hololive Lost Story 作:ダニエルズプラン
土曜日の昼前。
僕――桜井ユウトは、オルタナティブシティの一角に立っていた。
目の前にあるのは、ホロライブプロダクションの事務所ビル。
世界的な冒険者グループであり、配信者プロダクションでもあるホロライブの総本部。
……と聞けば、もっと巨大で、もっと派手で、もっと近寄りがたい建物を想像するのが普通だと思う。
けれど、実際に目の前にある建物は、驚くほど地味だった。
灰色の外壁。
控えめな入口。
大きな看板もなければ、通行人を圧倒するような巨大な魔導広告もない。
知らない人が見れば、ただの小さな交易会社か、魔導機器の卸業者が入っているビルだと思うだろう。
でも、胸ポケットの奥で銀色の懐中時計が、チ、チ、チ、と確かに反応している。
ここは、ただのビルではない。
僕の知らない僕が、かつて帰ってきた場所。
そして、消えた場所。
そう思うと、自然と喉が渇いた。
「……落ち着け」
誰に言うでもなく、小さく呟く。
右手で胸ポケットの上から懐中時計を押さえた。
きっかけは、昨日の夜に届いた一通のメールだった。
青の原稿を手伝った翌日。
学校から帰り、夕食を済ませ、机の上に置いた進路希望調査書を見て「やっぱりまだ白紙だな」と苦笑していた時だった。
端末が短く鳴った。
送信者は、谷郷元昭。
YAGOO。
内容は、とても丁寧だった。
『桜井くん。急な連絡になってしまって申し訳ありません。もし君の都合がよければ、今週の土曜日、ホロライブ0期生の皆と顔合わせをしてみませんか。もちろん、無理にとは言いません。君の気持ちを最優先に考えてください』
その文面を見た時、僕はしばらく端末を持ったまま動けなかった。
0期生。
ときのそら。
ロボ子さん。
AZKi。
さくらみこ。
星街すいせい。
この世界では、誰もが知っているホロライブの象徴的な存在。
そのうち、みことすいちゃんにはもう会っている。
さくら神社で。
あの枯れない一本桜の下で。
僕の両肩に二人が寄り添って眠っていた、あの意味の分からない状況を思い出すと、今でも顔が熱くなる。
それから、彼女たちとはメッセージのやり取りが続いていた。
頻度は少し落ち着いた。
たぶん、誰かに怒られたのだと思う。
それでも、毎日必ず連絡は来る。
みこは、相変わらず勢いがすごい。
『ユウト、おはようにぇ!』
『今日はちゃんとご飯食べた?』
『たい焼きって朝ごはんに入ると思う?』
『今度みこが案内するから、さくら神社また来るのら!』
すいちゃんは、少し落ち着いているようで、たまに圧が強い。
『今日の空、星が綺麗だったから送るね』
『無理してない?』
『返信は急がなくていいよ。五分くらいなら待てる』
『冗談だよ。半分くらい』
そんな二人と会うことは、もうそこまで怖くはなかった。
けれど、他の0期生と会うとなると話は違う。
ときのそら。
ロボ子さん。
AZKi。
彼女たちもまた、僕を知っているのだろう。
前世の僕を。
僕が忘れてしまった時間を。
そしてきっと、僕が何も覚えていないと知れば、傷つく。
それが怖かった。
メールを見た僕は、しばらく悩んだ。
会うべきなのか。
今の僕に、会う資格があるのか。
彼女たちが求めている桜井ユウトは、僕ではないのではないか。
そんな考えが、何度も頭をよぎった。
けれど。
結局、僕は会うことにした。
逃げても、何も変わらない。
みこやすいちゃん、谷郷さん、ゲーマーズの人たちと会って、それは少しずつ分かってきた。
過去が戻るかは分からない。
でも、僕を知っている人たちの話を聞かなければ、僕はずっと自分の空白を見つめ続けるだけになる。
それは、嫌だった。
だから、僕は返信した。
『お誘いありがとうございます。土曜日、伺います』
そして今。
僕はホロライブ事務所の前にいる。
胸ポケットの懐中時計は、落ち着いているようで、どこかいつもより速い。
チ、チ、チ、チ――。
「……行こう」
僕は小さく息を吐き、事務所の入口へ向かった。
~~~~~~~~
自動扉が開いた瞬間、外の喧騒がふっと遠のいた。
中は、想像していたよりずっと静かだった。
受付ロビーは広すぎず、けれど清潔で、温かみがある。壁にはホロライブのロゴと、所属タレントたちの写真が飾られていた。見慣れた顔もあれば、まだ名前しか知らない顔もある。
僕は受付に向かおうとした。
その時だった。
「桜井ユウトさん、ですよね?」
横から声をかけられた。
振り向くと、そこには一人の女性が立っていた。
落ち着いた雰囲気の人だった。
スタッフ用らしいシンプルな服装に、眼鏡。
どこか柔らかい空気をまとっているが、同時に仕事慣れした人特有のきびきびした気配もある。
年齢は、僕よりずっと上だろう。
けれど、威圧感はない。
むしろ初対面なのに、なぜか少しだけ安心するような雰囲気があった。
「はい。桜井ユウトです」
「お待ちしていました。私は本日、案内を担当するスタッフです」
女性は、自然な笑みを浮かべた。
「谷郷から話は聞いています。どうぞ、こちらへ」
「あ、はい。よろしくお願いします」
僕は軽く頭を下げた。
女性はそれを見て、ほんの一瞬だけ表情を揺らした。
本当に、一瞬だった。
普通なら見逃すくらいの変化。
けれど僕は、なぜかそれに気づいてしまった。
「……どうかしましたか?」
「いえ」
女性はすぐにいつもの笑顔へ戻った。
「少し、懐かしいなと思っただけです」
「懐かしい?」
「こちらの話です。気にしないでください」
そう言って、彼女は歩き出した。
僕もその後に続く。
彼女の歩き方は、迷いがなかった。
この建物の隅々まで知っている人の歩き方だ。
廊下を進むと、左右にいくつもの部屋が並んでいた。
配信スタジオらしき部屋。
会議室。
スタッフルーム。
資料室。
防音設備のある収録ブース。
どこからか、誰かの笑い声が微かに聞こえる。
その声に、胸の奥が小さく震えた。
知らないはずなのに、知っている気がする。
この建物の空気。
廊下の匂い。
スタッフたちが行き交う足音。
全部、初めてのはずなのに。
胸ポケットの時計が、チ、と鳴った。
「緊張していますか?」
前を歩く女性が、こちらを振り返らずに尋ねた。
「……少し」
「そうですよね。突然、世界的な有名人たちに会うと言われたら、緊張しますよね」
「そうですね」
僕は苦笑した。
「ただ、それだけじゃない気もします」
「それだけじゃない?」
「ここに来るのが、初めてじゃないような気がして」
女性の足が、ほんのわずかに止まりかけた。
けれど、すぐに歩調を戻す。
「……そうですか」
「記憶はないんです。でも、なんとなく……胸がざわつくというか」
「嫌な感じですか?」
「いえ」
僕は少し考えてから答えた。
「むしろ、少し落ち着きます」
女性は、今度こそ足を止めた。
ゆっくりと振り返る。
その目は、さっきよりも柔らかかった。
けれど、奥に何かを堪えているようにも見えた。
「落ち着く、ですか」
「はい。変ですよね」
「いいえ」
女性は静かに首を振った。
「変ではありません」
その言い方が、あまりにも確信に満ちていた。
僕は少し戸惑った。
「あの、あなたは……」
「本当に申し訳ありません。自己紹介がまだでしたね」
女性は、どこかいたずらっぽく微笑んだ。
「私は、友人Aと申します」
「友人A……さん?」
「はい。皆からは、Aちゃんと呼ばれています」
Aちゃん。
その名前を聞いた瞬間、胸の奥が小さく跳ねた。
チ、と。
懐中時計が鳴る。
「……Aちゃん」
口の中で、その名前を転がす。
聞いたことがある。
いや、正確には、聞いたことがある気がする。
ロビーに飾られていた写真。
谷郷さんから聞いた話。
ホロライブの初期から関わっていたスタッフ。
けれど、それだけではない気がした。
「どこかで……」
僕は思わず呟いた。
Aちゃんは、少しだけ目を細めた。
「思い出しましたか?」
「……いえ」
僕は首を横に振る。
「すみません。何も、はっきりとは」
「謝らなくて大丈夫です」
彼女はすぐに言った。
その声は、とても穏やかだった。
みこやすいちゃんのような、胸を焼くような情愛ではない。
谷郷さんに近い。
でも、少し違う。
もっと近くて、もっと日常的で、もっと昔からそこにいたような温かさ。
家族。
同僚。
戦友。
そんな言葉が、霧の向こうで揺れる。
「桜井さん」
「はい」
「今日は、来てくれてありがとうございます」
Aちゃんは、深く頭を下げた。
その動きに、僕は少し慌てた。
「そんな、僕はただ呼ばれて来ただけで……」
「それでもです」
彼女は顔を上げる。
「皆、あなたに会えるのをずっと待っていました」
「……」
「でも、無理はしないでください。怖くなったら、途中で出ても構いません。分からないことがあれば、分からないと言ってください。思い出せないことを、無理に思い出そうとしなくて大丈夫です」
その言葉は、きっと谷郷さんたちと同じ配慮だった。
でも、Aちゃんの声には、どこか「いつもの注意事項」を告げるような自然さがあった。
まるで昔から、僕が無理をしすぎるたびに同じことを言っていたかのように。
「……はい」
僕は頷いた。
「ありがとうございます、Aちゃんさん」
「Aちゃんで大丈夫ですよ」
「初対面の方をちゃん付けで呼ぶのは、少し抵抗が」
「ふふ」
Aちゃんは少し笑った。
「そういうところは、本当に変わりませんね」
「また、それですか」
「はい」
「皆さん、僕に会うたびにそれを言いますね」
「言いたくなるんです」
「そうですか」
僕は少しだけ苦笑した。
Aちゃんも笑った。
その笑顔は、少し泣きそうにも見えた。
僕は知らない。
本来、今日僕を顔合わせの部屋まで案内するはずだったスタッフが別にいたことを。
そのスタッフと、Aちゃんが直前に交代していたことを。
Aちゃんが、YAGOOから「今日は裏方に徹してほしい」と言われていたにも関わらず、どうしても最初に一言だけ話したいと願い、さも当然のような顔で案内役を引き受けたことを。
僕は何も知らない。
ただ、目の前の女性が、不思議と懐かしい人だということだけを感じていた。
「こちらです」
Aちゃんは、一つの扉の前で立ち止まった。
他の会議室より少し広い部屋らしい。
扉の向こうからは、微かな気配があった。
人がいる。
複数人。
その中に、知っているような知らないような、胸をざわつかせる気配が混じっている。
僕は胸ポケットを押さえた。
チ、チ、チ――。
「準備はいいですか?」
Aちゃんが尋ねる。
僕は深呼吸した。
「はい」
「では、開けますね」
Aちゃんが扉を開いた。
~~~~~~~~
部屋の中にいたのは、六人だった。
まず目に入ったのは、谷郷さん。
彼は部屋の奥側に立ち、穏やかな表情でこちらを見ていた。
その隣には、本来ならAちゃんが立っているはずだったのだろう。
少なくとも、後から考えればそうだった。
そして、その前に並ぶようにして、五人の少女たちがいた。
ときのそら。
ロボ子さん。
AZKi。
さくらみこ。
星街すいせい。
ホロライブ0期生。
画面の向こう側で何度も見た、有名人たち。
けれど、この部屋にいる彼女たちは、ステージや配信で見る姿とは少し違っていた。
もっと近い。
もっと生々しい。
もっと、感情が剥き出しだった。
みこは、僕の顔を見た瞬間、ぱっと表情を輝かせた。
「ユウト!」
すいちゃんも、ほっとしたように息を吐く。
「来てくれたんだね」
「約束しましたから」
僕がそう答えると、すいちゃんは少しだけ嬉しそうに笑った。
みこは今にも駆け寄ってきそうだったが、隣のAZKiに軽く袖を掴まれて踏みとどまっている。
そのAZKiは、僕を見つめたまま、目元を潤ませていた。
ロボ子さんも、口元に手を当て、今にも泣き出しそうな顔をしている。
そして、ときのそら。
彼女は、ただ僕を見ていた。
茶色の長い髪。
星の髪飾り。
穏やかで、どこまでも優しい瞳。
駅前の魔導ビジョンで初めて見た時、僕の心臓を激しく跳ねさせた少女。
その人が、今、目の前にいる。
彼女の瞳が揺れる。
「……ユウトさん」
その声を聞いた瞬間、胸の奥が強く痛んだ。
知らないはずの声。
でも、知らないままでいられない声。
夢の中で何度も聞いた気がする。
朝になれば消えてしまう、暖かい夢の残響。
その中心に、彼女の声があったような気がした。
「初めまして……で、いいのでしょうか」
僕は、慎重に言った。
その言葉に、そらの顔が少しだけ歪んだ。
でも、彼女は泣き崩れなかった。
深く息を吸って、柔らかく微笑む。
「はい」
その声は震えていた。
「今のユウトさんにとっては、初めましてです」
「……すみません」
「謝らないでください」
そらはすぐに首を横に振った。
「会えて、嬉しいです。本当に」
その言葉を聞いた瞬間、ロボ子さんの目から涙が零れた。
「ほんとに……ほんとにユウトさんだ……」
AZKiも、堪えきれないように目元を押さえる。
「よかった……また、会えた……」
僕はどうしていいか分からなかった。
みこやすいちゃんと初めて会った時のことを思い出す。
あの時も、彼女たちは僕を見て泣いた。
僕は何も覚えていないのに。
彼女たちは、僕の存在だけで救われたように泣いた。
それが、今もまた起きている。
胸が痛い。
けれど、以前ほど怖くはなかった。
僕はゆっくりと頭を下げた。
「桜井ユウトです。今の僕は、皆さんのことを何も覚えていません。それでも……今日は、皆さんの話を聞きに来ました」
部屋の空気が、静かに震えた。
そらが胸元で両手を握る。
ロボ子さんが涙を拭う。
AZKiが静かに頷く。
みこは、泣きそうな顔で笑っている。
すいちゃんは、どこか誇らしそうに僕を見ていた。
谷郷さんも、穏やかに目を細めている。
その瞬間までは、よかった。
感動的な再会。
記憶を失った少年と、彼を待ち続けた0期生たち。
このまま、静かに顔合わせが始まるはずだった。
けれど。
空気が、突然変わった。
「……あれ?」
最初に気づいたのは、ロボ子さんだった。
彼女は涙を拭いながら、僕の後ろを見た。
いや、正確には。
僕の斜め後ろに立っているAちゃんを見た。
「Aちゃん?」
その一言に、部屋の全員の視線がAちゃんへ集まった。
そらの目が丸くなる。
AZKiが瞬きをする。
みこが口を開けたまま固まる。
すいちゃんは、何かを察したように目を細めた。
谷郷さんは、額に手を当てた。
「……Aくん」
谷郷さんの声には、静かな疲労が滲んでいた。
「どうして、君がそこにいるんだい?」
Aちゃんは、さも当然のような顔で首を傾げた。
「案内役ですので」
「本来の案内役は別のスタッフだったはずだが」
「交代しました」
「いつ?」
「先ほどです」
「誰の許可で?」
「現場判断です」
「……」
谷郷さんが沈黙した。
その沈黙は、あまりにも多くを語っていた。
ときのそらが、困惑と少しの笑みを混ぜた表情でAちゃんを見る。
「Aちゃん……?」
「はい」
「今日は、私たち0期生とユウトさんの顔合わせで……Aちゃんは、YAGOOさんの隣でストッパー役をしてくれる予定だったよね?」
「その予定でした」
「だよね?」
「はい」
「今、ユウトさんの隣にいるね?」
「いますね」
「……どうして?」
そらの声は優しかった。
だが、そこには明確な圧があった。
みこが、小声ですいちゃんに囁く。
「すいちゃん、これ第三回尋問始まるにぇ?」
「可能性あるね」
「Aちゃん、かなり堂々としてるにぇ……」
「むしろ清々しい」
Aちゃんは、そらの問いに対して、少しだけ笑った。
「私も、会いたかったので」
その一言で、部屋の空気が止まった。
Aちゃんの声は穏やかだった。
けれど、その奥には、長い年月を越えてきた重みがあった。
「皆さんが待っていたのと同じように、私も待っていました。だから、少しだけ先に案内役をさせてもらいました」
「Aちゃん……」
そらの表情が揺れる。
ロボ子さんも、AZKiも、何も言えなくなった。
みこは小さく唇を尖らせた。
「それはずるいにぇ……」
「みこちゃんには言われたくありません」
「ぐっ」
すいちゃんが横で小さく笑った。
「Aちゃん、強い」
「あなたにも言われたくありません」
「……はい」
すいちゃんが珍しく素直に黙った。
僕は、そのやり取りを見ながら、ようやく状況を少しだけ理解した。
つまり。
Aちゃんは、本来この場に案内役として来る予定ではなかった。
でも、僕に会うために役割を交代した。
そして、何食わぬ顔でここまで案内してきた。
「……あの」
僕が口を開くと、全員がこちらを見る。
「もしかして僕、また何かの騒動の中心にいます?」
沈黙。
次の瞬間、みこが吹き出した。
「今さらすぎるにぇ!」
ロボ子さんも涙を拭いながら笑った。
「うん、完全に中心だね」
AZKiも、小さく笑う。
「でも、ユウトさんらしいかも」
「僕らしい、ですか」
「はい」
そらが、柔らかく微笑んだ。
「ユウトさんの周りは、いつもこんな感じでした」
「そうなんですか」
「はい。とても騒がしくて、とても温かかったです」
その言葉に、胸の奥が震えた。
騒がしくて、温かい。
夢の中で見た、あの事務所の風景。
誰かが笑って、誰かが怒って、誰かが僕の名前を呼んでいた場所。
それと同じ温度が、この部屋にある。
チ、チ、チ、チ――。
懐中時計が、静かに時を刻む。
谷郷さんは深く息を吐いた。
「……分かりました。Aくん」
「はい」
「今回は、ここにいて構いません」
「ありがとうございます」
「ただし、次からは事前に相談してください」
「善処します」
「善処ではなく、約束してください」
「……約束します」
Aちゃんは少しだけ目を逸らした。
その様子に、そらがくすりと笑う。
部屋の空気が、少しだけ柔らかくなった。
僕は改めて、0期生の五人を見る。
ときのそら。
ロボ子さん。
AZKi。
さくらみこ。
星街すいせい。
そして、隣にはAちゃん。
奥には谷郷さん。
僕を知る人たち。
僕が忘れてしまった人たち。
胸はまだ痛む。
記憶は戻らない。
でも、逃げたいとは思わなかった。
「……改めて」
僕は小さく息を吸った。
「今日はよろしくお願いします。皆さんのことを、聞かせてください」
そらの瞳に、また涙が浮かんだ。
けれど、今度は悲しみだけではなかった。
喜びと、祈りと、ほんの少しの希望。
「はい」
そらは、ゆっくり頷いた。
「たくさん、話しましょう。ユウトさん」
その声を聞いた瞬間。
僕の胸ポケットの時計が、まるで遠い過去と今を繋ぐように、強く一度だけ鳴った。
チ――。
そして、ホロライブ0期生との正式な顔合わせは。
予定外の案内役を一人加えたまま、ようやく始まった。