芦花と幼馴染   作:キイカ

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見上げた月は、綺麗ですか?


隣で、ずっと

 

 

 

 先に戻っていたアキくんは、縁側に腰掛けていた。

 私もその隣にそっと座り、心を落ち着かせる。

 ようやく、ようやく色々なものが解決できるかもしれないところまできた。

 アキくんに銃を向けた時の嫌な感じは、だいぶ抜けていた。

 それでもまだ、少しだけ気持ちが悪いけれど。

 隣に座る彼をそっと盗み見ると、空を見上げていた。視線の先にはツクヨミの夜空と、まんまるの月。

 あの日の帰り道を思い出す。

 あの時も、私は知らなかったけれど、君は。

 

「ねぇ芦──」

「月が、綺麗ですね」

「──っ、そう、だね。ツクヨミの、夜空でも、綺麗、だ」

 

 何かを言おうとした彼に被せるように、あの日の言葉をそのまま返す。

 ぴしりと固まった彼は、しどろもどろな口調になっていた。

 違う。

 私が欲しかったのは、そういう答えじゃない。

 まだ、バレてないと思っているのか。

 それとも、わかってて誤魔化しているのか。

 たぶん後者な気がする。ついこの前、私からも好きだと言ったのだから、あえて誤魔化してるんだ。

 なら、誤魔化せないように踏み込むだけ。

 

「ねぇ、あの日の私は同じように返したよね」

「そう……だね」

「ほんとはさ、そういう答えが欲しかったわけじゃないんだよね?」

「う……」

「だから、先に踏み込んであげる。あの日の答え、今返すよ──『もう、死んでもいいわ』」

「……!? あ……う、その」

「アキくんは?」

「……『死んでも、いい』。僕も、同じ、だよ」

 

 ようやく、貴方と気持ちを重ねられる。

 でも、やっぱりまだ不安そうな顔をしていて。

 だから、今度は正面から貴方とぶつかるよ。

 

「アキくん、何が不安なの? どうしてそんなに複雑そうな顔をしているの?」

 

 今の貴方は、泣きそうで、吐きそうで、不安に押しつぶされそうな、それでいて嬉しそうで、幸せそうで、安心感に満たされてるように見える。

 相反する感情に彼自身も振り回されてるようにも。

 なにが、彼をそうさせるのか、ここで、知りたい。

 

「私と、同じ気持ちなのは、嫌?」

「違う」

 

 即答の否定。良かった。

 

「それとも、嬉しくて泣いちゃいそう?」

「それは、そう、だけど……」

 

 それなら泣いてくれてもいいんだけどね。

 嬉し涙なら、ね。

 

「なら、どうして?」

「……芦花はさ、『好き』ってなんだと思う?」

 

 そうして返ってきたのは、好きとはなにか、という問い。

 私自身最近ようやく身をもって体験して、理解、したかは分からないけど。なんとなくしたものだ。

 いうなれば。

 

「その人と一緒にいたい、隣にいたい、もっと知りたい、そういう気持ちかな」

「……なるほど。僕も似たような感じかな」

「なら」

「じゃあ、その先は?」

「その、先?」

「うん、好きな先にあるのは? なんだと思う?」

 

 好きの、先にある、気持ち? 

 気持ちなのかは、分かんない。

 順当に考えるなら、恋愛が、恋とか愛とかならば。

 好意の先にあるのは愛、ということなのだろうか。

 

「愛、とか?」

「そうだね、僕はそう思う。ならさ、愛ってなにかな」

「う〜ん……」

 

 愛、とは。

 愛する、とは。

 好意の先にあるとするのなら、それは好きよりももっと大きくて、深くて、強い物だと思う。

 具体的には、結婚が1番分かりやすいのかな。

 お互いを愛し合っているから、結婚をする。

 それは一緒にいたい、隣にいたい、もっと知りたいという気持ちの分かりやすい形なのかもしれない。

 苗字を一緒にして、一緒に住んで、未来を歩んでいく。

 なるほど確かに愛するとは、そういうことなのかも? 

 好きな人を、もっともっと好きになって。

 愛して、その人とずっと一緒にいれるように。

 それが、愛なのかな? 

 

「好きな人に持つ最大限の好意、かな」

 

 説明するのが難しくて、そんな言い方になってしまった。

 でも、間違ってはないというか、好意が最大になると愛になるみたいな。

 そういうイメージなのはある。

 それを聞いた彼は、神妙な顔で頷くと少し考え込んだ。

 また空を見上げだして、視線は合わない。

 お面を私の方にずらしていて、表情も見えないから、何を思ってるか分からない。

 

「たぶん、というか、確実に、僕が芦花を好きなのは、好きでいたのがバレてるとは思うんだけど」

「うん、花言葉も、花束も、勉強していた意味も、料理する理由も、全部知ったよ。それが、小学生の頃から、だってことも」

 

 私の言葉を聞いた彼は少し黙って、見える部分の横顔が赤くなった。

 ツクヨミでもそういうところは反映されるみたい。

 照れてる、まあ当然か。

 秘していた気持ちを全て暴かれたのなら、そうもなる。

 私も彩葉への気持ちを明かされたら、同じような反応をしていただろう。

 まあ、それも過去のことだけど。

 

「……まあ、そういうわけで芦花のことが大好きなわけでして」

「大好き」

「うっ、そこリプレイされるのは恥ずい……」

 

 するりと出てきた大好きに、思わず反芻。

 より赤みが増したのを確認しながら、彼の言葉に耳を傾ける。

 

「僕はさ、芦花が好きで、芦花が幸せでいてくれるなら、それでいいって思ってた。でもね、本当はずっと芦花を幸せにしたいとそう願ってた」

「うん……」

「酒寄さんに気持ちが向いてる時も、というか、この前の時までずっと芦花が好きな人と幸せになってくれるならそれでいいって。自分の気持ちを押し込めてた」

「でも、本当はもう限界だった」

「溢れて、零れ出しそうな気持ちが、止まらなくて」

「本当の気持ちが、顔を出したがってた」

「……それは?」

 

 ぼんやりと、貴方の顔を見ながら、隠された本心の暴露を聞き逃さないように意識を集中する。

 今も言葉通りに溢れている私への好意。

 それをひしひしと感じている。

 

「誰かじゃない。僕(・)が(・)芦花を幸せにしたい」

「……!」

「他の誰よりも、真実よりも、酒寄さんよりも、僕は芦花の事を好きで、幸せにしたいと思ってる」

「そんな心の奥底に埋めていた願いを掘り出したのは、きっと芦花の心に刻まれてしまったあの日から」

「刺された……」

「そう。芦花に想いを伝えないまま、死ぬのが怖かった。きっと君は幸せになってくれると思ってたけど、夢か現か芦花が僕の傍で壊れたように笑う姿が見えた」

「そして、いつまでもくよくよすんなって、背中を押されたんだ」

「それは、誰に?」

「僕の、遠い昔の親友さ。素直になれよって背中を蹴られたよ」

 

 だから──。

 彼は、一度言葉を切り息を吸った。

 そして、見上げていた月から、私に向き直った。

 お面をどかし、真正面から視線がぶつかる。

 浮かべた顔は、真剣で、いつになく格好良くて。

 その瞳は、強い意思が込められた深い黒で。

 

「芦花、僕は君を幸せにしたい。誰よりも、何よりも。僕の手で、一緒に幸せになってほしい」

 

 いつもの優しい声色に、さらに真剣な色まで追加されて私の鼓膜を揺らした。

 一緒に、幸せに。

 

「アキくん……」

「でもね、どうしても言いたいことは、ここじゃなくて向こうで伝えたいんだ」

「向こう?」

「そう。だから、芦花待ってる」

 

 え? 

 

「すぐに見つけられるからさ。来てね」

「ちょ、アキくん!?」

 

 にこりと笑い、彼は姿を消した。

 その場に光の粒を残しながら。

 待ってるって、どこに? 

 すぐ見つかるって言われても……。

 

「どこに、行けば……」

 

 最近姿を隠していたから、どこにいるかなんて……。

 きっと、鳩河くんの家かなって思ったりした。

 でも、ことこの瞬間私の直感が、今までの思い出が彼の居場所を教えてくれた。

 いつだって、あの場所で、私たちは話して笑って、遊んだ。

 そうだ、だからすぐに見つかるって言ったんだ。

 

「待ってて、すぐ行くから」

 

 家主の消えた家から、私もすぐに抜ける。

 誰も居なくなった縁側に、風鈴がちりんと、響いた。

 

 

 

 ログアウトして、すぐ外に出れるように服を着替えようとして止まった。

 すぐに出れたらいいやと思ったけど、なんとなくちゃんとしたいと、思ったのだ。

 何を着るか悩んで、そういえばと昔アキくんと買い物した時に買ったワンピースがあったな。

 柄的に季節は早いけど、でも私たちが会うだけなら、ちょうど良い。

 さっきのSETSUNAの場所も秋で埋め尽くされていたから。

 私たちの名前は、秋に関しているから。

 芦の花のワンピースと、彼からもらったイヤリング。

 つける機会がなくてしまっていたけど、とても良いタイミングだ。

 両の耳につけて、化粧も確認。普段通りばっちし。

 時刻は19時ぐらい。1人で出るのも問題ない時間だ。

 さあ、行かないと。

 彼が待ってる。

 

「あら、どこか行くの?」

 

 お母さんが私が外行きの服を来ているのに気づいて声をかけてくる。

 

「うん、ちょっと」

「気をつけてね?」

「大丈夫、すぐそこだから」

「公園?」

「そう。そこで、彼が待ってるはずだから」

「……そう、行ってらっしゃい」

 

 彼が待っている、という言葉に一瞬思案顔になった。

 それもほんの一瞬で、すぐに親の顔で私の背中を押してくれる。

 行ってきます。

 玄関を開けながら、私はそう呟いた。

 

 

 

 徒歩数分程度の距離の公園。

 私の予想通り、彼はいた。

 ブランコに座り、小さく揺れている。

 ゆっくり、だけど確実に彼に近づく。

 足音で私が来たのに気付いたようで、こちらを見た。

 久しぶりに思える、現実でも対面。

 相変わらず優しい笑顔で、私を見ている。

 

「お待たせ、待った?」

「ううん、待ってないよ……いや、今回は待った、の方がいいかな?」

「そうだね。アキくんはたくさん待ってくれたもんね」

 

 少なくとも数年くらいは、待っていた。

 待たせてしまった私は、そこに何か言う気はない。

 私も隣のブランコに座って、小さく揺らす。

 

「どれくらい待ってた?」

「そうだねぇ、どれぐらいだと思う?」

「私が先に聞いたのに……8年とか?」

「残念、もっとだよ」

「じゃあ10年!」

「んーん」

「え、じゃあ15年とか?」

「ふふ、近い。正解は生まれてから」

「……まじ?」

「まじ……なんて、言いすぎたかな。でも、僕はそれくらい前から、一目惚れもあるけど芦花の事をずっとず〜っと想ってた」

 

 小学生の頃からだと思っていたそれは、なんと私と出会った時からずっとだった。

 生まれて顔を合わせてから、ずっと。

 ならその想いは十数年ものだということになる。

 朧げな好意から、はっきりとした好きになるまでは時間があったとしても、それだけの時間私は想われていたんだ。

 それが、嬉しいようで申し訳なくて。

 気付かなかった私はとんだ鈍感だったらしい。

 

「気づかなかったなぁ」

「そりゃ幼馴染でいるためにひたすら隠してたからね」

「言ってくれたらよかったのに、っていうのはさすがに無責任か」

「そうだね、言ったらこの関係が壊れてしまう気がしたから、言えなかったよ。何もなかったら、僕は墓場まで持っていく気だったし」

「やめてよ、寂しいじゃん。こうして想いが巡り会ったこともある意味巡り合わせかな」

「かもね。あの日事件に巻き込まれなかったら、僕は踏み出す決意は待てなかったかも」

「私も、いつも隣にいてくれた存在の大切さに気付けなかった」

 

 私たちは、あの日を境にお互いへの想いを改めたのか。

 元々好きだった気持ちをちゃんと伝えようと決意した彼と、当たり前の大切さに気づいて、なにより自身を見てくれる彼への想いに気付いた私と。

 似た物同士だった。踏み込むことを恐れて回り道しがちだったところも。

 

「僕はさ、こうしてとなりで話せるだけで十分だと思ってたんだ。芦花の幸せを願うのが僕の役目だって。でも、本当は幸せにしたいと、君の幸せを作るのは僕が良かったと、思ってしまった」

「私も、色んな人に告白されても、分からなかった好きの気持ちが、周りの皆にも助けてもらって、ようやく理解できた。そして、その先で見つけたのが、アキくんへの想い」

「本当は怖かったんだ。こんなに長く好きで居て、重くないかって。芦花の好きと釣り合わないんじゃないかって。押し潰してしまいそうで、重いとうざがられるんじゃないかって」

「そんなことないよ。一途に私だけを想って、ずっと好きでいたくれた。隠してきた気持ちもほとんど拾い集めて、私からの気持ちだってきっと同じくらい強くなったと思う」

 

 十数年の重みはなくとも、この気持ちの強さは、アキくんにだって負けたりしないと自負している。

 じゃなきゃ、彼の気持ちを受け止められない。受け止める権利がない。

 覚悟は決まっていた。思い出を巡り、過去を知り、私は彼への気持ちを強く持った。

 ならば、どれだけアキくんが重かろうが受け止めて、返してあげるんだ。

 私だって貴方を大好きだと。

 

「──良かった。ほんとに……本当に不安だったんだ。この想いを吐き出すのが。吐き出してしまったら、もう止まらないと分かっていたから。それだけ溜め込んで、拗らせて、溢れ出した僕の気持ちは」

「うん、いいよ。全部受け止めてあげる」

「……芦花、愛について、僕は聞いたでしょ?」

「そうだね?」

 

 不意に、ブランコに座っていた彼は立ち上がって、私の前にきた。

 私も立ちあがろうとしたけど、それは彼に止められた。

 ? 何かを出そうとしてる? 

 

「なんで聞いたかと言えば、それが僕の気持ちの答えだから」

「……え?」

 

 取り出したそれは、小さな小箱。

 何が入ってるかは分からない。

 でも。

 

「芦花、きっとこの先も何度でも言うよ。でも、聞いてほしい」

「は、はい」

 

 たぶん、今までで1番真剣な表情で、眼差しで、声色で。

 その全てが格好良くて、それを全て私に向けてくれるのが嬉しくて、幸せで。

 心臓がドキドキしてしまうのが止められないでいる。

 何をいうのかは分からない──いや、分からないふりをしていた。

 だって、それはきっと良いことだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「愛してる、だから」

 

 小箱を開く。その中には。

 

「結婚を前提に付き合ってください」

 

 銀色に煌めく小さな指輪が入っていた。







やっと、ですよ。
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