飛べる翼を持っているのにね。
かぐやとコラボしてから数日。
僕は病院に来ていた。
退院してからも問題はないかの軽い検査だね。
1ヶ月ほど経ったけど、今のところ傷口が開いたりもないし痛んだりもない。
違和感はないわけじゃないけど、慣れたものだね。
日常生活も問題ないし、走ったりもできるようになってる。
海に行ったのも問題ないと先生に言われたからね。
それはそれとしてしばらく通わないといけないのがちょっとめんどい。
でも、ちゃんと行って元気になっておかないと芦花に詰められかねない。
朝起きたら芦花から、「今日病院だったよね? ちゃんと行くこと」と釘を刺されました。
スケジュール把握してるようでなによりですぅ。
「じゃあ、また来月来てね」
「お疲れ様でした」
「ありがとうございました」
先生と看護師さんに感謝を伝えて病院を出る。
やっぱ病人の匂い? というか、消毒液の匂いみたいなのがするからちょっと苦手だ。
なんか、生きてる人からは感じないような、言葉にしづらい匂いがする。
一時僕もその淵を彷徨ってたから、分かるのかもだけど。
さて、特に連絡とかは来てないと思うけど、芦花にちゃんと行ったよって報告しとかないとね。
機内モードで通知とかオフにしてたから、さて────!?
「なんか、めっちゃ通話と通知来てる!?」
な、なにごと!?
通話の相手は……かぐや?
なんだ? 芦花からは何も来てないんだけど……。
何もわからずグループのところを見たところで思考が止まった。
音が遠くなり、鼓動が早くなる。
呼吸すら浅くなった気がする。
『いろはがたおれた! みんなたすけて!』
酒寄さんが、倒れた?
なんで?
どういうこと?
いや、数日前に会った時も顔は青白いというか、健康体ではなかったけど。
とりあえず連絡だ。
すぐにかぐやに電話する、
秒で出てくれた。
『アキ! たすけて! いろはが!!!』
切羽詰まったかぐやの声が聞こえる。
冗談であってほしかったけど、残念ながら事実のようだ。
背筋が凍りそうな感覚を覚えつつ、なんとか喉から言葉を搾り出す。
「今、どこにいる」
『なんとか家に帰ってきた! どうすればいい!? みんな全然反応なくて!』
「酒寄さんは、どんな感じ? わかる範囲で教えて」
『あつあつで! 意識もあんまりない! ねぇアキ、いろは死んじゃう!?』
体温が高くて意識がない……熱中症?
でも、酒寄さんがそういう管理を怠るようには思えないし。
やっぱ普段の睡眠不足と一時期の栄養の偏りと過労か?
とりあえず冷やしてもらわないと。
「かぐや、なんでもいいから酒寄さんを冷やしてあげて。で、バイト先に休みますって連絡して」
『冷やして、連絡! わかった! ……アキ、今からこれない? かぐや1人じゃ分かんないよ……』
「大丈夫、今から向かうから。かぐやは酒寄さんのこと心配してあげて」
『……わかった! ありがとアキ!』
通話を切ってすぐに近くのタクシーを拾った。
グループには確かに誰からも反応がなかった。
確か真実達も短いけど帰省してたか?
そんな田舎だったか分かんないけど、なんでこんな日に限って誰も助けにいけないんだよもう!
芦花なら見てそうだけど、昨日の話だと親戚に捕まってるとか言ってたからそれのせいかも。
となると他の2人も同じか?
くっそ、最悪だよまったく!
「かぐや!」
「アキ! 言われた通り冷やして、連絡したよ!」
タクシーの運転手に可能な限り飛ばしてもらったお礼をして、酒寄さんの住んでるアパートの階段を2段飛ばしで駆け上がる。
登る音が聞こえたのか、かぐやがすぐに扉を開けてくれた。
中には、布団で苦しそうに眠る酒寄さんが。
よかった、息はある。
「はぁ……息がある……」
「本当に大丈夫!? いろは死なない!?」
「たぶん大丈夫。無理しすぎただけだと思う。病院は?」
「一応彩葉が起きてからにしようかなって。かぐやじゃ説明とか出来ないし」
「それは僕がしようか」
眠る酒寄さんの前で話し合う。
病人のそばでそこそこの音量で話してるけど彼女は目覚めない。よほどよろしくないのかも。
なんて思っていたらなにやら良い匂いが漂ってきたので、匂いの元を辿って見ると、鍋がコトコトと煮てあった。
「かぐや? 料理中?」
「あっ! 彩葉のために用意してるやつ! あんまり知らないんだけどネットで調べたらあったやつを彩葉のためにアレンジした!」
「おぉ、そこまで用意してたんだ」
「さすがにかぐやでも体調悪い時にすることを調べたりはしたよ? ……アキが電話してくれなかったら落ち着かなかったから無理かもだったけどね」
それは……ごめん。
僕にも用事はあるし、いつでも応対出来るわけじゃない。
今回はまだタイミングが良かったけど、これで僕も反応できなかったらどうなっていたことか。
焦り散らかしたかぐやが何をするかはわからない。
下手に酒寄さんを刺激するのもまずいし、これで酒寄さんが起きるまで何もしてなかったら本当に……。
やめよう、その未来はなくなったんだ。考えるだけ無駄。
小さな親友が脳裏を過るけど、酒寄さんは助かった。それでいい。
「ごめんね。病院にいたから、僕もすぐには反応できなかったんだ」
「アキ病院にいたの? どこか悪いの? ……やだ、アキも死んじゃう!?」
「いや、もう大丈夫なんだけど、それでも病院で検査してもらったりがあるんだ。死なないから安心して」
「よ、良かったぁ〜」
そうだった、かぐやにはあの事件のことは話してないんだった。
でも、話すべきか?
今酒寄さんが倒れて取り乱してたかぐやに追い討ちをかけるようなことになるのでは?
やめよう、いつから機会があったら話せばいいか。
今は酒寄さんの容体の方が大事だ。
とりあえず体温を測ってもらおう。さすがに彼女の体には触れられないのでかぐやにお任せ。
僕は……少し片付けするか。さすがにこんなにごちゃついた部屋だと寝ても休まらないだろうし。
はぁ、なんだこのトーテムポール。
うわ、なんかパリピみたいなメガネあるし、だるま落とし転がってるし。
でもヤチヨのアクスタ? がある付近はめっちゃ綺麗だ。
聖域みたいになってる……酒寄さんらしいな。
さて、ある程度片付けれればいいけど。
「……う、ううん」
「彩葉! 大丈夫!?」
「か、ぐや……?」
あまり芳しくない片付けの進捗に頭を抱えていると、酒寄さんの普段の十分の一くらいしかないか細い声が聞こえた。
僕よりもかぐやがすぐに反応してそばに飛んでいった。
あ、鍋火にかけたままだし。とめとこ。
「……あ! バイト! 今何時!? 休めないよ!」
「休みの連絡入れたから! おっけーもらったから! 休んで〜! ね? ね!?」
「あ……、ありがと。かぐや……」
起きて最初にするのがバイトの心配とか、流石にどうかと思うんだけど。
自分の体調省みるものじゃないのかな。
「体調は?」
「え、荒鷹くん……? どうして?」
「かぐやに鬼電されてね。君が倒れたって言うから飛んできた」
「ぁ……ごめん、迷惑かけちゃって……」
はぁ、この期に及んで迷惑かけてごめんか。
そうじゃないだろ。
僕らにかけるべき言葉は、謝罪じゃない。
「病院行こ? アキも行ったことあるから説明できるだろうし、お金ならかぐやにまかしとき!」
「そうだよ、こんな高熱そうそうないんだから、ちゃんと病院行きなよ」
酒寄さんの返答がない、というよりかは病院という言葉を聞いて呼吸が浅くなってる気がする。
なんだ? これは、嫌がってる……のか?
ぎゅっと、目を瞑りながらなにかを、思い出してるように見えた。
「病院は……行きたくない、かな」
「なんでぇ!? かぐやも一緒に行くから! アキも着いてきてくれるし!」
うん、何も言ってなかったけど、まあ着いてくよ。
さすがにこれで放ってはおけないしね。
なんかかぐやの時と若干デジャブではあるけど。
「彩葉? いこ?」
酒寄さんはそれでも、黙ったまま。
いや、言葉にするのを躊躇ってるように見える。
そして、ようやく口を開いた。
「休んでる暇は……ないの。私には、こんな、休んでる時間ない。もっと勉強して、じゃないと……奨学金が……」
かぐやが口を開こうとして、パクパクと言葉を失うのを見た。
あのかぐやが、絶句している。
僕も同じようなものだ。
酒寄さんの追い詰められた表情、か細いのにこれ以上なく意思だけは強い声、なんとなく感じる自信のなさみたいなもの。
まるで今休めばもう2度と戻れないとでも言わんばかりだ。
なにに、追い立てられているのか。僕にはわからないけど、おそらく何かを極端に恐れてるように見える。
「こんなんじゃ、私……私は……!」
今の僕には、酒寄さんが酷く脆いガラスに包まれた鳥籠の鳥に見えた。
本当は飛べるはずなのに、外の世界を見れるだろうに、檻の中でその一生を終えることを甘んじて受け止めてるような。
諦観、というにはちょっと違うか。彼女は諦めたわけではないと思う。
でも、彼女自身の可能性という面を見ていないのは確かだと思う。
思えば運動も勉強も、トップクラスの成績、ないしは記録を出してるのに、いつも口をついてでるのは「私よりもすごい人はいる」だった。
そうじゃないんだ、僕らはそのすごい人と同じくらいすごい君を褒めていたのに。
なぜかそう言って受け取ってはくれなかった。
なるほど、今この状況でようやく彼女の心の奥の方が見えた気がする。
「なんで彩葉は……1人で頑張るの? 1人で頑張らなきゃいけないの? 人間って、1人で頑張らなくてもいいんじゃないの? 彩葉は、いつもかぐやを助けてくれるのに、かぐやは、彩葉の助けにはなれないの?」
そんな酒寄さんに対して、ようやく言葉を紡ぎ出したかぐやは、もう泣きそう、というか泣いてるぐらいくしゃくしゃな顔で酒寄さんに詰め寄った。
そうだね、1人で出来ないなら2人でやるのがいいと思うよ。
人間1人の出来ることなんて限られてる。なら、助け合うのが道理だろうね。
「かぐやは……その……」
酒寄さんがなにかを言おうとした。
でも、それより先にかぐやの涙腺と、感情が待ってはくれないみたいで。
「やぁ〜〜だぁ〜〜!!!! いろは死んじゃうやだぁ〜〜〜〜!!!!」
「んな、大袈裟な……」
確実に壁ドン不可避な音量で泣き喚くかぐや。
目からは随分でっかい涙が溢れて、揺れてる。
揺れてる? ……まあいいか。
酒寄さんも、大袈裟とか言ってるけどさ、それ、僕の前で言うんだね。
「酒寄さんさ、僕も似たようなことになったの覚えてる?」
「それは……でも私はただの高熱だし」
高熱だろうがなんだろうが人間体調を崩せば最悪死ぬ。
どこで拗らせるかなんてわかんないんだから。
「…………高熱で倒れてそのまま放っておいたら、本当に死ぬよ? 人間は脆いんだから」
「……なんか、実感こもってるね」
「そりゃ、僕もその淵を歩いたわけだし、僕の親友も川を超えてったから」
「……! ごめん、軽率だった」
謝られてもね。
自覚してくれたならそれでいい。
簡単なことではないけど、それでも自分がどういう状態かを理解できたなら、それで。
「いいよ。ちゃんと自分の状態を認識できたみたいだね」
「それは、はい。すみません」
だから謝罪じゃないんだってば。
高熱だけなら死なないとか思ってそうだけどさ、かぐやがいなかったらどうなってたことやら。
まじでかぐやに感謝してほしいんだけど。ごめんとか、すみませんじゃなくてさ。
あ、いや感謝はしてたか。でも足りないな。
「やっぱ人間ってすぐ死ぬじゃ〜〜ん!!!!」
「死にゃあしないよ……そんなに私は脆くな…………ごめんなさい私は脆い……」
なんか言ってるのでじっと見たらすぐに折れた。
本当に自分の体を酷使しすぎ。確かに超人じみた身体性能だけど、限界はある、というかあったんだから。
もっと大事にしてあげてほしいね。
「さてと。酒寄さんも起きたし、僕はお暇するよ。あんまし病人のところに長居はするもんじゃないしね」
「あ……荒鷹くん、その、ありがとう。助かった、よ」
「どういたしまして。やっとその言葉が聞けてよかったよ。じゃ、かぐやあとはよろしく。なんかあったら電話してね、すぐ来るから」
「ぐずっ……う゛ん゛。あり゛がど、アキ。ばいばい」
まだ泣き止んでないけど、かぐやでなんとか出来る範囲でしょう。
僕の役目はここまで。
お次はピコンピコン鳴りまくってる皆への説明をしなきゃなぁ。
2人は反応出来ないだろうから、仕方なし。
はぁ、今日は振り回されてばかりだ……。
この後家に帰りながらグループで酒寄さんは無事と報告。
僕以外に連絡がつかなかったから僕が向かったと言っておいた。
芦花からはそれはもうたくさん心配の連絡が来てたけど、大丈夫だ安心しなと言っておいた。
あまりにも心配で、ちょっと早く帰ってくるなんて言ってるし。
そこはまあ、僕には干渉できないので芦花の親御さん次第かなぁ。
真実たちも、戻ったら一旦会おうということになった。
ほら、こんだけ酒寄さんのことを心配してる人たちがいるんだから、ちゃんと自分のことも大事にしてほしいよね。
死にかけてるのにそれを自覚してなかったらそりゃ一度体験してるアキくんおこですよね。
籠を壊すのは、かぐやのお仕事。