男爵家に来て2年が過ぎた。
その間、勉強嫌いなお嬢様を何とか宥め、煽て上げて机に向かわせる事はできた。最初はブツブツ文句を言いながら、だけど。
腹パンしたのは反省した。平静を装っていたが、どうにもムカつきが我慢出来なかったみたいだ。お嬢様には本当は関係ない筈なのにな。
…山猿の調教と考えたら、どうにも先に拳がきてしまう。昭和の頭は治さんといかん…。
お嬢様は私と話はする様になったけど、自分はヒロインでこの世界の主人公だ、という考えは治らなかった。まあ、そう言う年頃でもあるか。年齢的にど真ん中だし。
それでも、お嬢様の自信満々の勝ち気な性格は治りはしなかったが、徐々に素直に私と向き合ってくれる日が増えてきた。と言うのも、あくまでも勉強とかの義務以外の言動などを否定しなかったからだと思う。やる事さえやってくれれば、後は話を聞き理解を示し、肯定して感心すれば、段々と気を許す様になったと思う。時間は長くかかったが。
それ以外は、侍女としてお嬢様に仕えた。
侍女の何たるかは全然知らなかったため、屋敷の他のメイドや奥様の侍女の方に頭を下げ、やり方を学んで実践していった。
その内屋敷の方々とは打ち解け、仲間に入らせて貰う事ができた。
そうこうしている内に、お嬢様は貴族として15歳から通う学園に行ける程度には、勉強やマナーのレベルは上がったそうだ。
後は本人のやる気次第。
「おはようございます、お嬢様。朝の準備に参りました」
見た目美少女なんだが、スッゲー寝相のお嬢様を起こす。壁際にベッドを置いているんだが、片足が壁に沿ってそそり立ってやがる。
いや、本当にどうなっているんだ!?
「うーん、後5分…目覚ましはスヌーズに…」
いまだに日本人気分から抜け出せないお嬢様である。
最初から分かってはいたが、言動から日本人の転生者だと気付いていた。
最も、私も転生者である事は話してない。お嬢様は私をモブ認定から変わらないのか、余り突っ込んだ私の事情は聞かないし。
私とお嬢様の関係は現在のところ、侍女とお嬢様で、御学友止まりである。
「お嬢様、今日は聖霊の日ですよ?楽しみにしていたでしょう?」
聖霊の日というのは、この国の宗教的文化の一つで、一般的に大人とされる15歳になる前、14歳の時に教会で受ける儀式の日だ。
神様の使いである聖霊様が降臨して、大人になる子供達へ御加護を与えてくれるらしい。
とはいえ、あくまでも宗教的儀式であり、本物の聖霊様が降臨する事はないのだが…。
この儀式を受けないと一般的に大人として認められないので、全員受ける為に近隣の村からも若者がやってくる。
うーんうーん唸っているお嬢様を尻目に、カーテンを開け窓を全開にする。4月のまだ肌寒い風が部屋の空気を入れ替えてくれる。
「ウヒ〜っ!?寒い!なんで窓を開けるのよ!」
お嬢様は布団を引っ被りながら、文句をタラタラ流してくる。
そう言えば、お嬢様はこの世界を乙女ゲームの世界と言っていたけど、日本で作られたゲームの世界の為かどうか、暦は前世と同じ太陽暦の365日、月はもちろん、1週間や四季も同じで宗教違う筈なのにクリスマスやバレンタインもある。
ついでに言うと、距離や重量の単位まで一緒だ。
最初はそんなものかと流していたが、よく考えたらおかしかった。流石にこの世界の宗教に合わせた行事になっているから、由来を聞くと頭が混乱してきたものだ。
お嬢様の言う様に乙女ゲームの世界だと考えたら、何となく納得できるか…?自分の生きている世界が、ゲームの世界だとは思いたくないが…。
でもそうだとしたら、原作者はもう少し考えろや。ま、余計な世界観の設定を考えるより、分かり易い恋愛イベントを逃さない為だろうけど。
「そうは言いましても、とっくに起きる時間は過ぎてますよ?洗面器をこちらに置いております。先ずは顔をお洗い下さい」
ベッドの際までキャスター付ワゴンを移動させる。上には井戸水を汲んできた洗面器とタオル。
「そうよね、今日は聖霊の日、運命が変わる日なのよ」
何やらブツブツ言いながら顔を洗ったお嬢様の着替えを手伝う。
現在14歳のキャサリンお嬢様は、初めて会った時から更にプロポーションが進化していた。
張りのある艷やかな肌、メリハリのあるボディの上部装甲はツンと上向きに張っていて、口紅塗らなくとも赤い唇は、一種の妖艶さすら感じるほどだ。
夜の蝶になれば、毎日指名ナンバーワン間違いなしだろう。
そのお嬢様を半裸に剥いて着替えを手伝うのは、元男として忸怩たる思いは無きにしもあらず。まあ、慣れたけど。
自分のプロポーションも悪くないと思うんだけどな…。鍛えているから皮下脂肪の下は、筋肉ムキッとしているけど。流石に、ヒロインと言うだけあって勝てやしないな。
着替え終わったら、食堂に案内して給仕を行う。もちろん、私自身は既に賄いを食べており、一緒に食事する事はない。当たり前だが。
「ちょっとレイナ。今日の聖霊の日、あんたも来るんでしょ?」
「はい、態々別の日に行くのも非効率ですので」
もっもっと朝食のパンを頬張りながら、キャサリンお嬢様が問いかける。口に物を入れて喋るのは端ないですよ?
「そう…。今日は凄いもの見せてあげるわ!」
そう言いながらスープで口の中の物を流し込む。凄いものって…乙女ゲームのイベントでもあるのかな?
そのまま、お嬢様の口周りを拭いて食べ終え、2人してグラバス男爵家の家紋が入った馬車に乗り込む。目的の教会は町中にあるので、ホンの10分ほど馬車を走らせたら到着する。
教会の前は聖霊の日に参加する少年少女と付き添いの家族等で、ちょっとした人集りができていた。
その中で一際目立っていたのは、教会の前に停まってる馬車だった。
「ちょっと何よあれ。今日、うちら以外に貴族が来るなんて聞いてないんだけど」
「…そうですね。あの家紋はウォルフ公爵家のものです。公爵家なら、王都か領地の大きな教会で聖霊の日の儀式をする筈ですから、こんな所に居ない筈…ですけど」
家紋については、マナーの勉強の時に散々見て覚えた。特に侯爵以上の貴族や王家の人は、ノート…はないから地面に書いて優先的に覚えた。
間違いない。
「ウォルフ公爵には現在お子様は3名で、歳が近いのは長女の…確か、フレデリカ様」
「ちょっと!フレデリカ・ウォルフって言えば悪役令嬢じゃない!何でこんな田舎にいるのよ!」
「…お嬢様、言葉には気を付けないと、聞かれたら不敬罪で捕まりますよ?」
馬車の中とは言え、声が大きいのだから気を付けて欲しい。巻き添えはゴメンだ。
正確には貴族同士の事だから違うかも知れないけど、公爵家の様な国家規模の相手だと男爵なんて吹いて飛ぶ程度の権威しかないのだから。
「しかし、フレデリカ様は確か一つ歳上で聖霊の日の儀式は去年受けている筈…。他の方でしょうか?」
「知らないわよ、そんなの。悪役令嬢が何でここに…」
まだ来ているのがフレデリカ様とは限りませんよ?そう言うものの、一度決めつけると中々その事が頭から離れないお嬢様。
ガジガジと、持っていた扇子を齧っている。
そんな様子も絵になる…わけもなく、流石にみっともないので止めさせて馬車から降りた。
さて、教会には多数の儀式参加者が参列しているが、こちらは貴族枠なので別室に通される。
優遇措置もあるけれど、実際は貴族と平民が騒動を起さない様にする為の隔離措置でもある。
しかしながら、こんな田舎の町の教会で貴族の為の部屋が複数ある筈もなく…。
「な、何で同じ部屋なのよ…!」
「お嬢様、カテーシーを。あちら側が上位です、お辞儀して動いてはなりません」
そう、居るかもって思われた公爵令嬢が、この教会唯一の貴賓室で待機していたのだ。背後に数名の侍女と、護衛らしき騎士服を着た男を控えさせて。
キャサリンお嬢様はむぐぐっと何か言い出そうとしていたけれど、私が拳を握ると慌ててカテーシーをした。
この場合、上位貴族から声が掛からない限り、下位貴族は挨拶できないのだ。
まだ成人してないのでデビュタントをしてないお嬢様だが、何とか挨拶は様になっていた。
こんな田舎だと隣の貴族領まで馬車で数日とか掛かるし、貴族同士の付き合いに慣れてないからなぁ…。
「あら、ご丁寧にどうも。私はウォルフ公爵家の長女、フレデリカと申します。お名前を教えて頂いても宜しいかしら?」
紺のドレスを纏った、気品溢れる仕草のお嬢様であるフレデリカ様は、こちらの挨拶を確認するとゆっくりと立ち上がり返礼してきた。
ゲームの悪役令嬢が不細工だと話にならないので、美人だと思ってはいたが…。
こちらのお嬢様にも充分に対抗できる、素晴らしい美人さんである。
…いやでも、本当に金髪ロールって存在するんだ…。
「グ、グラバス男爵家の、長女、キャサリンとも、申します。以後、お見知りおきを…」
キャサリンお嬢様はつっかえながらも、何とか挨拶をしました。伏せてる顔は、かなりヒクついていますが。
私?侍女は挨拶なんてしません。路傍の石と同じです。
こうして、ヒロインと悪役令嬢?の出会いは始まったのでした。
「こ、こんな所で悪役令嬢と鉢合うなんて、シナリオはどうなっているのよ!」