芦花がお風呂に入ってる間微妙に悶々とした時間を過ごした。
絶妙に長いような、実際はそこまで長くはなかったと思う時間を経て、ドアがノックされた。
おもわず背筋が伸びた。
「は、はーい?」
「私だよ。お風呂上がったから次どうぞ」
「あ、ありがと」
「? なんか顔赤いよ?」
「気にしないでくださいな……」
「わかった?」
部屋に入ってきたお風呂上がりの彼女の破壊力はまさしく絶大すぎた。
しっとりと濡れた髪に、血行が良くなってほのかに赤らんだ肌、すっぴんでいるのがやや恥ずかしいのか照れたようにはにかむ様子、首にかかったタオルと普段はあんまり見ないややシンプルだけど可愛らしいパジャマ。
どこをとっても今まで見たことない、いつでも可愛くて最高に愛らしいけど、またまたそれを更新してしまう僕の幼馴染。
あまりの愛おしさにクラクラしちゃうね。
「それじゃ僕も入るよ。そんなに時間はかからないから、ゆっくりしてて」
「ん、わかった」
ややぼーっとしている彼女を部屋において、僕もお風呂へ。
さくさくと衣服を脱いで、洗濯カゴに放り込んだあと、ふと視界にさっきまで芦花が来ていた衣服が視界に入った。
今日の芦花はどちらかと言えばラフ目な、でもちゃんと可愛らしい部屋着といった雰囲気の格好だった。外で出会う時のばっちり決まった格好よりかは緩いけど、それでいて緩めすぎずほどほどにおしゃれしてる感も出してた。
率直に言って可愛い。
とはいえ脱いだ衣服に思うことはほとんど……たぶんないけど、ちょこっとだけ固まった。
お泊まりといえど荷物は持って帰るのだろうから、あとで言っておかないと。
風呂場のドアを開けながら、勝手にあらぬ想像をしようとする脳内を沈めるため、あえて僕は冷水のシャワーを頭から被った。
「……おまたせ〜」
「おかえり〜……微妙に疲れてる?」
「んや、人間ってしょうもないなと思って」
「お風呂に入るだけでなにがあったの?」
「そういえば、今日着てきた服、脱ぎっぱなしだったよ。持って帰るの忘れないようにね」
頭は冷えたけど、ほんのり疲労感を携えた僕の帰還に芦花は目を丸くした。
僕のベッドに腰掛けていたので隣に僕も座る。今日は同じボディソープなはずなのになんか良い匂いがする気が。どうしてこんなに彼女は僕を惑わしてくるのでしょうか。
適当なことをつぶやいた僕に至極真っ当なツッコミを入れてくれてありがとう。おかげで現実を見れそうです。
それはそれとしてさっき見つけたことを伝えるのも忘れない。
すると、なにやらハッとした顔をしたあと、少し顔を赤らめた。んん?
「その、笑わないで欲しいんだけどね。私の中で千秋の家がさ、もう自分の家みたいなものだと思っちゃったみたいでね。衣服そのまま現れても私気にならないなって一瞬考えちゃった」
「……わ、わぁ。それはとっても嬉しい、よ?」
「着替えはもちろんあるけど、普段よりもラフ目なのもそういう理由もあるんだ。ここなら、少し気を抜いてもいいかなって」
照れたように笑う芦花は、まだしっとりと水分を帯びている髪の先をくるくるといじりながらそう話した。
あまりにもいじらしいというか、まじで愛おしくてうっかり抱きしめそうになった。
もう完全に自分の家だと思ってくれてるじゃないか! いやもう間違いとも言えないけどね。まだ若干早い。
なにやら心が高揚するのを感じながら、照れ照れしている彼女を見つめる。
う〜ん、可愛い。
「可愛い、好き」
「ふぇっ、な、なに? 私も好きだよ?」
「ぐはっ」
「ほんとになに? どうしたの?」
うっかり漏れた好意の声に、驚きつつも素直に同じく返してくれて。
漏らした好意に慌てることも、むしろ返されることの幸せさと破壊力で血反吐(幻)を吐いた。
困惑している芦花は恐る恐る僕の手を取ってやや心配げ。
大丈夫、致命的に可愛さをくらっただけです。僕は正常です。
「よくわからないけど一旦置いておくね。それより髪、乾かさないの?」
「ん? あー、普段は半分くらいは自然乾燥に任せてるんだ」
「えーダメだよちゃんと乾かさないと。痛んじゃうよ?」
「うへい、芦花さんお願いします〜」
ある程度の水分を飛ばしたらほっとくタイプの僕に、芦花はむっとほんのり眉間に力が入ってるのが見える。いけません、皺がよってしまいます。
ダメ元でおねだりしてみたら、仕方ないなぁと言わんばかりの呆れ顔。
立ち上がった彼女に手を引かれ、またまたお風呂の方へ。
洗面所も一緒なのでドライヤーもそこにあるのだ。
まだ両親共にお風呂に入ってなかったみたいなので、今のうちに終わらせてしまおう。
「はい、やったげるから……しゃがんで?」
「すまない、椅子でも持ってこようか?」
「いいよ」
芦花よりも身長が高いので、そのままだとめっちゃ腕を上げないいけなくて、それは疲れてしまうと思った。
さすがにそれは申し訳ないので椅子を提案したけど却下されちゃって。
仕方なく、というかしゃがむのはちょっと大変なので芦花に背を向けていたのを向き直って、お辞儀するみたいに頭を下げて差し出した。
「これでもいい? 微妙にしゃがむの大変でさ」
「おっけー。じゃあ始めるね」
芦花の掛け声と共にドライヤーの温風が髪にあたる。
髪の根元に当たるようにかき分けながら乾かしていく。
彼女の細指が、髪を梳くたびに、頭を撫でるように動くたびに安心感と幸福感が混じったもので満たされる。
「髪が短いと乾かすの楽だね」
「ん〜女性は長いと大変そうだよね」
「うん、ちゃんとお手入れしないとすぐ痛んじゃうしね。時間もかかるし」
「いつもお疲れ様です」
「いいえ〜」
髪全体の根本を乾かしたら、今度は外側へ。
優しい手つきで髪を撫でられる。都合上頭を撫でられたらようなものなので、どうにも体の力が抜けそうになるのを我慢してます。手からマイナスイオン出てる?
ほとんど乾いたのか冷風に切り替えた彼女は仕上げたばかり熱を持った髪を冷やしていく。
「あ〜人に髪乾かしてもらうのなんかいい」
「ふふ、そうなんだ。声がふにゃふにゃだよ?」
「芦花の手でふにゃふにゃにされました〜」
水分の抜けた髪を撫でられながら、口からは感嘆の声が漏れた。
人にしてもらうことのなんと心地の良いことか。出来れば毎日お願いしたくなっちゃうね。
ふにゃり気味の僕を、芦花はなんだか母性の感じられる声色であららと笑っている。
ドライヤーの電源が切られて、乾かしタイム終了。
なにやらいつもよりふわっとしてる気がするのを感じる。ちゃんと乾かすとすごー。
下げていた頭を上げれば、予想通りに笑みを浮かべた芦花が。かわい。
「ありがと芦花」
「いえいえ。私も乾かさないとだから、部屋で待ってて?」
感謝して洗面台の前をどくと、首元にかけていたタオルを取って髪の水分をしっかり取り始めた。
ふむ。
「ねぇ、僕も芦花の髪乾かしてみたい」
「ん〜? んー……いいよ」
「いいの? 聞いといてなんだけど、髪って女の命とか言うよね。僕でも大丈夫かな」
「千秋なら大事にしてくれそうだからいいよ。やり方はさっき私がやったみたいな感じで根本から乾かしてもらって、そのあと真ん中らへんかな。口で説明するから頑張って」
「わかった!」
彼女の持っていたドライヤーを預かり、彼女の後ろに立つ。
ちゃうどいい位置に頭がある。長くて艶めいた桃色髪。ふとシャンプーの香りが漂ってきた。これも同じやつな気がするんだけど、何が違うのかな。
ドライヤーのスイッチを入れて温風を出す。髪にあたる前に温度を確認、なんとなく、気になってしまった。
問題なかったので彼女の髪を優しく丁寧に梳いて根元にあたるように、当てすぎて熱くならないように小刻みに振る。
さっきしてもらったことをそのまま返すように、大事な彼女の髪を労わる。
「あ〜千秋上手いかも。力抜けちゃう」
「さっきしてもらったからね。でも完全に抜けちゃうと乾かさないから頑張って」
「ん〜」
洗面台の鏡が目を閉じて機嫌良さそうな芦花を写す。
その様子が嬉しくて、少しだけ口角が上がる。彼女に隠れて見えないけどね。
途中から彼女が持ってきた櫛を借りて髪を乾かしていく。
根本が乾けば髪の中腹あたり、そして先の方へ。
しっとり濡れ髪は、さらさら艶髪に。なるほど女性の髪は2パターンの攻め方があるのかとよく分かんないことを考える。
どっちも良い……なんてアホなことが頭をよぎりつつ、手元はしっかり進んでいく。
全体的に乾いたかを確認してもらってOKが出たので仕上げの冷風を当てる。
しばらくすればばっちり髪の乾いた幼馴染の出来上がりだ。
「終わったよ」
「ありがと〜これはふにゃるね〜」
「でしょ〜」
「このまま歯磨いて部屋戻ろっか」
「だね」
お互いを髪を乾かし合って絶妙にふにゃった僕らはそのまま歯を磨いてから部屋へと戻った。
「ん〜!」
「おぉ〜? なんだなんだ?」
部屋に戻ってベッドに座ったら正面から彼女が突撃してきた。
言葉になってるかは分からない鳴き声と共に受け止める。
彼女はカーペットに膝立ちで頭が僕の胸元らへんでいい感じの位置になった。
「どしたのさ」
「さっき髪乾かしてもらってから脱力感が」
「あー」
「ので、受け止めてもらおうかと」
「それは受け止めるしかないね」
ふにゃふにゃしていたのが継続して、ここで力尽きたようだ?
寝るには微妙に早い時間で、布団も敷いていない。
でも、芦花はなんだかふわふわとゆるゆるな雰囲気。僕の胸元で顔を埋めてんーとかあーとか鳴いてる。
なんと可愛い生き物か。うちの子にしたい。……うちの子だったか?
乾かしたばかりの髪を優しく撫でると、ぴくりと震えて動かなくなった。
静止したのが気にはなるけど、ゆるりと彼女を撫でるのはなんだか僕も幸せで。右手で撫でるのは止めず、空いてる左手を背中の方へまわす。
すると、ベッドに投げ出されていた芦花の両手がゆるゆると僕の背中に回ってきた。
なるほど、お互い抱きしめる形になったと。なんだただの幸せだったか。
会話もなく、聞こえるのはわずかばかりの互いの呼吸の音。外で鳴いてるはずの虫の声も、下の階にいるはずの両親の声も何も今は耳に入らない。
ただ、目の前の幼馴染だけを感じていたい。この温もりを、時間を、それだけでいいと思えた。
お風呂上がりで少し高めの体温、お泊まりというあまりない貴重な時間、なによりも最愛の幼馴染と付き合った幸福感。
全てが幸せにつながる、代え難い時間だった。
「……千秋?」
「なーに」
「ダメになりそう」
「僕も」
「一緒だ」
「うれしー」
「私もー」
不意に呼ばれた名前に、それだけで幸せを感じる。
それから始まった応酬も、中身のない一言だけ。それでよかった。
さっき歯磨きをしておいて良かったと思った。
してなかったら、ここからまた立ち上がるのは困難だと思ったから。
正直もう寝てしまいたいくらいの気分だった。胸の中の最愛を抱きしめたまま寝れたら、どれだけ良い夢が見れるか。
まだ暑い夏の半ばだとしても、この温度は手放したくないと思えた。
「寝ちゃう?」
「んや〜もう少し〜」
寝るか聞いてみたら、ふにゃっとした鳴き声ともう少しの声。
可愛すぎて撫でる手が止まらない。ついでに口角が上がるのも。
お互いにダメにしていく今の状態はある意味危険な状態だけど、当事者の僕らが良ければいいよね。
真実とかが見たら開いた口が閉まらないだろうけど、10数年の思いというのはそういうものなので。
抱きしめられる幸せは、何にも代え難い。知ってしまえばもう離さそうにはなくて。
ハグをするとストレスが軽減されるみたいな話があったけど、なるほどこれはされるなと感じたりした。
ストレス軽減というよりかは幸福感でそれ以外がどうでも良くなるというか。
このままだと一日中抱きしめてたら空腹も退屈も感じなそうだ。
「……ダメになる」
「なるときは、一緒だよ」
ぼそりと堕落の沼から顔だけ出してつぶやいたら、一緒に沈んだ人からもっと沈められた。
やだもうほんとにこの子愛してる。どこへでも行ってくれるし落ちてくれる。絶対離さない。どこにも行かないでね。
「寝ちゃおっか」
「ん」
「お布団敷くの面倒……狭いけど一緒でもいい?」
「ん」
「幼児化……まあいっか。ほら、上がって」
もう何もする気が起きなくて、今度こそ寝るのを提案。
彼女も思考が止まってるのか肯定かも怪しい返事だけ。でも、ぼくがベッドに引き上げれば抵抗なく来るあたりはちゃんと理解はしてるみたいだ。
抱きしめたまま芦花をベッドにあげるのはちょっと大変だったけど、そんなのこの幸福感を手放すことに比べたら匙だった。
身長差もあって彼女は僕の胸元に相変わらず収まったまま。自由な左手で電気を消して、暗くなった部屋で目を瞑る。
感じるのは彼女の体温と存在だけ。
僕に抱き込まれた芦花は視界も僕だけだろう。
それが嬉しくて、少しだけ強くぎゅっとした。
「ん……」
「おやすみ」
返ってきた抱擁に、笑みを浮かべながらたぶん半分夢の中な芦花におやすみを告げる。
返事はなくて、僕もそのままいつしか意識を落としていった。
「おやすみ……千秋……」
そんな声が聞こえた気がした。
お泊まりだけで3話。もう少し纏めたかった……