鷹のように鋭く眼下の死地を這い回る。
オートメイルの無機質な駆動音や、フェイタルビースツの生臭い息遣いが、少年少女の隊員たちが決死の思いで資源回収任務をこなす作戦領域に接近していないか、瓦礫の隙間一つ見逃さずくまなく見渡す。
ふと、双眼鏡のレンズ越しに、14歳ぐらいの小柄な少年隊員の一人が、泥だらけの10歳の少女隊員の手を力強く引きながら、崩落した瓦礫の山を懸命に乗り越える姿が見えた。
どちらも五体満足で、身体的な欠損はない元気な姿、ではあるのだが……その幼い横顔には、重度の睡眠不足と、いつ闇夜から襲われるかわからない恐怖による、うっすらとした、しかし拭い去ることのできない確実な疲労と絶望の色が、どす黒い泥のようにへばりついている。
『チッ……ガキども、双眼鏡越しでも分かるくらいかなり疲弊しているな。足取りが重すぎる。ありゃあ、限界が近いぞ』
『Bのところもそうなの? 私がカバーしてるエリアの子たちもそうよ。さっきから息が上がってて、足元がおぼつかないわ』
「……ああ。俺が見てるところの班もそうだ」
Aがたまたま見かけた痛ましい表情だが、別セクターを監視する仲間であるBとCも同様の景色を目撃し、ギリッと奥歯を噛み締めて胸を痛めているようだ。
『クソっ……今週に入ってもう5回目の地上任務だぞ!?
少なくとも、今週の物資回収ノルマはとっくに超えてるはずだろ……ッ! これ以上ガキを外に出せば、集中力が切れて死人が出るぞ!』
『……この前、下の居住区に逃げ込んできた難民どものせいよ。あいつら、自分たちは”選ばれし純血の存在”だとか何とかふざけた寝言を言って、配給所の列に強引に割り込んで、私たちが血反吐を吐いて集めた物資を湯水のように無駄遣いして……挙句、腹が膨れなきゃ暴れだす始末じゃない』
『ふざけんな! ろくに働きもしねぇ、働かせたら働かせたで文句ばかり垂れてクソみたいな仕事しかできねぇくせして、いっちょ前に権利ばかり主張しやがる!
しかも何か自分たちに不都合がありゃ、すぐに被害者面で大声で喚き散らせば勝てると思ってるようなダニ連中のために、なんでこのガキどもが、死地に週5で向かわされてボロ雑巾みたいに酷使されなきゃなんねぇんだよ!!』
「……B、いやバルター。お前の怒る気持ちは痛いほどわかる。だが今は私怨を捨てて任務に集中しろ……ッ!! 待て、10時方向! オートメイルが、作戦領域に急接近中!!」
仲間であるBの怒りをなだめようと口を開いたアーサーだったが、ふと遠くの廃墟の陰で、太陽の光を不自然に歪ませて反射する、冷たい銀色の装甲の煌めきを視界の端に捉え、とっさに無線に向かってそう叫んだ。
『なんだと!? 地下の探知機には一切引っかからなかったぞ! 敵の数と種類は!?』
「……熱光学迷彩を張って接近してきたらしい! 機数1、中型4脚戦車、あのシルエットは……スナイパータイプの偵察型だ!!」
『いつもの巡回ルートから完全に外れてる……ってことは、縄張りの新規形成のための強行偵察ってわけねッ! B、手分けして子供たちを緊急退避路に誘導するわよ!!』
『いわれなくてもやってるっ……! A、オートメイルの足止め、お前に任せていいか!』
「任せろ。俺のセクターの子たちを、絶対に守り抜けよ!!」
アーサーは即座に立ち上がり、背中に抱えていた自身の背丈ほどもある凶悪なシルエットの武器――80㎝の長い対装甲ブレードが銃身の下部に溶接された、大口径アサルトライフルを手に取る。
モモイがかつて語ってくれた、彼女のいた「キヴォトス」という世界の、銃器に名前を付けるという風変わりな文化にあやかって、彼女が帰還した後にアーサーが自ら『サヴァイヴ』と名付けた、彼の命を預ける半身とも言える得物だ。
ガシャン、と重い金属音を立ててチャンバーの装填状態を確認し、ブレードの接合部にガタつきがないかを指で弾いて確認。腰回りのタクティカルポーチを素早くまさぐり、フラッシュバンや予備弾倉といった道具に不備がないかも確認し……問題なしと判断するや否や、躊躇うことなく眼下の死地――オートメイルの進行ルートへと向けて跳躍する。
(……大丈夫だ、アーサー。焦るな。いつも通り、冷静に、確実に殺ればいい!)
自分に言い聞かせるように、心の中でそう唱える。
20階建てのビルから身を投げ出し、重力に従って落下しながら、左手の籠手に仕込まれたアンカーワイヤーを射出。ギリリリッと巻き上げるモーター音と共に、ターザンのように廃墟のビル群の間を三次元的に高速で振り子移動し、作戦領域へと一直線に進む。
仲間たちに愛すべき後輩たちの命を預け、アーサーはたった一人、無機質な殺意の塊であるオートメイルの頭上へと、死神の如く襲い掛かったのであった。
~~~~~
バババンッ!バババンッ!
カカカァン!カカカァン!
ひび割れたアスファルトをその圧倒的な質量で踏み砕きながら、廃墟のメインストリートを悠然と進んでいた4脚戦車のオートメイルの頭部に、空中から降ってきたアーサーの『サヴァイヴ』から放たれた3連射の重徹甲弾が2度、寸分違わず正確に襲い掛かる。
しかし、装甲を削るような甲高い音が響いたものの、偵察型とはいえ、そこは狂暴なフェイタルビースツと真っ向から対等に戦うことを前提に設計された殺戮兵器の一種類。装甲の厚さと、銃弾を逸らす傾斜装甲の角度は悪魔的なまでに計算し尽くされており、激しい火花を散らすだけで致命傷には至らず、あっさりと弾き返されてしまう。
被弾した4脚戦車は、即座に戦闘プロトコルを起動。瞬時に弾道計算を行い、銃弾が飛んできた方向を特定すると、胴体側面に備え付けられたサブアームを不気味なモーター音とともに旋回させ、そこに取り付けられた大口径のガトリングマシンガンを、一切の躊躇なく発砲する。
バララララララッ!!
バスバスチューン、バスッチューンバスッバスッ!!
コンクリートの壁を濡れた紙のように引き裂く銃弾の嵐が、空間そのものを削り取るようにマシンガンから放たれる。
空中の影に命中させようと砲身をデタラメに振り回すものの、ワイヤーを駆使して三次元的に跳ね回るアーサーの速度は戦車の演算予測を上回り、放たれた銃弾はすべて後方の廃ビルの壁や瓦礫の山に命中。粉塵を巻き上げながら、けたたましい着弾の音や跳弾の悲鳴を荒野に響かせる。
しかし、4脚戦車のオートメイルは即座にその飛び回る影に対する『脅威度』を最大に引き上げ、背後へと急旋回。アーサーが重力に逆らえず着地したその一瞬を狙い澄まし、頭頂部に担ぐようにマウントされた主砲――120mm滑空砲の砲口を真っ直ぐに向け、トリガーを引いた。
ズドォーンッ!!
雷の直撃を思わせる、鼓膜を破るような轟音が響き、音速を優に超える砲弾が空気を焼き切りながら、アーサーの細い体を真っ二つに消し飛ばそうと迫る。
避ける時間はない。直撃すれば、肉片すら残らず血の霧となる。
「見えてん、だよっ!!」
眼前に迫る圧倒的な死の気配に対し、アーサーは限界まで目を見開き、気合の入った獣のような咆哮をあげながら、『サヴァイヴ』を野球のバットのように下段から振り上げる。
ドンぴしゃり。放たれていた砲弾の側面に、厚さ1センチの対装甲ブレードを正確に叩き込み、その恐るべき運動エネルギーのベクトルを、筋力と遠心力で強引に逸らしたのだ。
チュィーンッ!と一際甲高い、鼓膜を裂くような跳弾音が響き、アーサーの刃によって軌道を変えられた砲弾は、彼のすぐ背後に転がっていた装甲車両の残骸に命中。爆発と共に赤黒い炎が車両を包み込み、凄まじい熱風がアーサーの頬を焼く。
だが、アーサーにそんな余波を気にしている時間など一秒たりともない。彼はその姿勢のまま腰のポーチからスタングレネード――フラッシュバンをもぎ取り、突進してくる4脚戦車のオートメイルの下腹部へ向かって、アスファルトを滑るようにスライディングで潜り込む。
滑り抜けざまに、口でピンを噛み千切りながら引き抜き、サブアームをこちらに向けてこようとするオートメイルのメインカメラの真正面に向けて、正確に投擲する。
パァン!!キィーーーン……
フラッシュバンの強烈な破裂音と、視神経を完全に焼き切るような何万カンデラもの絶対的な光芒が、4脚戦車のオートメイルの顔面で弾ける。
その規格外の光と熱量に、オートメイルの光学センサーとサーモメーターは完全に許容値を超え、一時的なシステムダウン――完全な機能停止状態に陥り、鉄の獣から一切の視界を奪うことに成功する。
(今だッ!)
その一瞬の隙を突き、オートメイルの股下を潜り抜けたアーサーはバネのように即座に立ち上がる。視界を奪われ、プロトコルエラーで盲滅法に暴れ狂うオートメイルの質量攻撃に巻き込まれないよう、ステップで最小限の距離を取りながら、一番装甲の薄い、放熱フィンが剥き出しになっている背面装甲の隙間へと、渾身の力でブレードを突き立てた。
ガァン!
「なっ、堅っ!!?」
手首の骨が折れるかと思うほどの、強烈な反発。
普通ならすんなりと薄い背面装甲を破壊し、内部の駆動系やジェネレーターを貫き、活動を停止させられるはずの確実な一撃。しかし……どうやら人類側の戦闘データが共有され、知らない間にその明確な弱点は、装甲材の変更によって克服されてしまったらしい。
材質が変わったのか、内部に複合装甲が追加されたのかは瞬時には判断できない。だが、絶対の信頼を置いていたブレードが通らないという事実だけがそこにある。
それでもアーサーは舌打ち一つで即座に体勢と戦術を立て直し、「ならば火力を削ぐまでだ」と、せめてもの最大の脅威である頭頂部の120mm滑空砲の基部へと跳躍し、ブレードを叩き込む。
接合部は装甲以上に硬く、激しい火花が散ったものの、全体重を乗せたノコギリのような引き切りによって、何とかその巨大な砲身を地面に斬り落とすことには成功したのである。
(とりあえずの一番危険な大筒は斬り落とした! あとは、このままヒットアンドアウェイで連中が逃げる時間を稼ぐだけか!?)
滑空砲を切られたことで更に暴れまわるオートメイルをにらみつつ、アーサーは戦闘継続か、撤退かの一瞬の判断に迷うが、ここは子供たちの安全のために時間を稼ぐべきだと判断すると……。
『A、どこに居やがる! ガキどもの退避はさっき全員無事に終わった!! 今、どのセクターでドンパチやってやがる!?』
『簡単にくたばらないでよ、A! あんたがここで死んだら、どうにかして次元を越えてキヴォトスに行って、あんたが死んだことモモイちゃんに伝えなきゃなんだから!! あたし、そんな胸糞悪い役回り絶対にいやよ!!』
インカムの向こうから、バルダーとキャロルの焦燥に駆られながらも頼もしい声が聞こえてくる。
「ッ! こちらA、現在セクターE-5にて交戦中!! 4脚偵察型の滑空砲は斬り落とした。が、背面装甲の仕様が変更されてやがる! 12.7mm徹甲弾の射撃とブレードの格闘、どちらも効果認めず!」
『なっ……嘘でしょ!? あの分厚いAP弾と、Aの馬鹿力で振るうブレードを完全に弾いたっていうの!? しかも、よりにもよってこのタイミングで新装甲型に遭遇するなんて!?』
『クッソ、連中の学習速度が上がってやがるのか!? とにかく、俺とCですぐにそっちに向かう!! それまで意地でもくたばんじゃねぇぞ、A!!』
「たの……ッ!?」
アーサーは、インカムを通じて言葉を返そうとした瞬間、空気を切り裂く鋭い風切り音に反応し、とっさに頭を低くしゃがみ込む。
直後、彼の頭上数センチを、鉄塊の鈍器と化した右後脚が、死を運ぶ質量の暴力となって薙ぎ払っていった。
視覚プロトコルを再起動させた4脚戦車のオートメイルは、そのまま巨体に似合わぬ速度で反転し、残された武装であるサブアームのガトリングを、アーサーに密着するほどのゼロ距離で向ける。
「撃たせるかよ!」
アーサーは銃口が火を噴くより早く懐に飛び込み、左のサブアームの基部だけでも斬り落とそうと、下からかち上げるようにブレードを振るうが……
ガキィンッ!!
「ここもかよっ!!」
滑空砲の接合部とは違い、サブアーム全体が特殊なコーティングで徹底的に強化されていたようで、渾身の力で振るわれたブレードから、火花と共に甲高い絶望的な金属音が響いた。
先程よりも強い、腕の骨が軋むような2度目の痺れがアーサーの両腕に走り、たまらず『サヴァイヴ』を地面に取り落としてしまう。
「しまっ……クソがっ!?」
丸腰になった。それを好機と見たのか、4脚戦車のオートメイルは完全にアーサーを「排除対象」として認識し、ガトリングを乱射しながらサブアームをやたらめったらに振り回し始めた。
サブアームとはいえ、戦車に取り付けられるような巨大な鉄の腕だ。かすっただけでも人間の内臓は破裂し、簡単に死ぬ。
それを身を以て理解しているアーサーは、血を吐くような悪態をつきながら、4脚戦車のオートメイルの死の舞踏から逃れるべく、全速力でその場から飛び退く。
(クソッ……モモイがいなくなって気が抜けてたからって、動きが落ちすぎだろ、俺!!)
アーサーの首筋に、冷たくて嫌な汗がジワリと滲み出す。
相手はやけに学習能力と機動性の高い新造のオートメイル。最悪なことに、頼みの綱である『サヴァイヴ』は奴の足元のコンクリートに転がっており、オートメイルはその場から動く気配を見せず、まるで武器を人質に取っているかのようだ。
それに加え、明確な殺意を持った大口径のマシンガンが、赤く光るセンサーと共にこちらをピタリと捉えている。
素手ながらに両の拳を構え、瞳の奥に闘志の炎を燃やすものの……装甲も貫けない生身の人間が鉄塊に勝てるはずもなく、瓦礫を盾にして無様に逃げ回るしか手はない。
しかし、アーサーがこのまま数分逃げ切れば、バルダーとキャロルの強力な援軍が到着する。
しかも、あいつの最大の武器である滑空砲はすでに使えない。サブアームに搭載されているマシンガンだって、無限に撃てるわけではない。連射し続ければ銃身が過熱して溶ける仕組みだから、長くは撃てない……はずだ。
「へっ……死神が何だってんだ。こっちは何時だって、地獄見てんだよっ!!」
恐怖を塗り潰すように、自分を勇気づけるようにアーサーが吠えると、4脚戦車のオートメイルはとどめを刺そうと、ガトリングの銃身を回転させながらサブアームを真っ直ぐに伸ばし―――
『腕が鈍ったじゃないか、アーサー。』
ダァーンッ!ダァーンッ!!
バスッ!バリィーン!!
直後、インカムから呆れたような、酷く不機嫌そうな大人の女性の声が響いた。
その声と同時に、背後の廃墟から耳をつんざくような2回の凄まじい発砲音が響いたと思うと、アーサーの頭のすぐ横を、空気を抉るような軌道で大質量の貫通スラグ弾が飛翔。それが4脚戦車のオートメイルの強固なメインカメラに寸分違わず命中し、特殊装甲ごとレンズと内部機構を粉々に破壊した。
アーサーがその一瞬の神業にあっけを取られていると、彼のすぐ脇を、戦場の埃と硝煙に塗れた赤黒いコートを翻し、中折れ帽を被る短いブロンド髪の女性が、猛禽類のような凄まじいスピードで通り抜けていく。
彼女は手にしていた、自身の背丈ほどもある直刀型の長い重厚なバヨネット付きのリボルバーショットガンを、遠心力を乗せて横薙ぎに振るい、アーサーが刃立たなかったサブアームの関節部を、いとも容易くバターのように斬り落とした。
咄嗟にサブカメラに切り替えたオートメイルが、最後の抵抗とばかりに巨体を揺らして突進してくる。だが、彼女はそれを嘲笑うかのように、地面を這うような低いスライディングでオートメイルの股下をくぐり抜けながら、先程アーサーが傷をつけた背面装甲の僅かな歪みの隙間へと、銃剣付のリボルバーショットガンを深く突き出した。
いくら外側が堅い新素材の装甲とはいえ、内部の隙間に直接、極限まで研ぎ澄まされた刃が差し込まれてはひとたまりもない。
直刀型のバヨネットは、装甲の裏側で嫌な金属音を響かせながら中枢のジェネレーターを貫通した。致命的な弱点を貫かれた4脚戦車のオートメイルは、断末魔のようにじたばたと数秒暴れたかと思うと……そのまま糸が切れたマリオネットのように、全身の駆動音と光学センサーの光を完全に喪失し、ズドォンと重い地響きを立てて地面に倒れ伏した。
「あ、アンリーゼ総隊長……どうしてここに?」
「なに、少し事務仕事が途切れたもんで……久しぶりに、外の空気でも吸って運動しようと思ってな。」
かつての激戦を物語る傷跡が残る痛ましい顔で、何事もなかったかのような涼しいすまし顔を作り、コートのポケットをまさぐって、この時代では金貨以上の価値がある超嗜好品のタバコを一本取り出す。シュボッとマッチを擦って火をつけ、深く紫煙を吸い込んだ……彼女こそが、ノアズレイヴンの総隊長であり、かつてモモイに戦い方の全てを叩き込んだ厳格な師匠にして、親代わりの存在――アンリーゼだった。
彼女は、煙を吐き出しながら、少し寂し気な、安堵の混じった眼差しで尻餅をついているアーサーを見下ろすと、ゆっくりと歩み寄り、革手袋で覆われた右手を無言で差し出した。
アーサーはその力強い手を取り、引っ張り上げられるようにして立ち上がる。そして、かろうじて事切れた巨体の下敷きにならずに済んだ相棒、『サヴァイヴ』を埃を払って拾い上げた。
「アーサー。いくらあの騒がしいバカ娘がいないからって、戦場でそこまで気落ちするなと、嫌というほど教えたはずだが。お前の命は、そんな安いもんじゃねぇだろ?」
「……すみません、アンリーゼ総隊長……言い訳はしません。以後、気を付けます」
「フッ……まあ、お前のそのどうしようもない喪失感や、ぽっかり空いた穴の埋まらない気持ちは、痛いほどわかるがな」
普段の部下に接するような男らしい口調を使いながら、咥え煙草のまま器用にしゃべり、アンリーゼはアーサーの肩を励ますようにポンポンと叩く。
その横顔の表情は、彼女の言う「気持ちはわかる」という言葉の通り、かつてないほどに深く、どこか遠くを見るようなさみしそうな色を帯びていた。
……アーサーは、その横顔の陰りから、彼女がどれほどモモイという存在に心を許し、娘のように愛し、そしてその不在に深く傷ついているかを痛いほどに察した。
「……モモイが、元の平和な世界に帰って、これで1か月か。」
「アンリーゼ総隊長は……いや、母さんは相変わらずだね。」
「バカ言え……たばこの消費が倍に増えた。ただでさえこの葉っぱは貴重だってのに、こうして肺に煙を入れて誤魔化さなきゃ、どうにもやってられねぇんだよ。……あと、外で母さんと呼ぶのはやめろ。戦い方を教えて育てた覚えはあるが、腹を痛めて産んだ覚えはねぇ。」
「ふふっ、こんな会話、もし本人が聞いてたら、お互いモモイに『タバコ吸いすぎ!』『素直じゃない!』って叱られてしまいますね。」
「……るっせぇ、クソガキが生意気になりやがって。」
スパー、と、どこか自嘲するような長いため息と一緒に、アンリーゼは濃い煙を空に向かって吐き出した。
「あぁ、そうだ。お前たちも通信でぼやいてた例の難民の連中だが……また配給所の列に無理やり割り込んだんだが、どうやらそのグループの飯にだけ、致死性の毒が混ぜられていたようでな。」
「……マジですか。自業自得とはいえ、物騒ですね。」
「ああ。犯人は現在特務班が捜索中だが、証拠が綺麗に消されてて、これが全然尻尾が見当たらねぇ。生き残ったわずかばかりの連中は『お前たちナヴァギオの人間が俺たちを疎んで殺したんだ!』って顔を真っ赤にして喚き散らしてるが、こりゃ完全犯罪で迷宮入りだろうな。」
「ワー、ハンニンハダレナンダロウナー。ヒドイコトヲスルヤツモイタモンダ……こほん。自分が、極秘裏にその犯人を追いましょうか?」
「大根役者に転職するつもりかクソガキ。悪いがテメェはノアズレイヴンに一生こき使われる永久就職だ。それと、こんな自浄作用の些細なことに、貴重な戦力であるお前を使うほど、今のノアズレイヴンに人員の余裕はねぇよ。……犯人が見つからなけりゃ、それでいい事もある。
それに、あいつらの横暴な態度に我慢していた元々のナヴァギオの連中が、いずれ袋叩きにしちまうだろうよ」
「……なるほど。それもそうですね。」
アンリーゼの冷酷で合理的な、ナヴァギオを守るためなら手を汚すことも厭わない暗黙の了解に、アーサーが同意して肩をすくめ、さて拠点へ帰ろうかとサヴァイヴを背負い直そうとした、その時だった。
『お、お、お取込み中のところ失礼しますぅ!!』
「……あぁん? どうしたW。防衛ラインに何か問題でも起きたのか?」
『せ、セクターE-6の中心部にて、異常なまでの謎の高エネルギー反応を急激に検知!! こ、このエネルギー波形と空間の歪み……モモイちゃんがこの世界に初めて転移して来た時のデータと、完全に一致してますぅ!!』
「ッ、ここから目と鼻の先じゃねえか!?」
オペレーターのW……ウィンディのパニック気味の悲鳴を聴き、アーサーとアンリーゼは顔を見合わせると、即座にリラックスした空気を消し飛ばし、それぞれの武器の安全装置を外して構え直した。
ウィンディの指示したE-6の方向……つまり彼らのすぐ目の前の開けた交差点を注視すれば、確かに空間そのものが熱気楼のように歪み、バチバチと青白い火花を立てながら、空間そのものが引き裂かれるような音を立てていた。
「W、ナヴァギオ全域に緊急事態宣言だ! 防壁のシールド出力を最大にしろ! 付近の警戒隊員と待機中の迎撃隊員、全員に第一種緊急出撃命令を出せ! 何が出てくるかわからねえ!!」
『りょ、了解ですぅ! ただちに発令します、アンリーゼ総隊長!!』
得体の知れない現象に、アーサーとアンリーゼの全身に冷たい緊張感が走る中……。
「アンリーゼ総隊長! ご無事ですか!? Aも怪我はないか!?」
「生きててよかったけれど、ほんとAってば、こういう規格外のトラブルばっかり一番に呼び寄せる体質、ほんとどうにかしてくれないかしら?!」
「B、C!」
息を切らせて遅れてやってきたバルダーとキャロルが、アーサーとアンリーゼの左右に並び立ち、それぞれ凶悪な鋸状のブレードが取り付けられたポンプアクション・ショットガンと、接近戦用の短いランスが銃身の下に取り付けられたスナイパーライフルを構えた。
歴戦の4人が、E-6の中心で渦巻く異常事態に油断なく警戒していると……空間の裂け目が極限まで膨張し、太陽が落ちてきたかのような強烈な光を放ち始めた。
『え、エネルギー値が計測限界を突破! 次元バイパスが開放っ! 何かが、こちら側に出現しますぅ!!』
ウィンディの叫びを聴きながら、4人はそのあまりの眩しさに耐えきれず、腕で顔を覆って目をかばったり、光学バイザーの遮光フィルターを下ろしたりと、光の中心を直視することはできなかった。
やがて、風の唸るような轟音がスッと止み……膨張していた光が、ゆっくりと収束していく。
アーサーたちは恐る恐る腕を下ろし、警戒のまま視線を、光が放たれたその場所――次元のゲートが開いた跡地へと向ける。
……そこには。
奇跡という言葉ですら生ぬるい。
もう二度と会えないと、あんなにも絶望して泣き崩れたのに。
帰ったはずの、平和な世界で笑っているはずの。
アーサーの想い人が。
アンリーゼの愛しいバカ娘が。
ノアズレイヴンの明るいムードメーカーが。
少し大人びたタクティカルコートを身に纏った、才羽モモイが、そこに立っていたのである。
モモイは、信じられないものを見るように固まっているアーサーたちを見つけると、目じりに大粒の涙をいっぱいに溜めながらも、太陽のような、あのひまわりのような満面の笑顔を浮かべ……迷うことなく、武器を捨ててアーサーに向かって一直線に走り出した。
「モモイ……?」
アーサーも、これが幻覚かタチの悪い罠ではないかと疑い、信じられないと、今にも泣きそうに顔を歪ませながらも……体が勝手に動き、彼女へとフラフラと歩み寄り……やがて、飛び込んできたモモイの小さな身体を、力強く、壊れないように抱きしめた。
「……アーサーっ!! ひさしぶりっ……!!」
「モモイっ……! モモイっ! 夢じゃ、ないんだよな!? 俺の幻覚じゃないんだよな!?」
アーサーの心の中に張られていた、張り詰めた防波堤が完全に決壊した。
ボロボロと、堪えきれない大粒の涙が彼の両目から溢れ出し、枯れたアスファルトへと次々に落ちて濃いシミを作っていく。
アーサーはモモイを腕の中にすっぽりと抱きしめ、何度も何度もその背中をさすり、その存在の確かさを確認する。
アーサーの首に強く回される彼女の細い腕の力強さも。彼女の身体から伝わる、生きている温かい体温も。そして、コート越しにトクン、トクンと伝わってくる、力強い心臓の鼓動も。記憶の中にずっと残り続けていた、甘いシャンプーの匂いも。
その全てがアーサーに、これが残酷な夢などではなく、待ち望んだ奇跡の現実なのだと、優しく教えていた。
「うんっ、うんっ! ゆめじゃ、ないよ? ちゃんと、本物の私だよ?」
「っ~~~! あいたかった……ずっと、ずっとさみしかった……っ。お前がいなくなってから、世界が真っ暗だったんだ……っ!」
「わたしも……私もだよ、アーサーっ。ずっと、みんなのことばっかり考えてたよぉ……っ」
周囲で呆然と立ち尽くすバルダーとキャロル、そして、咥えていた煙草をポトリと地面に落とし、目頭を熱くして天を仰ぐアンリーゼの姿など、今の二人には目に入っていなかった。
ただ、二人は互いの温もりを確かめ合うように、子供のように泣きじゃくりながら抱き合い続けた。
やがて、少しだけ落ち着きを取り戻したアーサーが、モモイの肩を優しく掴んで、涙でぐしゃぐしゃになった顔を見つめる。
「……ねえ、モモイ。」
「……なぁに、アーサー。」
「俺、ずっとお前に……モモイに伝えなきゃいけない、伝えたいことがあってーーー」
鉄屑と獣の終わりなき戦火の世界で、モモイとアーサー。
その二人の不器用な言葉の続きが、果たしてどのような結末を迎えたのかは、ここで語るまでもないだろう。
少なくとも、死と隣り合わせだったナヴァギオとノアズレイヴンの住人たちにとって、モモイが繋いだ『キヴォトス』と『ミレニアムサイエンススクール』という、次元を越えた規格外の強力な支援者の存在は、彼らの絶望の歴史を塗り替える希望の光となった。
一方、平和なキヴォトスの学園においても、倫理的・政治的な賛否両論の嵐こそ吹き荒れたものの、彼女が持ち帰った「新たな過酷な世界」という現実は、生徒たちに未知の可能性と、誰かを救うための新しい絆の意味を知らしめることとなったのである。
互いの世界が交わり、次元を越えて紡がれる、優しくも血生臭い、そしてどこまでもドタバタで騒がしい新たな日常の幕開けは……また、別の機会に語られるべき、新しいお話だ。
これであの世界のことをちょっとご理解いただけたかなと思います。
次からほんとの後日談、いろんなお話を書いていきます!