hololive Lost Story 作:ダニエルズプラン
何かを得るには、何かを失う必要がある。
成功を得るためには、相応の努力という時間を。
自由を得るためには、責任という重圧を。
なら、世界を救うためには?
世界と、そこに生きる大切な人たちの未来を救うためには、一体何を失えばいいのだろう。
答えは、残酷なほどにシンプルだった。
——自分という存在そのものだ。
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2022年12月31日
世間が新しい年へのカウントダウンに沸き、華やかな光に包まれる中、その男はひとり、冬の凍てつく夜風が吹き荒れる工場跡で死闘を演じていた。
戦闘音の主は、二つの異形。
片方は長い柄の両端にそれぞれ逆方向に向いた刃を持つ大鎌を振り回す、灰色の死神——デスイマジン。
そしてもう片方は、緑と黒を基調とした大剣を構え、全身をボロボロに朽ち果てたような赤い装甲で包んだ騎士——仮面ライダーゼロノス・ゼロフォーム。
火花が散る。鉄の焼ける臭いが鼻を突く。
ゼロノス——桜井ユウトは、重い四肢を無理やり動かし、大剣『ゼロガッシャー』を振り下ろした。
だが、その一撃はデスイマジンの鎌によって容易く受け流される。
「…理解できん。例え貴様が私に勝ったとしても、貴様はすでにこの世界には存在できん」
「……」
数回、数十回の鍔迫り合いが起きたとき、ふとデスイマジンが言葉をこぼす。
ユウトは鍔迫り合いを押し切られないように足と腕に力を入れながら、死神の異形の言葉に耳を傾ける。
「貴様はここに至るまでに何百という記憶を代償として私の同胞たちを倒してきた。だが、その姿は別だ」
「ぐっ…!!?」
デスイマジンが力を籠めると、少しずつだがユウトが押し込まれ、足元のアスファルトがミシミシと音を立てて砕けた。
「その姿は、以前の緑の姿とは比べ物にならない力……。だが、その代償はただの記憶程度では割に合わん。お前を覚えている人間が一人消える、そんな生易しいものではないはずだ」
一瞬、デスイマジンが力を抜いた。
するとユウトの体勢が崩れ、デスイマジンはその隙を逃さず大鎌がその胸部を切り裂いた。
「がはっ……!!」
直撃を受けたユウトは大きく吹き飛ばされ、コンクリートの壁に激突する。崩れた瓦礫の中、彼は血の混じった唾を吐き出した。
「ならその代償は何か?簡単なことだ」
デスイマジンは悠然と歩み寄り、よろめきながら立ち上がるユウトに死の宣告を突きつける。
「お前という存在がいたという記憶…。すなわち他者の記憶からの存在自体の抹消、だろう?」
「……」
ユウトは何も答えない。
答えられないのではない。
しかしその沈黙こそが、デスイマジンの言葉が真実であることを認めていた。
「あと何度その姿に変身できるのか。私には正確なことはわからん。しかし……お前を覚えている人間は、もうこの世界に片手で数えるほども残っていないはずだ。あと二、三回ってところか?」
ユウトは答えない。
答えることなく、死神の異形に向けて大剣を構え、マスクの中で自嘲気味に口角を上げた。
「……これで最後だ」
「ほぅ」
ユウトが一言喋り、デスイマジンはその言葉に小さく驚きをこぼす。
ユウトは右手で大剣を地面に突き刺し、震える左手で腰のベルトの左側に取り付けられたカードホルダーを見せつけるように開く。
「神の思し召しってやつかな?ちょうどお前でカードが切れたんだ」
「……」
「それに…」
ユウトはカードホルダーを閉じると大剣を右肩に乗せ直し、左手をバックルのスイッチに伸ばす。
「お前を倒せば全員消えるんだろ?
「……あぁ、そうだとも。私を倒せばこの時代の『特異点』を追う我々の意図も途切れる」
「なら、いいや」
デスイマジンの言葉に赤い騎士は満足そうに頷き、スイッチを押した。
Full Charge!!
電子的な音声が響き渡ると同時に、バックルに挿入されていた赤いカードに凄まじい密度のエネルギーが充填されていく。
そのカードに刻まれているのは、ホロライブの代表、YAGOOこと谷郷の記憶。
ユウトをスカウトし、誰よりも信頼し、背中を預けてくれた「ボス」の中に残る、桜井ユウトという男の断片。
それが消えれば、もうユウトをこの世界に繋ぎ止める鎖は一本も残らない。
「僕という対価で世界と
ユウトはバックルからエネルギーが充填され赤白く発光するカードを抜き取り、右手に持つ大剣のスロットに叩き込んだ。
するとカードから大剣の刀身に赤いエネルギーが伝わっていき、刀身が真っ赤な熱を帯びて空間そのものを焼き切るような波動を放つ。
そして大剣を両手に持ち直し右脇に構えた。
「…確信した。貴様は異常だ。だが……貴様のその精神には敬意を示そう。故に、全力で貴様を潰すとしよう」
デスイマジンの大鎌にも、漆黒の力が収束していく。
もはや両者の間に言葉はない、2体の間には緊張が張り詰め、それが最高潮に達したとき―――
「「ッ!!」」
二つの影が同時に駆け出し、火花を散らして交差する。
「ウオォォォォ!!」
ユウトは身を滑らせ、頭上を通過する鎌の軌道を最小限の動きで回避した。
元々ユウトの体があった場所をデスイマジンが大きく振った大鎌が通り抜け、その風圧が彼の頭を強くなでる。
しかし死の淵にあるからこそ、その動きは研ぎ澄まされていた。
彼はその勢いのまま全力で大剣を振り抜く。
紅蓮のエネルギーがAの文字を描き、デスイマジンの胴体を、魂を、そしてイマジンという種がこの時間に干渉する因果を、根こそぎ断ち切った。
「……見事だ」
デスイマジンが満足げな遺言を残すと、その体は大きく爆散した。
無数の戦闘音が響いていた工場跡に、静寂が戻る。
赤い騎士は大剣を振り抜いた体勢からゆっくりと立ち上がり、ユウトは大剣からカードを抜き取る。
すると彼の身体を覆っていた錆びたアーマーが、砂のように崩れて夜風に溶けていった。
「終わった……か」
ユウトの手には先ほど抜いたばかりのカードが握られており、カードには少しずつヒビが入り始めていた。
それは本来、変身解除後には砕け散るはずのものだった。
「…いつもはすぐに砕けるのに、気まぐれってやつ?」
青年はそのカードを胸ポケットにしまうと、重い足取りで工場跡にひとりでに入ってきたバイクに跨る
「多分、待っててくれてるんだろ。…俺がお別れを言えるように」
胸ポケットのカードが答えるように、かすかな光を放つ。
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2022年の東京。
12月31日の深夜は、どこか浮き足立った空気に満ちている。
バイクを走らせながら、ユウトは流れる街並みを眺めていた。
あちこちの巨大ビジョンには、ホロライブのタレントたちの姿が映し出されている。
カウントダウンライブ。
彼女たちの輝きは、今や世界を席巻していた。
ユウトは思い出す。
まだ誰も自分たちを知らなかった頃のことを。
谷郷にスカウトされ、小さな事務所のマネージャーとして採用されたあの日。
0期生——ときのそら、ロボ子さん、さくらみこ、星街すいせい、AZKi。
彼女たちの機材を運び、スケジュールを管理し、時には共に悩み、時には配信のトラブルに頭を抱えた。
イマジンが現れたのは、そんな日常の裏側だった。
人々の記憶に憑依し、過去を改変しようとする侵略者。
それと戦えるのは、時間を越える力を持つカードを持つ者だけ。
ユウトは迷わず、そのカードを手に取った。
変身するたびに、人々の記憶から自分が消えていく。その代償を知りながらも。
最初は、見知らぬスタッフからの「君、誰だっけ?」という言葉だった。
次は、担当していた後輩タレントたちからの「新しいマネージャーさんですか?」という挨拶。
そして遂には、0期生たちの記憶からも、彼の存在は消えていった。
それでも彼は戦い続けた。
彼女たちの「明日」を守ることが、彼にとっての唯一の誇りだったから。
バイクを止めたのは、見慣れたビルの前だった。
ホロライブの事務所。
ここに来るのも、これが最後になるだろう。
「…お前にも、ずいぶん世話になったな」
バイクのタンクを軽く叩く。
彼が降りると同時に、バイクは淡い白光に包まれ、静かに霧散していった。
変身の力、そしてそれを維持するためのユウトの「繋がり」が、もう限界を迎えていた。
いつものように階段を上り、いつものように事務所のドアの前に立つ。
インターホンを押すと、中から賑やかな声が漏れてきた。
『は~い! ちょっと待ってくださ~い』
『え、誰か何か頼んでる?』
『白上は頼んでないですよー』
フブキの声だ。
彼女たちの日常は、今日も変わらず温かい。
「まったく……大晦日だからって、なにも事務所に集まらなくてもいいだろうに……」
ユウトは苦笑し、一瞬だけ自分の顔を整えた。
悲しみはポケットの奥に隠し、まるで最初の日のように。
ガチャリと鍵が開く。
扉を開けて顔を出したのは、茶髪のロングヘアに星形の髪飾りをつけた少女——ときのそらだった。
「……すいませーん、お待たせしました」
彼女の瞳には、見知らぬ来客への丁寧な困惑だけが浮かんでいた。
ユウトの胸を、鋭い痛みが突き抜ける。
彼女の初配信の時、緊張する彼女の背中を叩いたのは自分だった。
彼女が初めて横浜アリーナに立った時、舞台袖で一番に拍手を送ったのは自分だった。
「あ、わざわざすいません。私、こちらの代表の谷郷さんはいらっしゃいますか?」
「いますけど…。すいません、お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
そらの言葉に、ユウトの表情がわずかに曇る。
だが、彼はすぐに柔らかな笑みを浮かべた。
「僕は……僕は桜井ユウトです」
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「どうぞ、入ってください。……谷郷さん、お客様です」
ときのそらに促され、ユウトは一歩、事務所の奥へと足を踏み入れた。
そこには、デスクで作業をしていた谷郷元昭——YAGOOがいた。彼はユウトの姿を認めると、懐かしい友人に会ったかのような、柔らかく、そして安堵した表情で椅子から立ち上がった。
「……ああ、桜井くん。無事だったんだね。おかえり」
その温かい言葉は、戦いでボロボロになったユウトの心に深く染み渡った。だが、ユウトはそれを微笑みで受け取ることはしなかった。彼は無言のまま、胸ポケットからひび割れた赤いカードを取り出し、机の上に静かに置いた。
「…桜井、くん?」
谷郷の表情が凍りついた。
赤いカードから溢れ出す無数の火花。それが散るたびに、谷郷の脳裏にある「桜井ユウト」という男の輪郭が、砂の城が波にさらわれるように崩れていく。
「なっ…!?これは、まさか…!?。待ってくれ、私はまだ君を……!」
「お邪魔するよ、谷郷さん。…時間はもう、ないみたいだから」
ユウトは谷郷の言葉を遮った。谷郷は自身の記憶が急速に欠落していく恐怖に抗いながら、震える手で内線電話とチャットツールを操作した。
「…みんなっ、全員、今すぐここへ集まってくれ! 0期生からHoloXまで、スタッフも、Aちゃんもっ…全員だ! 急げ!!」
谷郷の悲鳴に近い号令に、事務所内が騒然となった。
スタジオにいた者、休憩室にいた者、そして作業中だったスタッフたち。
最初に駆け込んできたのは、親友であり戦友でもあったスタッフの友人A(Aちゃん)だった。続いて、ときのそらを中心に、続々と少女たちが集まってくる。
「え、谷郷さん!? どうしたんですか、そんなに慌てて……」
「この人は…? さっきの、桜井さん?」
集まった彼女たちは、谷郷の横に立つユウトを訝しげに見つめていた。
彼女たちの中に、もう彼の記憶はない。かつて共に泣き、笑い、支え合った日々は、すでに歴史の彼方に消え去っている。
だが、ユウトはそんな彼女たちの視線に、この上なく愛おしげな、そしてどこか誇らしげな微笑みを向けた。
「……元気そうでよかった。最後に、もう一度だけ顔が見たかったんだ」
ユウトは、机の上の赤いカードが崩壊を始めたのを感じ取った。足元から、微かな光の粒子が立ち上り始める。
彼は決意を固めるように拳を握ると、目の前に並ぶ少女たちを、端から一人ひとり指さしていった。
それは、彼がマネージャーとして行ってきた、最後で最高の「点呼」だった。
「…そら。お前がホロライブの光だ。その輝きを絶やすな。ロボ子、お前はそのままでいい。みこ、お前はもうエリートだ、胸を張れ。すいせい、お前の歌はいつか世界を黙らせる。AZKi、お前の地図はどこまでも続いてる」
0期生の面々が、見知らぬ青年に名前を呼ばれ、目を見開く。ユウトの瞳からは、大粒の涙がこぼれ落ちていた。
「…メル、カプかぷって笑ってろ。フブキ、お前がみんなを繋ぐ柱だ。まつり、お前の元気は事務所の宝だ。アキ、お前のダンスは誰よりも美しい。はあと、お前は最強だ、何にも負けるな」
1期生たちの名前を呼ぶユウトの声は、次第に熱を帯びていく。
「…あくあ、お前はもう一人じゃない。シオン、その生意気さがみんなを救う。あやめ、お前の笑顔は余の……いや、人類の癒やしだ。ちょこ、お前はみんなのお姉さんでいてくれ。スバル、お前の声は最高の応援歌だ」
2期生たちが、理由のわからない焦燥感に胸を締め付けられ、互いの手を握りしめる。
「…ミオ、お前は最高の家族だ。おかゆ、ころね、二人でずっと笑ってろ。…ぺこら、お前の笑い声が明日を作る。フレア、お前がみんなを包んでやれ。ノエル、お前の強さは優しさだ。マリン、お前の航海は始まったばかりだ」
ゲーマーズ、3期生。彼女たちの瞳にも、なぜか涙が浮かび始めていた。
「…かなた、その翼でどこまでも飛べ。わため、お前の歌は止まらない。トワ、お前は誰よりも天使だ。ルーナ、お前はみんなの姫だ。……ココ、お前が残した絆は、今もここにあるぞ」
4期生。卒業していった魂にまで言葉を届けるユウトの姿に、彼女たちは「誰だか思い出せないけれど、この人を失ってはいけない」という強烈な本能に突き動かされていた。
「…ラミィ、お前の優しさがみんなの薬だ。ねね、お前は最高のアイドルだ。ぼたん、その強さで守ってやれ。ポルカ、お前はこのサーカスの座長だ」
5期生たちの肩が震える。
「…ラプラス、お前がいつか世界を征服しろ。ルイ、お前がみんなの支えだ。こより、その好奇心を忘れるな。沙花叉、お前はお前のままでいろ。風真、その義を貫け」
6期生――HoloXの面々を見渡し、最後に彼は自分を支えてくれたスタッフたちを見つめた。
「…Aちゃん。あいつらのお守り、頼んだぞ?俺の代わりに、しっかり支えてやってくれ」
「っ、あなた、は……誰、なの? なんで、私の名前を…!」
Aちゃんの問いに、ユウトは答えなかった。
赤いカードは、今やその半分以上が灰となって消え、ユウトの身体も足元から透け始めていた。
ユウトは最後に、自分をこの場所へ呼び寄せてくれた恩人に向き直った。
「…谷郷さん」
その名を呼んだ瞬間、赤いカードは完全に砕け散った。
谷郷の中から、桜井ユウトという男の存在を証明する最後のピースが失われた。
ユウトの身体は、腰のあたりまで光の粒子に変わり、夜の空気に溶け出していく。
「あ…ああっ……!」
タレントたちが、スタッフたちが、驚愕のあまり声を上げる。
目の前の青年が、世界から切り離されようとしている。その光景は、彼女たちの魂に刻まれた「忘れたくない何か」を激しく揺さぶった。
ユウトは、消えゆく意識を繋ぎ止め、涙に濡れた顔で、しかし満面の笑みを浮かべて叫んだ。
「本当に……!ホロライブのみんなに出会えて、よかった! 本当に、ありがとうございました!!」
その言葉を最後に。
眩い赤い光が事務所を包み込み、次の瞬間――。
そこには、誰もいなかった。
静寂が戻った事務所。
ユウトが立っていた床の上には、一枚のカードだけが残されていた。
それは、彼がこれまでに何度も使ってきた、錆びていない鮮やかな緑色のカード。
「……う、ううっ…」
誰かが、声を上げて泣き出した。
それが誰だったのかはわからない。そらだったかもしれない、みこだったかもしれない、谷郷だったかもしれない。
いや、そこにいた全員だった。
彼女たちは、なぜ自分たちが泣いているのか、その理由を説明することができなかった。
さっきまでそこに誰がいたのか、どんな名前だったのか、自分たちに何を言ってくれたのか。
記憶は完全に抹消され、記録すらも改変された。
けれど、彼女たちの心には、確実に、刻まれていた。
自分たちを誰よりも愛し、守り、そして人知れず去っていった「誰か」がいたという、消しようのない喪失感。
2023年へのカウントダウンが始まる喧騒の中、ホロライブの事務所には、いつまでも少女たちの慟哭が響き続けていた。
床に残された緑のカードだけが、かつてここに一人の英雄が存在した唯一の証拠として、静かに月光を反射していた。