アキくん折檻……ん?
ぼんやりとした意識が、急速に浮上するのを感じる。
鈍痛を伴う頭の重さが、寝起きの体を起こすことを億劫にさせる。
でも、体に染み付いた習慣がそれを容赦なく捩じ伏せる。
「起きなきゃ……」
いつものルーティンワークは崩せない……、でも寝たい……。
そんな二つの気持ちが内部で小競り合いをしている中、上半身を持ち上げようとして、気付いた。
なんか、重い?
頭が痛くて重いのは分かるけど、体が重いのはなぜ?
前回は夢見が悪くて身体も重かったけども、今回は何も見てないはず。
まだ瞼は起床をしたくなくて、瞑られているけど、謎の重みの答えを見るために意地で開いた。
そこにあったのは、いや、いたのは。
「……すぅ、んん」
ろろろ、芦花さぁん!?
思わずでっかい声が漏れそうになったのをなんとか直前で脳内に収めることができた。
おかげで口から漏れ出した息が鼻から出て鼻息荒い人に見える。やばすぎなんもでてないよね?
とりあえず謎の重みは解決。
が、がっつり上半身側を芦花に抑えられていて、起き上がれない。
起きようものなら確実に彼女を起こしてしまう。今目の前で気持ちよさそうに寝ている彼女を起こすのはさすがに忍びないというか。
くったりと力が抜けて、無防備な寝顔を晒している姿をもう少しだけ見ていたいと思うのは、罪なんですかね?
いつもはキリッとしていて、綺麗って言葉が芦花のためにあるような印象をしているのに、今は可愛い以外が見つからない。
可愛すぎて写真に撮って保存したくなる。が、スマホが見つからない。なんてこった。
脳内メモリで保存しておくしかない……。きっとこの先で機会があることを祈ろう。
それはそれとしてどうしようかな。起きたいけど、起きれない。
「芦花〜? ろーかさーん?」
小声で話しかけるも反応なし。
いやまあ当然と言えば当然なんだけど。
起こさない声量で話しかけてたらねぇ。
むぅ、どうしよ。体感ではいつもの時間なんだけど、ちゃんと確認したわけじゃないから合ってるかわからない。窓からは日が昇ってるようには見えるけど、陽射しはあまり強くないように見える。
二度寝……しちゃう? いやでもぉ……。
ルーティンを崩しちゃダメだよという天使みたいな芦花と、二度寝しちゃえという悪魔みたいな真実が脳内でせめぎ合っている。
あ、真実の方が勝った。
まあ、ね? 今の状況じゃ寝るくらいしかすることないですし?
なにより芦花を起こすの悪いしね? これはもう仕方のないことでしょう!
悪魔真実が悪い顔して、天使芦花がだめーって首を振ってるけど、ごめん芦花。
今はもう一度寝ることを許して……ほし、い……。
穏やかな寝顔の幼馴染を最後にもう一度目に焼き付け、僕は再度眠りについた。
「んむ……」
「あ、アキくん起きた」
二度寝からの起床は愛しい幼馴染が困った顔で見守ってました。
下がり眉であからさまにやれやれといった顔。
さーて、何時かなぁ。お昼前だといいなぁ。無理そうだなぁ。
ゆっくり体を起こすと、芦花が支えてくれた。優しいね。
「おはよアキくん」
「芦花おはよ。今何時?」
「今は11時過ぎだよ」
「わはー、めっちゃ寝たー」
「アキくんにしてはいっぱい寝たね。やっぱり昨日のあれ、反動酷かったんでしょ」
思ってるよりかは時間は経ってなかったけど、普段からしたら寝坊もいいとこでした。
でも、上半身に感じた芦花の重みはとても良い物でしたまる。
で、たくさん寝たからか芦花から昨日のことへの追求が始まりました。
うん予想はしてた。
でも仕方ないじゃんね、あーでもしないと勝てないと思ったし。
元より一般人な僕は反動込みでも突っ走らないとトップの方々には手も届かないのですよ。
「まあ、それはそうだね」
「もう、いきなり倒れて本当に心配したんだから。……ほんとに、やめてよね」
「うっ、それは、その……ごめん」
平静を装ってるように見えた彼女は、心配の一言の後に本心を漏らした。
やばい、確かにあれではあの日のことを思い出しても仕方ないぞ?
これはもう平謝りするしか。
そこを考慮できなかったぼくが全面的に悪いし、無茶したしね。
ほんのりと涙を馴染ませている彼女に、心からの謝罪と反省の意を兼ねてそっと手を取る。
芦花が僕をじっと見つめた。
「次はないようにするよ。というか、無理してたら止めてほしいなーって」
「自分で制御できないことある? まあ、次はちゃんと私が止めるよ。こんなことは何度も起きてほしくないし」
「うん、ほんとごめん。さすがに浅はかでした」
「分かればよろしい。……とりあえずそばにいさせて」
「ん、どーぞ」
僕の反省が伝わったのか、芦花も一旦は納得してくれた。
てか、芦花に監視してもらった方が安全ではあるよね。僕そういうところはあんまり気にしないこと多いし。
次はこんなことは起きない、はず。さすがに今回みたいな大事な戦いじゃなければそうそう使う気もないしね。
そんなわけで芦花さんがそっとベッドに腰掛けて、僕に寄りかかってくるのを受け止めた。
僕の右肩にもたれかかり、頭をおしつけてくる。朝イチで来たのかな、なんか良い匂いがするような。だめだね、さすがにデリカシーがないか。
でも、ぼんやりと感じる体温が、寝起きの低めな体温には暖かく感じる。
「アキくん冷えてない?」
「寝起きだしねぇ。そういう芦花はあったかいね」
「起きてからそこそこ立ってますので」
「ごめんて、することなかったでしょ」
「んーん、寝顔観察したら、ちょっといたずらしてたよ」
「えっ」
衝撃の事実、芦花さんまさかのイタズラですか?
寝顔を観察されてるのもだいぶ恥ずかしいけど、人のことは言えないし迂闊に言えば墓穴を掘るので黙っておきます。
で、一体どんな悪戯をされてしまったのか。
「い、イタズラとは、なにを?」
「ほっぺつついたり、頭撫でたり、手を握ってみたり?」
「
「なんか、微笑ましげな視線感じるんだけど?」
「気のせいだよ」
到底イタズラとは言えないスキンシップに、僕悶絶。
うっかり声に出そうだったけど、なんとか耐えました。代わりに理性が削れたよなんてこった。
僕の生暖かい視線に反抗して頭をぐりぐりと押し付けてくる。
痛くもないしなんならちょっとくすぐったいけど、そのままにしておく。こういうのも悪くないなって思えたからね。
ぐりぐりに反応しないでいたら、そのままぐーっと頭突きするように押し込んできた。
可愛いなと思って左手で頭を撫でたら、びくっと震えて動かなくなった。
おや? と思ってチラリと顔を見たら、へにゃりと緩んだ笑顔が見えてしまった。うっ、可愛すぎる。
撫でる手は止めず、特に会話もないままぼんやりと時間が過ぎる。
静かで落ち着いた時間を終わらせたのは、お腹のなる音。
「そういえば、お昼前だったね」
「僕朝から何も食べてないんだった」
「おっきなお腹の音でしたねぇ」
「主張が大きくてごめんねぇ」
「お昼、どうしよっか」
「なんか作るよ、とりあえず着替えたい」
「おっけ、下で待ってるね」
「ん、りょーかい」
少しだけ頭を撫でる手が止められなくて、名残惜しげに手を離した。
そしたら芦花もちょっとの間動かなくて、しばらくしてからそっと離れた。
そのまま部屋を出ていき、と見せかけてひょっこり顔を覗かせて「お昼期待してるね」なんて言葉を残して今度こそ階段を降りて行った。
僕はといえば起床してから過剰供給されていた推し兼恋人の甘えムーブを飲み下すので精一杯になっていた。
本人の手前何事もない風を装ってるけど、寝起きのノーガードなところにあんなに可愛い姿を叩き込まれたら悶絶するのもしかたないよね。
なので、着替えて下に降りれたのは10分ほど経ってからになってしまった。
「そういえば、ヤチヨカップの結果ってどうなったの?」
ちゃんと期待に応えたお昼を2人で食べた後、ヤチヨカップの結果を見る前に気絶したことを思い出した。
たぶん芦花は知ってると思って聞いてみたところ、なんとKASSENには負けたのにヤチヨカップは優勝したらしい。
そんなこともあるんだねと驚いたけど、ヤチヨカップの優勝条件は新規登録者数なので、最後の戦いで良いところをたくさん見せたかぐや達が勢いのまま新たなファンを獲得したんだと思われる。
コラボライブかーと思っていたら、なんでも2人は引っ越すらしい。今のアパートが狭すぎて(かぐやがあれこれ買ってはほったらかしにしていてそろそろ寝るスペースがないとのこと)厳しいので、良い感じのマンションに引っ越すことを決めたそうだ。
女子高生だけで引っ越せるのかなと思ってたけど、対戦した帝さんが実兄で、保証人になってくれるらしくて、それでいけるんだとか。
酒寄さんが昨日の試合が終わった後にもろもろ考えてたこと、これから実行することを芦花と真実たちに教えてくれたそうだ。
僕はその時気絶中なので、芦花は話を聞きつつも気が気ではなかったそう。ごめんね。
「じゃあ、そのうち引っ越しの手伝いでもしに行ってみる?」
「必要そうだったらね。私たちは、それよりもすること、というかしたいことがあるのでは?」
「んん?」
「……せっかく付き合ったんだから、もう少しそれっぽいこと、したくない?」
「…………確かに」
お手伝いの提案に対して、ほのかに頰を染めながら彼女が返してきたのは恋人らしいことをしたいと。
確かに付き合って3日、なんもしてないや。
色々と急展開というか、余裕がなくてなにもできないままだったし。
でも恋人らしいこと、って。
「なにかある? したいこと」
「え〜っと……言っといてなんだけど思いつかないかも?」
「そもそもよく考えたらさ、今まで付き合う前に僕と芦花が2人でどっか行ったり何かしてたのってもしかしてデ」
「アキくん、それ以上はダメだよ」
「──うっす」
ふと今まで2人でしてきたことを思い出して、それって実は? と言おうとしたらカットインされた。
でも、実際そうじゃない? 2人で海行ったり、カフェ行ったり、遊んでるのってそれってつまり。
もしや僕らは僕らが思ってるよりも遥か前からそれっぽいことをしていた、ってことぉ?
やば、真実たちが白い目で見てきそう。
「とりあえず今日はのんびりしよう。最近色々あって落ち着かなかったし、ね?」
「そう、だね。そうしよっか」
食後の談笑タイムを終え、僕は芦花を連れて自分の部屋に戻る。
僕がベッドに座って、その右横に当たり前のように芦花が座る。
うーん、とても自然な動き、定位置って感じだね。
右手で、彼女の左手を握ってみる。
優しく握ったら、同じくらいの力で返される。
薬指にちらつく銀色の輝き。我ながら今でも重いとは思ってるけど、それが見えるだけでほっと安心してしまう僕がいる。
そういえば連絡きてるかも、とスマホを開く。
芦花も空いてる右手でスマホを開いて何かを見ているみたい。
同じ部屋で、隣に並んでいるのに、会話もなくお互い別のことをしている。
でも僕の右手と彼女の左手は繋がれていて、会話がなくとも、別のことをしていても心は繋がってるように感じられる。
不意にギュッと握れば、少ししてから同じように握り返される。
指先で指をくすぐるようにすれば、反撃と同じように返される。
なんてことのないようで、心がくすぐられるような。
心がじんわりと幸せに満たされるのを感じる。ずっと想い続けていた彼女が、同じ想いで僕の隣にいてくれることのなんと素晴らしいことか。
「ん〜♪」
「ご機嫌だね?」
「そうかも? なんか、うれしーなーって」
「そっか。……私もかも」
つい鼻歌が漏れてしまった。でも、芦花はそれすらなんだか楽しげで。
僕が嬉しいと感じたことを言えば、少しだけ間を開けて、同じだと返してくれた。
嬉しくて幸せで繋いだ手をにぎにぎとしてしまう。
彼女も同じように返してくれて、それがまた嬉しくて。
途中から開いたスマホの画面など忘れてしまうくらい、それに集中してしまった。
彼女も途中からはスマホに意識が向いてなかったように思えた。
だって、お互いずっとにぎにぎしていて、気付けば嬉しそうな笑顔が浮かんでいたからね。
芦花さんは前日までのうちに凸って安否確認した後、そのまま部屋で寝落ち。
アキくんが一度起きて寝た後に起きて、一旦家に帰っております。
ので、ちゃんと良い匂いです。