hololive Lost Story   作:ダニエルズプラン

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第21話 0期生、涙メモリー/祭りだ!飛びつくまつり

 

 ホロライブ事務所の一室。

 

 その部屋は、顔合わせの場としては少しだけ広すぎるようにも見えた。

 

 中央には低めのテーブルが置かれ、その周囲に座り心地の良さそうなソファが配置されている。壁際には魔導スクリーンと資料棚。窓からはオルタナティブシティの街並みが見えたが、防音と遮蔽の魔導結界が張られているのか、外の喧騒はまったく届かない。

 

 静かだった。

 

 けれど、空気は静かではなかった。

 

 ときのそら。

 

 ロボ子さん。

 

 AZKi。

 

 さくらみこ。

 

 星街すいせい。

 

 0期生の五人が、同じ部屋にいる。

 

 そして、その向かい側に桜井ユウトが座っていた。

 

 谷郷元昭――YAGOOは少し離れた位置に腰掛け、Aちゃんはさも当然のようにユウトの斜め後ろに控えている。

 

 本来なら、AちゃんはYAGOOの隣にいるはずだった。

 

 ストッパー役として。

 

 0期生たちの感情が暴走しないように、穏やかに進行を支える役割だった。

 

 だが、そのAちゃんは今、まるで最初からその位置にいる予定だったかのように、ユウトの近くに立っていた。

 

 その事実に、0期生たちはまだ少しだけ納得していない顔をしている。

 

 とりわけ、みこは不満げだった。

 

「Aちゃん、ずるいにぇ……」

 

「みこちゃんにだけは言われたくありません」

 

「ぐぬぬ……」

 

 みこが唇を尖らせる。

 

 すいせいはその様子を横目で見ながら、どこか面白がるように笑っていた。

 

「Aちゃん、普通に強いよね。すいちゃん、ちょっと感心した」

 

「すいせいさんにも言われたくありません」

 

「私まで刺された」

 

「当然です」

 

 Aちゃんは淡々と返した。

 

 そのやり取りを聞きながら、ユウトは困ったように視線を動かした。

 

「……あの」

 

 小さく声を出すと、部屋にいた全員の視線が一斉にユウトへ向いた。

 

 圧がすごい。

 

 ユウトはほんの一瞬だけ言葉を詰まらせたが、すぐに軽く咳払いをした。

 

「まず、どこから始めればいいんでしょうか」

 

「そうですね」

 

 YAGOOが助け舟を出すように口を開いた。

 

「まずは、改めて自己紹介からにしましょう。桜井くんにとっては、初めて会う方もいますから」

 

「はい」

 

 ユウトは頷いた。

 

 その返事を聞いて、そらが少しだけ姿勢を正した。

 

 彼女の手は膝の上で重ねられている。

 指先にわずかな力が入っていた。

 

 けれど、その表情には柔らかな微笑みがあった。

 

「それじゃあ、私からでいいかな」

 

 誰も異議を唱えなかった。

 

 ときのそらは、ゆっくりとユウトを見る。

 

「初めまして。……ううん、今のユウトさんにとっては、初めましてですね」

 

 その言葉に、部屋の空気がわずかに揺れた。

 

「私は、ときのそらです。ホロライブ0期生で、冒険者としては聖職者系の魔法と歌の力を使っています。配信者としては、歌や雑談、いろんな企画をしています」

 

 そらはそこで一度、言葉を切った。

 

 そして、少しだけ目を細めた。

 

「前の世界では、ホロライブの一番最初のタレントでした。ユウトさんには……本当に、たくさん支えてもらいました」

 

 最後の一文だけ、声がわずかに震えた。

 

 だが、そらは泣かなかった。

 

 ユウトを困らせたくない。

 

 その意思が、彼女の表情に滲んでいた。

 

 ユウトは、静かに頭を下げた。

 

「桜井ユウトです。今日は、よろしくお願いします」

 

「はい。よろしくお願いします」

 

 そらは微笑んだ。

 

 次に、ロボ子さんが身を乗り出した。

 

 彼女は最初から涙目だったが、それでも明るく笑おうとしていた。

 

「えっと、ボクはロボ子さん! ホロライブ0期生で、ロボット……なんだけど、今の世界だと魔導機械生命体っていう扱いかな。ゲームとか歌とか、いろいろやってるよ!」

 

「魔導機械生命体……」

 

 ユウトが少しだけ目を瞬かせる。

 

「すごいですね」

 

「えへへ、すごいでしょ?」

 

 ロボ子さんは得意げに胸を張った。

 

 だが、次の瞬間には、その表情が少しだけ崩れる。

 

「前の世界でも、ユウトさんにはよく助けてもらったんだ。ボクが何かやらかすと、いつも呆れた顔しながら直してくれて……でも、怒り方が優しかった」

 

「僕が?」

 

「うん。ユウトさんが」

 

 ロボ子さんは、にこりと笑った。

 

「だから、また会えて嬉しい。覚えてなくても、嬉しいよ」

 

 ユウトは少しだけ視線を伏せた。

 

「……ありがとうございます」

 

 次はAZKiだった。

 

 彼女は他のメンバーよりも静かな雰囲気で、けれど真っ直ぐにユウトを見つめていた。

 

「AZKiです。0期生として歌を中心に活動しています。この世界では、歌に魔力を乗せて道を拓くような、そういう力も持っています」

 

「歌で道を拓く……」

 

「はい」

 

 AZKiは小さく頷いた。

 

「前の世界でも、私は歌う場所を探していました。ユウトさんには、その道の途中で何度も助けてもらいました。直接的に何かを言うより、いつも少し離れたところで、必要な時だけ手を差し伸べてくれるような人でした」

 

 その言葉を聞いて、Aちゃんが小さく頷いた。

 

 YAGOOも、静かに目を細めている。

 

「今のユウトさんにとって、私は知らない人だと思います。でも、私はあなたのことを知っています。だから今日は、少しずつでいいので、私たちのことも知ってもらえたら嬉しいです」

 

 ユウトは、ゆっくりと頷いた。

 

「はい。聞かせてください」

 

 その返事に、AZKiの表情が少しだけ柔らかくなった。

 

 続いて、みこが勢いよく身を乗り出した。

 

「にゃっはろー! 改めまして、ホロライブ0期生、エリート巫女のさくらみこだにぇ!」

 

「みこはもう、かなり自己紹介してくれてる気がするけど」

 

 ユウトが言うと、みこはふふんと鼻を鳴らした。

 

「何回でもするにぇ! ユウトには、みこのことをいっぱいいっぱい覚えてもらわなきゃいけないからにぇ!」

 

「その意気込みは少し怖い」

 

「怖くないのら!」

 

 みこはむっとした顔をしたが、すぐに表情を柔らかくした。

 

「みこは、今の世界ではさくら神社の巫女でもあって、ホロライブの冒険者でもあるにぇ。霊術とか結界とか、神様関係のいろいろができるエリートなのら」

 

「エリート」

 

「そこ疑うところじゃないにぇ!」

 

「いや、疑ってはないけど」

 

「疑ってる顔だったにぇ!」

 

 みこの抗議に、ロボ子さんが小さく笑い、すいせいも肩を震わせた。

 

 そらも、少しだけ微笑む。

 

 みこは照れ隠しのように咳払いをしてから、少しだけ声を落とした。

 

「前の世界のことは……もう話した部分もあるけど、ユウトにはたくさん助けられたにぇ。みこが泣いた時も、失敗した時も、逃げ出したくなった時も、ユウトはいつも、ちょっと口悪く背中押してくれた」

 

 みこの目に、うっすら涙が浮かぶ。

 

「だから、また会えて……ほんとに、嬉しいんだにぇ」

 

 ユウトは、みこの言葉を黙って聞いていた。

 

 そして、短く頷く。

 

「……うん」

 

 その返事に、みこは一瞬だけ息を止めた。

 

 さっきまでより、少しだけ自然な返事だった。

 

 それだけで、彼女の胸はいっぱいになった。

 

 最後に、すいせいが軽く手を上げた。

 

「じゃあ、改めまして。星街すいせいです。ホロライブ0期生、歌手で冒険者。今の世界では、歌と星の魔力、それから斧を使って戦います」

 

「斧」

 

 ユウトは思わずそこに反応した。

 

「そう。斧」

 

「歌手で斧」

 

「何か文句ある?」

 

「いえ、個性的だなと」

 

「ふふ、でしょ」

 

 すいせいは楽しそうに笑う。

 

 けれど、その青い瞳はすぐに少しだけ真剣な色を帯びた。

 

「前の世界では、私はホロライブに入る前から歌ってた。個人で、どうにかして自分の場所を作ろうとしてた。ユウトさんは……そんな私を、ホロライブに繋いでくれた人」

 

 すいせいの声が、ほんの少しだけ震えた。

 

「あなたがいなかったら、今の私はいなかったかもしれない」

 

「……」

 

「だから、私にとってユウトさんは、ただのマネージャーじゃない。恩人で、家族みたいで……それ以上に、ずっと大切な人」

 

 すいせいは、真っ直ぐにユウトを見る。

 

「覚えてなくても、それは変わらないよ」

 

 ユウトはすぐには返事をしなかった。

 

 少しだけ間を置いてから、静かに言った。

 

「……重いですね」

 

 その言葉に、部屋の空気が一瞬固まった。

 

 だが、すいせいは笑った。

 

「うん。重いよ」

 

「認めるんですね」

 

「認める。すいちゃんは重い女なので」

 

「自称するものなんですか、それ」

 

「場合による」

 

 みこが横から割り込む。

 

「みこも重いにぇ!」

 

「張り合うところかな」

 

「張り合うところだにぇ!」

 

「いや、違うと思う」

 

 ユウトのツッコミに、部屋の空気が少しだけ緩んだ。

 

 そらがふふっと笑う。

 AZKiも微笑み、ロボ子さんは涙を拭いながら笑っている。

 Aちゃんは、その様子を見て、どこか懐かしそうに目を細めていた。

 

 自己紹介が終わった。

 

 改めましての初めまして。

 

 けれど、その中には確かに、ただいまの気配が混ざっていた。

 

 ~~~~~~~~

 

 自己紹介の後、YAGOOが温かい飲み物を用意するようスタッフに頼んだ。

 

 しばらくして、テーブルの上には珈琲、紅茶、ハーブティー、桜茶、星屑のような光を帯びたソーダ、そしてロボ子さん用の特殊な魔導エネルギードリンクが並んだ。

 

 ユウトの前には、ブラックコーヒーが置かれている。

 

「……僕、ブラック飲めるんですか?」

 

 ユウトが少し不思議そうに尋ねると、Aちゃんが自然に答えた。

 

「前はよく飲んでいましたよ。少し苦めのものを」

 

「そうなんですね」

 

「はい。淹れる側でもありましたけど」

 

「僕が?」

 

「ええ。事務所のコーヒー、ユウトさんが淹れると少し苦すぎるんです」

 

 Aちゃんが言うと、そらが小さく笑った。

 

「でも、その苦さが落ち着いたんです」

 

「分かる」

 

 すいせいが頷く。

 

「眠気覚ましにはちょうどよかった」

 

「すいちゃんは徹夜しすぎだったにぇ」

 

「みこちには言われたくないかな」

 

「なんでにぇ!」

 

 ユウトは、目の前のコーヒーを見つめた。

 

 そして、そっとカップを手に取る。

 

 一口飲む。

 

 苦い。

 

 確かに苦い。

 

 けれど、不思議と嫌な味ではなかった。

 

 その表情を見て、Aちゃんがほんの少しだけ安心したように微笑む。

 

「飲めますか?」

 

「はい。……少し苦いですけど」

 

「ユウトさんが昔淹れていたのは、もう少し苦かったです」

 

「それは飲み物としてどうなんですか」

 

「私たちも何度か言いました」

 

 YAGOOが苦笑する。

 

「彼は『眠気が飛ぶなら問題ない』と言っていたね」

 

「前の僕、かなり雑ですね」

 

「雑というか、合理的というか」

 

 Aちゃんが微妙な顔をする。

 

「ただ、自分のことになると雑でした」

 

 その言葉に、0期生たちの表情が少しだけ曇った。

 

 ユウトはそれに気づきながらも、深く追及しなかった。

 

「……それで」

 

 ユウトはカップを置いた。

 

「皆さんに、お願いがあります」

 

 部屋の空気が、少しだけ引き締まる。

 

「僕の過去のことを、教えてください」

 

 まっすぐな言葉だった。

 

「谷郷さんからも聞きました。みこやすいちゃんからも少し聞いています。でも、まだ何も分からないままです」

 

 ユウトは、0期生の五人を順に見た。

 

「皆さんから見た、前の僕がどんな人だったのか。何をしていたのか。どう関わっていたのか。……知りたいです」

 

 その言葉に、そらは胸元で両手を重ねた。

 

 ロボ子さんはまた泣きそうになったが、必死に堪える。

 

 AZKiは静かに頷いた。

 

 みこは「任せるにぇ」と小さく呟き、すいせいは真剣な顔でユウトを見つめた。

 

 YAGOOが、ゆっくりと口を開く。

 

「では、最初は私から少し話そう」

 

「お願いします」

 

「前の世界で、君と初めて会った時のことは、以前も少し話したね」

 

「はい。谷郷さんが、僕をスカウトしたと」

 

「ああ」

 

 YAGOOは懐かしむように目を細めた。

 

「あの頃、カバー株式会社はまだ小さかった。ホロライブも、今のような大きな存在ではなかった。夢だけはあったが、人手も資金も経験も足りなかった」

 

 そらが静かに頷く。

 

「そんな時、私は君に出会った。君は若かったが、妙に落ち着いていて、物事をよく見ていた。自分を大きく見せることはしないが、必要な時にはきちんと動ける。そういう人だった」

 

「……僕が」

 

「私は、君に言ったんだ。『君の力を貸してほしい』と」

 

 その言葉に、ユウトの胸ポケットの時計が、チ、と鳴った。

 

 ユウトの指が、わずかに胸元へ動く。

 

 そらはそれを見逃さなかった。

 

 けれど、何も言わない。

 

「君は少し驚いた顔をしていたよ。けれど、最終的には引き受けてくれた。それから、君は本当に色々なことをしてくれた」

 

 YAGOOは続けた。

 

「最初は、そらくんの配信周りの準備が多かったね」

 

 そらが小さく笑う。

 

「はい。本当にたくさん助けてもらいました。配信前に機材がうまく動かなくなった時も、ユウトさんが直してくれました。私は慌てていたのに、ユウトさんはすごく冷静で」

 

「……機材に詳しかったんですか?」

 

「詳しいというより、必要だから覚えた、という感じでした」

 

 Aちゃんが補足する。

 

「前のユウトさんは、そういう人でした。必要だと思えば、知らないことでも調べて覚える。できる人がいなければ、自分ができるようになる」

 

「それは……大変そうですね」

 

「大変でしたよ」

 

 Aちゃんは少しだけ笑った。

 

「でも、本人はあまり大変そうにしませんでした」

 

 ロボ子さんが手を上げる。

 

「ボクも話していい?」

 

「はい」

 

「ボクが配信でトラブル起こした時とか、ユウトさん、だいたいすぐ来てくれたんだよ。こっちが『どうしようどうしよう』ってなってると、横からすっと来て、『まず落ち着いてください』って」

 

「敬語だったんですか」

 

「最初はね!」

 

 ロボ子さんは笑う。

 

「でも、慣れてくるとちょっと雑になった。『ロボ子さん、またですか』って言われたことあるもん」

 

「……すみません」

 

「今謝らなくていいよ!」

 

 ロボ子さんは慌てて手を振る。

 

「でも、その“またですか”がね、嫌じゃなかったんだよ。ちゃんと覚えてくれてるって感じがしたから」

 

「覚えてくれてる……」

 

 ユウトはその言葉を小さく繰り返した。

 

 AZKiが、静かに口を開く。

 

「私にとってのユウトさんは、道を整えてくれる人でした」

 

「道を」

 

「はい。歌う場所を探している時、私は何度も迷いました。自分がどこへ向かえばいいのか、分からなくなることもありました。そんな時、ユウトさんは直接答えを押しつけるのではなくて、選べる道を増やしてくれました」

 

 AZKiは、膝の上で指を重ねた。

 

「資料を用意してくれたり、相談に乗ってくれたり、YAGOOさんと話してくれたり。表に出ることは少なかったけれど、その裏でたくさん動いてくれました」

 

「……」

 

「だから、私は今でも歌えています」

 

 その言葉は静かだった。

 

 けれど、重かった。

 

 みこが、少しだけ身を乗り出す。

 

「みこはね、ユウトにいっぱい怒られたにぇ」

 

「怒られた話ばかり出ますね」

 

「だって怒ってたにぇ!」

 

「僕、そんなに怒りっぽかったんですか」

 

「違うにぇ」

 

 みこは首を横に振る。

 

「怒るっていうより、ちゃんと見てくれてた。みこが落ち込んでる時も、変に甘やかすんじゃなくて、『できることからやれ』って言ってくれたにぇ。みこが逃げようとすると、『逃げたいなら逃げてもいい。でも、後悔するなら戻ってこい』って」

 

 ユウトは黙って聞いていた。

 

「ひどい言い方に聞こえるかもしれないけど、みこにはそれがありがたかった。ユウトは、みこが本当はやりたいって思ってるのを分かってくれてたから」

 

 みこの声は、少しずつ柔らかくなっていく。

 

「だから、みこは何回も立てたにぇ」

 

 すいせいも、みこの言葉を受けるように続けた。

 

「私も、似たような感じかな」

 

「すいちゃんも?」

 

「うん。ユウトさんは、甘い言葉ばかり言う人じゃなかった。むしろ、必要なら厳しいことも言う。でも、絶対に見捨てなかった」

 

 すいせいの瞳が、まっすぐユウトを捉える。

 

「私が歌い続けたいって言った時、ユウトさんは『なら、歌える場所を作ればいい』って言った。簡単に言うけど、実際はすごく大変だったはずなのに」

 

「……僕が、そんなことを」

 

「言ったよ」

 

 すいせいは少し笑った。

 

「すごく当たり前みたいに。こっちは人生かけてるくらい必死だったのに、ユウトさんは『やるなら準備する』って顔してた」

 

「それは……無責任じゃないですか?」

 

「逆」

 

 すいせいは即答した。

 

「本気で責任を取る気がある人の言葉だった。だから、私は信じられた」

 

 ユウトは、視線を落とした。

 

 テーブルの上のコーヒーから、わずかな湯気が立っている。

 

 目の前で語られているのは、間違いなく桜井ユウトの話だ。

 

 でも、本当に自分の話なのか。

 

 どこかで疑っている自分もいる。

 

 彼女たちが嬉しそうに、少し寂しそうに語る「前の自分」。

 

 それは、今の自分よりずっと大人で、ずっと強くて、ずっと誰かのために動ける人間のように聞こえた。

 

 同じ名前。

 同じ顔。

 同じ身体。

 

 けれど、自分とは異なる誰か。

 

 その話を聞くたび、胸の奥が温かくなると同時に、形のないざらつきも生まれていた。

 

 ユウトはそれを言葉にはしなかった。

 

 ただ、静かに耳を傾けた。

 

 YAGOOやAちゃんも、時折補足を入れた。

 

 小さな事務所でのこと。

 深夜まで続いた作業。

 配信トラブルを乗り越えた話。

 初めてイベントが成功した日のこと。

 誰かが泣いた時、ユウトが黙って飲み物を置いていったこと。

 誰かが浮かれすぎて機材を壊した時、無言で工具箱を持ってきたこと。

 誰かの夢が折れそうになった時、ぶっきらぼうに「まだ終わってない」と言ったこと。

 

 話の中のユウトは、いつも少し離れたところにいた。

 

 前に出るのではなく、後ろに立つ。

 

 笑顔の中心にいるのではなく、その笑顔が壊れないように支える。

 

 それが、前の桜井ユウトだった。

 

 そして、0期生たちはその話をする時、本当に嬉しそうだった。

 

 時折、声を震わせながら。

 時折、涙を堪えながら。

 それでも、宝物を取り出すように、一つひとつ記憶を語っていく。

 

 ユウトは、何度も頷いた。

 

 何度も「そうですか」と答えた。

 

 何度か、胸ポケットの時計が強く鳴った。

 

 けれど、記憶は戻らなかった。

 

 鮮明な映像は浮かばない。

 

 名前と声が繋がりかけても、霧に包まれる。

 

 それでも、話は続いた。

 

 まるで、失われたアルバムを一枚ずつめくっていくように。

 

 ~~~~~~~~

 

 時間は、思っていたより早く過ぎていた。

 

 気づけば、窓の外の光は少し傾き始めていた。

 

 ユウトの端末が、小さく震える。

 

 画面には、帰りの魔導列車の時刻を知らせる通知が表示されていた。

 

「……すみません」

 

 ユウトは端末を確認してから、顔を上げた。

 

「そろそろ、帰らないといけません」

 

 その言葉に、部屋の空気が一瞬止まった。

 

 みこが露骨に寂しそうな顔をする。

 

「もう帰るのかにぇ?」

 

「はい。あまり遅くなると、明日の予定にも響くので」

 

「でも、まだ話したいこといっぱいあるにぇ」

 

「それは、また次の機会に」

 

「次っていつにぇ?」

 

「それは……谷郷さんに相談してもらえれば」

 

 ユウトがYAGOOを見る。

 

 YAGOOは苦笑した。

 

「もちろん、また機会は作ります。ただし、桜井くんの生活が最優先です」

 

「YAGOO、正論が強すぎるにぇ……」

 

 みこはソファに沈むように肩を落とした。

 

 すいせいも少し残念そうだったが、すぐに立ち上がった。

 

「じゃあ、入口まで送るよ」

 

「いえ、そこまでしなくても」

 

「送る」

 

 すいせいの声は穏やかだった。

 

 だが、拒否を許さない響きがあった。

 

 ユウトは数秒黙った後、諦めたように頷いた。

 

「……分かりました」

 

「みこも行くにぇ!」

 

 みこが勢いよく立ち上がる。

 

「私も」

 

 そらも静かに立つ。

 

「ボクも行く!」

 

 ロボ子さんが手を上げる。

 

「私も見送ります」

 

 AZKiも続く。

 

 YAGOOとAちゃんも、当然のように立ち上がった。

 

 結局、全員でユウトを見送ることになった。

 

 廊下に出ると、みこがすぐにユウトの横へ並んだ。

 

「ねぇ、ユウト」

 

「何?」

 

「みこのこと、そろそろ“みこち”って呼んでみてもいいにぇ」

 

「……なぜ?」

 

「その方が距離が近いからにぇ!」

 

「理由が直球すぎる」

 

「いいから呼ぶにぇ! みこち!」

 

「みこ」

 

「みこち!」

 

「みこ」

 

「みーこーち!」

 

 みこが頬を膨らませる。

 

 ユウトは少しだけ困ったように笑った。

 

「……みこち」

 

 その瞬間、みこの顔がぱっと輝いた。

 

「にぇへへへへ……!」

 

 あまりにも分かりやすく緩んだ表情に、ロボ子さんが笑いを堪え、AZKiも微笑む。

 

 すいせいが即座に反応した。

 

「じゃあ、私も」

 

「嫌な予感がする」

 

「すいちゃん」

 

「もう呼んでると思いますけど」

 

「もっと自然に。あと、これからは私もユウトって呼ぶ」

 

「……呼び捨て?」

 

「うん。みこちだけ距離を詰めるのは不公平だから」

 

「そこ張り合うところですか」

 

「張り合うところ」

 

 すいせいはきっぱり言った。

 

 ユウトは一度、Aちゃんの方を見た。

 

 助けを求めるような視線だった。

 

 Aちゃんは穏やかに微笑む。

 

「頑張ってください」

 

「助けてはくれないんですね」

 

「この件に関しては、私の手に負えません」

 

「そんなに?」

 

「はい」

 

 YAGOOも少しだけ笑っている。

 

「桜井くん、諦めも時には大切だよ」

 

「代表まで」

 

 ユウトは小さく息を吐く。

 

 すいせいが、期待のこもった目で見上げてくる。

 

「ユウト」

 

「……すいちゃん」

 

「うん」

 

 すいせいは満足そうに笑った。

 

「いい響き」

 

「こっちはまだ慣れません」

 

「すぐ慣れるよ」

 

「そういうものですか」

 

「そういうもの」

 

 みこが負けじとユウトの袖を掴む。

 

「ユウト、みこちは?」

 

「……みこち」

 

「にぇへへ」

 

「みこち、顔が緩みすぎ」

 

 すいせいが呆れる。

 

「すいちゃんも大概だと思うにぇ!」

 

 二人のやり取りを聞いて、そらが小さく笑った。

 

「ユウトさん」

 

「はい」

 

「無理しなくて大丈夫ですからね」

 

「ありがとうございます」

 

「でも、いつか私のことも、前みたいに呼んでくれたら嬉しいです」

 

 その言葉に、ユウトは少しだけ動きを止めた。

 

「前みたいに、ですか」

 

「はい」

 

 そらは柔らかく微笑んだ。

 

「でも、今はまだ大丈夫です。今のユウトさんが呼びやすい呼び方で」

 

「……分かりました」

 

 ロボ子さんも手を振るように言う。

 

「ボクのことはロボ子さんでいいよ! 前もそんな感じだったし!」

 

「分かりました、ロボ子さん」

 

「うん!」

 

 AZKiは少し考えてから言った。

 

「私はAZKiで大丈夫です」

 

「AZKiさん?」

 

「……最初は、それでも」

 

「すみません」

 

「謝らなくていいですよ」

 

 廊下を歩く間、そんな会話が続いた。

 

 ユウトは相変わらずどこか困ったような表情をしていたが、拒絶はしなかった。

 

 みこが袖を掴むことも。

 すいせいが距離を詰めて歩くことも。

 ロボ子さんが後ろから楽しそうに話しかけることも。

 そらが柔らかな目で見守ることも。

 AZKiが静かに隣を歩くことも。

 Aちゃんが当たり前のように近くにいることも。

 

 そのすべてを、少し戸惑いながら受け入れていた。

 

 そして一行は、事務所の入口へたどり着いた。

 

 自動扉の向こうには、午後のオルタナティブシティの光が広がっている。

 

「今日は、本当にありがとうございました」

 

 ユウトは入口の手前で振り返り、全員に向かって頭を下げた。

 

「話を聞けてよかったです。また、聞かせてください」

 

 そらが胸元で手を重ねる。

 

「もちろんです」

 

「いつでも話すにぇ!」

 

「次はすいちゃんの話、もっとするね」

 

「ボクの話も!」

 

「私も、まだ話したいことがあります」

 

 YAGOOが穏やかに言った。

 

「気をつけて帰ってください、桜井くん」

 

「はい」

 

 Aちゃんも静かに微笑む。

 

「また来てくださいね」

 

「はい。Aちゃん」

 

 その呼び方に、Aちゃんの表情が一瞬だけ揺れた。

 

 けれどすぐに、優しく頷いた。

 

「はい」

 

 自動扉が開く。

 

 外の光と空気が、室内へ流れ込んできた。

 

 その瞬間だった。

 

「ユウトさぁぁぁぁぁぁぁん!!」

 

 甲高く、明るく、そして涙を含んだ声が、入口の外から飛び込んできた。

 

 ユウトが顔を向けるより早く。

 

 一人の少女が、一直線に走ってきた。

 

 茶色がかった髪。

 元気いっぱいの雰囲気。

 大きく揺れるリボン。

 そして、今にも泣き出しそうな顔。

 

 夏色まつり。

 

 ホロライブ1期生。

 

 彼女は入口の扉が完全に開いた瞬間、勢いを殺すことなくユウトへ飛びついた。

 

「っ!?」

 

 ユウトの身体がわずかに後ろへ揺れる。

 

 けれど、彼は倒れなかった。

 

 反射的に足を引き、重心を落とし、衝撃を受け止める。

 

 まつりは、そのままユウトの胸元にしがみついた。

 

「ユウトさん……っ、ユウトさん、ユウトさん……!」

 

 彼女は泣いていた。

 

 声を震わせ、肩を震わせ、両腕に力を込めて、まるで二度と離すまいとするようにユウトを抱きしめていた。

 

「まつり……?」

 

 みこが驚いた声を上げる。

 

「なんでここに……!」

 

 すいせいの目が鋭くなる。

 

 そらも、ロボ子さんも、AZKiも、突然の出来事に動けなかった。

 

 ユウトは両手を宙に浮かせたまま、困惑していた。

 

「えっと……」

 

 抱きつかれている。

 

 知らないはずの少女に。

 

 けれど、その声も、体温も、胸の奥に小さな痛みを残した。

 

「夏色……まつりさん、ですよね」

 

 その言葉に、まつりの身体がびくりと震えた。

 

 彼女はユウトの胸元に顔を埋めたまま、さらに強く抱きしめる。

 

「さん、じゃない……」

 

「え?」

 

「まつりでいい……まつりって、呼んで……」

 

 泣き声混じりの懇願だった。

 

 ユウトはすぐには答えられなかった。

 

 その時、入口の外からもう一人、息を切らした少女が走ってきた。

 

「まつりちゃん! 待ってって言ったじゃないですか!」

 

 白上フブキだった。

 

 狐耳をぴんと立て、息を整える余裕もないまま入口に駆け込んでくる。

 

 そして、ユウトに抱きついているまつりを見て、額に手を当てた。

 

「……あー」

 

 フブキは乾いた笑みを浮かべた。

 

「これは、完全に出遅れましたね」

 

「フブキちゃん」

 

 そらが静かに名前を呼ぶ。

 

 フブキの身体が固まる。

 

「……はい」

 

「どういうことかな?」

 

 そらの声は優しかった。

 

 とても優しかった。

 

 だが、フブキは背筋を伸ばした。

 

「えーっとですね。白上たちは偶然近くを通りかかりまして」

 

「偶然?」

 

「はい。偶然です」

 

「まつりちゃんが、ユウトさんの来訪時間に合わせて事務所前で待機していたように見えるけど」

 

「……」

 

「偶然?」

 

「……計画的偶然です」

 

「フブキちゃん」

 

「すみませんでした」

 

 フブキは即座に頭を下げた。

 

 YAGOOが深く息を吐く。

 

「フブキくん。昨日の会議で、押しかけや待ち伏せは禁止したはずですが」

 

「はい。承知しております」

 

「ではこれは?」

 

「……まつりちゃんが、どうしても止まらなくて」

 

「フブキ先輩、責任転嫁してるにぇ」

 

 みこがじと目で言う。

 

 フブキは小声で返した。

 

「みこさんにだけは言われたくないですね」

 

「ぐっ」

 

 すいせいが、ユウトに抱きついたまま離れないまつりを見て、ゆっくりと目を細めた。

 

「……まつり先輩、距離近すぎません?」

 

「抱きついたまま言うことじゃないにぇ」

 

「私は今抱きついてない」

 

「今は、にぇ」

 

 ロボ子さんが慌てて両手を振る。

 

「ちょ、ちょっと落ち着こう! ユウトさん困ってるよ!」

 

 AZKiも静かに頷く。

 

「まつりちゃん、まずは少し離れましょう」

 

「やだ……」

 

 まつりは、ユウトの胸元に顔を埋めたまま首を横に振った。

 

「やだ。離したら、また消えちゃうかもしれないもん……」

 

 その言葉に、場の空気が一瞬で静まった。

 

 まつりの声は、子供のように震えていた。

 

「やっと会えたのに……まつり、ずっと、ずっと待ってたのに……また忘れたまま、どこか行っちゃうのは嫌……」

 

 ユウトは動かなかった。

 

 ただ、少しだけ息を吐いた。

 

「……消えません」

 

 静かな声だった。

 

 まつりの肩が震える。

 

「今すぐ、どこかに消えるつもりはありません。帰るだけです」

 

「帰る……?」

 

「はい。僕の家に」

 

「……ほんと?」

 

「はい」

 

 ユウトは少し困ったように言った。

 

「なので、できれば少し離れてもらえると助かります。通行人の視線が痛いので」

 

 その言葉に、まつりはようやく周囲へ意識を向けた。

 

 入口付近には、偶然通りかかったスタッフや関係者が数人、遠巻きにこちらを見ている。

 もちろん、外部に漏れないよう即座にAちゃんが視線で牽制していたが、それでも状況としてはかなり目立っていた。

 

 まつりは、顔を赤くしながらも、渋々ユウトから少しだけ離れた。

 

 完全には離れず、袖を掴んでいる。

 

「……まつり、です」

 

 彼女は涙を拭いながら、小さく言った。

 

「夏色まつり。ホロライブ1期生。……ユウトさんのこと、ずっと覚えてた」

 

 ユウトは、その名前を静かに受け止めた。

 

「桜井ユウトです」

 

「知ってる」

 

「……今の僕は、あなたのことを覚えていません」

 

「知ってる」

 

 まつりの声が震える。

 

「でも、それでもいい。今は、それでもいいから……会えて嬉しい」

 

 フブキが、その横で静かに目を伏せた。

 

 彼女もまた、ユウトに会いたかった。

 

 昨日会ったばかりなのに。

 

 いや、昨日会ったからこそ、また会いたくなったのかもしれない。

 

 ユウトは、まつりの手が掴む自分の袖を見た。

 

 振りほどきはしなかった。

 

「……はい」

 

 彼は静かに答えた。

 

「僕も、会えてよかったです。まつり」

 

 呼び捨てにした瞬間。

 

 まつりの目から、大粒の涙がぼろぼろと零れた。

 

「……っ、う、うん……!」

 

 みこが小さく唸る。

 

「まつり、いきなり呼び捨て成功してるにぇ……」

 

「強い」

 

 すいせいが低く呟く。

 

「これは強い」

 

 そらが少しだけ苦笑した。

 

 AZKiも困ったように笑う。

 

 ロボ子さんは「また会議増えそう……」と小声で呟いた。

 

 Aちゃんは静かに端末を取り出し、何かを記録している。

 

 YAGOOは、遠い目をしていた。

 

「……今日の説明、また増えましたね」

 

 Aちゃんが言う。

 

「そうだね」

 

 YAGOOは深く頷いた。

 

「次回の会議では、待ち伏せ禁止について再確認しよう」

 

「おそらく、効きません」

 

「だろうね」

 

 フブキが聞こえないふりをしている。

 

 まつりはまだユウトの袖を掴んでいる。

 

 みこは不満げに頬を膨らませ、すいせいは何か対抗策を考えている顔をしている。

 

 そらはその混沌を見つめながら、少しだけ懐かしそうに笑った。

 

「……本当に」

 

 彼女は小さく呟いた。

 

「ユウトさんの周りは、いつも騒がしいですね」

 

 ユウトはその言葉に、少しだけ肩をすくめた。

 

「僕のせいなんですか、これ」

 

「はい」

 

 そらはにっこり微笑んだ。

 

「たぶん」

 

「理不尽ですね」

 

「でも、懐かしいです」

 

 その一言に、ユウトは少しだけ黙った。

 

 胸ポケットの時計が、チ、チ、と鳴る。

 

 入口の前。

 

 0期生。

 

 Aちゃん。

 

 YAGOO。

 

 そして、突然飛び込んできた夏色まつりと、遅れてきた白上フブキ。

 

 予定されていた穏やかな顔合わせは、最後の最後で再び混沌に飲み込まれた。

 

 けれど、その混沌はどこか温かかった。

 

「……とりあえず」

 

 ユウトは、袖を掴んでいるまつりを見た。

 

「僕、本当にそろそろ帰らないといけないんですけど」

 

「やだ」

 

「まつりさん」

 

「まつり」

 

「……まつり」

 

「うん」

 

「帰らせてください」

 

「……また会える?」

 

 まつりは、不安そうに見上げた。

 

 ユウトは少しだけ間を置いてから、頷いた。

 

「たぶん、会えます」

 

「絶対」

 

「……絶対とは言えませんが」

 

「絶対」

 

 まつりの目は真剣だった。

 

 ユウトは小さく息を吐く。

 

「分かりました。また会いましょう」

 

 その言葉を聞いて、まつりはようやく袖から手を離した。

 

 ただし、完全に納得した顔ではない。

 

 フブキがすぐにまつりの肩を押さえる。

 

「はい、まつりちゃん。一旦落ち着きましょう。ユウトくん、困ってますから」

 

「フブキちゃんも会いたかったくせに」

 

「それはそうですが、白上は理性がありますので」

 

「昨日尾行してたにぇ」

 

 みこの一言が刺さる。

 

「みこさん?」

 

「何でもないにぇ」

 

 フブキは笑顔だった。

 

 目は笑っていなかった。

 

 ユウトはそのやり取りを見て、小さく笑った。

 

「……本当に、騒がしい人たちですね」

 

 その言葉に、そら、ロボ子さん、AZKi、みこ、すいせい、まつり、フブキ、Aちゃん、YAGOO。

 

 全員が一瞬だけユウトを見た。

 

 そして、誰からともなく笑った。

 

 それは、前世の記憶を持つ者たちにとって、あまりにも懐かしい言葉だった。

 

 ユウトは覚えていない。

 

 けれど、その口から自然に出た言葉は、確かに彼らの知る桜井ユウトのものだった。

 

 チ、チ、チ、チ――。

 

 懐中時計が、静かに時を刻む。

 

 ユウトは、改めて全員に頭を下げた。

 

「それでは、今日はありがとうございました」

 

「気をつけてね、ユウトさん」

 

 そらが言う。

 

「またね!」

 

 ロボ子さんが手を振る。

 

「また、話しましょう」

 

 AZKiが微笑む。

 

「メッセージ送るにぇ!」

 

 みこが手を振る。

 

「帰ったら連絡してね、ユウト」

 

 すいせいが言う。

 

「まつりも送る!」

 

 まつりが勢いよく言う。

 

「連絡先、まだ交換してないでしょう」

 

 Aちゃんが冷静に突っ込む。

 

「今する!」

 

「今日はだめです」

 

「なんで!?」

 

「場が混乱しているからです」

 

「もう十分混乱してるよ!」

 

「だからです」

 

 Aちゃんの言葉に、YAGOOが深く頷いた。

 

「まつりくん、連絡先交換はまた改めて」

 

「えええええ!」

 

 まつりが不満そうに声を上げる。

 

 フブキはその横で、こっそり自分も端末を出そうとしていた。

 

「フブキくん」

 

 YAGOOが静かに名前を呼ぶ。

 

「はい」

 

「君もです」

 

「……はい」

 

 フブキは端末をしまった。

 

 ユウトは苦笑しながら、自動扉の外へ出る。

 

 午後の光が、彼の制服を照らした。

 

 彼は一度だけ振り返り、軽く会釈をした。

 

 そして、オルタナティブシティの人混みの中へ歩き出す。

 

 その背中を、全員が見送った。

 

 まつりは、まだ涙を拭っている。

 

 みこはどこか悔しそうで、すいせいは考え込んでいる。

 そらは優しく微笑み、ロボ子さんとAZKiは静かに手を振っていた。

 AちゃんとYAGOOは、その光景を見守っていた。

 

 ユウトの姿が、人混みに紛れて見えなくなる。

 

 まつりが、小さく呟いた。

 

「……本当に、帰ってきたんだ」

 

 誰も否定しなかった。

 

 だが、Aちゃんは静かに言った。

 

「帰ってきた、というより」

 

 全員が彼女を見る。

 

「今の彼は、まだ帰り道の途中なのかもしれません」

 

 その言葉に、そらがゆっくり頷いた。

 

「……そうですね」

 

 YAGOOも、同じ方向を見つめながら呟いた。

 

「なら、私たちはその道を急かさず、見守らなければならない」

 

 みこが小さく頷く。

 

 すいせいも、珍しく何も言わずに目を伏せた。

 

 だが、その静けさは長く続かなかった。

 

「ところで」

 

 Aちゃんが、まつりとフブキを見た。

 

「お二人には、今から事情を聞かせてもらいます」

 

「えっ」

 

「白上もですか?」

 

「もちろんです」

 

 YAGOOもにこりと笑う。

 

「会議室へ行きましょう」

 

「また尋問にぇ?」

 

 みこが小声で言う。

 

「第三回だね」

 

 すいせいが答える。

 

 ロボ子さんが苦笑した。

 

「ホロライブ、尋問多くない?」

 

「原因が多いからでは」

 

 AZKiが静かに言う。

 

 まつりとフブキは、揃って肩を落とした。

 

 こうして、ユウトと0期生の顔合わせは終わった。

 

 最後に夏色まつりという嵐を呼び込み、白上フブキという火種を引き連れたまま。

 

 そしてホロライブ事務所では、また新たな会議が始まろうとしていた。

 

 その頃、ユウトは何も知らず、駅へ向かう道を歩いていた。

 

 胸ポケットの銀色の懐中時計が、チ、チ、チ、と静かに時を刻んでいる。

 

 彼の心の奥に何が積もっているのか。

 

 それは、まだ誰にも分からない。

 

 ただ一つ確かなのは。

 

 止まっていたはずの物語が、少しずつ、しかし確実に、賑やかな音を立てて動き始めているということだけだった。

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