hololive Lost Story 作:ダニエルズプラン
最初の停車駅。
それは、ホロライブがまだ今ほど大きな名前ではなかった頃の時間だった。
小さな事務所。
少ない人員。
慣れない機材。
どこか手探りで、誰も未来の大きさを知らなかった場所。
デンライナーの窓の外に映る景色は、まるで一枚の映像ではなかった。
時には窓の向こうに部屋が現れ。
時には列車のすぐ横に、過去の廊下が並走し。
時には駅のホームそのものが、記憶の舞台へと変わっていく。
そこには、一人の少女がいた。
ときのそら。
今より少しだけ幼く、今より少しだけ緊張した表情で、配信の準備をしている。
画面の前に座り、マイクの位置を確認し、スタッフとやり取りをしている。
まだ、すべてが始まったばかりだった。
隣に座る今のそらが、小さく息を呑む。
「……私だ」
声が震えていた。
懐かしさだけではない。
不思議そうで、少し照れくさそうで、それ以上に胸がいっぱいになっている声だった。
ユウトは、窓の外を見つめる。
そこにはもう一人、青年がいた。
黒髪。
整った制服のようなスタッフ服。
少しだけ緊張した顔。
けれど、その目は真剣だった。
桜井ユウト。
前の世界の自分。
今のユウトと同じ顔をしている。
同じ背丈で、同じ声を持っているはずなのに、どこか違う。
今の自分より、少しだけ大人びているように見えた。
あるいは、背負っているものが違うのかもしれない。
過去のユウトは、そらの後ろで機材を確認していた。
慣れているとは言えない手つき。
だが、丁寧だった。
ケーブルを確認し、画面を見て、音声の反応をチェックする。
そして、そらが不安そうに振り返った時、過去のユウトは少しだけ笑った。
『大丈夫です』
その言葉に、今のユウトは反射的に胸が痛んだ。
あまりにも聞き慣れた言葉。
最近、自分が雑に使えば必ず誰かに止められる言葉。
だが、過去のユウトが口にしたそれは、今の自分が使う逃げの「大丈夫」とは少し違っていた。
『そらさんの声、ちゃんと届いています』
過去のユウトは言った。
『だから、いつも通りで。僕たちも、ここにいますから』
そらは画面の向こうで頷く。
緊張したまま、それでも前を向く。
そして、ホロライブという大きな時間が始まった。
今のそらが、膝の上で手をぎゅっと握る。
「……言ってくれた」
小さな声だった。
「私、あの時すごく緊張してて。でも、ユウトくんがそう言ってくれて……」
そらは言葉を途中で止めた。
目元が潤んでいる。
ユウトは、何も言えなかった。
知らないはずの時間。
でも、確かにそこに自分がいる。
自分とは違う。
でも、同じ桜井ユウトが。
デンライナーは、静かに次の時間へ進んでいった。
~~~~~~~~
停車駅は、一つだけではなかった。
列車は走り、止まり、また走った。
そのたびに、窓の外にはホロライブの時間が映った。
ロボ子さんが、新しい活動に胸を弾ませていた時。
機械の身体を持つ彼女が、少しだけ不安そうに自分の手を見つめていた。
『私、ちゃんとできるかな』
過去のロボ子さんがそう言うと、過去のユウトは少し困ったように笑った。
『できるかどうかは、やってみないと分かりません』
『そこはできるって言ってよ』
『無責任に言うのは違うと思うので』
『ユウトくんって、そういうところあるよね』
『でも』
過去のユウトは、ロボ子さんの資料を整えながら言った。
『ロボ子さんがやりたいと思っているなら、僕はできるように手伝います』
ロボ子さんは、ぽかんとして。
それから、嬉しそうに笑った。
今のロボ子さんは、その光景を静かに見ていた。
「……そうだった」
彼女は、自分の手を見つめる。
「ユウトくん、簡単にできるって言わなかった。でも、できるように手伝うって言ってくれた」
ユウトは、窓の外の自分を見た。
過去の自分は、特別なことをしているようには見えない。
ただ、そこにいて。
言葉を選び。
相手の隣に立っていた。
それだけだった。
けれど、その「それだけ」を、彼女たちは覚えていた。
次の停車駅では、さくらみこがいた。
元気に見えて、どこか不安を抱えた顔。
うまくいかないことがあって、悔しそうに唇を噛んでいる。
『みこ、向いてないのかなって……ちょっと思ったにぇ』
過去のみこは、笑おうとしていた。
でも、笑えていなかった。
過去のユウトは、少し離れた場所に座っていた。
慰めの言葉をすぐには言わない。
ただ、みこが言葉を続けるのを待っている。
『みこさん』
『……なに?』
『向いているかどうかを、今決めなくてもいいと思います』
『でも』
『でも、続けたいんですよね』
みこは黙った。
過去のユウトは、静かに言った。
『なら、続けるために必要なことを一つずつ考えましょう。僕も手伝います』
今のみこは、両手で口元を押さえていた。
「……言った。ユウト、言ってくれたにぇ」
涙声だった。
「みこ、あの時……それで、もうちょっと頑張ろうって思えたんだにぇ」
ユウトの胸が、また痛む。
過去の自分は、彼女を救ったなどとは思っていないだろう。
きっと、ただ必要だと思った言葉を言っただけだ。
でも、その言葉が、誰かの中でずっと残っていた。
次は、AZKiの時間だった。
歌。
ステージ。
届けたい場所。
けれど、届くかどうか分からない不安。
過去のAZKiは、誰もいないスタジオでマイクの前に立っていた。
歌い終えたあと、静かに目を伏せる。
『届いてるのかな』
過去のユウトは、少し離れた場所で音源を確認していた。
そして、顔を上げる。
『届いています』
『ユウトくんには?』
『はい』
『それだけじゃ、まだ遠いよ』
『なら、遠くまで届くようにしましょう』
過去のユウトは、当然のように言った。
『今は一人に届いた。それなら次は、二人に。十人に。百人に。そうやって遠くへ行けると思います』
AZKiは、窓の外の自分を見ながら、小さく笑った。
「……真面目すぎるよね」
今のユウトは言葉を返せない。
AZKiは続ける。
「でも、その真面目さが嬉しかった。夢みたいなことを、ちゃんと予定みたいに扱ってくれたから」
その言葉は、ユウトの胸に深く残った。
夢を予定のように扱う。
前の自分は、そんなことをしていたのか。
そして。
すいせいの停車駅が来た。
その時、車内の空気が少しだけ変わった。
今のすいせいは、窓の外を見た瞬間、表情を固くした。
そこには、まだ一人で悩んでいた頃の星街すいせいがいた。
夢を持っている。
歌いたい。
輝きたい。
けれど、道は簡単ではなかった。
周囲の音は遠く、部屋には一人分の影しかない。
過去のすいせいは、膝の上で拳を握っていた。
『私、このままでいいのかな』
その声は、今の彼女からは想像できないほど小さかった。
過去のユウトは、向かいに座っていた。
すぐには答えない。
少し考えてから、言った。
『僕には、すいせいさんが諦めたいようには見えません』
今のすいせいが、息を止める。
過去のすいせいは、顔を上げる。
『何それ』
『違いますか』
『……違わない』
『なら、諦めない方法を探しましょう』
『そんな簡単に言わないでよ』
『簡単ではないと思います』
過去のユウトは、まっすぐに言った。
『でも、すいせいさんがまだ歌いたいなら、その前提で考えます』
その一言に、過去のすいせいは泣きそうな顔で笑った。
『……変な人』
『よく言われます』
『言われるんだ』
『はい』
今のすいせいは、目を伏せていた。
拳を握り、唇を噛んでいる。
「……覚えてる」
声が震えていた。
「私、覚えてるよ。ユウト、あの時……私が諦める前提で話さなかった」
ユウトは、隣のすいせいを見る。
「すいせいさん」
「私がまだやりたいって、私より先に分かってたみたいに言った」
すいせいは、窓の外の過去の自分を見つめる。
「それが、どれだけ救いだったか……今のユウトは知らないでしょ」
「……はい」
「でも、私は覚えてる」
短い言葉だった。
それだけで、胸が締め付けられた。
~~~~~~~~
列車は、次々と停車駅を越えていった。
新しい仲間が増えた時。
ホロライブ1期生の加入。
2期生の加入。
ゲーマーズ。
3期生。
4期生。
5期生。
holoX。
それぞれの始まりに、桜井ユウトはいた。
最初は、少し頼りない若いスタッフとして。
やがて、忙しそうに走り回るマネージャーとして。
そして、YAGOOやAちゃんと共にホロライブを支える一人として。
白上フブキが何かを企んでいる時、過去のユウトは遠くから気づいていた。
『白上さん』
『まだ何もしてませんよ!?』
『まだ、ということは予定はあったんですね』
『語るに落ちた!』
夏色まつりが暴走しそうになると、過去のユウトは端末片手に止めていた。
大空スバルが全力で突っ走る時、過去のユウトは困った顔で水を渡していた。
湊あくあが震えながらも一歩踏み出そうとする時、過去のユウトは彼女の背中を押しすぎず、ただ隣に立っていた。
大神ミオが誰かを心配している時、過去のユウトは逆にミオ自身を心配していた。
ころねが長時間配信の準備をしている時、過去のユウトは腕を組んで言っていた。
『休憩時間を入れてください』
『えー』
『入れてください』
『ユウトくん、怒ってる?』
『心配しています』
『じゃあ、ちょっとだけ入れる』
『ちょっとではなく、ちゃんと』
船長が熱弁を始めると、過去のユウトはいつも通りの顔で聞いていた。
ぺこらがいたずらを仕掛けようとすると、すでに回収済みだった。
ノエルが感情のままに抱きしめようとすると、過去のユウトは半歩下がっていた。
フレアはそれを見て笑っていた。
るしあが不安そうに声を落とす時、過去のユウトは彼女の言葉を急かさず、最後まで聞いていた。
かなたが力加減を間違えそうになると、過去のユウトは備品を守っていた。
わためが落ち込んでいる時、温かい飲み物を置いていた。
トワが強がっている時、静かに見抜いていた。
ルーナが拗ねている時、ちゃんと姫として扱いながらも夜更かしは止めていた。
ココが卒業を決めた時。
その停車駅だけは、車内の空気が明確に変わった。
過去のココは、笑っていた。
強く、豪快に。
けれど、その裏に寂しさがあることは、誰の目にも分かった。
過去のユウトは、彼女の前に立っていた。
笑っている。
でも、目が少しだけ赤い。
『止めないのか?』
過去のココが、冗談めかして聞いた。
過去のユウトは、少しだけ黙った。
そして、首を横に振る。
『止めたいかどうかで言えば、止めたいです』
『おい』
『でも、ココさんが決めたことなら、僕は応援します』
ココは、目を丸くする。
過去のユウトは、苦しそうに笑った。
『卒業しても、ココさんがいた時間は消えません。だから……行ってらっしゃい』
車内にいる今のユウトは、息を呑んだ。
前に、少しだけ見えた記憶。
その続きが、今はっきりと映っている。
過去のココは、一瞬だけ顔を歪めた。
そして、いつものように笑った。
『ああ。行ってくる』
その後。
ココが背を向けたあと、過去のユウトは誰もいない廊下で立ち止まった。
顔を上げる。
腕で目元を隠す。
肩が、小さく震えていた。
今のユウトは、その姿から目を逸らせなかった。
あれが自分だ。
別人のようで、自分だ。
送り出すことを選んだ自分。
笑顔で背中を押した自分。
その裏で、誰にも見せないように泣いていた自分。
そらも、ロボ子さんも、みこも、すいせいも、AZKiも、誰も声を出せなかった。
~~~~~~~~
楽しい停車駅もあった。
初めて大きな目標を達成した日。
念願のライブが決まった日。
新衣装や新曲が発表された日。
ホロライブが海外に進出した日。
インドネシアのメンバーが加わった時。
Englishのメンバーが加わった時。
過去のユウトは、いつも忙しそうだった。
YAGOOの隣で資料を持ち。
Aちゃんと端末を突き合わせ。
時差を計算し。
配信スケジュールを確認し。
誰かの不安を聞き。
誰かの喜びに苦笑し。
誰かの涙を、見なかったふりをしてそっとティッシュを置いていた。
大きな夢が叶った時、ライバーたちは泣いた。
笑った。
抱き合った。
過去のユウトは、その輪の外側にいることが多かった。
中心に飛び込むのではなく、少し離れた場所で見守る。
それが彼の立ち位置だった。
けれど、誰かが振り返れば、必ずそこにいた。
笑っていた。
少し困ったように。
でも、嬉しそうに。
ユウトは、窓の外の自分を見続けた。
見れば見るほど、分からなくなった。
なぜ、こんなに誰かのために動けたのか。
なぜ、こんなに自分を後回しにできたのか。
なぜ、こんなに大切な時間を、自分は忘れてしまったのか。
そして列車は、やがて楽しい時間だけではない場所へ進んでいった。
卒業。
活動終了。
別れ。
様々な理由でホロライブを去っていくライバーたち。
そのたびに、過去のユウトは見送っていた。
できるだけ笑顔で。
相手が安心して旅立てるように。
後悔だけを残さないように。
けれど、見送ったあと。
人のいない廊下で。
暗い事務所の隅で。
屋上の手すりの前で。
彼は必ず少しだけ立ち止まった。
顔を上げ、腕で目を隠すようにしていた。
涙を見せないために。
誰にも心配させないために。
悲しいと言わないために。
何度も。
何度も。
ユウトはその姿を見た。
そして、思った。
この人は、強いのではない。
強くあろうとし続けていただけだ。
誰かを送り出すたび、自分の中の何かを削っていた。
それでも、笑っていた。
ホロライブの未来が続くなら、それでいいとでも言うように。
~~~~~~~~
そして。
列車は、さらに暗い時間へ進んでいった。
最初は、小さな違和感だった。
過去のユウトが、懐中時計を見る回数が増えた。
端末を持つ手が、少しだけ震えていることがあった。
会話の途中で、一瞬だけ誰かの名前を言い淀むことがあった。
それを誰かが指摘すると、彼はいつものように笑った。
『少し寝不足です』
『大丈夫です』
『問題ありません』
そのたびに、今のユウトは胸が締め付けられた。
それは嘘だ。
自分で分かる。
過去のユウトは、大丈夫ではなかった。
けれど、誰にも言わなかった。
やがて、列車の窓の外に戦いが映った。
夜の街。
崩れかけた時間の裂け目。
異形の存在。
人の願いに取り憑き、過去へ飛び、時間を壊そうとする者たち。
イマジン。
その名が、車内の空気に重く落ちる。
過去のユウトは、暗い路地に立っていた。
手には、緑のカード。
そして、腰には見覚えのないベルト。
彼は、誰にも見られない場所で静かにカードを掲げた。
『変身』
緑の光が走る。
黒と緑の装甲が、過去のユウトの身体を包む。
仮面ライダーゼロノス。
今のユウトは、息を忘れた。
あれが、自分。
前の自分が戦っていた姿。
大きな剣を握り、異形へ向かって踏み込む。
迷いはない。
怖くないわけではないのだろう。
それでも足は止まらない。
誰かの配信がある日。
誰かのライブが近い日。
誰かの未来が失われそうになった日。
過去のユウトは、戦っていた。
ホロライブと、大切なライバーたちの未来を守るために。
変身するたび、何かが失われていく。
列車の窓は、それを容赦なく映した。
事務所のスタッフが、ふとユウトの名前を思い出せなくなる。
ライバーの誰かが、彼に連絡しようとして、なぜ連絡しようとしたのか分からなくなる。
机に置かれた書類から、彼の名前だけが薄れる。
写真の中の彼の輪郭が、少しずつ曖昧になる。
誰かの記憶から、桜井ユウトが消えていく。
それでも、過去のユウトはカードを使った。
何度も。
何度も。
自分が忘れられると知りながら。
大切な人たちから、自分という存在が削れていくと知りながら。
『これでいい』
過去のユウトは、誰もいない場所で呟いた。
『皆さんの未来が残るなら、それでいい』
その言葉に、今のすいせいが震えた。
「よくない」
小さな声だった。
「そんなの、よくないよ」
そらも涙をこらえていた。
みこはもう泣いていた。
ロボ子さんは、拳を握りしめている。
AZKiは、目を閉じることなく過去を見ていた。
ユウトは、ただ呆然と窓の外を見つめた。
あれが自分だ。
あんな選択をしたのが、自分だ。
そして、彼女たちが自分を忘れてしまった理由。
自分が消えた理由。
その輪郭が、少しずつ見えてくる。
最後の戦い。
大晦日の夜。
街は年越しを迎えようとしていた。
ホロライブ事務所には、明かりがあった。
配信の声。
笑い声。
年末の慌ただしさ。
その裏で、過去のユウトは一人、戦場へ向かっていた。
敵は、これまでのものとは比べ物にならない。
デスイマジン。
時間を壊し、ホロライブの未来を奪おうとする最後の敵。
過去のユウトは、最後のカードを手にしていた。
赤くひび割れたカード。
使えば、どうなるか分かっていた。
それでも、彼は笑った。
悲しそうに。
でも、迷いなく。
『これで、本当に最後です』
変身。
ゼロフォーム。
戦いは、激しかった。
剣がぶつかる。
火花が散る。
時間の裂け目が広がる。
過去のユウトは何度も倒れた。
それでも立ち上がる。
何度も。
何度も。
ホロライブの未来を守るために。
そらの歌が続く未来。
みこの笑い声がある未来。
すいせいが星のように輝く未来。
ロボ子さんが新しい自分を楽しむ未来。
AZKiの歌が遠くまで届く未来。
そして、すべてのライバーたちが、それぞれの夢へ進んでいく未来。
そのために、桜井ユウトは戦った。
勝利の瞬間。
デスイマジンが崩れ落ちる。
時間の裂け目が閉じていく。
その中心で、過去のユウトは膝をついた。
変身が解ける。
身体が透け始める。
それでも、彼は立ち上がった。
事務所へ戻るために。
最後に、皆へ感謝を伝えるために。
列車の窓に、あの場面が映った。
ホロライブ事務所。
YAGOOの机。
呼び集められたライバーたち。
困惑する彼女たち。
その前に立つ、消えかけた桜井ユウト。
彼は、笑っていた。
今にも消えそうなのに。
自分のことを忘れた人たちの前で。
それでも、感謝を伝えるために笑っていた。
『皆さん』
過去のユウトの声が、震えていた。
『ありがとうございました』
誰かが泣き出す。
誰かが思い出そうとする。
誰かが手を伸ばす。
でも、届かない。
カードが崩れる。
彼の輪郭が消えていく。
最後に残ったのは、緑色のカード。
そして。
桜井ユウトという存在が、世界から消えた。
車内は、完全に沈黙していた。
誰も息をしていないような静けさだった。
ユウトは、窓の外を見つめたまま動けなかった。
自分が見たもの。
それは、英雄の姿ではなかった。
ただ、どうしようもなく不器用な男の姿だった。
誰かを守るために、自分を削り。
笑顔で見送り。
陰で泣き。
大切な人たちから忘れられても戦い。
最後は消えていった。
そんな男の姿を見た。
それが、桜井ユウトだった。
前の世界の自分だった。
今の自分と違う。
でも、同じ桜井ユウト。
ユウトの手の中で、緑色のカードが静かに光った。
胸ポケットの懐中時計が、一度だけ大きく鳴る。
チ。
それはまるで、失われた時間が「見たか」と問いかけているようだった。
ユウトは、何も答えられなかった。
ただ、窓の向こうで消えていった自分の姿を、いつまでも見つめていた。