王都の大きな教会は分からないが、田舎の小さな教会の造りは簡単なものになっている。
正面入口から入って直ぐが礼拝堂で、教会と言えば此処を思い出す人も多いだろう。両側に長椅子が並べられ、正面の祭壇の上には、この国の信仰対象である羽根の生えた聖霊像。
その右奥の扉から先に進めば、告解を受ける小さな部屋と、今回の精霊の日の儀式を受ける特別室がある。
反対側の左奥の扉は通路を通って貴賓室や神官室があり、更に奥に行くと神官や修道女の生活空間がある。
他の町の教会も、凡そ同じ造りと聞いた事がある。
私達は修道女に案内され貴賓室を出ると、礼拝堂を通って特別室へ向かった。
既に平民の儀式は終わったので礼拝堂には人が少ない筈…なのだが、なんか満員御礼であった。
この町どころか、国中を探しても上位に入るであろう、キャサリンお嬢様を見る為に残っていたらしい。
と言うか、儀式に関係ない親父率が高いぞ。若い者も含めて9割は男じゃないか!?
自己の承認欲求が高めのお嬢様も、貴賓室での出来事もあってドン引き状態である。
私達はそそくさと特別室に入った。
「本日は聖霊の日の儀式へようこそ。少しトラブルもあった様ですが、今日、この日にお嬢様方が聖霊の御加護を得る事ができる事を、大変嬉しく思います」
40を過ぎた神官様が出迎えてくれる。
長年、この町の神官職を務めてくれる神官さんだ。目下の悩みは子供達が王都から帰って来ず、後継者が居ないんだとか。この前お使いで来た時に愚痴られた。
「ありがとう、神官様。早速儀式に入らせて頂いても?」
「ええ、もちろんです。それでは、この場で膝を着き、祈りを捧げて下さい…」
私達は特別室の中央にある祭壇に乗り、目を閉じて祈りを捧げた。神官様が「慈悲深き神の御使いたる聖霊様よ…」と祝詞を唱える。
そろり、と室内に拘らず空気が動いた様な気がした。
神官様の祝詞が滔々と続く室内に、清浄な雰囲気が渦巻いている。おかしい!?ハッと神官様の顔を見れば、こちらの方を見てない、いや無意識の状態っぽい?
パーッと光が充満し、お嬢様を照らし出す!
「き、きたわ!これよ、聖霊様、お願いします〜!!」
お嬢様は一心に祈り続ける。これがお嬢様の言っていたイベント!?
充満していた光がお嬢様の前に集まり、翼持つ人の形を創り出す。そして、何かお嬢様に話し掛けている様だ。
が、私の前にも別の赤い光が集まり、何やら話し掛けてきた。
『力が欲しいか…?』
ふえっ!?何処ぞの金属生命体みたいな事を言い出した!?
『お前の心の中で一番分かり易い単語を拾っている…。今顕在している光と癒しの聖霊と同じ聖霊で、炎と武術の聖霊である。』
…おおっ…。この世界、本当に聖霊様が存在するんだ…。
『その若さにて、詰め込まれた鍛錬度は凄まじいものだ…。我の加護を得るに相応しい…』
あ、いや、前世からの功夫なので…。
『生まれる前から力が欲っするか…。ならば、力をくれてやる。お前がそれを望むのならば、更に、更に、更にぃ!!』
そう言いながら、聖霊様は私が望む望まないに関わらず、強引に力を注入してきた!
体温が急上昇し、心臓が高速ドラムの如く鳴り響く!なのに意識はこれ以上なく鮮明ではっきりしている!
大丈夫だよね!?なんか痣とか出て寿命が25歳までとかならないよね!?
『案ずるな…むしろ肉体的強化により、寿命は延びるだろう…』
あ、はい、そうですか…。
『我の加護がある限り、何処までも精進するのだ、我が使徒よ。行けい!!』
バチン!と音が鳴り、気が付くと神官様の祝詞が終わり、私達は最初の祈りを捧げる姿勢のまま佇んでいた。
「こ、これは…。何と言う事だ、聖霊様の御加護を本当に得た者が現れるとは…!数百年振りの快挙ですよ!直ぐに本部の大司教、いや枢機卿に伝えねば…」
神官様は修道女達を連れて、挨拶もそこそこに部屋から出ていってしまった。
取り残されたのは私達、2人。
「あの、お嬢様?これが言われていたイベント…ですか?」
「そ、そうよ。これで私は聖女認定されるのよ…」
何処か諦め顔で言う、お嬢様。あれ?これを待っていたんじゃ?
「光の聖霊様から…お前は精進が足らんから、これから毎日1人以上、怪我人や病人を癒せ、ですって…。うう、面倒臭さいわ…」
ま、まあ仕方ないんじゃないですかね…?
フレデリカ視点
「お、お嬢様…あの光は…」
宿に戻って外を眺めていると、教会の方角から昼間だというのに眩い光が立ち昇っていた。
侍女達が、呆気に取られてその光を眺めている。
あれが聖霊の光…。
私を破滅に追いやる光…。
私がフォーリングラヴァーズの世界に生まれ変わったと分かったのは、5歳の時だった。
国の名前、王族の名前、そして自分の名前と地位…。間違いなく悪役令嬢として産まれてきたと確信できた。
このままでは破滅への道を進む事になる。
しかし実の所、破滅の一番のフラグである王太子との婚約は産まれる前から決まっていて、私の意思で回避する事は出来なかった。
悩んだ挙句、死亡フラグの王太子を何とかすれば良いのではないか?そう思い至り、王太子の心に寄り添う様な行動を心掛けた。
シナリオの強制力がある事を恐れたが、王太子は腐る事なく立派に成長し、そして私との仲も深くなる事に成功。偶然、隠しキャラにも遭遇し、護衛に抜擢する事にも成功した。
順調…全ては順調に進んでいる…。その筈なのに。
ヒロインが出てきたら、何もかもひっくり返るのではないか?私の味方がヒロインの魅力にやられ、向こうの味方に着くのではないか?
どうしても、その懸念が頭から離れず、とうとう聖霊の儀式を1年遅らせて、恥ずかしいと言う理由でヒロインのいる田舎町に行く事にした。
もしヒロインが普通の娘だったら、王太子さえ狙わないなら放っておこうと思う。手付かずの攻略対象はまだ3人いる。
その上で聖女認定されるなら、父上に相談して公爵家から支援をする事もできる。きっと喜んで頂けるだろうし、もしかしたら良い友人になれるかも…。
しかし、結果は大外れだった。ヒロインもまた、転生者だった。
どうも、この世界をゲームとしか見てなさそうな言動、身分差があるにも関わらず上位に対する酷い態度、そんな原作主人公とはかけ離れているのに、聖女認定だけは原作通りにされている…。
きっと彼女は、自分が幸せになるなら他の人、例えば私が不幸になってもシナリオだからの一言で忘れる事が出来る人…。
あんなのに、あんな人が私の人生を狂わせるなんて許せない!
「少し頼み事をしても良いかしら…?あの男爵令嬢の事を調べて欲しいの。もし、あの光に男爵令嬢が関わっているなら、教会が関与してくるでしょうから慎重にね。それと…」
もう一つの懸念事項。
全く予想外のイレギュラー、あの男爵令嬢の侍女。
「男爵令嬢の侍女も調べて。数日は此処に滞在するから、もし可能なら直に会いたいわ」
彼女は誰なのか。ヒロインの侍女で、あれだけの武力を持って原作に全く関わってないなんて…。そんな事、有り得るの!?
兎に角、調べないと分からないわ。もし脅威になる様なら…原作に居ないキャラなら…その時は…。
炎と武術の聖霊は、弱い者が強者を打ち倒すのが好きなので、力を授けるには下記の条件が必要。
・身体の弱い男性か、女性
・正式な祝詞が必要(この時点でほぼ貴族のみ)
・聖霊の日迄に武を鍛え上げている
・精進を重ねる
この条件を満たす者が少ないので、ほとんど存在自体を知られていない。武術をやる者は大体死ぬまでやるんで、「生涯現役」シャツを着る羽目になる。
ちなみに光の聖霊の条件は下記の通り。
・聖霊の存在と力を信じている女性
・心の有り様が善人側(かなり大雑把)
・今後、使命に邁進する事
聖女になると言う信念みたいなものを持っていれば良いので、聖女が一度生まれると立て続けに聖女になる人が増え易い。
が、使命を果たし続けないといけないので、結婚すると難しくなり聖女の力が無くなり易い。
その為、聖女は乙女のみという伝説ができている。実際は死ぬまで使える。