先生は汚い大人です 作:こうすけ増田劇場版
シャーレには当番と言うシステムがあるがそれとは別に呼び出しのシステムも作った。
先生なので生徒を呼び出す、極々普通の事である。
「……」
「来たか……一応は公式SNSで投稿していた様にこの呼び出しのシステムは先生である俺が問題児だと判断した奴を呼び出すシステムだ。才羽モモイ、陸八魔、黒崎、浦和とまぁキヴォトスで問題行動ばっか起こしてる奴を呼び出していてその後に物凄く落ち込んでたりしたわけだ」
「……うん。知ってる……先生に呼び出された生徒は悪い生徒、先生にとって問題児って思われてるって……っ」
「なんだ俺が聖人君子かなにかかと思ってるのか?俺だって人間の好き嫌いはあるし、大人であると同時に社畜だ……悪いがそういう判断を下したんだ……空崎」
呼び出しのシステムで呼び出したのは空崎シナじゃなかった空崎ヒナだ。
ゲヘナシナシナモップとか色々と言われているゲヘナの秩序とも言えるキヴォトスで5本の指に入る実力者だ……崇拝する奴はそれなりに居るとして、空崎は今にでも泣きそうな顔をしているが俺は特に気にしない。
「……」
「さて、じゃあエプロン付けろ」
「……え?」
「聞こえなかったのか?エプロン付けろ……子供用サイズのはちゃんとあるから付けろ」
「…………そういうこと、ね……当番の子は先生の手料理を食べる権利はあるけど、私は問題児だから……」
ゲヘナシナシナシロモップだなコレはと思える勢いで落ち込んでいるヒナは涙を流しかけているがエプロンを着た。
才羽姉妹や小鳥遊に合うサイズの普通のエプロンだ。
「はい、じゃあ強力粉、薄力粉、バター、牛乳、砂糖、あこ酵母、卵……主食関係は料理する時のざっくり感覚じゃダメだからちゃんとグラム通りに分けろよ」
俺もエプロンをつけた後にレシピを見る。パンを作るのでざっくり感覚ではやったら美味しいパンは出来ない。
空崎に指定した量を言えば材料を入れて……生地を捏ねる。ベタつきが無くなるぐらいまで。キヴォトス人の高い運動能力に任せて力を込めるのでなく綺麗に捏ねる。
「今から発酵で40分放置、後はバターと卵しか使わないから戻す」
「…………」
天然酵母を入れているので当然発酵パンだ。
人肌よりちょっと冷たいレベルの温度のお湯を用意してそれに容器を入れる。所謂、湯煎だ……40分の間を活用しないといけないと強力粉や薄力粉等のもう使わない材料や道具を片付ける。
「……先生……怒ってるの?……ううん、違うわよね。なんで怒ってるのかが私には分からない、悪いことをしている人の一番最悪なところはそれを悪いことだって自覚してないこと。それがなんなのかすら私は分かってない。先生に、先生にっ……」
「この前、経費でサブスクに入れる様にしたから……40分ぐらいだから漫才でも見るか。なんか好きなのあるか?」
「っ……」
この世界はキヴォトス主体だから好きな芸人とかそういうのが分からない。
前世の芸人で選べるのならばまぁ、無難にM−1チャンピオンの漫才とかキングオブコントのコントとかだろうが。
空崎は答えがほしいと懇願しているが、それはそこまでいいんだよと最近の流行りの芸人を探す。
大声を出したりとかモノマネとかじゃなくて言葉で笑わせたりするタイプの漫才の方が好きだからそっち系の漫才をしている奴は居ないのかと探す。
「ごめん、なさい……」
「……あ、コレは面白そうか……空崎が問題児判定は悪癖な生真面目さだ」
「……私……ゲヘナの為に何時も頑張ってるのよ!!」
「それに皆が頼りすぎているし、甘えすぎている……そして空崎はそれを受け入れてしまっている。空崎は人格面でも戦闘能力や事務処理能力等でも非常に優れている。マコト達にとっては目の上のたんこぶ状態だが、ハッキリと言えば空崎でゲヘナはギリ成立しているとも認識出来る」
「……え?」
「なんでも出来る人間だからと取りあえずは任せる、任せられる。でも、なんでも出来る人間だからってなんでも押し付けて良いわけじゃない。空崎は気付いていないかそれとも表面張力で耐えているのか分からないが俺からすればキャパオーバーだ。出来ない事を出来る様になる為の特訓とかは好きにすりゃいいけど、出来るには出来るけれども自分の大事ななにかを削ってまで引き受ける必要は無い」
ずっと怒っている、自分はそれすら気付いていないダメな奴だと酷く落ち込んでいるので呼び出した理由を答える。
才羽モモイや黒崎は本気の説教をしたり長時間の正座をさせたりした……ちゃんとしっかりと怒っている奴は怒っている。
「この呼び出しのシステムで呼び出された奴は俺が問題児だなと思った生徒だ、そこは間違いじゃない。でも、偉そうにして怒るなんて一言も言ってねえよ」
「でも、ミレニアムの生徒は物凄く怒られたって言ってて」
「そりゃ怒るよ。そいつ普通に問題児なんだから、普通に周りに迷惑をかけたり普通じゃない生き方をしようとしていたり組織として止めてほしい事をしている奴は……怒るとは言ってないし怒らないとも言ってねえ。今回の場合は、偉そうな説教はしない……そういう事をすりゃお前等相手だと場合によっては暴れるからな」
実際、何処ぞの誰かさんは感情論で動いているからな……それで暴れられるんだからホントにロクでもねえぞキヴォトス人。
理由が分からないが怒られる原因を作ってそれに気付くことすら出来ていなくて恐怖に囚われていたのか空崎は涙を流した。
「よかっだ……よかっだ、私、先生に嫌われたんじゃないかって……便利屋68みたいに本気で見捨てられたんじゃないかって思ってて」
「アレに関しては便利屋68全員に本気で怒った後に救済措置は出した。それでも陸八魔はアウトローがいいと選んだ。それの生き方は否定しないが、アウトローな生き方を選ぶ以上は覚悟をしろと俺は社畜として陸八魔を捕まえて立派な前科者にした……この話に関しては色々とめんどくさいし掘り返したくないからしない」
逮捕されて今頃は獄中生活を送っている陸八魔や浅黄は今は何をしてるのかは知らないが、流石にそれ以上は干渉してない。
本気でやっていいのならばそれ相応の事はする……ベアトリーチェに拷問に近い事をした様に。
「でも、先生……なんでそれを最初に言わなかったの?言ってくれればこんな思いをしなくて済んだのに」
「決まってんだろ、クロワッサンが出来上がるまで今日一日はシャーレに軟禁状態で出て行きたいって言っても出て行かせない為だ。この呼び出しをした時点で風紀委員会は口を開けば空崎は悪い生徒じゃないって言う……心の何処かで空崎が居ればって甘えてる証拠だ。空崎の事だから自分なんかよりも優秀なのは居るとか思っているだろうがそれでも頼まれたら真面目に頑張るだろう。それが悪循環だから少し精神的に追い詰めた」
最初から言ってくれればただ単に一緒にクロワッサンを作るのだと分かって終わったが、それじゃあダメだと判断した。
それについて空崎は……不満を漏らしたり暴れたりしない。
「先生は汚い大人ね……」
「ありがとう、最高の褒め言葉だ」
汚い側面を持っている事に関しては俺は否定はしないしそれ自身が俺だと思っているし……正しさの奴隷になるつもりは無い。
空崎から出てきたのは俺が汚い大人と言うだけの発言であるが特にその言葉から怒りや憎しみなんかは出ていない。
「でも先生、明らかにこの量は私1人じゃ処理出来ないわ」
「おいおい、俺がなんの為にクロワッサンの酵母をあこ酵母にしたと思ってんだ?色々と文句言われそうだから、風紀委員に渡して上手い具合に誤魔化しとけ」
今から作るクロワッサンは空崎じゃ食べ切れないと言うが、そんな事はお見通しだ。
パンに使う酵母をイーストじゃなくてあこ酵母にしているのはそういう風に誤魔化す為だ。あのバカみたいな衣装をしている横乳女があこ酵母を使ってると言えば色々と五月蝿いだろうが、まぁ、こういうのは処世術という奴だと思えばいい。
「クロワッサンを食べたとしてそれの酵母の話はしなくても問題はねえ……アレルギー持ちとかそんなんじゃないなら呼び出しされた空崎がなんか帰ってきたら持ってたお土産のクロワッサンの認識で大体は納まるし、口にしたらその時点で美味しいや食べたって言っただろで終わりだ」
「……汚い大人ね」
「そうだな……でも、コレが世の中だ。俺は綺麗な部分を維持してそこだけ見せることもやろうと思えば出来るけど確実にパンクするし、わざわざそこまでする必要が無いからしてないだけ。むしろこっちの方が正常だぞ」
やり口が汚いと言えばその通りだろう。否定はしないしするつもりも無い。
でも、それを汚いと言って嫌悪はしているが否定はしない。むしろなんでも笑顔で答える奴ほどイカれている奴は居ない。
「覚えておけ。大人はズルいと言う事を……っと、コレにするか」
呼び出された理由が分かればシナシナだった空崎は元に戻った。
パン生地の発酵に40分時間をかければ長方形にして更に冷蔵庫に入れて1時間放置、それが終わればバターを乗せて三つ折りにして冷蔵庫で放置、伸ばしてもう1回三つ折りにして更に1時間放置
「……綺麗な夕焼けね……」
調理工程が基本的には待つことが多いクロワッサンだから時間は自然と流れていく。気付けば夕焼けが見える。
来た時は物凄く落ち込んでいたが、今では何かに癒されている……調月ならば発酵時間をなにかにしていればいいって思うだろうが、コレが大事だ。
「今回は普通にクロワッサンを作ったが、クロワッサンは砂糖やバターの塊だ……砂糖をどれだけ入れたのかは見ているだろう。カロリーの爆弾で太る食べ物だ」
「先生、女性の前でその発言はよくないわ」
「でも、それが悪いわけじゃねえ……体の栄養も大事だけど、心の栄養も大事だ。心の栄養だけは最適解は存在してない」
「生活態度が悪くて不摂生な生徒、それが私ね……確かに心の栄養は最近全くと言って摂取してなかったわ」
皆が知っている三日月状にした後に卵黄を塗ってクロワッサンを焼いている。
空崎はオーブンをジッと見ているので言うべきことは言っておくかと、心の栄養の摂取を忘れている事について……コレだけは合理的なんて言葉は存在はしない。理の外にある物だ。
空崎は心の栄養を取れていないと夕焼けを見て自覚して心の栄養を摂取している。
ピーと音が鳴ったのでオーブンからクロワッサンを取り出す……普通に美味しそうなクロワッサンだ。コレに合うのは当然、アイスコーヒーだ。コーヒーに氷を入れれば味が薄まるので水出しコーヒーを作ってそれをキンキンになるまで冷やした。
「コレだけは空崎にだけ許された権利だ」
「うん……美味しい。出来立てのクロワッサンって美味しいわね」
アイスコーヒーとクロワッサンを用意したので食べる。
パン作りをしている人ならともかく普通の人では文字通り出来立てのパンを食べる事は出来ない。クロワッサンの様な物を出来立てで食べてアイスコーヒーで流し込む。甘い物と苦い物が交互に合わさって空崎は心の栄養を摂取した。
「先生、私はまだまだ心の栄養が足りないと思うの……だから空崎じゃなくてヒナって呼んでくれない?」
「嫌だね……俺に死んでくれって思っているのか?」
「っ……ごめん、なさい……」
「意味が分かってるならそれでいい……子供だからって大人が庇い続けなきゃいけない理由なんて無いし、子供だからは免罪符じゃない……ましては大人を相手にしてそのカードを使うのは許されない事だ」
名前呼びをしてほしいと言ってくるのでハッキリと嫌だと断った。
俺を殺したいのなら、死んでほしいと思っているのならば呼ぶかもしれないけど……俺は俺なりの事をしているつもりだ。それでダメならそれは仕方ねえ……俺が生徒を名前で呼ぶという事は基本的には俺が死んだと同じだからな。