hololive Lost Story 作:ダニエルズプラン
ゲーマーズとの顔合わせは、休憩室という名のほぼゲーム部屋で始まった。
始まった、はずだった。
大きなテレビ。
山のように積まれたゲームソフト。
テーブルの上のお菓子。
自販機と冷蔵庫と謎に充実したキッチン。
そして、ソファ周辺に集まるホロライブゲーマーズの面々。
その光景だけなら、確かに「ゲーマーズらしい顔合わせ」と言えなくもない。
だが、問題が一つあった。
白上フブキが、いまだに縄でぐるぐる巻きにされていた。
「では、まずは自己紹介からですね」
Aちゃんが、淡々と進行表を確認しながら言った。
「本来であれば、ゲーマーズ全員に順番に自己紹介をしていただく予定でしたが」
ちらり、とAちゃんの視線が床の方へ向く。
床の上では、白上フブキがきりっとした顔のまま正座していた。
正座というより、縛られているのでそういう姿勢に固定されているだけだった。
首から下げられた看板には、やはりこう書かれている。
『私は抜け駆け未遂しました』
さらにその下。
『ゲーマーズ回でも先に動こうとしました』
あまりにも罪状が具体的だった。
「白上さんは反省中なので、自己紹介は後回しです」
「Aちゃん、白上もちゃんとゲーマーズなんですが!?」
「反省中です」
「はい……」
フブキはしゅんとした。
ユウトは、その光景を見ながら何とも言えない顔をしていた。
これまでの顔合わせで、ホロライブの人たちがかなり自由なことは理解しているつもりだった。
0期生では、Aちゃんが案内役をすり替えた。
1期生では、フブキさんと夏色まつりさんが看板付きで正座させられていた。
2期生では、湊あくあさんが背中に張り付き、大空スバルさんがそのまま事務所へ押し込んできた。
5期生では、獅白ぼたんさんが事務所近くにラーメン屋台を出し、外壁を登って会議室へ合流した。
だから、多少のことではもう驚かない。
そう思っていた。
しかし、縛られたまま真面目に自己紹介の順番を待っている白上フブキという光景は、さすがに処理が難しかった。
「じゃあ、まずはミオしゃからだねぇ」
戌神ころねが、にこにこと笑いながら言った。
その手には、まだコントローラーが握られている。
ゲームは一時停止中だ。
だが、ころねの視線は画面ではなく、ずっとユウトの方を向いていた。
「う、うん。じゃあ、私から」
大神ミオは、少しだけ緊張したように姿勢を正した。
穏やかな雰囲気をまとった狼の少女。
彼女はユウトの正面に座り、両手を膝の上で軽く握る。
「ホロライブゲーマーズ、大神ミオです。えっと……ミオで大丈夫だよ」
「よろしくお願いします。大神さん」
「あ、うん。最初はそれでも大丈夫」
ミオは困ったように、でも少し嬉しそうに笑った。
「前の世界では、ユウトくんにたくさん助けてもらいました。直接何かしてもらったこともあるし、見えないところで支えてもらっていたことも、あとから知ったこともたくさんある」
彼女の声は柔らかかった。
けれど、その奥には深い重みがあった。
「ユウトくんは、いつも自分のことは後回しにしてた。誰かが困ってたらそっちへ行くし、誰かが泣いてたら、ぎこちなくても隣にいてくれるし。だけど、自分がつらい時は、あまり言ってくれなかった」
ミオは、少しだけ目を伏せる。
「だから、今度はちゃんと見ていたいと思ってる。ユウトくんが無理してないか。ちゃんと笑えてるか。困ってる時に、誰かに頼れているか」
そこで彼女は顔を上げた。
「また会えて、本当に嬉しい。今日はよろしくね、ユウトくん」
「……よろしくお願いします」
ユウトは静かに頭を下げた。
ミオの言葉は、胸の奥にすっと入ってきた。
優しい。
けれど、その優しさはただ甘やかすものではない。
見守る。
支える。
必要なら止める。
そんな、芯のある優しさだった。
「次、僕だね〜」
猫又おかゆが、ソファの背にもたれたまま、片手を軽く上げた。
眠たげで、どこか掴みどころのない声。
けれど、ユウトの方を見る目は、まっすぐだった。
「ホロライブゲーマーズ、猫又おかゆだよ。おにぎりゃーの猫、って言えばいいのかな」
「よろしくお願いします。猫又さん」
「おかゆでいいよ〜」
「……おかゆさん」
「うん、今日はそれで許してあげる」
おかゆは、くすっと笑った。
その笑顔は柔らかい。
けれど、やはりどこか油断ならない。
「前の世界のユウトくんはね、たぶん今よりもっと忙しそうだったよ。いつも何か考えてて、いつも誰かのために動いてて。僕たちの前では普通にしてたけど、ふとした時にすごく遠い顔をしてた」
おかゆの声は、淡々としていた。
淡々としているからこそ、言葉が刺さる。
「僕、そういうユウトくんの顔、けっこう覚えてるんだ。何か隠してる顔。大丈夫って言いながら、全然大丈夫じゃない顔。放っておいたら、どこかへ行っちゃいそうな顔」
ユウトは、何も言えなかった。
その話は、自分のことのようで、自分のことではない。
けれど、なぜか否定できない。
「だから、今度はね」
おかゆは、ほんの少しだけ目を細めた。
「僕も遠慮しないことにしたんだ〜」
「遠慮、ですか」
「うん。ユウトくんが逃げそうになったら、背中を押すし。隠しごとしてたら、横から覗くし。困ってたら、勝手に隣に座る」
「それは……だいぶ踏み込んでいますね」
「そうだよ」
おかゆは、何でもないことのように言った。
「だって、もう一回なくすのは嫌だから」
その一言だけ、部屋の空気を静かに変えた。
ユウトは、おかゆを見た。
おかゆは笑っている。
いつものように、ゆるく。
けれど、その瞳の奥には、確かに痛みがあった。
「……よろしくお願いします。おかゆさん」
「うん。よろしくね、ユウトくん」
そして最後に、戌神ころねが勢いよく手を上げた。
「はいはい! ころねの番!」
ころねは、テレビの前からユウトの前へ移動した。
床にぺたんと座り、こちらを見上げるようにして笑う。
「ホロライブゲーマーズ、戌神ころねです! ころねはね、ゲームが好きで、みんなと遊ぶのも好きで、ユウトくんのことも好きだよぉ」
「情報の並びがすごいですね」
「大事なことは最初に言わないとねぇ」
「最初ではなかった気がします」
「じゃあ、もう一回言う?」
「大丈夫です」
ユウトが即座に止めると、ころねは嬉しそうに笑った。
「今のツッコミ、好き」
「そうですか」
「うん。前のユウトくんも、ころねが変なこと言うとそうやって返してくれたよぉ」
ころねの声が、少しだけ柔らかくなる。
「ころねはね、ユウトくんのこと、いっぱい覚えてる。忙しいのに配信の準備を手伝ってくれたこと。ころねが変なゲームを持ってきても、呆れながら一緒に確認してくれたこと。ころねが遅くまで起きてたら、怒ってくれたこと」
彼女はにこにこと笑っている。
だが、次の言葉は、少しだけ沈んでいた。
「それから、いなくなったこと」
ユウトの胸ポケットで、時計が小さく鳴った。
チ、と。
「ころね、あの時のこと、まだ怒ってるよ」
「……すみません」
「ううん。今のユウトくんに謝ってほしいわけじゃないよぉ」
ころねは首を横に振った。
「ただね、覚えてないからって、なかったことにはならないでしょ?」
その言葉に、ユウトは息を止めた。
なかったことにはならない。
それは、これまで何度も感じてきたことだった。
自分が覚えていなくても。
彼女たちは覚えている。
彼女たちの中にいる桜井ユウトは、確かに存在している。
笑って、怒って、助けて、傷ついて、消えた。
そして今、彼女たちはその続きを見ようとしている。
「だから、ころねはちゃんと捕まえるよ」
ころねは笑った。
「ユウトくんがまた勝手にどっか行かないように」
穏やかな声だった。
けれど、その中には逃げ場のない強さがあった。
ユウトは、少しだけ背筋を伸ばす。
「……なるべく、勝手にいなくならないようにします」
「なるべく?」
ころねの目が細くなる。
「絶対、じゃなくて?」
「えっと……」
「ユウトくん」
「はい」
「絶対、ね?」
にこにこ。
にこにこ。
笑顔なのに、圧がある。
ミオが慌てて横から声をかけた。
「ころね、そこまで」
「はぁい」
ころねは素直に引いた。
だが、視線だけはユウトから離れなかった。
ユウトは、心の中で静かに思った。
この人は、本当に穏やかな攻撃型だ。
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自己紹介が終わった。
ただし、白上フブキを除いて。
「白上の番は!?」
床の上で、フブキが声を上げる。
「白上も! 白上もゲーマーズとして自己紹介したいです!」
「フブキさんはさっき反省中って言われてましたよね」
ユウトが言うと、フブキはしょんぼりした。
「ユウトくんまで……」
「いえ、僕もさすがに何と言えばいいか」
「白上は悲しいです。すでに1期生の時に一度自己紹介したからといって、ゲーマーズとしての白上をスキップされるとは」
「自業自得だよ、フブキ」
ミオが苦笑する。
「抜け駆けしようとしなければ縛られなかったんだから」
「だって! ゲーマーズ回ですよ!? 白上は1期生でもありゲーマーズでもあります! つまりユウトくんと二回顔合わせする権利があるのでは!?」
「権利はあるけど、順番を守ろうね〜」
おかゆが言う。
「おかゆんに言われると、なぜか逃げ道を塞がれた気持ちになりますね」
「塞いでるからね〜」
「怖い」
フブキは縛られたまま、ぴょこんと跳ねた。
いや、跳ねようとした。
縄で手足の自由がほとんどないため、動きはかなり制限されている。
それでもフブキは、何とか床の上で身体を揺らし、自己主張を続けた。
びたん。
「白上も!」
びたん。
「話したい!」
びたんびたん。
「ユウトくんに!」
びたんびたんびたん。
「ゲーマーズとして!」
その姿は、ほとんど陸に上げられたマグロだった。
ユウトは、最初こそ呆然としていた。
しかし、しばらく見ているうちに、だんだん憐れみが勝ってきた。
「あの……Aちゃんさん」
「はい」
「さすがに、解いてあげてもいいんじゃないでしょうか」
Aちゃんは、ちらりとフブキを見た。
フブキは床でびたんびたんしている。
のどかは少し困った顔で笑っている。
YAGOOは遠い目をしていた。
「……桜井くんがそう言うなら」
Aちゃんは、軽くため息を吐いた。
「ただし、白上さん」
「はい!」
「解いたあとに勝手な行動をした場合、次はもっと重い看板を用意します」
「看板の重さが物理になるんですか!?」
「必要であれば」
「怖い!」
ユウトはフブキのそばに膝をついた。
「失礼します」
「え、ユウトくんが解いてくれるんですか?」
「はい。動かないでください」
「動けません!」
「確かに」
ユウトは縄の結び目を確認し、指をかけた。
その瞬間、フブキの耳がぴくりと動く。
「……ユウトくん」
「はい」
「前にも、こういうことありましたよ」
「縄を解いたことが?」
「いえ、白上がちょっとやらかして、ユウトくんが呆れながら後始末してくれたことが」
「かなりありそうですね」
「否定できません」
フブキは少しだけ笑った。
「でも、その時のユウトくん、すごく優しかったです」
ユウトの手が、一瞬止まる。
フブキの声は、先ほどまでの調子とは少し違っていた。
「怒る時はちゃんと怒るんです。でも、最後は絶対に見捨てない。白上がふざけすぎた時も、やらかした時も、笑ってごまかそうとした時も、ユウトくんはちゃんと見てました」
フブキは、ユウトを見上げる。
「だから、白上は覚えています。ユウトくんが、白上たちのそばにいてくれたこと」
「……僕は」
「思い出してなくてもいいです」
フブキは、穏やかに言った。
「今はまだ。それでも、白上が覚えてますから」
ユウトは、少しだけ目を伏せた。
そのまま、ゆっくりと縄を解いていく。
硬い結び目。
何重にも巻かれた縄。
Aちゃんの本気度が見える。
しかし、ユウトの指は不思議と迷わなかった。
結び目の構造を見て、力のかかり方を読み、少しずつ緩めていく。
「ユウトくん、手際いいねぇ」
ころねが感心したように言う。
「僕も、なんで分かるのかはよく分かりません」
「身体が覚えてるんじゃない?」
おかゆが、ぽつりと言った。
ユウトは返事をしなかった。
縄がほどける。
フブキの両腕が自由になった。
「ふぅ……生き返りました」
「大袈裟ですよ」
「ユウトくん、ありがとうございます!」
フブキは満面の笑みを浮かべた。
そして、すぐにユウトの手を両手で握ろうとした。
その瞬間。
「フブキ」
ミオの声。
「白上さん」
Aちゃんの声。
「フブちゃん」
ころねの声。
「抜け駆け禁止だよ〜」
おかゆの声。
四方向から圧が飛んだ。
フブキは、ぴたりと動きを止める。
「……握手も抜け駆けですか?」
「場合によるよね」
ミオが笑顔で言った。
「はい」
フブキはそっと手を引いた。
ユウトは、何とも言えない顔で立ち上がる。
ゲーマーズ。
自由だ。
自由すぎる。
だが、その自由さの奥にある感情は、決して軽くない。
むしろ、重い。
笑いで包んでいるだけだ。
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その後。
顔合わせは、ゲームを挟みながら進んでいった。
普通の会議室で向かい合って話すのとは、まるで違う形だった。
協力型のアクションゲーム。
パズルゲーム。
レトロな横スクロールゲーム。
なぜか途中で始まった対戦格闘ゲーム。
ゲームをしながら、彼女たちは前の世界の話をした。
フブキは、ユウトがスタッフとしてどれほど忙しく動いていたかを話した。
収録前の機材確認。
配信トラブル時の対応。
タレント同士のスケジュール調整。
外部企業との連絡。
時には深夜まで残って、翌日の配信素材を確認していたこと。
「ユウトくん、よく白上たちに『早く帰れ』って言ってましたけど、自分が一番帰ってなかったんですよ」
「それは……よくないですね」
「そうです。よくないです」
フブキは、ゲーム画面で敵を倒しながら言った。
「だから今度は、白上がちゃんと見張ります」
「見張る?」
「はい。睡眠時間、食事、学校生活、交友関係、全部」
「全部は多いです」
「白上、狐なので視野が広いです」
「理由になっていません」
ミオは、ユウトが無茶をした時の話をした。
誰かを守るために、何も言わずに戦場へ向かったこと。
戻ってきた時には、平気な顔をしていたが、実際はかなり危ない状態だったこと。
それでも、彼は「大丈夫です」と言って笑ったこと。
「本当に、大丈夫じゃない時ほど大丈夫って言うんだよね」
ミオは、少しだけ困った顔で言った。
「ユウトくん、今もそれやる?」
「……分かりません」
「じゃあ、やってたら止めるね」
「お願いします」
「素直だ」
ミオは少し驚き、それから嬉しそうに笑った。
おかゆは、ユウトが意外とゲームに付き合ってくれた話をした。
忙しい合間に、少しだけ休憩と称してゲームをやらされたこと。
最初は乗り気ではなかったのに、始めると妙に負けず嫌いだったこと。
おかゆがわざと隣で煽ると、呆れながらもちゃんと反応してくれたこと。
「ユウトくん、前もけっこうツッコミ上手だったよ〜」
「そうなんですか」
「うん。僕が変なこと言うと、すぐ返してくれるから楽しかった」
「今も変なことは言っている気がします」
「じゃあ、変わってないね〜」
おかゆは満足そうだった。
ころねは、あまり多くを説明しなかった。
ただ、ゲームをしながら、ぽつりぽつりと話した。
ユウトがころねの長時間配信を心配していたこと。
変なゲームを見つけると、なぜか彼に見せたくなったこと。
彼が呆れた顔をしながらも、最後には付き合ってくれたこと。
ころねが笑うと、少しだけ安心したような顔をしていたこと。
「だからねぇ」
ころねは、協力ゲームでユウトのキャラクターを助けながら言った。
「ころねは、ユウトくんが笑ってると嬉しいよ」
「……ありがとうございます」
「でも、無理して笑ってたら怒るよ」
「はい」
「怒ったらねぇ」
「はい」
「ぎゅーってする」
「それは怒るんですか?」
「怒りのぎゅー」
「概念が新しい」
ころねはにこにこ笑った。
その間も、彼女たちの意識はずっとユウトへ向いていた。
ゲームをしている。
手元は動いている。
画面も見ている。
だが、会話の中心は常にユウトだった。
ユウトが少しでも困った顔をすれば、ミオが声をかける。
ユウトが水を飲もうとすれば、おかゆが自然に飲み物を差し出す。
ユウトが何か言いかければ、フブキが即座に拾う。
ユウトが笑えば、ころねの目が嬉しそうに細くなる。
重い。
だが、その重さに押し潰されるだけではなかった。
不思議と、温かい。
失われた時間が、ゲームの効果音と笑い声の中で、少しずつ輪郭を取り戻していくようだった。
気づけば、時間は過ぎていた。
窓の外の空が、夕方の色に変わり始めている。
ユウトは胸ポケットから懐中時計を取り出した。
チ、チ、チ、チ――。
針は、帰るべき時間を指していた。
「……そろそろ、帰らないと」
その言葉に、部屋の空気が少しだけ止まった。
フブキの耳が下がる。
ミオが寂しそうに眉を下げる。
おかゆが、ほんの少しだけ目を細める。
ころねは笑っていた。
けれど、その手がコントローラーをぎゅっと握っているのを、ユウトは見逃さなかった。
「そっかぁ」
ころねが言う。
「帰るんだねぇ」
「はい。明日も学校があるので」
「学校かぁ」
ミオが頷く。
「高校生なんだもんね、今のユウトくんは」
「そういえば、制服じゃないユウトくんも新鮮だよね〜」
おかゆが言う。
「私服、似合ってるよ」
「ありがとうございます」
フブキが両手を上げる。
「では、見送りです!」
「もちろんだね」
ミオが立ち上がる。
「僕も行くよ〜」
おかゆもゆっくり立ち上がる。
「ころねも行く」
ころねは当然のように言った。
「最後にぎゅーする時間ある?」
「ありません」
ユウトが即答すると、ころねは嬉しそうに笑った。
「即答だぁ」
「喜ばないでください」
「でも、ちゃんと返してくれるの嬉しいよぉ」
YAGOOも立ち上がった。
Aちゃん、のどかも続く。
結局、ゲーマーズ全員とスタッフ陣に見送られながら、ユウトは休憩室を出ることになった。
廊下には、配信スタジオから漏れる声や、スタッフの足音が響いている。
空間拡張された階層の廊下は、外観からは想像できないほど長い。
ユウトは、ゲーマーズと並んで歩きながら、ふとYAGOOへ声をかけた。
「YAGOOさん」
「はい、桜井くん」
「次の週末なんですが、土曜日だけなら時間を取れそうです」
YAGOOの表情が、少し明るくなった。
「本当ですか」
「はい。日曜日は予定があるので難しいですが、土曜日なら午後から空いています」
「分かりました。顔合わせができるなら、次は3期生で調整できると思います」
3期生。
その言葉が出た瞬間。
ゲーマーズの空気が変わった。
「3期生かぁ」
フブキがにこりと笑う。
「ユウトくん、3期生はね、なかなか癖が強いですよ」
「癖が強い」
「うん。とても」
ミオが苦笑する。
「まあ、良い子たちなんだけどね。良い子たちなんだけど、全員方向性が違うというか」
「方向性」
おかゆが、ゆるく続ける。
「船長はすごいよ〜。テンション高いし、距離近いし、話が長いし、たぶんユウトくん見たらめちゃくちゃ騒ぐよ」
「宝鐘マリンさんですか」
「うん。ヒステリックなBBAがいるから気をつけてね〜」
「おかゆさん!?」
ユウトは思わず声を上げた。
おかゆは、けろりとしている。
「本人がよくそういうノリするから大丈夫大丈夫」
「本当に大丈夫なんですか、それ」
「たぶん」
「たぶんは信用できないです」
ころねが、にこにこしながら言う。
「ぺこらちゃんもいるよぉ」
「兎田ぺこらさんですね」
「うん。すごく賑やか。あと、いたずらする。あと、たぶん隠れて見てる」
「隠れて?」
ユウトが首を傾げる。
フブキが楽しそうに続けた。
「ぺこーらは、こう、警戒心が強いようで好奇心が勝つタイプですからね。ユウトくんのことも、絶対に先に見ようとしますよ」
「もう見てたりしてね〜」
おかゆが言う。
ミオが苦笑する。
「やめなって。ユウトくんが不安になるから」
「でも、3期生ならありそう」
「否定できないのが困る」
フブキは、さらに勢いづいた。
「ノエルちゃんは力が強いです。抱きしめられたら気をつけてください。たぶん骨は折れませんが、気持ちは折れるかもしれません」
「何を言ってるんですか」
「フレアちゃんは常識人枠に見えますが、3期生基準の常識人です」
「それは常識人なんですか?」
「微妙です」
おかゆが頷く。
「3期生はね〜、まとまってるようでまとまってないし、まとまってないようでまとまってるよ」
「分かるようで分からないです」
「見たら分かるよ」
ころねが楽しそうに言う。
「でもね、ユウトくん」
「はい」
「気をつけてねぇ」
ころねは笑った。
「3期生も、ユウトくんのこと大好きだから」
その言葉に、廊下の空気が少しだけ変わった。
冗談交じりの紹介。
あることないことを好き勝手に吹き込むゲーマーズ。
だが、その根底にあるのは、分かっている。
3期生もまた、自分を覚えている。
自分が忘れてしまった時間を、抱えている。
そして、きっと彼女たちも。
笑いながら、泣きながら、自分の知らない桜井ユウトを語るのだろう。
「……分かりました」
ユウトは静かに頷いた。
「気をつけます」
「真面目に受け取った」
フブキが笑う。
「いや、半分くらいは本当なので」
「半分なんですか」
「残り半分は盛りました」
「盛らないでください」
その時だった。
ユウトの視界の端に、何かが映った。
事務所の入口へ続く廊下。
その少し先。
曲がり角の陰。
そこから、ぴょこんと白いものが見えていた。
白い。
長い。
ふわりとした、兎の耳。
ユウトは、一瞬だけ足を止めた。
「……」
耳は、すぐに引っ込んだ。
まるで、見つかったと気づいたように。
ユウトは、ゆっくりとゲーマーズの方を見る。
フブキはにこにこしている。
おかゆもにこにこしている。
ころねはにこにこしている。
ミオだけが、少し困ったように目を逸らした。
「……もしかして」
ユウトが言いかけると、フブキが食い気味に言った。
「気のせいです」
「まだ何も言っていません」
「気のせいです」
おかゆも頷く。
「白い兎耳なんて見えてないよ〜」
「僕、兎耳って言いましたか?」
「言ってないねぇ」
「じゃあ何で」
「不思議だね〜」
ころねが、さらに楽しそうに笑う。
「ユウトくん、見ちゃったんだぁ」
「見ちゃったって言いましたね」
「えへへ」
ミオが頭を抱えた。
「もう、みんな雑すぎるって……」
YAGOOは、無言で眼鏡を押さえた。
Aちゃんは、端末に何かを記録している。
のどかは、ものすごく困った顔で笑っていた。
「……次回、3期生ですよね」
ユウトが確認する。
「はい」
YAGOOは、やや疲れた声で答えた。
「その予定です」
「予定」
「予定です」
その言い方が、妙に重かった。
ユウトは、曲がり角の方をもう一度見る。
白い兎耳は、もう見えない。
だが、確かにそこにいた。
おそらく、次に会うはずの誰かが。
ゲーマーズが言っていた。
3期生は癖が強い。
賑やか。
距離が近い。
ヒステリックなBBAがいる。
いたずら好きな兎がいる。
そして、全員が自分のことを覚えている。
ユウトは、胸ポケットの懐中時計に触れた。
チ、チ、チ、チ――。
いつも通りの音。
だが、今日は少しだけ、不安そうに聞こえた。
入口まで来ると、ゲーマーズの四人が並んで立ち止まった。
「今日はありがとうございました」
ユウトが頭を下げる。
「こちらこそ」
ミオが優しく笑う。
「また来てね、ユウトくん」
「次はもっとちゃんとゲームしようね〜」
おかゆが手を振る。
「今日はまだ僕、本気出してないから」
「十分強かったですけど」
「じゃあ次はもっとだね」
フブキは、いつもの白上スマイルで言った。
「ユウトくん、何かあったらいつでも白上に連絡してください。3期生に囲まれて困った時も、白上が助けに行きます」
「助けに来た結果、また混沌としそうですね」
「信頼が低い!」
ころねは、ユウトの前に一歩出た。
にこにこ笑っている。
「ユウトくん」
「はい」
「今日は我慢したよぉ」
「何をですか」
「ぎゅー」
「……そうですね」
「だから、次はしていい?」
「段階を踏ませてください」
「段階踏んだらいいの?」
「そこだけ拾わないでください」
ころねは、嬉しそうに笑った。
そして、小さく手を振る。
「またね、ユウトくん。絶対だよ」
「……はい。また」
ユウトはもう一度頭を下げ、事務所を出た。
外の空気は、少し冷たかった。
夕方のオルタナティブシティは、昼間とは違う色に染まっている。魔導ネオンが灯り始め、ビルの窓に反射した光が、道行く人々の影を長く伸ばしていた。
ユウトは歩き出す。
背後にあるホロライブ事務所からは、まだ賑やかな気配がしていた。
きっと今頃、ゲーマーズは休憩室に戻っているのだろう。
フブキさんはまた何か言っているかもしれない。
ミオさんはそれをたしなめているかもしれない。
おかゆさんは笑いながらお菓子を食べているかもしれない。
ころねさんは、次に何をするか考えているかもしれない。
そして。
曲がり角にいた白い兎耳の持ち主も、きっとどこかでこちらを見ていた。
「……3期生か」
ユウトは、小さく呟く。
不安はある。
かなりある。
だが、逃げるつもりはなかった。
自分の知らない過去を知るために。
彼女たちの中にいる自分と向き合うために。
そして、今ここにいる自分が、何を選ぶのかを確かめるために。
ユウトは、次の週末もまた、ここへ来る。
そう決めていた。
チ、チ、チ、チ――。
銀色の懐中時計が、胸元で静かに時を刻む。
ゲームと笑い声に満ちたゲーマーズとの顔合わせは、こうして幕を下ろした。
だが、次の舞台の幕は、すでに少しだけ上がっている。
曲がり角の向こう。
見えたのは、白い兎耳。
それはきっと、3期生という名のさらなる嵐の予告だった。