hololive Lost Story   作:ダニエルズプラン

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第59話 鉄パイプと八つの閃光

 

 オルタナティブシティは、平和な都市だ。

 

 魔導技術と科学技術が融合した巨大都市。

 

 人間、獣人、エルフ、悪魔、天使、そしてその他さまざまな種族が行き交う街。

 

 空には魔導交通用の光のラインが走り、地上では自動走行車と歩行者用ゴーレムが整然と動く。

 

 大型スクリーンにはホロライブの広告や、ダンジョン探索番組の告知、魔導安全週間のポスターが流れていた。

 

 子どもたちは学校帰りにアイスを買い、会社員たちは端末を片手に駅へ急ぎ、観光客たちは高層ビルの間から見える浮遊ステージを見上げる。

 

 平和。

 

 少なくとも、そう見える。

 

 だが、どれほど発展した都市でも、どれほど魔導警備が整っていても、人の心までは完全に制御できない。

 

 欲。

 

 怒り。

 

 妬み。

 

 絶望。

 

 そうしたものが形を持てば、時に犯罪となる。

 

 そして、その日。

 

 桜井ユウトが遭遇したのも、そのうちの一つだった。

 

     ◇

 

 ユウトは、いつものようにオルタナティブシティを歩いていた。

 

 目的は特に大きなものではない。

 

 ホロライブ事務所へ向かう途中だった。

 

 今日は事務所で、Aちゃんから簡単な資料整理を頼まれている。

 

 その後、時間があれば配信アーカイブの感想をまとめるつもりだった。

 

 最近のユウトは、少しずつホロライブの活動を見るようになっていた。

 

 配信。

 

 歌。

 

 ゲーム。

 

 雑談。

 

 企画。

 

 画面の向こうの彼女たち。

 

 事務所で距離を詰めてくる彼女たち。

 

 その両方を知ることが、今の自分には必要なのだと思っていた。

 

 ただし。

 

 すいせい。

 

 まつり。

 

 フブキ。

 

 ミオ。

 

 ポルカ。

 

 いろいろな意味で、知りすぎた気もしている。

 

「……考えないようにしよう」

 

 ユウトは小さく呟いた。

 

 考えると、顔が熱くなる。

 

 特に、最近の自分が酔った勢いでポルカに何かしたらしい件。

 

 本人たちは「何もなかった」と言う。

 

 しかし、ポルカの様子が明らかにおかしい。

 

 それ以上聞けない自分も悪い。

 

 だが、聞くのが怖い。

 

 そういう状態だった。

 

 ユウトは軽く頭を振る。

 

 今は街中だ。

 

 切り替える。

 

 人通りの多い交差点へ差しかかった時だった。

 

 地面が、震えた。

 

「……?」

 

 ユウトは足を止めた。

 

 周囲の人々も、異変に気づく。

 

 最初は、小さな揺れ。

 

 次に、地面の下から何かが叩くような音。

 

 ごん。

 

 ごん。

 

 ごん。

 

 まるで、地下から巨大な拳が舗装を殴っているような音。

 

 ユウトの身体が、無意識に反応した。

 

 背筋に冷たいものが走る。

 

 危機察知。

 

 ゼロノスとしての記憶を持たない今のユウトにも、身体だけが覚えている感覚。

 

「離れてください!」

 

 ユウトは、考えるより先に声を上げていた。

 

 近くにいた人々が振り向く。

 

 その瞬間。

 

 道路の中央が、内側から爆ぜた。

 

 舗装片が飛び散る。

 

 魔導管が火花を散らす。

 

 地面を突き破るようにして、黒い影が現れた。

 

 いや、影ではない。

 

 魔獣だった。

 

 巨大な胴体。

 

 歪んだ甲殻。

 

 蛇のようにうねる複数の触手。

 

 体表には不自然な魔導紋が刻まれており、その光は毒々しい紫色をしている。

 

 その上に、男が立っていた。

 

 顔の半分を魔導マスクで覆い、片手に制御杖のようなものを握っている。

 

「はは……ははははは!」

 

 男は笑った。

 

 狂気混じりの笑いだった。

 

「見ろ! これが俺の力だ! 俺を踏みつけた連中も、この街も、全部――!」

 

 言葉の途中で、魔獣の触手が振るわれた。

 

 近くの街灯がへし折れる。

 

 警備用ゴーレムが吹き飛ばされる。

 

 歩道にいた人々が悲鳴を上げた。

 

「逃げろ!」

 

「魔獣だ!」

 

「警備隊を呼べ!」

 

 人々が一斉に走り出す。

 

 警報が鳴り響く。

 

 街中の魔導表示板が赤く点滅し、避難誘導の矢印を表示する。

 

 ユウトも周囲を見回した。

 

 人々が逃げている。

 

 混乱している。

 

 その中で、一か所だけ流れから取り残された場所があった。

 

 道路脇。

 

 倒れた看板の近く。

 

 獣人の姉妹がいた。

 

 姉は妹を庇うように抱きしめている。

 

 だが、二人とも恐怖で動けない。

 

 魔獣の触手が、その方向へ振り下ろされようとしていた。

 

「っ!」

 

 ユウトは走った。

 

 考える時間はなかった。

 

 近くの工事現場から、何かが転がってくる。

 

 鉄パイプ。

 

 地面の揺れで資材置き場から外れたものだろう。

 

 ユウトは、それを拾い上げた。

 

 重い。

 

 だが、手になじむ。

 

 剣ではない。

 

 ゼロガッシャーでもない。

 

 ただの鉄パイプ。

 

 それでも、今はこれしかない。

 

 ユウトは踏み込んだ。

 

 触手が振り下ろされる。

 

 姉妹が目を閉じる。

 

「はあっ!」

 

 鉄パイプが、触手を弾いた。

 

 鈍い衝撃。

 

 腕に痺れが走る。

 

 足元のアスファルトが削れる。

 

 だが、触手は兄妹から逸れた。

 

 近くの植え込みに叩きつけられ、土と葉が舞う。

 

 ユウトは姉妹の前に立った。

 

 鉄パイプを両手で握り、魔獣を睨む。

 

「走れる?」

 

 背後の姉妹に声をかける。

 

 姉が震えながら頷いた。

 

「妹を連れて、あっちの避難誘導に沿って走って。振り返らないで」

 

「お、お兄さんは……?」

 

「僕は大丈夫」

 

 その言葉は、癖のように出た。

 

 大丈夫。

 

 言ってから、ユウトは少しだけ苦く思った。

 

 また言った。

 

 でも今は、それ以外に言葉がなかった。

 

「行って!」

 

 姉が妹の手を握り、走ろうとする。

 

 しかし。

 

 魔獣の上の男が、ユウトを見た。

 

 そして、にやりと笑う。

 

「へえ」

 

 男の視線が、ユウトから兄妹へ移る。

 

「そいつらを守るのか」

 

 制御杖が光る。

 

 魔獣の触手が、一斉に兄妹の方へ向いた。

 

「なら、そいつらから潰してやる」

 

 ユウトの表情が変わった。

 

 背筋が冷える。

 

 男は、明確に狙いを変えた。

 

 逃げ遅れた獣人の姉妹へ。

 

 ユウトを動かすために。

 

 苦しめるために。

 

 その卑劣さに、ユウトの奥で何かが静かに熱を持った。

 

「……させない」

 

 ユウトは、鉄パイプを構え直した。

 

 姉妹はまだ逃げ切れていない。

 

 ここで背を向けるわけにはいかない。

 

 触手が来る。

 

 一つ。

 

 二つ。

 

 三つ。

 

 ユウトは動いた。

 

 鉄パイプを振るう。

 

 弾く。

 

 受け流す。

 

 叩き落とす。

 

 ただの鉄パイプとは思えない動きだった。

 

 剣術。

 

 大剣の扱い。

 

 身体に残った戦いの記憶。

 

 それが、無意識に鉄パイプへ乗る。

 

 だが、相手は魔獣だ。

 

 数が違う。

 

 重さが違う。

 

 質量が違う。

 

 ユウトの身体は高校生の身体であり、変身しているわけでもない。

 

 ゼロノスの鎧はない。

 

 カードも使っていない。

 

 ただのユウトが、鉄パイプ一本で魔獣を止めているにすぎない。

 

 触手の先端が、肩をかすめた。

 

 布が裂け、血が滲む。

 

 次の一撃を避けた時、舗装片が頬を切った。

 

 足元の破片で脛を打つ。

 

 鉄パイプを受けた衝撃で、手の皮が裂ける。

 

 痛み。

 

 だが、止まれない。

 

 後ろには姉妹がいる。

 

「早く!」

 

 ユウトが叫ぶ。

 

 姉妹が泣きながら走る。

 

 あと少し。

 

 避難誘導の魔導ラインまで、あと少し。

 

 だが、男は笑った。

 

「いいねえ! いいねえ、その必死な顔!」

 

 制御杖がさらに光る。

 

 魔獣の胴体が蠢き、新たな触手が地面から伸びる。

 

 ユウトの死角。

 

 足元から。

 

「っ!」

 

 気づいた時には遅かった。

 

 ユウトは身体を捻り、鉄パイプを下へ振るう。

 

 触手を完全には弾けない。

 

 腹部を横から打たれ、息が詰まる。

 

「ぐっ……!」

 

 身体が吹き飛ばされる。

 

 だが、ユウトは地面を転がりながらも鉄パイプを離さなかった。

 

 膝をつく。

 

 立ち上がる。

 

 視界が揺れる。

 

 姉妹は、まだ完全には逃げ切れていない。

 

「しぶといなぁ」

 

 男が言った。

 

「何だ、お前。警備隊か? 冒険者か?」

 

「……通りすがりです」

 

 ユウトは、鉄パイプを構える。

 

 息が荒い。

 

 肩が痛い。

 

 手が熱い。

 

 体のあちこちに細かな傷がある。

 

 致命傷ではない。

 

 重傷でもない。

 

 だが、確実に削られている。

 

「通りすがりが、そんな顔で人を守るかよ」

 

 男は、吐き捨てるように笑った。

 

「気に入らねえな。そういうやつが、一番気に入らねえ」

 

 魔獣が唸る。

 

 触手が、一本に束ねられるように集まっていく。

 

 巨大な槍のような形。

 

 狙いは、兄妹。

 

 いや。

 

 背後の姉妹ごと、ユウトを貫くつもりだ。

 

「終わりだ」

 

 男が制御杖を振り下ろす。

 

 魔獣の触手槍が放たれた。

 

 速い。

 

 重い。

 

 鉄パイプで弾けるかどうか。

 

 分からない。

 

 それでも、ユウトは前に出た。

 

 逃げない。

 

 下がらない。

 

 姉妹と触手槍の間に立つ。

 

 鉄パイプを握り直す。

 

 心臓が鳴る。

 

 胸ポケットの懐中時計が、チ、と音を立てた気がした。

 

 そして。

 

 空から、八つの閃光が降り注いだ。

 

     ◇

 

 一つは、桜色。

 

 一つは、白銀。

 

 一つは、月のような淡い光。

 

 一つは、海賊旗を思わせる赤と金。

 

 一つは、紫電。

 

 一つは、深い青黒。

 

 一つは、白狐のような清い光。

 

 一つは、雪のような淡い青。

 

 八つの光が、ビルの上から落ちる。

 

 いや、降り立つ。

 

 ユウトの前へ。

 

 姉妹の前へ。

 

 魔獣の攻撃の前へ。

 

 轟音。

 

 魔獣の触手槍が、光の壁に弾かれた。

 

 衝撃波が周囲に広がる。

 

 ユウトは片腕で顔を庇う。

 

 だが、吹き飛ばされない。

 

 彼の前に、誰かが立っていた。

 

 桜色の魔法陣。

 

 白銀の羽根。

 

 月光のようなリボン。

 

 海賊の意匠を宿した魔導武装。

 

 紫の星。

 

 深海のような鎖。

 

 白狐の尾を思わせる光。

 

 雪花の結晶。

 

 八人の少女たち。

 

 魔法少女の姿。

 

 ユウトは、息を呑んだ。

 

「……みこち?」

 

 先頭にいた桜色の少女が振り返る。

 

 さくらみこ。

 

 だが、いつものみこではない。

 

 魔法少女衣装に身を包み、手には桜色の魔導杖。

 

 瞳には、いつもの柔らかさと違う、強い光が宿っている。

 

「ユウト」

 

 みこは、低く言った。

 

「無茶しすぎにぇ」

 

 その横で、天音かなたが拳を握っていた。

 

「子どもたちの保護を優先!」

 

 姫森ルーナが、小さな身体に似合わぬ魔力を展開する。

 

「んなっ、こっちは任せるのら!」

 

 宝鐘マリンが、魔導銃剣のような武器を構える。

 

「まったく、街中で暴れるなんて悪趣味ですねぇ!」

 

 紫咲シオンが、紫の魔法陣を展開した。

 

「めんどくさいけど、こういうのはさっさと終わらせる」

 

 沙花叉クロヱが、気だるげな声とは裏腹に鋭い目で魔獣を見据える。

 

「ユウトくん傷だらけじゃ~ん。……マジ最悪」

 

 白上フブキは、白い光を纏いながらユウトの横へ立った。

 

 その顔は笑っていない。

 

「ユウトくん」

 

「フブキさん」

 

「後で説教です」

 

「……はい」

 

 雪花ラミィは、雪の結晶のような魔法を展開し、姉妹の周囲へ防護結界を張る。

 

「もう大丈夫ですよ。怖かったですね」

 

 ラミィの声に、姉妹が頷く。

 

 ユウトは、その八人を見ていた。

 

 ホロウィッチ。

 

 魔法少女ホロウィッチ。

 

 画面や記事で見たことはある。

 

 最近、配信アーカイブを追っている中で、関連コンテンツも少し見た。

 

 ホロライブのタレントたちが、魔法少女として戦う姿。

 

 だが、今目の前にいる彼女たちは、映像ではない。

 

 現実だった。

 

「ホロウィッチ……!」

 

 魔獣の上の男が、忌々しそうに吐き捨てた。

 

「なんでここに……!」

 

 マリンが不敵に笑う。

 

「それはもちろん、助けを求める声があったからです」

 

 シオンが横目で見る。

 

「マリン、今ちょっと決めた?」

 

「決めました」

 

「まあ、悪くないけど」

 

 フブキが静かに言う。

 

「話は後です。まずは魔獣を止めます」

 

 かなたが頷く。

 

「了解!」

 

 みこが杖を構えた。

 

「ユウト、下がって」

 

「でも」

 

「下がるにぇ」

 

 その声は、いつものみこではなかった。

 

 強い。

 

 はっきりしている。

 

 ユウトは一瞬だけ迷った。

 

 だが、すぐに自分の状態を理解する。

 

 自分は傷だらけだ。

 

 鉄パイプ一本。

 

 姉妹はラミィの結界に守られている。

 

 ここで無理に前へ出ても、彼女たちの邪魔になる。

 

「……分かりました」

 

 ユウトは一歩下がった。

 

 その瞬間、膝が少し揺れた。

 

 フブキがすぐに支える。

 

「ほら」

 

「すみません」

 

「謝罪も後です」

 

「はい」

 

 フブキの声は優しい。

 

 だが、明らかに怒っていた。

 

 ユウトは黙るしかなかった。

 

     ◇

 

 魔獣が吠えた。

 

 触手が再び広がる。

 

 男が制御杖を振りかざす。

 

「まとめて潰せ!」

 

 触手が一斉に襲いかかる。

 

 八人のホロウィッチが動いた。

 

 かなたが前へ出る。

 

 白銀の光を纏った拳が、正面の触手を叩き落とす。

 

 重い一撃。

 

 衝撃で空気が震える。

 

「子どもを狙うなんて、許さない!」

 

 みこが桜色の魔法弾を放つ。

 

 触手の動きを封じるように、桜の光が弾ける。

 

「にぇえええい!」

 

 ルーナの魔法が足元から広がり、姉妹と周囲の避難者を包む安全圏を作る。

 

「ここから先は通さないのら!」

 

 マリンは魔導銃剣を構え、赤金の光弾を連射する。

 

「悪役には退場していただきましょう!」

 

 シオンが紫の魔法陣を重ね、魔獣の制御魔導紋を解析するように光を走らせる。

 

「これ、外部制御。あの杖が鍵」

 

 クロヱが鎖状の魔力を放ち、魔獣の触手を縛る。

 

「じゃあ、杖折ればいい感じ?」

 

 フブキが白い狐火をいくつも浮かべる。

 

「その前に、周囲への被害を抑えます」

 

 ラミィが氷雪の盾を展開し、飛び散る瓦礫を凍らせて落とす。

 

「怪我人を増やすわけにはいきません」

 

 連携。

 

 速い。

 

 美しい。

 

 ユウトは、それを見ていた。

 

 魔法少女としての彼女たち。

 

 配信者としての彼女たち。

 

 事務所で近づいてくる彼女たち。

 

 そのどれとも違う、戦う姿。

 

 だが、根は同じだった。

 

 誰かを守る。

 

 誰かを笑顔にする。

 

 誰かの居場所を守る。

 

 そのために、彼女たちは前に出ている。

 

 ユウトの手に、まだ鉄パイプが握られていた。

 

 自分も戦いたい。

 

 守りたい。

 

 だが、今は違う。

 

 今は彼女たちの戦いを見なければならない。

 

 自分が目指すなら。

 

 彼女たちを支える側へ行くなら。

 

 この姿も、ちゃんと目に焼きつけなければならない。

 

「……すごい」

 

 ユウトの口から、自然に声が漏れた。

 

 フブキが横目で見る。

 

「見惚れるのは後で」

 

「はい」

 

「あと、褒めるのも後で」

 

「……はい」

 

 フブキの尻尾が少しだけ揺れた。

 

 怒ってはいる。

 

 でも、少し嬉しそうでもあった。

 

     ◇

 

 戦闘は激しさを増していった。

 

 魔獣は街中で暴れるには危険すぎる。

 

 だが、ホロウィッチたちは被害を最小限に抑えながら、確実に動きを封じていく。

 

 かなたとマリンが前線を押す。

 

 みことルーナが避難経路を守る。

 

 シオンが制御術式を解析する。

 

 クロヱが拘束。

 

 フブキが周囲の魔力流を整え、ラミィが防御と保護を担当する。

 

 やがて、シオンが叫んだ。

 

「見えた! 杖の根元、そこ!」

 

「クロヱ!」

 

「はいはい」

 

 クロヱの魔力鎖が、男の足元を絡め取る。

 

「なっ!?」

 

 男の体勢が崩れる。

 

 かなたが踏み込む。

 

「マリン!」

 

「了解!」

 

 マリンの光弾が、制御杖を弾き上げる。

 

 そこへ、フブキの狐火が走った。

 

 白い炎が杖を包む。

 

 シオンの紫の魔法陣が重なる。

 

 ぱきん、と音がした。

 

 制御杖が折れた。

 

 魔獣の魔導紋が乱れる。

 

 男の顔が恐怖に染まる。

 

「や、やめろ! 制御が――!」

 

 魔獣が暴走しかける。

 

 その瞬間、ラミィが両手を広げた。

 

「凍てついて」

 

 雪の結晶が、魔獣の足元から広がる。

 

 動きを止める。

 

 ルーナの魔法陣が重なる。

 

 みこの桜色の光が、その中心へ収束する。

 

「これで――」

 

 みこが杖を掲げる。

 

 八人の光が、一つに重なった。

 

「終わりにぇ!」

 

 閃光。

 

 魔獣の身体を覆っていた紫の魔導紋が砕け散る。

 

 巨体が崩れる。

 

 だが、爆発はしない。

 

 ラミィとルーナの結界が余波を抑え込み、かなたとマリンが瓦礫を受け止める。

 

 魔獣は、黒い煙のように消えていった。

 

 残されたのは、地面に倒れ込む男。

 

 折れた制御杖。

 

 そして、傷つきながらも守られた街。

 

 警備隊が駆けつける。

 

 救護班も来る。

 

 避難していた人々の中から、安堵の声が上がる。

 

 姉妹は、ラミィの結界の中で泣いていた。

 

 姉は妹の手を強く握ったまま、ユウトの方を見た。

 

「あ……ありがとう……!」

 

 ユウトは少しだけ笑った。

 

「無事でよかった」

 

 その瞬間、体の力が抜けた。

 

「ユウト!」

 

 フブキが支える。

 

 みこも駆け寄る。

 

「だから無茶しすぎにぇ!」

 

「すみません」

 

「謝る前に座る!」

 

「はい」

 

 ユウトは、近くの段差に座らされた。

 

 鉄パイプは手から離れ、地面に転がる。

 

 手のひらには擦り傷。

 

 肩には血が滲んでいる。

 

 頬にも小さな切り傷。

 

 服もぼろぼろ。

 

 致命傷はない。

 

 重傷でもない。

 

 だが、十分すぎるほど無茶をしていた。

 

 ラミィがすぐに治癒魔法をかける。

 

「動かないでください」

 

「はい」

 

「痛むところは?」

 

「少しだけです」

 

「ユウトくん」

 

 ラミィの声が低くなった。

 

「正直に」

 

「……肩と、手と、脇腹が少し」

 

「最初からそう言ってください」

 

「すみません」

 

 フブキが横から言う。

 

「謝罪が増えています」

 

「……はい」

 

 みこは、ユウトの前に立っていた。

 

 その表情は、怒っている。

 

 そして、泣きそうだった。

 

「ユウト」

 

「はい」

 

「また、ああやって一人で守ろうとしたにぇ」

 

「一人では」

 

「一人だったにぇ」

 

 ユウトは、言葉を失った。

 

 みこの声は震えていた。

 

「変身もしてない。ゼロノスでもない。鉄パイプ一本で、魔獣の前に立って」

 

「でも、あの子たちが」

 

「分かってるにぇ!」

 

 みこは叫んだ。

 

 その声に、ユウトは目を見開く。

 

「分かってる! ユウトがそうするって、みこたちは知ってる! 知ってるから、怖いんだにぇ!」

 

 周囲が静かになる。

 

 ホロウィッチの面々も、何も言わなかった。

 

 みこは、ぎゅっと拳を握る。

 

「また消えるんじゃないかって、怖いんだよ……」

 

 その言葉に、ユウトの胸が痛んだ。

 

 前世の記憶は完全にはない。

 

 だが、彼女たちが自分を失った痛みは、少しずつ知っている。

 

 そして今、自分はまた同じ不安を与えた。

 

「……ごめん」

 

 ユウトは、小さく言った。

 

「でも、助けたかったんです」

 

 みこは、俯いた。

 

「知ってるにぇ」

 

 フブキが静かに言う。

 

「それも含めて、後で説教です」

 

「フブキさん」

 

「説教です」

 

「はい」

 

 マリンが、少し離れたところで息を吐いた。

 

「まったく。本当に、放っておくとすぐ自分を盾にするんですから」

 

 かなたも頷く。

 

「でも、あの姉妹を守ったのは本当にすごいと思う」

 

「すごいのと無茶は別なのら」

 

 ルーナが言う。

 

「それはそうですね」

 

 シオンが腕を組む。

 

「というか、鉄パイプであそこまでやるのおかしくない?」

 

 クロヱがぼそっと言う。

 

「ユウト先輩だから、で済ませていいやつ?」

 

 フブキが、ユウトを見る。

 

「済ませません」

 

「……はい」

 

 ユウトは、また小さくなった。

 

     ◇

 

 警備隊が犯罪者を拘束する。

 

 救護班が周囲の人々を確認する。

 

 ホロウィッチたちは、それぞれ周囲の安全を確保していた。

 

 ユウトは、ラミィの治癒魔法を受けながら座っていた。

 

 痛みは少しずつ引いていく。

 

 だが、完全には消えない。

 

 それが、逆に今の自分がただの人間であることを思い出させた。

 

 変身していない。

 

 鎧もない。

 

 カードも使っていない。

 

 それでも身体は動いた。

 

 戦えた。

 

 守れた。

 

 だが、同時に傷ついた。

 

 それを忘れてはいけない。

 

「ユウトくん」

 

 ラミィが言う。

 

「今日はこの後、事務所でちゃんと検査です」

 

「でも」

 

「でも禁止です」

 

「……皆さん、それをよく言いますね」

 

「言わせているのはユウトくんです」

 

「はい」

 

 その通りだった。

 

 フブキが、地面に転がっていた鉄パイプを拾い上げる。

 

 曲がっていた。

 

 先端が潰れ、何度も触手を受けた跡がある。

 

 彼女はそれを見て、少しだけ目を細めた。

 

「これ一本で、よく持たせましたね」

 

「偶然近くにあったので」

 

「偶然で魔獣の触手を弾く人は少ないですよ」

 

「……そうですか」

 

「そうです」

 

 フブキは、鉄パイプを警備隊員へ渡した。

 

「証拠品になると思います」

 

「助かります」

 

 警備隊員が受け取る。

 

 ユウトはその様子を見て、ふと呟いた。

 

「……僕は、まだ変身しなくても戦えるんですね」

 

 その言葉に、みこたちが振り返った。

 

 ユウト自身も、言ってから少し驚いた。

 

 自分の口から出た言葉。

 

 変身しなくても。

 

 つまり、自分の中にはやはり変身するという選択肢がある。

 

 ゼロノスとして戦う身体の記憶。

 

 緑と黒のパスケース。

 

 ゼロライナー。

 

 それらは、ただの過去ではない。

 

 今も確かに自分の中にある。

 

 だが。

 

「でも」

 

 ユウトは、傷の残る手を見る。

 

「変身しないで守れるなら、それに越したことはないと思ったんです」

 

 フブキが、静かに息を吐いた。

 

「その考え方は、半分正しいです」

 

「半分?」

 

「はい」

 

 フブキは、ユウトを見る。

 

「もう半分は、誰かに頼ることを覚えてください」

 

 みこも頷く。

 

「みこたちがいるにぇ」

 

 かなたが拳を握る。

 

「一緒に守るよ」

 

 ルーナが胸を張る。

 

「姫たちもいるのら」

 

 マリンが微笑む。

 

「今度は、あなた一人の物語にしないでください」

 

 シオンは少し照れたように視線を逸らす。

 

「まあ、呼べば来るし」

 

 クロヱは気だるげに言った。

 

「ユウトくんがまた一人で無茶すると、みんな怖い顔するしね」

 

 ラミィは、治癒魔法を終えながら言う。

 

「だから、まずは連絡してください。呼んでください。頼ってください」

 

 ユウトは、八人を見た。

 

 魔法少女ホロウィッチ。

 

 画面の向こうではなく、今目の前で戦った彼女たち。

 

 守るために降り立った八つの光。

 

 自分が守ろうとした子どもたちを、今度は自分ごと守ってくれた人たち。

 

「……はい」

 

 ユウトは頷いた。

 

「次からは、ちゃんと頼ります」

 

「次から、ですね」

 

 フブキが確認する。

 

「はい」

 

「言質です」

 

「フブキさん」

 

「録音しておけばよかったですね」

 

「しないでください」

 

 少しだけ空気が緩んだ。

 

 みこも、ようやく小さく笑った。

 

「でも、今日はほんとにかっこよかったにぇ」

 

「え?」

 

「鉄パイプで魔獣から子どもを守るユウト、かっこよかった」

 

 ユウトは少しだけ目を伏せた。

 

「必死だっただけです」

 

「それがかっこいいんだにぇ」

 

 みこはそう言って、少しだけ照れたように笑った。

 

 ユウトは、何も言えなくなった。

 

     ◇

 

 その日の夕方。

 

 ホロライブのグループチャットは、また荒れた。

 

『白上フブキ:ユウトくん、魔獣事件に巻き込まれました。軽傷。現在事務所で検査中』

 

『大空スバル:は!?』

 

『大神ミオ:軽傷って本当?』

 

『雪花ラミィ:治療済みです。ただし無茶はしました』

 

『さくらみこ:鉄パイプ一本で子ども守ってたにぇ』

 

『宝鐘マリン:かっこよかったですが、心臓に悪いです』

 

『湊あくあ:ユウトさん!?』

 

『潤羽るしあ:どこ? 今どこ?』

 

『猫又おかゆ:ユウトくん、また大丈夫って言った?』

 

『白上フブキ:言いました』

 

『戌神ころね:だめ』

 

『大空スバル:説教だ説教!』

 

『ときのそら:無事ならよかった。でも、ちゃんと休ませてあげてね』

 

『星街すいせい:今から行く』

 

『夏色まつり:まつりも行く』

 

『大神ミオ:事務所に来る人は落ち着いて来て』

 

『桐生ココ:鉄パイプ一本ってマジかよ』

 

『獅白ぼたん:見たかった気もするけど、見たら怒ってたと思う』

 

『尾丸ポルカ:ユウトくん、ほんとそういうとこ!!!!』

 

 ユウトは、そのチャットを見ていなかった。

 

 彼はその頃、医務室で検査を受けていた。

 

 傷は浅い。

 

 骨にも異常はない。

 

 だが、全身に打撲と擦り傷。

 

 疲労。

 

 緊張の反動。

 

 ベッドに座らされ、ラミィとフブキとみこに見張られている。

 

「……あの」

 

 ユウトが小さく言う。

 

「もう大丈夫です」

 

 三人の視線が同時に鋭くなった。

 

「……大丈夫ではないです」

 

「よろしい」

 

 フブキが頷く。

 

 ユウトは、また一つ学んだ。

 

 この言葉は、当分禁止らしい。

 

     ◇

 

 夜。

 

 オルタナティブシティのニュースでは、魔獣を操った犯罪者がホロウィッチによって制圧されたことが報じられていた。

 

 逃げ遅れた姉妹を守った一般市民の少年については、名前は伏せられていた。

 

 だが、ホロライブ内部では誰のことか全員分かっている。

 

 そして、ユウトの学校関係者や青たちにも、いずれ何らかの形で伝わるだろう。

 

 夏休みの線路は、また一つ新しい方向へ分岐した。

 

 恋と日常と進路。

 

 そこに、再び戦いの気配が混じり始める。

 

 ユウトは、医務室のベッドで横になりながら、胸ポケットの懐中時計に触れた。

 

 チ、チ、チ、チ――。

 

 今日の音は、少しだけ重い。

 

 でも、確かに進んでいる。

 

 鉄パイプ一本で守ろうとした自分。

 

 八つの光に守られた自分。

 

 どちらも、今の桜井ユウトだった。

 

 次の停車駅は、説教部屋。

 

 行き先表示には、こう出ていた。

 

『鉄パイプ一本、ヒーロー未満』

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