hololive Lost Story   作:ダニエルズプラン

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第42話 未来行き・さくら色の一歩

 

 桜井ユウトの過去を見返す旅は、終わった。

 

 そう、思っていた。

 

 デンライナーの窓の向こうに映っていた過去は、あまりにも長く、あまりにも重かった。

 

 小さな事務所。

 

 少ない人員。

 

 一人の少女から始まったホロライブ。

 

 そこにいた桜井ユウト。

 

 笑っていた。

 

 支えていた。

 

 走っていた。

 

 泣いていた。

 

 戦っていた。

 

 守っていた。

 

 そして、最後には消えていった。

 

 ユウトは、食堂車の席に座ったまま、手元の緑色のカードを見つめていた。

 

 カードはもう強く光っていない。

 

 ただ、淡い緑色の輝きを残して、彼の指の間に収まっている。

 

 その薄い一枚が、あの過去のすべてに繋がっていたのだと思うと、どう持てばいいのか分からなくなる。

 

「……」

 

 何も言えなかった。

 

 過去の桜井ユウトを見て、ユウトの中にはいくつもの感情が渦巻いていた。

 

 すごいと思った。

 

 どうしてそこまでできたのかと、呆れもした。

 

 腹立たしくもあった。

 

 どうして一人で抱え込んだのか。

 

 どうして誰にも言わなかったのか。

 

 どうして大丈夫じゃない時ほど大丈夫だと言ったのか。

 

 どうして、消えると分かっていて、それでもカードを使ったのか。

 

 そう思う一方で、分かってしまった。

 

 守りたかったのだ。

 

 ホロライブを。

 

 そこにいる人たちを。

 

 彼女たちが笑う未来を。

 

 歌う未来を。

 

 夢を叶える未来を。

 

 誰かと出会い、誰かに届き、いつか別れたとしても、その時間が消えない未来を。

 

 守りたかった。

 

 その気持ちは、今のユウトにも分かってしまった。

 

 記憶は戻っていない。

 

 あの時の痛みを、自分のものとして完全に思い出せたわけでもない。

 

 それでも。

 

 あの男が何を守ろうとしたのかだけは、胸の奥で理解できた。

 

「……あれが、僕だったんですね」

 

 ユウトは小さく呟いた。

 

 良太郎は、静かに頷いた。

 

「うん」

 

「自分なのに、他人みたいでした」

 

「そうだと思う」

 

「でも、他人じゃなかった」

 

 ユウトは、カードを見つめたまま言う。

 

「僕は、あの人の選択を全部正しいとは思えません」

 

 そらが、隣で息を呑む。

 

 すいせいも、静かにユウトを見る。

 

「でも、守りたいと思った気持ちは……分かります」

 

 懐中時計が、胸ポケットで小さく鳴った。

 

 チ。

 

 まるで、その言葉を待っていたかのように。

 

 デンライナーは、過去の停車駅を離れていた。

 

 窓の外には再び虹色の荒野が広がっている。

 

 遠くには、ゼロライナーの影も見えた。

 

 赤い列車は、ゆっくりと元の時間へ戻っていく。

 

 そのはずだった。

 

 少なくとも、ユウトはそう思っていた。

 

 だが。

 

「……あれ?」

 

 最初に気づいたのは、良太郎だった。

 

 彼は窓の外を見て、少しだけ眉を寄せる。

 

「戻ってない」

 

「戻ってない?」

 

 そらが聞き返す。

 

 ウラタロスも窓の外を見た。

 

「確かに。進行方向が違うね」

 

 モモタロスが立ち上がる。

 

「おいおい、どういうこったよ。過去見たら終わりじゃねぇのか?」

 

 キンタロスも腕を組んだまま、窓の外へ目を向ける。

 

「まだ先へ行っとるな」

 

「先?」

 

 ロボ子さんが、車内の表示らしきものを確認しようとする。

 

「時間座標……また読めない。でも、さっきより進んでる。ユウトくんが消えた時間より、さらに先」

 

「未来に向かっているんですか」

 

 ユウトが言うと、良太郎はすぐには答えなかった。

 

 代わりに、彼は食堂車の隅へ目を向ける。

 

 そこでは、オーナーがいた。

 

 旗の刺さったチャーハンは、すでにきれいに食べ終えられていた。

 

 しかも、旗は倒れていない。

 

 完勝である。

 

 今のオーナーは、愛用のスプーンを取り出し、白い布で丁寧に磨いていた。

 

 その表情は穏やかだった。

 

 まるで、こうなることを最初から知っていたかのように。

 

「オーナー」

 

 良太郎が声をかける。

 

「これは?」

 

 オーナーはスプーンを磨く手を止めずに、にこりと微笑んだ。

 

「何を守ったのかは、この先も見ないと分かりませんから」

 

 それだけだった。

 

 それだけ言って、またスプーンを磨き始める。

 

「……相変わらず説明が短ぇな!」

 

 モモタロスが叫ぶ。

 

 オーナーは微笑むだけだった。

 

 すると、示し合わせたように車内アナウンスが流れた。

 

『まもなく、次の停車駅に到着いたします』

 

 ナオミの明るい声だった。

 

『次の停車駅は、未来。ユウトさんが守ったホロライブが紡ぐ未来でーす!』

 

 ユウトの手が、わずかに震えた。

 

 守った未来。

 

 過去の自分が、すべてを失ってまで守ろうとしたもの。

 

 それを、見る。

 

 ユウトは、窓の外へ視線を向けた。

 

 虹色の荒野が、少しずつ別の景色へ変わっていく。

 

 ~~~~~~~~

 

 未来にも、いろいろな時間があった。

 

 ユウトがいなくなったあとも、ホロライブは続いていた。

 

 それは、当然のことのようで。

 

 でも、ユウトにとっては胸を締め付ける光景だった。

 

 彼女たちは笑っていた。

 

 楽しい時には、ちゃんと笑っていた。

 

 誰かが変なことを言えば、周りが突っ込む。

 

 新しい企画が始まれば、全力で騒ぐ。

 

 ゲームで負ければ悔しがり、勝てば大げさなくらい喜ぶ。

 

 ライブが決まれば泣いて喜ぶ。

 

 新しい衣装を披露すれば、画面の向こうからたくさんの声が届く。

 

 ユウトがいない未来でも、彼女たちは生きていた。

 

 活動していた。

 

 笑っていた。

 

 もちろん、悲しいこともあった。

 

 つらいこともあった。

 

 別れもあった。

 

 さまざまな理由でホロライブを去っていくライバーたちもいた。

 

 そのたびに、誰かが泣いた。

 

 誰かが笑って送り出した。

 

 誰かが、配信の最後で言葉を詰まらせた。

 

 誰かが、去っていく仲間の未来を願った。

 

 その光景を見ていると、ユウトは胸が苦しくなった。

 

 だが、不思議なことに、そこには絶望だけがあったわけではなかった。

 

 卒業した者たちの多くは、その先でも笑っていた。

 

 形を変え、場所を変え、名前を変えたとしても、自分の道を歩いていた。

 

 楽しそうだった。

 

 嬉しそうだった。

 

 寂しさはある。

 

 けれど、それだけではない。

 

 過去のココに、自分が言った言葉。

 

 卒業しても、その人がいた時間は消えない。

 

 その言葉が、未来の景色の中で静かに証明されているようだった。

 

 ユウトは、窓の外を見つめる。

 

 ホロライブは、続いている。

 

 大きくなっている。

 

 世界に届いている。

 

 日本だけではなく、海を越え、言葉を越え、文化を越え、たくさんの人に届いている。

 

 ユウトが守りたかった未来。

 

 それは、確かに存在していた。

 

 そらは、窓の外の未来を見ながら静かに涙を流していた。

 

 ロボ子さんは、嬉しそうで、少しだけ寂しそうだった。

 

 みこは何度も鼻をすすっていた。

 

 すいせいは、黙ったまま拳を握っている。

 

 AZKiは、窓の外の未来の音を聞くように目を閉じていた。

 

 列車は、さらに進む。

 

 次々と未来の停車駅を通り過ぎていく。

 

 そして、ある時間軸へ差しかかった時だった。

 

 ユウトは、突然立ち上がった。

 

「ユウトくん?」

 

 そらが驚いて顔を上げる。

 

 ユウトの視線は、窓の外に釘付けになっていた。

 

 そこに映っていたのは、大きな会場だった。

 

 満員の客席。

 

 アリーナを埋め尽くす、さくら色のペンライト。

 

 ステージを照らす光。

 

 開演を待つ熱気。

 

 そして、舞台袖に立つ一人の少女。

 

 さくらみこ。

 

 彼女は、衣装を着ていた。

 

 眩しいステージに立つための衣装。

 

 ファンたちが待っている。

 

 仲間たちが応援している。

 

 スタッフも準備を終えている。

 

 あとは、一歩踏み出すだけ。

 

 それなのに。

 

 舞台袖のみこは、足を踏み出せずにいた。

 

『大丈夫』

 

 未来のみこは、小さく呟いていた。

 

『みこならできる。みんなも応援してくれてる。みこは、エリートだから……』

 

 そう言い聞かせるように。

 

 だが、足は動かない。

 

 期待に応えられなかったら。

 

 ファンをがっかりさせたら。

 

 自分は本当にこの景色に立っていいのか。

 

 夢だった場所が、目の前にある。

 

 だからこそ、怖い。

 

 ユウトには、それが分かってしまった。

 

 過去を見たからか。

 

 今のみこを知っているからか。

 

 それとも、前の自分が何度も彼女の背中を見てきたからか。

 

 分からない。

 

 だが、その一歩を踏み出せないみこを見た瞬間、ユウトの身体はもう動いていた。

 

「ユウト!」

 

 すいせいが叫ぶ。

 

「待って、ユウトくん!」

 

 良太郎も立ち上がる。

 

「過去や未来には干渉できない!」

 

 分かっている。

 

 聞こえている。

 

 けれど、止まれなかった。

 

 デンライナーの扉が、なぜか開いた。

 

 走行中のはずなのに。

 

 未来の景色は窓の外にあるはずなのに。

 

 それでも扉は開いた。

 

 まるで、誰かがわざと列車をその時間に停めたかのように。

 

 オーナーは、スプーンを磨いたまま何も言わなかった。

 

 止めもしなかった。

 

 ナオミも驚いた顔をしているが、扉を閉めようとはしない。

 

 ユウトは、飛び出した。

 

 次の瞬間、彼は会場の舞台袖に立っていた。

 

 音が違う。

 

 空気が違う。

 

 歓声の熱が、壁越しに響いている。

 

 けれど、誰もユウトを見ない。

 

 スタッフも。

 

 舞台袖にいる関係者も。

 

 未来のみこも。

 

 この時間の人間には、ユウトは認識されない。

 

 干渉できない。

 

 声も届かない。

 

 触れられない。

 

 それは、良太郎が言った通りだった。

 

 でも。

 

 ユウトは、みこの真後ろまで走った。

 

 未来のみこは、まだ足を踏み出せずにいる。

 

『大丈夫……大丈夫……』

 

 声が震えている。

 

 ユウトは、息を切らしながら、彼女の背中に手を伸ばした。

 

 触れられない。

 

 分かっている。

 

 それでも。

 

 彼は、手のひらを振り下ろす。

 

 みこの背中を叩くように。

 

「お前の姿を見せつけてこい!」

 

 叫んだ。

 

 声は、届かないはずだった。

 

 手は、触れないはずだった。

 

 この時間に、ユウトは干渉できないはずだった。

 

 だが。

 

 未来のみこの肩が、わずかに揺れた。

 

 彼女は、はっと顔を上げる。

 

 まるで、誰かに背中を押されたように。

 

 まるで、耳元で聞こえた声を探すように。

 

『……』

 

 未来のみこは、自分の背中に手を当てた。

 

 そこには誰もいない。

 

 けれど、彼女の表情が変わっていく。

 

 恐怖だけだった瞳に、火が灯る。

 

『……そうだ』

 

 未来のみこは、小さく呟いた。

 

『みこは、みこの姿を……見せつけるんだにぇ』

 

 デンライナーの中。

 

 今のみこは、座席から立ち上がっていた。

 

 涙が、頬を伝っている。

 

「……覚えてる」

 

 震える声だった。

 

「あの日、みこ……誰かに背中を押された気がしたんだにぇ」

 

 そらが、みこを見る。

 

「みこちゃん……」

 

「不安でいっぱいで、足が動かなくて。でも、急に……本当に急に、背中を押された気がして」

 

 みこは、窓の外にいるユウトを見つめる。

 

「大切な誰かが、みこのことを送り出してくれた気がした」

 

 今この瞬間と、あの日の記憶。

 

 点と点が、みこの中で繋がっていく。

 

 未来のみこは、一歩を踏み出した。

 

 舞台袖の影から、光の中へ。

 

 さくら色のペンライトが揺れる。

 

 観客の歓声が、会場を震わせる。

 

 みこはステージの中央へ向かって歩いていく。

 

 もう、足は止まらない。

 

 マイクを握り、顔を上げる。

 

 そして、歌い始めた。

 

 歓声が、さらに大きくなる。

 

 その歌声を聞いた瞬間、ユウトは少しだけ笑った。

 

「……行ってらっしゃい」

 

 小さく呟く。

 

 それから、踵を返した。

 

 もう自分がここにいる理由はない。

 

 未来のみこは、自分の足で歩き出した。

 

 なら、あとは彼女の時間だ。

 

 ユウトは、開いたままのデンライナーの扉へ向かって走った。

 

 列車の中へ戻ると、すぐにそらが駆け寄ってきた。

 

「ユウトくん!」

 

「すみません」

 

「すみませんじゃない!」

 

 珍しく、そらの声が強かった。

 

 ユウトは、思わず背筋を伸ばす。

 

「本当に心配したんだから」

 

「……はい」

 

 すいせいも、腕を組んでユウトを見る。

 

「無茶しないって、何回言われた?」

 

「数えきれないくらいです」

 

「なら、やるな」

 

「はい」

 

 ロボ子さんは、ユウトの身体を確認するように見る。

 

「異常は……たぶんない。でも、心臓に悪い」

 

 AZKiは静かに言った。

 

「でも、行かずにはいられなかったんだね」

 

「……はい」

 

 みこは、涙を拭きながらユウトを見ていた。

 

 言葉にならないようだった。

 

 ユウトは、少しだけ困ったように笑う。

 

「みこさん」

 

「……なに」

 

「勝手なことをしました」

 

 みこは、ぶんぶんと首を横に振った。

 

「違うにぇ」

 

「でも」

 

「違う!」

 

 みこは、涙声で言った。

 

「あの日、みこは確かに背中を押されたんだにぇ。誰なのか分からなかった。でも、今分かった。ユウトだったんだ」

 

「僕は、触れられなかったはずです」

 

「それでも!」

 

 みこは、胸元を押さえた。

 

「届いたんだにぇ。たぶん、ずっと」

 

 ユウトは何も言えなくなった。

 

 そこへ、オーナーがゆっくり近づいてきた。

 

 手には磨き終えたスプーン。

 

 表情は穏やかだが、どこか少しだけ注意するような雰囲気がある。

 

「桜井ユウトくん」

 

「はい」

 

「本来、時間への不用意な接触は褒められたことではありません」

 

「……はい」

 

「過去であれ未来であれ、見返すための旅において、列車から飛び出すというのは、実に危なっかしい」

 

「すみません」

 

 ユウトは素直に頭を下げた。

 

 だが、オーナーの声は決して責めていなかった。

 

「ただ」

 

 オーナーは、少しだけ微笑む。

 

「どうやら今回は、すでにあった出来事の線路をなぞっただけのようです」

 

「すでにあった出来事」

 

「ええ。彼女があの日、誰かに背中を押されたと感じたこと。それは、未来の中に最初からあった。あなたは、その出来事がどこから来たのかを、今見ただけなのかもしれません」

 

 ユウトは、みこを見る。

 

 みこは涙を拭きながら、何度も頷いていた。

 

 良太郎が、ほっと息を吐く。

 

「それでも、次からは飛び出す前に一言言ってね」

 

「はい」

 

 モモタロスが鼻を鳴らす。

 

「まったく、無茶しやがって」

 

「モモタロスさんに言われると、少し納得しづらいです」

 

「ああ!?」

 

 ウラタロスが笑った。

 

「でも、今のはなかなか君らしかったよ」

 

「僕らしい、ですか」

 

「うん。見ていられなくなって動くところとかね」

 

 キンタロスが重く頷く。

 

「背中を押す一言、効いとったで」

 

 リュウタロスは楽しそうに言う。

 

「ユウト、走るの速かったね!」

 

 ジークは優雅に頷いた。

 

「王の従者としては、もう少し優雅に戻るべきだったが、熱き心は認めよう」

 

「従者ではありません」

 

 ユウトが返すと、少しだけ車内に笑いが戻った。

 

 窓の外では、未来のみこのライブが続いている。

 

 歌声。

 

 歓声。

 

 さくら色の光。

 

 みこはステージの上で笑っていた。

 

 泣きそうなほどに、嬉しそうに。

 

 今のみこは、その光景を見つめながら、何度も涙を拭っていた。

 

 ユウトは、その隣に座り直す。

 

 不思議な気分だった。

 

 自分は未来へ干渉したのではない。

 

 たぶん、最初からそこにあったものを見届けたのだ。

 

 あの日、みこが感じた背中の温度。

 

 それが、今の自分の行動と繋がった。

 

 時間は、一直線ではないのかもしれない。

 

 少なくとも、この列車の上では。

 

 ~~~~~~~~

 

 その後も、デンライナーは少しだけ未来を走った。

 

 ユウトが守ったホロライブの未来。

 

 そこには、たくさんの笑顔があった。

 

 夢を叶える人がいた。

 

 新しい夢を見つける人がいた。

 

 別れを選び、その先でまた笑う人がいた。

 

 残る人も、旅立つ人も、それぞれの時間を生きていた。

 

 もちろん、すべてが幸せなだけではない。

 

 悔しさもあった。

 

 涙もあった。

 

 どうしようもない別れもあった。

 

 それでも、未来は続いていた。

 

 前の桜井ユウトが命を削って守ろうとしたものは、完璧な楽園ではなかった。

 

 悲しみのない世界ではなかった。

 

 けれど、彼女たちが自分の足で進める未来だった。

 

 笑いたい時に笑い。

 

 泣きたい時に泣き。

 

 夢を追い。

 

 別れを選び。

 

 また誰かと出会う。

 

 そんな当たり前の未来だった。

 

 その当たり前を守るために、前のユウトは戦ったのだ。

 

 ユウトは、ようやく少しだけ分かった気がした。

 

「……守ったものは、未来そのものだったんですね」

 

 小さく呟く。

 

 良太郎が、静かに頷く。

 

「うん」

 

「でも、未来は誰か一人が作ったものじゃない」

 

「そうだね」

 

「僕が守ったとしても、歩いたのは皆さんです」

 

 そらが、優しく笑った。

 

「そうだよ」

 

 すいせいも頷く。

 

「だから、ユウトだけの責任じゃない」

 

 みこは涙目のまま、少し怒ったように言った。

 

「でも、ユウトが守ってくれたことも、なかったことにはしないにぇ」

 

「……はい」

 

 ユウトは頷いた。

 

 今なら、その言葉を前より少しだけ受け取れる気がした。

 

 やがて、ナオミのアナウンスが流れる。

 

『まもなく現在時間へ戻りまーす。お忘れ物のないよう、ご注意ください!』

 

 お忘れ物。

 

 その言葉に、ユウトは手の中の緑のカードを見る。

 

 そして胸ポケットの懐中時計に触れた。

 

 忘れていたものを、すべて取り戻したわけではない。

 

 過去を見ても、記憶が完全に戻ったわけではない。

 

 だが、何も持っていなかった時とは違う。

 

 見た。

 

 知った。

 

 受け取った。

 

 前の桜井ユウトが何をして、何を失い、何を守ったのか。

 

 そして、守られた未来がどう続いていったのか。

 

 それを見た。

 

 デンライナーは、今度こそ現在時間へ向かって走り始めた。

 

 虹色の空が遠ざかる。

 

 荒野が流れる。

 

 ゼロライナーの影が並走し、緑と黄色の車両がどこか静かにこちらを見守っているように見えた。

 

 ユウトは窓の外を見つめる。

 

 旅は終わろうとしている。

 

 過去を見直し。

 

 未来を見届け。

 

 そして、現在へ戻る。

 

 現在。

 

 ホロライブ事務所。

 

 嵐の夜。

 

 眠るライバーたち。

 

 自分を待っている人たち。

 

 そこへ帰った時、自分が何を言えるのかはまだ分からない。

 

 けれど、少なくとも一つだけは決めていた。

 

 もう、自分には資格がないとは言わない。

 

 彼女たちが「またよろしく」と言ってくれた。

 

 なら、それを受け取る。

 

 前の自分の代わりとしてではなく。

 

 今の桜井ユウトとして。

 

 デンライナーは、現在へ向けて走っていく。

 

 車輪の音が、懐中時計の音と重なった。

 

 ごとん、ごとん。

 

 チ、チ、チ。

 

 ごとん、ごとん。

 

 チ、チ、チ。

 

 時の旅は、終わりへ向かっている。

 

 だが、ユウトの時間は。

 

 ようやく、もう一度動き出そうとしていた。

 

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