hololive Lost Story   作:ダニエルズプラン

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第31話 3期生参上!騒ぎと涙のチェックアウト

 

 自己紹介前から波乱万丈だった、3期生との顔合わせ。

 

 骸骨騎士。

 

 偽装スタッフ。

 

 人気のない廊下。

 

 拉致未遂判定。

 

 そして、潤羽るしあによる「お迎え」。

 

 顔合わせという言葉から想像される光景とは、かなり遠い始まりだった。

 

 いや、かなりどころではない。

 

 普通に考えれば、事務所の危機管理案件である。

 

 そんな出来事を経て、ユウトたちはようやく本来の顔合わせ用の部屋へ移動していた。

 

 部屋の中は、すでにAちゃんとのどかによって安全確認が済まされている。

 

 中央には大きなテーブル。

 

 人数分の椅子。

 

 飲み物と軽い菓子。

 

 壁際には魔導端末と映像投影装置。

 

 今までの顔合わせでも使われていた、落ち着いた空間だった。

 

 ただし、今日は壁に一枚だけ貼り紙が増えていた。

 

『本日の禁止事項

 一、召喚魔術による包囲

 二、落とし穴の設置

 三、擬態した配下による誘導

 四、抜け駆け全般』

 

 内容が具体的すぎた。

 

 ユウトは、その貼り紙を見てから、ゆっくりと3期生の方を見る。

 

 ぺこらは目を逸らした。

 

 マリンは口笛を吹こうとして失敗した。

 

 ノエルは申し訳なさそうに背筋を伸ばしていた。

 

 フレアは完全に頭を抱えていた。

 

 るしあは、ユウトのそばから一歩だけ離れた位置で、しゅんとした顔をしていた。

 

「……これ、毎回必要なんですか」

 

 ユウトが思わず呟くと、Aちゃんは淡々と答えた。

 

「3期生回では、念のため必要と判断しました」

 

「念のため」

 

「はい。念のためです」

 

 その言葉の重みが、今のユウトにはよく分かった。

 

 YAGOOは少し遠い目をしている。

 

 のどかは困ったように笑っている。

 

 おそらくこの二人も、ここに来るまでに何かしら覚悟を決めていたのだろう。

 

「では」

 

 Aちゃんが端末を操作しながら、場を整える。

 

「改めて、3期生との顔合わせを開始します。まずは自己紹介からです」

 

「はいぺこ!」

 

 兎田ぺこらが、勢いよく手を上げた。

 

「ぺこらから行くぺこ!」

 

「順番は事前に決めています」

 

「ぺこらからじゃないぺこ?」

 

「ぺこらさんからです」

 

「じゃあ何も問題ないぺこ!」

 

「ただし、余計な演出は禁止です」

 

「余計な演出って何ぺこ?」

 

「足元の魔導陣です」

 

「……」

 

 ぺこらは、そっと片足で床を隠した。

 

 Aちゃんが端末を一つ操作する。

 

 すると、ぺこらの足元に描かれていた小さな魔導陣が、ぱちんと音を立てて消えた。

 

「何をするつもりだったんですか」

 

 ユウトが尋ねる。

 

「ちょっと自己紹介と同時に煙幕を出して、ぺこら様の登場感を演出しようとしただけぺこ」

 

「煙幕」

 

「安全なやつぺこ」

 

「本当に?」

 

「たぶん安全ぺこ」

 

「たぶんは駄目です」

 

 フレアが即座に言った。

 

 ぺこらは頬を膨らませる。

 

「フレアまでぺこらに厳しいぺこ」

 

「今日は厳しくする日だと思ってる」

 

「正しい判断ですね」

 

 ユウトが言うと、ぺこらの耳がぴんと立った。

 

「ユウトまで!?」

 

「僕はさっき骸骨騎士に囲まれたので」

 

「それはるしあぺこ!」

 

「落とし穴未遂と煙幕未遂は、ぺこらさんですよね」

 

「ぐぬぬぬ……」

 

 ぺこらは悔しそうに唸った。

 

 だが、すぐに気を取り直したように椅子の上で姿勢を正す。

 

「こほん。じゃあ、改めまして」

 

 彼女は胸を張った。

 

「こんぺこ、こんぺこ、こんぺこー! ホロライブ3期生、兎田ぺこらぺこ! にんじん大好き、いたずら大好き、でも今日は大人しくしてる健全な兎ぺこ!」

 

「大人しく」

 

 フレアが小さく復唱する。

 

「健全」

 

 マリンも続ける。

 

「兎」

 

 ノエルまで真面目に呟いた。

 

「最後だけは合ってるぺこ!」

 

 ぺこらは机を軽く叩いた。

 

「とにかく! ユウト、今日はよく来たぺこ!」

 

「はい。よろしくお願いします。兎田さん」

 

「兎田さん!?」

 

 ぺこらは椅子から半分立ち上がった。

 

「距離が遠いぺこ! 兎田さんって何ぺこ!? 学校の先生ぺこ!?」

 

「初対面なので」

 

「初対面じゃないぺこ!」

 

「今の僕には、初対面です」

 

「ぐっ……!」

 

 ぺこらは胸を押さえた。

 

 その仕草がマリンと少し似ていて、ユウトは内心で3期生の同期感を感じた。

 

 ぺこらはしばらく唸っていたが、やがて観念したように座り直す。

 

「……じゃあ、ぺこらさんでいいぺこ」

 

「分かりました。ぺこらさん」

 

「さんも本当は遠いぺこ」

 

「段階を踏ませてください」

 

「段階踏んだら呼び捨てぺこ?」

 

「そこは今決めないでください」

 

 ぺこらは少しだけ不満そうだったが、それでも耳は嬉しそうに揺れていた。

 

 次に手を上げたのは、宝鐘マリンだった。

 

「はいはいはい! 次は船長の番ですね!」

 

 マリンは立ち上がると、なぜか一度帽子を被り直し、胸に手を当てた。

 

「Ahoy! ホロライブ3期生、宝鐘海賊団船長! 宝鐘マリンですぅ!」

 

「よろしくお願いします。宝鐘さん」

 

「宝鐘さん!?」

 

 マリンは、ぺこらと同じように胸を押さえてよろめいた。

 

「待って! 船長にも来た! 苗字さん付けの波が船長にも来た!」

 

「初対面なので」

 

「それさっき聞いた!」

 

「同じ理由なので」

 

「ユウトくん、意外と容赦ない!」

 

 マリンは大袈裟に嘆いたあと、すぐに身を乗り出した。

 

「でも、まあ、そこがユウトくんらしいと言えばらしいんですよねぇ。変に流されないところとか、ちゃんと線を引こうとするところとか、そういうところがまた……」

 

「マリン」

 

 フレアの声。

 

「長くなる前に戻ってきて」

 

「まだ導入です!」

 

「導入で長い」

 

「フレアが冷たい!」

 

「冷たくない。進行してるだけ」

 

 マリンはしぶしぶ椅子に座り直した。

 

「では、マリンさんでお願いします」

 

 ユウトが言うと、マリンの表情がぱっと明るくなる。

 

「マリンさん! いいですね! 距離感はありつつも、宝鐘さんよりは近い! 船長、第一段階として受け入れます!」

 

「第一段階なんですね」

 

「もちろんです。いつかは船長って呼んでもらいますから」

 

「それは、また後で」

 

「後で! 今、後でって言いましたね!?」

 

「言葉の綾です」

 

「綾でも船長は拾います!」

 

 ぺこらが横からぼそりと言った。

 

「船長、めんどくさいぺこ」

 

「ぺこらにだけは言われたくない!」

 

 部屋が一気に騒がしくなる。

 

 5期生との顔合わせも相当賑やかだった。

 

 ラミィさんは距離の詰め方が丁寧で重く、ねねさんは明るく真っ直ぐで、ポルカさんは場を回しながら暴れ、ぼたんさんは余裕の笑みで全部を見ていた。

 

 だが、3期生はさらに別方向で騒がしい。

 

 まとまっていないようで、妙にテンポが合っている。

 

 誰かがボケれば誰かが拾い、誰かが暴走すれば誰かが止める。

 

 止める側も、時々一緒に流される。

 

 ユウトは思った。

 

 ゲーマーズの情報は、盛っていたようで、やはり大体本当だった。

 

 次は、白銀ノエルが立ち上がった。

 

「ホロライブ3期生、白銀ノエルです。団長って呼ばれることが多いです」

 

 彼女は深く頭を下げる。

 

 騒がしかった空気が、少しだけ落ち着いた。

 

 ノエルの声には、不思議な安心感がある。

 

 真面目で、優しくて、正面から人を見る声だった。

 

「よろしくお願いします。白銀さん」

 

「あ、はい。よろしくお願いします」

 

 ノエルは嬉しそうに微笑んだ。

 

 だが、その腕がわずかに動く。

 

 ユウトは、それを見て半歩だけ身構えた。

 

 ノエルも気づいたのか、慌てて両手を胸の前で止める。

 

「だ、大丈夫です! 抱きしめません!」

 

「言わなければ、まだ分かりませんでした」

 

「ごめんなさい!」

 

 フレアが苦笑する。

 

「ノエル、今日は本当に我慢してるんだよ」

 

「はい。とても」

 

「自分で言うんだ」

 

 ぺこらが言う。

 

「だって、ユウトさんを見ていると……その、帰ってきてくれたんだなって思ってしまって」

 

 ノエルの声が、少しだけ柔らかくなった。

 

「でも、今のユウトさんにとっては初めてだから。ちゃんと、今のユウトさんの距離を大事にしたいです」

 

 その言葉に、ユウトは少し驚いた。

 

 白銀ノエルは、確かに距離が近そうな人だった。

 

 力も強い。

 

 感情も強い。

 

 だが、それを自覚して抑えようとしている。

 

「……ありがとうございます。ノエルさん」

 

 ユウトが言うと、ノエルの目が丸くなった。

 

「ノエルさん」

 

「はい」

 

「今、ノエルさんって」

 

「あ、嫌でしたか?」

 

「嫌じゃないです!」

 

 ノエルは勢いよく首を振った。

 

 そして、少しだけ照れたように笑う。

 

「嬉しいです」

 

 マリンが横からハンカチを取り出した。

 

「団長、よかったねぇ……」

 

「マリン、泣くの早い」

 

 フレアが呆れたように言う。

 

「船長は感受性が豊かなんですぅ!」

 

「うるさいぺこ」

 

「ぺこらもさっき耳嬉しそうだったじゃん!」

 

「それは空気抵抗ぺこ!」

 

「便利だな空気抵抗」

 

 フレアはため息をつきながら、次に立ち上がった。

 

「ホロライブ3期生、不知火フレア。よろしくね、ユウトくん」

 

「よろしくお願いします。フレアさん」

 

「うん。私はそれで大丈夫」

 

 フレアは穏やかに笑った。

 

 その笑みに、ユウトは少しだけ安心する。

 

 3期生の中では、やはり彼女が一番落ち着いているように見えた。

 

「フレアさんは、常識人枠なんですよね」

 

「一応ね」

 

「一応」

 

「3期生の中では」

 

「なるほど」

 

 ユウトが納得しかけると、フレアは少しだけ目を逸らした。

 

「ただし、他の子たちを止めきれるとは限らない」

 

「そこは頑張ってください」

 

「頑張ってるんだけどね……」

 

 その声には、長年の苦労がにじんでいた。

 

 ぺこらが不満そうに言う。

 

「フレア、ぺこらたちを問題児みたいに言うぺこ」

 

「問題児じゃないと思ってるの?」

 

「……」

 

「黙らないで」

 

 マリンが胸を張る。

 

「船長は問題児じゃなくて、愛されるトラブルメーカーです!」

 

「言い方を変えただけだと思います」

 

 ユウトが言うと、マリンは嬉しそうに指を鳴らした。

 

「その冷静なツッコミ! いい! 懐かしい!」

 

「懐かしい、ですか」

 

 その言葉をきっかけに、部屋の空気がわずかに変わる。

 

 最後に、潤羽るしあが立ち上がった。

 

 先ほどまでの骸骨騎士事件の中心人物。

 

 だが、今の彼女は静かだった。

 

 小さく両手を前で重ね、ユウトをじっと見ている。

 

「ホロライブ3期生、潤羽るしあです」

 

「よろしくお願いします。るしあさん」

 

 ユウトがそう言うと、るしあの表情が少しだけ緩んだ。

 

「うん。よろしくね、ユウトくん」

 

 声は柔らかい。

 

 だが、そこに混ざる感情は、他の誰よりも深く沈んでいるように感じた。

 

「さっきは、ごめんなさい」

 

 るしあは、小さく頭を下げる。

 

「怖がらせるつもりじゃなかった。でも、怖かったよね」

 

「……はい。少し」

 

 正直に答える。

 

 すると、るしあは苦しそうに笑った。

 

「うん。ちゃんと言ってくれて、ありがとう」

 

「謝るのは僕ではないと思いますが」

 

「それでも」

 

 るしあは、ゆっくり顔を上げた。

 

「隠されるより、ずっといいから」

 

 その言葉に、ユウトは返せなかった。

 

 Aちゃんが、静かに端末を閉じる。

 

「これで自己紹介は一通り終わりましたね」

 

「一通りどころか、もう一話分くらいの濃さだったぺこ」

 

「ぺこらが言うんですか」

 

「ユウト、今日ちょっとぺこらに厳しくないぺこ?」

 

「さっきから事実を言っているだけです」

 

「事実は時に兎を傷つけるぺこ……」

 

 ぺこらが机に突っ伏した。

 

 マリンがその横で笑い、ノエルが困ったように撫でようとして、フレアに「甘やかさない」と止められる。

 

 るしあは、その光景を見ながら小さく笑っていた。

 

 騒がしい。

 

 本当に騒がしい。

 

 5期生よりも騒がしいかもしれない。

 

 だが、その騒がしさは、不思議と嫌ではなかった。

 

 ユウトの胸ポケットで、懐中時計が静かに鳴る。

 

 チ、チ、チ、チ――。

 

 その音に、るしあがほんの少しだけ視線を落とした。

 

 そして、マリンも。

 

 ぺこらも。

 

 ノエルも。

 

 フレアも。

 

 全員が、少しずつ表情を変えた。

 

 自己紹介が終わった。

 

 次は、前の世界の話になる。

 

 誰もそう言葉にしていないのに、部屋の空気が自然とその方向へ向かっていった。

 

 最初に口を開いたのは、ぺこらだった。

 

「ユウト」

 

「はい」

 

「前のユウトは、ぺこらのいたずらにけっこう厳しかったぺこ」

 

「今も厳しくなりそうです」

 

「そこは変わらないぺこね」

 

 ぺこらは、少しだけ笑った。

 

 だが、その声から先ほどまでの勢いは消えていた。

 

「ぺこらが何か仕掛けようとすると、ユウトはだいたい先に気づいたぺこ。落とし穴も、びっくり箱も、変な張り紙も。何で分かるぺこ!? ってくらい、いつも見つけるぺこ」

 

「……今日も、案内役の違和感には気づきました」

 

「そういうところぺこ」

 

 ぺこらは、テーブルの上のカップを指で軽く回す。

 

「でも、ユウトは全部を駄目とは言わなかったぺこ。人が怪我しないように。誰かが本当に嫌がらないように。あと、片付けをちゃんとするように。そういうのだけ確認して、あとは呆れながら見てたぺこ」

 

 ぺこらの耳が、ゆっくり下がる。

 

「だから、ぺこらは楽しかったぺこ。ユウトがいると、怒られるけど、ちゃんと見てくれるから」

 

 彼女は顔を上げた。

 

「なのに、いなくなったぺこ」

 

 ユウトの胸が痛む。

 

「……すみません」

 

「謝るなら、思い出してからって言ったぺこ」

 

「はい」

 

「でも、今のはちょっとだけ言わせておくぺこ」

 

「……ありがとうございます」

 

「感謝するところじゃないぺこ」

 

 ぺこらはそう言って、少しだけ笑った。

 

 次に、マリンが口を開いた。

 

「船長も、覚えてますよ」

 

 さっきまでの騒がしい声ではない。

 

 華やかさは残っている。

 

 だが、その奥に寂しさが混じっていた。

 

「ユウトくんは、船長がテンションで走りすぎると、すごく冷静に止めるんです。『宝鐘さん、それは一度確認しましょう』とか、『今の発言は切り抜かれますよ』とか」

 

「かなり現実的ですね」

 

「現実的でしたよぉ。夢のないことも言うし、でも必要なことはちゃんと言うし」

 

 マリンは、少し照れたように笑う。

 

「でも、船長が本当に悩んでる時は、ちゃんと聞いてくれたんです。ふざけて話しても、茶化さずに。船長が自分で笑いに逃げようとしても、逃げた先で待っててくれるみたいに」

 

 部屋が静かになる。

 

 マリンは視線を落とした。

 

「ユウトくんは、船長の話を長いって言いながら、最後まで聞いてくれる人でした」

 

「……前の僕は、忍耐強かったんですね」

 

「今もだと思いますよ」

 

 マリンは顔を上げた。

 

 目元が少し赤い。

 

 それでも笑っていた。

 

「今日だって、骸骨騎士に囲まれて、ぺこらが騒いで、船長が喋り倒してるのに、まだ帰ってないじゃないですか」

 

「帰るタイミングを逃しただけかもしれません」

 

「そういうこと言う!」

 

 マリンは笑った。

 

 その笑い声は明るい。

 

 けれど、最後が少しだけ震えていた。

 

「……会いたかったんですよ、ユウトくん」

 

 その一言だけは、真っ直ぐだった。

 

 ユウトは、静かに頭を下げる。

 

「僕も、今日来てよかったと思っています」

 

 マリンは目を丸くした。

 

 そして、両手で顔を覆った。

 

「待って、それはずるい!」

 

「何がですか」

 

「そういう真っ直ぐなのが一番効くんですって!」

 

「マリン、落ち着いて」

 

 フレアが苦笑しながら水を差し出す。

 

 ノエルは、マリンの背中を優しく撫でた。

 

 次に話したのは、そのノエルだった。

 

「ユウトさんは、私が強くあろうとしすぎた時に、よく止めてくれました」

 

 ノエルの声は穏やかだった。

 

「私は、団長だから。みんなを守る側だから。そう思って、無理をしてしまうことがありました。でも、ユウトさんはそういう時に言ってくれたんです」

 

 ノエルは、少しだけ目を伏せる。

 

「『守る人が倒れたら、守られる人も困ります』って」

 

 ユウトは息を止めた。

 

 言った覚えはない。

 

 だが、妙に胸に響いた。

 

 自分が言いそうな言葉だと、思ってしまった。

 

「それなのに」

 

 ノエルは、困ったように笑う。

 

「ユウトさん自身は、自分に同じ言葉を向けなかった」

 

 その声は責めていなかった。

 

 だからこそ、痛かった。

 

「前のユウトさんは、いつも誰かを守っていました。でも、自分のことは守らなかった。だから今度は、ちゃんと守られてください」

 

「……努力します」

 

「はい。努力してください」

 

 ノエルは真剣に頷いた。

 

「必要なら、私が抱えてでも止めます」

 

「そこは変わらないんですね」

 

「はい」

 

「ノエル、物理で解決しようとしない」

 

 フレアが注意する。

 

「でも、ユウトさんがまたどこかへ行こうとしたら」

 

「その時は私も止めるけど、まず話し合おうね」

 

「……はい」

 

 ノエルは少ししゅんとした。

 

 その様子に、ユウトは少しだけ笑ってしまった。

 

 次に、フレアが静かに話し始める。

 

「私はね、ユウトくんのことを、支える側の人だと思ってた」

 

 フレアの声は、焚き火のように穏やかだった。

 

「みんなが前に出る時、その後ろで道を整えてくれる人。騒がしい3期生がぶつからないように、見えないところで調整してくれる人。何かあった時、最後まで残って片付けてくれる人」

 

 ユウトは、フレアを見る。

 

 彼女は柔らかく笑っていた。

 

「でも、それは当たり前じゃなかったんだよね。ユウトくんがいてくれたから、当たり前みたいに思えてただけだった」

 

「……僕は、そんな大したことを」

 

「今、否定しようとしたでしょ」

 

 フレアが少しだけ目を細める。

 

 ユウトは言葉を止めた。

 

「言わせて。私たちが覚えてるユウトくんは、そういう人だった。大したことないって顔をして、大事なところを支えてくれる人だった」

 

 フレアは、静かに続けた。

 

「だから、いなくなった時に、すごく分かった。支えがあったことって、失くしてから気づくんだなって」

 

 部屋の中に、しばらく沈黙が落ちた。

 

 騒がしかった3期生が、誰も茶化さない。

 

 ぺこらも。

 

 マリンも。

 

 ノエルも。

 

 るしあも。

 

 ただ、フレアの言葉を受け止めていた。

 

「また会えて嬉しいよ、ユウトくん」

 

 フレアは言った。

 

「今のユウトくんが、前と同じじゃなくても。覚えてなくても。それでも、ここに来てくれたことが嬉しい」

 

「……ありがとうございます」

 

 ユウトは、そう答えるのが精一杯だった。

 

 最後に、るしあが口を開いた。

 

「私は」

 

 その声は小さかった。

 

 だが、全員が耳を傾ける。

 

「私は、ユウトくんの声を覚えてる」

 

 るしあは、テーブルの上に置いた自分の手を見つめていた。

 

「大丈夫だよって言う声。無理しないでくださいって言う声。遅い時間だから早く休んでくださいって言う声。私が不安になった時、ちゃんと最後まで聞いてくれた声」

 

 彼女の指先が、わずかに震える。

 

「それでね、私、思ってたの。ユウトくんは、いつも誰かの不安を聞いてくれるのに、自分の不安は誰に言ってるんだろうって」

 

 ユウトは、何も言えなかった。

 

「聞いても、言ってくれなかった。大丈夫って言うだけだった。私は、それが悔しかった」

 

 るしあは顔を上げる。

 

 瞳に涙が浮かんでいた。

 

「私だけじゃなくていい。みんなでいい。Aちゃんでも、YAGOOさんでも、誰でもいい。でも今度は、どこかへ行く前に、ちゃんと言って」

 

 声が震える。

 

「お願いだから、勝手に終わらせないで」

 

 その言葉に、ユウトの胸ポケットの懐中時計が強く鳴った。

 

 チ。

 

 一瞬、視界に何かが揺れた。

 

 暗い事務所。

 

 机の上の書類。

 

 誰かの配信画面。

 

 ひび割れた赤いカード。

 

 遠くから聞こえる笑い声。

 

 それから、誰かが泣く声。

 

 ――大丈夫です。

 

 誰かの声。

 

 自分の声。

 

 けれど、その先は霧のように消える。

 

「……っ」

 

 ユウトは胸元を押さえた。

 

 すぐに、3期生全員が立ち上がりかける。

 

「ユウト!?」

 

「ユウトくん!」

 

「ユウトさん!」

 

「大丈夫?」

 

「ユウトくん!」

 

 一斉に声が飛んだ。

 

 ユウトはゆっくり息を吸う。

 

 大丈夫です、と言いかけて止める。

 

 それから、正直に言った。

 

「……少し、胸が痛みました」

 

 るしあの顔が歪む。

 

 ノエルがすぐに水を差し出す。

 

 フレアが落ち着いた声で聞く。

 

「記憶?」

 

「分かりません。映像みたいなものが少しだけ」

 

 マリンが、泣きそうな顔で笑った。

 

「そっか……少しだけでも」

 

 ぺこらは耳を伏せたまま、ユウトを見ていた。

 

「無理に思い出そうとしなくていいぺこ」

 

「ぺこらさん」

 

「思い出してほしいぺこ。でも、壊れてほしいわけじゃないぺこ」

 

 その言葉が、思ったよりも優しかった。

 

 ユウトは静かに頷く。

 

「はい。ありがとうございます」

 

 るしあが、小さく手を伸ばしかける。

 

 けれど、途中で止めた。

 

 彼女なりに我慢しているのだと、ユウトにも分かった。

 

「るしあさん」

 

「……なに?」

 

「話してくれて、ありがとうございます」

 

 るしあの瞳が揺れる。

 

「僕はまだ、皆さんのことを全部思い出せません。でも、今日聞いた話を、なかったことにはしたくないです」

 

 部屋は静かだった。

 

 ユウトは、自分の言葉を探しながら続ける。

 

「前の僕が何を考えていたのか、どうして消えたのか、まだ分かりません。でも、皆さんが覚えている僕を、別人のこととして片付けたくはありません」

 

 懐中時計が、穏やかに鳴る。

 

「だから、少しずつ聞かせてください。僕が忘れている時間のことを」

 

 3期生は、誰もすぐには答えなかった。

 

 ぺこらは唇を結び。

 

 マリンは涙をこらえ。

 

 ノエルは両手を握り。

 

 フレアは静かに目を細め。

 

 るしあは、今にも泣き出しそうな顔で微笑んだ。

 

「うん」

 

 最初に頷いたのは、るしあだった。

 

「少しずつでいいよ」

 

 フレアも頷く。

 

「焦らなくていい」

 

 ノエルが言う。

 

「でも、一人で抱えないでください」

 

 マリンが無理やり明るい声を出す。

 

「船長、話ならいくらでもできますからね! むしろ止められないくらい!」

 

「それは少し困ります」

 

「そこは受け入れて!」

 

 ぺこらが、少しだけ笑った。

 

「じゃあ、ぺこらはユウトが飽きないようにいたずら混ぜるぺこ」

 

「安全な範囲でお願いします」

 

「注文が細かいぺこ」

 

「そこは細かくします」

 

 ようやく、部屋に少しだけ笑いが戻った。

 

 そこからの時間は、不思議だった。

 

 騒がしくて。

 

 泣きそうで。

 

 懐かしくて。

 

 けれど、決して暗いだけではない。

 

 マリンが過去の配信準備の話をすれば、ぺこらが横から余計な茶々を入れる。

 

 ノエルがユウトに助けられた話をすれば、フレアが細かな補足を加える。

 

 るしあが静かに思い出を語れば、全員が自然と声を落とす。

 

 ユウトは、その一つ一つを聞いた。

 

 知らない話ばかりだった。

 

 それでも、どれもまったくの他人事には思えなかった。

 

 前の世界の自分は、確かに彼女たちのそばにいた。

 

 そして、彼女たちは今も、その時間を抱えている。

 

 それを知るたびに、胸は痛んだ。

 

 同時に、温かくもなった。

 

 気づけば、窓の外の光が夕方の色へ変わっていた。

 

 壁面の魔導照明が、昼の白から夜に向けた柔らかい色へ切り替わる。

 

 ユウトは胸ポケットから懐中時計を取り出した。

 

 針は、帰るべき時間を指している。

 

「……そろそろ、帰らないと」

 

 その一言で、部屋の空気が少しだけ止まった。

 

 ぺこらの耳が下がる。

 

 マリンが口を開きかけて、閉じる。

 

 ノエルは寂しそうに眉を下げる。

 

 フレアは静かに息を吐く。

 

 るしあは、ユウトの手元の時計をじっと見ていた。

 

「学校、あるんだよね」

 

 フレアが言う。

 

「はい。明日も少し予定があるので」

 

「そっか」

 

 ノエルが立ち上がる。

 

「では、出口まで送ります」

 

「いえ、そこまでしていただかなくても」

 

「送ります」

 

 珍しく、ノエルの声が強かった。

 

 ぺこらも立ち上がる。

 

「当然ぺこ。ぺこらたちの顔合わせなんだから、最後まで見送るぺこ」

 

「船長も行きますよぉ!」

 

 マリンが勢いよく立ち上がる。

 

「帰り際の余韻、大事ですからね!」

 

「余韻を自分で言うと台無しだよ、マリン」

 

「フレア!」

 

 るしあも、静かに立ち上がった。

 

「私も行く」

 

 その声に、誰も反対しなかった。

 

 Aちゃんが端末を確認する。

 

「では、全員で移動しましょう。ただし、途中で誘導ルートを変更しないこと。骸骨騎士を出さないこと。落とし穴を起動しないこと」

 

「全部名指しみたいぺこ」

 

「実績がありますので」

 

「ぺこらの落とし穴は未遂ぺこ!」

 

「未遂も記録対象です」

 

「厳しいぺこ……」

 

 そんなやり取りをしながら、ユウトたちは部屋を出た。

 

 廊下は、来た時とは違って明るかった。

 

 人通りもある。

 

 スタッフが行き交い、遠くのスタジオから配信準備の声が聞こえる。

 

 さっきの人気のない廊下が嘘のようだった。

 

 ユウトの隣には、るしあがいた。

 

 少し近い。

 

 けれど、手は握ってこない。

 

 その反対側にはノエルがいて、さらにその横でマリンとぺこらが言い合い、フレアが二人をほどほどに止めている。

 

「ユウト、次来る時はちゃんと事前連絡するぺこ」

 

「今回は連絡していました」

 

「ぺこら個人にもするぺこ」

 

「それは……皆さんと交換した連絡先で、必要があれば」

 

「必要あるぺこ!」

 

「ぺこら、圧が強い」

 

 フレアが言う。

 

 マリンが身を乗り出す。

 

「船長にも送ってくださいね! おはようからおやすみまで!」

 

「生活を見守る企業みたいになっています」

 

「船長はユウトくんの暮らしを見守りたい!」

 

「言い方」

 

「マリン、ちょっと落ち着こうね」

 

 ノエルが穏やかに止める。

 

「ノエルさんは、落ち着いていますね」

 

 ユウトが言うと、ノエルは少しだけ照れた。

 

「私は、ユウトさんがちゃんと休んでくれるなら、それで」

 

「団長、そのあと『でも心配なので見に行きます』って顔してるぺこ」

 

「そ、そんなことは」

 

「してた」

 

 フレアが即座に言う。

 

「フレアまで!?」

 

 ユウトは、思わず少し笑った。

 

 騒がしい。

 

 やはり騒がしい。

 

 けれど、最初の緊張はもう少し薄れていた。

 

 るしあが、隣から小さく声をかける。

 

「ユウトくん」

 

「はい」

 

「今日は、来てくれてありがとう」

 

「こちらこそ。話してくれて、ありがとうございます」

 

「うん」

 

 るしあは、少しだけ笑う。

 

「帰ったら、連絡してもいい?」

 

「はい。遅すぎない時間なら」

 

「遅くても」

 

「るしあさん」

 

「……遅すぎない時間にする」

 

「お願いします」

 

 るしあは不満そうに頬を膨らませた。

 

 だが、その表情はどこか嬉しそうでもあった。

 

 出口が近づいてくる。

 

 ロビーの明るい光。

 

 自動扉の向こうに見える夕方のオルタナティブシティ。

 

 魔導ネオンが灯り始め、街全体が夜の準備をしている。

 

 入口まで来ると、3期生全員が並んで立ち止まった。

 

 YAGOO、Aちゃん、のどかも少し後ろにいる。

 

 ユウトは、全員に向かって頭を下げた。

 

「今日はありがとうございました」

 

 ぺこらが腕を組む。

 

「また来るぺこ」

 

「はい」

 

「次は正面から迎えるぺこ」

 

「ぜひそうしてください」

 

「たぶん」

 

「ぜひそうしてください」

 

「……はいぺこ」

 

 マリンが手を振る。

 

「ユウトくん! 次は船長の魅力をもっとじっくり語りますからね!」

 

「今日もかなり語っていたと思います」

 

「まだ三割です!」

 

「十分です」

 

「足りない!」

 

 ノエルは、真剣な顔で言った。

 

「帰り道、気をつけてください。何かあったら連絡してくださいね」

 

「はい。ありがとうございます、ノエルさん」

 

「はい」

 

 ノエルは嬉しそうに微笑んだ。

 

 フレアは、穏やかに手を振る。

 

「今日は疲れたと思うから、帰ったらちゃんと休んでね」

 

「はい。フレアさんも、今日はお疲れさまでした」

 

「私はいつものことだから」

 

「いつも大変なんですね」

 

「まあね」

 

 フレアは苦笑した。

 

 最後に、るしあが一歩前に出た。

 

 ユウトの前で立ち止まり、彼の顔を見上げる。

 

「ユウトくん」

 

「はい」

 

「またね」

 

 たったそれだけ。

 

 だが、その声には、たくさんの感情が込められていた。

 

 会えて嬉しい。

 

 離れるのが寂しい。

 

 まだ話したい。

 

 逃げないでほしい。

 

 忘れないでほしい。

 

 そして、また会いたい。

 

 ユウトは、その全部を正確に理解できたわけではない。

 

 けれど、受け止めたいと思った。

 

「はい。また」

 

 るしあの瞳が、少しだけ潤む。

 

 それでも、彼女は笑った。

 

「今度は、先にどこにも行かないでね」

 

「……はい」

 

 ユウトは頷いた。

 

「なるべく、ではなく」

 

 ぺこらが横から言う。

 

「絶対ぺこ」

 

 マリンも続ける。

 

「そこは船長も同意です」

 

 ノエルが真面目に頷く。

 

「絶対です」

 

 フレアが苦笑する。

 

「みんな圧が強いけど、私も同じ気持ち」

 

 るしあは、静かにユウトを見つめている。

 

 ユウトは少しだけ困ったように笑った。

 

「……分かりました。絶対に、とは簡単に言えません。でも、勝手にいなくならないようにします」

 

「言い方がユウトくんらしいぺこ」

 

「でも、今日はそれで許してあげます!」

 

 マリンが言う。

 

「上からですね」

 

「船長ですから!」

 

 3期生の笑い声が、ロビーに広がった。

 

 ユウトはもう一度頭を下げ、事務所の外へ出る。

 

 自動扉が閉まる直前まで、3期生たちは手を振っていた。

 

 ぺこらは耳を揺らしながら。

 

 マリンは大きく両手を振りながら。

 

 ノエルは優しく。

 

 フレアは穏やかに。

 

 るしあは、小さく、けれど最後まで。

 

 外の空気は、少し冷たかった。

 

 夕方のオルタナティブシティは、昼間とは違う光に包まれている。

 

 ユウトは胸ポケットの懐中時計を取り出した。

 

 チ、チ、チ、チ――。

 

 針は、静かに進んでいる。

 

「……3期生」

 

 小さく呟く。

 

 騒がしかった。

 

 とても騒がしかった。

 

 自己紹介だけで、何度も話が脱線した。

 

 骸骨騎士にも囲まれた。

 

 落とし穴も未遂で終わった。

 

 普通なら、無事とは言い難い始まりだった。

 

 けれど、終わってみれば、確かに顔合わせは無事に終わっていた。

 

 彼女たちは、自分の知らない過去を語ってくれた。

 

 寂しさも。

 

 嬉しさも。

 

 怒りも。

 

 後悔も。

 

 全部、隠しきれないまま。

 

 それでも笑いながら、今の自分を見てくれた。

 

 ユウトは、ゆっくりと歩き出す。

 

 背後のホロライブ事務所からは、まだ賑やかな気配がしていた。

 

 きっと今頃、ぺこらさんが何か言って、マリンさんが騒ぎ、ノエルさんが慌て、フレアさんが止め、るしあさんが静かに笑っているのだろう。

 

 その光景を想像すると、胸の痛みが少しだけ柔らかくなった。

 

 3期生との顔合わせは、こうして終了した。

 

 予想よりずっと騒がしく。

 

 予想よりずっと危なく。

 

 そして、予想よりずっと温かく。

 

 失われた時間の扉が、また一つ、音を立てて開いた気がした。

 

 チ、チ、チ、チ――。

 

 銀色の懐中時計が、夕暮れの街の中で静かに時を刻んでいた。

 

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