hololive Lost Story   作:ダニエルズプラン

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第25話 勝者の顔とジャンケン戦争/休日アミューズメントパーク

 ホロライブプロダクション事務所。

 

 その大会議室には、異様な熱気が渦巻いていた。

 

 議題は単純明快。

 

 桜井ユウトとの次の顔合わせを、どの期生が行うのか。

 

 0期生、1期生、2期生との顔合わせはすでに終了している。

 もっとも、終了していると言っても、穏便だったかどうかは別問題だ。

 

 0期生の顔合わせでは、Aちゃんが本来の案内役と交代し、しれっと生の顔合わせでは、Aちゃんが本来の案内役とユウトを部屋まで案内した。

 

 1期生の顔合わせでは、春先のどかが同じく案内役を交代し、さらに夏色まつりと白上フブキが『私は抜け駆けしました』という看板を下げて正座させられていた。

 

 2期生に至っては、集合時間の一時間前から湊あくあがユウトの背中に抱きつき、大空スバルがその背中を押し、百鬼あやめ、癒月ちょこ、紫咲シオンがそのまま事務所へ連行するという、もはや顔合わせというより捕獲に近い始まり方をしていた。

 

 その上、帰り際には収録終わりのholoXと遭遇。

 

 沙花叉クロヱと風間いろはが背後からユウトに抱きつき、ラプラス・ダークネス、高嶺ルイ、博衣こよりが正面で固まるという、予定外の接触まで発生している。

 

 YAGOOは、その報告書を見ながら一度だけ深く天井を仰いだ。

 

 そして、こう言った。

 

「次こそ、予定通りに進めましょう」

 

 その言葉が、どれほど儚い願いであるか。

 

 この場にいる全員が、薄々理解していた。

 

 大会議室の中央には、まだ正式な顔合わせを終えていない期生やグループの代表者たちが並んでいる。

 

 3期生代表、宝鐘マリン。

 

「船長、今回は本気です。前回は油断しましたが、今回はいけます」

 

 4期生代表、桐生ココ。

 

「こっちは言いたいことが山ほどあるんだ。悪いが譲る気はねぇぞ」

 

 5期生代表、獅白ぼたん。

 

「まあまあ、勝負は楽しくいこうよ。勝つけど」

 

 ゲーマーズ代表、大神ミオ。

 

「今度こそちゃんと正式に会いたいんだよね……前回は遭遇だけだったし」

 

 holoX代表、ラプラス・ダークネス。

 

「ふはははは! 偶然の邂逅を果たした我輩たちこそ、次なる正式接触に相応しい!」

 

 English側、Indonesia側の代表も遠隔通信で参加している。

 

 その背後には、まだ顔合わせが済んでいないメンバーたちの、期待と焦燥と嫉妬が入り混じった視線が並んでいた。

 

 そして少し離れた壁際。

 

 すでに顔合わせを終えた0期生、1期生、2期生たちは、その様子を遠巻きに眺めていた。

 

 ある者はソファに腰掛け、ある者は壁に寄りかかり、ある者は自分の端末を何度も何度も確認している。

 

 さくらみこは、端末の画面に表示されたユウトとのトーク画面を眺めていた。

 

『今日も学校? 無理しないでにぇ!』

 

 既読はまだついていない。

 

 それでも、みこの頬は緩んでいた。

 

「にぇへへ……」

 

「みこち、顔がだらしないよ」

 

 隣で星街すいせいが言う。

 

 そう言う彼女自身も、自分の端末を開いていた。

 

 画面には、ユウトとのやり取り。

 

『昨日はお疲れさま。今日はゆっくり休んでね』

 

 その下に、ユウトからの短い返信がある。

 

『ありがとうございます。すいちゃんも無理しないでください』

 

 すいせいはその一文を、もう何十回も読み返していた。

 

「……すいちゃんも人のこと言えないにぇ」

 

「これは確認だから」

 

「みこのも確認だにぇ」

 

「みこちのはにやけすぎ」

 

「すいちゃんもにぇ」

 

 ときのそらは、そんな二人を見て小さく微笑んでいた。

 

 彼女の端末にも、ユウトとの連絡先がある。

 

 たったそれだけのことが、信じられないほど嬉しかった。

 

 前の世界で、最後には自分たちの記憶から消え、連絡先も履歴も写真も何もかも失われてしまった人。

 

 その名前が今、自分の端末の中にある。

 

 まだ記憶は戻っていない。

 

 まだ距離はある。

 

 それでも、呼びかければ返事が届く可能性がある。

 

 それだけで、胸がいっぱいになった。

 

 ロボ子さんも、AZKiも同じだった。

 

 1期生たちも、どこかそわそわしていた。

 

 夏色まつりは、ユウトとの連絡先を見つめながら、指を画面の上で何度も行ったり来たりさせている。

 

「今送っていいかな……でも送ったら重いかな……でも昨日も送ったし……いやでも、ユウトさんが今日は何してるか気になるし……」

 

「まつりちゃん、三分前から同じこと言ってますよ」

 

 フブキが苦笑する。

 

 そのフブキもまた、ユウトとのトーク画面を開いていた。

 

「フブキちゃんだって見てるじゃん!」

 

「白上は冷静に確認しているだけです」

 

「送らないの?」

 

「送ります」

 

「送るんじゃん!」

 

 フブキは白上スマイルのまま、指先を動かした。

 

『ユウトくん、今日は何か予定ありますか? 無理に返さなくて大丈夫ですよ』

 

 送信。

 

 直後、フブキは端末を胸元に抱きしめるように持った。

 

「冷静とは」

 

 アキロゼが柔らかく笑う。

 

 メルは小さく手を合わせていた。

 

「でも、気持ちは分かるよね」

 

 はあちゃまは腕を組みながらそっぽを向いている。

 

「別に、私はそんなに何度も見てないし」

 

 彼女の端末画面には、しっかりユウトの連絡先が表示されていた。

 

 2期生側は、さらに濃かった。

 

 大空スバルは、ユウトから送られてきた短い礼のメッセージを何度も見ていた。

 

「やばいな……普通の返信なのに嬉しいな……」

 

 百鬼あやめは、端末を両手で持ったまま、柔らかく目を細めている。

 

「余の名前が、ユウトさんの端末にあるのだな!」

 

 癒月ちょこは、そんな二人を見て微笑みながらも、自分の端末をしっかり開いている。

 

 紫咲シオンは、「別に何回も見てないし」と言いながら、先ほどから画面のロックを解除しては閉じ、解除しては閉じを繰り返していた。

 

 そして湊あくあは。

 

 ユウトとのトーク画面を、まるで祭壇に捧げられた聖遺物を見るかのように見つめていた。

 

「ユウトさんの返信……ユウトさんの文字……あくあに返してくれた……」

 

「重い」

 

 シオンが即座に言う。

 

「あくあ、さすがにその顔はちょっと怖いぞ」

 

 スバルも苦笑する。

 

「あくあは普通です」

 

「普通の顔じゃないんだよなぁ」

 

 あくあは、画面に表示されたユウトのメッセージを指先でそっと撫でた。

 

『昨日はありがとうございました。話を聞けてよかったです』

 

 その短い文だけで、彼女の胸はどうしようもなく満たされていた。

 

 はしたない。

 

 意地汚い。

 

 そう思う気持ちは、どこかにある。

 

 まだ顔合わせを終えていない仲間たちが、あれほど焦がれるようにユウトとの再会を待っていることも分かっている。

 

 自分たちだけが先に会えた。

 

 自分たちだけが先に連絡先を交換できた。

 

 それを誇るような気持ちは、決して褒められたものではない。

 

 けれど。

 

 嬉しかった。

 

 どうしようもなく、嬉しかった。

 

 誰よりも早く彼と話せたことが。

 彼の端末の中に、自分の名前があることが。

 彼からの短い返信が、自分だけの画面に残っていることが。

 

 その優越感は、罪悪感と混ざり合いながらも、甘く胸の奥を焼いていた。

 

 そして、その顔合わせ済みのメンバーたちの表情を見て、まだ顔合わせを終えていないメンバーたちの目に炎が灯る。

 

「……見た?」

 

 宝鐘マリンが低く呟いた。

 

「見ました。あれは勝者の顔です」

 

 白銀ノエルが拳を握る。

 

「許せませんね。いや、許せないというより……羨ましいです」

 

 兎田ぺこらが耳をピンと立てる。

 

「ぺこらもユウトの連絡先欲しいぺこ……」

 

 不知火フレアは苦笑していたが、瞳は真剣だった。

 

「これはもう、勝つしかないね」

 

 3期生だけではない。

 

 4期生も、5期生も、ゲーマーズも、holoXも、ENもIDも。

 

 全員が同じことを思っていた。

 

 次は自分たちだ。

 

 絶対に、次は自分たちが行く。

 

 会議室中央の空気が、さらに重くなる。

 

 YAGOOはその中央に立ち、少し疲れたように眼鏡を押さえた。

 

「では、代表者の皆さん。準備はよろしいですか」

 

 全員が頷く。

 

 Aちゃんが淡々と進行表を読み上げる。

 

「顔合わせは期生・グループごとに実施。次回の順番は、公平性を保つため代表者によるジャンケンで決定します。なお、魔法、霊術、魔導具、予知、読心、時間操作、身体能力強化、その他一切の不正は禁止です」

 

「時間操作って誰想定ぺこ?」

 

 ぺこらが呟く。

 

 みこが遠くから「ユウトは使わないにぇ!」と返した。

 

「そもそもユウトさん参加してないでしょ」

 

 すいせいが冷静に言う。

 

 ラプラスが腕を組んで笑う。

 

「ふはははは! 小細工など不要! 我輩の絶対的なカリスマに、ジャンケンの神すらひれ伏すであろう!」

 

「総帥、前回すぐ負けましたよね」

 

 ルイが刺す。

 

「ルイ! それは言うな!」

 

 獅白ぼたんは、にこにこと笑って手首を回していた。

 

「まあ、運ゲーは嫌いじゃないよ」

 

 雪花ラミィがその背後で祈るように手を組む。

 

「ぼたんちゃん、お願いします……!」

 

 桃鈴ねねは両手を振り上げている。

 

「ねねたち、絶対ユウト先輩に会いたい!」

 

 尾丸ポルカは妙に芝居がかった声で叫ぶ。

 

「ここで勝たねば座長の名折れ! さあ、ししろん! 運命を撃ち抜け!」

 

「撃ち抜くのはジャンケンだけどね」

 

 ぼたんは笑った。

 

 そして、戦いが始まった。

 

「最初はグー」

 

 代表者たちが拳を握る。

 

 部屋の空気が張り詰めた。

 

 顔合わせ済みのメンバーたちも、さすがに端末から顔を上げる。

 

「ジャン、ケン――」

 

「ぽん!」

 

 手が出る。

 

 パー。

 グー。

 チョキ。

 チョキ。

 グー。

 パー。

 

「あいこです」

 

 Aちゃんが即座に告げる。

 

 全員が息を吐く。

 

「まだまだぁ!」

 

 マリンが叫ぶ。

 

「次!」

 

「ジャン、ケン――」

 

「ぽん!」

 

 また、あいこ。

 

「もう一回!」

 

 今度も、あいこ。

 

 さらに、あいこ。

 

 何度も。

 

 何度も。

 

 代表者たちの手がぶつかり合う。

 

 まるで、それぞれの背後にいる期生たちの情念が、拳の形でぶつかっているかのようだった。

 

「なんで決まらないぺこ!?」

 

「参加してないぺこらさんが叫ばないでください」

 

 フレアが苦笑する。

 

「マリン、読まれてるぞ!」

 

 ノエルが声を上げる。

 

「分かってる! 分かってるけど手が勝手に!」

 

「船長、それ前も言ってたよね」

 

 ココは豪快に笑いながらも、目は真剣だった。

 

「こりゃ面白くなってきたな」

 

 ミオは手元の札を見るような顔で集中している。

 

 ラプラスは「ふはは」と笑っていたが、あいこが続くにつれて額に汗が浮かび始めていた。

 

「な、なぜ決まらん……!」

 

「総帥のカリスマ、ジャンケンには届いていませんね」

 

「ルイ、黙って見守れ!」

 

 ぼたんは、終始楽しそうだった。

 

「そろそろかな」

 

 彼女がぽつりと呟いた。

 

 次の瞬間。

 

「最初はグー!」

 

 YAGOOの声が響く。

 

「ジャン、ケン――」

 

「ぽん!」

 

 場の空気が、一瞬止まった。

 

 獅白ぼたんの手は、チョキ。

 

 マリンはパー。

 

 ココはパー。

 

 ミオはパー。

 

 ラプラスはパー。

 

 他の代表も、パー。

 

 ぼたんだけが、チョキだった。

 

「……勝者」

 

 Aちゃんが淡々と告げる。

 

「5期生代表、獅白ぼたんさん」

 

 次の瞬間。

 

「やったああああああああああああ!!」

 

 桃鈴ねねの叫びが会議室を揺らした。

 

「ぼたんちゃん! ぼたんちゃんんん!!」

 

 ラミィが涙目でぼたんに抱きつく。

 

「ししろん最強! いや知ってた! 私は知っていたぞ! この座長、最初から勝利を確信していた!」

 

 ポルカが謎の演説を始める。

 

 ぼたんは、いつものようにのんびり笑った。

 

「ん、勝ったね」

 

「軽い!」

 

 ねねが叫ぶ。

 

「もっと喜んでよ!」

 

「嬉しいよ?」

 

「顔が余裕すぎる!」

 

 その一方で、敗北した各期生の代表たちは崩れ落ちていた。

 

「くっ……またしても……!」

 

 マリンが膝をつく。

 

「船長、ジャンケン弱いね」

 

 フレアが肩を叩く。

 

「言わないで!」

 

 ココは天井を見上げて舌打ちした。

 

「ちっ、次は勝つ」

 

 ミオは「惜しかったなぁ」と苦笑しつつも、明らかに悔しそうだった。

 

 ラプラスは、しばらく自分のパーの手を見つめていた。

 

「……我輩のカリスマが、チョキに敗れた」

 

「ジャンケンですからね」

 

 ルイが慰めにもならない声をかける。

 

 顔合わせ済み組は、その光景を見守りながら、どこか少しだけ複雑な顔をしていた。

 

 嬉しい。

 

 羨ましい。

 

 懐かしい。

 

 そして、少しだけ優越感がある。

 

 あの熱狂の中心に、もう自分たちは一度立った。

 

 ユウトと話した。

 ユウトに名前を呼ばれた。

 ユウトの端末に、自分の名前がある。

 

 それは、どうしようもなく甘い事実だった。

 

 YAGOOは手元の端末に記録を残す。

 

「では、次の顔合わせは5期生で調整します。桜井くんの予定を確認したうえで、正式な日程を決めましょう」

 

「はい!」

 

 ラミィたちが揃って返事をした。

 

 その声は、期待と緊張で震えていた。

 

 次は5期生。

 

 桜井ユウトがまた一つ、自分の知らない過去と向き合う日が決まろうとしていた。

 

 ~~~~~~~~

 

 その頃。

 

 当の桜井ユウトは、そんな会議室の熱狂など知る由もなく、オルタナティブシティ近隣の自分が住む町にある大型アミューズメント施設に来ていた。

 

 名前は、ミラージュ・パーク。

 

 巨大なドーム型の建物の中にゲームセンター、立体映像アトラクション、ボウリング、軽食エリア、カラオケルーム、仮想ダンジョン体験、屋内型小型ライドまで詰め込まれた、休日の学生たちに人気の施設だ。

 

 天井には人工の青空が投影され、床には光のラインが走り、あちこちで子供たちや学生たちの笑い声が響いている。

 

 ユウトは、その賑やかな空間の中にいた。

 

 一緒にいるのは、学校の友人たち。

 

 犬耳のクラスメイト。

 エルフの少女。

 悪魔の少年。

 

 そして、後輩三人組。

 

 火威青。

 音ノ瀬奏。

 轟はじめ。

 

 青は、いつものように外向きの整った服装だった。

 

 中性的で涼しげな雰囲気。

 歩いているだけで、周囲の女子学生たちがちらちらと視線を向けている。

 

 だが、ユウトは知っている。

 

 この後輩が、漫画の設定を語り始めると止まらないことを。

 

 奏は、軽やかな服装で、周囲を興味深そうに見回していた。施設内に流れる音楽や、アトラクションごとの音の違いに耳を澄ませているらしい。

 

 はじめは、すでにテンションが高かった。

 

「ユウト先輩! あっちにしゅごいゲームあるっしゅ! 剣で魔物をばーんってやるやつっしゅ!」

 

「落ち着いて、ばんちょう。まだ入って五分だよ」

 

 青が苦笑する。

 

「だって青たん、あれ絶対おもしろいやつっしゅよ! ユウト先輩、やろうっしゅ!」

 

「僕が?」

 

「ユウト先輩、ダンジョン訓練で大剣しゅごかったっしゅ! あのゲームも絶対強いっしゅ!」

 

 はじめの言葉に、犬耳の少年が勢いよく頷いた。

 

「それな! ユウト、あの時マジでやばかったもんな! 今日も見せてくれよ!」

 

「いや、あれは訓練用の武器だったからで、ゲームはまた別だと思うけど」

 

「謙遜するなって!」

 

 悪魔の少年が、にやにや笑いながら肩を組んでくる。

 

「今日はユウト無双を見に来たんだからさ」

 

「勝手に目的を決めないでくれ」

 

 ユウトは小さくため息を吐いた。

 

 けれど、その表情は柔らかかった。

 

 最近、周囲からよくそう言われる。

 

 少し表情が柔らかくなった。

 前よりもここにいる感じがする。

 笑い方が自然になった。

 

 自分ではよく分からない。

 

 ただ、ホロライブの人たちと顔合わせを重ねてから、胸の奥の空白が以前ほど冷たく疼かなくなっているのは事実だった。

 

 完全に埋まったわけではない。

 

 過去はまだ霧の向こうだ。

 

 それでも、名前を呼んでくれる人が増えた。

 

 連絡をくれる人が増えた。

 

 自分の知らない自分を、泣きながら、笑いながら、語ってくれる人たちがいる。

 

 その事実が、どこかでユウトの足元を支えていた。

 

「先輩?」

 

 青の声に、ユウトは顔を上げた。

 

「どうしたんですか、ぼーっとして」

 

「いや、何でもないよ」

 

「またそれだ」

 

 青は少しだけ目を細める。

 

「ユウト先輩って、たまに遠いところ見てますよね」

 

「そうかな」

 

「そうですよ」

 

 青は軽く笑った。

 

「まあ、今日は遠くじゃなくて、ちゃんと目の前のゲームを見てもらいますけどね」

 

「青もやるの?」

 

「もちろん。こう見えて、僕はこういう反射神経系も得意なんです」

 

「青くん、この前リズムゲームで初級落ちてなかった?」

 

 奏がさらりと言う。

 

「奏ちゃん、それは今言わなくてよくないかな」

 

「事実なので」

 

「奏ちゃん、時々容赦ないよね」

 

「青くん相手ですから」

 

 はじめが笑う。

 

「青たん、かっこつけるとだいたい失敗するっしゅ!」

 

「ばんちょうまで!」

 

「でも、そこが青たんらしくていいっしゅよ!」

 

「フォローのつもりなのが余計に刺さるなぁ」

 

 ユウトはそのやり取りを見て、小さく笑った。

 

 それを、奏は見逃さなかった。

 

 彼女は少しだけ目を細める。

 

 やはり、最近のユウト先輩は変わった。

 

 笑う。

 

 それ自体は前からあった。

 

 でも、今の笑みは以前よりずっと自然だ。

 

 無理に普通を装うような、どこか作られた笑顔ではない。

 

 その変化の原因が何なのか。

 

 奏は、青やはじめと同じく、薄々気づき始めていた。

 

 ホロライブ。

 

 この世界で知らぬ者はいない冒険者グループ。

 

 ユウトが最近、妙に事務所のあるオルタナティブシティへ足を運ぶようになったこと。

 端末に届く通知を、時々隠すように確認していること。

 会話の中で「YAGOOさん」という名前がごく自然に出てきたこと。

 さらに先日、青とオルタナティブシティへ行った時、店の外で誰かと電話をしていたユウトの表情。

 

 ただのファンや知人ではない。

 

 何かがある。

 

 けれど、ユウトはまだ話していない。

 

 だから、奏たちも踏み込めないでいる。

 

 青も、それを感じていた。

 

 彼は横目でユウトを見る。

 

 ユウトの端末が、ポケットの中で小さく震えた。

 

 ユウトは一瞬だけ反応し、すぐに画面を確認した。

 

 その動きは自然だった。

 

 だが、青には分かった。

 

 彼は、周囲のクラスメイトに画面を見られない角度で確認している。

 

 青の位置から、通知の一部だけが見えた。

 

『星街すいせい:今日、何してるの?』

 

 青は、一瞬だけ呼吸を止めた。

 

 やっぱり。

 

 その名前は、見間違えようがない。

 

 ホロライブ0期生、星街すいせい。

 

 世界的な歌姫であり、トップ冒険者。

 

 その彼女から、ユウトにメッセージが届いている。

 

 青の胸の奥に、ちくりとした痛みが走った。

 

 嫉妬。

 

 それに近い感情。

 

 けれど、青はそれを顔に出さなかった。

 

「ユウト先輩、誰からっしゅか?」

 

 はじめが無邪気に尋ねる。

 

 ユウトは端末を伏せる。

 

「知り合いからだよ」

 

「知り合いっしゅか?」

 

「うん」

 

「最近、ユウト先輩の知り合い多くなったっしゅね」

 

「……そうかもね」

 

 ユウトは曖昧に笑った。

 

 犬耳の少年が、特に深く考えずに笑う。

 

「ユウト、最近人気者だよな。進路相談とかでも先生に呼ばれてるし、ダンジョン訓練で目立ったからじゃね?」

 

「いや、それは関係ないと思う」

 

 エルフの少女も頷く。

 

「でも、桜井くんって最近少し雰囲気変わったし、話しかけやすくなったのはあるかも」

 

「そうかな」

 

「そうよ。前は、何となく壁があったもの」

 

 悪魔の少年が茶化すように言う。

 

「つまりユウトも青春が始まったってことだな!」

 

「何だそれ」

 

「青春だよ青春! 今日だって、こんなに大人数で遊びに来てるし!」

 

 確かに、以前のユウトならこういう誘いに参加しなかったかもしれない。

 

 放課後や休日は、一人でふらりとどこかへ行くか、自宅に戻っていた。

 

 誰かと遊ぶことを嫌っていたわけではない。

 

 ただ、自分がその輪の中にいる理由を見つけられなかった。

 

 今は少し違う。

 

 誘われたから来た。

 

 それだけの理由で、ここにいてもいいと思える。

 

 その変化を、周囲は敏感に感じ取っていた。

 

「じゃあ、まずはあれ行こうぜ!」

 

 犬耳の少年が指差したのは、巨大な筐体型のアトラクションだった。

 

 仮想ダンジョン戦闘ゲーム。

 

 参加者はセンサー付きの模擬武器を持ち、立体映像の魔物と戦う。スコアは動きの正確さ、攻撃の威力、回避、連携などから算出されるらしい。

 

 はじめが目を輝かせた。

 

「あれっしゅ! ユウト先輩、絶対やるっしゅ!」

 

「分かったよ。一回だけな」

 

「やったっしゅ!」

 

 青は少しだけ笑って、ユウトの隣に並ぶ。

 

「じゃあ、僕もやろうかな」

 

「青も?」

 

「先輩ばかり目立たせるわけにはいきませんからね」

 

「青くん、転ばないでくださいね」

 

「奏ちゃん、僕への信頼が低くない?」

 

「実績に基づいています」

 

「ぐうの音も出ない」

 

 結局、ユウト、青、はじめ、犬耳の少年、悪魔の少年が参加することになった。奏とエルフの少女は観戦側へ回る。

 

 受付で模擬武器を選ぶ。

 

 犬耳の少年は斧。

 悪魔の少年は双剣。

 青は細身の剣。

 はじめは短めの棍棒のような武器。

 

 そしてユウトは、並べられた武器の中から、自然と一番大きな両手剣を手に取っていた。

 

 それを見た瞬間、青の目がわずかに細くなる。

 

 ダンジョン訓練の時と同じだ。

 

 ユウトは、自分では意識していないように見える。

 けれど、その手は迷わず大剣を選んでいる。

 

 まるで身体が、それ以外を許さないかのように。

 

「やっぱりそれなんですね」

 

 青が言う。

 

「これが一番、しっくり来るから」

 

 ユウトは短く答えた。

 

 ゲームが始まる。

 

 仮想空間の岩場が広がり、魔導映像で作られた魔物たちが次々と現れる。

 

 犬耳の少年が豪快に斧を振るい、悪魔の少年が双剣で素早く斬り込む。

 青は思ったよりも綺麗なフォームで細剣を構え、はじめは元気いっぱいに棍棒を振り回した。

 

「くらえっしゅー!」

 

「ばんちょう、前出すぎ!」

 

「だいじょぶっしゅ! うちは強いっしゅ!」

 

「強いけど危ない!」

 

 青がフォローに回る。

 

 その隙を突いて、仮想魔獣が横から飛びかかる。

 

 ユウトが動いた。

 

 大剣の重みを利用し、低く踏み込む。

 

 振り下ろすのではなく、横へ滑らせるように一閃。

 

 仮想魔獣の映像が、派手な光を散らして消えた。

 

 観戦席から歓声が上がる。

 

「おおっ、ユウトすげえ!」

 

「やっぱりダンジョン訓練の時の動き、本物じゃん!」

 

 クラスメイトたちが盛り上がる。

 

 ユウトは、少し困ったように笑った。

 

「ゲームだからだよ」

 

「いや、今のゲームの動きじゃなかったよ」

 

 青が小さく呟く。

 

 その声は、ゲーム音に紛れてユウトには届かなかった。

 

 奏は観戦席から、ユウトの動きをじっと見ていた。

 

 洗練されすぎている。

 

 高校生の訓練やゲームで身につく動きではない。

 

 彼の身体には、明らかに何かが刻まれている。

 

 そして、その何かはおそらく、ホロライブと関係している。

 

 奏は、隣にいるエルフの少女を見る。

 

 彼女は純粋にゲームを楽しんでいる顔だった。

 

 クラスメイトたちは、まだ何も知らない。

 

 ユウトとホロライブの間にある、不可解で濃密な繋がりを。

 

 それを知りかけているのは、青、奏、はじめの三人だけ。

 

 いや、知っていると言うにはまだ足りない。

 

 ただ、薄々感づいている。

 

 そして、それが胸をざわつかせる。

 

 ゲームが終わると、スコアボードに結果が表示された。

 

 一位、桜井ユウト。

 

 圧倒的な点差だった。

 

「ユウト先輩、しゅごすぎっしゅ!」

 

 はじめが両手を上げて飛び跳ねる。

 

「いや、たまたまだよ」

 

「たまたまであんな動きできないっしゅ!」

 

「そうですよ、先輩」

 

 青が模擬剣を返却しながら笑う。

 

「そろそろ自分が変だって認めた方がいいんじゃないですか?」

 

「変って言い方はどうなんだ」

 

「じゃあ、規格外」

 

「余計ひどい」

 

 奏も近づいてくる。

 

「でも、格好よかったですよ。ユウト先輩」

 

「ありがとう」

 

 素直に礼を言われて、奏は一瞬だけ言葉に詰まった。

 

 青がそれを見て、ほんの少しだけ眉を上げる。

 

 はじめは気づいていない。

 

「次はプリクラ撮るっしゅ!」

 

「急に方向性変わったな」

 

「思い出作りっしゅ! ユウト先輩、みんなで撮るっしゅ!」

 

 思い出作り。

 

 その言葉に、ユウトの胸ポケットの時計が小さく鳴った。

 

 チ、と。

 

「……そうだね」

 

 ユウトは、少しだけ柔らかく笑った。

 

「撮ろうか」

 

 その笑顔を見て、青、奏、はじめの三人は揃って息を呑んだ。

 

 クラスメイトたちは気づかない。

 

 犬耳の少年は「お、いいじゃん!」と笑い、悪魔の少年は「ユウトがプリクラとか珍し!」と茶化し、エルフの少女は「せっかくだし撮りましょう」と微笑んでいる。

 

 だが、三人だけは分かった。

 

 今のユウトの笑顔は、以前の彼にはなかったものだ。

 

 そして、その変化を生んだのは、おそらく自分たちではない。

 

 青は、胸の奥に小さな痛みを覚えながら、それでも笑った。

 

「じゃあ、最高に格好よく撮ろうか」

 

「青たん、またかっこつけてるっしゅ」

 

「ばんちょう、そこは乗ってよ」

 

「うちはかわいく撮るっしゅ!」

 

「ばんちょうらしいですね」

 

 奏が笑う。

 

 一行は、プリクラ機の並ぶエリアへ向かった。

 

 その途中、ユウトの端末がまた震えた。

 

 彼は一瞬だけ画面を見る。

 

 通知は複数。

 

『湊あくあ:今日は何をしていますか?』

『大空スバル:ちゃんと休んでるかー?』

『白上フブキ:お出かけ中ですか?』

『さくらみこ:ユウト、返信まだかにぇ?』

『星街すいせい:みこち、追撃しすぎ』

『さくらみこ:すいちゃんも送ってるにぇ!』

 

 ユウトは、少しだけ困ったように笑った。

 

 その笑みを、青が見た。

 

 奏も見た。

 

 はじめも、ほんの少し遅れて気づいた。

 

「先輩」

 

 青が、歩きながら静かに声をかける。

 

「何?」

 

「その知り合いって……結構大事な人ですか……?」

 

 ユウトはすぐには答えなかった。

 

 周囲のクラスメイトたちは、少し前を歩いていて聞こえていない。

 

 奏とはじめだけが、二人の会話に耳を澄ませている。

 

 ユウトは端末をポケットにしまった。

 

「……まだ、分からない」

 

 その答えは、曖昧だった。

 

 でも、嘘ではなかった。

 

「ただ、僕のことを知っている人たちだよ」

 

「先輩のことを?」

 

「うん。僕が知らない僕のことを、覚えている人たち」

 

 青は、その言葉を静かに受け止めた。

 

 奏の表情が少しだけ揺れる。

 

 はじめは難しい顔をした。

 

「それって……ユウト先輩にとって、いいことっしゅか?」

 

 はじめの声は、いつもより少しだけ真面目だった。

 

 ユウトは、ほんの少しだけ考えた。

 

「分からない。でも、悪いことではないと思う」

 

「……そう…ですか」

 

 青は、それ以上聞かなかった。

 

 聞きたいことは山ほどある。

 

 相手は誰なのか。

 なぜホロライブの人たちと繋がっているのか。

 ユウトの過去とは何なのか。

 自分たちが知らないところで、彼はどんな世界に足を踏み入れているのか。

 

 でも、今聞いても、きっとユウトは答えきれない。

 

 だから青は笑った。

 

「じゃあ、その人たちに負けないくらい、今日は僕たちとも楽しい思い出を作らないといけませんね」

 

「青くん」

 

 奏が少し驚いたように見る。

 

 青はいつもの王子様めいた顔で笑う。

 

「せっかくの休日なんだ。暗い話は後。今は遊ぶ時間でしょ?」

 

「青たん、いいこと言ったっしゅ!」

 

 はじめがぱっと笑う。

 

「でも、プリクラではうちが一番かわいく写るっしゅ!」

 

「そこは譲らないんだ」

 

「譲らないっしゅ!」

 

 ユウトは、そのやり取りを見て小さく笑った。

 

「じゃあ、行きましょうか」

 

 七人は、光の溢れるプリクラエリアへと歩いていく。

 

 ホロライブ事務所で繰り広げられている熾烈な次回争奪戦も。

 5期生が次の顔合わせに決まったことも。

 今この瞬間、ユウトの連絡先を眺めている少女たちの重すぎる感情も。

 

 ユウトはまだ知らない。

 

 ただ、今は。

 

 目の前にいる友人たちと、後輩たちと。

 

 ほんの少しだけ普通の高校生らしく、休日を過ごしていた。

 

 チ、チ、チ、チ――。

 

 胸ポケットの銀色の懐中時計が、騒がしいアミューズメント施設の音に紛れながら、静かに時を刻む。

 

 失われた過去へ向かう針と。

 

 今ここにある日常を刻む針。

 

 二つの時間が、少しずつ、同じ場所へ重なり始めていた。

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