hololive Lost Story   作:ダニエルズプラン

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第15話 尋問・ザ・ゲーマーズ

 オルタナティブシティの空に、夕暮れの色が滲み始めていた。

 

 高層ビル群の窓が橙色に染まり、空中回廊を行き交う人々の影が長く伸びていく。魔導飛行船の航跡は淡い金色に輝き、昼の喧騒を少しずつ夜の灯りへと引き渡していた。

 

 その街角で、桜井ユウトは小さく頭を下げた。

 

「今日は、ありがとうございました」

 

 彼の前には、谷郷元昭。

 

 その左右には、さくらみこと星街すいせい。

 

 そして少し離れたところに、白上フブキ、大神ミオ、猫又おかゆ、戌神ころねがいた。

 

 総勢七人。

 

 ホロライブの代表と、世界的に知られるトップ冒険者たち。

 

 普通の高校生なら、同じ空間にいるだけで胃が痛くなるような面々だ。

 

 実際、ユウトも少し疲れていた。

 

 記憶のない自分の過去。

 

 谷郷から聞かされた前世の話。

 

 みことすいせいの相変わらず距離感の壊れた接触。

 

 そして、突然現れたゲーマーズ四人との再会――彼女たちにとっては再会、自分にとっては初対面。

 

 一日で受け止めるには、あまりにも情報量が多かった。

 

「桜井くん、無理はしないように」

 

 谷郷が穏やかに言った。

 

「今日は本当に色々あった。帰ったら、しっかり休んでほしい」

 

「はい。そうします」

 

 ユウトは素直に頷いた。

 

「学校もありますし、あまり遅くなるわけにもいかないので」

 

 その言葉に、ころねが少しだけ寂しそうに眉を下げた。

 

「そっか……ユウトさん、学生さんなんだもんね」

 

「はい。一応、高校三年生です」

 

「一応じゃなくて、ちゃんと高校三年生にぇ」

 

 みこがすかさず口を挟む。

 

「夜更かしはだめだからにぇ。帰ったらちゃんとご飯食べて、お風呂入って、早く寝るのら」

 

「みこに生活指導される日が来るとは思いませんでした」

 

「どういう意味にぇ!?」

 

「そのままの意味です」

 

「ユウト、最近みこへのツッコミが鋭くなってるにぇ!」

 

 みこはぷくっと頬を膨らませる。

 

 すいせいが隣でくすくす笑った。

 

「いい傾向だよ、みこち。ユウトさんのツッコミ、かなり戻ってきてる」

 

「戻ってきてるという表現が正しいかは分かりませんけど」

 

 ユウトは苦笑した。

 

 その苦笑は、数週間前の彼なら見せなかった柔らかさを含んでいた。

 

 ゲーマーズの四人は、その表情を静かに見ていた。

 

 ころねは、今にも駆け寄って抱きつきたいのを必死に堪えている。

 

 おかゆは眠たげな顔をしているが、その視線はずっとユウトの胸元の懐中時計を捉えていた。

 

 ミオは優しく見守るような眼差しを向けている。

 

 フブキは笑顔を浮かべながらも、頭の中では別の計算をしているようだった。

 

「では、僕はこれで」

 

 ユウトはもう一度、全員に向かって頭を下げた。

 

「また、連絡します」

 

「絶対に連絡するにぇ!」

 

「既読無視したら、すいちゃんが泣くよ?」

 

「泣くんですか?」

 

「泣くかもしれない」

 

「それは困るので、ちゃんと返します」

 

「よろしい」

 

 すいせいが満足げに頷く。

 

 ころねも、両手を胸の前で握った。

 

「あ、あの、ユウトさん!」

 

「はい」

 

「ころねも……その、連絡先……」

 

 ころねが言い切る前に、フブキがするりと前へ出た。

 

「そうですねぇ。ゲーマーズ一同、ユウトくんと連絡先を交換したいところですが」

 

 その瞬間、みことすいせいの表情が露骨に強張った。

 

「フブキちゃん?」

 

「何かな、みこさん?」

 

「い、今はユウトも疲れてるし、連絡先交換はまた今度でもいいんじゃないかにぇ?」

 

「そうそう。今日は負担が多かったし、また落ち着いた時に」

 

「へぇ」

 

 フブキが笑う。

 

 目は笑っていない。

 

「みこさんとすいちゃんは、いつ交換したんでしたっけ?」

 

「……」

 

「……」

 

 沈黙。

 

 ユウトはその空気を見て、少しだけ察した。

 

 これは、自分が深入りしない方がいい種類の話だ。

 

 ミオが柔らかく間に入る。

 

「まあまあ。今日は本当にユウトくんも疲れてるだろうし、連絡先はまた次にしようか」

 

「ミオしゃ……」

 

 みこが救われたような顔をした。

 

 だが、ミオはにっこりと続ける。

 

「その代わり、みこちゃんとすいちゃんには、あとでじっくり事情を聞くからね」

 

「にぇ……」

 

「すいちゃん、収録が……」

 

「大丈夫。事務所まで一緒に行こうね」

 

「……はい」

 

 すいせいが静かに観念した。

 

 ユウトは、やはり深入りしないことにした。

 

「それでは、本当に失礼します」

 

「ああ。気をつけて帰って」

 

 谷郷が言う。

 

「また話そう、桜井くん」

 

「はい。谷郷さん」

 

 その呼び方に、谷郷の目元がわずかに緩んだ。

 

 ユウトは最後にもう一度だけ軽く会釈をすると、駅へ向かって歩き出した。

 

 その背中を、七人は見送った。

 

 黒い学生服の背中。

 

 制服の胸元で揺れる、黒い紐。

 

 歩くたびに微かに鳴る、銀色の懐中時計。

 

 チ、チ、チ、チ――。

 

 その音が遠ざかっていく。

 

 ころねが、小さく手を振った。

 

「……またね、ユウトさん」

 

 ユウトには聞こえていない。

 

 それでも、彼女はそう言わずにはいられなかった。

 

 やがてユウトの姿が人混みに紛れて見えなくなる。

 

 その瞬間。

 

 空気が変わった。

 

「さて」

 

 白上フブキが、にこりと笑った。

 

「では、行きましょうか」

 

「どこににぇ?」

 

 みこが一歩後ずさる。

 

「もちろん、事務所ですよ?」

 

 フブキは笑顔のまま言った。

 

「ホロライブ緊急査問会議です」

 

「査問って言ったにぇ!?」

 

「会議です」

 

「今、絶対に査問って言った!」

 

「気のせいですよぉ」

 

 大神ミオが、すっとみこの肩に手を置いた。

 

「みこちゃん」

 

「ミ、ミオしゃ……?」

 

「逃げないよね?」

 

「……はい」

 

 反対側では、おかゆがすいせいの隣に立っていた。

 

「すいちゃんも、逃げないよねぇ?」

 

「……逃げないよ」

 

「ならよかった」

 

 おかゆは柔らかく笑った。

 

 だが、すいせいの額にはわずかに汗が浮かんでいた。

 

 谷郷は、そんな彼女たちを見て、小さく息を吐いた。

 

「私も同席しよう。今回の件は、代表として整理しなければならない」

 

「当然です」

 

 フブキが即答した。

 

「YAGOOにも、もちろん聞きたいことがありますので」

 

「……私にもかい?」

 

「はい」

 

 フブキの笑顔が深まる。

 

「ついでに」

 

「ついで……」

 

 谷郷は少しだけ遠い目をした。

 

 今日の会議の主目的が、もうすでに明らかだった。

 

 miCometへの尋問。

 

 そして、ついでにYAGOOへの尋問。

 

 議題としては「他のタレントにどう説明するか」が掲げられる予定だが、どう考えても尋問の方が本命である。

 

 ホロライブの夜は、まだまだ長くなりそうだった。

 

 ~~~~~~~~

 

 ホロライブプロダクション事務所。

 

 オルタナティブシティ中心部にありながら、外観だけ見れば驚くほど地味なビル。

 

 巨大な看板も、派手な魔導広告もない。

 

 知らない者が見れば、何の変哲もない中小企業のオフィスにしか見えないだろう。

 

 だが、その内側に足を踏み入れれば、話はまったく違う。

 

 最先端の配信設備。

 

 冒険者ギルドとしての作戦室。

 

 レッスン用スタジオ。

 

 魔導通信室。

 

 高位結界によって守られた応接フロア。

 

 この世界におけるホロライブの心臓部。

 

 その一室、普段は戦略会議や重要な打ち合わせに使われる大会議室に、重苦しい空気が漂っていた。

 

 長机の片側に座っているのは、さくらみこと星街すいせい。

 

 そして、その少し横に谷郷元昭。

 

 対面には、白上フブキ、大神ミオ、猫又おかゆ、戌神ころね。

 

 机の中央には、魔導録音用の水晶球が置かれている。

 

「……これ、録音する必要あるにぇ?」

 

 みこが恐る恐る尋ねる。

 

 フブキは満面の笑みで答えた。

 

「議事録は大事ですから」

 

「議事録っていうか、取り調べの記録みたいなんだが」

 

「会議ですよ」

 

「絶対違うにぇ……」

 

 すいせいは腕を組んで、平静を装っていた。

 

 しかし、指先が落ち着きなく動いている。

 

 おかゆがそれを見て、くすりと笑った。

 

「すいちゃん、緊張してる?」

 

「してない」

 

「そっかぁ」

 

「してないから」

 

「二回言ったね」

 

「してない」

 

「三回目」

 

「……おかゆ先輩、今日ちょっと意地悪じゃない?」

 

「そうかなぁ。僕、普通だよ」

 

 普通ではない。

 

 少なくとも、すいせいはそう思った。

 

 大神ミオが、会議室全体を見渡してから、穏やかに口を開く。

 

「じゃあ、始めようか」

 

 その声で、一同の視線がミオに集まった。

 

 ミオは優しい。

 

 穏やかで、面倒見がよく、ホロライブの中でも多くのメンバーから頼られている。

 

 だが、今のミオは優しいだけではなかった。

 

 逃げ場を塞ぐ包囲網の中心にいる、狼のような静かな圧があった。

 

「今日の議題は二つ」

 

 ミオは指を二本立てる。

 

「一つ目。ユウトくんの現状について、私たちが把握している情報を整理すること」

 

「はい」

 

 谷郷が頷く。

 

「二つ目」

 

 ミオは、みことすいせいを見る。

 

「みこちゃんとすいちゃんが、いつ、どこで、どのようにユウトくんと接触し、なぜそれを他のメンバーに共有しなかったのかを確認すること」

 

「尋問だにぇ!」

 

「確認だよ」

 

「言い方が優しいだけにぇ!」

 

 フブキが横からにこにこと続ける。

 

「ちなみに、白上としては二つ目の議題を重点的に進めたいと思っています」

 

「本音が漏れてるにぇ!」

 

「隠してませんから」

 

「余計に怖い!」

 

 ころねが、机に両手を置いて身を乗り出した。

 

「みこちゃん、すいちゃん」

 

「こ、ころね……?」

 

「ユウトさんに会ったんだよね?」

 

「……会ったにぇ」

 

「話したんだよね?」

 

「……話したよ」

 

 すいせいが答える。

 

「連絡先も交換したんだよね?」

 

「……」

 

「……」

 

「交換したんだよね?」

 

 ころねの声は震えていた。

 

 怒っているというより、寂しさと悔しさが滲んでいる声だった。

 

 その声に、みこもすいせいも言い逃れできなくなった。

 

「……したにぇ」

 

「した」

 

 ころねの耳がしゅんと下がった。

 

「ころねも、したかったよぉ……」

 

 その一言は、鋭かった。

 

 怒鳴られるより、責められるより、ずっと堪えた。

 

 みこが顔を伏せる。

 

「ご、ごめんにぇ……」

 

 すいせいも、小さく息を吐いた。

 

「ごめん、ころね先輩」

 

「ユウトさんに会いたかったの、みこちゃんたちだけじゃないんだよ……」

 

 ころねの目には、涙が浮かんでいた。

 

「ころねも、おかゆも、フブキもミオも、みんなずっと会いたかったんだよ。ずっと探してたんだよ。やっと見つかったのに、知らないところで先に会って、連絡先まで交換してたって知ったら……寂しいよ」

 

 会議室に、重い沈黙が落ちた。

 

 みことすいせいは、何も言えなかった。

 

 自分たちがしたことの理由はある。

 

 ユウトを独占したかった。

 最初のアドバンテージを手放したくなかった。

 前世でときのそらに勝てなかった「一番」の座を、今度こそ取りたかった。

 

 それは本音だ。

 

 けれど、それを目の前で涙ぐむころねに言えるほど、二人は図太くなりきれなかった。

 

「……ごめん」

 

 最初にそう言ったのは、すいせいだった。

 

「本当に、ごめん。ころね先輩」

 

「すいちゃん……」

 

「私、ユウトさんが記憶を失ってるって分かった時、すごく悲しかった。すごく怒った。でも、そのあと……嬉しいって思っちゃった」

 

 フブキの耳がぴくりと動く。

 

 おかゆが目を細める。

 

 ミオは黙って続きを促した。

 

「前の世界で、ユウトさんの一番近くにいたのは、そら先輩だった。私たちがどれだけ想っても、そこは変えられないって分かってた。でも、今のユウトさんは全部忘れてる。そら先輩のことも、私たちのことも」

 

 すいせいは、自嘲するように笑った。

 

「だから、思っちゃったんだよ。今なら、最初から刻み直せるんじゃないかって。私が、ユウトさんの一番になれるかもしれないって」

 

 みこも、ぎゅっと拳を握った。

 

「みこも……同じこと思ったにぇ」

 

 声が震えていた。

 

「最低だって分かってる。でも、ユウトがみこのことを忘れてたのはすっごく悲しかったのに、同時に、チャンスだって思っちゃった。今度こそ、みこが一番になれるかもしれないって」

 

「……」

 

「だから、みんなに言いたくなかった。言ったら、みんなが一斉にユウトのところに行くって分かってたから。そしたら、みこたちの入る隙間なんてなくなるって……」

 

 みこは、ぽろぽろと涙を零した。

 

「ごめんにぇ。ほんとに、ごめん。でも……みこ、ユウトのこと、もう二度と誰かに取られたくなかったんだにぇ……」

 

 会議室が静まり返る。

 

 フブキの笑顔が、少しだけ薄れた。

 

 おかゆも、いつもの眠たげな表情の奥で、何かを考えるように視線を落としている。

 

 ころねは泣きそうな顔のまま、みことすいせいを見ていた。

 

 ミオが、静かに息を吐く。

 

「……正直に言ってくれてありがとう」

 

「ミオしゃ……」

 

「怒ってない、とは言わないよ」

 

 ミオは穏やかに言った。

 

「みこちゃんたちの気持ちは分かる。でも、隠された側の気持ちも分かってほしい。私たちも、ユウトくんに会いたかった。ありがとうって言いたかった。ごめんねって言いたかった」

 

「……うん」

 

「それに、今のユウトくんは記憶がない。私たちの感情だけで一斉に押しかけたら、彼を壊してしまうかもしれない」

 

 その言葉に、全員が黙った。

 

 ユウトは、高校三年生の少年だ。

 

 前世では世界を救った英雄だったかもしれない。

 

 けれど今の彼は、過去を失い、自分が何者なのかも分からないまま、必死に日常を生きている。

 

 そこに、記憶を持ったホロライブメンバー全員が一気に押しかければどうなるか。

 

 嬉しいだけでは済まない。

 

 愛情も、後悔も、罪悪感も、感謝も。

 

 すべてが一度に彼へ押し寄せれば、それは救いではなく暴力になりかねない。

 

「だからこそ、ちゃんと決めないといけない」

 

 ミオは言った。

 

「誰が、いつ、どの順番で、どうやってユウトくんに会うのか。どこまで話すのか。ユウトくん本人の意思をどう尊重するのか」

 

「……ミオの言う通りだ」

 

 谷郷が静かに口を開いた。

 

「私も、今日彼と話して改めて思った。彼はまだ、多くを受け止めきれる状態ではない。思い出したい気持ちはある。だが、無理に過去を押し込めば、今の彼を傷つける」

 

 フブキが谷郷を見る。

 

「YAGOO」

 

「何かな」

 

「YAGOOは、みこさんたちが先にユウトくんと会ってたこと、どこまで知ってました?」

 

 部屋の空気が、再び尋問の色を帯びた。

 

 谷郷が一瞬、目を閉じる。

 

「……報告は受けていた」

 

「いつ?」

 

「彼女たちがさくら神社で彼に会った後だ」

 

「つまり、YAGOOは知ってたんですね」

 

「そうなる」

 

 フブキの笑顔が深くなる。

 

「で、私たちには?」

 

「……伝えていなかった」

 

「なるほど」

 

 フブキは頷いた。

 

「ついでの尋問、始めましょうか」

 

「ついでではなかったのかい?」

 

「本命その二です」

 

「増えたね」

 

 みこが小声で呟く。

 

「YAGOOも道連れにぇ……」

 

「みこち、ちょっと嬉しそう」

 

「そ、そんなことないにぇ」

 

 おかゆが、谷郷へ柔らかく問いかける。

 

「谷郷さんは、なんで共有しなかったんですか?」

 

 その声は責めるというより、確認に近かった。

 

 谷郷は、少し考えてから答える。

 

「彼に会う前に、情報が広がることを避けたかった。君たちが彼を想う気持ちは分かっている。だからこそ、全員が一斉に動けば、彼に負担をかけると思った」

 

「それは分かります」

 

 ミオが頷く。

 

「でも、みんなが納得する説明が必要だったかもしれませんね」

 

「ああ。その点は私の判断不足だった」

 

 谷郷は素直に頭を下げた。

 

「すまない」

 

 フブキはしばらく谷郷を見ていた。

 

 やがて、ふっと息を吐く。

 

「……まあ、YAGOOがそう判断した理由は分かります。白上でも同じ状況なら、たぶん迷うと思うので」

 

「フブキ……」

 

「ただし」

 

 フブキは指を一本立てた。

 

「これからは共有してください。少なくとも、ゲーマーズと0期生だけでなく、関係者全員に対して方針は示すべきです」

 

「その通りだ」

 

 谷郷は頷いた。

 

「この後、全体への説明方針を決めよう」

 

「そこです」

 

 ミオが、会議の本来の議題へ戻すように言った。

 

「問題は、他のタレントたちにどう説明するか」

 

 おかゆが机に頬杖をつく。

 

「全部言う?」

 

「全部言ったら、たぶん事務所が爆発するよぉ」

 

 ころねがぽつりと言った。

 

「そら先輩、すぐ飛んで来そう」

 

 すいせいが言う。

 

「フブキ先輩たちも来たし、他のみんなも絶対来る」

 

「マリンちゃんとか、号泣しながら船飛ばしてくるにぇ」

 

「ノエルちゃんはもう見つけてる側だから、今すぐ走り出しそう」

 

「ラプラスちゃんも騒ぎそうだねぇ」

 

「holoXは組織力で動く可能性があるにぇ……」

 

「それはそれで怖い」

 

 全員が、想像して少し黙った。

 

 ホロライブ全タレントが、記憶を失ったユウトの存在を知る。

 

 その瞬間、何が起きるか。

 

 考えるまでもない。

 

 涙。

 

 歓喜。

 

 後悔。

 

 暴走。

 

 押しかけ。

 

 争奪戦。

 

 そして、おそらく事務所のスケジュール崩壊。

 

「……段階的に説明するべきだろう」

 

 谷郷が言った。

 

「まずは、彼が発見されたこと。だが現在、前世の記憶を失っていること。そして、彼は今この世界で高校生として生活していること」

 

 ミオが頷く。

 

「接触には制限を設ける必要があるね」

 

「うん」

 

 フブキが腕を組む。

 

「いきなり押しかけ禁止。個別接触もYAGOOの許可制。連絡先交換も当面は禁止」

 

「えっ」

 

 みことすいせいが同時に声を上げた。

 

 フブキが即座に二人を見る。

 

「既得権益を主張する顔ですね」

 

「そ、そんなことないにぇ」

 

「すいちゃんは何も言ってない」

 

「顔に出ています」

 

「……」

 

「……」

 

 おかゆがくすくす笑う。

 

「でも、もう交換しちゃった二人の扱いはどうする?」

 

 ミオが考える。

 

「取り上げるのは現実的じゃないかな。ユウトくん本人が望んで返信しているなら、無理に切るのも違うし」

 

「そうにぇ! ユウトはちゃんと返信してくれてるにぇ!」

 

「すいちゃんへの返信も丁寧だよ」

 

「自慢しない」

 

 フブキがぴしゃりと言う。

 

「ただし、メッセージの頻度は制限した方がいいと思います」

 

「にぇ!?」

 

「え?」

 

「一日に何十件も送るのは、学生の負担になります」

 

 ミオが穏やかに言った。

 

「授業もあるし、友達付き合いもある。ユウトくんの日常を大切にするって話だったよね?」

 

「……はい」

 

 みこがしゅんとする。

 

「……分かりました」

 

 すいせいも小さく頷いた。

 

 ころねが、少しだけ羨ましそうに二人を見る。

 

「ころねも、いつかユウトさんにメッセージ送りたいなぁ……」

 

「順番を決めよう」

 

 ミオが言った。

 

「ユウトくんの負担にならない形で、少しずつ会えるようにする。そのためのルールを作る」

 

「ルールかぁ」

 

 おかゆが呟く。

 

「ゲームみたいだねぇ」

 

「攻略対象はユウトくんですか?」

 

 フブキが冗談めかして言う。

 

 その瞬間、みこ、すいせい、ころねの目がわずかに光った。

 

 ミオが即座に机を軽く叩く。

 

「そういう方向にしない」

 

「はい」

 

「はいにぇ」

 

「はぁい……」

 

 谷郷が、少し疲れた顔でこめかみを押さえた。

 

「先が思いやられるね」

 

「YAGOO」

 

 フブキがにっこり笑う。

 

「あなたが作ったホロライブですよ」

 

「……そうだったね」

 

 谷郷は諦めたように笑った。

 

 それは、疲労と、少しの懐かしさが混じった笑みだった。

 

 昔も、こうだったのかもしれない。

 

 騒がしくて。

 

 収拾がつかなくて。

 

 それでも、どこか温かい。

 

 そんな場所を、ユウトは支えていたのだろう。

 

 そして今、そのユウトは何も覚えていない。

 

 だが、彼は戻ってきた。

 

 不完全でも。

 

 記憶を失っていても。

 

 高校生として別の日常を生きていても。

 

 確かに、この世界に存在している。

 

「では、方針をまとめよう」

 

 谷郷が言った。

 

「第一に、桜井ユウトくんの存在は、段階的に共有する」

 

 ミオが頷く。

 

「第二に、彼が記憶を失っていること、現在は学生であることを全員に徹底する」

 

 フブキが続ける。

 

「第三に、本人の生活を乱すような接触は禁止。押しかけ、尾行、待ち伏せ、過度な連絡は禁止」

 

 おかゆが手を上げる。

 

「尾行は?」

 

「禁止」

 

「今日の僕たちは?」

 

「反省対象」

 

「はーい」

 

 ころねが少しだけしょんぼりする。

 

「じゃあ、ころねはしばらく会えない?」

 

 ミオが優しく微笑む。

 

「そんなことはないよ。ちゃんと順番を決めて、ユウトくんが大丈夫なタイミングで会えるようにしよう」

 

「ほんと?」

 

「うん」

 

「じゃあ、ころね待つ」

 

 ころねは両手を握った。

 

「でも、早めがいい……」

 

「それはみんな同じだね」

 

 ミオは苦笑する。

 

「第四に」

 

 フブキが、みことすいせいを見る。

 

「既に連絡先を交換済みの二名については、当面メッセージ頻度を常識的な範囲に制限」

 

「常識的な範囲って何件までにぇ?」

 

「一日三件」

 

「少なすぎるにぇ!!」

 

「じゃあ五件」

 

「少ないにぇ!!」

 

「十件」

 

「まだ少ない!」

 

「みこち、普通は一日十件でも多いんだよ」

 

 おかゆが笑う。

 

 すいせいが真剣な顔で言った。

 

「朝、昼、夜、おやすみ、応援、体調確認、食事確認、配信宣伝、雑談、緊急用。最低十枠は必要」

 

「緊急用以外、ほぼ緊急じゃないですね」

 

 フブキが冷静に言う。

 

 谷郷が咳払いした。

 

「……一日十件を目安に。ただし、彼の返信を強要しないこと」

 

「はい……」

 

「分かったにぇ……」

 

「また、深夜帯の連絡は禁止」

 

「にぇ!?」

 

「すいちゃん、夜の方が時間あるんだけど」

 

「学生は寝る時間だ」

 

 谷郷の声が少しだけ強くなった。

 

「彼の生活リズムを崩さないこと。これは絶対だ」

 

 二人は、今度こそ素直に頷いた。

 

「……はい」

 

「分かったにぇ」

 

 ミオが少し安心したように微笑む。

 

「それでいいと思う。まずはユウトくんの今の生活を守ること。それが一番大事」

 

 フブキも頷いた。

 

「では、その方針で全体共有ですね」

 

「文面は私が作る」

 

 谷郷が言った。

 

「ただし、感情的な反発は避けられないだろう。ときのそらくんをはじめ、彼との関わりが深かったメンバーには個別にフォローが必要になる」

 

 その名前が出た瞬間、会議室の空気が少し変わった。

 

 ときのそら。

 

 前世でのユウトの「一番」に最も近かった存在。

 

 彼女がこの知らせを聞いた時、どうなるか。

 

 誰も軽く想像できなかった。

 

 みこが、小さく呟く。

 

「そら先輩……泣くだろうな」

 

「うん」

 

 すいせいも静かに頷いた。

 

「でも、伝えないわけにはいかない」

 

 ミオが言った。

 

「そらちゃんには、ちゃんと伝えるべきだよ」

 

「……そうですね」

 

 谷郷は深く息を吐いた。

 

「私から話そう」

 

 フブキが真剣な顔で頷いた。

 

「お願いします」

 

 その瞬間、会議はようやく本来の形を取り戻した。

 

 尋問から、方針決定へ。

 

 嫉妬や独占欲はある。

 後悔も、怒りも、寂しさもある。

 

 けれど、それ以上に全員が分かっていた。

 

 桜井ユウトをもう一度傷つけてはいけない。

 

 彼の今を壊してはいけない。

 

 前世で彼を孤独にした自分たちだからこそ、今度は彼の意思を尊重しなければならない。

 

 それが、最低限の償いだった。

 

 ――とはいえ。

 

「ところで」

 

 フブキが、最後ににっこり笑った。

 

「みこさん、すいちゃん」

 

「にぇ?」

 

「何?」

 

「ユウトくんと腕を組んで歩いていた件については、まだ詳しく聞いてませんでしたね」

 

「そこ掘り返すにぇ!?」

 

「当然です」

 

 おかゆも頬杖をつく。

 

「僕も気になるなぁ。右腕と左腕、どっちがどっちだったの?」

 

「すいちゃんが右」

 

「みこが左にぇ」

 

「即答するんだ」

 

 ミオが呆れたように笑う。

 

 ころねが机に突っ伏した。

 

「ころねもユウトさんの腕、ぎゅってしたかったぁ……」

 

「ころさん、落ち着いて」

 

「だってぇ……」

 

 フブキが、水晶球を指で軽く叩いた。

 

「議事録、再開しましょうか」

 

「まだ録るの!?」

 

「大事な証言ですから」

 

「これは会議じゃなくて公開処刑にぇぇぇ!」

 

 みこの叫び声が、会議室に響き渡る。

 

 すいせいは顔を覆いながらも、どこか諦めたように笑っていた。

 

 谷郷は、その騒がしい光景を見ながら、静かに目を細める。

 

 この騒がしさ。

 

 この収拾のつかなさ。

 

 この、どうしようもなく愛おしい混沌。

 

 かつて、桜井ユウトが守ろうとしたもの。

 

 そして今、もう一度彼を迎えようとしている場所。

 

 ホロライブは、相変わらず騒がしかった。

 

 けれど、だからこそ。

 

 彼がいつか記憶を取り戻しても、取り戻さなくても。

 

 帰ってきた時に「変わらないな」と呆れられる場所でありたい。

 

 谷郷は、そう思った。

 

 窓の外では、オルタナティブシティの夜が深まり始めている。

 

 そのどこかを、ユウトを乗せた帰りの魔導列車が走っている頃だろう。

 

 彼はまだ知らない。

 

 自分が帰った後、ホロライブ事務所でどれほど騒がしい査問会議が開かれているのかを。

 

 そして、自分を巡る「接触ルール」が、本人不在のまま真剣に作られていることを。

 

 チ、チ、チ、チ――。

 

 遠く離れた列車の中で、銀色の懐中時計が静かに時を刻む。

 

 止まっていた因果は、もう止まらない。

 

 ホロライブ全体を巻き込む再会の物語は、ようやく本格的に動き始めていた。

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