芦花と幼馴染   作:キイカ

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手折ったのは。
そばに咲くのは。
ハリマツリ、別名『デュランタ』
花言葉は、『あなたを見守る』
そして────


そばにあるハリマツリ

 

 

 

 目の前で、親友の、幼馴染が、刺された。

 あまりにも急すぎて。

 理解するのに時間がかかった。

 周りのざわめきにかき消されて、遠くの方で悲鳴が上がっていたことにすら、気付いていなかった。

 だから、急に芦花の後ろの人たちが周りに散って、1人の男が出て来た時。

 その手に鈍く光る銀色が見えた時、そこに赤い何かがついているとわかってしまった時、心が凍りついた。

 わたしが何かを言う前に。

 体が動くよりも遥かに早く。

 彼女の手を、彼が取った。

 そして、入れ替わって────

 

「────アキくんっ!?」

 

 ────たぶん、刺された。

 こちらからは見えなかった。

 でも、芦花の悲痛な叫びと、接触してから動かない男と彼にたぶんそう言うことだろうと判断した。

 そして、彼が、不意に男を殴り始めて。

 ようやく、わたしも意識が現実に戻って来た。

 

「────っ! 彩葉! 救急車! はやく!」

「あ……え、あ、うん!」

 

 まだ衝撃が抜け切ってない彩葉に、救急車を呼んでもらう。

 わたしは、やることがあるから。

 

「守くんっ! はやくその人抑えてっ!」

「い……あ、わ、わかったっ! つっても、ロープとかないかっ!?」

 

 ロープ、そんなもの、持ってないよ!? 

 拘束できるもの、もしくは、なにかしら重しとかにできるもの。

 そういうものを探しているうちに、男は殴り倒されていて。

 気絶した男と、力の抜けたたかちーと、彼を支える芦花がいて。

 

「とりあえず、抑えといてっ! 腕は後ろでっ!」

「わかったっ!」

 

 周りが大騒ぎしている。

 人の悲鳴、怒号。

 誰かが動画を撮る音。

 誰かが写真を撮る音。

 救急車を呼ぶ声。

 警察を呼ぶ声。

 雨が降り始め、ざぁざぁと、地面を濡らす音。

 そのどれもが、耳障りで。

 その全てが、不愉快で。

 なにより、目の前の現実を受け入れたくなくて。

 芦花に抱えられる彼。

 その腹部からは、見たくない赤が、流れていて。

 彼女は半狂乱気味に、彼に声をかけ続けている。

 でも、彼の反応は、少しずつ、小さくなっていて。

 それが、どうしようもなく、悲しくて、辛くて。

 だけど、今ここでわたしが泣くのはダメだ。

 わたしよりも辛くて心が折れかけている、私の大事な親友がいるから。

 わたしが、彼女を支えなくちゃ。

 わたしが、1人にならないように。

 わたしの親友を、独りにしてしまわないように。

 ふっと、彼が何かを囁き、その手が地に落ちる。

 ダメだ、彼女が、危ない。

 

「芦花っ!」

 

 すぐに声をかけた。

 あのまま放っておくことなど、出来るわけがない。

 

「落ち着いて!」

 

 繰り返し声をかける。

 無理だとわかっていても、そうしなくちゃいけないから。

 

「……無理だよ」

 

 知ってる。

 

「いいから! 私の声を聞いて!」

 

 それでも、私の声で、帰って来て。

 あなたまで、いかないで。

 

「……もう、いやだよ」

 

 分かってあげたい。

 でも。

 

「分かってる! それでも!」

 

 分かってあげれるはずもない。

 

「分かってない! 真実に、なにが……」

 

 うん、わたしには、分からないと思う。

 

「……うん、分からないよ。でも、今の芦花は危ないから」

 

 それでも、このまま1人にすれば、貴方はきっと、壊れてしまう。

 

「…………放っておいてよ」

 

 無理なお願いだね。

 

「だから、今は、私の声を、聞いて」

 

 声を、かけ続ける。

 

「…………」

 

 たとえ、反応してくれなくても。

 

「…………聞きたくない」

 

 聞きたくないと、言われても。

 わたしが、嫌だから。

 

「お願い……芦花まで、いかないで…………」

 

 思わず声が震えたしまう。

 そんな声を出したくて出したわけじゃない。

 でも、彼女には、届いてくれて。

 

「……真実」

「残されるのが辛いのは、そうだよね。でも、芦花まで置いてかないでよ……」

 

 だから、わたしも心のうちを明かすよ。

 

「…………あ」

「私を……おいて、いかないで────独りに、しないでよ」

 

 ごめんね。

 ずるいこと言って。

 守くんも、彩葉だっているのに。

 それでも。

 

「…………ごめん」

「……なにに?」

「独りにしようとしたこと」

 

 ありがとう、分かってくれて。

 ありがとう、私のわがまま聞いてくれて。

 

「いいよ。私も酷いこと言った」

「じゃあ、おあいこだ」

「うん、おあいこ」

 

 本当は、もっと醜い願望だ。

 3年間、今となっては4年目にもなるわたし達の関係に、終わりを迎えさせたくなくて。

 1人になりたくなくて。

 独りぼっちは、きっと辛いから。

 

「だから、今だけ、ごめん」

 

 彼を抱えていた彼女を、わたしが抱きしめる。

 彼は、守くんに、お願いしよう。

 ふと視線を合わせれば、言わずとも分かってくれた。

 ありがと、よく分かってるね。

 

「いいよ、私が隠す」

 

 小柄なわたしじゃ隠し切れないかもだけど、それでも目一杯あなたの、気持ちを隠すよ。

 無粋なカメラも、心の模様みたいな雨粒も、今だけは、あなたの傘になって。

 

「────────ぁぁぁぁっっっ!!!!!」

 

 私の腕の中で、彼女は声にならない声で、ないていた。

 わたしはそれを、ほんの一欠片の安心と、その他全てを埋め尽くす罪悪感で染まった心で聞いていた。

 悲しみと怒りも混じって混ぜすぎた絵の具みたいになってしまった心のうちを、そっと彼女の後ろ髪に顔を隠して。

 あなたの声で、わたしの心も、一緒に流してくれたら。

 少しだけ、私も────。

 

「────ごめん……ね」

 

 ────溢れちゃった。

 

 

 

 到着した救急車が、彼を連れて行く。

 芦花は、泣き過ぎたのか、それとも心の許容量を超えてしまったのか、今は、私の腕の中で静かになってしまった。

 眠っているのか、気絶してしまったのか。

 願わくば、その夢は、清らかなままでいてほしい。

 起きたらきっと、現実にまた、打ちのめされてしまうだろうから。

 周りにいたはずの、野次馬たちは、気付いたらいなくなっていて。

 そばにいたのは、取り残されたわたし達3人。

 警察は、たぶん他の人が対応してくれてるんだと思う。

 子供なわたし達では説明できそうにないから。

 

「……真実?」

「……なぁに」

「その、えっと……」

 

 彩葉が、すごく気まずそうに声をかけてきた。

 うん、きっと大丈夫か、聞きたいんでしょ? 

 でも、そんなわけないの分かってるから、何を言えばいいのか分かんないんだよね。

 

「真実さん」

「……今は少しだけ、そっと、しておいてほしい、な」

「分かった。酒寄さん」

「……うん、少しだけ、遠くにいるよ」

 

 2人が離れていく。

 わたしは、今も彼女を抱き抱えたまま、動けない。

 雨は、止まない。

 無数の雨粒がわたし達を、打ちつける。

 でも、何も感じない。

 冷たさも、不快感も、なにも。

 地面にあったはずの、彼が残してしまった赤は、もう、薄れてしまっていて。

 それが、彼の痕跡ごと洗い流していくように思えて。

 

「やめてよ、芦花が、幸せになるまでは、一緒にいるんじゃなかったの?」

 

 いつかの帰り道の言葉を思い出す。

 その時が来たら、いなくなる、だなんて。

 こんなにも芦花は辛そうなのに、幸せになんて、なってないのに。

 

「いなくならないでよ……ばか……」

 

 止まない雨音と、救急車のサイレンと、警察の人の叫び声とが、遠くに聞こえる。

 心の整理を、しないといけない。

 わたしが、崩れてしまえば、芦花はもう立ち直れなくなる。

 わたしに鎖で繋がせたのだから。

 わたしの責任だ、わたしのひとりよがりな心で、繋げたのだから。

 きっと彼は戻って来てくれるはず。

 だから、それまでは、わたしが隣にいよう。

 守くんと彩葉には、悪いと思ってるけど。

 でも、彼女を1人には、出来ない。

 独りになってしまえば、壊れてしまうだろうから。

 だから、許さないで。

 いくらでも、罵ってくれていいから。

 全部、解決したら、また美味しいものでも食べよう? 

 ね────芦花。私の大事な親友。

 私には、荷が重いよ。君の代わりは。ねぇ、たかちー

 

 

 

 しばらくしてから、わたし達も事情聴取を受けることにはなった。

 といっても、大方の話は守くんと、彩葉がしてくれたみたいで。

 わたしには、その確認くらい。

 芦花は、未だ目覚めないまま。

 警察の人は一応話を聞きたがってたけど、わたし達と話すことは同じなのでと説得して、お家に帰してもらった。

 芦花の家まで送ってもらって、わたしはそのまま一緒に芦花のお母さんに家に上げてもらった。

 

「すみません、急に濡れたままで来てしまって」

「いいのよ。……その、大変なことが、あったみたいね」

「…………わたしは、そこまででは。でも、芦花は……」

「……そうね。芦花はとりあえず着替えさせて寝かせておくから。真実ちゃんもお風呂入っていきなさい」

「そこまで、お世話には……」

「むしろ、あの子が起きるまでそばにいてあげて欲しいの。親御さんには、連絡しておくから」

 

 芦花のお母さんとしても、今の芦花は1人には出来ないという判断のようだ。

 

「分かりました。連絡は自分でしますので、よろしくお願いします」

「そう。お風呂、お風呂あっためてくるわね」

 

 そう言って、お風呂に向かってしまった。

 わたしは、親に電話して今日は芦花の家に泊まると伝えた。

 明日、事情は話すと。

 学校が明日もある。

 でも、今のわたし達の状態では行ったところでなにも入って来ないと思う。

 無理言ってでも芦花は休ませるし、わたしも休む予定だ。

 守くんたちは、分かんないけど、休むかな。いや、彩葉は頑張りそうかな。

 彼女の目標的には、休んでる時間はないと思うから。

 ……先に連絡しておこう。

 

『彩葉』

 

 しばらくしてから既読がついた。

 

『真実』

 

 たぶん、何かを打とうとして、悩んでる。

 わたしは待つことにした。

 それから、5分ぐらいして。

 

『そうじゃないのは分かってる。でも、聞かせてほしい。大丈夫?』

 

 あぁ、うん。

 ずっと聞きたかったんだろうね。

 まあ、大丈夫なわけないんだけど。

 でも、そう言うのは、よくないよね。

 

『どちらかといえば大丈夫ではないけど、気にしないで』

『芦花は?』

『まだ起きない。たぶん、精神的な問題かも? 病院連れてった方が良かったのかな』

『分かんない。起きてから判断するしかないんじゃないかな』

 

 そうだね。

 それが正しいかも。

 

『明日の学校、彩葉は行けそう?』

『私は……』

『いいよ、わたし達は気にしなくて。芦花は休ませるし、わたしもずる休みしちゃうから』

『真実……ごめん、私は、休めないから……』

『気にしないでって。また学校で』

 

 うん、知ってる。

 だから、わたしから言ったんだし。

 守くんは、どうだろう。休むかな。

 

『真実さん、明日はどうする?』

『休むよ。さすがに芦花を1人に出来ない』

『分かった。俺は……一応学校行くよ。みんな休んだら、怪しまれそうだから』

 

 あー、そういうこともあるのか。

 写真とか、動画撮られてたから、どうしようもない気がするけどね。

 

「お風呂、沸いたわ」

「ありがとうございます」

 

 とりあえず、風邪を引かないようにお風呂を借りて、温まらないと。

 お風呂場に向かうと途中に、花を見かけた。

 どんな花かは分からないけど、綺麗だなって思えた。

 お風呂上がりに、聞いてみよう。

 

 

 

 お風呂を出て、リビングのテレビが、今日のことを早速ニュースで取り上げていた。

 今の所は死者は0、重軽傷者が合わせて9人程度。

 やっぱり事件が起きた時の動画がいくつかニュースでも流れている。

 けど……。

 あれ。

 おかしい。

 わたし達が撮られてたのが、ない? 

 何人かは絶対に撮ってたはず。

 どういうこと? 

 不可思議な現象に驚いていると、階段を駆け降りる音が。

 そのままリビングにピンク色が突っ込んできて────

 

「ぐえっ」

 

 ────わたしに着弾した。

 

「…………あの、芦花さん?」

 

 ピンク色の弾丸、もとい芦花は何も言わずに私に抱きついている。

 その体は、震えていて。

 

「……ん、とりあえずお風呂入ろ? 私も一緒に入るからさ」

 

 雨で冷やされた体をあっためるために。

 震えの原因がそれではないのは分かっていながら、知らないふりをする。

 彼女は無言で頷きわたしから離れ、着替えをとりに行く。

 途中で、芦花のお母さんがきた。

 

「千秋くんの、お母さんから電話が……」

「…………変わります」

 

 携帯に着信があったようで。

 わたしは受け取り、その電話に出た。

 

「もしもし、真実です」

『もしもし──あれ、真実ちゃん?』

「はい、いつもお世話になってます」

『いいのいいの、息子が……って、そうじゃないのよ! 芦花ちゃんはっ!? 大丈夫なのっ!?』

「はい、今のところは」

『そう、良かったわ。急に電話が来たと思ったら、息子が事件に巻き込まれたって言われて病院にすっ飛んでいったけど。まだ目覚めないらしいし。今日は皆と遊びに行くって言ってたから、他の子達が無事が心配で』

「わたしも芦花もあと2人友達が一緒にいましたけど、皆無事でした。その、………………荒鷹くんが、守ってくれたので」

『…………そう。息子は、皆を守ったのね。鼻が高いわ我が息子ながら』

「その……なんと言えばいいのか」

『大丈夫よ。そりゃ、刺されて今も起きませんっていうのは、かなり衝撃だけど、それでもあの子は目を覚ますはず。だって、芦花ちゃんを泣かせたくないだろうからね』

 

 思わず笑ってしまった。

 たかちー、親御さんにもバレてるんだ。

 

「ふふっ、すみません。彼、お母様にもバレてるんですね」

『ええ、筋金入りなのは知ってるわ。だから、こうして芦花ちゃんが無事か電話してるのよ。さてと、これから入院の話もあるから切るわね。ありがとね真実ちゃん。息子が起きたら、お見舞いに来てちょうだい』

「はい、もちろん、行かせていただきます。それでは」

 

 通話は切れ、携帯を芦花母に返す。

 

「どうだった?」

「元気そうでした。でも、空元気にも思えました」

「そりゃそうよね。息子さんが……やめましょ。ほら、芦花がお風呂で待ってるわ」

「あ、はい! 行ってきます!」

 

 わたしがかけていく中。

 聞きそびれていたことを思い出した。

 

「あの、あそこにある花、なんて言うんですか?」

「あの花?貰い物なのよ、名前は確か……ハリマツリだったかしら?」

「そうですか、ありがとうございます」

 

 あとで調べてみよう。

 そう思い再度お風呂場に向かう。待たせている親友が、また突っ込んでくる前に。

 そんなわたしの背中に小さく声が届いた。

 

「ありがとね、真実ちゃん。娘のために」

 

 そんなことないですよ。

 わたしの、わがままですから。

 

 

 
































────『ひとりよがり』
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