何かあった才羽モモイが、異世界の廃墟の中で生きるだけの話   作:ミレニアムのモブ:文学派

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シリアス込みのお話は「真・」を外したモノとして投稿させていただきますね。
今回から数話ほど、アンリーゼ編のシリアスパートに突入させていただきます!




後日談 その3 「アンリーゼ:after story / 無数の傷跡」

 

「……これまでの戦没者の墓、だぁ?」

 

分厚く無骨なコンクリートに四方を覆われた、地下の最深部に位置する総隊長室。換気扇の鈍いモーター音だけが単調に、そしてどこか不気味に響く薄暗い空間に、アンリーゼのしゃがれた、酷く低くドスを効かせた声が響き渡った。

彼女は、指先に挟んだ質の悪い安煙草から立ち昇る紫煙を気怠げに揺らしながら、デスクの向こう側に直立不動で立つ一人の男を、被った中折れ帽の鍔の奥から鋭くねめつけた。

 

それは、ノアズ・レイヴンにおいて固有名(コードネーム)を持たない、末端の一般構成員だった。

頭部を覆うくすんだ色のニット帽、表情を隠す黒いサングラス、そして口元をすっぽりと覆い隠す防塵スカーフ。配給された粗悪な汎用装備に身を包んだその姿は、この地下都市ナヴァギオにあふれる有象無象の「名もなき兵士」そのものである。コードネームを持たない奴らは、どいつもこいつも没個性的で同じような風体をしているはずだが……アンリーゼの、安酒のアルコールで微かに麻痺し、ぼんやりと霞む頭の片隅に、なぜかこいつの姿だけは薄っすらと記憶に引っかかっていた。

(……あぁ、思い出した。この前の防衛戦で、足を吹き飛ばされた仲間に肩を貸して、泣き喚きながらも最前線から生還してきた、ひどく泥臭く目立つ奴だ)

そんな死の淵から這い上がってきたばかりの若造が、これまでに戦死してきた数多の仲間たちに「墓」を用意したいなどと、わざわざ組織の最高責任者である自分のところへ直訴しに来ていたのだ。

 

「はっ!」

 

アンリーゼの、並の兵士なら蛇に睨まれた蛙のように竦み上がるであろう威圧的な眼差しを真っ向から受けながらも、男は一切怯むことなく、かかとを強く打ち鳴らして敬礼の姿勢を崩さなかった。

 

「ナヴァギオと、我々ノアズ・レイヴンは……あの日、モモイ様が繋いでくださったキヴォトスと、ミレニアムサイエンススクールからの多大なる支援のおかげで、組織としての運営および生存環境が劇的に改善されました。

……ですので! 今こそが、この地獄を切り拓き、我々を生かすために散っていった先人たちや、偉大なる先輩たちの死を、人間として正しく弔うべき時であると思案したのであります!」

 

男の声は極度の緊張で微かに上ずっていたが、その言葉には、狂気的な世界で摩耗し、完全に失われかけていた「人間としての尊厳」をどうにかして取り戻そうとする、悲痛なまでの熱と懇願がこもっていた。

 

アンリーゼは無言のまま、視線だけを僅かに動かして、自らの斜め後ろに控えている直属の秘書、ユリへと目を向けてみた。

ユリはいつも通り、仕立ての良い軍服のシワ一つ許さない完璧なすまし顔で背筋をピンと伸ばし、豊かな胸を張って立っていたが……見事に、アンリーゼと目を合わせようとはしなかった。視線は虚空の、書類棚の角あたりに不自然なほど固定されている。

 

『総隊長。この案件の政治的、ならびに倫理的判断は、最高司令官であるあなたご自身で深く考えて、決断してくださいませ。私の口出しできる領域ではありません』

 

――言葉にせずとも、その冷徹なまでの無言の態度は、アンリーゼにそう明確に告げていた。

その優等生すぎる、ある意味では責任を放り投げた振る舞いに、アンリーゼは思わず盛大な舌打ちをしてやりたくなる衝動に駆られたが、すんでのところで堪えた。

なぜなら、目の前の男が声を震わせて提案してきたこと自体は、何一つ間違ったことではないからだ。

 

……これまで。ほんの数ヶ月前までのナヴァギオとノアズ・レイヴンは、文字通り「今日を生き延びても、明日には間違いなく死ぬかもしれない」と本気で考えるほどの、絶望的で切迫した極限状況下にあった。

節約に節約を重ね、泥水をすする思いで管理しても、確実に底を突いていく弾薬と物資。

地上の死角から絶えず、まるで湧き出る虫のように無尽蔵に押し寄せてくるオートメイルとフェイタルビースツの悍ましい大群。

そして何より――生き残るための、最も冒涜的で、最も合理的な手段。

 

戦場で無残に倒れた仲間たちの肉片や、配給が足りずに暗い通路の隅で餓死していったナヴァギオの住民たちの死体でさえも……壊れかけの食料生産プラントの『肥料(バイオマス)』として、巨大なミキサーに放り込んで薄汚れた土に撒いて使わざるを得なかったという、吐き気を催すような現実。

死者を弔う? 墓を作る?

そんな倫理的な感傷に浸っている暇など、一秒たりともなかった。死体は文字通り、生者が明日を生きるための「カロリー」でしかなかったのだ。

 

しかし、あの奇跡の騒がしいバカ娘――モモイが帰還し、キヴォトスとミレニアムが次元を越えて圧倒的な物資支援と技術提供を行うようになってからというもの、このどん底の状況は劇的なまでに様変わりした。

弾薬や医療品は、これまでが嘘のように十分すぎるほどに送り込まれ、ミレニアムの技術者たちは、現地の住民たちにそれらの製造・保守のノウハウすら惜しみなく叩き込んでくれた。

さらに、キヴォトス製の高度な観測機器とドローン網のおかげで、絶えず押し寄せていた機械と獣の大群の早期発見・解析・判別が容易になり、討伐隊の早期出撃によって、支援隊の……特に物資回収部の生存率は飛躍的に向上した。

そして何より、食糧生産プラントがミレニアムのオーバーテクノロジーによって完全に修復・改良されたことで……もう二度と、倒れた仲間や餓死した住民たちを、生きるための「肥料」にしなくてもよくなったのだ。

 

……考えれば考えるほど。男の言う通り、人間としての尊厳をかなぐり捨てて死肉を食らう悪鬼のごとく生き延びてきた自分たちが、過去の罪を直視し、戦死者たちを弔うべきタイミングは、もう『今』しか残されていないのである。

 

「……好きにしな。

ナヴァギオの市長には、オレが話をつけておいてやる。」

 

アンリーゼは中折れ帽を深めにかぶり直し、静かにそうつぶやいた。

 

「っ……! ありがとうございます、総隊長!!」

 

男は感極まったように声を張り上げ、深く、90度の角度で一礼をした。その震える肩からは、長年抱え続けてきた仲間への罪悪感や、死を使い捨ててきた自己嫌悪が、ほんの少しだけ昇華されたような深い安堵が滲み出ていた。

踵を返し、弾むような足取りで退室していく男の後ろ姿を、アンリーゼは重厚な鉄扉が閉まるまで黙って見送った。

 

ガシャン、と鈍い音を立てて扉が閉まり、総隊長室に再び、換気扇の唸る音だけが残される。

 

「……よろしかったのですか、アンリーゼ様」

 

それまで石像のように沈黙を保っていたユリが、静かな声で問いかけた。

彼女の足音が微かに響き、アンリーゼの空になったグラスに、琥珀色の安いバーボンがトクトクと注がれる。

 

「あぁ。あいつらの精神衛生(メンタル)を保つためだ。今のナヴァギオには、『墓』を作るだけの土地の余裕も、資材の余裕もできたんだからな。止める理由がねぇよ。

あの市長(ジジイ)だって、四の五の言わずに承認するだろうさ。」

「ですが……」

 

ユリは、グラスを置く手を僅かに止めた。その形の良い眉が、ほんの少しだけ悲痛に歪んでいる。

 

「墓を作ると言っても……名前や遺品はあっても、埋葬するべき『遺体』など、一つも残ってはおりません。

彼らも、あなたも、私も……モモイちゃんでさえ、知っているはずです。

昨日まで笑っていた仲間たちの肉体は、全て……配給食に使われるイモの養分に変わり、配給食として私たちの胃袋に収まり、血肉となってしまったのですから。

空っぽの墓に祈ることは、かえって彼らに……私たちが犯した罪の重さを、永遠に突きつけることにはなりませんか?」

 

ユリの冷徹な、しかし事実を突きつける言葉に、アンリーゼは「ふっ」と自嘲気味な笑みを漏らした。

アンリーゼは新しい煙草に火をつけ、深く肺に吸い込む。ニコチンとタールが、罪悪感で焼け焦げた胸の奥を僅かに麻痺させてくれる。

 

「それでも、アイツを含めた連中は弔いたいんだろうさ。

たとえ、自分たちが仲間の血肉でできたイモを食い続けてきた悪鬼だろうと、自分たちは人間だという自覚がある以上、人間らしいくいたいためにも……人間に戻るためにもな。」

「アンリーゼ様も、人間に戻りたいのでしょうか?」

「……ハッ、ありえないね。」

 

アンリーゼはユリにも聞こえないほど小さくつぶやき、グラスをあおり、喉を焼くアルコールを一気に流し込んだ。

総隊長として、何千、何万という命を天秤にかけ、生き残るために最も残酷な選択を強制し続けてきたのは、他ならぬ彼女自身だ。

仲間を「資源」として再利用するシステムを最終承認し、片棒を担いだのも、アンリーゼである。

今更、平和な世界の真似事をして墓石を並べたところで、自分の手が血の海で染まっているという事実は消えないし、これまで戦死してきた奴らに死ぬように命令したのは自分だ。

自分が人間になど戻れるはずがない。戻ってはいけないのだ。

 

「……飲みすぎた。部屋に帰って寝る。」

「……かしこまりました、アンリーゼ様。

残りの書類は、わたくしの方である程度片づけを」

 

「ユリ。

アイツらに、これまでの戦没者の名簿を渡してやれ。

それと、第4倉庫の遺品のリストも、だ。」

 

退出していくアンリーゼの言葉に、ユリは目を少しだけ見開き、そして、深く一礼した。

 

「……かしこまりました。ただちに抽出いたします」

 

ユリがコンソールに向かい、キーボードを叩く音が響く。

やがて、アンリーゼのデスクに埋め込まれたホログラムモニターに、文字通り「滝のような」勢いで、数万にも及ぶ膨大な名前のリストと、数多くの遺品のリストが青白くスクロールし始めた。

その一つ一つの名前の裏には、確かに呼吸をし、笑い、絶望し、そして彼女の命令の下で死んでいった命がある。

その中には、ユリが短い間共にした先輩の名前や、お世話になった先達の名前も含まれていた。

 

しかし、ユリはそのリストの膨大さよりも、先ほど出て行ったアンリーゼの鬱屈とした無表情に近い、今にも涙を流しそうな、ひどく脆く孤独な表情を、忘れずにいたのであった。

シリアス目なお話を

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