hololive Lost Story 作:ダニエルズプラン
プリクラエリアは、ミラージュ・パークの中でもひときわ光が多い場所だった。
壁一面に貼られたサンプル写真。
魔導ライトでふわふわと浮かぶ装飾文字。
筐体の前で順番を待つ学生たちの笑い声。
そして、そこへ向かう一行の先頭では、火威青が妙に整った所作で歩いていた。
「ふふ、やっぱり思い出は形に残すべきですからね」
「青、言い方がいちいち大げさなんだよ」
ユウトが言うと、青は胸に手を当て、芝居がかったように振り返る。
「大げさじゃありませんよ、先輩。今日という日は、二度と来ないんですから」
「それはそうだけど」
「そして今日の僕は、プリクラでも映える」
「最後で台無しだよ」
「青くん、自分で言うとちょっと痛いです」
奏がさらりと言った。
「奏ちゃん?」
「でも、事実として青くんは盛れると思います。黙っていれば」
「奏ちゃん?」
「しゃべると青くんです」
「奏ちゃん??」
はじめが、青の袖をつまみながらけらけら笑う。
「青たん、しゃべると青たんっしゅ!」
「ばんちょう、それは説明になってないけど、何となく刺さるなぁ」
ユウトはそのやり取りを見ながら、小さく息を吐いた。
呆れている。
けれど、口元は緩んでいた。
さっきまで、胸の奥にあった微かな疼き。
ホロライブから届いていた通知。
自分を覚えている人たち。
自分の知らない、自分の過去。
それらは、今も確かにユウトの中にある。
消えたわけではない。
忘れたわけでもない。
けれど。
「ユウト先輩、早く来るっしゅ!」
はじめが、ユウトの右腕を引いた。
「こっちの機種、めっちゃ盛れそうです!」
奏が、左腕を引いた。
「先輩、今日だけは逃がしませんからね」
青が、後ろから肩に手を置いた。
「逃げる前提なのか」
「先輩、こういう時に限ってすっと消えそうなので」
「僕を何だと思ってるんだ」
「遠くを見て、急に一人でどこかへ行きそうな先輩です」
青の言葉に、ユウトは一瞬だけ黙った。
その沈黙に、奏とはじめも気づいた。
だが、青はすぐに笑う。
「だから、今日はちゃんと僕たちが捕まえておきます」
それは冗談のような声音だった。
けれど、冗談だけではなかった。
ユウトにも、それは分かった。
「……分かったよ」
ユウトは、軽く息を吐く。
「今日は、ちゃんと青たちを見る」
青が瞬きをした。
奏も目を丸くした。
はじめは、少し遅れて意味を飲み込んだのか、ぱっと顔を輝かせた。
「ほんとっしゅか!?」
「うん」
ユウトはポケットの中で震えた端末に、一瞬だけ視線を落とした。
通知は、また来ている。
名前までは見える。
星街すいせい。
猫又おかゆ。
戌神ころね。
兎田ぺこら。
そのほかにも、ホロライブのライバーたちからの通知が重なっていた。
だが、ユウトは画面を開かなかった。
通知欄を少しだけ見て、それから端末を伏せる。
開けば、きっと返事をしなければならない。
返事をすれば、会話が続く。
会話が続けば、今この場にいる三人への意識が、少しだけ遠くなる。
それは、違う気がした。
ホロライブと向き合うと決めた。
それは本当だ。
けれど、だからといって、今目の前にいる人たちを後回しにしていい理由にはならない。
青。
奏。
はじめ。
彼女たちは、ユウトの過去を知らない。
ゼロノスも知らない。
デンライナーも知らない。
緑のカードも、最後の戦いも、消えた記憶も知らない。
それでも。
今のユウトを見ている。
今のユウトを、引っ張ってくれている。
「今日は、ホロライブの通知は後で見る」
ユウトは、小さく呟いた。
「え?」
奏が反応する。
「何でもないよ」
「今、ホロライブって言いました?」
「……聞こえてた?」
「ばっちり聞こえました」
青がにこりと笑った。
笑っているが、目は笑っていない。
「ユウト先輩、あとでじっくり聞きますね」
「聞かれる前提なのか」
「聞きます」
「青、そういう時だけ圧が強いな」
「ユウト先輩が隠し事するからです」
はじめがユウトの腕をぎゅっと抱えた。
「でも今はプリクラっしゅ! ホロライブさんのことはあとっしゅ!」
「ばんちょう、今すごくいいこと言いました」
「えへへっしゅ!」
奏も反対側からユウトの袖を掴む。
「そうですね。今は私たちの時間です」
「……そうだね」
ユウトは頷いた。
その端末の画面を、もしこの時ちゃんと開いていれば。
彼は気づいたかもしれない。
届いていたメッセージの中に、こんな文章が混じっていたことに。
『星街すいせい:ミラージュ・パークって今日混んでる?』
『猫又おかゆ:今プリクラの近くにいるんだけど、人多いねぇ』
『戌神ころね:ユウトくん、プリクラ撮ったことある?』
『兎田ぺこら:べ、別に場所とか聞いてないぺこだけど!?』
だが、ユウトは見なかった。
見なかったので、当然気づかなかった。
ホロライブの何人かが、自分たちとほぼ同じルートでミラージュ・パークを遊んでいることに。
そして。
今まさに、プリクラエリアの少し離れた場所。
クレーンゲームの巨大なぬいぐるみ棚の陰から、四つの視線がこちらを見ていることにも。
◇
「……あれ、ユウトだよね」
星街すいせいは、低い声で言った。
普段の明るさはある。
あるのだが、その目は妙に鋭かった。
「ユウトくんだねぇ」
猫又おかゆは、いつものゆるい調子で答えた。
だが、その尻尾はゆっくり揺れている。
楽しそうに。
それでいて、獲物を見つけた猫のように。
「ユウトくん、腕、引っ張られてるねぇ」
戌神ころねが言った。
笑顔だった。
笑顔だったが、声の奥に妙な圧があった。
「いやいやいやいや」
兎田ぺこらは、両耳をぴんと立てたまま、物陰から顔を出したり引っ込めたりしている。
「なんでぺこ!? なんでユウトがプリクラに連れ込まれてるぺこ!? しかも女の子三人に腕引っ張られてるぺこ!?」
「声大きい」
すいせいがぺこらの口を押さえた。
「んむっ!?」
「バレるでしょ」
「もうだいぶ怪しいけどねぇ」
おかゆがのんびり言う。
「すいちゃんたち、普通に遊びに来ただけなんだよね?」
「そうだよ」
すいせいは即答した。
「偶然だよ」
「うんうん、偶然」
おかゆも頷く。
「ユウトくんから返事がないから、何となく外に出たくなって、何となくミラージュ・パークに来て、何となくユウトくんが行きそうな場所を順番に回ってたら、何となく見つけただけだよねぇ」
「それを世間では追跡と言うぺこ」
「ぺこらもいたじゃん」
「ぺこらは偶然ぺこ!」
「全員偶然で押し通す」
すいせいがきっぱり言った。
ころねは、プリクラ機へ消えていくユウトたちをじっと見ていた。
「ねえ、おかゆん」
「んー?」
「あの子、前にオルタナティブシティでユウトくんと一緒にいた子だよね?」
「青くん?」
「うん」
「たぶんそうだねぇ。あの時はちょっと遠かったけど、やっぱり青ちゃんだ」
おかゆの声音が、ほんの少しだけ変わった。
普段の柔らかさの奥に、懐かしさと、寂しさが混じる。
「それに、奏ちゃんとはじめちゃんもいる」
すいせいも、プリクラ機の入口を見つめていた。
火威青。
音乃瀬奏。
轟はじめ。
前世のホロライブで、後輩として知っていた名前。
同じ場所にいた子たち。
配信で笑って、歌って、悩んで、前に進んでいた後輩たち。
だが、この世界の彼女たちは違う。
ホロライブではなく、ユウトの学校の後輩としてそこにいる。
ユウトの隣で笑っている。
ユウトの腕を引っ張っている。
ユウトを、今の日常へ連れ戻している。
「……そっか」
すいせいは、小さく呟いた。
「青くんたちだったんだ」
「前世の後輩と、今世の後輩」
おかゆがぽつりと言う。
「ややこしいねぇ」
「ややこしいどころじゃないぺこ」
ぺこらは眉を寄せた。
「ていうか、青たちは覚えてるぺこか?」
「分からない」
すいせいは首を横に振る。
「でも、たぶん……」
その先は言わなかった。
言わなくても、四人とも分かっていた。
もし覚えているなら。
「……プリクラ、終わったら声かける?」
ころねが言った。
「今?」
「うん」
おかゆが笑う。
「たった今見つけました、って顔で?」
「そう」
「ころさん、悪い顔してる」
「してないよぉ?」
ころねはにこにこしていた。
とても、にこにこしていた。
「偶然だもんねぇ」
おかゆもにこにこしていた。
「偶然だね」
すいせいも笑った。
「偶然ぺこ」
ぺこらは腕を組んで頷いた。
四人の中で、いちばん嘘が下手だった。
◇
「ちょ、青、近い」
「プリクラは近くないと入らないんです」
「それは分かるけど、腕を組む必要はある?」
「あります」
「あるんだ」
「ユウト先輩、こっち向いてください!」
奏が反対側からユウトの袖を引く。
「今、青くんの方ばっかり見てました」
「見てないよ」
「見てました」
「奏も近い」
「プリクラなので」
「それで全部通すつもりか」
「はい」
はじめは、ユウトの前で両手を上げてぴょんぴょん跳ねていた。
「ユウト先輩、しゃがんでくだしゃい! うちが隠れるっしゅ!」
「ごめん」
ユウトが少し膝を曲げる。
「もっとっしゅ!」
「これ以上は僕の姿勢が変になる」
「変でもいいっしゅ! 思い出っしゅ!」
「思い出なら何でも許されると思ってる?」
「はいっしゅ!」
「即答か」
画面の中で、四人の顔が並んだ。
ユウトは中央。
右に青。
左に奏。
前に、はじめ。
青は王子様めいた微笑みを作っている。
奏は少し緊張しつつも、しっかりユウトの袖を掴んでいる。
はじめは満面の笑みで、両手を頬に添えている。
ユウトだけが、少し困ったように笑っていた。
だが、その困った笑みは、嫌がっているものではない。
むしろ、穏やかだった。
『三、二、一!』
軽快な音声が流れる。
シャッター音。
魔導ライトが弾ける。
「次はポーズを変えるっしゅ!」
「え、まだあるの?」
「プリクラは何枚も撮るものです、ユウト先輩」
奏が真顔で言う。
「そうなの?」
「そうです。現代学生の必修科目です」
「そんな科目はないよ」
「心の必修です」
「急に詩的になった」
青がユウトの肩に腕を回そうとして、途中で止めた。
少し迷ってから、代わりにユウトの腕を軽く掴む。
「先輩」
「何?」
「楽しいですか?」
ユウトは一瞬だけ、答えに迷った。
楽しい。
そう言うのは簡単だ。
けれど、青の目はそれだけでは満足しないように見えた。
だから、ユウトは少しだけ考えてから答えた。
「うん。楽しいよ」
「……そうですか」
青は、ふっと笑った。
その笑みは、いつもの王子様めいたものではなかった。
少しだけ拗ねていて。
少しだけ嬉しそうで。
少しだけ寂しそうだった。
「それなら、よかったです」
『三、二、一!』
またシャッター音。
次の一枚では、奏がユウトの袖を引き、青がユウトの腕を掴み、はじめがユウトの前で満面の笑顔を浮かべていた。
まるで、三人がそれぞれ別の方向からユウトを引っ張っているような写真だった。
撮影が終わると、今度は落書き画面へ移る。
「先輩、このペン持ってください」
「僕も書くの?」
「当然です」
奏がタッチペンを渡す。
「何を書けばいいのか分からないんだけど」
「今日の感想とか」
「感想」
ユウトは少し考え、画面の端に小さく書いた。
『楽しかった』
それを見た三人が、一斉に黙った。
「……何?」
「先輩」
青がゆっくり言った。
「そういうところです」
「どこだよ」
「ずるいです」
奏も小さく頷く。
「ユウト先輩、たまに何気なく破壊力が高いです」
「破壊力?」
「うち、今の好きっしゅ!」
はじめが元気よく言って、ユウトの書いた文字の周りに大きなハートを描いた。
「ちょっと、はじめ。そこまで大きく描いたら僕の文字が見えなくなる」
「だいじょぶっしゅ! 愛っしゅ!」
「愛」
「はいっしゅ!」
青がその横に、さらさらと文字を書く。
『今日だけはこっち見て』
奏がそれを見て、少しだけ目を丸くした。
「青くん、重くないですか?」
「え? そうかな。ちょっと格好よくない?」
「重いです」
「奏ちゃん、判定厳しいなぁ」
そう言いながら、奏も別の場所に文字を書く。
『先輩、逃走禁止』
「奏も大概だと思うけど」
ユウトが言うと、奏は澄ました顔で答えた。
「これは安全管理です」
「僕は危険物か何かなの?」
「目を離すと遠くに行きそうなので」
ユウトは、返す言葉を失った。
はじめがさらに空いた場所へ、丸い文字で書く。
『ユウト先輩とあしょんだ!』
「はじめ、“あそんだ”だよ」
「いいんしゅ! これが味っしゅ!」
「味なのか」
「うちの味っしゅ!」
結局、印刷されたプリクラは、妙に情報量の多い一枚になった。
中央で困ったように笑うユウト。
それを囲む三人。
ハート。
星。
逃走禁止。
今日だけはこっち見て。
ユウトは出来上がったシールを見て、しばらく黙っていた。
「……すごいな」
「すごいでしょう」
青が得意げに言う。
「何というか、圧が」
「思い出の圧です」
「思い出って圧をかけるものだったかな」
奏が一枚を丁寧に切り分ける。
「ユウト先輩、これはちゃんと持っていてくださいね」
「うん」
ユウトは受け取った小さなシールを見つめた。
軽い。
本当に軽いものだ。
小さくて、薄くて、少し力を入れれば折れてしまいそうな紙。
けれど、そこに写っている時間は、確かに今ここにあるものだった。
過去でもない。
未来でもない。
誰かが覚えてくれている、自分の知らない時間でもない。
自分が今、ちゃんと体験した時間。
胸ポケットの懐中時計が、小さく鳴った。
チ、と。
「ユウト先輩?」
「いや」
ユウトはシールを財布の中にしまった。
「大事にするよ」
三人は、また黙った。
そして。
「……先輩、そういうところですよ」
「だから、どこだよ」
「全部です」
青と奏の声が、きれいに重なった。
はじめだけは、嬉しそうに笑っていた。
「じゃあ次はクレープっしゅ!」
「切り替え早いな」
「甘いものは大事っしゅ!」
はじめがユウトの腕を掴んで、プリクラ機の外へ引っ張る。
青が反対側から腕を取る。
奏が背中を押す。
「だから、三方向から動かすな」
「ユウト先輩、人気者ですね」
「他人事みたいに言わないでくれ、奏」
「事実なので」
プリクラ機のカーテンをくぐり、四人が外へ出る。
そして、ユウトは気づかなかった。
少し離れたクレーンゲームの前で、四人の少女が同時に姿勢を正したことに。
◇
「あれ?」
最初に声をかけたのは、すいせいだった。
実に自然な声だった。
自然すぎて、逆に不自然だった。
「ユウトじゃん」
「……すいちゃん?」
ユウトは足を止めた。
青、奏、はじめも同時に止まる。
すいせいの後ろから、おかゆがゆるく手を振る。
「やっほー、ユウトくん」
「おかゆさん」
「ユウトくーん!」
ころねが両手を振る。
「ころねさん」
「お、おう、偶然ぺこね!」
「ぺこらさんまで」
ユウトは、数秒だけ四人を見つめた。
それから、少しだけ首を傾げる。
「皆さん、どうしてここに?」
「遊びに」
すいせいが即答した。
「遊びに来ただけぺこ」
ぺこらも即答した。
「偶然だよねぇ」
おかゆが言った。
「偶然だよぉ」
ころねも続いた。
四人の声が揃う。
「偶然」
「……そうですか」
ユウトは、少しだけ疑わしそうに見た。
だが、深く追及はしなかった。
それよりも、隣の三人が完全に固まっていたからだ。
青は、目を見開いていた。
奏は、口元を押さえていた。
はじめは、両手を胸の前で握ったまま、小刻みに震えていた。
「青?」
「ユウト先輩」
青は、ぎこちない笑顔で言った。
「本物ですか?」
「本物って何が」
「星街すいせいさんです」
「本人だと思うけど」
「ほ、本物の星街すいせいさんが、先輩を名前で呼んでるんですけど」
奏が小声で続ける。
「おかゆさんと、ころねさんと、ぺこらさんもいます」
「いるね」
「ユウト先輩、何でそんな普通なんですか」
「何でと言われても」
はじめが、息を吸い込んだ。
「ほ、ほ、ホロライブっしゅ……!」
声が裏返っていた。
「ユウト先輩、ホロライブさんと知り合いなんしゅか!? あの、画面の向こうの、すごい人たちっしゅよ!?」
「画面の向こう」
その言葉に、すいせいたちの表情が一瞬だけ揺れた。
青たちにとって、自分たちはそういう存在なのだ。
遠い場所にいる有名人。
配信やニュースや大型イベントで見る、画面越しの人たち。
同じ場所で笑っていた後輩ではない。
同じ事務所で顔を合わせていた仲間ではない。
彼女たちは、覚えていない。
すいせいは、その事実を改めて突きつけられた気がした。
それでも、笑った。
青たちを怖がらせないように。
自分たちの重さを、今ここでぶつけないように。
「こんにちは。星街すいせいです」
すいせいが軽く手を振る。
「こんにちは〜、猫又おかゆです」
「戌神ころねです!」
「兎田ぺこらぺこ!」
青たちは、そろって固まったまま頭を下げた。
「は、はじめまして。火威青です」
青は、いつもの王子様めいた調子を保とうとしていた。
だが、声が少し高かった。
「音乃瀬奏です。えっと、いつも配信と歌、見ています」
奏は緊張しながらも、きちんと挨拶をする。
「と、轟はじめっしゅ! あの、あの、ほんものっしゅ……!」
はじめは、ほとんど感動で震えていた。
ころねが、はじめを見て目を細める。
「ばんちょう、かわいいねぇ」
「ば、ばんちょうって呼ばれたっしゅ!?」
はじめが跳ねた。
「うちのこと、知ってるんしゅか!?」
「あ」
ころねが止まった。
おかゆが横から、さっと助け舟を出す。
「ユウトくんから聞いてたからねぇ。学校の後輩に、青くんと奏ちゃんとばんちょう……はじめちゃんがいるって」
「僕、そんなに詳しく話しましたっけ?」
ユウトが首を傾げる。
すいせいが即座に言う。
「話してた」
「そうでしたか」
「話してた」
「すいちゃん、二回言うと怪しいよ」
「話してた」
「三回目はもっと怪しい」
ぺこらが咳払いをした。
「ま、まあ! 立ち話も何ぺこだし! フードコート行くぺこ!」
「ぺこらさんが仕切ってる」
「仕切ってないぺこ! 自然な流れぺこ!」
おかゆがゆるく笑う。
「せっかくだし、少しだけお話ししよっか」
青たちは、顔を見合わせた。
緊張。
驚き。
そして、少しの不安。
その中で、青が一歩だけ前に出る。
「先輩」
「何?」
「……行っても、いいんですか?」
「僕に聞くこと?」
「聞きますよ。先輩の知り合いなので」
青は笑った。
少しだけ、拗ねたような笑みだった。
ユウトはその表情を見て、少しだけ考える。
「青たちが嫌じゃなければ」
「嫌なわけないです」
奏が即答した。
「ただ、緊張で胃が変な動きをしています」
「それは大丈夫なのか?」
「大丈夫じゃないです。でも行きます」
「うちも行くっしゅ! ホロライブさんとお話しできる機会なんて、ぜったい逃さないっしゅ!」
はじめが拳を握る。
ユウトは頷いた。
「じゃあ、少しだけ」
その言葉に、すいせいは内心で小さく息を吐いた。
少しだけ。
ユウトが、青たちの時間を守ろうとしている。
自分たちに流されるのではなく。
ホロライブの方へ戻るのではなく。
今、隣にいる三人を優先しようとしている。
それが嬉しくて。
少し、寂しかった。
◇
フードコートは、放課後の学生たちで賑わっていた。
注文パネル。
宙に浮くメニュー表示。
焼きたてのクレープの甘い匂い。
揚げ物の音。
飲み物に浮かぶ小さな氷。
ユウトたちは、人目につきにくい奥の席へ移動した。
すいせいたちは有名人なので、本来ならすぐに騒ぎになるところだが、認識阻害のアクセサリーをつけているらしい。
それでも、完全には隠しきれていない。
すれ違う人々が、時々「あれ?」という顔をする。
そのたびに青たちは背筋を伸ばした。
「そんなに緊張しなくても大丈夫だよ」
すいせいが言う。
「無理です」
青が即答した。
「世界的に有名な星街すいせいさんを前にして、緊張しない方が無理です」
「いやいや、そんな」
「青、外向きの顔になってる」
ユウトが言う。
「なってません」
「なってるよ」
「なってますね」
奏が頷く。
「青くん、今かなりよそ行きです」
「奏ちゃん、今それ言わなくてよくない?」
「事実なので」
おかゆがふふっと笑った。
「青くんって、そういう感じなんだねぇ」
「えっ」
青が、おかゆを見る。
「どういう感じですか?」
「かっこつけたいけど、周りにすぐ崩される感じ」
「初対面で見抜かれた」
「おかゆ、見る目あるから」
ユウトが言う。
「そうなの、ユウトくん?」
「はい。何となくですけど」
「ふふ、ありがと」
その自然なやり取りを、青たちは見逃さなかった。
近い。
距離が近い。
ファンと有名人の距離ではない。
学校の後輩と、先輩の知人の距離でもない。
もっと前から知っていたような。
もっと深いところで繋がっているような。
奏は、手元の紙コップを両手で持ったまま、そっとユウトを見た。
ユウトはいつも通りに見える。
だが、ホロライブの人たちと話す時だけ、少し違う。
遠慮しているようで。
それでいて、どこか安心しているようで。
うまく言葉にできない距離感だった。
「ユウト」
すいせいが、ストローをくるくる回しながら言った。
「通知、見てなかったでしょ」
「はい」
「何で?」
すいせいの問いは軽かった。
けれど、青たちの耳はその言葉を拾った。
通知。
やはり、ユウトに届いていたホロライブからの連絡は、ただの一方通行ではなかった。
すいせいが、返事がないことを気にするくらいには。
ユウトは、少しだけ申し訳なさそうに頭を下げる。
「すみません。今日は青たちと遊んでいたので」
青たち。
ユウトが、ごく自然に呼び捨てで言った。
青、奏、はじめの三人は、その言葉にほんの少し反応する。
「今日は、ホロライブの通知は後で開こうと思っていました」
その瞬間。
すいせいたちは、また少しだけ黙った。
ホロライブの通知。
ユウトの中で、自分たちは確かに特別だ。
けれど、今この瞬間は、後回しにされた。
それは少し寂しい。
寂しいが。
とても、健全なことでもあった。
ユウトが、ホロライブだけを見ていない。
前世の記憶だけに引っ張られていない。
今の生活を、今の人間関係を、大切にしようとしている。
すいせいは、息を吐いて笑った。
「そっか」
「怒りました?」
「怒ってないよ」
「すいちゃん、目が少し怖いです」
「怒ってないよ?」
「怒ってる時の言い方じゃないですか」
おかゆが、ゆるく口を挟む。
「でも、いいことだよねぇ」
「おかゆさん?」
「ユウトくんが、ちゃんと今いる人たちを見てるってことでしょ」
おかゆの言葉に、青たちは黙った。
今いる人たち。
その言い方は、どこか不思議だった。
まるで、今いない誰かがいるような。
まるで、過去にいる誰かと比べているような。
ころねが、テーブルに頬杖をつく。
「でも、ちょっと寂しいねぇ」
「ころねさん」
「だって、ころねもユウトくんとプリクラ撮りたい」
ころねはにこにこして言った。
にこにこしているのに、なぜか逃げ道を塞がれているような迫力がある。
「今度撮りましょう」
ユウトが普通に答える。
「ほんと?」
「はい」
「約束?」
「約束です」
「おかゆん、聞いた?」
「聞いたよぉ」
「ぺこらも聞いたぺこ」
「すいちゃんも聞いた」
「何で全員確認するんですか」
「証人」
すいせいが言った。
「プリクラ証人」
「そんな制度はないと思います」
はじめが、目を輝かせて手を上げた。
「じゃ、じゃあ! うちたちもまた撮るっしゅ!」
「はじめ?」
「ユウト先輩、ころねさんたちと撮るなら、うちたちともまた撮るっしゅ! 約束っしゅ!」
青がすかさず続く。
「そうですね。公平性は大事です」
「青まで」
「先輩、僕たちの今日を一回きりにするつもりですか?」
「言い方が重い」
「重くしてます」
「自覚があるのが一番困る」
奏も静かに頷いた。
「私も賛成です。プリクラ第二回、開催希望です」
「奏まで」
「逃走禁止です」
ユウトは、額に手を当てた。
その様子を見て、すいせいがぽつりと呟く。
「……距離、近いね」
声は小さかった。
だが、青には聞こえた。
青は、すいせいを見る。
「すみません。馴れ馴れしかったでしょうか」
「ううん」
すいせいは首を横に振った。
「そういう意味じゃないよ」
「では、どういう意味ですか?」
青の問いは丁寧だった。
けれど、その奥に小さな棘があった。
すいせいは、それを感じた。
この子は、嫉妬している。
自分たちに。
ホロライブに。
ユウトの心を大きく動かした、自分たちに。
そして同時に、守ろうとしている。
自分たちが知らない過去にユウトを連れて行かれないように。
今のユウトが、自分たちの隣にもいるのだと、必死に示そうとしている。
それは、すいせいにとって痛いほど分かる感情だった。
「ユウトが、ちゃんと先輩してるんだなって思っただけ」
すいせいは言った。
「先輩?」
「うん」
すいせいは、ユウトを見る。
「私たちの前だと、ユウトはまだちょっと迷ってるから」
ユウトが目を伏せた。
青たちが、その反応を見る。
「でも、青ちゃんたちの前だと、ちゃんと今のユウトなんだね」
奏が、紙コップを持つ手に少し力を込めた。
「今の、ユウト先輩」
「うん」
おかゆが頷く。
「私たちは、ユウトくんの知らないユウトくんを知ってる。でも青ちゃんたちは、今ここにいるユウトくんを見てる」
「……」
「どっちが上とかじゃないよ。ただ、違うんだと思う」
青たちは黙った。
ホロライブが、ユウトの過去に関わっている。
それは薄々気づいていた。
けれど、今の会話で、想像以上に深いものだと分かってしまった。
ユウトの知らないユウトを知っている。
その言葉が、胸に残る。
青は、ゆっくりと息を吸った。
「先輩は」
その声は、少しだけ硬かった。
「ホロライブの皆さんにとって、どういう人なんですか?」
ユウトが青を見る。
「青」
「すみません。でも、聞きたいです」
青はユウトから目を逸らさなかった。
「僕たちは、先輩が最近変わったことに気づいてます。笑い方が前より自然になったことも、たまに遠くを見る理由がホロライブの皆さんと関係していることも、たぶん、少しだけ」
奏も、はじめも黙って聞いていた。
「でも、先輩はまだ話してくれない。話せないのかもしれない。それは分かっています」
青は、すいせいたちへ視線を向けた。
「だから、せめて知りたいんです。皆さんにとって、先輩は何なんですか?」
その問いに、フードコートの音が少し遠くなったように感じた。
すいせいは答えに迷った。
おかゆも。
ころねも。
ぺこらも。
言えることは、山ほどある。
言えないことも、山ほどある。
前世。
マネージャー。
ゼロノス。
消えた記憶。
最後の緑のカード。
大晦日。
戻ってきたユウト。
けれど、それらを今ここで青たちへぶつけるのは違う。
それはユウトが話すべきことだ。
ユウトが、話せるようになった時に。
すいせいは、ゆっくり口を開いた。
「大切な人だよ」
短い答えだった。
けれど、軽くはなかった。
「すごく大切な人」
おかゆが続ける。
「支えてくれた人、かなぁ」
ころねも言う。
「いなくなったら、すごく嫌な人」
ぺこらは、少し照れたように視線を逸らした。
「ま、まあ……恩人みたいなものぺこ」
青たちは、その答えを受け止めた。
有名人が、普通の高校生であるユウトを“大切な人”と言う。
“支えてくれた人”と言う。
“いなくなったら嫌な人”と言う。
それが、どれほど異常なことか。
どれほど深い関係なのか。
分からないはずがなかった。
「……そうですか」
青は、静かに言った。
悔しそうだった。
寂しそうだった。
けれど、逃げなかった。
「ありがとうございます」
「青?」
ユウトが呼ぶ。
青は、少しだけ笑った。
「大丈夫です。負けたくないなって思っただけなので」
「何に?」
「色々です」
奏が小さく頷く。
「私も、少し分かります」
「奏まで」
「ユウト先輩が、自分たちの知らないところで大切にされていたことは、嬉しいです。でも、少し悔しいです」
はじめが、テーブルに両手を置く。
「うちもっしゅ!」
「はじめ」
「ユウト先輩が笑うのは嬉しいっしゅ。でも、うちたちじゃなくてホロライブさんが笑わせたなら、ちょっと悔しいっしゅ!」
その真っ直ぐな言葉に、ユウトは黙った。
胸の奥が、少しだけ痛んだ。
ホロライブに対して感じていた申し訳なさとは違う痛み。
自分が知らないうちに、今の三人にも寂しい思いをさせていたのだと気づく痛み。
「……ごめん」
ユウトが言うと、青はすぐに首を横に振った。
「謝らないでください」
「でも」
「謝られたいわけじゃないです」
青は、ユウトを見た。
「ただ、僕たちも先輩の今にいたいだけです」
その言葉に、すいせいはわずかに目を伏せた。
強い言葉だった。
そして、正しい言葉だった。
自分たちは、ユウトの過去を知っている。
ユウトが守った未来を知っている。
けれど、青たちは今のユウトの隣にいる。
それは、決して軽くない。
「……うん」
ユウトは頷いた。
「分かった」
「本当に分かってます?」
奏が言う。
「たぶん」
「たぶん」
「努力する」
「ならよしです」
はじめが椅子から少し身を乗り出した。
「じゃあユウト先輩、クレープ食べに行くっしゅ!」
「今?」
「今っしゅ! しんみりしたら甘いものっしゅ!」
「ばんちょう、名案」
おかゆが拍手した。
「甘いものは大事だねぇ」
「おかゆさんも来るっしゅか!?」
「行きたいけど、私たちはそろそろ行こっか」
おかゆは、すいせいを見る。
すいせいも頷いた。
「うん。あんまり邪魔しても悪いし」
「邪魔なんて」
ユウトが言いかけると、すいせいは軽く手を上げて止めた。
「今日は青ちゃんたちの時間なんでしょ?」
ユウトは、少しだけ驚いた顔をした。
それから、柔らかく笑う。
「はい」
「なら、ちゃんと遊んであげなよ」
「そのつもりです」
すいせいは、少しだけ寂しそうに笑った。
「よろしい」
ころねが、にこにこしながら指を立てる。
「でも、ユウトくん」
「はい」
「今度はころねたちともプリクラね」
「はい」
「逃げたら?」
「逃げません」
「逃げたら、ころね追いかけるからねぇ」
「……逃げません」
ユウトの返事が少しだけ硬くなった。
おかゆが笑う。
「ころさん、圧が出てるよ」
「出してないよぉ?」
「出てるぺこ。だいぶ出てるぺこ」
ぺこらは腕を組んだまま、青たちをちらりと見る。
「ま、まあ、今日は譲ってやるぺこ」
「ぺこらさん、譲るって」
「何でもないぺこ!」
ぺこらはそっぽを向く。
それから、小さな声で付け加えた。
「……ちゃんと楽しむぺこよ」
ユウトは頷いた。
「ありがとうございます」
青たちは、緊張したまま深く頭を下げた。
「ありがとうございました」
「お話しできて嬉しかったです」
「すごかったっしゅ……!」
すいせいたちは手を振り、フードコートを離れていく。
ユウトたちは、その背中を見送った。
そして、姿が見えなくなったところで。
青が、大きく息を吐いた。
「……心臓が止まるかと思いました」
「青、けっこう普通に話してただろ」
「普通に見せていただけです。内心は大事故でした」
奏もテーブルに額をつけそうな勢いで息を吐いた。
「私もです。星街すいせいさんに認識されました。これは現実ですか」
「現実だよ」
「ユウト先輩の現実、たまにスケールがおかしいです」
はじめは、まだ目をきらきらさせていた。
「ユウト先輩、しゅごいっしゅ! ホロライブさんと普通に話してたっしゅ!」
「普通かな」
「普通じゃないっしゅ!」
青が、ユウトを見る。
「先輩」
「何?」
「いつかでいいです」
青は、いつもの王子様の顔ではなく、年下らしい真っ直ぐな顔で言った。
「話せるようになったら、話してください。ホロライブの皆さんと、ユウト先輩のこと」
奏も頷く。
「無理には聞きません。でも、知らないまま置いていかれるのは、少し寂しいです」
はじめがユウトの袖を掴む。
「うちも知りたいっしゅ。でも、ユウト先輩が苦しいなら、今じゃなくていいっしゅ」
ユウトは、三人を見た。
過去を知っている人たち。
今を見ている人たち。
どちらも、ユウトの前にいる。
どちらにも、逃げたくないと思った。
「……ありがとう」
ユウトは言った。
「いつか、ちゃんと話す」
「はい」
「待ってます」
「待つっしゅ!」
青はそこで、ふっと笑った。
「じゃあ、その時まで、今日はクレープですね」
「そう繋がるのか」
「甘いものは大事ですから」
「青も言うんだな」
「ばんちょうの名案です」
はじめが胸を張る。
「うち、名案出したっしゅ!」
「はいはい。じゃあ行こうか」
ユウトが立ち上がる。
その瞬間、青が右腕を取った。
奏が左袖を掴んだ。
はじめが背中を押した。
「だから、三方向から動かすなって」
「先輩が逃げないようにです」
「安全管理です」
「クレープまで護送っしゅ!」
「僕は護送される側なのか」
三人に引っ張られながら、ユウトは歩き出した。
その表情は、困っている。
だが、楽しそうだった。
少なくとも、青たちにはそう見えた。
◇
一方、その頃。
ミラージュ・パークの別フロア。
人目につきにくい休憩スペースに移動したすいせい、おかゆ、ころね、ぺこらの四人は、誰からともなく端末を取り出していた。
画面に表示されているのは、ホロライブJPの総合ライバーグループチャット。
すいせいは、しばらく入力欄を見つめた。
そして、短く打ち込む。
『星街すいせい:緊急』
すぐに既読が増えた。
『さくらみこ:なににぇ!?』
『白上フブキ:何かありました?』
『大空スバル:緊急って文字がもう怖いんだが!?』
『宝鐘マリン:事件ですか? 恋ですか? それとも両方ですか?』
『湊あくあ:ユウトさんですか?』
『潤羽るしあ:ユウト?』
『夏色まつり:ユウトくん?』
『大神ミオ:まず落ち着こうね』
すいせいは、少しだけ目を細めた。
そして、次の文章を送る。
『星街すいせい:ミラージュ・パークでユウトを見つけた』
『さくらみこ:は?』
『湊あくあ:どこですか』
『兎田ぺこら:あくあ落ち着くぺこ』
『大空スバル:ぺこらが言う側なの珍しいな!?』
『猫又おかゆ:ユウトくん、青くん・奏ちゃん・はじめちゃんと遊んでたよ〜』
一瞬。
チャットが止まった。
そして。
『白上フブキ:青くゆ?』
『尾丸ポルカ:奏ちゃん?』
『博衣こより:はじめちゃん?』
『夏色まつり:ReGLOSSの?』
『星街すいせい:うん』
『戌神ころね:プリクラ撮ってた』
また止まった。
今度は、さっきより長かった。
『湊あくあ:プリクラ』
『潤羽るしあ:プリクラ?』
『さくらみこ:プリクラって何にぇ』
『宝鐘マリン:待ってください。情報量が多い。ユウトくんが。青くんたちと。プリクラ。腕を引っ張られながら?』
『戌神ころね:腕引っ張られてた』
『兎田ぺこら:三方向からぺこ』
『大空スバル:三方向!?』
『大神ミオ:みんな深呼吸して』
『白上フブキ:ミオ、これは深呼吸案件じゃなくて会議案件では?』
すいせいは、そこで一度手を止めた。
ただの嫉妬だけなら、騒いで終わりでもよかった。
だが、問題はそれだけではない。
青たちは覚えていなかった。
自分たちを、遠い画面の向こうの有名人として見ていた。
前世のホロライブで後輩だった彼女たちが。
今はユウトの学校の後輩として、ユウトの隣にいる。
ユウトの今を掴んでいる。
その事実は、ちゃんと共有しなければならない。
『星街すいせい:青くんたち、前の記憶はないと思う』
チャットの流れが、また止まった。
『星街すいせい:私たちのことは、画面越しの有名人として見てた』
『猫又おかゆ:ユウトくんのことは、今の学校の先輩として見てる』
『戌神ころね:距離は近いよ』
『兎田ぺこら:かなり近いぺこ』
しばらくして、そらの名前が表示された。
『ときのそら:そっか』
その短い言葉に、全員が少しだけ静かになった気がした。
『ときのそら:青くんたちは、今のユウトくんのそばにいるんだね』
『大神ミオ:それは大事なことだね』
『白上フブキ:うん。でも情報共有は必要』
『宝鐘マリン:議題が重いのか軽いのか分からないですね』
『大空スバル:いや重いだろ! でもプリクラは軽い! いや軽くないか!?』
『湊あくあ:プリクラ……』
『潤羽るしあ:ユウトとプリクラ』
『夏色まつり:落ち着いて。いや落ち着けないけど』
すいせいは、軽く息を吐いた。
そして、送信する。
『星街すいせい:今日の夜、JPで緊急会議しよう』
続けて、もう一文。
『星街すいせい:議題は、ユウトと青くん・奏ちゃん・はじめちゃんの距離感について』
即座に反応が返ってきた。
『白上フブキ:参加します』
『大神ミオ:参加します』
『さくらみこ:みこも行くにぇ』
『湊あくあ:参加します』
『潤羽るしあ:参加します』
『宝鐘マリン:これは船長、全力で参加します』
『大空スバル:ツッコミ役として参加します』
『夏色まつり:参加』
『百鬼あやめ:参加する余』
『癒月ちょこ:参加しますね』
『兎田ぺこら:ぺこらも現地証人として参加するぺこ』
『戌神ころね:ころねも〜』
『猫又おかゆ:おかゆも行くよ〜』
すいせいは、画面を見つめたまま、少しだけ笑った。
「……大ごとになったね」
「最初から大ごとだよぉ」
ころねが言う。
「ユウトくんのことだもん」
おかゆは、フードコートの方角を見た。
「でも、青くんたちも悪い子じゃなかったねぇ」
「当たり前でしょ」
すいせいは即答した。
「後輩だもん」
「今は、向こうは知らないけどね」
「……うん」
その事実は、少し痛い。
けれど、ユウトの時ほどの絶望ではなかった。
青たちは生きている。
笑っている。
ユウトの隣で、今を過ごしている。
なら、まだ始められる。
今からでも。
この世界で、新しく。
「それにしても」
ぺこらが腕を組んだ。
「プリクラはずるいぺこ」
「そこに戻るんだ」
すいせいが呆れる。
「戻るぺこ。重要ぺこ」
「確かに重要だねぇ」
おかゆが頷く。
「ユウトくん、今度撮ってくれるって言ったし」
「証人いるからねぇ」
ころねがにっこり笑った。
その笑顔は、優しい。
優しいが、逃がす気は一切なかった。
◇
同じ頃。
ユウトは、そんな緊急会議の開催が決定したことなど知る由もなく、クレープ屋の前で悩んでいた。
「チョコバナナか、いちごクリームか……」
「ユウト先輩、真剣っしゅ!」
「甘いものを選ぶ時は、ちゃんと考えた方がいい」
「かっこいいこと言ってるのに内容がクレープです」
奏が笑う。
青は横からメニューを覗き込んだ。
「先輩、半分ずつ交換します?」
「青、食べたいの決まってるの?」
「僕はこのベリーとチーズクリームのやつにします」
「おしゃれだな」
「僕なので」
「そこで自信満々になるな」
はじめが両手を上げる。
「うちは、いちごいっぱいのやつっしゅ!」
「はじめは分かりやすいな」
「いちごは正義っしゅ!」
「奏は?」
「私はチョコバナナにします。定番は強いので」
「じゃあ僕は……」
ユウトは少し考え、シンプルなシュガーバターのクレープを指差した。
「これにする」
「ユウト先輩、渋いっしゅ!」
「渋いのか?」
「先輩らしいですね」
青が笑う。
「何だか、余計なものが少ない感じで」
「褒めてる?」
「褒めてます」
注文を終え、四人はクレープを受け取る。
はじめは一口目でクリームを頬につけた。
「はじめ、頬についてる」
「んぇ?」
「こっち」
ユウトが紙ナプキンで、はじめの頬についたクリームを軽く拭う。
はじめが固まった。
奏も固まった。
青も固まった。
「……何?」
ユウトが首を傾げる。
はじめの顔が、じわじわ赤くなる。
「ユ、ユウト先輩、そういうのは、急にやるとだめっしゅ……」
「ごめん」
「だめじゃないけど、だめっしゅ……」
「どっち?」
「わかんないっしゅ!」
奏が、自分のクレープを持ったまま半眼になる。
「ユウト先輩、無自覚です」
「また?」
「またです」
青は、少し拗ねたように自分のクレープをかじった。
「先輩、本当にそういうところですよ」
「だから、どこだよ」
「全部です」
また三人の声が重なった。
ユウトは困ったように笑う。
その笑みは、今日何度目かの自然な笑みだった。
青たちは、それを見て少しだけ満足した。
ホロライブに変えられた笑顔かもしれない。
自分たちだけが作ったものではないかもしれない。
それでも。
今、その笑顔はこちらを向いている。
今日だけは。
この瞬間だけは。
ユウトは、青たちの先輩だった。
チ、チ、チ、チ――。
胸ポケットの銀色の懐中時計が、クレープ屋の甘い匂いと、後輩たちの笑い声に紛れて、静かに時を刻む。
過去を知る者たちの時間。
今を掴む者たちの時間。
その二つが、ミラージュ・パークの賑やかな放課後で、少しだけ交差した。
そして、ユウトはまだ知らない。
この穏やかな甘さの裏側で。
ホロライブJP緊急会議という名の、次なる嵐が発車準備を始めていることを。
放課後ライナーは、まだ停まらない。