ついに海に!
8月に入って数日、僕らは電車を乗り継ぎ、揺られて江ノ島に来た。
片道大体1時間半、まあまあ長旅だった。皆と話してたらすぐに着いた気もするけどね。
なんで江ノ島かといえば、かぐやが海に行きたいと言い始めたからだ。
ここでプールじゃなくて海なのがなんだかかぐやらしいなって思ったり。
「うっひょぉぉぉ〜〜〜一面あお〜い!! すごぉぉ!!」
「声デカいってば、もう少し静かに!」
「酒寄さんそれは無理な頼みだってもんですよ」
目前に映る広大な海を初めて見たであろうかぐやが大はしゃぎするのなんて、わかっていたことでして。
当然テンションの上がったかぐやの声はデカくなりまくっている。周りの人から微笑ましさと、困惑の混じった生暖かい視線がたくさん飛んできてるよ。
海見ただけでこんだけハイテンションになる人なんてそうそういないだろうから分からないでもないけどね。
でもこの子大体のものが初体験だからしかたなし。そりゃもう人口の水たまりよりも自然に生まれた海に興味を持つでしょう。
「ほら早く早く! 海が待ってるよー!」
「分かったから! そんな急がなくても海は逃げないから! ちょ、手引っ張んないでよぉぉぉ〜〜〜!!!」
「あ、連れ去られた」
「見慣れた光景だね」
待ちきれなくなったかぐやが酒寄さんの手を引いて走り出してしまった。
ハードスケジュールの合間を縫って来てくれてる酒寄さんを、引きずって行くだなんてほんと強い子に育ってしまったね。僕らじゃ無理です。
かぐやは頼んだ、と念じていると隣に芦花が来た。
後ろ手にちょっと大きめのバックを持って、下から僕を見上げてくる。上目遣いになってるのずるいな?
「そうだね。ところで今日はバッグ大きいけど、何持って来たの?」
「これね、地面に敷く大きめビーチマットに、日焼け止め、後はビーチボールもあるよ」
「マットとボール助かる〜。日焼け止めは芦花のお肌には大事だね、ちゃんと塗らないと」
「うん、気をつけるよ」
「へいへ〜い、私の彼が持ってるものには気づいてくれないのか〜い?」
先走っていった2人の後をゆるりと眺めてそろそろ行こうかなと思っていると、後ろから残りの2人まで追いついて来た。
なぜかすでにサングラスをかけている真実と、これまた大きめの荷物を持たされた守だ。
何を持ってるかと言えば、クーラーボックスと大きめリュックを背負ってる。背中暑そうだ。
「気付いてるよもちろん。重そうだけどまあ守ならいけるっしょ」
「まあ、な! そういう荒鷹は何持って来たんだ?」
「僕の担当考えたら分かるでしょ? お弁当だよ」
僕が持ってるバッグには朝から作って来た皆の分のお昼ご飯が入っている。
海仕様で、普段とは別のものを作って来たよ。
今日も今日とて早起きして作りましたよー。
それを聞いた真実が両手をあげて喜んでいる。
「やほ〜い! 海でたかちーの弁当だー!」
「いつもありがとねアキくん」
「勝手にやってるだけだから気にしないでいいよ。君たちは感謝すること、わかった?」
「態度が違いすぎます〜!」
「当たり前でしょーが」
大事な幼馴染とその親友では残念ながら対応に差が生じます。ご了承くださいな〜。
とは言ってもそんなに大きな差ではないけどね。ほんのちょっと塩対応してるだけだし。ツンデレ? 男のツンデレなんて誰得なんですか?
「さ、いこ? 彩葉たちが待ちくたびれちゃうよ」
「だね。ほら行くぞバカップル」
「扱い雑!」
「くそう、飯を作られてしまっては逆らえない」
そうだそうだ、君たちの食糧事情は僕が握ったのだ。
食べたければきりきり歩くのだー。
なんてね。
そんな大それたことは考えてはないけども。別に勝手に作っただけだし。
外で食べる屋台飯も悪くはないけど、衛生面だとか、お値段だとか、バランスだとかを考えるとなんだかね。
男しかいないならそれもありなんだけど、芦花がいるからね。さすがにそれは僕が見逃せないからね。
かぐやがなんか作ってくるかと思ったけど、食事代にも限度はありそうだから、6人分なんてさすがにやってはこなかったみたい。まあ仕方ないよね。
いくら稼いでるとはいえ、無駄にはできないだろうし、酒寄さんが厳しそうだし。
その辺は僕がフォローしますよー。
「ちなみに何作ってきたの?」
「屋台飯といえば……なあれだよ」
「なるほど?」
さては分かってないね芦花。
まあ、ありふれたものだからそんなに珍しくはないよ。
なにかは食べる時のお楽しみってことで。
さあ、海辺に行こう!
海辺につき、男女別れてお着替えタイム。
なお、かぐやは楽しみすぎて下に着ているという小学生ムーブをしてきたので、すでに僕らと共に借りて来たビーチパラソルとかチェアの設置を手伝っている。
男の着替えなんてすぐ終わるからね、こういう肉体労働は僕らのお仕事です。
それはそれとして、芦花の水着……どんなんだろ。
この前選ばされた時は結局何買ったか教えてもらえなかったから、今日が答え合わせの日だ。
芦花なら何着ても似合うけど、僕が選んだのでもし周りの評価が微妙だったらどうしよう。ちょい不安だ。
でも、それやりもワクワクというか、ドキドキが勝っている。
それはまあ大好きな幼馴染の水着だなんて、男なら誰でもドキドキしちゃうよね!
期待と不安がない混ぜになった気持ちを抱えつつ、準備を終えた。
女子の支度は時間がかかるから、もう少しの我慢かな?
「守、迎えに行ったら?」
「なんで?」
「そりゃあ大事な彼女がナンパされないようにするため?」
「さすがに3人で来るから大丈夫だろ」
「あの3人が一緒で誰も声をかけないとかあると思う?」
「……不安になってきた」
でしょ?
学校でもモテる3人なんだから、水着に着替えたらそりゃ危ないですよ。
だから君を行かせようとしたわけですが。
なんで自分で行かないかと言えば、かぐやから目を離せないから。守だとたぶん抑え切れないだろうからね。僕もできてるとは言えないけど。
そんなわけで、背中を押して行ってもらおうとしてたんだけど。
「お待たせ〜」
彼女たちの方が一足早かったようだ。
先に歩いて来た真実が、サングラスを頭の上にずらしてこちらに手を振っている。
ふむ、去年守が選んだやつだけど、やっぱ似合ってるな。センスあるなあいつ。
あれ、去年も見てるはずなのに守がめっちゃ赤面してる。うーん、まあ分からんでもないか。彼女の水着だもんね、しかたなし。茶化さないでおこう。
「まーもる。どーよ、可愛い?」
「……可愛い、さいこー」
「へへっ、やっと照れてくれたじゃん。ありがと」
おおう、一瞬で2人の世界を作りやがった。こいつら出来るぞ。
「かぐや、ちゃんと準備手伝った?」
「もちろーん! ね、アキ?」
「うん、ちゃんと手伝ってくれたよ、安心して」
「ならいいけど。ほら、日焼け止め塗るよ」
「あーい!」
酒寄さんも去年のグリーンの水着を着ている。去年よりも、細くなった……気がするぞ? 大丈夫かな?
忘れてたけどかぐやはイメージカラーっぽいオレンジの水着を纏って、海辺の太陽みたいだ。髪の毛の色も相まってまじで太陽みたいな輝きを放ってる気がする。
でも。
やっぱり僕の太陽は彼女なんで。
「お待たせ、アキくん。似合う?」
「…………うん、すっこい似合ってる。それにしたんだね」
「アキくんが選んでくれたからね」
太陽の降り注ぐ青空の下、僕の幼馴染は麦わら帽子を被っていた。
その下で涼やかに笑う彼女は、僕が選んだ黒のワンピースタイプの水着を着こなしている。
胸元から肩を通って背中まであしらわれた白のフリルが大人っぽくて、今日のクールで綺麗な雰囲気によく合う。
あまりにも似合いすぎている。あの時の僕はよくぞこれを選んだ。褒めるしかないね。
もとより何着ても似合う彼女は、去年は白のセパレートの水着にシアーのボレロを羽織ってたけど、それもめっちゃ似合っていた。
そう思うと、もう1つ選んだ水着も正直見てみたさはあったけど……。
正気を保てるか怪しいのでこちらで良かったかもしれない。ギリ、まじで超ギリくらいでなんとか耐えた。
「僕が選んだけれど、似合うのは芦花だからだよ」
「でも、私に合うと思って選んでくれたでしょ?」
「それは、そうだけど」
「なら、アキくんのセンスが良かったってことでしょ。はなまるいる?」
「……もらっとく」
はなまる〜、なんて上機嫌に言いながら僕のおでこにつけていく彼女。そんな様子すら可愛らしい。反則でしょもう。
ああもう、熱くて仕方がない。夏の日差しのせいにしたいけど、目の前の太陽みたいに輝くのに、もっと熱くて、近い存在に焼かれてしまいそうだ。
僕にとっての太陽は、無自覚に焼き尽くそうとしてくるから困ったもんだね。
何度僕を焼けば気が済むんでしょうか。こげこげになっちゃうよ。
「さ、日焼け止め塗らなきゃ。……そうだ。ねぇ、アキくん、塗ってくれる?」
「う゛ぇ゛っ、ぼ、僕!?」
聞き間違いかな?
聞き間違いだよね?
まさか、僕に日焼け止め塗れだなんて言ってないよね?
「アキくんが嫌じゃなければ……って」
「嫌では、ない、けど、肌、触れていいの?」
聞き間違いじゃなかったよ。
それは、本当にやっていいのかな?
「アキくんなら」
う゛っ。
心臓止まるかと思った。
提案しといてその頰を赤く染めてはにかむように笑うのは反則ですよ? 死人がでます。
絶対恥ずかしいだろうに、僕にそれを振ってくるのはまじで小悪魔すぎません?
いつから僕の幼馴染はこんなに男の子を手玉にとって振り回すような女の子になったのでしょうね。
無心だ。
何も考えるな、ただ幼馴染の肌を守るために日焼け止めを塗るのだ。
そこに邪な気持ちなど持ち合わせてはいけない。
「お、おっけー。じゃあ腕とからでいい?」
「そこは自分で塗れるからさ、自分じゃ届かない背中、お願いしたいな」
ヒュッ。
背中ですか。
こちらから見るとそれはもうとても綺麗な白磁のお肌がお目見えしてましてね?
え、本当にここに僕が触れるんですか? 大丈夫? 僕この後裁かれない?
幼馴染といえど、こんな美しい背中に触れるのはちょっと気まずいと言うか。
ぶっちゃけ恥ずかしいです。はい。
だって、こちとら数十年愛してるんですよ? そんな最愛の女の子のこんな無防備な背中を、自分の手で日焼け止めを塗ってあげろと?
理性が崩れ落ちるが? ポキポキ折れて粉々になって白昼堂々叫んじゃうが? 大好きだーって。
いやいや、気を強く持て僕。こんなところでムードのへったくれもない場所で公開告白とかさすがに後悔しか残らないだろ。
ちゃんと、2人きりで、良い感じの時に、したい、なぁ。
良い感じってのが、分かりませんが、今でないことだけはわかる。
よし、落ち着いてきた。
や、やってやらぁ! (やけくそ)
「そそそ、それじゃあ、ぬ、塗っていくよ?」
「う、うん。よろしく」
だから!
なんで!!
照れてるの!!!
恥ずかしそうに笑わないで!
そんな照れた可愛い顔見せられると僕も恥ずかしいって!
くっそ、落ち着いたはずの理性がぐらついてるのを感じる。
大丈夫、僕ならいける。
自分に言い聞かせて、暗示をかけてしまえ。
よし。
まずは、手に日焼け止めを出して、優しく、丁寧に……。
「ひゃんっ」
「………………」
「ごめん、ちょっと冷たくて……アキくん?」
あー。あかん。
ひゃんって。
うー。ダメだってそれは。
可愛すぎない?
ちょっともう理性が白旗あげてるんですけど。
今ので理性の柱8割くらいは粉砕されましたけど。
早すぎるってもうちょい頑張ってくれよ。
どうしてくれるんですか? これ直してもらわないとこの後まともに機能しませんよ?
「あーうん。なんでもないよ、ナンデモナイ」
「そう? じゃあ続きよろしくね」
はい。ガンバリマス。
持ってくれよ僕の理性、お前だけが頼りだ。
「あれ、アキどうしたの?」
「なんか、白く見える……?」
「日焼け止め塗ってもらったらこうなっちゃった」
「塗ってもらったんだ〜。まあ、当然の帰結かぁ」
「荒鷹、よく頑張った」
「鳩河くんそれはどういうことなの」
「男だから分かることもあるんですよ。そっとしておきましょう」
真っ白に燃え尽きちゃった。
まるで全てを尽くして戦って負けたスポーツ選手みたいに。
皆の会話が遠くに聞こえるくらいには、今の僕の精神は限界だった。
だってさ!?
塗るたびに「ひゃっ!」だの「んっ!」だの「ぁんっ!」だの、声が聞こえるんですよ!
挙げ句の果てには「アキくんの手、おっきぃね」とか言ってさ!
耐えれないってさすがに。むしろよく頑張ったと思うんだけど!
ちょっとお肌敏感すぎませんか芦花さん。
こんなのくすぐられたりしたら大惨事ですよ?
今までくすぐられてることなかったっけ。あれ、でも、真実がイタズラでやった時は特に反応なかったような。
えぇ、なんでぇ?
「アキく〜ん。戻って来てー」
「はっ」
「ようやく戻って来たね。大丈夫?」
「え、あう、ん。大丈、夫」
と言うことにしておいてほしいです。さすがに刺激が強すぎます。まだ少しぼーっとしてます。
「なんかごめんね。アキくんに触られたら、ちょっと声が我慢できなくて」
「いや、なんか僕のやり方が悪かったかもしれないから、気にしないで」
「あれは絶対芦花が悪いって〜」
「そこで綾紬さんのせいにしないのが荒鷹だろ? 」
「ろかってくすぐり弱い? 」
「むしろ効かないはずだけど」
なんかこそこそ話してるのが聞こえるな?
なんだい? 芦花に悪いところが1つでもあるとでも?
僕の理性がダイヤモンドじゃなかったのが悪いんだから。
不甲斐ない僕の理性を鍛え直さなきゃ。
「ろかとアキは放っておいてそろそろ海入ろうよ!」
「おい」
「そうだね! みんな日焼け止め塗ったし、準備体操もした!」
「スルーされたね」
「海に突撃ー!」
「「いぇ〜い!」」
「行っちゃったよ」
かぐやと真実と守が競い合うように海へ走って行った。
酒寄さんはビーチチェアでゆったり座って日光を浴びている。
完全にスルーされた僕らも、とりあえずその後を追いかけることにした。荷物は酒寄さんにお任せだ。
「そういえばアキくん、そのラッシュガード暑くないの?」
「ん? あぁ、まあなくてもいいかな」
そういえば着てるの忘れてた。
海入るし邪魔だから脱いじゃお。
脱いだそれを置いて、いざ海へ!
というところで、芦花がフリーズしていることに気づいた。
「芦花? どしたの?」
「…………ふぇっ!? あ、なんでもないよ! 海! いこ!」
「え、あ、そんな腕引っ張らなくても歩けるよ〜!」
なんでか知らないけど、やたら顔の赤い幼馴染に引きずられて先に水を掛け合っている3人のところに連れていかれた。
後ろから見えてた耳まで真っ赤だったから、相当なんだろうけど、なにに?
なにがなんだか分かんなかったけど、先にいた真実が一瞬僕を見て、芦花を見てなにやら察したように頷き僕目掛けて水をかけてきた。
いや、なんで?芦花は離してくれないし、真実と守、なんならかぐやもめっちゃ水かけてくるし。でも的確に僕だけ狙い撃ちしてきやがる。
なんだってんだもう!
ひたすら焼かれるアキくんでした。