「それではお嬢様、行ってまいります。後の事はローザ様にお任せ致しましたので。ローザ様、宜しくお願い致します」
「はい、お任せ下さいませ。どうか、お気を付けて」
「早く行って来なさいよ。レイナなら特に危ない事もないだろうし。早く行って、早く帰って!」
そう、お嬢様は言ってくれた。
今日の出発迄に、1人で寝る練習を重ねたのだ。戦場でのトラウマは、未だに尾を引いていた。結局一番良い方法は、乗馬やダンスで疲れ切って寝る事だったので、ほとんど毎日パーティへの参加を決めていた。本人の社交界への対応の練習も兼ねて。
社交休日期間が始まる最初の日、私と宰相子息のグレン様、元暗殺者のラクスと一緒に王家の剣の鍵があると言う、目的の街へ向かう。
所謂、クエストと言う奴なのか。国の東西と南にある、聖霊様の力を秘めていると言う3つの秘宝を集めて、北の古の神殿の遺跡にて失われた王家の剣を取り戻す冒険の旅の第一歩だ。
王家の剣の在り処が最初から分かっているなら、真っ先にそこに行けば良いのにと思ったが、そうではなく何処かにある王家の剣を呼び寄せるシステムみたいだ。
この世界に魔法はない。だが、聖霊様の御加護と言う奇跡はある。今回の奇跡は、物体を手元に瞬間移動するアポートみたいな奇跡なのかな?
向かう先は王都より西にある街。馬車で約2日の距離だが、今回の様に馬で行けばギリギリ今日中に着くかも。
そう、馬で行くのだ。訓練していて良かった…。じゃないよ、全く!てっきり馬車だと思っていたら、当日知ってびっくりした。
いや、一応、仮にも女性が行くんだから、着替えとか荷物も多いんだし、馬車だよね、普通!?
「そういや、女だったか貴様」
この、クソ暗殺者〜!!元男の私から見ても、プリチーな顔した私に!ちょっと顎を割ったくらいで恨みを引き摺りやがって…今度はドタマかち割ったろうか!!
そう言えば、お嬢様がラクスは救ってくれた主人公には忠誠を誓っているが、他の人間には冷酷に対処するって言っていたな。
今更、長距離移動できる馬車を手配するのは時間の無駄だ。大荷物を背負って、馬に横乗りする。…スカートなのだ。聞いてなかったから。
「あ~レイナ嬢、せめて着替えて来られたら…」
「そんな時間はない。急ぐんだろう?」
「…大丈夫です、グレン様。次の休憩所まで耐えれば」
くっそー、こんな格好で、首とか痛めたら加護に頼るか…。こんな事で使いたくないが。
一応、荷物の中に乗馬用のズボンは入っている。お嬢様に悪評を立てるわけにもいかず、スカート履いてきたが(この国では明確な理由がない限り、女性がズボンを履く事は忌避されている)、最初からズボン履いていれば良かった…。
そんなこんなで出発した。横乗りだと、うっかり後に倒れそうで辛い。
王都を出て人目が無くなれば、普通に跨るか…。二人に見られたところで痛くない(この国では、女性が足を見られるのは恥とされている)。
女に厳しい国、或いは時代だよ…。
しかし出発して直ぐ、私達を追い掛ける騎馬が。ドゴン、ドゴンと普通の足音ではない、騎馬の音は…。
「おーい!レイナ、待ってくれ〜!」
やっぱりアルベルトだ…。颯爽と駆け寄ってくる姿は、何処かの暴れまくる将軍のBGMが聞こえてくるようだ。馬は白くないけど。
彼は私達と並走して馬を歩かせた。馬の大きさが違う上に横乗りなので、馬を歩かせるアルベルトの横顔を、真正面から見上げる形になる。
「はっはっはっ、多分、今日旅立つと思っていたが、当たりだったな!」
「…旅に出るとか、言った覚えはないのですが」
「俺も聞いてねえな。だが、ここ最近の動きや買った物を考えると、こりゃ遠出するなと思った。それで今日くらいが怪しいと当たりを付けてやって来たという訳だ」
…えっ?ストーカー!?
「なんか、失礼な事を考えてる顔してるぜ。見れば男二人との旅っぽいじゃねーか。俺も着いて行くぜ」
「あ、いえ、一応この旅は公式の王命で…」
私は慌てて断わろうとする。正確には王命ではないけど、王太子殿下の依頼なんで同じ様なものだと思う。
「そうだ。隣国の者は遠慮願おう」
グレン様がスッとアルベルトの更に横に出て轡を並べる。
普段とは違い、眼光鋭くかなりの威圧感を前面に出している。流石は将来の宰相。しかし、この程度の威圧はこの男には通じない。
「この国の王命か。俺には関係ないね。関係あるのは、俺の婚約者たるレイナが野郎二人と旅に出るという事実だ」
「な…レイナ嬢、この男と婚約したのか?」
「してません!いつ、婚約したのですか!」
いっつも断り続けているだろうが!
「この前、俺の馬でレイナを前に二人乗りをしたじゃねーか。俺の国では馬乗りで女が男の前に座るのを許すのは、嫁入りの合図なんだぜ?」
し、し、知るか〜!!そんな風習、聞いた事ないわ!!
「そんな風習、初耳です!了承した覚えはありませ…あわわっ!」
断わろうとした一瞬、後に倒れそうになったから慌てて前にバランスを持ってこようとした所で馬が跳ねた。ポンっと投げ出された瞬間、大きな手が私を支える。
アルベルトの手、だった。そのまま片手でグンっと引き上げると、彼は私を自分の前に乗せた。体重差があるとは言え、やっぱり素のフィジカルは歴然としたものがあるな…。
「あっぶねーな。この前乗馬を覚えたばかりで、んな格好で乗るからだ。おい、お前ら!王命だか何だか知らねーが、不慣れな女をこんな格好で馬に乗せるな!断られても、勝手に着いてくるぞ!」
グレン様は何か言おうとしたが、確かにレディの扱い方ではなかったので、結局黙った。
今のところ、私以外に彼を力ずくで追い出す方法もなく、女性の私に見上げる様な大男を追い出せと言う事も出来ず。
その内撒くか、旅の目的そのものがバレなければ良いと考えたのか。ここで更なる騒ぎを起こして貴族派閥に目的がバレるのを恐れたのか。
ラクスはこっちを睨んでいた。しかし、正面切ってアルベルトを倒す技量は、彼にはなかった。
こうして、思わぬ形で4人の旅として出発する事になってしまった…。
「今度は知った上で前に乗ったんだから、俺の嫁決定な」
「…不可抗力です。貴方は無理矢理前に乗せた女も、強引に嫁にするつもりですか?」
「何、外堀を埋めてるだけさ」
「…そう言えば、舎弟の二人はどうしたんですか?」
「あ?あいつら、俺がレイナと旅に出るって言ったら『頑張ってくだせえ、兄貴!』って見送ってくれたぞ?今頃、花街に出掛けてるんじゃないか?」
「余計な気遣いを…」
もう、それ以上言う事はなかった。言っても聞かないだろう。
最初に乗っていた馬に荷物を載せ替え荷馬にすると、そのままアルベルトの前に乗っていくのだった。スカートだし。仕方ない。仕方ないのだ。
そう言えば、最近忙し過ぎたな…。5月の風と陽気は爽やか過ぎて、深く考える事ができなくなるなぁ。お嬢様から離れるのも、久し振りだしなぁ…心配ではあるけど。お嬢様と、いつの間にか一緒にいる事が当たり前の人生になってきてる。春のぽかぽか太陽が心地よい………。
「…あれだけ文句言ってた癖に、人の腕の中で寝ちまいやがった。大胆と言うか不敵と言うか、無防備と言うか…。このまま国に連れて帰ったら駄目かな?」