ハドルド視点
「それで?あの小娘の手下の目的は分かったの?」
「はっ。公爵家内部からの情報により、かの王家の剣を求めている可能性が高いと」
側妃である母上と、貴族派閥筆頭とその部下が膝を突き合わせて密談している。
僕はそれを間近で聞いていた。
僕の名前はハドルド・アルヘルム。この国の第二王子だ。
僕の上にはほとんど同じ歳の兄がいて、王太子となっている。母上に言わせると、本来は僕が先に産まれて王太子になっていたのに、早産で王妃が先に産んでしまったと。
兄はとても優秀だ。兄の側で政務を手伝っているから分かる。僕も計算や記憶頼りの時は直ぐに分かるのだけど、兄の様に答えのない問題への解決策を思い付く事ができない。
これから何百、何千の政務の経験を積めば分かってくるのだろうが、その時には兄も更に先に進んでいるだろう。
それに、兄を支えるフレデリカ嬢。母上は高位な貴族令嬢なのに子爵程度の息子を支えるなどと言っていたが、彼女は耳を貸す事なく政務はもちろん、精神的にも兄を献身的に支え、励ましている。
正直、あれほどの女性に尽くされている兄が羨ましくて仕方ない。
皆は僕を優秀な男で、王位に相応しいと言ってくる。僕も最初はそう考えていた。
だが、本当だろうか。母上が上級貴族出身で、多少計算が早い程度で、あの兄より王に相応しいか?
それに上級貴族でなければ王位は務まらないと言うのは本当か?なるほど、上級貴族の友や王族の私は、政治の勉強を幼い頃からしてきた。下級貴族の者はもちろん、学のない平民等に政治を任せたら国政は無茶苦茶になるだろう。そう思っていた。
この前、学園のパーティで会った娘…聖霊様に認められた聖女。男爵家出身で育ちは平民だと聞いていたのに、会って話してみると学があり知的で、そして美しく聡明で…あのフレデリカ嬢とも仲が良く、兄とは距離を一歩引いた姿は謙虚で。そして可憐で気高く、優しい…聖女の力を持ちながら、貧しい平民の治療まで分け隔てなくすると言う。
彼女を見ていると、貴族だ平民だと言う事すら馬鹿らしく感じる。上級貴族の娘に、あれ程の逸材はいるのだろうか?
母上は反対していた。子爵家の息子だけでも嫌なのに、平民出身の男爵家の娘など悍ましいにも程があると。顔だけで媚を売る小娘に、惑わされては駄目だと。
だが彼女は、惑わすどころか控え目に、きちんと私とも線を引いて対応していたではないか。
周りにいる上級貴族の娘の方が、余程媚を売っているではないか。
彼女が欲しい…。
彼女が手に入るなら、王位など何程の事でもないのでは?多分、彼女も貴族の爵位など気にはしないだろう。
例え爵位が必要だとしても、少なくとも大公として兄の下で働けば、彼女を幸せにできる財を手にする事ができる。
私はふと、横を見る。
陰険な、暗い顔で陰謀を語る母上と筆頭侯爵。
もしかしたら、彼等こそが私の幸せを邪魔する障害ではないか?
今度兄の政務を手伝う時、兄に…いや、先に聡明なフレデリカ嬢、義姉上に相談してみるか。
聖女と懇意の仲である彼女なら、聖女キャサリン嬢との仲を取り持ってくれるだろう。
シリウス視点
「それで、ハドルドはフレデリカに相談してきたと。最初から私に相談すれば良いのに」
少し気分が悪いな。これは弟が兄より先に他人を頼った事への苛立ちか、フレデリカと二人きりで相談した事への嫉妬か。両方かな?
「はい、それも聞いてみたのですが、もし兄上が聖女に懸想して側妃に、と考えていたらと思うと不安になったそうです」
思わず笑い出しそうになる。私が、フレデリカ以外の女性に手を出すわけがないのに。
ハドルドとは側妃殿下の影響で、そこまで仲良くしてなかった。最近は政務の肩代わりをして貰い、こちらに取り込もうとしてはいるが。そこまでの私の気持ちを察する事は、まだ無理か。
「確かにキャサリン嬢は魅力的な女性だが、本人にその意思がないし、仮にそうだとしても私がフレデリカを差し置いて、側妃にと望む訳がない」
「殿下…ありがとうございます。しかしお世継ぎを作るのは王族の義務。この娘は、という方がいらしたのなら、私に相談して頂ければ…」
私は向かい側に座っているフレデリカの横に、素早く移動して手を握る。驚いて頬を染めるフレデリカの耳元で呟く様に話し掛ける。
「悪い
「で、殿下…」
今はグレンの奴も外出している。顔を真っ赤にしている可愛らしいフレデリカに、少しぐらいキスとかしても許され…。
「んんっ!…殿下、お嬢様、そこまでです」
2人して横を見ると、いつの間にか、本当にいつの間にかローザ嬢が立っていた。
「申し訳ありません、殿下。グレン様からくれぐれも、くれぐれも殿下の事を見張っておいてくれと頼まれておりまして」
グ、グレン…お前と言う奴は…!!
フレデリカもスッと身なりを調えて僅かに距離を置いた。ここまでか…!
今、私の執務室にハドルドを呼んでいる。
他にはフレデリカと、ローザ嬢だけだ。扉の外にはアーサーを護衛に立たせていて、誰も入らない様に命じてある。
「そ、それでは兄上は、キャサリン嬢を娶るつもりはないと…!」
「そうだよ、ハドルド。そんなつもりはない。だから、お前が私の下について聖女と結婚してくれるなら、こんなに嬉しい事はない」
弟と争う必要がなくなるし、聖女を外部に出さずに済む。私に取ってこれほど素晴らしい事はない。
「そう言う事でしたら、社交休日期間明けの聖女様とのお茶会に、ハドルド殿下もお呼び致しましょう」
「た、助かります、義姉上様!」
嬉しそうに頷くハドルド。思えば、こんなに感情を露にする弟を見るのは、初めてかも知れん。
しかし気になるのが、我々が王家の剣を求めている事が知られている話だ。
公爵家からの情報との事だが、公爵家の誰かがスパイとかは思ってない。どんな情報も、断片的に漏れ出る事がある。
パンをオマケにして貰った、少し手伝って貰った、そんな日常会話の中で。「お嬢様が喜んでいた」「本を探していた」「古代文書について調べていた」メイドや庭師の口から出た、僅かな情報を並べ、誰が?何に?周りはどう動いた?と考察を重ねていけば、真実に近い所までいけるだけだ。
王家の剣の事が知られていると言う事は、グレン達に何らかの手が迫っている可能性が高い。昨日、彼等が出発し、今日は捜索をしているとして、帰るのは明日か明後日…。
アーサーを送る事はできないし、騎士団長に頼んで幾人かの騎士を送って貰うか…。
レイナ嬢がいるから、滅多な事は起きないと思うが。…レイナ嬢と言えば…。
「ハドルド、一つだけヒントをあげよう。聖女様の侍女のレイナ嬢、彼女と仲良くなっておく事だ」
「レイナ嬢…?ああ、そう言えば、騎士と渡り合える武を持った侍女だと。おかしな話ですが」
「その話は正確ではない。正確には、数人の騎士を蹴散らす武人だ」
ハドルドの奴、呆気に取られた顔をしてるな。残念ながら、真実だ。この眼で見ても、幻かと思えたが。
「とにかく、留意しておく事だ。聖女様の腹心でもあるからな」