hololive Lost Story   作:ダニエルズプラン

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第32話 次の切符は誰の手に?ジャンケンバトル!

 

 3期生との顔合わせが終わった。

 

 骸骨騎士による誘導。

 

 人気のない廊下での包囲。

 

 潤羽るしあによる、本人いわく「お迎え」。

 

 兎田ぺこらの落とし穴未遂。

 

 宝鐘マリンの情緒爆発。

 

 白銀ノエルの抱擁未遂。

 

 不知火フレアの胃痛。

 

 そして、最後には3期生全員での見送り。

 

 最初から最後まで波乱に満ちていたが、それでも確かに、顔合わせは無事に終了した。

 

 ユウトはすでに事務所を出ている。

 

 夕暮れのオルタナティブシティへ向かう自動扉が閉まり、ロビーに残ったのは、見送りを終えた3期生と、YAGOO、Aちゃん、のどかだった。

 

「……終わりましたね」

 

 のどかが、ほっと息を吐く。

 

「はい」

 

 Aちゃんは端末を確認しながら頷いた。

 

「予定外の事案は複数ありましたが、最終的に桜井くんに怪我はありませんでした」

 

「予定外の事案、で済ませていいんですかね……」

 

 YAGOOが、少し遠い目をして呟く。

 

 Aちゃんは一瞬だけ黙り、それから淡々と答えた。

 

「詳細な報告書には、もう少し具体的に記載します」

 

「具体的にすると、余計に胃が痛くなりそうですね」

 

「すでに痛いです」

 

 Aちゃんの声は冷静だった。

 

 だが、冷静だからこそ重かった。

 

 その横で、ぺこらが腕を組んでふんぞり返っている。

 

「ふっ……まあ、何はともあれ無事に終わったぺこ。ユウトもぺこらたち3期生の魅力をよく分かったはずぺこ」

 

「落とし穴と骸骨騎士の印象が強すぎた気がするけどね」

 

 フレアが即座に言った。

 

「それはるしあぺこ!」

 

「落とし穴はぺこらでしょ」

 

「未遂ぺこ!」

 

「未遂でもアウト」

 

 ぺこらは耳を伏せた。

 

 その隣で、マリンが髪を整えながら、どこか誇らしげに胸を張る。

 

「でもまあ、ついに船長たちも“会った側”になったわけですよ」

 

 その一言に、空気が少し変わった。

 

 会った側。

 

 それは、この事務所において今、妙な重みを持つ言葉だった。

 

 0期生。

 

 1期生。

 

 2期生。

 

 5期生。

 

 ゲーマーズ。

 

 そして3期生。

 

 彼女たちは、すでに今の桜井ユウトと顔を合わせた。

 

 前の世界の記憶を抱えたまま。

 

 忘れてしまったユウトと向き合い。

 

 それぞれの形で、再会を果たした。

 

 だが、まだ会えていない者たちがいる。

 

 4期生。

 

 6期生こと秘密結社holoX。

 

 ホロライブインドネシア。

 

 ホロライブEnglish。

 

 前の世界でユウトと関わり、彼を覚えているライバーたち。

 

 残る顔合わせは、もうそこまで絞られていた。

 

 ~~~~~~~~

 

 その日の夕方。

 

 ホロライブ事務所の大きな会議室には、異様な熱気が満ちていた。

 

 正確には、熱気だけではない。

 

 魔力。

 

 圧。

 

 期待。

 

 焦り。

 

 嫉妬。

 

 会いたいという気持ち。

 

 待たされたという不満。

 

 そして、今度こそ自分たちの番を勝ち取るという執念。

 

 それらが混ざり合い、空間拡張された会議室の空気を、目に見えるほど濃くしていた。

 

 Aちゃんは会議室中央の端末を操作しながら、静かに周囲を見渡す。

 

 4期生の席。

 

 天音かなたは、両手で椅子の金属フレームをぎゅっと握っている。

 

 握りすぎて、椅子の金属フレームがわずかに軋んでいた。

 

 角巻わためは、ふわふわとした雰囲気のまま座っているが、羊耳はそわそわと揺れ続けている。

 

 常闇トワは腕を組み、表情だけは平静を装っていた。

 

 だが、尻尾が落ち着きなく揺れている。

 

 姫森ルーナは頬を膨らませ、小さく「んな……んな……」と呟いていた。

 

 そして桐生ココは、静かに腕を組んでいた。

 

 普段なら真っ先に場をかき回しそうな彼女が、今は妙に静かだった。

 

 その静けさが、かえって熱を帯びている。

 

「……ようやく、ここまで来たってわけか」

 

 ココが低く呟く。

 

 かなたが隣で頷いた。

 

「うん。あと少し。あと少しで、ユウトくんに会える」

 

「まだ勝ったわけじゃないけどな」

 

 トワが言う。

 

「でも、勝つのら」

 

 ルーナが言った。

 

「ルーナたちが勝つのら。もう待つのはいやなのら」

 

 その言葉に、わためが静かに頷く。

 

「うん。会いたいよね」

 

 その声は優しかった。

 

 けれど、どこか切実だった。

 

 一方、holoXの席も負けていない。

 

 ラプラス・ダークネスは椅子の上で偉そうに腕を組み、にやりと笑っている。

 

「ふん。ようやく吾輩たち秘密結社holoXの出番というわけだな」

 

「まだ決まっていません、総帥」

 

 鷹嶺ルイがすぐに訂正する。

 

「細かいことを言うな、ルイ。こういうのは気迫で勝つのだ」

 

「気迫でジャンケンの手は変わりません」

 

 博衣こよりが白衣の袖を揺らしながら、端末に何かを打ち込んでいた。

 

「いえ、でも心理的圧力によって相手の手の傾向を変化させる可能性はあります。こよの分析では、今この場における各組の感情エネルギーは通常時の約三・七倍で――」

 

「こより、長い」

 

 沙花叉クロヱが、眠そうな声で言う。

 

「でも、勝ちたいのは同じでしょ」

 

 風真いろはは、まっすぐな目で会議室の中央を見ていた。

 

「拙者たちも、桜井殿に会いたいでござる」

 

 その一言で、holoXの空気も静かに引き締まる。

 

 普段なら騒がしい秘密結社も、この件に関しては誰も茶化しきれない。

 

 ユウトに会う。

 

 それは、彼女たちにとってただの順番待ちではなかった。

 

 そして、今日の会議室には、さらに特別な出席者がいた。

 

 ホロライブインドネシア。

 

 ホロライブEnglish。

 

 いつもであれば、長距離魔導通信とホログラム投影を使って話し合いに参加している彼女たちの代表者が、今日は事務所に来ていた。

 

 転移港を経由し、魔導航空便を乗り継ぎ、時差も距離も越えて。

 

 通信越しではなく、同じ空間に立つために。

 

 それだけで、今回の顔合わせ順決定がどれほど本気なのかが分かる。

 

 インドネシア側の代表として座るムーナは、静かに目を伏せていた。

 

 表情は穏やかだ。

 

 だが、その周囲には月光のような魔力が淡く揺れている。

 

 隣のオリーは、両手を机につき、今にも立ち上がりそうな勢いだった。

 

「ムーナ先輩、今日こそ勝ちましょう! 通信越しじゃもう限界です! ユウトさん、ちゃんとこの目で見たいです!」

 

「落ち着いて、オリー」

 

「落ち着けません!」

 

「気持ちは分かる」

 

 ムーナは静かに言った。

 

「でも、ジャンケンは冷静な方が勝つ」

 

 その声は落ち着いていた。

 

 しかし、言葉の奥には、静かな炎があった。

 

 English側には、カリオペとアメリアが座っている。

 

 カリオペは鎌を持っていない。

 

 だが、その背後には死神らしい重い気配が薄く漂っていた。

 

 アメリアは、何やらメモ帳にびっしりと書き込みをしている。

 

『Calli、統計的に言えば、多人数ジャンケンは長引くほど心理戦になる』

 

『ありがと名探偵。でも正直、この部屋がヤバいことになっているのは数字を見なくてもわかるよ』

 

 カリオペは小さく息を吐く。

 

 そして、日本語に切り替えた。

 

「でも、負けるつもりはないよ。私たちだって、ずっと待ってたんだから」

 

 その言葉に、アメリアが頷く。

 

「うん。画面越しじゃなくて、ちゃんと会いたい」

 

 会議室の空気が、さらに重くなる。

 

 Aちゃんは、魔導センサーの数値を一度確認した。

 

 感情反応。

 

 魔力濃度。

 

 空間圧。

 

 どれも通常の会議室では見ない数字になっている。

 

 Aちゃんは、静かに端末を閉じた。

 

「……皆さん、落ち着いてください」

 

 無理だろうな、という空気が全員から漂っていた。

 

 ~~~~~~~~

 

 そんな未顔合わせ組の熱を、さらに不用意に煽る者がいた。

 

 宝鐘マリンである。

 

 3期生の席で、マリンは妙に余裕のある笑みを浮かべていた。

 

「いやぁ、皆さんの気持ち、船長よく分かりますよ」

 

 マリンは髪をさらりとかき上げる。

 

「つい先ほどまで、船長もそちら側でしたからね。まだユウトくんに会えていない側。記憶だけを抱えて、今のユウトくんがどんな顔をしているのか、どんな声なのか、どんな風に笑うのか想像するしかない側」

 

 未顔合わせ組の視線が、一斉にマリンへ向いた。

 

 空気が、少し冷える。

 

 だがマリンは止まらない。

 

「でも今の船長は違う。会いました。話しました。マリンさんって呼ばれました。つまり一歩先に進んだ女というわけです」

 

「船長」

 

 フレアが低めの声で呼ぶ。

 

「それ以上煽らない方がいいよ」

 

「煽ってない! これは先達としての助言!」

 

「煽ってるぺこ」

 

 ぺこらが横から言った。

 

「しかも船長、ユウトに宝鐘さんって呼ばれて一回崩れ落ちてたぺこ」

 

「ぺこらぁ!?」

 

「マリンさんって呼ばれた時も、顔真っ赤にして水飲んでたぺこ」

 

「言わないで! そこは美談にして!」

 

「あと帰り際、次はもっと船長の魅力を語るって言って、ユウトに『今日もかなり語っていたと思います』って冷静に返されてたぺこ」

 

「ぺこら、今日やけに刺してくるじゃないですか!」

 

「先に煽ったのは船長ぺこ」

 

 マリンは言い返そうとした。

 

 しかし、その前に未顔合わせ組の圧がさらに増した。

 

 かなたの握った拳から、みしり、と音がする。

 

 わための周囲に、ふわふわした羊毛のような魔力が漂い始める。

 

 トワの目元がわずかに険しくなる。

 

 ルーナの頬がさらに膨らむ。

 

 ココは無言のまま、椅子にもたれていた。

 

 だが、その指が机を軽く叩く音だけが響く。

 

 こつ。

 

 こつ。

 

 こつ。

 

 ラプラスは笑っていた。

 

「ほう。“会った側”か。ずいぶん偉そうではないか、海賊」

 

「総帥、挑発に乗らないでください」

 

 ルイが止める。

 

「乗ってはいない。吾輩はただ、次に会うのはholoXだと確信しているだけだ」

 

「それを挑発と言います」

 

 こよりは端末を見ながら早口で言う。

 

「マリン先輩の発言により、4期生席の感情エネルギーが一・二倍、holoX席が一・四倍、ID席が一・一倍、EN席が一・三倍に上昇しました! これは危険です!」

 

「測らなくていいぺこ」

 

 ぺこらが言う。

 

 フレアは額に手を当てた。

 

「マリン、本当に一回黙ろうか」

 

「はい……」

 

 マリンは素直に座った。

 

 だが、すでに遅かった。

 

 未顔合わせ組の熱は、もう上がりきっていた。

 

 Aちゃんの視界には、彼女たちの背後にうっすらとしたオーラのようなものすら見えていた。

 

 いや、実際に魔力が可視化されている。

 

 4期生の席からは、天使の光、羊の温もり、悪魔の紫炎、姫の淡い輝き、そして龍の圧が混じったような気配。

 

 holoXの席からは、秘密結社らしい黒と赤の魔力。

 

 ID側からは、月光と墓場の陽気さが混ざった、不思議な熱。

 

 EN側からは、死神の冷気と探偵の鋭さが重なる。

 

 YAGOOは、それを見て小さく呟いた。

 

「……これ、本当にジャンケンで済むんでしょうか」

 

 Aちゃんは答えた。

 

「済ませます」

 

 その声には、管理側の強い意志があった。

 

 ~~~~~~~~

 

 会議室中央に、円形の魔導フィールドが展開された。

 

 ジャンケン用である。

 

 ただのジャンケンのはずなのに、なぜ魔導フィールドが必要なのか。

 

 理由は簡単だ。

 

 過去の顔合わせ順決定において、感情の高ぶりにより机が割れかけたり、空間拡張部分が揺れたり、魔導通信が一瞬乱れたりしたことがあったからだ。

 

 平等のため。

 

 安全のため。

 

 そして何より、ホロライブ事務所を守るため。

 

 ジャンケンにも設備投資が必要だった。

 

「では、次回の顔合わせ組を決定します」

 

 Aちゃんが宣言する。

 

「参加するのは、4期生、holoX、ホロライブインドネシア、ホロライブEnglishの代表者です」

 

 各組から、一人ずつ前に出る。

 

 4期生代表、桐生ココ。

 

 holoX代表、ラプラス・ダークネス。

 

 インドネシア代表、ムーナ・ホシノヴァ。

 

 English代表、森カリオペ。

 

 四人が、魔導フィールドの内側に立つ。

 

 周囲のメンバーたちは息を呑んで見守っていた。

 

 かなたは両手を組み、祈るようにココの背中を見ている。

 

 わためは小さく「会長、がんばって」と呟く。

 

 トワは腕を組んだまま目を逸らさない。

 

 ルーナは椅子の上で小さく跳ねるように揺れている。

 

 holoX側では、ルイが総帥の暴走に備えている。

 

 こよりはデータを取る準備をしている。

 

 クロヱは眠そうな顔をしながらも、目だけは真剣だった。

 

 いろはは姿勢を正し、祈るように見つめている。

 

 IDとENの代表者の背後には、長距離通信用の小さなウィンドウがいくつか開き、遠方で待機するメンバーたちの気配も感じられた。

 

 通信越しでも分かる。

 

 全員、本気だった。

 

 Aちゃんが右手を上げる。

 

「最初は、グー」

 

 四人が拳を握る。

 

 その瞬間、魔導フィールドがわずかに揺れた。

 

 のどかが小さく声を漏らす。

 

「ジャンケンの圧じゃないですね……」

 

「ジャンケンの圧ではありませんね」

 

 YAGOOも同意した。

 

 Aちゃんは表情を変えない。

 

「ジャンケン――」

 

 全員が息を止める。

 

「ぽん」

 

 四つの手が出た。

 

 グー。

 

 グー。

 

 グー。

 

 グー。

 

 全員、拳。

 

 あいこ。

 

「……」

 

 一瞬の沈黙。

 

 ラプラスがにやりと笑う。

 

「ふん。まずは様子見というわけか」

 

 ココが口角を上げる。

 

「全員、力入りすぎだろ」

 

 カリオペが肩をすくめる。

 

『誰も先に手を開きたくないみたいだね』

 

 ムーナは静かに頷いた。

 

「まだ始まったばかり」

 

 Aちゃんが淡々と言う。

 

「あいこで――」

 

「しょ」

 

 次の手が出る。

 

 ココ、チョキ。

 

 ラプラス、パー。

 

 ムーナ、グー。

 

 カリオペ、チョキ。

 

 グー、チョキ、パーが揃った。

 

 またあいこ。

 

 会議室の空気が、さらに張り詰める。

 

「うわぁ……」

 

 マリンが小さく呟く。

 

「船長、今ちょっと鳥肌立ちました」

 

「ジャンケンで鳥肌立つことあるぺこ?」

 

「今あります」

 

 フレアも真剣な顔で見ていた。

 

「これ、普通のあいこじゃないね」

 

「普通のあいこって何ですか」

 

 のどかが小さく言う。

 

 3回目。

 

「あいこで、しょ」

 

 ココ、パー。

 

 ラプラス、チョキ。

 

 ムーナ、チョキ。

 

 カリオペ、グー。

 

 また全種類。

 

 あいこ。

 

 こよりが興奮したように端末を見た。

 

「すごいです! ここまで全員の心理が読み合いを続けていて、単純確率を超えた感情干渉が――」

 

「こより、今は静かに」

 

 ルイが言う。

 

「はい!」

 

 4回目。

 

「あいこで、しょ」

 

 全員、チョキ。

 

 あいこ。

 

 魔導フィールドが、ぱちりと火花のような光を散らした。

 

 Aちゃんが端末を一瞥する。

 

「フィールド出力、少し上げます」

 

「ジャンケンで出力を上げるんですか」

 

 YAGOOの声が虚ろだった。

 

「必要です」

 

 Aちゃんは即答した。

 

 未顔合わせ組の熱は、もう限界に近かった。

 

 誰も譲る気がない。

 

 誰も負ける気がない。

 

 ただ次にユウトへ会うためだけに、彼女たちは本気でジャンケンをしていた。

 

 それは滑稽で。

 

 少し怖くて。

 

 けれど、どうしようもなく切実だった。

 

 ぺこらが、珍しく静かな声で言った。

 

「……そりゃ、こうなるぺこ」

 

 マリンも、小さく頷く。

 

「待ってる間って、長いんですよね」

 

 フレアは何も言わなかった。

 

 ノエルも、るしあも、静かに見ている。

 

 会った側になった彼女たちは、知っている。

 

 今のユウトに会うことが、どれほど嬉しくて、どれほど苦しいことなのか。

 

 記憶を持つ側だけが抱えてきた時間。

 

 ユウトだけが忘れてしまった時間。

 

 それを、ようやく少しずつ渡せる。

 

 だからこそ、誰も待ちたくない。

 

 誰も次を譲りたくない。

 

 Aちゃんが、再び手を上げた。

 

「続けます」

 

 四人が構える。

 

 ココは、静かに息を吐いた。

 

 その横顔を見て、かなたが小さく呟く。

 

「会長……」

 

 ココは振り返らなかった。

 

 ただ、拳を握る。

 

「悪いな」

 

 誰に向けた言葉か分からない。

 

 けれど、その声は確かに響いた。

 

「次の切符、もらってくぞ」

 

 Aちゃんの声。

 

「あいこで――」

 

 全員が動く。

 

「しょ」

 

 手が開かれた。

 

 桐生ココ、パー。

 

 ラプラス、グー。

 

 ムーナ、グー。

 

 カリオペ、グー。

 

 時間が止まったようだった。

 

 会議室の全員が、中央を見つめる。

 

 パー。

 

 グー。

 

 グー。

 

 グー。

 

 勝者は、一人。

 

「……勝者、4期生です」

 

 Aちゃんが告げた。

 

 次の瞬間。

 

 4期生の席が爆発した。

 

 比喩ではない。

 

 かなたが立ち上がった拍子に椅子が跳ね、わための周囲にふわふわした魔力が舞い、トワの尻尾が大きく揺れ、ルーナが「んなあああああ!」と叫び、ココがようやく大きく笑った。

 

「よっしゃああああああ!」

 

 ココの声が会議室に響く。

 

「やった! やったよ会長!」

 

 かなたが勢いよくココに抱きつきかけ、途中で力加減を思い出して減速した。

 

「やっと、やっと会えるんだね」

 

 わためは目元を押さえていた。

 

「泣くのはまだ早いでしょ」

 

 トワが言う。

 

 だが、その声も少し震えている。

 

「ルーナたちの番なのら! ユウトに会えるのら!」

 

 ルーナは頬を赤くして、足をぱたぱたさせていた。

 

 ココは、そんな4期生たちを見て、少しだけ笑う。

 

 そして、静かに会議室の天井を見上げた。

 

「……待たせやがって」

 

 その声は、さっきの叫びよりも小さかった。

 

 けれど、ずっと重かった。

 

「今度は、ちゃんと顔見せてもらうからな。ユウト」

 

 一方、敗れた組はそれぞれ反応を見せた。

 

 ラプラスはしばらく自分のグーを見つめていた。

 

 そして、ぷるぷると肩を震わせる。

 

「……吾輩が、負けた?」

 

「総帥、ジャンケンですから」

 

 ルイが冷静に言う。

 

「ジャンケンでも負けは負けだ!」

 

「はい」

 

「次は勝つ!」

 

「はい」

 

「絶対に勝つ!」

 

「はい」

 

 ルイは完全に保護者の顔になっていた。

 

 こよりは端末にデータを保存しながら、悔しそうに言う。

 

「次回までにジャンケン心理モデルを改良します……!」

 

「こより殿、それは不正では?」

 

 いろはが真面目に指摘する。

 

「分析は不正じゃないです!」

 

 クロヱは机に頬杖をつきながら、ぽつりと呟いた。

 

「でも、また待つのかぁ……」

 

 その声には、隠しきれない寂しさがあった。

 

 ムーナは、静かに手を下ろした。

 

 オリーが隣で頭を抱える。

 

「ムーナ先輩ぃぃぃ! 惜しかったです! 惜しかったですけど悔しいです!」

 

「うん」

 

 ムーナは頷く。

 

「悔しい」

 

 その短い言葉に、感情がこもっていた。

 

 通信ウィンドウの向こうでも、IDメンバーたちのざわめきが揺れる。

 

 カリオペは、小さく息を吐いた。

 

『チケットをなくしたってわけか』

 

 アメリアがメモ帳を閉じる。

 

「次は勝とう」

 

「Yeah」

 

 カリオペは4期生の方を見る。

 

「でも、今回はおめでとう。ちゃんと会ってきて」

 

 その言葉に、ココが振り向いた。

 

「当然だ」

 

 短い返事。

 

 けれど、その中に、預かったものの重さを理解している響きがあった。

 

 ~~~~~~~~

 

 決定後の会議室は、勝者と敗者の温度差でしばらく混沌としていた。

 

 4期生は喜びを抑えきれず、holoXは次回への対策会議を始め、IDとENは悔しさをにじませながらも次の機会を見据えていた。

 

 そして、すでに顔合わせ済みの組は、それぞれの距離感でその光景を見ていた。

 

 マリンは、また妙な余裕を取り戻しかけていた。

 

「いやぁ、4期生の皆さん。会った側の先輩として一つ助言を――」

 

「マリン」

 

 フレアの声が低い。

 

「何ですかフレア」

 

「煽らない」

 

「煽ってないですって! 船長はただ、ユウトくんに会う時の心構えをですね」

 

 ぺこらが横から言う。

 

「船長、心構え語れるほど落ち着いてなかったぺこ」

 

「ぺこら!」

 

「自己紹介で宝鐘さん呼びされて撃沈。過去話で泣きかけ。帰り際にもっと語るって言ってユウトに冷静に止められたぺこ」

 

「やめて! 船長の尊厳が!」

 

 ココが、にやりと笑う。

 

「へえ。マリン、そんな感じだったのか」

 

「会長、その笑顔怖い!」

 

 かなたが興味深そうに身を乗り出す。

 

「ユウトくん、今はやっぱり丁寧な感じなんだよね?」

 

「そうですねぇ。基本はすごく丁寧で、でもたまに鋭くツッコミます」

 

 マリンが即座に答えた。

 

 先ほどまでの慌てぶりはどこへやら。

 

 語れる話題になると強い。

 

「マリンさんって呼ばれました。最初は宝鐘さんでしたけど!」

 

「じゃあ、かなたは天音さんかな……」

 

 かなたが少しだけしゅんとする。

 

 トワが腕を組む。

 

「まあ、今のユウトにとっては初対面なんでしょ。仕方ないじゃん」

 

「トワ様、冷静に見えて尻尾がすごい動いてるぺこ」

 

「見んな!」

 

 わためは、ぽつりと言った。

 

「呼び方は、なんでもいいよ」

 

 全員が、わためを見る。

 

 わためは、少しだけ笑った。

 

「会ってくれるなら。ちゃんと、今のユウトくんと話せるなら。最初は何でもいい」

 

 その言葉に、4期生の空気が少し静かになる。

 

 ルーナも、少しだけ頬を膨らませながら呟いた。

 

「でも、ルーナのことはルーナって呼んでほしいのら」

 

「それは分かる」

 

 かなたが頷く。

 

「分かるんだ」

 

 フレアが苦笑する。

 

 ココは腕を組み、静かに笑った。

 

「ま、呼び方なんざ後でどうにでもなる。まずは、今のあいつに会う。それだけだ」

 

「会長らしいね」

 

 トワが言う。

 

「ああ」

 

 ココは頷く。

 

「でもな」

 

 そこで少しだけ声を落とした。

 

「会ったら、たぶん平気じゃいられねぇぞ」

 

 会議室が静かになる。

 

 すでに顔合わせを終えた者たちは、その言葉の意味を理解していた。

 

 ユウトに会える。

 

 それは、嬉しい。

 

 間違いなく嬉しい。

 

 けれど同時に、突きつけられる。

 

 彼が覚えていないこと。

 

 自分たちだけが覚えていること。

 

 そして、彼が消えたあの日から、自分たちの中で止まっていた時間。

 

 それが一気に動き出す。

 

 だから、ただ喜ぶだけでは済まない。

 

 4期生の誰もが、それを分かっていた。

 

 それでも。

 

 かなたは顔を上げた。

 

「それでも、会いたい」

 

 わためも頷く。

 

「うん」

 

 トワは目を逸らしながら言う。

 

「まあ……ここまで来たら、逃げる方が無理でしょ」

 

 ルーナは椅子の上で小さく拳を握った。

 

「ルーナは、ちゃんと会うのら」

 

 ココは、その全員を見て、満足そうに笑った。

 

「よし」

 

 そして、Aちゃんの方を見る。

 

「次の顔合わせ、4期生で頼む」

 

 Aちゃんは端末に記録を入れる。

 

「承知しました。桜井くんの予定確認後、来週土曜日午後を第一候補として調整します」

 

「安全対策も追加でお願いします」

 

 YAGOOが言った。

 

 Aちゃんは頷く。

 

「はい。骸骨騎士、落とし穴、過度な抱擁、無断転送、空間封鎖については、引き続き警戒します」

 

「項目が増えてるのら」

 

 ルーナが呟く。

 

「4期生用に追加されそうな項目もありますね」

 

 のどかが小さく言う。

 

「例えば?」

 

 かなたが尋ねる。

 

 のどかは少し迷ったあと、控えめに答えた。

 

「握力による備品破損とか……」

 

「うっ」

 

 かなたは自分の手を見た。

 

「あと、龍による圧」

 

 Aちゃんが追加する。

 

「おい」

 

 ココが笑う。

 

「羊毛による視界不良」

 

「わためぇ!?」

 

「悪魔的照れ隠しによる口論」

 

「それ私!?」

 

「姫による過度な要求」

 

「んなっ!?」

 

 4期生が一斉に反応した。

 

 その様子に、会議室に少し笑いが戻る。

 

 重さと騒がしさ。

 

 寂しさと嬉しさ。

 

 この事務所では、それらがいつも隣り合っていた。

 

 ~~~~~~~~

 

 その夜。

 

 ユウトは自室の机に向かっていた。

 

 学校の課題を広げてはいるものの、集中はあまりできていない。

 

 3期生との顔合わせ。

 

 るしあさんの骸骨騎士。

 

 ぺこらさんの騒がしさ。

 

 マリンさんの言葉。

 

 ノエルさんの真剣な目。

 

 フレアさんの穏やかな声。

 

 それらが、まだ頭の中に残っている。

 

 胸ポケットから取り出した銀色の懐中時計は、机の上で静かに時を刻んでいた。

 

 チ、チ、チ、チ――。

 

 その時、端末に通知が入った。

 

 Aちゃんさんからだった。

 

『桜井くん、本日はお疲れさまでした。次回の顔合わせ候補が決まりました。来週土曜日午後、4期生との顔合わせで調整したいと考えています』

 

 4期生。

 

 その文字を見た瞬間、懐中時計が少しだけ強く鳴った。

 

 チ。

 

 ユウトは、画面を見つめたまま動きを止める。

 

 頭の奥で、何かが揺れた。

 

 白い羽。

 

 ふわりとした羊の毛。

 

 紫色の悪魔の翼。

 

 淡い王冠のような光。

 

 そして、豪快に笑う龍の影。

 

 どれもはっきりとは見えない。

 

 けれど、確かに胸の奥に触れてくる。

 

「……4期生」

 

 ユウトは小さく呟いた。

 

 また、知らないはずの名前が胸を叩く。

 

 怖くないと言えば嘘になる。

 

 会うたびに、自分の知らない自分を突きつけられる。

 

 彼女たちの笑顔の奥にある喪失を、見なければならない。

 

 それでも。

 

 ユウトは端末に返信を打った。

 

『分かりました。土曜日午後で大丈夫です。よろしくお願いします』

 

 送信。

 

 すぐに既読がつく。

 

 それから少し遅れて、Aちゃんさんから短い返信が届いた。

 

『ありがとうございます。安全対策は強化します』

 

「……また安全対策ですか」

 

 ユウトは思わず呟いた。

 

 だが、少しだけ笑ってしまった。

 

 不安はある。

 

 けれど、逃げるつもりはない。

 

 3期生にそう言った。

 

 そして自分自身にも、そう言い聞かせている。

 

 チ、チ、チ、チ――。

 

 懐中時計が、机の上で静かに鳴る。

 

 次の切符は、4期生へ。

 

 失われた時間へ向かう列車は、また一駅、進もうとしていた。

 

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