さてさて、アキくんは生きて帰れるのか。
「イェ〜〜〜〜イッッッ!!! 感謝! 感激! 雨⭐︎アラモード〜〜〜!!! ヤチヨは果報者なのです」
鳥居の上を飛び跳ねるように感情を表すヤチヨ。
さっきまでの幻想的な美しさを纏った姿とは真逆で、親近感湧いてくるテンションの高さを感じる。
そういうところにギャップを感じてファンが増えていくのですかね。
「あ! ここでお知らせ! ヤチヨカップっていうイベントを開催しま〜〜〜〜すっ⭐︎FUSHI、説明よろしくぅ!」
イベントかぁ。
またツクヨミが騒がしくなりそうだ。いつものことだけど。
そこからヤチヨに呼ばれたマスコットキャラのFUSHIがイベントの参加要項を説明している。
「優勝者はなんとぉ〜〜〜〜ヤチヨとのコラボライブの権利を進呈!」
観客がどよめいた。
FUSHIのこの一言が、あっという間に観客たちから驚きとざわめきを引き出していく。
ヤチヨとのコラボライブとか、うわぁ、酒寄さんが驚きすぎてなんか大変なことになってそう。
「ヤチヨとコラボライブって、相当レアだね」
「ね。ライブは1人でいつもやってたし、今回は相当珍しいね」
「!」
「♪」
おぉ、頭の上と肩のミニヤチヨたちも、頷いてるや。
とはいっても、そういうのは僕らには関係ないかな。
僕はそこまで興味ないし、芦花もそういう目立ち方をするのは得意ではない。
酒寄さんも苦手そうだけど……かぐやは、どうかなぁ。
興味持ってそうな気がするけど。
「アキくん、参加する?」
「しないよ、興味ないしね。芦花は?」
「私もしないかな。苦手だし、たくさんの人前で歌ったり踊ったりするの」
「知ってた。こういうのって有名どころがある程度は持っていきがちだよね」
「ね、例えば────黒鬼、とか?」
そうそう、黒鬼とかね。
なんて、言っていたら。
どこかの橋の上でド派手に登場したらしい、虎に引かれた屋形車。
それを、切り裂くように亀裂が走り、ド派手に吹き飛んでちゃうど話していた3人組が現れた。
「よう、子ウサギ共、お前らの帝様が来たぜ!」
「また、祭りが始まるな」
「俺って今日も作画良すぎ♡でしょ?♡」
距離は近くないはずだけど、マイクでも入っているのか、声がこちらにも届いている。
ブラックオニキス──通称黒鬼だ。リーダーで圧倒的なカリスマを放つ帝アキラと寡黙ながら確実に仕事をこなす雷、女装アバターと巧みなファンサでファンを沸かす乃依の3人組のトップライバーチーム。
ゲームもパフォーマンスもプロとしてこなすアイドルの一面もある、ツクヨミで現在人気ナンバーワンとも言えるほどだ。ヤチヨを除けばね。
うーん、出来レースっぽさを感じる。
まあ、黒鬼以外でヤチヨとコラボライブなんて出来そうなのは、それこそテテテさんだとか、黒羽カカさんみたいな上位勢くらいだろう。
「俺たちに優勝してほしいよな? 底なしの夢を見せてやるぜ!」
ファンサと共に、近くの黒鬼ファンの悲鳴にも近い黄色い声援が響く。
うわぁ、これ真実がいたら卒倒してそう。
「さすがだね。人気なのも頷ける」
「ね。芦花は黒鬼は好き?」
「んーん。あーいうタイプは苦手。俺俺感あるのはちょっとね」
「そっか」
「!」
「!!」
芦花は黒鬼は好みではないと。
良かった、俺キャラに変えるのは大変だからね。
それはそれとして頭の上のミニヤチヨが、ファンサを見てからやたら暴れてて頭が揺れる揺れる。
芦花の方もちょい暴れてますね。あ、芦花が撫でたら静かになった。すげー。
ぼくも撫でて……あ、こら、指を食べるな。
「黒鬼で決まりかな?」
「そうなりそうだね。他の人気なライバーさんたちがどうするかじゃないかな」
そうだねぇ。
なんて、話していたら。
「ヤァァァァァ────チィィィィィ────ヨォォォォォ────!!!!!」
わぁお、聞き覚えのある声が響いてきたぞ。
黒鬼一色だった会場をあっという間に、静かにさせてしまった。
すごい胆力、さすがは宇宙人、かな。
「今のって」
「うん、かぐやだね」
「すご……」
さすがに芦花も驚いてる。そりゃあさっき会った子が、こんな堂々とツクヨミの歌姫の名前をド派手に叫べばねぇ。
「かぐやがヤチヨカップ優勝する! そんで、絶対コラボライブする! いろ────」
おぉおぉ、啖呵切っちゃってまぁ。
最後確実に酒寄さんの名前出そうとしてたね。さすがに止められたみたいだけど。
とはいえ、こんだけ多くの観衆の前で言っちゃったから、大注目されてますね。
「こりゃ、明日から大変じゃない?」
「ね。でも、まだライバーやってないんじゃないの?」
「どうなんだろ。あんだけ派手に言ったなら、やってるか、もう用意してるとか」
「確かに。……気になるから見てみようかな」
お、芦花も興味を持ったようですね。
まあかくいう僕もなんですが。
「ほいでわ! ライブはいったんここでクローズ♪ みんなとちょこっとお話させてね〜。さらば〜い」
なにやらざわめきが残る中、ヤチヨの終演の合図と共に、たくさんの分身を出現させて酒寄さんも持ってる握手券の持ち主の元は向かっていった。
さてさて、僕らはただのライブの観客なので、ここらでお暇しよう。
ミニヤチヨたちは、どうすれば? いまだに頭の上と肩のところを占領されてるんですけど。
「僕らは帰るけど、どうする?」
「!」
「一緒に来る?」
「♪」
「……芦花ぁ」
「帰るみたい、ほら。ばいばーい」
「あ、ほんとだ。ばいばい」
相変わらず僕にはまったく意思が伝わらないけど、芦花のおかげで見送ることはできた。
なんで芦花は分かるんだ?
「さて、と。じゃあ、また僕の部屋まで、ついて来てもらってもいい?」
「え、うん。なんかあったっけ」
「忘れてる感じ? お昼の説明するって話」
「……あー。ライブの余韻で忘れてたよ」
確かに余韻はすごかったもんね。
まあ、芦花が忘れていようと、僕が忘れられなかったので。
さあ、どうなるかは、分かりませんけど頑張るかぁ。
先にワープした芦花を見送り、僕もワープする直前。
ふと空を見上げたら、帰ったと思っていたミニヤチヨたちが僕を見ていた。
なにやら手をフリフリ応援しているように見える。
かわい。
「頑張るよ」
心の整理は追いついていないけど。
きっと応援だと信じて、僕も芦花の後を追った。
先にアキくんの家に着いた私は、縁側に座ってチロちゃんを眺めていた。
ようやく私の元に帰って来たチロちゃんは、私の手のひらの上で、毛繕いをしている。
元々可愛かったけど、ヤチヨにAIの調整してもらってからより可愛く見える。動作が前よりも生きてる感じがするというか、生き物っぽい感じ。
指を差し出せば、匂いもしないだろうに鼻を近づけてすんすんと嗅いでいる。
優しく頭を撫でてあげれば、気持ちよさそうに目を細めている。
可愛い。チロちゃんのグッズとか作ってもいいかも。
なんて、ぼんやり考えていた。
「お待たせ、ちょっと遅れちゃった」
「今更怖気付いちゃった?」
「な、なにおう。いや、心の整理というか、応援を受け取ったと言うか」
「そっか」
隣に座って、私の手元のチロちゃんを見る。
彼も指を差し出すと、また同じように匂いを嗅ぎ、指に頭を擦り付ける。
彼が優しく撫でれば、私と同じように嬉しそうに気持ちよさそうな顔をする。
チロちゃん、アキくんにも懐いてるよね。
「どこから話そっかな」
「アキくんがちゃんとまとめてくれるなら、どこからでも」
「……うん、そうだねじゃあ────」
最初の言葉は、ちょっと予想外だった。
「────僕にした頼み事、芦花は覚えてる?」
「……あぁ、彩葉の?」
「そう、それのこと」
言われて思い出した。
1年くらい前に、彩葉が限界ムーブし過ぎて心配だから、アキくんにどうにかできないか、どうにかして欲しいなんて、頼んだ記憶がある。
その時は、ちょっと厳しいかも、なんて返答だったはず。
それが、なんだろう?
「バイトを始めたの、酒寄さんをこっそり支えるためなのは、知ってるよね?」
「うん、私の頼みごとが理由でしょ?」
「そう、で、この前の3連休、酒寄さんは1度もシフトが入ってなかった。つまり、賄いがない。前日の僕の合わせて2食はあるけど、どう考えても足りないからね」
うん、確かに。
稼ぎどきの3連休に1回もバイトしてないのは不思議だなとは思ったけど、勉強か、はたまたさすがに、休息が欲しくなったのか。
もしくは、私たちに明かしてない用事のせいか。
なんにせよ、理由があって休んだと思ってる。
「で、僕も
「まあ、そうだろうね。彩葉、貸し作るの嫌がるしね……待って。
「そういうこと。
「でも、それならかぐやのことを知らないのはおかしくない? アキくんを見てるのに、お互い名前は知らないし」
それだとしたら、なんでかぐやのことをアキくんが知らないのか。
逆も然りで、私が名前を呼ぶまでアキくんの名前すら知らなかったのはなんでなのか。
辻褄が合わない。
そんな私の疑問も、アキくんにはお見通しのようで。
「そうだよね、おかしいよね。でも、それがなんと驚きなことに、ていうか僕も驚いたことなんだけどね」
ワンクッション置いて、焦らすように話すアキくん。
焦ったいなぁもう。
「こんな時に聞くのもなんだけどさ、芦花は僕が嘘つくと思う?」
「急に何? 私にはつかないと思うけど」
「……信頼されてるようで嬉しいよ。その信頼を信じて、話すからよく聞いてね」
なになに、なんか重い話?
やめてよまだそんなに本調子じゃないんだから。
「3連休、初日。正確には、連休の前日前夜、酒寄さんは拾ってしまった」
「拾ってしまった? なにを?」
「────赤ちゃん」
……は?
え。
は?
「赤ちゃん?」
「赤ちゃん」
「あの、幼い?」
「そう、小さくて柔らかくて可愛らしい赤ちゃん」
……………………?
理解するのを脳が拒んでいる気がする。
いや、まだ赤ちゃんを拾ったなら、ギリギリ、分からないこともない。
それでも自分のことで手一杯なはずの彩葉が赤ちゃんを拾うのはよく分からない話ではあるけど。
でもなんで赤ちゃんが捨てられてたのか、彩葉が拾わなくてもなんとかならなかったのか。
というかなんでアキくんがそんなことを知っているのか。
それがどうしてかぐやちゃんに繋がるのか。
謎が謎を呼んでいる。これではまるでミステリーみたいだ。
私は驚きすぎると固まるらしい。今、思考も体も停止しているのが他人事みたいに分かってしまう。
「芦花? おーい、戻ってきて〜」
「……はっ。えーと、夢?」
「残念ながらツクヨミです。酒寄さんは赤ちゃんを拾ってしまいました」
「嘘であってほしかった……」
「残念ながら真実ですし、芦花に嘘はついてないよ」
現実逃避していた私を、アキくんが呼び戻してしまった。
ほんとに嘘って言ってほしいと思ったので初めてかも。
その信頼を逆手に取るのずるいよぉ……。
でも、アキくんの瞳は、嘘なんてついてないって分かるくらい澄んでいて。いつも私を見ている瞳からなんら変わった様子もなく。
もう本当のことだと思って話を聞くしかないじゃん。
「はぁ……。それで、それがどうなるの?」
「一旦飲み込んでくれたみたいだね。で、僕が帰るの遅かった日があったじゃん? あの日が赤ちゃん拾った日だから、そのゴタゴタで、遅くなっちゃったわけ。ごめんね、あの時誤魔化して」
「あぁ、うん……今聞いた話からしたら、誤魔化されても仕方ないなと思うよ。さすがに信じられないもん」
「それで、次の日に様子を見に行こうとしたんだけど、芦花に連れ出されたから行けなくて。だから中日に赤ちゃんのお世話で大変なはずの酒寄さんの家に料理を作りに行きました。これが、酒寄さんの家で料理をした理由ね」
「うんうん」
なるほど、大体は私の頼み事と通常ならありえない事件というか、事態が発生してしまったが故ってやつね。
でも、疑問はある。
「聞きたいことがいくつかあるんだけど」
「僕に答えられることなら」
「まず、なんで赤ちゃんは捨てられてたの?」
「分かんない。僕が見たのは酒寄さんが赤ちゃんをすでに抱えてるところだから。家の前の電柱にいたらしいけど」
「う〜ん。じゃあ、なんで彩葉が育ててるの? 警察とかどこかに届かなかったのは?」
「それも分かんない。でも、酒寄さんの性格的に1度拾って面倒を見ちゃったから、そこから放り出すこともできなかったんじゃない? バイトの後輩の面倒見もいいからさ」
「なるほど、アキくんが赤ちゃんについて知っていたのは分かったよ。じゃあそこからどうしてかぐやちゃんが出て来たのか、教えて」
一旦疑問は解消、したわけじゃないけど答えは得られた。アキくんに聞いても仕方ないことばかりだけど。
とりあえず話を先に進めないと。まだかぐやちゃんが出てきてない。
「それで日は飛んで今日、あのカフェで急にかぐやが現れたわけなんだけど」
「え、もう今日に飛ぶの?」
「うん、だって間のところは僕酒寄さんのところには行ってないからね」
え?
じゃあ、なんで料理してるところを知って……待って。
待って待って待って待って待って。
そんなことある? それこそ嘘であって欲しい。
でも、頭がそれが1番辻褄の合う流れだと理解してしまっている。
嘘だ。そんなわけない。
でも、これは。
「……ねぇ、もしかしてだけどさ」
「ん?」
「料理をしたのってその、連休の中日1回だけでしょ?」
「うん」
「その時って、彩葉が拾った赤ちゃん、その時の様子を見てたんじゃない?」
お願いだから、そんなわけないって言ってほしい。
私の考えすぎだって、妄想であってほしい。
でも、彼の顔は、いつもの優しい顔で。
その瞳は、澄んだまま、こちらを射抜いていて。
「────うん。見てたよ」
……あぁ。
なんてことでしょう。
そんなことがあるなんて信じたくなかったけど、状況証拠が明確に示してしまった。
本来ならありえないはずの事象を、これしかないと明示してしまっている。
料理をしたのがその日だけ。
その時赤ちゃんはそれを見ていた。
そして、今日現れたかぐやちゃんは、アキくんの名前を知らないまま、アキくんが料理しているところを見ていた。
これらの事実から分かるのは……。
「かぐやちゃんが、その赤ちゃんだった、ってこと?」
「……よく出来ました。はなまるつけたげよっか」
いらないかな。
こんなファンタジーもびっくりな現象、当てたくなかったし、そんなことではなまるもらいたくはなかった。
ほんの数日で赤ちゃんから、私たちと同い年くらいの美少女に成長しただなんて、事実は小説よりも奇なりとはよく言うよ。奇をてらいすぎでしょ。
「嘘であってほしかった……」
「その気持ちは僕も分かるよ。酒寄さんに説明された時、同じような気分だったからね」
そっか、アキくんも彩葉から説明されてるんだ。
まあ、さっき呼ばれたのがそういう話をしたかったってのもあったのかな。
なんだ、私除け者にされたわけじゃなかったんだ。ちょっとだけ安心しちゃった。
……なにに、安心したんだ?
不意に気付いた、どこかにチクリと刺さっていた感覚。
それが今、急になくなったように感じる。
なんだろ、なにが抜けた?
「これが、皆の前で話せなかった隠し事のあらましかな。納得してもらえた?」
「うん、これ以上なくあの場で話せなかった理由まで全部ね……これ、私も巻き込まれてない?」
「まだ大丈夫じゃない? 僕かぐやにロックオンされたっぽいから」
「なに、ロックオンって」
「確実にこの先絡まれる予感しかしないんだよね、あの子」
そっかぁ。かぐやちゃんに、ロックオンされたのかぁ。
チクリ。
まただ。
なにかが刺さったような感覚、いや、気持ち?
なんだろう。なにが、どうして。
口が勝手に彼の名前を呼んでしまう。
「ねぇ、アキくん」
「なーに?」
「アキくんって、彩葉のことどう思ってるの?」
不意に口から漏れた問い。
聞く気なんてなかったはずだし、そもそもそんなこと気にしてなかったはず。
なのに、私の頼み事とはいえ、同年代でもかなり可愛い彩葉の家に上がり込んで、料理を作ってあげて、一緒に秘密を共有して、なんというか距離が近いように感じる。
今までならそんなこと気にならなかったはずなのに。
どうして今更。
なんでかな。
「酒寄さんのこと? 別に、ただの友達としか……」
「そっ、かぁ。友達、かぁ」
「どうしたの芦花、眠い?」
「ううん、大丈夫」
友達かぁ。そっかぁ。良かった。
なんとも思ってないみたいだ。
うん。
うん?
どういうこと?
良かった?
なにが?
何が良かったの?
アキくんが、彩葉のことを友達としてしか見てなくて?
なんでそれが良かったんだ?
さっき、刺さったような気がしたなにかは、またするりと抜けていて。
代わりに仄かな不安のような。
いや、微かな期待、みたいな。
どうしたんだろ、私。
「ちなみに、かぐやちゃんは?」
「んー、手のかかる妹というか、親戚の従姉妹的な」
「なるほど。確かに、そんな感じするかも」
まただ。
するりと抜けて、仄かに不安と、微かな期待みたいなものが。
分からない。
分かりたいのかも分からない。
「これで、芦花の疑問は解消したかな」
「うん、たぶん」
「それじゃあ、残りはのんびり過ごそうか。この前も話したばかりだけどね」
「うん、そうだね」
ひとまずの問題を解決させて。
君はいつもと同じように私に微笑んでくれる。
その瞳はいつでも私を優しく見守っていてくれて。
それがなんだか無性に嬉しくて、でも不安を煽る時があって。
なんでか分からないけど、心が少しだけざわつくんだ。
なんでだろうね。
真実ならなんていうのかな?
隣の君と、ぼんやり空を見上げながら。
私の手のひらの上のチロちゃんが、首を傾げてこちらを見ていた。
おや、芦花の心に変化が?
アキくん、生還。