hololive Lost Story   作:ダニエルズプラン

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第44話 ただいまハグ・よろしくリスタート

 

 屋上に、歌の余韻だけが残っていた。

 

 嵐はまだ完全には去っていない。

 

 けれど、先ほどまで空を覆っていた黒い雲は少しずつ薄くなり、遠くの空には細い光が差し始めていた。

 

 雨上がりの匂い。

 

 濡れたコンクリート。

 

 魔導柵に反射する街のネオン。

 

 そして、0期生の五人が自分のためだけに歌ってくれた「ray」の残響。

 

 ユウトは、しばらく何も言えなかった。

 

 言葉は胸の中にあった。

 

 あるのに、形にならなかった。

 

 ありがとう。

 

 嬉しかった。

 

 救われた。

 

 ここにいていいと思えた。

 

 またよろしくお願いします。

 

 言いたいことは、たくさんあった。

 

 けれど、そのどれもが、目の前の五人だけに渡すには違う気がした。

 

 今日、宴会場に集まってくれた全員。

 

 0期生からholoX、ホロライブインドネシア、ホロライブEnglishまで。

 

 YAGOO、Aちゃん、のどか。

 

 前の桜井ユウトを覚えていてくれた人たち。

 

 自分に「こちらこそお世話になりました。またよろしくお願いします」と言ってくれた人たち。

 

 デンライナーで過去を見た今なら、その言葉へ返したい言葉があった。

 

 こちらこそお世話になります。

 

 これからもよろしくお願いします。

 

 そう言いたかった。

 

 でも、それは五人だけに向けるものではない。

 

 全員に向けて言いたい言葉だった。

 

 だから今、そらたちだけにそれを言ってしまうのは、何か違う気がした。

 

 けれど、何も返さずにいることもできなかった。

 

 胸の奥から、感情があふれてくる。

 

 苦しくて。

 

 温かくて。

 

 申し訳なくて。

 

 嬉しくて。

 

 そして、どうしようもなく、目の前の五人が大切だと思った。

 

「……ユウトくん?」

 

 そらが心配そうに名前を呼ぶ。

 

 その声を聞いた瞬間、ユウトの足が動いた。

 

 考えるより先だった。

 

 言葉を探すより先だった。

 

 ユウトは一歩踏み出し、目の前にいた五人へ腕を伸ばした。

 

 そして、そらを中心に、0期生たちをまとめるように抱きしめた。

 

「えっ」

 

 そらが小さく声を漏らす。

 

「ユ、ユウトくん!?」

 

 ロボ子さんが驚いたように目を丸くした。

 

「ちょ、ちょっと、急に……!」

 

 みこが慌てる。

 

「にぇ!? ユウト!? ど、どうしたのにぇ!?」

 

 すいせいも、一瞬だけ完全に固まった。

 

「ユウト、待って、これ……」

 

 AZKiは目を見開き、それからユウトの腕の震えに気づいた。

 

「……ユウトくん」

 

 五人は最初、ただ慌てていた。

 

 当然だった。

 

 これまでのユウトは、誰かに抱きつかれることはあっても、自分から抱きしめることはほとんどなかった。

 

 距離を測り、段階を踏み、相手の気持ちを優先しようとする人だった。

 

 そんなユウトが、突然、自分から抱きしめてきた。

 

 驚かない方が無理だった。

 

 だが、すぐに五人は気づいた。

 

 ユウトの頬を、一筋の涙が伝っていたことに。

 

「……」

 

 そらが息を呑む。

 

 みこの表情がくしゃりと歪む。

 

 すいせいの目が揺れる。

 

 ロボ子さんは、何か言いかけて、やめた。

 

 AZKiが、静かに目を伏せる。

 

 誰も、もう慌てなかった。

 

 そらが最初に、そっとユウトの背中へ腕を回した。

 

「うん」

 

 ただ、それだけを言った。

 

 ロボ子さんも、少しぎこちなく、けれど優しく抱きしめ返す。

 

「大丈夫。今のこれは、ちゃんと受け取るよ」

 

 みこは泣きながら笑った。

 

「ユウト、泣き虫だにぇ……」

 

 そう言う彼女自身も、もう涙声だった。

 

 すいせいは、小さく息を吐いてから、ユウトの肩に額を寄せた。

 

「言葉にできない時は、それでいいよ」

 

 AZKiは、静かにユウトの背中へ手を添える。

 

「届いてる」

 

 五人の腕が、ユウトを包んだ。

 

 屋上の真ん中。

 

 嵐の名残の中。

 

 誰も見ていない場所で。

 

 0期生とユウトは、しばらくそのままでいた。

 

 ユウトは何も言えなかった。

 

 言えば、きっと泣き崩れてしまうと思った。

 

 過去を見た。

 

 未来を見た。

 

 自分が消える瞬間も見た。

 

 そして今、自分のためだけに歌ってくれた五人に抱きしめ返されている。

 

 前の自分が守ろうとした未来。

 

 今の自分が関わりたいと思った現在。

 

 その両方が、腕の中にあった。

 

 胸ポケットの懐中時計が、静かに鳴る。

 

 チ、チ、チ、チ――。

 

 その音は、もう痛みだけではなかった。

 

 時間が進んでいる音だった。

 

 やがて、ユウトはゆっくりと腕を緩めた。

 

「……すみません」

 

 いつものように謝りかけた瞬間、五人の視線が集まった。

 

 ユウトは言葉を止める。

 

 そして、小さく言い直した。

 

「……ありがとうございます」

 

 そらが、嬉しそうに笑った。

 

「うん」

 

 すいせいも頷く。

 

「よろしい」

 

「先生みたいですね」

 

「今のは先生でしょ」

 

「そうですか」

 

 少しだけ笑いが戻る。

 

 みこが涙を拭きながら言った。

 

「ユウト、今のハグ、みこたちだけの秘密にするにぇ?」

 

「それは……」

 

 ロボ子さんが真面目に考える。

 

「秘密にしたら、あとで他の子たちが知った時に大変なことになりそう」

 

 AZKiが静かに微笑む。

 

「でも、今夜の屋上であったことは、全部そのまま説明しなくてもいい気がする」

 

 すいせいは、ユウトを見た。

 

「ユウトはどうしたい?」

 

 ユウトは少し考えた。

 

 デンライナーのこと。

 

 ゼロライナーのこと。

 

 パスケースのこと。

 

 過去を見たこと。

 

 未来を見たこと。

 

 今すぐ全員に話すには、あまりにも大きすぎる。

 

 けれど、隠し続けるつもりもなかった。

 

 いつか、ちゃんと話すべきだ。

 

 ただ、今この瞬間だけは。

 

 屋上で五人が歌ってくれたこと。

 

 それを聞いて、自分から抱きしめたこと。

 

 その時間は、少しだけ自分たちの胸の中にしまっておきたかった。

 

「……今は、内緒で」

 

 ユウトは言った。

 

「でも、必要な時が来たら、ちゃんと話します」

 

 そらは、ゆっくり頷いた。

 

「うん。それでいいと思う」

 

 みこが胸を張る。

 

「じゃあ、0期生とユウトの秘密だにぇ!」

 

「みこちゃん、声大きい」

 

 ロボ子さんが慌てて言う。

 

「ここ屋上だけど、下に聞こえるかもしれない」

 

「にぇっ」

 

 みこは慌てて口を押さえた。

 

 その様子に、ユウトは小さく笑った。

 

 心の底から笑えたわけではない。

 

 まだ胸は重い。

 

 けれど、確かに笑えた。

 

「……戻りましょう」

 

 ユウトが言うと、五人は頷いた。

 

 嵐の名残が吹く屋上から、彼らはゆっくりと事務所の中へ戻っていった。

 

 ~~~~~~~~

 

 大会議場へ戻る廊下は、静かだった。

 

 深夜のホロライブ事務所。

 

 壁面の魔導照明は柔らかく落とされ、遠くから聞こえるのは空調の音と、まだ少し残る雨音だけ。

 

 けれど、ユウトの耳には、デンライナーの車輪の音がまだ残っていた。

 

 ごとん、ごとん。

 

 チ、チ、チ。

 

 車輪の音と、懐中時計の音。

 

 過去と未来を走った音。

 

 ユウトは、上着の内側にある緑と黒のパスケースにそっと触れた。

 

 重い。

 

 物理的な重さではない。

 

 選択の重さだった。

 

 使い方は、あなた次第です。

 

 オーナーの言葉が蘇る。

 

 今はまだ、答えは出ない。

 

 けれど、もう一人で抱え込まない。

 

 それだけは、決めていた。

 

 大会議場の前に着く。

 

 中からは、かすかな声が聞こえた。

 

 誰かが起きている。

 

 ユウトたちは顔を見合わせた。

 

「……見つかったかな」

 

 ロボ子さんが小声で言う。

 

「たぶん」

 

 すいせいが答える。

 

「まあ、これだけの人数がいる中で、ユウトと0期生が消えたら気づかれるよね」

 

「にぇ……怒られる?」

 

 みこが不安そうに言う。

 

 そらは少し考えたあと、にこりと笑った。

 

「怒られたら、みんなで謝ろう」

 

「そらちゃんが言うと、なんか強い」

 

 AZKiが微笑む。

 

 ユウトは、小さく息を吸った。

 

 扉を開ける。

 

 大会議場の中は、まだ薄暗かった。

 

 だが、完全に全員が寝ているわけではなかった。

 

 数名が起きている。

 

 まず目に入ったのは、Aちゃんだった。

 

 端末を片手に立っている。

 

 その隣にはYAGOOとのどか。

 

 そして、大神ミオ、白上フブキ、桐生ココ、鷹嶺ルイ、兎田ぺこら、潤羽るしあ、風真いろはがいた。

 

 人数が多い。

 

 かなり見つかっている。

 

「……」

 

 ユウトは、静かに扉を閉めた。

 

 Aちゃんが、穏やかな声で言う。

 

「桜井くん」

 

「はい」

 

「どちらへ?」

 

 声は穏やかだった。

 

 だが、逃げ道はなかった。

 

 フブキは白上スマイルを浮かべている。

 

「夜のお散歩ですか?」

 

 ミオは少し心配そうだった。

 

「ユウトくん、体調は?」

 

 ココは腕を組んで笑っている。

 

「おいおい、深夜に0期生連れてどこ行ってたんだ?」

 

 ルイは穏やかに見えるが、目はしっかりユウトを見ている。

 

「無断外出ではないよね?」

 

 ぺこらは耳をぴんと立てていた。

 

「怪しいぺこ。とても怪しいぺこ」

 

 るしあは、じっとユウトを見ている。

 

「ユウトくん、何かあった?」

 

 いろはは一歩前に出かけて、踏みとどまっていた。

 

「桜井殿……」

 

 心配。

 

 疑問。

 

 少しの嫉妬。

 

 そして、何かただならぬ気配を感じ取ったような緊張。

 

 それらの視線が一斉に向けられる。

 

 ユウトは、0期生を見る。

 

 そらたちも、ユウトを見る。

 

 五人は一度、顔を見合わせた。

 

 そして、ほとんど同時に言った。

 

「内緒です」

 

「内緒」

 

「内緒だにぇ」

 

「内緒」

 

「内緒です」

 

 最後に、ユウトも少し遅れて言った。

 

「……内緒です」

 

 沈黙。

 

 大会議場に、微妙な空気が流れた。

 

 ぺこらが机を軽く叩く。

 

「絶対何かあったぺこ!」

 

 フブキも頷く。

 

「これは白上の勘が言っています。何かありましたね」

 

「そりゃあるだろ」

 

 ココが笑う。

 

「0期生全員とユウトが深夜に消えて、何もなかったは無理がある」

 

 ルイは少しだけため息を吐く。

 

「でも、ユウトくんがちゃんと戻ってきて、体調も大丈夫そうなら……今は深追いしない方がいいのかな」

 

 ミオがユウトをじっと見る。

 

「ユウトくん」

 

「はい」

 

「無理してない?」

 

 ユウトは、少しだけ考える。

 

 雑に大丈夫とは言わない。

 

 誤魔化さない。

 

「……少し、気持ちは揺れました」

 

 その言葉に、全員が静かになる。

 

「でも、今は落ち着いています。体調も問題ありません。あと、ちゃんと戻ってきました」

 

 クロヱに言われたように。

 

 いろはに言われたように。

 

 ルイに言われたように。

 

 ユウトは、きちんと言葉にした。

 

 ミオは、少しだけ目を細めた。

 

「そっか。なら、今はそれでいい」

 

 るしあは、まだ何か言いたそうだった。

 

 けれど、そらがそっと首を横に振ると、唇を結んだ。

 

「……分かった。今は聞かない」

 

「ありがとうございます」

 

 るしあは、小さく頷いた。

 

「でも、話せる時が来たら、ちゃんと聞かせて」

 

「はい」

 

 いろはも深く頷く。

 

「拙者も、その時を待つでござる」

 

 ぺこらは不満そうに耳を揺らしている。

 

「むぅ……内緒は気になるぺこ」

 

「ぺこらも普段から内緒の仕掛けいっぱいするでしょ」

 

 フブキが言う。

 

「それとこれは違うぺこ!」

 

「違わないと思うよ」

 

 ミオが苦笑する。

 

 そのやり取りに、少しだけ空気がほぐれた。

 

 Aちゃんは端末を確認する。

 

「では、桜井くんと0期生の皆さんは休んでください。もう深夜です。外の嵐は弱まっていますが、明け方までは事務所内待機です」

 

「分かりました」

 

 ユウトは頷いた。

 

 その夜は、それ以上大きな追及はなかった。

 

 ただし、ぺこらとフブキは最後まで何か言いたそうだったし、るしあは何度もユウトの方を見ていたし、ココは面白そうに笑っていた。

 

 それでも、誰も強く踏み込んではこなかった。

 

 ユウトは、0期生と共に簡易寝床へ戻った。

 

 そして、ようやく少しだけ眠った。

 

 ~~~~~~~~

 

 朝が来た。

 

 嵐は過ぎていた。

 

 窓の外には、雨上がりのオルタナティブシティが広がっている。

 

 空はまだ少し曇っているが、雲の切れ間から朝日が差し込み、濡れたビルの窓や魔導レールを明るく照らしていた。

 

 大会議場では、少しずつライバーたちが目を覚まし始めていた。

 

 寝起きの声。

 

 毛布を畳む音。

 

 誰かが伸びをする音。

 

 朝食代わりに残った軽食を探す声。

 

 「昨日の宴会の片付けどうするぺこ」と言うぺこら。

 

 「まずは顔洗ってきなさい」と言うフレア。

 

 「コントローラーどこ行った?」と聞くころね。

 

 「それ私の足元にあったよ」と返すミオ。

 

 「総帥、起きてください」とルイに起こされるラプラス。

 

 「吾輩は起きている」と言いながら完全に寝ぼけているラプラス。

 

 昨日までの重さが嘘のように、いつもの騒がしい朝だった。

 

 だが、ユウトはその騒がしさを、昨日までとは少し違う気持ちで見ていた。

 

 過去を見た。

 

 未来を見た。

 

 前の自分が守ろうとしたもの。

 

 その未来に続いていた彼女たちの姿。

 

 今、目の前にあるこの騒がしさこそが、その一部なのだと思った。

 

 Aちゃんが全員に声をかけ、朝の安全確認と交通状況の報告をする。

 

 公共交通機関は順次再開。

 

 魔導船も安全確認が進んでいる。

 

 昼前には、多くの人が帰宅できる見込み。

 

 それを聞いて、少しずつ解散の空気が流れ始めた。

 

 その時。

 

 ユウトは、立ち上がった。

 

 大会議場の中が、少しずつ静かになる。

 

 最初に気づいたのは、そらだった。

 

 続いて、すいせい、みこ、ロボ子さん、AZKi。

 

 それからAちゃん。

 

 YAGOO。

 

 のどか。

 

 そして、全員がユウトの方を見る。

 

 ユウトは、深く息を吸った。

 

 胸ポケットには、懐中時計。

 

 上着の内側には、緑と黒のパスケース。

 

 まだ全員に話す時ではない。

 

 けれど、今言うべき言葉はある。

 

 昨日、全員が言ってくれた。

 

 こちらこそお世話になりました。

 

 またよろしくお願いします。

 

 その返事を、今なら言える。

 

 ユウトは、ゆっくり頭を下げた。

 

「皆さん」

 

 声は、思ったより落ち着いていた。

 

「昨日は、ありがとうございました」

 

 誰も茶化さなかった。

 

 誰も割り込まなかった。

 

 全員が、ユウトの言葉を待っていた。

 

「僕は、まだ皆さんのことを全部思い出せたわけではありません。皆さんが覚えている桜井ユウトと、今ここにいる僕の間には、まだ空白があります」

 

 胸が少し痛む。

 

 でも、もう逃げない。

 

「それでも、皆さんが僕に言ってくれた『またよろしく』を、受け取りたいと思いました」

 

 YAGOOが静かに目を伏せる。

 

 Aちゃんの端末を持つ手が止まる。

 

 のどかの目元が赤くなる。

 

 そらは、微笑んでいた。

 

 ユウトは顔を上げた。

 

 そして、心からの笑顔で言った。

 

「こちらこそ、お世話になります」

 

 一瞬、声が揺れた。

 

 でも、止まらなかった。

 

「これからも、よろしくお願いします」

 

 大会議場が、静まり返った。

 

 ほんの数秒。

 

 誰も動かなかった。

 

 そして。

 

「ユウトくん……」

 

 そらが、最初に声を漏らした。

 

 それを合図にしたように、空気が一気に動いた。

 

「ユウトおおおおおお!」

 

 みこが泣きながら叫んだ。

 

「よく言ったにぇえええ!」

 

「みこちゃん、声大きい!」

 

 ロボ子さんが慌てるが、彼女自身も泣きそうだった。

 

 すいせいは口元を押さえ、静かに笑っている。

 

 AZKiは目を閉じて、小さく頷いた。

 

 フブキが両手を上げる。

 

「白上、今の録音してません!」

 

「してたら大問題です」

 

 ユウトが返すと、フブキは嬉しそうに笑った。

 

「そのツッコミ、戻ってきましたね!」

 

「戻ったというか、今しました」

 

「それがいいんですよ!」

 

 スバルが勢いよく叫ぶ。

 

「ユウト! こっちこそよろしくな!」

 

 あくあは涙目で両手を握りしめている。

 

「ユウトさん……ユウトさん……!」

 

 ころねはにこにこしながら、しかし目元を赤くしていた。

 

「ユウトくん、今の言葉、絶対忘れないからねぇ」

 

 マリンはすでに泣いていた。

 

「船長、こういうの弱いんですよぉ!」

 

 ぺこらは目をこすりながら言う。

 

「べ、別に泣いてないぺこ。雨漏りぺこ」

 

「室内だよ、ぺこら」

 

 フレアが優しく突っ込む。

 

 るしあは、泣きながらも笑っていた。

 

「うん。よろしくね、ユウトくん」

 

 ノエルは両手を胸の前で握っている。

 

「抱きしめてもいいですか」

 

「段階を」

 

「はい……」

 

 かなたは紙コップを握り潰しかけ、慌てて手を離した。

 

「危ない危ない……!」

 

 トワは顔を逸らしているが、尻尾が揺れていた。

 

「まあ、よろしくしてあげる」

 

「素直じゃないのら」

 

 ルーナが言う。

 

「う、うるさい!」

 

 ココは腕を組み、豪快に笑った。

 

「いい顔になったじゃねぇか、ユウト」

 

 ラプラスは胸を張る。

 

「ふん。吾輩との契約もこれで更新だな!」

 

「契約だったんですか」

 

「秘密結社だからな!」

 

 ルイは穏やかに笑う。

 

「これからも、無理はしないこと」

 

「はい」

 

 こよりは既に何かをメモしかけて、Aちゃんに見られてそっと端末を下ろした。

 

 クロヱは眠そうに笑う。

 

「帰ったら連絡ね。今日も」

 

「はい」

 

 いろはは深く一礼した。

 

「こちらこそ、よろしくお願いいたします。桜井殿」

 

 IDとENの面々も、それぞれ声を上げる。

 

「よろしくね、ユウトくん!」

 

「Welcome back, kind of?」

 

「また会おうね!」

 

「ちゃんと寝てね」

 

「時間を大切に」

 

「Chaos approved!」

 

 声が重なる。

 

 笑い声が広がる。

 

 泣き声も混ざる。

 

 誰かが拍手を始めると、それが一気に広がった。

 

 大会議場いっぱいの拍手。

 

 昨日の宴会の時とは違う。

 

 今度は、ユウトが言葉を返した後の拍手だった。

 

 ユウトは、その音を受け止めた。

 

 逃げなかった。

 

 下を向かなかった。

 

 ただ、目の前の皆を見た。

 

 前の桜井ユウトが守った人たち。

 

 未来を歩いていた人たち。

 

 そして、これから自分が関わっていく人たち。

 

 懐中時計が鳴る。

 

 チ、チ、チ、チ――。

 

 それは、もう失われた時間だけを刻む音ではなかった。

 

 これから始まる時間を刻む音でもあった。

 

 ユウトは、もう一度笑った。

 

 心から。

 

 今の自分として。

 

 桜井ユウトとして。

 

 そして、ホロライブとの新しい時間が、静かに、けれど確かに始まった。

 

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