hololive Lost Story   作:ダニエルズプラン

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第48話 第一希望と危険なスカウト

 

 週が明けた月曜日。

 

 ホームルーム前の教室は、いつものように騒がしかった。

 

 窓際では、犬耳のクラスメイトたちが週末に行った店の話で盛り上がっている。

 

 後ろの席では、悪魔族の男子が小型端末でゲームのリザルトを見せびらかしている。

 

 エルフの少女は、自分の席で静かに本を開いていたが、耳だけは周囲の会話に反応していた。

 

 そんな中。

 

 桜井ユウトの机の周りだけ、妙な空気になっていた。

 

「……ユウト」

 

 犬耳の少年が、机の上に置かれた一枚の紙を見下ろしている。

 

「これ、本気で書いたのか?」

 

「本気だよ」

 

 ユウトは、自分の席に座ったまま答えた。

 

 声は落ち着いていた。

 

 けれど、ほんの少しだけ緊張も混じっていた。

 

 机の上には、進路希望調査票。

 

 第一希望の欄には、はっきりとこう書かれていた。

 

『ホロライブ事務所スタッフ兼マネージャー』

 

 その文字を見た瞬間、周囲の友人たちは一度黙った。

 

 それから、一斉に騒ぎ出した。

 

「いやいやいやいや」

 

 悪魔族の男子が、両手を振る。

 

「無理とは言わねえけどさ、いや、でも無理だろ!?」

 

「言ってるよ、無理って」

 

 ユウトが静かに突っ込む。

 

「だってホロライブだぞ!? あのホロライブだぞ!? 普通の企業のスタッフ募集とは訳が違うだろ!」

 

「それは、分かってる」

 

「分かってて書いたのかよ!」

 

 犬耳の少年が、ユウトの机に手をついた。

 

「いや、夢があるのはいいと思う! 俺はいいと思うぞ! ただ、ホロライブのスタッフなんて、そもそも募集してるのかもよく分からないじゃん!」

 

「極稀に募集が出ることはあるって聞いたことはあるわ」

 

 エルフの少女が本を閉じ、静かに会話へ加わる。

 

「でも、採用基準も、実際にどういう人が選ばれるのかも、一般にはほとんど分からない。ましてや、マネージャーとなると……相当難しいと思う」

 

「だよな」

 

 悪魔族の男子が頷く。

 

「普通に考えたら、進路希望に書くには無謀枠だぞ」

 

「無謀枠」

 

 ユウトが少し眉を下げる。

 

「そんな枠あるの?」

 

「今作った」

 

「作らないでほしい」

 

 ユウトは小さく息を吐いた。

 

 予想はしていた。

 

 驚かれるだろうとは思っていた。

 

 無理だと言われることも、きっとあると思っていた。

 

 それでも、彼らの反応は悪意から来るものではない。

 

 むしろ、心配しているからこその反応だった。

 

 だから、ユウトも怒る気にはならなかった。

 

「でもさ」

 

 犬耳の少年が、少し声を落とす。

 

「ユウトが進路のこと、ちゃんと決めたっぽいのは嬉しいんだよ」

 

「え?」

 

「最近、何かずっと悩んでただろ」

 

 その言葉に、ユウトは黙った。

 

「前はさ、進路の話になると、何か適当に流してたじゃん。『まだ考え中』とか『後で決める』とか。先生に聞かれても、ふわっと答えてたし」

 

「……そうだったかな」

 

「そうだったよ」

 

 エルフの少女が頷く。

 

「桜井くん、勉強も戦闘訓練もできるのに、将来の話になると急に遠くを見るような顔をしていたもの」

 

「そうそう」

 

 悪魔族の男子が指を鳴らす。

 

「何でもできるけど、何がしたいのか自分でも分かってない感じだった」

 

 ユウトは、机の上の紙に目を落とした。

 

 第一希望。

 

 ホロライブ事務所スタッフ兼マネージャー。

 

 土曜日にホロライブ事務所の休憩室で書いた文字。

 

 ぼたんに言われた。

 

 進路は敵より手ごわいと。

 

 ポルカに言われた。

 

 人生のスキルツリーはぐちゃぐちゃでも何とかなると。

 

 あやめに言われた。

 

 前の自分が選んだ道を、今の自分がもう一度選ぶこともあると。

 

 その言葉が、まだ胸に残っている。

 

「……だから、嬉しいのは本当なんだ」

 

 犬耳の少年は言った。

 

「でも、心配も本当」

 

「心配?」

 

「そりゃそうだろ」

 

 彼は、進路希望調査票の文字を指差した。

 

「ホロライブのマネージャーだぞ?」

 

 教室の空気が、少し変わった。

 

 ただの憧れの職業の話ではなくなった。

 

 ホロライブ。

 

 この世界で、知らない者はいない存在。

 

 配信者であり、冒険者であり、歌い手であり、世界規模のエンターテイナーでもあるタレントたち。

 

 華やかなステージ。

 

 巨大なイベント。

 

 世界中のファン。

 

 その一方で、彼女たちはダンジョン探索や魔導災害対応、危険区域での特別配信にも関わることがある。

 

 画面越しに見るだけなら、きらきらしている。

 

 だが、その裏には危険がある。

 

「タレントのダンジョン配信に、スタッフが同行することだってあるだろ」

 

 悪魔族の男子が言った。

 

「機材担当とか、安全確認とか、ルート管理とか。外から見えないだけで、裏方も結構危ないって話、聞いたことあるぞ」

 

「ホロライブクラスになると、低ランクのダンジョンだけじゃ済まないものね」

 

 エルフの少女が続ける。

 

「上位ダンジョン、未踏破区域、魔導異常地帯。そういう場所での特別配信もある」

 

「ユウトがもし普通の戦闘力だったら、まだ裏方専任かもしれないけどさ」

 

 犬耳の少年が、まっすぐユウトを見る。

 

「お前、強いじゃん」

 

 ユウトは、すぐには答えなかった。

 

 強い。

 

 そう言われることが、最近増えた。

 

 ダンジョン訓練。

 

 ミラージュ・パークの仮想戦闘ゲーム。

 

 無意識に大剣を選ぶ手。

 

 自分でもよく分からない動き。

 

 身体に刻まれた戦闘勘。

 

 ゼロノスとして戦っていた前世の経験。

 

 そのすべてを、クラスメイトたちは知らない。

 

 けれど、結果だけは見ている。

 

「戦えるマネージャーなんて、絶対便利に使われるだろ」

 

 悪魔族の男子が、少し苛立ったように言う。

 

「上位ダンジョンに同行できます。緊急時にはタレントを守れます。剣も使えます。危険察知もできます。そんなやつがいたら、現場は頼るに決まってる」

 

「でも、それって」

 

 エルフの少女が静かに続ける。

 

「怪我で済まない場所に行く可能性もある、ということよ」

 

 教室の喧騒が、少し遠くなった。

 

 ユウトは、胸ポケットの懐中時計に意識を向ける。

 

 チ、チ、チ、チ――。

 

 小さな音は、いつも通りだった。

 

 だが、今日の音は少しだけ重く聞こえた。

 

「ユウト」

 

 犬耳の少年が言う。

 

「お前、また一人で無茶するつもりじゃないよな?」

 

「……」

 

「前より笑うようになったのはいい。進路決めたのもいい。でも、それがまた危ない場所へ行く理由になるなら、俺は普通に心配だぞ」

 

「私も」

 

 エルフの少女が頷いた。

 

「桜井くんは、自分が傷つくことを軽く見ているところがあると思う」

 

「あるある」

 

 悪魔族の男子が強く頷く。

 

「めちゃくちゃある。自分のHPゲージだけ表示バグってんじゃねえかってくらいある」

 

「そんなに?」

 

「そんなに」

 

 三人の声が揃った。

 

 ユウトは、困ったように笑った。

 

 けれど、笑って流すには、友人たちの目が真剣すぎた。

 

 彼らは知らない。

 

 ゼロノスのことも。

 

 前世のことも。

 

 大晦日のことも。

 

 ホロライブのライバーたちが、どれほど自分を覚えてくれているのかも。

 

 だからこそ、彼らの心配は今のユウトへ向けられている。

 

 ただのクラスメイトとして。

 

 友人として。

 

 今ここにいる桜井ユウトを、心配している。

 

 ユウトは、進路希望調査票の上に置いていた手を軽く握った。

 

「……少しだけ、話してもいい?」

 

 その声に、友人たちは目を瞬かせた。

 

「お、おう」

 

「何?」

 

「聞くわ」

 

 ユウトは、少しだけ息を吸った。

 

 全部は話せない。

 

 話していいことと、まだ話せないことがある。

 

 前世のこと。

 

 記憶のこと。

 

 ゼロノスのこと。

 

 デンライナーのこと。

 

 それらを、今この教室で話すわけにはいかない。

 

 でも。

 

 何も話さないまま、心配だけさせるのも違う。

 

「僕は」

 

 ユウトは、ゆっくり口を開いた。

 

「ホロライブの代表である谷郷さんから、スカウトを受けてる」

 

 その瞬間。

 

 空気が止まった。

 

「……は?」

 

 犬耳の少年が、ぽかんと口を開ける。

 

「誰から?」

 

「谷郷さん」

 

「どこの?」

 

「ホロライブの」

 

「何を?」

 

「スカウト」

 

「……」

 

 悪魔族の男子が、ゆっくりと頭を抱えた。

 

「ちょっと待て。情報が強すぎる」

 

 エルフの少女も、目を見開いたまま固まっていた。

 

「桜井くん」

 

「うん」

 

「今、代表って言った?」

 

「言った」

 

「谷郷さんって、あの谷郷さん?」

 

「たぶん、その谷郷さん」

 

「たぶんで済ませる名前じゃないわ」

 

 その会話を聞いていたのは、友人たちだけではなかった。

 

 周りの席で、さりげなく聞き耳を立てていた数人のクラスメイトが、ほぼ同時に反応した。

 

「え、待って」

 

「今、ホロライブって言った?」

 

「谷郷って、YAGOO?」

 

「スカウト?」

 

「誰が?」

 

「桜井が?」

 

「え、何それ」

 

 気づけば、ユウトの机の周りに新しい輪ができていた。

 

 さっきまで少し離れていたクラスメイトたちが、好奇心を隠しきれない顔で近づいてくる。

 

 ユウトは、ほんの少しだけ後悔した。

 

 声量を間違えたかもしれない。

 

「ユウト」

 

 犬耳の少年が、両肩を掴みそうな勢いで身を乗り出す。

 

「何でそれを先に言わない!?」

 

「言うタイミングが分からなくて」

 

「分からないにも程がある!」

 

「だって、言ったらこうなると思ったから」

 

「なるよ! なるに決まってるだろ!」

 

 悪魔族の男子が机を軽く叩く。

 

「つまり何か? ユウトはもう採用ルートに片足突っ込んでるってことか?」

 

「いや、そういうわけじゃないと思う」

 

「代表からスカウトされてて、そういうわけじゃないは無理がある!」

 

「でも、正式に決まったわけではないし」

 

「そりゃそうかもしれないけど!」

 

 クラスメイトの一人が、興奮気味に言った。

 

「すごくない!? ホロライブにスカウトって、普通ないでしょ!」

 

「スタッフ側でしょ?」

 

「いや、スタッフでもすごいでしょ!」

 

「ていうか桜井、何したの?」

 

「ダンジョン訓練のあれじゃない?」

 

「あれは確かにヤバかった」

 

「いや、でも代表が直接って何?」

 

「桜井、実は何か隠してる?」

 

 質問が飛び交う。

 

 ユウトは、少しだけ困った顔でそれを受け止めた。

 

 全部には答えられない。

 

 答えられないが、逃げるつもりもなかった。

 

「谷郷さんには、前に会う機会があって」

 

「前に会う機会」

 

 エルフの少女が反復する。

 

「それも普通はないのよ」

 

「そうだな」

 

 犬耳の少年が頷く。

 

「ホロライブの代表と会う機会って何だよ。道端でぶつかったのか?」

 

「違う」

 

「じゃあ、店で隣の席だったとか?」

 

「違う」

 

「ダンジョンで助けた?」

 

「違う……と思う」

 

「思う?」

 

 クラスメイトたちの視線が一斉に集まる。

 

 ユウトは、また少しだけ後悔した。

 

 言葉選びが難しい。

 

「詳しいことは、まだ言えない」

 

 ユウトはそう言った。

 

 その言葉に、周囲の空気が少し落ち着く。

 

「でも、谷郷さんから、ホロライブのスタッフとして働く道を考えてみないかとは言われた」

 

 教室が、またざわついた。

 

「マジかよ……」

 

 悪魔族の男子が呟く。

 

「本物のスカウトじゃん」

 

「じゃあ、この進路希望は」

 

 エルフの少女が、紙を見る。

 

「ただの憧れじゃなくて、現実的に考えた結果なのね」

 

「現実的かどうかは、まだ分からないけど」

 

 ユウトは静かに答える。

 

「でも、考えたいと思った」

 

 その声に、周囲のざわめきがまた少し小さくなった。

 

「僕は、まだ自分が何をしたいのか全部分かってるわけじゃない。前よりは少し見えてきたけど、まだ曖昧なところもある」

 

 ユウトは、進路希望調査票に目を落とす。

 

「でも、誰かの未来を支える仕事には興味がある。誰かがやりたいことを形にするために、裏で動く仕事。表に立つ人が、ちゃんと前を向けるように支える仕事」

 

 その言葉を聞いて、友人たちは黙った。

 

 いつものユウトらしい、と思った。

 

 表に立ちたいわけではない。

 

 褒められたいわけでもない。

 

 誰かの背中を押す側。

 

 誰かが進むための道を整える側。

 

 それは、とてもユウトらしい。

 

 そして同時に、とても危うい。

 

 自分のことを後回しにするユウトらしさでもあった。

 

「ユウト」

 

 犬耳の少年が、少し真面目な顔で言う。

 

「俺は、応援したい」

 

「……ありがとう」

 

「でも、条件がある」

 

「条件?」

 

「無茶するな」

 

 ユウトは目を瞬かせた。

 

「まだ何も始まってないけど」

 

「始まる前に言ってるんだよ」

 

 犬耳の少年は、まっすぐユウトを見た。

 

「ホロライブに関わるなら、絶対危ないこともある。マネージャーだから安全、裏方だから平気、なんてことはないと思う」

 

「うん」

 

「もしタレントのダンジョン配信に同行するとか、危険な現場に行くとか、そういうことになったら、ちゃんと自分の命も守れ」

 

 その言葉は、重かった。

 

 ユウトは、すぐには返せなかった。

 

 自分の命を守る。

 

 当たり前のことだ。

 

 けれど、自分にとっては、少し難しいことでもある。

 

 前世の自分は、きっとそれができなかった。

 

 ホロライブの未来を守るために、変身し続けた。

 

 人々の中から自分の記憶が消えていくと知っていても、戦い続けた。

 

 最後には、消えた。

 

 それを、ユウトは見た。

 

 過去を見返す旅の中で。

 

 今の自分が、その道をそのまま歩いていいわけではない。

 

 オーナーも言っていた。

 

 過去を見て、どのような未来を歩くか決めることはできると。

 

「……分かった」

 

 ユウトは答えた。

 

「分かったって、軽くない?」

 

 悪魔族の男子が眉を寄せる。

 

「軽く言ったつもりはないよ」

 

「ならいいけど」

 

「僕は、ホロライブに関わるなら、誰かを支えたいと思ってる。でも、それで自分がいなくなるようなやり方は……たぶん、もう違うと思う」

 

 言葉にして、ユウト自身が少し驚いた。

 

 たぶん。

 

 もう違う。

 

 それは、今の自分が過去の自分へ向けた、初めての小さな否定だった。

 

 否定というより、更新。

 

 前の自分が間違っていたとは言えない。

 

 あの時、そうするしかなかったのかもしれない。

 

 でも、今の自分は、同じ終わりを選ばなくてもいい。

 

 選んではいけないのかもしれない。

 

「……なら、いい」

 

 犬耳の少年は、少しだけ息を吐いた。

 

「俺は、ユウトがちゃんと自分で決めたなら応援する」

 

「私も」

 

 エルフの少女が言う。

 

「難しい道だと思う。危険もあると思う。でも、桜井くんがちゃんと考えて決めたことなら、応援するわ」

 

 悪魔族の男子が頭をかいた。

 

「まあ、俺はまだ無謀だと思ってるけどな」

 

「うん」

 

「でも、無謀だからやめろって言えるほど、お前が適当に書いたわけじゃないのは分かった」

 

 彼は、進路希望調査票を軽く指で弾く。

 

「だから、応援はする。ただし、危ないことしたら全力で文句言う」

 

「文句で済む?」

 

「済まない。説教する」

 

「それは怖いな」

 

「怖がれ。友人の説教は、魔物より逃げづらいぞ」

 

 ユウトは、少しだけ笑った。

 

 その笑みを見て、周囲のクラスメイトたちも少し空気を緩める。

 

「でもすごいな、桜井」

 

「ホロライブのマネージャーかぁ」

 

「もし本当になったらサインとかもらえる?」

 

「おい、そういうの頼むなよ」

 

「いや、冗談だって!」

 

「でも、桜井がスタッフになったら配信の裏話とか――」

 

「そういうのは話せないと思う」

 

 ユウトが即答する。

 

「真面目!」

 

「守秘義務があると思うから」

 

「まだ採用されてないのに守秘義務の話してる!」

 

「こういうところが向いてるのかもな」

 

 誰かが笑った。

 

 ユウトも、少し困ったように笑う。

 

 その時、教室の扉が開いた。

 

 担任が入ってくる。

 

「おーい、ホームルーム始めるぞ。席に戻れ」

 

 クラスメイトたちは、慌ててそれぞれの席へ戻っていく。

 

 犬耳の少年は最後まで残り、ユウトの肩を軽く叩いた。

 

「提出、するんだろ?」

 

「うん」

 

「なら、胸張って出せよ」

 

「分かった」

 

「あと、もしホロライブに入ったら」

 

「サインは頼まないよ」

 

「違う違う」

 

 犬耳の少年は、少し笑った。

 

「ちゃんと俺たちにも報告しろよ。友達なんだから」

 

 ユウトは、少しだけ目を見開いた。

 

 友達。

 

 その言葉が、当たり前のように投げられた。

 

 当たり前すぎて、少し眩しかった。

 

「……うん」

 

 ユウトは頷いた。

 

「報告する」

 

「よし」

 

 犬耳の少年は、自分の席へ戻っていった。

 

 ユウトは、机の上の進路希望調査票を見る。

 

 第一希望。

 

 ホロライブ事務所スタッフ兼マネージャー。

 

 土曜日に書いた時より、その文字は少しだけ軽く見えた。

 

 いや、軽くなったわけではない。

 

 支える手が増えたのだ。

 

 ホロライブの人たち。

 

 事務所で背中を押してくれたライバーたち。

 

 そして、学校の友人たち。

 

 彼らはユウトの過去を知らない。

 

 ゼロノスも知らない。

 

 自分が消えたことも知らない。

 

 それでも、今のユウトを心配してくれる。

 

 応援してくれる。

 

 その事実が、胸の奥を温かくした。

 

 チ、チ、チ、チ――。

 

 胸ポケットの銀色の懐中時計が、静かに時を刻む。

 

 過去を知る人たちの時間。

 

 今を見てくれる人たちの時間。

 

 その二つが、少しずつユウトの中で重なっていく。

 

「……僕は」

 

 ユウトは、小さく呟いた。

 

 誰にも聞こえない声で。

 

「今度は、いなくならないようにしないと」

 

 その言葉は、誓いというにはまだ弱かった。

 

 決意というには、まだ迷いが混じっていた。

 

 けれど、確かに前へ向く言葉だった。

 

 ホームルームが始まる。

 

 担任が出席を取り始める。

 

 ユウトは進路希望調査票をクリアファイルから取り出し、机の端に置いた。

 

 提出するために。

 

 自分で選んだ第一希望として。

 

 そして、彼はまだ知らない。

 

 この進路希望調査票が、職員室で騒ぎを起こし。

 

 やがて、谷郷元昭本人から学校へ正式な連絡が入ることで。

 

 桜井ユウトという一人の高校生の進路相談が、学校側を巻き込んだ少し大きな話へ発車していくことを。

 

 次の停車駅は、職員室。

 

 行き先表示は、まだ少しだけ点滅していた。

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