hololive Lost Story   作:ダニエルズプラン

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第40話 始まりの配信・旗付きチャーハンの忠告

 

 デンライナーは、虹色の空の下を走っていた。

 

 窓の外には、西部劇を思わせる荒野が広がっている。

 

 細かな砂が風に舞い、遠くの岩山が蜃気楼のように揺らめく。だが、その上に広がる空だけは、この世のものとは思えないほど鮮やかだった。

 

 赤。

 

 青。

 

 金。

 

 緑。

 

 紫。

 

 いくつもの光が帯のように重なり、流れ、時折、線路の先へ吸い込まれていく。

 

 列車の中では、車輪の音が規則正しく響いていた。

 

 ごとん、ごとん。

 

 ごとん、ごとん。

 

 その音は、ユウトの胸ポケットで鳴る懐中時計の音と、奇妙に重なっている。

 

 チ、チ、チ、チ――。

 

 ごとん、ごとん。

 

 時を刻む音。

 

 時を走る音。

 

 その二つが重なり合うたび、ユウトの胸の奥で何かが小さく震えた。

 

 食堂車の席には、ユウトと0期生が座っていた。

 

 ときのそら。

 

 ロボ子さん。

 

 さくらみこ。

 

 星街すいせい。

 

 AZKi。

 

 そして、向かい側には野上良太郎。

 

 さらにその周囲には、モモタロス、ウラタロス、キンタロス、リュウタロス、ジーク、そして乗務員のナオミがいる。

 

 情報量が多い。

 

 あまりにも多い。

 

 少し前まで、ユウトはホロライブ事務所の廊下にいた。

 

 深夜、嵐の音を聞きながら、0期生と話していた。

 

 懐中時計から緑色のカードが現れた。

 

 扉を開けたら、そこは見知らぬ駅のホームだった。

 

 赤い列車と、緑と黄色の列車が停まっていた。

 

 そして今、自分たちはデンライナーと呼ばれる列車に乗っている。

 

 過去を見返す旅。

 

 良太郎は、そう言った。

 

「思い出す旅ではなく、過去を見返す旅……」

 

 ユウトは、小さくその言葉を繰り返した。

 

 良太郎は静かに頷く。

 

「うん。君の中から消えてしまった記憶を、無理に引っ張り出すわけじゃない。時間に残っているものを、列車の窓から見に行くんだ」

 

「時間に残っているもの」

 

「そう」

 

 良太郎の声は穏やかだった。

 

 けれど、その言葉には不思議な重みがある。

 

「記憶って、人の中にあるものだけじゃないと思う。誰かが覚えていること。誰かが忘れてしまったこと。それでも、確かに起きた出来事。そういうものは、時間の中に残っている」

 

 ユウトは、手の中の緑のカードを見た。

 

 カードは、まだ淡く光っている。

 

 最初に現れた時ほど強くはない。

 

 しかし、確かに存在している。

 

「……良太郎さん」

 

「うん」

 

「あなたと僕は、前の世界で知り合いだったんですか」

 

 その問いに、良太郎は少しだけ目を伏せた。

 

「本来なら、僕と君の時間は交じり合うことはなかった」

 

「本来なら」

 

「うん」

 

 良太郎は、窓の外へ視線を向ける。

 

 虹色の荒野が流れている。

 

「僕の時間と、君の時間。デンライナーが走る時間と、君が生きていた時間。普通なら、交差しないはずだった」

 

「それが、交差した」

 

「偶然に近い形でね」

 

 良太郎は、少しだけ困ったように笑う。

 

「時間って、ときどき不思議な重なり方をする。誰かが願ったからでも、誰かが計画したからでもなく、ほんの少しだけ線路が近づくことがある」

 

「線路が」

 

「うん。その時、僕たちは君を見つけた」

 

 ユウトは、黙って聞いていた。

 

「最初は、知っているようで知らない存在だった」

 

「僕が、ですか」

 

「そう。ゼロノスの力に近いものを持っている。でも、僕たちが知っている人とは違う。名前も、背負っているものも、歩いてきた道も違う」

 

 その言葉に、ユウトは少しだけ反応した。

 

 ゼロノス。

 

 何度か聞いた名前。

 

 自分が前の世界で変身していたという、仮面ライダー。

 

 けれど、良太郎の言い方には少しだけ引っかかりがあった。

 

 知っているようで知らない存在。

 

 自分ではない誰か。

 

 同じ力に近いものを持つ、別の誰か。

 

「……あなたたちの知っているゼロノスと、僕は違うんですね」

 

「うん」

 

 良太郎は、はっきり頷いた。

 

「君は君だ。桜井ユウト。君自身の時間を歩いてきた人だよ」

 

 その言葉は、なぜか胸に深く入ってきた。

 

 自分は誰かの代わりではない。

 

 前の世界の桜井ユウトの影でもない。

 

 今の自分が、何者か。

 

 それを探しているユウトにとって、その言葉は少しだけ救いに近かった。

 

「でも」

 

 良太郎は続ける。

 

「放っておけなかった」

 

「どうしてですか」

 

「君が、一人で戦っていたから」

 

 その一言で、0期生の表情が変わった。

 

 そらは目を伏せる。

 

 みこは唇を噛む。

 

 すいせいは、拳を膝の上で握った。

 

 ロボ子さんも、AZKiも、静かにユウトを見る。

 

 良太郎の声は、優しい。

 

 けれど、容赦はなかった。

 

「守るために、自分のことを少しずつ削っていく。苦しいのに、大丈夫な顔をする。失っているものがあるのに、それを誰にも言わない」

 

「……」

 

「そういう人を、僕は知っている」

 

 ユウトは、良太郎を見た。

 

 彼の目には、遠い記憶の影があった。

 

 きっと良太郎自身も、似たようなものを見てきたのだろう。

 

 あるいは、自分自身がそうだったのかもしれない。

 

「だから、君のことを知った時、ある人が言ったんだ」

 

「ある人?」

 

「うん」

 

 良太郎は、少しだけ笑った。

 

「君に、発破をかけてほしいって」

 

「僕に」

 

「そう。自分だけで全部抱え込もうとしているなら、一度ちゃんと怒ってやれって」

 

 その言い方に、モモタロスが鼻を鳴らした。

 

「まったく、あいつらしいっつうか何つうか」

 

 ウラタロスは口元に笑みを浮かべる。

 

「素直じゃないよね」

 

 キンタロスは腕を組んだまま、静かに頷く。

 

「せやけど、心配しとったんやろ」

 

 リュウタロスは足をぶらぶらさせる。

 

「ねえねえ、名前言わないの?」

 

 良太郎は困ったように笑う。

 

「今はまだ」

 

「えー」

 

「順番があるから」

 

 ジークは、優雅に目を閉じる。

 

「物語には相応しき幕開けがある。名の明かし方にも格式が必要というものだ」

 

「お前は黙ってろ」

 

 モモタロスが即座に言った。

 

 ユウトは、そのやり取りを聞きながら考えていた。

 

 ある人。

 

 良太郎たちが知っている、ゼロノスに関わる誰か。

 

 その人が、自分に発破をかけてほしいと頼んだ。

 

 だが、名前はまだ明かされない。

 

 理由は分からない。

 

 けれど、今は追及するべきではないのだろう。

 

 良太郎は、ユウトをまっすぐ見た。

 

「ユウトくん」

 

「はい」

 

「君は、自分に資格があるのか悩んでいるんだよね」

 

 ユウトの肩がわずかに揺れた。

 

 0期生と深夜の廊下で話していたこと。

 

 それを良太郎が聞いていたはずはない。

 

 だが、彼は知っているようだった。

 

「前の君をみんなが覚えている。でも、今の君は覚えていない。だから、みんなの中にいる桜井ユウトと、今の自分の間に距離を感じている」

 

「……はい」

 

 ユウトは、正直に頷いた。

 

「僕は、皆さんに何を返せるのか分からないんです。僕は覚えていない。なのに、皆さんは僕にありがとうと言ってくれる。またよろしくと言ってくれる」

 

 手の中のカードが、わずかに震えた。

 

「その言葉を受け取る資格が、今の僕にあるのか……分からない」

 

 良太郎は、すぐには答えなかった。

 

 代わりに、窓の外へ視線を向けた。

 

 列車はまだ荒野を走っている。

 

 だが、遠くに何かが見え始めていた。

 

 光の粒が集まるような、駅の影。

 

「たぶん、その答えは誰かが教えるものじゃない」

 

 良太郎は言った。

 

「君が見て、感じて、決めることだと思う」

 

「僕が決める」

 

「うん。失った記憶を完全に取り戻せなくても、過去を見ることはできる。そして、その過去を見たうえで、これからどんな未来を歩くかを決めることはできる」

 

 ユウトは、その言葉を胸の中で繰り返した。

 

 失った記憶は戻らないかもしれない。

 

 それでも、未来は選べる。

 

 その時だった。

 

 食堂車のドアが、静かに開いた。

 

 ユウトたちが振り向く。

 

 そこに立っていたのは、一人の初老の男性だった。

 

 背筋の伸びた姿勢。

 

 手にはステッキ。

 

 品のある立ち振る舞い。

 

 どこか飄々としていて、それでいてただ者ではない雰囲気がある。

 

 男性は、ゆっくりと食堂車へ入ってきた。

 

 まるで自分の屋敷の廊下を歩いているかのように、優雅に。

 

 ユウトたちの席の隣まで来ると、自然な動作で腰を下ろした。

 

「オーナー」

 

 良太郎がそう呼んだ。

 

 オーナー。

 

 この列車の責任者なのだろうか。

 

 ユウトは、その男性を見る。

 

 男性はにこりと微笑んだ。

 

「いやはや。なかなか興味深い運行になりましたね」

 

 その声は穏やかだった。

 

 だが、どこか掴みどころがない。

 

 ナオミが、待ってましたと言わんばかりにカウンターから皿を運んできた。

 

「お待たせしました、オーナー!」

 

 皿の上にあったのは、チャーハンだった。

 

 山のように盛られたチャーハン。

 

 そしてその頂上には、小さな旗が立っている。

 

 なぜ旗が。

 

 誰も説明しない。

 

 ナオミは当然のように皿を置き、オーナーは当然のようにスプーンを手に取った。

 

 そして、旗を倒さないように、慎重にチャーハンを食べ始めた。

 

「……」

 

 ユウトは、思わず見てしまった。

 

 そらも見ている。

 

 みこは口を開けている。

 

 すいせいは何とも言えない表情をしている。

 

 ロボ子さんは、なぜか旗の角度を目で追っている。

 

 AZKiは静かに呟いた。

 

「すごく集中してる」

 

 その通りだった。

 

 オーナーは、優雅でありながら、真剣だった。

 

 旗を倒さない。

 

 その一点に、全神経を注いでいるように見える。

 

 モモタロスは、呆れたように腕を組んだ。

 

「相変わらずだな」

 

 ウラタロスは笑っている。

 

「この状況でもブレないのは、さすがですね」

 

 キンタロスは腕を組んだまま頷いた。

 

「男の勝負や」

 

「チャーハンで?」

 

 みこが小声で言った。

 

「チャーハンでもや」

 

 キンタロスは真面目だった。

 

 オーナーは、スプーンを動かしながら、ふとユウトの方を見る。

 

「桜井ユウトくん」

 

「はい」

 

 突然呼ばれ、ユウトは背筋を伸ばした。

 

 オーナーは微笑む。

 

 しかし、スプーンの動きは止まらない。

 

 旗はまだ倒れていない。

 

「今日は特別運行です」

 

「特別運行」

 

「ええ。通常の時間の運行とは異なります。あなたの過去を変えるためではありません。あなたの記憶を無理に戻すためでもありません」

 

 オーナーは、チャーハンを少しだけ崩しながらも、旗の周囲を慎重に残している。

 

「失った記憶を取り戻すことは、容易ではありません。ましてや、あなたの場合はただの物忘れではない。時間と記憶と存在に関わる、非常に厄介な欠落です」

 

 ユウトは、何も言えなかった。

 

 時間と記憶と存在。

 

 その言葉が、胸に重く沈む。

 

 0期生も、表情を強張らせていた。

 

「ですが」

 

 オーナーは続ける。

 

「記憶を取り戻せなくても、過去を見ることはできる。過去を見て、そこで何があったのかを知ることはできる。そして、それを知ったうえで、どのような未来を歩いていくかを決めることはできる」

 

 良太郎が先ほど言ったことと、よく似ている。

 

 だが、オーナーの言葉には、列車の運行を告げる者のような確かさがあった。

 

「桜井ユウトくん。あなたはこれから、自分が忘れてしまった時間を見ます」

 

 オーナーの目が、わずかに細くなる。

 

「そこには、楽しい時間もあるでしょう。温かい時間もあるでしょう。ですが、同時に、苦しい時間もあります。あなたが目を逸らしたくなるものも、きっとある」

 

 懐中時計が、チ、と鳴る。

 

「それでも見るかどうか」

 

 オーナーは、スプーンを止めずに言った。

 

「それは、あなたが決めることです」

 

 ユウトは、手の中の緑のカードを見た。

 

 怖い。

 

 その感情は消えていない。

 

 むしろ、オーナーの言葉でよりはっきりした。

 

 楽しいだけの旅ではない。

 

 温かい思い出だけを見るわけではない。

 

 きっと、自分が消えていく理由に近づく。

 

 自分が何を失い、どれだけの人を泣かせ、どんな終わりへ向かったのか。

 

 それを見ることになる。

 

 でも。

 

 そらが隣にいる。

 

 ロボ子さんがいる。

 

 みこがいる。

 

 すいせいがいる。

 

 AZKiがいる。

 

 そして、良太郎たちがいる。

 

 一人ではない。

 

「……見ます」

 

 ユウトは、静かに答えた。

 

「僕は、見ます。過去を変えるためではなく、今の僕がこれからどうするかを決めるために」

 

 オーナーは満足そうに頷いた。

 

「よろしい」

 

 そして、再びチャーハンへ意識を戻した。

 

「では、まずは最初の駅です」

 

 その瞬間、列車の揺れが少しだけ変わった。

 

 ごとん。

 

 ごとん。

 

 速度が落ちていく。

 

 窓の外の荒野が、光に包まれ始めた。

 

 虹色の空が白く滲み、砂の大地が溶けるように薄れていく。

 

 代わりに、別の景色が浮かび上がってきた。

 

 まだ今ほど大きくない、配信の世界。

 

 小さな部屋。

 

 画面。

 

 マイク。

 

 不慣れな機材。

 

 そして、一人の少女。

 

 ときのそら。

 

「……」

 

 そらが、息を呑んだ。

 

 その表情が、少しずつ変わっていく。

 

 懐かしさ。

 

 驚き。

 

 そして、胸が締め付けられるような感情。

 

「これ……」

 

 そらの声が震える。

 

「私の、最初の……」

 

 良太郎が静かに言った。

 

「最初の駅」

 

 列車が、ゆっくりと止まっていく。

 

「ホロライブが始まった時」

 

 窓の向こうに映るのは、まだ誰も未来を知らなかった頃の景色。

 

 夢と不安が混ざった、小さな始まり。

 

 そして。

 

「ときのそらさんが、初めて配信活動を行った時だよ」

 

 デンライナーが、静かに停車した。

 

 車内に、発車ベルとは違う、柔らかな音が響く。

 

 ユウトは窓の外を見つめた。

 

 そこにいる少女は、今隣に座っているそらよりも少し幼く、少し緊張しているように見えた。

 

 だが、その瞳には確かな光があった。

 

 まだホロライブという名前が、今ほど大きな意味を持つ前。

 

 まだ誰も、長い物語の先を知らなかった頃。

 

 その小さな始まりを、ユウトは今、初めて見る。

 

 いや。

 

 前の自分は、きっと知っていた。

 

 でも今の自分は、初めて見る。

 

 そらの隣で。

 

 0期生たちと一緒に。

 

 時の列車の窓越しに。

 

 オーナーのチャーハンの旗は、まだ倒れていなかった。

 

 しかしユウトの中では、何かが静かに揺れ始めていた。

 

 ホロライブの始まり。

 

 ときのそらの始まり。

 

 そして、やがて桜井ユウトが関わることになる物語の、最初の停車駅。

 

 過去を見返す旅は、ここから本当に始まる。

 

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