いつもいる人がいない。
隣にいるキミがいない。
今もまだ、心は、あの日に囚われたまま。
あの日止まった時計の針は進まないまま。
夢を見ていた。
僕がいない、日々。
夢、だと思っていた。
でも、そこにいる彼女たちの顔を見て、それがきっと夢ではないと確信した。
夢であってほしかった。
だって、皆悲しそうな顔をしていたから。
いや、それだって僕から見てそう見えたってだけだから、分からないけど。
そもそも、なんで見えているのかさえ、分からない。
今の僕は、一体どう言う状況なのか。
死んでいるのか?
生きているのか?
何もわからないまま。
ただ、宙をふわりふわりと浮かんでいるように感じる。
今の視点は、学校の教室。
視界には、4人が映っている。
いつもよりもかなり眠そうな真美。
いつもよりも気合いの入った顔で勉強している酒寄さん。
いつもよりも幾分か元気がなさそうに見える守。
そして。
『芦花……』
いつも通り、と傍目からなら見える
でも、それが
申し訳なく思っている。
当たり前だ、残される悲しみも辛さも、一度味わってしまっている。
そんなものを彼女に押し付けるだなんて、あまりにも自分勝手だとは思う。
でも、最期になるかもしれない、その瞬間を、どうしても涙で終わらせてほしくなくて。
それが、こんなにも彼女を傷つけてしまっていることが、悲しくて、悔しくて。
僕がもっと上手く動ければ、こんなことになることもなく、芦花を泣かせることもなかった。
『ごめんね……芦花……』
僕の傷よりも、君の涙の方が何倍も痛く感じる。
この謝罪だって、届くはずがない。
届いたところで、彼女の
学校の芦花を眺めるしかなかった僕は、不意に見えるはずのない僕の方を向いた君と、目が合った瞬間、視点が変わった。
次の視点は、僕が眠る病室だった。
自分の眠ってるところを見るなんて、不思議な経験だ。
みたいかと言われたらそんなことないけど、見ざるを得ない。
だって、そばに芦花がいるから。
ただ、そばに座って僕の顔を見ている。
どことなく、痩せたような気がする。
前の視点の時よりも?
日が経ってる?
よく見たら、芦花は制服じゃない時もあった。
時もっていうのは、少し経つとまるで場面が切り替わるように芦花の服が変わるからだ。
基本は制服、でも、私服も混じる。
芦花だけ。真実もいたり、酒寄さんがいたり、守がいたり。
両親がいたり、芦花の両親が来てたり。
どの場面でも、芦花は必ずいた。いてくれた。
その顔は、無表情で、感情を押し殺してしまってるように見えて。
僕の手を、じっと見ては、そっと目を伏せる。
僕の顔を、ぼーっと眺めて、不意に上を向く。
ごめん。
ごめんよ。
今すぐに彼女を慰めたい。
今すぐ彼女の手を握って謝りたい。
でも、動かなそうだ。
「────────」
芦花が、何かを話している?
分からないけど、口の動き的には──
「早く起きてよバカ」
──かな。
うん、バカだね。
そうしたいよ。
でも、言うことを聞いてくれないんだ。
なんでだろうね。
彼女だけを見ていて気付かなかったけど、近くの机に花が置いてあった。
見たこともない花だった。
あー……真実が、持って来てたような。
そんな場面があった気がする。
不意に、僕のそばに看護師さんがくる。
たぶん、時間が終わったのだろう。
芦花は、動かない。
でも、彼女のスマホが震えたように見えた。
それに反応した彼女は、内容を見て、重い腰を上げた。
ゆるゆると歩いて行く。
その後を見守る僕。
無力だなって、感じる。
そのまま芦花が部屋を出たところで場面は、病院の入り口へ。
そこには真実がいた。
わざわざ迎えに来てくれてる?
2人がなにかを話した後、芦花は真実に寄り添われながら、帰っていく。
そんな場面も、何回も流れた。
真実の服が毎度違うから、毎回芦花を迎えに来ていることが分かってしまった。
芦花は制服で来ている時は、学校終わりにすぐ来ているのだろう。
私服の時は、休みの日で。
真実は真実の予定があるだろうから、一緒にお見舞いに来てない時は私服なので分かりやすい。
酒寄さんは滅多に来ない。
当たり前だ、彼女はバイトで稼がないと、食費とかも危ういのだ。
それでも、隙間時間を見ては来てくれる。
優しいな。
芦花を気遣ってくれる場面もある、でも、芦花はそれに応えられない。
あれほど、酒寄さんを気にしていたのに、今は逆の立場になってしまった。
皮肉にも程がある。
守は、真実と一緒に来る。
芦花を気にしてくれているけど、触れられないようだ。
その辺を真実が埋めてくれてるみたいだ。
僕の両親は、やっぱり痩せてしまった。
申し訳なさがある。
親不孝な息子でごめん。
芦花の親御さんも来てくれていた。
そちらも、ちょっと痩せたように見える。
本当に申し訳ない。ごめんなさい。
『ごめん』
宙に誰にも届かない言葉が、舞う。
『ごめんね』
届けたい人に届くことはない。
『泣かないで』
君に、笑っていて欲しい。
『僕のことなんて────』
────忘れてしまえば。
そんなことを口走りそうになって。
さすがにそれは、思いとどまった。
あまりにも無責任で、自己中すぎるよね。
君の心に傷をつけたから、そんなことしたやつなんて忘れてしまえばだなんて。
出来てたらあんなに悲しまないだろう。
僕は、そんな心優しすぎる幼馴染を、大事にしてしまったのだから。
『──────おい』
日々が通り過ぎるように。
明くる日も。
『────おいってば』
場面はパラパラと変わりゆく。
明くる日も明くる日も。
君は、いつだってそばにいてくれていた。
『──おいこら無視か』
え、気のせいかと思ってたんだけど。
もしかして、誰かいる?
『やっと気付いたな?』
ぼんやりとする視界の中に、いつかの君が。
あの頃の身長で止まった、僕よりも小さくなってしまった君が。
『久しぶりだな、秋』
『君……なの?』
『そうだ、懐かしいだろ』
遠い彼方の日に、旅に出た君が。
『どう……して……?』
『さぁな。たぶん、今のお前がふらふらしてるから、蹴っ飛ばしに来たのかもな』
『ふらふら?』
『そうだ。いつまでくよくよふらふらこんなところにいるんだ』
『それは……だって、どうすればいいか、分からないし……』
そりゃ、僕だって芦花たちのそばに戻れるなら戻りたい。
でも、分からない。
どうすればいいのか、今の僕の状況が分からないのだから。
『相変わらず、お前は自分のことだけは考えないな』
『どういう意味?』
『ここにいるのは、お前の意思だってこと』
は?
そんな、こと、あるわけ……。
いや、ある、のかも?
あれだけ芦花に大きな傷をつけてしまっておいて、どのツラを下げて戻れると言うのか。
いや、戻りたくないわけじゃないけど、ほんの少しだけ、後ろめたい気持ちが邪魔をしている。
『なにより、お前の本心が、まだ聞けてない』
『え?』
『このまま戻ったところで、お前は変わってない。また、同じような時に、無茶をして、今度は……』
君が黙って、僕も黙ってしまう。
言いたいことは分かった。
今の僕が戻っても、もしどこかで似たようなことが起きた時、また、同じような選択をしてしまうと。
それでは、意味がないと。
君はそう言いたいらしい。
『だから、蹴りに来た。いつまでもくよくよして、本心隠して。ふらふら悩み続けるバカで、どうしようもなく大事な親友の背中を、な?』
『……言い過ぎじゃない?』
思い当たる節はあるけど、さすがにひどい言われようで笑ってしまう。
そんなに僕くよくよふらふらしてるかな。
『勉強だって教えれるように、先取りしまくって復習しまくって、教える時間だって取って一緒にいる時間増やそうとしてるのに?』
『ぐふっ』
『好みの味付けを覚えて、何度も練習して、適当な理由をつけて見返りも求めないような顔して、それでも褒められるとめっちゃ嬉しそうなのに?』
『ごふっ』
『見劣りしないようにって、衣服に気をつけまくって、清潔感も大事だって、たいして興味もない衣服やら洗顔も考えといて?』
『ひぃん』
『悪い虫が寄り付かないように睨みきかせといて、本人の前ではバレないように笑顔貼り付けてるのに?』
『げふっ』
『挙げ句の果てには、月が綺麗ですねなんて、遠回しに言って』
『むぐっ』
『花言葉だってほとんどそればっかり』
『ぐうっ』
『なのに、直接好きな一言も言えない』
『…………』
『これのどこが、くよくよふらふらしてないって?』
あの、オーバーキルです。
はい、体力ゲージ何回割れたか分からないです。
もはや最後はぐうの音も出ないんですよ。
分かってるんですよ、その一言を伝えられてないことは。
でも、だって、それを言ったら、僕らの関係は。
『甘ったれんなよ』
『う……』
『お前のその想いは、紡いだ絆は、たった一言、明確に言葉にするだけで、壊れて無くなるようなものなのか』
『それ、は……』
『それとも、お前が好きな女の子──あの子は、その一言でお前を切ってしまうような、薄情な子なのか?』
カッとなった。目の前が、真っ赤に染まったように思えた。
それは、たとえ君でも、許せない。
芦花を、悪く言うのはっ!
『そんなわけないだろ!
芦花は笑顔が可愛くて、眩しくて、煌めいていて、
誰にでも優しくて、人当たりが良くて、
髪の毛も、もちろん顔も、爪の一つ一つだって綺麗で、
限界ギリな友達や僕にだっていつも気配りできるくらい性格も良くて、
美容系インフルエンサーとしても、学生としての勉強もとっても頑張り屋で、
自分にも厳しくてなんだって手を抜かなくて、でも周りにはそんなことなくて』
君は、いつだって、キラキラ輝いていて、僕の中で光だった。
僕の始まりには、君の笑顔が、花丸があったから。
『あの日の僕を、救ってくれた。
どうしようもなく、君の横で立つには何も足りなかった僕を』
遠い過去に思いを馳せる。
『あの日、頑張れなかった僕を、褒めてくれた。
君にカッコ悪いところを見せたくなくて小さな足掻きをした僕を』
幼い僕に、君が笑顔で手を差し出す。
『いつだって隣に居させてくれた。
あの頃の僕には、そんな資格はなかったのに』
君は、拒まなかった。
『いつだって隣で笑って、悩んで、くだらないことを話させてくれた。
小さなことも、大きなことも、たくさん』
たまに、怒ったり、悲しかったり、そんな話もあった。
『たとえ、僕が間違った道を進もうとしたって、芦花は、絶対に止めてくれる。それがダメなら、きっと一緒に来てくれる。
彼女は、それぐらい素敵すぎる女の子だから』
君は、僕を見捨てたりなんてしなかったから。
『そんな彼女が、薄情なわけがない。これは、僕の問題だから。
彼女に一つたりとて非があるわけない』
思わず、たくさんの言葉が出た。
それを君は、くつくつと笑って聞いてて。
『ようやく言えたな』
『……ハメたね?』
『いつまでも悩んでるお前が悪い』
『荒治療だ』
『俺だって、時間があるわけじゃない。だから、手早くな』
『え』
『正確には、お前の時間がな。戻らなきゃ、戻れなくなる』
どういうこと?
『いつまで、寝ているつもりだ。お前の好きな女の子が、そばで泣き続けているのに。もう、大事な日が来てしまっているのに』
『……!』
『こんな、過去に囚われた空間で、いつまで前に進まないつもりだ。前に進む意思を、想いを持っているはずなのに』
『僕、は……』
『言えよ、それが、お前の進む意思だ。お前の願いで、希望だろ』
口が、上手く動かない。
たった一言、それを言うだけなのに。
今まで、生きてきていつからか変わってしまった、その気持ち。
最初は、ただの好意だったのに。
あの日、君に救われたから。
救われてしまったから、ただの好意は、より大きく、より濃く。
もはや、好意に、収まらない気持ちになってしまっていて。
君を幸せにしたいと言う気持ちは、いつしか、君
君の幸せを願って、自分の気持ちに蓋をし続けて。
好きと、一言口にすら出来なくなって。
それでも。
『僕は……芦花を……』
そうだ、僕は芦花のことが、
その気持ちは、通り過ぎてしまった。
『言えよ。隠すな、誰も聞いてない。ここには、お前だけだ』
そうだね。
ここなら、誰も聞いてない。
誰にも、バレない。
いつしか変わってしまった、想いも。
誓いも、願いも、全て。
『芦花の、ことを、幸せにしたい』
『誰にも任せたくない』
『他の誰でもない、僕が、芦花を、幸せにしたい』
『だって、芦花の事を────』
視界の片隅で、君が笑う。
ようやく言えたな、そんな顔だ。
そうだね、僕も、ようやく戻って来れた。
あの日の願いを、ようやく思い出した。
誰よりも。
そう、他の誰よりも僕は。
大事な幼馴染を。
僕のために泣いてくれた君を。
あの日の僕を救ってくれた幼い君を。
『────愛してる』
誰にも負けない強い想い。
酒寄さんにだって本当は渡したくない。
芦花が、それで幸せになれるなら、それでいいと、諦めていた。
それでも、本心ではずっと、願っていたんだ。
僕が、君を、と。
『じゃあな。次は、2人で来いよ』
『うん、次は2人で、報告しに行くよ』
彼に手を振る。
願いも想いも、口にして、ようやく自分がこの場にいるべきではないと自覚した。
いつまでもここにいたって、彼女を傷付け続けるだけ。
目覚めなきゃ。
そして今も待っている彼女に、謝らなきゃ。
『あぁ、お目覚めの時間だ』
『──てよ、アキくん』
声が聞こえる。大事な、大好きな、幼馴染の声が。
『いつまで、眠ってるの。もう、長いよ』
ごめんね、心配させて。
でも、もう、大丈夫。
『お願いだから……』
もう一度、君の、心に寄り添うために。
なにより。
「起きてよ、アキくん……」
愛した女の子を泣かせないために!
「…………ぉぁ、んん。や、おはよ、芦花」
「……へ?」
「心配かけて、ごめん」
最初の君の一言は、気が抜けていて。
そっと握った手は、君の暖かさを伝えてくれて。
だんだん煌めきを湛える君の孔雀緑の瞳は、綺麗で、美しくて。吸い込まれてしまいそうな引力があって。
とっても、可愛くて、愛おしかった。
雨が上がれば、虹が見えるよ。
止まない雨は無いから、晴れない曇りもないよ。
さぁ、明日へ進もう。