hololive Lost Story   作:ダニエルズプラン

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現実の話は前話で終わりです。

ここからは新たな物語が始まります。


Prologue ~Missing Memory~

 

 ある朝、少年――桜井ユウトは、言いようのない「空虚」と共に目を覚ました。

 

 それは、五感が覚醒するよりも早く、魂の最も深い場所にぽっかりと穿たれた虚無の穴から染み出してくるような、冷たい感覚だった。

 

 ベッドから身を起こし、重い身体を動かして窓辺へと歩く。カーテンの隙間から差し込む陽光は、粒子の一つひとつが淡い魔力の輝きを帯びているかのように、幻想的な光を放っていた。

 

 ユウトが細い指先で遮光カーテンを開けば、そこにはいつも通りの、しかし地球の人間から見ればまるでお伽話の絵本を破り取ったかのような、壮大で美しい景色が広がっている。

 

 どこまでも透き通るような、吸い込まれそうな青い空。

 

 その遥か上空には、重力を無視して悠然と浮かぶ巨大な浮遊大陸が連なり、豊かな緑や滝の水を湛えている。空の境界を往くのは、大きな翼を優雅にはばたかせる翼竜の影であり、あるいは背中に美しい白い羽を持つ人々が、風を捉えて軽やかに飛び交う姿だった。

 

 この世界は『ホロアース』。

 

 ここでは人間、獣人、エルフ、天使、悪魔といった、本来ならば交わることのない多種多様な種族が、ひとつの理のもとに息づき、共生している。窓の下を見下ろせば、犬の耳や尻尾を持った獣人の子供と、人間の子供が、屈託のない笑い声を上げて石畳の路地を仲良く駆け抜けていくのが見えた。

 

 そんな奇跡のような世界で、ユウトはどこにでもいるごく普通の学生として、退屈で平穏な日々を過ごしている。

 

 しかし。彼には、普通の学生とは決定的に異なる、歪な部分があった。

 

 それは――自分がいつからこの部屋に住んでいるのか、その正確な記憶がどこを探しても見当たらないことだ。

 

 それだけではない。自分を育ててくれたはずの家族の顔も、共に笑い合ったはずの友人の名前も、確かに存在しているはずの「過去」のすべてが、まるで焦点の合わない古いピンボケ写真のように、ひどく曖昧で、不自然に霞んでいた。

 

 自分の歴史の年表をめくろうとしても、そこにはインクが染みこんだことのない空白が広がっているだけ。自分が何者であるかを証明する(アンカー)がこの世界のどこにも刺さっていないような、頼りない浮遊感が常に彼につきまとっていた。

 

 「……はぁ、またか」

 

 ユウトは額に手を当て、小さく息を吐き出した。

 

 寝覚めが悪いのはいつものことだが、彼を悩ませているのはここ数ヶ月の間、何百回、何千回と繰り返し見続けている()の存在だった。

 

 夢の中の彼は、いつも何かに追われ、あるいは何かを守るために、ひたすら孤独な暗闇を走っていた。何色もの火花が散り、錆びついた鉄の臭いが鼻を突き、誰かの叫び声が響く。それらは確かに、心臓を鷲掴みにされるほどのリアリティを持ってユウトの五感を満たしているはずだった。

 

 だが。彼が目覚め、現実の光を浴びた瞬間に、その大切な夢の記憶は、陽光に晒された霧のように跡形もなく霧散してしまうのだ。まるで、最初からそんな夢などなかったかのように。

 

 夢を忘れ、現実に戻る。そのサイクルを繰り返すたびに、ユウトは自分の中の一番大事な芯のようなものが、砂時計の砂のようにサラサラと抜け落ちていく感覚に襲われる。

 

 はっきりとした確信や、具体的な映像があるわけではない。

 

 しかし、その失われた霧の向こうには、自らの命よりも大切だったはずの、数えきれないほどの「絆」や、温かな「記憶」が詰まっている――そんな、狂おしいほどの予感だけが胸に焼き付いていた。

 

 「……くそ」

 

 霧散してしまった夢の残滓をどうにか捕まえようと、ユウトは無意識に右手を動かした。

 

 指先をすっと滑らせ、何か長方形の板のようなものを、腰のあたりから引き抜くような動作。それは、何万回、何億回と繰り返して肉体に直接染みついたかのように、決まって同じ軌道を描く。

 

 それはもはや、理由のない無意識の癖になっていた。

 

 だが、そこから動作を続けようとしても、その先に続くはずの言葉や、脳裏に結ばれるはずの鮮烈なイメージは、深い霧に包まれたように消え去ってしまう。カードを引き抜き、どこかに装填する――その先の決定的な一歩が、どうしても繋がらない。

 

「……バカバカしい。まだ寝ぼけてるんだな、僕は」

 

 また無意識のうちに、衣服の胸ポケットのあたりへと伸びていた自分の手に気づき、ユウトは自嘲気味な苦笑をこぼした。頭を大きく振って、まとわりつく思考の霧を強引に追い出す。

 

 いくら考えたところで、ないものはないのだ。僕はこのホロアースで生きる、ただの高校生。それがすべてで、それ以外に何があるというのか。

 

 ユウトは手早くクローゼットから制服を取り出して着替えを済ませ、トーストとスープだけの軽い朝食を胃に流し込むと、机の上のカバンを掴んで部屋を出た。

 

 玄関の扉を開け、一歩外へ踏み出す。

 

 そんな彼の無防備な背中を、窓から差し込む美しい朝日の光が、どこまでも追いかけていく。

 

 だがその暖かな光さえも、地面に落ちた彼の影を、どこかそこには誰もいないと言いたげな、妙に薄く、不在の形に切り取っているように見えた。

 

 その影は、この世界における彼の存在そのもののように、ひどく空虚だった。

 

 ~~~~~~~~

 

 一歩外に出れば、通学路はいつも通りの圧倒的な活気と喧騒に満ちあふれていた。

 

 石畳の道を、犬耳や猫耳をはじめとしたカラフルな獣の耳をはやした獣人の若者たちが、驚異的な身体能力で軽やかに駆け抜けていく。上空を見上げれば、透き通るような美しい羽根を優雅にはばたかせる天使のような少女たちが、空中を交差する回廊を賑やかに談笑しながら歩いていた。

 

 路地裏の露店では、長い耳を持ったエルフの老人が、怪しげな光を放つ魔道具を並べて大声で客を呼び込んでいる。その横を、小さな角を生やした悪魔の少年が、友達とともに魔法の力で浮遊するスケートボードのような板に乗り、笑い声を上げながら赤信号の交差点を無視して滑り去っていった。

 

 ファンタジーとテクノロジーが融合した、このホロアース固有の日常。

 

 ユウトにとっては、生まれてからずっと見続けてきた「当たり前の景色」だ。

 

 彼はこの、多様な種族がそれぞれの個性を爆発させて共生する世界に、()()()()()()()()何の違和感もなく溶け込んでいる。獣人のような鋭い牙も、天使のような翼も、エルフのような魔力も持たない、記号化された群衆の一部。

 

 周りの色彩が鮮やかであればあるほど、自分の内側にあるモノクロームの空虚さが際立つような気がして、ユウトは少しだけ歩行速度を上げた。

 

 「……おかしいな」

 

 駅前の広場に通りかかったとき、ユウトはふと、何かに足を引っ張られたかのようにピタリと歩みを止めた。

 

 広場の中央には、最新の魔導技術によって作られた巨大な屋外ビジョンが設置されている。普段であれば、そこには王国のニュースや、浮遊大陸の天気予報、あるいは新発売の魔導具の広告などが淡々と流されているはずだった。

 

 しかし、今は違った。街行く人々の多くが足を止め、熱狂的な、あるいは畏敬の念を込めた眼差しで、その大画面を見上げていたのだ。

 

 モニターには、美しく洗練された黄金のフォントで、特別な広告が映し出されていた。

 

 『ホロライブ・グループ ―― 次なる探求へ』

 

 そのタイトルが躍ると同時に、重厚なオーケストラのBGMが広場に響き渡る。画面が切り替わり、数人の女性たちの凛々しくも美しい姿が、次々とダイナミックなアングルで映し出されていった。

 

 光り輝く甲冑を纏い、巨大な剣を構える白銀の騎士。

 

 激しい炎を指先から操り、戦場を支配する誇り高きエルフ。

 

 天空から光の矢を降らせ、悪を討つ神聖な天使。

 

 彼女たちは、この世界において「ホロライブ」と呼ばれる、数多あるギルドの中でも最強最高峰の冒険者ギルドのメンバーだった。世界各地の未踏の遺跡を攻略し、魔獣の脅威から人々を守る英雄。

 

 それと同時に、彼女たちは自分たちの冒険の様子や、時には歌ったりゲームをしたりする様子を魔導配信によって世界中に届ける、誰もが憧れるトップセレブリティでもあった。

 

 ユウトは、吸い寄せられるようにその画面を凝視した。

 

 別世界の人々だ。自分のような一般の学生が、一生かかっても交わることのない、輝かしい星のような人たち。

 

 だが、画面の映像がさらに切り替わった、その瞬間だった。

 

 画面の中に映し出されたのは、茶髪のロングヘアに、ピンクの羽飾りがついた星形の髪飾りをつけた、一人の少女だった。彼女はカメラに向かって、ひまわりが咲いたかのような、どこまでも純粋で、温かい笑顔を向けていた。

 

 その笑顔が、ユウトの瞳に飛び込んできた、まさにその刹那。

 

 ――ドクン、と。

 

 ユウトの心臓が、内側から肋骨を叩き割らんばかりの勢いで、痛いくらいに激しく跳ね上がった。

 

 「……っ!? あぐっ…、う、あ……!」

 

 肉体の奥底から、未だかつて経験したことのないような急激な吐き気と、脳髄を直接鉄槌で殴られたかのような、凄まじい衝撃が突き抜けた。

 

 ユウトは堪らず、カバンを地面に落とし、その場に両膝をついた。

 

 「はっ、ひ、ふぅ……っ!」

 

 視界が強烈な白光で明滅し、周囲の喧騒が遠のいていく。酸素が上手く肺に届かず、呼吸が異常に浅くなる。冷や汗が滝のように額から流れ落ち、石畳を濡らした。

 

 おかしい。何が起きている。

 

 知らないはずなのに、知っている。

 

 彼女とは会ったこともない。ましてや、言葉を交わしたことなんて、天と地がひっくり返ってもあるはずがない。

 

 なのに――なのになぜ、僕の魂は、これほどまでに引き裂かれそうなほどの痛みを上げているんだ。

 

 画面の向こうの彼女の声を、その小さくも頼もしかったはずの温もりを、自分のすべての因果を投げ捨ててでも抱きしめたいと、魂の最深部が強烈に、狂おしいほどに渇望している。

 

 喉の奥まで、一つの名前が出かかっていた。

 

 それは知らないはずの名前。呼んではいけない名前。けれど、それはかすかな喘鳴にしかならず、言葉の形を結ぶことはない。

 

 なぜなら。桜井ユウトという少年は、あの画面の向こうで輝く少女を()()()()()()()()()()()()

 

 ~~~~~~~~

 

 「おい! 大丈夫か坊主!? 顔色が真っ青だぞ!」

 

 混濁していく意識のなかで、ドスの利いた、けれどひどく心配そうな声が鼓膜を叩いた。

 

 ハッと我に返ると、ユウトの前には、露店へ向かう途中だったのだろうか、エプロンをつけた大柄な熊の獣人の男性がしゃがみ込んでいた。丸く大きな耳を不安げに揺らしながら、肉厚の手のひらで、ユウトの震える背中を優しく、ゆっくりとさすってくれている。

 

 「あ…す、すいません……。ちょっと、眩暈がしただけで……。もう、大丈夫、です……」

 

 ユウトは途切れ途切れの声でん呼吸を整えながら、地面についた手に力を込め、何とか立ち上がった。足元がまだ自分のものじゃないようにふわふわと頼りない。

 

 「無理すんなよ。ほら、これでも飲んで落ち着け」

 

 熊の獣人は、まだ蓋の開いていない冷たいペットボトルの水をユウトの手に無理やり握らせると、「ちゃんと学校休むことも考えろよ」と一言言い置き、大きな手でポンとユウトの肩を叩いて雑踏の中へと去っていった。

 

 ホロアースの住民は種族を問わず、基本は困っている者には手を差し伸べる。

 

 しかし、そんな優しさが今のユウトには少しだけ痛かった。

 

 青年は震える手でペットボトルのキャップを開け、冷たい水を一気に喉へと流し込んだ。硬直していた食道が冷やされ、激しい動悸が少しずつ、凪いでいく。

 

 息を整えたユウトは、恐る恐る、もう一度だけ巨大な魔導ビジョンを見上げた。

 

 すでに画面の個別紹介は切り替わっており、そこには『0期生』と呼ばれる、ホロライブの象徴的な五人の集合写真が映し出されていた。

 

 ときのそら。

 

 ロボ子。

 

 さくらみこ。

 

 星街すいせい。

 

 AZKi。

 

 ビジョンから流れるナレーションが、その五人の名前の響きを広場に響かせる。

 

 その音が、彼の鼓膜を揺らすたび。ユウトの胸の奥にある『空白』から、何かが決定的に抜け落ちていく感覚が、耐えがたいほどの質量を持って膨れ上がっていった。

 

 それはまるで、適合するはずの失われた部品が、二度と噛み合わないことを完全に悟ってしまった精密機械が、摩擦の果てに上げる、悲痛な軋みと痛痒のようだった。

 

 どんなに手を伸ばしても、どんなに記憶の底を引っ掻いても、彼には彼女たちとの接点など見つけられない。

 

 記憶が戻ることは、絶対にない。世界のルールが、桜井ユウトの過去を完全に消去してしまっているのだから。

 

 ユウトは、逃げるようにビジョンから目を背け、千切れそうな胸を押さえながら、学校への道を急いだ。

 

 ~~~~~~~~

 

 午前中の授業の間も、ユウトの意識は深い泥の中に沈んだように朧気だった。

 

 黒板に規則正しく並べられた魔導幾何学の数式も、この世界が成り立つまでの壮大な歴史の年号も、今の彼の頭には全く入ってこなかった。ただ、ペンを握ったまま、窓の外に広がる果てしない青空と、そこを優雅に横切っていく巨大な飛行シップの影を、死んだような目で見つめ続けていた。

 

 キーンコーンカーンコーン。

 

 昼休みを告げるチャイムが鳴り響くと、教室の中は一気に騒がしくなる。

 

 ユウトは机に突っ伏したまま、動く気力も湧かなかった。そんな彼の耳に、教室の隅に集まったクラスメイトたちの、興奮した会話が飛び込んでくる。

 

 「なぁ、昨日のそら様の配信、お前らリアルタイムで見届けてたか? 異界の古代遺跡を探索するっていう、結構ハードな企画のやつ」

 

 「あ、俺アーカイブで見たわ! いつも通り完璧な立ち回りでさ、さすがホロライブの象徴って感じだったよな。……でもさ、最後、急にそら様が配信のエンディングで泣き出して、マジでびっくりしたんだけど」

 

 「そうそう、それだよ! 魔獣を倒したわけでも、機材が壊れたわけでもないのにさ。急にボロボロ涙を流し始めてさ……。コメント欄も大荒れだったよ。『そらちゃんどうしたの!?』って」

 

 「本人が言ってた理由がまた、不思議っていうかさ……。『理由は自分でもわからないけれど、どうしても、誰かにありがとうって伝えたくなったの』って、声を詰まらせててさ。ネットじゃ『連日の探索で情緒不安定になってるんじゃないか』なんて言ってる奴もいたけど……」

 

 クラスメイトの一人が、胸に手を当ててしみじみと呟いた。

 

 「俺はさ、あの涙を見てたら……なんか、胸が締め付けられるみたいに苦しくなって、気づいたら一緒に泣きそうになってたわ。あの人たち、いつも何を探してるんだろうな」

 

 ガタ、と。

 

 ユウトの机が、かすかな音を立てた。

 

 クラスメイトたちの何気ない会話の言葉が、鋭利な刃物となって、ユウトの耳から胸の奥へと深く、深く突き刺さる。

 

 そら様——ホロライブ第0期生『ときのそら』。

 

 このホロアースの誰もが知る、最高位の聖職者であり、数々の偉業を成し遂げてきた偉大な冒険者。そして、人々に希望を届ける大人気のアイドル。

 

 (理由は、わからないけれど…誰かに、感謝を伝えたくなった……?)

 

 「……くそっ」

 

 ユウトは、指先が白くなるほどの力で、無意識にシャープペンシルを握りしめた。芯がバキリと派手な音を立てて折れ、机の上に黒い粉が散る。

 

 おかしい。そんなはずはない。

 

 何度も自分に言い聞かせる。僕はただの高校生で、彼女は世界の英雄だ。接点なんてあるわけがない。あったとしても、街頭のモニターやネットの配信で、ほんの数秒、視界の端に映っただけのはずだ。

 

 しかし。もし本当にそうだとしたら……。

 

 なぜ、僕の胸は、これほどまでに引き裂かれそうなほど苦しいんだ。

 

 なぜ、自分は――この画面の向こうの少女たちに対して、今すぐにでも土下座して謝らなければいけないような、それでいて、生きていてくれてありがとうと、涙を流して抱きしめたいような、そんな両極端で矛盾した暴力的な感情に支配されているんだ。

 

 その疑問に答える言葉を、ユウトの脳細胞は持ち合わせていなかった。

 

 ユウトは知らない。

 

 あの世界で、彼女たちが()()()を覚えたまま、このホロアースに転生してきたことを。

 

 自分たちを救うために、自らの名前も、過去も、存在のすべてを磨り潰して消えていった一人のマネージャーの面影を、彼女たちが今も血を吐くような想いで探し続けていることを。

 

 昨日のそらの涙は、魂に刻まれた桜井ユウトの残響が、世界の壁を越えて彼女の瞳から溢れ出させた、届かない祈りだったのだ。

 

 しかし、その祈りが今の彼に届くことはない。

 

 「桜井くん? ……桜井ユウトくん、聞こえてるかしら?」

 

 不意に、目の前でパンパンと手を叩く音がして、ユウトはハッと現実へと引き戻された。

 

 見上げれば、いつの間にか昼休みが終わり、教卓の前に立つ担任の女性教師が、困ったような、心配そうな顔でユウトを見つめていた。教室中の視線が、一斉に彼へと集まる。

 

 「あ、はい! すいません、ちょっとぼーっとしてました……!」

 

 「もう……しっかりしてちょうだい。これからの進路を左右する、本当に大事な時期なんだからね」

 

 先生はため息を交じりにそう言うと、ユウトの机の上を指差した。

 

 そこには、先ほど配られたばかりの、一枚のプリントが置かれていた。

 

 『進路希望調査書』

 

 その文字の下には、第一志望、第二志望を書き込むための四角い枠が並んでいる。

 

 だが、ユウトの目の前にあるその紙は、名前の欄以外、何一つ文字が書かれていない、完全な「白紙」だった。

 

 ユウトにとって、そのプリントは、まるで自分の人生そのものを映し出しているかのように思えた。

 

 真っ白で、何もなくて、どこをどう埋めればいいのか、誰に聞いても答えの出ない、恐ろしい空白の山。

 

 この先、自分がどんな職業を選んでも。

 

 どんなに努力して、どんなに高い地位や名誉を目指したとしても。

 

 自分の心の中心に鎮座する、この決定的で致命的な欠落が埋まることは、決してないのだという。

 

 冷たく、そして絶対的な予感だけが、少年の胸の中に重く、重く、澱のように沈殿していた。

 

 窓の外では、眩しい太陽の光がホロアースの世界をこれ以上ないほど美しく照らし、人々を祝福している。

 

 だが、その光の中に、少年の未来を照らす光は、ただの一筋も存在していないような気がした。

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