hololive Lost Story   作:ダニエルズプラン

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第43話 ゼロのパスケース・屋上に射す光

 

 デンライナーは、現在へ戻ってきた。

 

 車窓の外に広がっていた虹色の荒野が、少しずつ薄れていく。

 

 砂の大地も、幾重にも枝分かれした線路も、遠くを並走していたゼロライナーの影も、光の粒となって流れていった。

 

 代わりに見えてきたのは、夜のオルタナティブシティだった。

 

 嵐は、まだ完全には収まっていない。

 

 黒い雲が高層ビルの上に垂れ込め、遠くでは魔導雷が薄紫に光っている。

 

 雨は少し弱まっていたが、風はまだ強い。

 

 ビルの壁面を流れる水滴が、魔導ネオンの光を細く引き伸ばしていた。

 

 その中を、デンライナーは音もなく進んでいく。

 

 そして、ホロライブ事務所の屋上に横付けするように、空中で静かに停車した。

 

「……事務所の屋上」

 

 ユウトは窓の外を見て呟いた。

 

 さっきまで自分たちは、時間の荒野を走っていた。

 

 過去を見た。

 

 未来を見た。

 

 前の桜井ユウトが守ったものを見た。

 

 それが、今こうして一気に現実へ引き戻されると、夢だったのではないかと思いそうになる。

 

 だが、手の中には緑色のカードがあった。

 

 胸ポケットには、銀色の懐中時計が静かに鳴っている。

 

 夢ではない。

 

 これは、確かに起きたことだった。

 

「到着でーす!」

 

 ナオミの明るい声が車内に響く。

 

「お忘れ物のないよう、ご注意ください!」

 

「忘れ物……」

 

 みこが、少し疲れたように呟いた。

 

「見たものが多すぎて、何を持って帰ればいいか分からないにぇ」

 

「全部、じゃないかな」

 

 ロボ子さんが静かに言う。

 

「忘れないようにするんじゃなくて、置いていかないように」

 

 そらは窓の外を見つめていた。

 

 雨に濡れた屋上。

 

 その先にある、ホロライブ事務所。

 

 さっきまで見てきた過去と未来の中心にあった場所。

 

 すいせいは黙っていた。

 

 だが、その表情は旅に出る前よりも少しだけ変わっている。

 

 痛みはある。

 

 けれど、目を逸らさない強さもあった。

 

 AZKiは、車内の音を聞くように目を伏せている。

 

「この列車の音、忘れないと思う」

 

 ユウトは立ち上がった。

 

 降りなければならない。

 

 現在へ。

 

 彼女たちが待つ場所へ。

 

 自分がこれから生きていく時間へ。

 

 そう思ってデンライナーの扉へ向かおうとした時だった。

 

「桜井ユウトくん」

 

 背後から声がかかった。

 

 振り返ると、オーナーが立ち上がっていた。

 

 先ほどまで愛用のスプーンを磨いていた彼は、そのスプーンを丁寧に片付け、ゆっくりとユウトの前へ歩いてくる。

 

 相変わらず優雅な足取りだった。

 

 だが、その表情には、いつもの飄々とした雰囲気とは少し違う真剣さがある。

 

「そのカードを、こちらへ」

 

「これを、ですか」

 

 ユウトは、手の中の緑色のカードを見た。

 

 デンライナーへ導いたカード。

 

 過去と未来を見せた旅の始まり。

 

 前の自分が戦うために使っていたもの。

 

 それを渡すことに、一瞬ためらいがあった。

 

 だが、オーナーの目には急かすような色はない。

 

 ただ、当然そうするべき時が来たという静けさがあった。

 

 ユウトは、両手でカードを差し出した。

 

「お願いします」

 

「ええ」

 

 オーナーは緑のカードを受け取った。

 

 そして、反対側の手を上着の内ポケットへ差し入れる。

 

 そこから取り出したのは、黒いパスケースだった。

 

 何の変哲もないように見えて、どこか深い黒をしている。

 

 ただの革でも、ただの魔導具でもない。

 

 時間の影をそのまま形にしたような黒。

 

 オーナーは、片手に緑のカード、もう片手に黒いパスケースを持った。

 

「これは」

 

 ユウトが問いかけるより早く、オーナーはそれらを後ろ手に回した。

 

 ほんの一瞬。

 

 握るような動作。

 

 そして、再びユウトの前に差し出す。

 

 そこにはもう、緑のカードも黒いパスケースもなかった。

 

 代わりに、オーナーの手には新しいパスケースが握られていた。

 

 緑と黒で構成されたパスケース。

 

 深い緑。

 

 重い黒。

 

 その二色が、まるで最初からそうであったかのように馴染んでいる。

 

 表面には、どこかゼロライナーを思わせる意匠があった。

 

 ユウトは、息を呑んだ。

 

 そのパスケースを見た瞬間、胸ポケットの懐中時計が小さく鳴った。

 

 チ。

 

「これは……」

 

 オーナーは、パスケースをユウトへ差し出した。

 

「このパスケースは、もともとあのゼロライナーのもの」

 

 ゼロライナー。

 

 緑色の牛のような車両と、黄色い鳥のような車両。

 

 時間の荒野をデンライナーと並走していた、もう一つの列車。

 

「あのゼロライナーもまた、あなた自身のものです」

 

「僕自身の……」

 

 ユウトは、パスケースを受け取る。

 

 手に馴染んだ。

 

 恐ろしいほど自然に。

 

 まるで、ずっと昔から自分の手の中にあったもののように。

 

「使い方は、あなた次第です」

 

 オーナーは言った。

 

「戦うために使うのか。繋ぐために使うのか。あるいは、二度と使わずに持ち続けるのか。それを決めるのは、今のあなたです」

 

「今の、僕」

 

「ええ」

 

 オーナーは微笑む。

 

「前のあなたが何をしたのかは、もう見たはずです。では、今のあなたが何を選ぶのか。それは、これからの時間の問題です」

 

 ユウトは、パスケースを見つめた。

 

 過去の自分は戦った。

 

 守った。

 

 失った。

 

 消えた。

 

 なら、今の自分はどうするのか。

 

 同じように戦うのか。

 

 違う道を選ぶのか。

 

 まだ分からない。

 

 けれど、逃げてはいけないことだけは分かった。

 

「……ありがとうございます」

 

 ユウトが頭を下げると、オーナーは満足そうに頷いた。

 

「よろしい」

 

 そして、一歩歩き出す。

 

 その瞬間だった。

 

 食堂車の端。

 

 先ほどまで皿の上で誇らしげに立っていたチャーハンの旗が、ふらりと傾いた。

 

「あ」

 

 みこが声を漏らす。

 

 旗は、ゆっくりと倒れた。

 

 ぱたり。

 

 静かな音。

 

 オーナーの足が止まる。

 

 車内の全員が、旗を見る。

 

 オーナーはゆっくり振り返った。

 

 そして。

 

 ものすごい変顔をした。

 

「……」

 

 ユウトは固まった。

 

 そらも固まった。

 

 すいせいは口元を押さえた。

 

 ロボ子さんは処理が追いついていない顔をした。

 

 みこは今にも吹き出しそうで、AZKiは静かに目を逸らした。

 

 モモタロスが腹を抱えて笑いかける。

 

「ぶっ――」

 

「モモタロス」

 

 良太郎が慌てて止める。

 

 オーナーは何事もなかったかのように顔を戻した。

 

「……失礼」

 

 そして、ステッキを手に、優雅に食堂車を後にした。

 

 旗が倒れた事実だけを置き去りにして。

 

「最後まで濃いにぇ……」

 

 みこが小さく呟いた。

 

「ホロライブと同じくらい、こっちも濃いね」

 

 ロボ子さんが真顔で言う。

 

「そこ並べるの?」

 

 すいせいが突っ込む。

 

 少しだけ、笑いが戻った。

 

 重い旅の終わりに、あまりにも奇妙で、あまりにもデンライナーらしい余韻だった。

 

 ~~~~~~~~

 

 一人、また一人と、デンライナーを降りていく。

 

 まず、そら。

 

 次にロボ子さん。

 

 みこ。

 

 すいせい。

 

 AZKi。

 

 彼女たちは、屋上へ降りるたびに一度振り返り、列車の中を見た。

 

 そして最後に、ユウトが扉の前で立ち止まった。

 

 その手には、緑と黒のパスケース。

 

 胸ポケットには銀色の懐中時計。

 

 彼は、食堂車の中へ向き直る。

 

 そこには、良太郎がいた。

 

 モモタロスがいた。

 

 ウラタロス、キンタロス、リュウタロス、ジーク、ナオミ。

 

 時間の列車で出会った者たち。

 

 いや、前の世界の自分は、きっとすでに出会っていた者たち。

 

「良太郎さん」

 

「うん」

 

「ありがとうございました」

 

 ユウトは、深く頭を下げた。

 

「僕は、記憶を取り戻したわけではありません。でも、見ました。前の僕が何をして、何を守って、何を失ったのか。そして、守った未来がどう続いたのか」

 

 良太郎は静かに聞いている。

 

「まだ、全部を受け止められたとは言えません。でも、もう、自分には資格がないとは言わないようにします」

 

「うん」

 

 良太郎は、柔らかく微笑んだ。

 

「それでいいと思う」

 

 ユウトは、モモタロスたちへ目を向ける。

 

「モモタロスさんも、皆さんも。ありがとうございました」

 

「ふん」

 

 モモタロスは腕を組み、顔を逸らす。

 

「礼なんざいらねぇよ。次に会った時は、もうちょいシャキッとしてろ」

 

「はい」

 

「あと、そのさん付けやめろ。気持ち悪ぃ」

 

「検討します」

 

「検討じゃねぇ!」

 

 ウラタロスが笑う。

 

「相変わらず、真面目だね」

 

「覚えていないのに、相変わらずと言われるのは不思議です」

 

「でも、そういうところは変わってないよ」

 

 キンタロスは重く頷いた。

 

「泣ける話やった。だが、これからが大事やで」

 

「はい」

 

 リュウタロスは、身を乗り出す。

 

「また来る? 今度は踊ろうよ!」

 

「踊るかどうかは分かりませんが、また会えたら」

 

「約束ね!」

 

 ジークは優雅に片手を上げる。

 

「王たる私に謁見できたこと、誇りに思うがいい」

 

「はい。光栄です」

 

「ふむ。素直でよろしい」

 

 ナオミは笑顔で手を振った。

 

「またいつでも来てくださいね! コーヒー用意しておきます!」

 

「……ありがとうございます」

 

 次に飲む覚悟が必要だと思った。

 

 それからユウトは、良太郎へもう一度向き直る。

 

「それと」

 

「うん」

 

「僕に発破をかけてほしいと頼んだ、その誰かにも伝えてください」

 

 良太郎の表情が、ほんの少しだけ変わった。

 

 ユウトは続ける。

 

「ありがとうございました、と。僕はまだ全部思い出せていません。でも、逃げないようにします」

 

 良太郎は、静かに頷いた。

 

「必ず伝えるよ」

 

「お願いします」

 

 ユウトはもう一度頭を下げた。

 

 そして、デンライナーを降りた。

 

 足元に、ホロライブ事務所の屋上の感触が戻る。

 

 濡れたコンクリート。

 

 嵐の名残を含んだ冷たい空気。

 

 遠くで鳴る雷。

 

 屋上の縁には、安全用の魔導柵が淡く光っている。

 

 デンライナーの扉が閉まった。

 

 ゆっくりと、赤い列車が動き出す。

 

 車輪の音はない。

 

 ただ、空中に伸びる見えない線路を進むように、デンライナーは夜の中へ滑っていく。

 

 窓の向こうで、良太郎が手を振っていた。

 

 モモタロスはそっぽを向いたまま片手だけ上げている。

 

 ウラタロスは優雅に。

 

 キンタロスは静かに。

 

 リュウタロスは大きく両手を振り。

 

 ジークは王のように頷き。

 

 ナオミは満面の笑顔で手を振っていた。

 

 やがて、デンライナーは光の粒となって遠ざかり、夜空の向こうへ消えていった。

 

 ユウトたちは、しばらくそのまま立っていた。

 

 誰もすぐには話さなかった。

 

 嵐は、少しずつ弱まっている。

 

 雨は細くなり、雲の切れ間から夜空の色が見え始めていた。

 

 遠くの街には、魔導ネオンが淡く光っている。

 

 ホロライブ事務所の屋上。

 

 現在。

 

 帰ってきた場所。

 

 ユウトは、手元のパスケースを見る。

 

 緑と黒。

 

 ゼロライナーのもの。

 

 自分自身のもの。

 

 使い方は、自分次第。

 

 その重さを、どう受け止めればいいのか、まだ分からない。

 

 けれど、もう手放すつもりはなかった。

 

 その時。

 

「……ねえ」

 

 そらが、ぽつりと言った。

 

 ユウトは顔を上げる。

 

 そらは何かを思いついたような顔をしていた。

 

 やわらかくて、少しだけいたずらっぽい。

 

 それでいて、どこか真剣。

 

「みんな、ちょっと」

 

 そらが小さく手招きする。

 

 ロボ子さん、みこ、すいせい、AZKiがそらのそばへ集まる。

 

 五人は顔を突き合わせ、何やら小声で話し始めた。

 

「ここで?」

 

「うん。今だけ」

 

「機材ないよ?」

 

「アカペラでいいんじゃない?」

 

「まだ配信してないけど……」

 

「だからこそ、今だけ」

 

「ユウトくんのために?」

 

「うん」

 

 ユウトは少し離れて、その様子を見ていた。

 

「何を」

 

 問いかけようとした時、すいせいが振り向いた。

 

「ユウト」

 

「はい」

 

「そこに立ってて」

 

「え?」

 

「いいから」

 

 みこが、少しだけ涙の跡を残した顔で笑う。

 

「今度は逃げちゃだめだにぇ」

 

「逃げません」

 

 ロボ子さんが頷く。

 

「うん。逃走経路は塞がないけど、逃げないで」

 

「それは塞いでいるのと同じでは」

 

 AZKiが静かに微笑んだ。

 

「聴いてほしい歌があるの」

 

 そらが、一歩前に出る。

 

「この世界でも有名な曲」

 

 ユウトは、そのタイトルを聞いた。

 

 知っている曲だった。

 

 この世界でも有名な曲。

 

 だが、今ここにいる0期生がカバーとして配信したことはまだない。

 

 つまり、これは配信でも、ライブでもない。

 

 記録に残すための歌でもない。

 

 今だけ。

 

 ユウトのためだけに歌われる歌。

 

「いいんですか」

 

 ユウトは思わず聞いた。

 

「僕だけが聞いて」

 

「いいんだよ」

 

 そらは、迷いなく答えた。

 

「今は、ユウトくんに聴いてほしいから」

 

 すいせいが夜空を見上げる。

 

「嵐も、ちょうど静かになってきたしね」

 

 みこが胸元に手を当てる。

 

「みこ、さっきの未来で背中押してもらった分も歌うにぇ」

 

 ロボ子さんが小さく笑う。

 

「音程補正は自前で」

 

「ロボ子さん、それ言う?」

 

 AZKiが、静かに目を閉じた。

 

「大丈夫。届くよ」

 

 ユウトは、何も言えなかった。

 

 ただ、屋上の真ん中に立つ。

 

 0期生の五人が並ぶ。

 

 ときのそら。

 

 ロボ子さん。

 

 さくらみこ。

 

 星街すいせい。

 

 AZKi。

 

 彼女たちの背後には、嵐の残した雲。

 

 その切れ間から、ほんの少し星が見え始めていた。

 

 夜風が吹く。

 

 屋上の水たまりが小さく揺れる。

 

 そして、歌が始まった。

 

 アカペラだった。

 

 楽器はない。

 

 照明もない。

 

 観客もいない。

 

 ただ、夜の屋上に五人の声が重なっていく。

 

 そらのまっすぐな声。

 

 ロボ子さんの柔らかい響き。

 

 みこの少し震えながらも温かい声。

 

 すいせいの芯のある歌声。

 

 AZKiの遠くまで届くような音。

 

 その五つが混ざり合い、夜空へ伸びていく。

 

 ユウトは、その歌を聴いていた。

 

 雨上がりの空気。

 

 胸の奥に残る過去の痛み。

 

 未来で見た光。

 

 自分が消えた瞬間。

 

 みこの背中を押した感触のない手。

 

 良太郎の言葉。

 

 オーナーのパスケース。

 

 デンライナーの車輪の音。

 

 すべてが、歌の中で静かにほどけていく。

 

 やがて、短い一節が夜に落ちた。

 

 **「大丈夫だ あの痛みは」**

 

 その言葉が、ユウトの胸を打った。

 

 歌詞の続きを、彼女たちは直接なぞりすぎることなく、声の温度で伝えていく。

 

 痛みは消えない。

 

 忘れても、なかったことにはならない。

 

 でも、それを抱えたままでも光の方へ歩いていける。

 

 そう言われている気がした。

 

 ユウトは、目を閉じた。

 

 忘れてしまった時間。

 

 消えてしまった自分。

 

 守った未来。

 

 そして、今ここにいる自分。

 

 全部が、ひとつにはならない。

 

 まだ空白はある。

 

 まだ分からないこともある。

 

 でも、痛みがあることを怖がらなくてもいいのかもしれない。

 

 痛みが残っているからこそ、そこに確かに大切なものがあったと分かる。

 

 そらたちの歌声が、夜空へ溶けていく。

 

 雲の切れ間から、一筋の光が落ちた。

 

 朝ではない。

 

 まだ夜だ。

 

 けれど、嵐の向こうに月か星か、何かの光が覗いていた。

 

 その光が、屋上の水たまりに反射する。

 

 まるで一本の細いrayのように。

 

 ユウトは、手の中の緑と黒のパスケースを握った。

 

 強くではなく。

 

 確かめるように。

 

 歌が終わる。

 

 最後の音が、夜風に溶ける。

 

 しばらく、誰も話さなかった。

 

 ユウトは、目を開ける。

 

 0期生の五人がこちらを見ていた。

 

 少し照れくさそうに。

 

 少し不安そうに。

 

 でも、どこか満足そうに。

 

「……ありがとうございます」

 

 ユウトは、そう言った。

 

 声が少し震えていた。

 

「今の歌は、忘れたくないです」

 

 そらが、優しく笑う。

 

「うん」

 

 すいせいが、少しだけ目を細めた。

 

「忘れそうになったら、また歌うよ」

 

「配信で、ですか」

 

「それもいいけど」

 

 すいせいは、少しだけ肩をすくめる。

 

「まずは、ユウトのために」

 

 みこが胸を張る。

 

「そうだにぇ。みこたち0期生の特別ライブだにぇ」

 

「チケット代は?」

 

 ロボ子さんが冗談めかして言う。

 

 ユウトは少し考えてから答えた。

 

「……今度、温かい飲み物を用意します」

 

 AZKiが小さく笑った。

 

「それ、前のユウトくんみたい」

 

 ユウトは、少しだけ目を伏せる。

 

 けれど、今度は苦しくなりすぎなかった。

 

「そうですか」

 

「うん」

 

 AZKiは頷く。

 

「でも、今のユウトくんの言葉でもあるよ」

 

 その言葉に、ユウトは静かに息を吸った。

 

 胸ポケットの懐中時計が鳴る。

 

 チ、チ、チ、チ――。

 

 手には、緑と黒のパスケース。

 

 目の前には、0期生の五人。

 

 背後には、嵐が過ぎつつある夜空。

 

 ユウトはまだ、すべてを思い出したわけではない。

 

 けれど、過去を見た。

 

 未来を見た。

 

 そして今、自分のために歌ってくれた彼女たちの声を聞いた。

 

 だから、少しだけ分かった。

 

 自分は、前の自分の続きを生きるのではない。

 

 今の自分として、彼女たちとまた時間を作っていくのだ。

 

 嵐の残した雲の向こうから、細い光が差していた。

 

 その光は、夜を完全に晴らすにはまだ足りない。

 

 けれど、歩き出すためには十分だった。

 

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