hololive Lost Story   作:ダニエルズプラン

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第60話 説教チケット・行き先は星街家

 

 医務室という場所は、本来なら静かな場所である。

 

 消毒液の匂い。

 

 白いベッド。

 

 整然と並べられた医療器具。

 

 柔らかい魔導照明。

 

 怪我人や体調不良者を落ち着かせるために作られた、事務所の中でも特に静かな部屋。

 

 そのはずだった。

 

 だが、この日のホロライブ事務所医務室は違った。

 

 静かではあった。

 

 叫び声が響き続けていたわけではない。

 

 物が飛んだわけでもない。

 

 誰かが暴れたわけでもない。

 

 ただ。

 

 静かな怒りというものは、時に大声よりずっと怖い。

 

「ユウトくん」

 

「はい」

 

 白上フブキは、ベッドに座らされたユウトの前で、にこりともせずに言った。

 

「もう一度聞きますね」

 

「はい」

 

「魔獣が暴れていました」

 

「はい」

 

「逃げ遅れた子どもがいました」

 

「はい」

 

「そこで、ユウトくんは鉄パイプを拾いました」

 

「はい」

 

「連絡もしませんでした」

 

「……はい」

 

「それで、魔獣の触手を受け止め続けました」

 

「……はい」

 

 フブキは、そこで一度だけ深く息を吸った。

 

 声は荒げていない。

 

 むしろ、いつもより丁寧だった。

 

 だから怖かった。

 

「何か言うことは?」

 

「……すみませんでした」

 

「はい。よくできました」

 

 褒められているはずなのに、全く褒められている気がしない。

 

 ユウトは正座ではなく、ベッドに腰かけている。

 

 だが、気分としては完全に正座だった。

 

「あと」

 

「はい」

 

「大丈夫です、は禁止です」

 

「……はい」

 

「言いかけたら?」

 

「大丈夫ではないです、と言い直します」

 

「よろしい」

 

 フブキはようやく小さく頷いた。

 

 その横では、雪花ラミィが治療記録を確認しながら、静かに眉を下げていた。

 

「肩の打撲、手の擦過傷、頬の切創、脇腹の打撲。治癒魔法はかけましたけど、疲労と反動は残ります。今日は絶対安静です」

 

「はい」

 

「絶対、です」

 

「はい」

 

「絶対って、分かります?」

 

「動かない、余計なことをしない、誰かの手伝いをしようとしない、ですね」

 

「よく分かってるじゃないですか」

 

「最近、皆さんに言われるので……」

 

「言わせてるのはユウトくんです」

 

「はい……」

 

 ラミィは怒鳴らない。

 

 だが、治療した本人だからこそ、ユウトがどれくらい傷を軽く見ていたのか分かっていた。

 

 そのため、柔らかい声の奥に、明確な怒りがあった。

 

「ラミィさん」

 

「はい」

 

「治療、ありがとうございました」

 

 ユウトがそう言うと、ラミィは一瞬言葉に詰まった。

 

 それから、少しだけ顔を赤くして視線を逸らす。

 

「……そういうところです」

 

「え?」

 

「そういうところが、怒りにくくするんです」

 

「すみません」

 

「謝罪が増えました」

 

「……はい」

 

 扉が開いた。

 

 次に入ってきたのは、さくらみこだった。

 

 ホロウィッチとしての衣装ではなく、普段の姿に戻っている。

 

 だが、その目は赤い。

 

 泣いた後なのは、見れば分かった。

 

「ユウト」

 

「みこさん」

 

「みこは怒ってるにぇ」

 

「はい」

 

「すっごく怒ってるにぇ」

 

「……はい」

 

 みこはベッドの横まで来ると、両手をぎゅっと握った。

 

「でも、それ以上に怖かった」

 

 ユウトは、何も言えなかった。

 

 みこは怒っている。

 

 でも、怒りの奥にあるのは恐怖だった。

 

 また消えるかもしれない。

 

 また目の前からいなくなるかもしれない。

 

 前世を完全には覚えていないユウトでも、それがどれほど重い恐怖なのか、もう知らないとは言えなかった。

 

「ごめん」

 

 ユウトは、丁寧語ではなく、ぽつりと謝った。

 

 みこの顔が少し歪む。

 

「……謝ってほしいわけじゃないにぇ」

 

「うん」

 

「でも、謝らないのも違うにぇ」

 

「うん」

 

「だから、謝って。で、次から頼って」

 

「……次からは、ちゃんと頼ります」

 

 みこは、じっとユウトを見た。

 

「本当に?」

 

「本当に」

 

「子どもが危ない時でも?」

 

 ユウトは一瞬だけ黙った。

 

 みこの眉がぴくりと動く。

 

「ユウト?」

 

「……助けには行くと思います」

 

「にぇええええ!?」

 

「でも、一人では行きません。連絡します。呼んで、自分だけで決めないようにします」

 

 みこは、何かを言おうとして、やめた。

 

 それから、深く深く息を吐く。

 

「そこまで言えたなら、今日は許さないけど聞いてあげるにぇ」

 

「許さないんですね」

 

「許さないにぇ」

 

「はい」

 

 みこはベッドの端に座り、ユウトの手をそっと握った。

 

 怪我をしていない方の手だった。

 

「でも、無事でよかった」

 

「……はい」

 

「ほんとに、よかった」

 

 その声が震えていたから、ユウトは何も返せなかった。

 

     ◇

 

 怒られる。

 

 また怒られる。

 

 そしてさらに怒られる。

 

 その日のユウトは、ホロライブ事務所医務室で、人生でもなかなか経験しない密度の説教を受けることになった。

 

 まず、ホロウィッチ組。

 

 宝鐘マリンは、腕を組んで医務室へ入ってくるなり、戦闘中のユウトの行動をまるで実況解説のように並べた。

 

「まず、鉄パイプを拾う判断は百歩譲って分かります。子どもたちを守るためですからね。しかし、その後です! 敵が明確に子どもたちへ狙いを絞った段階で、あなたは警備隊の誘導ラインへ寄せつつ時間稼ぎをするべきでした! なのに真正面! 真正面ですよ!? 熱血主人公ですか!? いえ、熱血主人公でも最近はもう少し仲間を呼びます!」

 

「すみません」

 

「そして何より問題なのは、あなたが自分を盾として計算に入れている点です! 盾は消耗品じゃありません! あなたは人間! しかもマリンたちにとっては超重要人物!」

 

「はい」

 

「分かってますか!?」

 

「分かってきました」

 

「現在進行形!」

 

 マリンは頭を抱えた。

 

 紫咲シオンは、マリンほど捲し立てなかった。

 

 ただ、じとっとした目でユウトを見た。

 

「普通におかしいから」

 

「はい」

 

「鉄パイプで魔獣止める高校生なんて、普通おかしいから」

 

「……はい」

 

「あと、助けようとするのは別にいいけど、自分の耐久力を過信しすぎ。ゲームでもタンク役が回復役に連絡しないで突っ込んだら怒られるでしょ」

 

「分かりやすいです」

 

「でしょ。だから怒られて」

 

「はい」

 

 沙花叉クロヱは、医務室に入ってくるなり、何も言わずにユウトの顔をじっと見た。

 

 その無言が長い。

 

 ユウトが耐えきれずに口を開こうとすると、クロヱは先に言った。

 

「ユウトくんさ」

 

「はい」

 

「ちゃんと帰ってくるって、そんなに難しい?」

 

 その言葉は、静かだった。

 

 責めるというより、確認するような声だった。

 

 だが、ユウトの胸には刺さった。

 

「……難しくしないようにします」

 

「うん。そうして」

 

 クロヱはそれだけ言うと、ユウトの包帯の巻かれた手を軽くつついた。

 

「怪我してるの、ほんと~に似合わないから」

 

「そうですか?」

 

「似合わない。あと、見ててむかつく」

 

「すみません」

 

「謝られるのもむかつく」

 

「……どうすれば」

 

「治って。休んで。頼って」

 

「はい」

 

「よし」

 

 天音かなたは、拳を握って入ってきた。

 

「ユウト!」

 

「はい」

 

「子どもを守ったのは、本当にすごいと思う!」

 

「ありがとうございます」

 

「でも!」

 

「はい」

 

「無茶!」

 

「はい」

 

「すごいけど無茶!」

 

「はい」

 

「かっこいいけど無茶!」

 

「はい」

 

「だから、次は一緒に守る!」

 

「……はい」

 

「返事!」

 

「次は、一緒に守ります」

 

「よし!」

 

 姫森ルーナは、ぷくっと頬を膨らませていた。

 

「ユウト、めっ、なのら」

 

「はい」

 

「姫が守るって言ってるのに、一人で前に出たらだめなのら」

 

「はい」

 

「姫の結界、ちゃんと強いのら」

 

「見ていました。すごかったです」

 

「んなっ」

 

 ルーナは一瞬で頬を赤くした。

 

 それでもすぐに咳払いをして、もう一度頬を膨らませる。

 

「ほ、褒めてもだめなのら。今日はめっ、なのら」

 

「はい。すみません」

 

「でも、あの姉妹を守ったのは、えらいのら」

 

「ありがとうございます」

 

「だから、次はちゃんと姫を呼ぶのら」

 

「分かりました」

 

 怒られているのか褒められているのか分からなくなってきた。

 

 ただ、どの言葉にも共通しているものがある。

 

 心配。

 

 恐怖。

 

 そして、ユウトを失いたくないという想い。

 

 それを、ユウトはもう知らないふりができなかった。

 

     ◇

 

 説教は、ホロウィッチ組だけでは終わらなかった。

 

 廊下の向こうから、慌ただしい足音が聞こえた。

 

「ユウト!」

 

 扉が勢いよく開く。

 

 入ってきたのは、大空スバルだった。

 

 その後ろに大神ミオ。

 

 さらに少し遅れて、星街すいせい、夏色まつり、湊あくあ、潤羽るしあ。

 

 医務室の人口密度が一気に上がる。

 

「スバルさん」

 

「スバルさんじゃないんだわ!」

 

 スバルはユウトの前まで来ると、勢いよく指を突きつけた。

 

「お前! なんで! また! そんな! 無茶を!」

 

「すみません」

 

「謝ったな!? よし! でもまだ怒る!」

 

「はい」

 

「鉄パイプ一本って何!? 漫画!? 映画!? 通りすがりのヒーローか!?」

 

「通りすがりとは言いました」

 

「言ったの!? そこ拾うな!」

 

 スバルは頭を抱えた。

 

 ミオが横からそっとユウトの肩に触れる。

 

 傷のない方だ。

 

「ユウト」

 

「はい」

 

「ちゃんと痛いところ、言った?」

 

「言いました」

 

「全部?」

 

「……多分」

 

「多分じゃなくて、全部」

 

「肩と手と脇腹と頬です」

 

「他には?」

 

「少し、足をぶつけました」

 

「ラミィちゃん」

 

「記録に追加します」

 

「ユウト」

 

「はい」

 

「隠したね?」

 

「……軽いと思ったので」

 

 ミオの目が細くなった。

 

「軽いと思うかどうかを決めるのは、本人だけじゃありません」

 

「はい」

 

「特にユウトの場合は」

 

「はい」

 

「自分の怪我に対する評価が信用できません」

 

「……はい」

 

 正論だった。

 

 何も言い返せない。

 

 すいせいは、少し離れたところで黙っていた。

 

 いつものように強気に割り込んでこない。

 

 ただ、ユウトの顔を見ている。

 

 その視線に気づいたユウトは、小さく呼んだ。

 

「すいちゃん」

 

 すいせいの目が揺れた。

 

 そして、ゆっくり近づいてくる。

 

「……ほんとに、無事?」

 

「はい」

 

 フブキが横から軽く咳払いした。

 

 ユウトはすぐに言い直す。

 

「大丈夫ではないです。でも、命に関わる怪我ではありません」

 

「……そっか」

 

 すいせいは、ユウトの前に立った。

 

 それから、包帯の巻かれていない方の手を取る。

 

 指先が少し冷たかった。

 

「怖かった」

 

「……ごめん」

 

「怒ってる」

 

「うん」

 

「でも今、怒るより先に、顔見たかった」

 

 ユウトは、返す言葉を探した。

 

 だが、すいせいはそれを待たずに、そっと額をユウトの肩へ預けた。

 

 傷のない方へ。

 

「忘れちゃだめって言ったでしょ」

 

「うん」

 

「忘れるなっていうのは、すいちゃんのキスだけじゃないから」

 

 ユウトの顔が一瞬で赤くなった。

 

 周囲の空気が変わる。

 

 まつりの目が鋭くなり、るしあの周囲に黒い何かが滲み、スバルが「おい今なんて言った!?」という顔になる。

 

 すいせいは構わず続けた。

 

「すいちゃんが怖がることも、心配することも、ちゃんと覚えて」

 

「……うん」

 

「よし」

 

 すいせいはそれだけ言うと、少しだけ離れた。

 

 耳が赤かった。

 

 まつりがすぐに前へ出る。

 

「ユウトくん」

 

「はい」

 

「まつりも怒ってるよ」

 

「はい」

 

「まつりのこと意識してもいいよって言ったけど、怪我していいとは言ってないよ」

 

「……はい」

 

「意識するなら、ちゃんと元気なユウトくんでいて」

 

「はい」

 

「じゃないと、まつり、笑えないから」

 

 いつもの明るい声。

 

 けれど、最後だけ少し震えていた。

 

 ユウトはそれに気づいて、頭を下げた。

 

「心配かけて、ごめん」

 

「うん。心配した」

 

 まつりはそう言って、ユウトの髪をそっと撫でた。

 

 その横で、あくあは何度も何度も口を開きかけては閉じていた。

 

「……あくあさん」

 

「ユウトさん」

 

「はい」

 

「あ、あの」

 

「はい」

 

「け、怪我……痛い、ですか?」

 

「少し。でも治療してもらいました」

 

「そ、そう、ですか」

 

 あくあは、ユウトの袖をきゅっと握った。

 

 いつものように控えめだ。

 

 だが、その手は震えていた。

 

「無事で、よかったです」

 

「……はい」

 

「でも、次は、呼んでください」

 

「はい」

 

「あくあでも、何か、できるかもしれないから」

 

「……ありがとうございます」

 

 あくあはそれだけで真っ赤になり、袖を握ったまま俯いた。

 

 その背後。

 

 るしあは黙っていた。

 

 黙っているのが一番怖かった。

 

「るしあさん」

 

 ユウトが呼ぶと、るしあはゆっくり顔を上げた。

 

 目が潤んでいる。

 

 けれど、その奥には強烈な感情が渦巻いていた。

 

「ユウト」

 

「はい」

 

「誰がやったの」

 

「え?」

 

「ユウトを傷つけた人」

 

「警備隊に捕まりました」

 

「そっか」

 

 るしあは静かに頷いた。

 

 あまりにも静かだった。

 

 ミオがそっとるしあの肩に手を置く。

 

「るしあ」

 

「分かってる。行かない。壊さない」

 

「うん」

 

「でも」

 

 るしあはユウトを見た。

 

「ユウトがまたいなくなるかと思った」

 

「……ごめん」

 

「謝っても、怖かったのは消えない」

 

「うん」

 

「だから、ちゃんとそばにいて」

 

「……はい」

 

「勝手に遠くに行かないで」

 

「はい」

 

 るしあは、それ以上は言わなかった。

 

 ただ、ユウトの手を包むように握った。

 

 強く、けれど痛くない力だった。

 

     ◇

 

 説教の波は、その後も続いた。

 

 ときのそらは、静かに怒った。

 

「ユウトくん」

 

「はい」

 

「私は、助けようとしたユウトくんを否定したくないです」

 

「はい」

 

「でも、自分を大切にしない助け方は、見ている人を悲しませます」

 

「……はい」

 

「だから、次は自分も助ける方法を選んでください」

 

「はい」

 

「約束です」

 

「約束します」

 

 ロボ子さんは、端末でユウトの状態データを確認しながら怒った。

 

「生体反応、疲労値、魔力反応、ぜんぶ見たけどさ」

 

「はい」

 

「ユウトくん、これで『少し』って言うのバグだよ」

 

「バグ」

 

「バグ。修正パッチ必要」

 

「どうやって」

 

「休む。食べる。寝る。頼る」

 

「最近よく聞く三点セットですね」

 

「必修科目だよ」

 

 AZKiは、声を荒げなかった。

 

 ただ、ユウトの隣に座って言った。

 

「道が続いていることって、当たり前じゃないんだよ」

 

「はい」

 

「ユウトくんと一緒に歩く道を、私たちはもう一度見つけた。だから、その道を自分で削らないで」

 

「……はい」

 

「ちゃんと一緒に歩こう」

 

「はい」

 

 猫又おかゆは、いつもの柔らかい声で言った。

 

「ユウトくん、また大丈夫って言ったんだって?」

 

「言いました」

 

「だめだねぇ」

 

「はい」

 

「じゃあ罰として、しばらくみんなに甘やかされようね」

 

「それは罰なんですか?」

 

「ユウトくんにとっては罰じゃない?」

 

「……否定しきれないです」

 

「うん。いい子」

 

 戌神ころねは、にこにこしながらユウトの手を見た。

 

「ケガした手、ころねに預けて?」

 

「え?」

 

「逃げないように」

 

「逃げません」

 

「ユウトくんの逃げません、どれくらい信用できる?」

 

「……低いです」

 

「自覚ある。えらい」

 

 百鬼あやめは、むっとした顔で頬を膨らませた。

 

「ユウト、無茶しすぎ」

 

「はい」

 

「余も怒っている余」

 

「はい」

 

「でも、子どもを守ったのは、すごいと思う」

 

「ありがとうございます」

 

「だから、次は怪我しないように守るのだ」

 

「難しいですね」

 

「難しくてもやるのだ」

 

「はい」

 

 癒月ちょこは、医務室の先生としての顔で叱った。

 

「自己判断で痛みを軽視しない。治療後も安静。水分補給。睡眠。分かりましたか?」

 

「はい」

 

「あと、精神的なケアも必要です」

 

「僕のですか?」

 

「周囲のです」

 

「……はい」

 

「あなたが怪我をすると、周囲の心臓に悪いんです」

 

「はい……」

 

 桐生ココは、医務室に入ってくるなり言った。

 

「鉄パイプ一本はロックすぎるけどな」

 

「はい」

 

「でも、ロックと無茶は別物だぞ」

 

「はい」

 

「お前が帰ってこないライブなんざ、誰も見たくねぇんだわ」

 

「……はい」

 

 全員が、違う言葉で同じことを言っていた。

 

 生きて帰ってこい。

 

 頼れ。

 

 一人で抱えるな。

 

 大丈夫と言うな。

 

 自分を軽く見るな。

 

 ユウトは、それを一つずつ受け取っていった。

 

 痛い説教だった。

 

 けれど、不思議と嫌ではなかった。

 

 苦しい。

 

 申し訳ない。

 

 でも、温かい。

 

 怒られるということは、そこに自分の居場所があるということだった。

 

 前世の記憶は戻っていない。

 

 けれど、今のユウトはもう知っている。

 

 彼女たちは、本気で自分のことを案じてくれている。

 

 だから怒る。

 

 だから泣く。

 

 だから、こんなにも騒がしく医務室へ押しかけてくる。

 

 その事実が、ユウトの胸をじわりと満たしていた。

 

     ◇

 

 そして。

 

 説教が一通り終わったと思われた頃。

 

 医務室の扉が、静かにノックされた。

 

「失礼します」

 

 入ってきたのは、YAGOOだった。

 

 その後ろにはAちゃんと春先のどかもいる。

 

 医務室にいたタレントたちが、少しだけ姿勢を正した。

 

「YAGOOさん」

 

 ユウトもベッドから立ち上がろうとした。

 

 瞬間、全員の視線が刺さる。

 

 ユウトはそっと座り直した。

 

「……座ったままで失礼します」

 

「はい。そのままでお願いします」

 

 YAGOOは穏やかに頷いた。

 

 だが、その目は真剣だった。

 

「桜井さん」

 

「はい」

 

「まず、子どもたちを守ってくれて、ありがとうございます」

 

「……いえ」

 

「あなたの行動で救われた命があります。それは間違いありません」

 

 ユウトは、少しだけ肩の力を抜いた。

 

 だが、YAGOOの言葉はそこで終わらなかった。

 

「ですが」

 

「はい」

 

「同時に、あなたの行動は、あなた自身を危険に晒しました」

 

「はい」

 

「そして、あなたが危険に晒されることで、ここにいるタレントやスタッフたちにも大きな不安と恐怖を与えました」

 

「……はい」

 

 Aちゃんがタブレットを操作しながら言った。

 

「事件直後から、社内連絡網、タレントグループチャット、スタッフ緊急共有、全部すごいことになってます」

 

「すみません」

 

「謝罪は受け取ります。でも、再発防止策が必要です」

 

 のどかも頷く。

 

「ユウトさんは、もう単なる部外者でも、単なる高校生でもありません。少なくとも、ホロライブに関わる多くの人にとって、大切な存在です」

 

 その言葉に、ユウトは目を伏せた。

 

 大切な存在。

 

 何度言われても、まだ少し慣れない。

 

 YAGOOは、そんなユウトを見て、静かに言った。

 

「そこで、今回の件について、桜井さんに処分を言い渡します」

 

「処分、ですか」

 

 医務室の空気が、ぴんと張った。

 

 スバルが「処分!?」と声を上げかけ、ミオに肩を押さえられる。

 

 フブキも目を細めた。

 

 すいせいは黙ってユウトを見ている。

 

 ユウトは、背筋を伸ばした。

 

「分かりました」

 

「桜井さん」

 

「はい」

 

「あなたには、八日間の謹慎処分を命じます」

 

「……謹慎」

 

 ユウトはその言葉を受け止めた。

 

 謹慎。

 

 つまり、外出制限。

 

 自宅で安静。

 

 ホロライブ事務所への出入りも一時停止。

 

 それなら仕方ない。

 

 今回ばかりは、自分でも納得できる。

 

「分かりました。自宅で安静に――」

 

「いえ」

 

「え?」

 

 YAGOOは、穏やかな顔のまま言った。

 

「自宅ではありません」

 

 ユウトは瞬きをした。

 

「……では、学校の寮などですか?」

 

「違います」

 

「病院ですか?」

 

「治療上の入院は必要ありません」

 

「では」

 

 YAGOOは、そこで一度周囲のタレントたちを見た。

 

 そして、まるで会議で重要方針を発表するように、はっきりと言った。

 

「この八日間、桜井さんには、タレントたちの自宅で過ごしていただきます」

 

 沈黙。

 

 医務室が、完全に静止した。

 

 ユウトも固まった。

 

 フブキの尻尾が止まった。

 

 みこの口が半開きになった。

 

 スバルが目を見開いた。

 

 マリンが「え?」という顔で固まった。

 

 すいせいの目だけが、一瞬で鋭くなった。

 

 次の瞬間。

 

「えええええええええええええええええええええええ!?」

 

 医務室どころか、廊下まで響く声が上がった。

 

 ユウトは思わず耳を押さえた。

 

「た、タレントさんの自宅って、YAGOOさん!?」

 

「はい」

 

「それは、あの、謹慎処分というより……」

 

「健康観察です」

 

 YAGOOは真顔だった。

 

「また、桜井さんには、自分がどれほどタレントやスタッフたちから想われているのかを、改めて知っていただく必要があります」

 

「それは処分なんですか?」

 

「処分です」

 

「本当に?」

 

「はい」

 

 Aちゃんが淡々と補足する。

 

「もちろん、ルールは設けます。外出は原則禁止。危険行為禁止。家事を率先してやろうとするのも禁止。毎日健康状態を共有。非常時は即連絡。以上です」

 

「かなり具体的ですね」

 

「さっき決まりました」

 

「さっき」

 

 のどかが微笑む。

 

「ユウトさんは、自宅に一人でいると、たぶん休むより何かしようとしますよね?」

 

「……否定しきれません」

 

「なので、見張りが必要です」

 

「見張り」

 

「見守りです」

 

「言い直しましたね」

 

「見守りです」

 

 医務室のタレントたちが、じわじわと状況を理解し始めた。

 

 八日間。

 

 ユウトが。

 

 タレントの家で。

 

 過ごす。

 

 謹慎処分。

 

 健康観察。

 

 お泊まり。

 

「……つまり」

 

 マリンが眼鏡もかけていないのに眼鏡を押し上げるような仕草をした。

 

「これは公式イベントということですね?」

 

「違います」

 

 Aちゃんが即答した。

 

「では、攻略イベント」

 

「違います」

 

「看病イベント」

 

「それは少し近いですが、言い方」

 

 すいせいが一歩前に出た。

 

「八日間って、どう割るんですか?」

 

 早い。

 

 あまりにも判断が早い。

 

 フブキもすぐに反応した。

 

「確かに重要ですね。八日間。単独で一日ずつなら八枠。二人組なら四枠。二泊三日にすると、移動日込みでかなり枠が限られます」

 

 スバルが叫ぶ。

 

「待て待て待て! もう割り振りの話!?」

 

「スバル、こういうのは初動が大事だよ」

 

 おかゆがいつの間にか入口付近に立っていた。

 

 ころねもいる。

 

「お泊まり券?」

 

「券ではありません」

 

 Aちゃんが訂正する。

 

 しかし、誰も聞いていない。

 

「八日間……八日間か……!」

 

 まつりが真剣な顔で指を折る。

 

「一人一日でも足りないよ!?」

 

「全然足りませんね」

 

 ミオがため息をつく。

 

「そもそも全員は無理だよ」

 

「だから代表制か、ユニット制か、家が近い人の合同か……」

 

 マリンが何かの戦略会議のように呟く。

 

 シオンが腕を組んだ。

 

「ジャンケンでよくない?」

 

 全員が、ぴたりと止まった。

 

 そして。

 

 見た。

 

 シオンを。

 

「え、何」

 

 シオンが少し引く。

 

「いや、今すごくシンプルで強い案が出たにぇ」

 

 みこが言った。

 

「ジャンケン……」

 

 フブキが呟く。

 

「公平性はありますね」

 

「ありますね、じゃないんだわ!」

 

 スバルが叫ぶ。

 

 だが、もう遅かった。

 

 この場において、「公平な決定方法」という言葉は強すぎた。

 

 特に、淑女協定が半ば崩壊し、互いの抜け駆けを疑い合っている今。

 

 ジャンケン。

 

 それは、古来より受け継がれし、最も単純で、最も残酷な決闘方式。

 

 運。

 

 読み。

 

 勢い。

 

 そして、執念。

 

 全員の目に、火がついた。

 

「待ってください」

 

 ユウトが恐る恐る手を挙げる。

 

「僕の謹慎先をジャンケンで決めるんですか?」

 

「そうだよ」

 

 おかゆがにこにこ答えた。

 

「そうだよ、なんですね」

 

「ユウトくんは謹慎する側だから、決定権はちょっと少なめだねぇ」

 

「それはそうかもしれませんが」

 

「大丈夫。怖くないよ」

 

「その大丈夫は信用していいんですか」

 

「だめかも」

 

「だめなんですね」

 

 Aちゃんがタブレットを掲げた。

 

「一応、こちらで最低限のルールを設定します。無理な連泊は禁止。ユウトさんの体調を最優先。食事、睡眠、休養の記録を共有。あと、ユウトさんに家事をさせた組は減点です」

 

「減点!?」

 

 何人かが声を上げた。

 

「減点方式なの!?」

 

「当然です」

 

 のどかがにこやかに言う。

 

「謹慎処分ですから」

 

「お泊まり会じゃないんですか!?」

 

 ねねが廊下の向こうから叫んだ。

 

「謹慎処分です」

 

 Aちゃんとのどかが同時に答えた。

 

 だが、タレントたちの目はもう完全にお泊まり会の目だった。

 

     ◇

 

 大会議室が、急遽使用されることになった。

 

 理由。

 

 医務室では人数が入りきらないから。

 

 ユウトは移動禁止のため、車椅子に乗せられた。

 

「歩けます」

 

「歩けるかどうかではありません」

 

 ラミィに即座に封じられた。

 

「でも、車椅子は大げさでは」

 

「大げさに休ませないと休まないからです」

 

「はい」

 

 ユウトは大人しく車椅子に座った。

 

 押しているのはミオ。

 

 横にフブキ。

 

 後ろにスバル。

 

 前にはみこ。

 

 周囲はほぼ護送だった。

 

「僕は何か悪いことをした犯罪者みたいですね」

 

「自分の体を雑に扱った罪」

 

 スバルが言った。

 

「重罪だにぇ」

 

 みこが頷く。

 

「執行猶予なしです」

 

 フブキが言う。

 

「謹慎処分です」

 

 ミオが締めた。

 

「……はい」

 

 大会議室に着くと、そこには既に多くのタレントたちが集まっていた。

 

 情報が回るのが早すぎる。

 

 いや、ホロライブ内でユウトに関する情報が遅く回ったことなど、最近ほぼない。

 

 長机が端に寄せられ、中央には広いスペースが作られている。

 

 まるで武道場。

 

 あるいは決闘場。

 

 ホワイトボードには、Aちゃんの字でこう書かれていた。

 

『桜井ユウト謹慎処分・健康観察担当決定会議』

 

 その下に、小さく。

 

『※ジャンケン大会ではありません』

 

 さらにその下に、誰かが勝手に書き足していた。

 

『実質ジャンケン大会』

 

 Aちゃんがそれを見て、静かに消した。

 

 すると、数秒後に別の誰かが書き直した。

 

『合法お泊まり争奪戦』

 

 Aちゃんは無言で消した。

 

 ユウトは見なかったことにした。

 

「では、ルールを説明します」

 

 Aちゃんが前に立つ。

 

「期間は八日間。ユウトさんは外出制限。各担当者はユウトさんを休ませること。配信に映すことは禁止。危険現場へ連れ出すこと禁止。家事をさせること禁止。無理に恋愛イベントを発生させようとすること禁止」

 

「無理に、なら自然発生は?」

 

 マリンが手を挙げた。

 

「宝鐘さん」

 

「はい」

 

「禁止寄りです」

 

「寄り」

 

「禁止です」

 

「はい」

 

 すいせいが小さく舌打ちした。

 

「すいちゃん?」

 

 そらが優しく呼ぶ。

 

「してない」

 

「まだ何も言ってないよ」

 

「してない」

 

 ユウトは聞こえないふりをした。

 

 Aちゃんは続ける。

 

「八日間をどう分けるかですが、二泊三日単位にすると、多くても四組程度しか担当できません」

 

「少ない!」

 

「少なすぎる!」

 

「戦争だろこれ!」

 

「戦争ではありません」

 

 Aちゃんが訂正する。

 

「一泊二日単位にしても、移動や体調管理の問題があります。なので、基本はグループ単位での担当を推奨します」

 

「グループ単位……!」

 

 空気が変わった。

 

 0期生。

 

 1期生。

 

 ゲーマーズ。

 

 2期生。

 

 3期生。

 

 4期生。

 

 5期生。

 

 holoX。

 

 各々が、自分たちの組を見た。

 

 グループ単位なら可能性がある。

 

 だが、それでも全員は無理だ。

 

 八日間。

 

 あまりにも短い。

 

 ユウトは、車椅子に座ったままその光景を見ていた。

 

「……僕、謹慎ですよね?」

 

 隣にいたミオが頷く。

 

「謹慎だよ」

 

「皆さん、楽しそうに見えるんですが」

 

「心配してるんだよ」

 

「心配の形がジャンケン大会なんですか?」

 

「ホロライブだからね」

 

「すごい理由ですね」

 

 大会議室の中央では、既に代表者たちが集まり始めていた。

 

 フブキが静かに手を開閉している。

 

 すいせいは表情を読ませない。

 

 まつりは明らかに燃えている。

 

 スバルは「ジャンケンなら負けねぇ!」と叫んでいる。

 

 マリンは相手の癖を読み始めている。

 

 るしあは両手を胸の前で組み、何やら祈っている。

 

 あくあは震えているが、目だけは真剣だった。

 

 ころねは笑っている。

 

 笑っているのが怖い。

 

 おかゆは、そのころねの隣でのんびりしている。

 

 ぼたんは全体を見て、何かを計算している。

 

 ポルカは「ここで勝つのが座長でしょ!」と自分に言い聞かせている。

 

 ラミィは「健康管理なら私が一番では?」と真顔で言っている。

 

 ねねは「ねねも看病できる!」と主張している。

 

 カオスだった。

 

 とても謹慎処分の決定会議には見えない。

 

 そんな中。

 

 すいせいが、ふと視線を動かした。

 

 大会議室の中央。

 

 白熱し始めたジャンケン大会の輪。

 

 その外側。

 

 車椅子に座るユウト。

 

 その近くに、そら、ロボ子さん、AZKi、みこがいる。

 

 0期生。

 

 すいせいの目が、少しだけ細くなった。

 

「……ねえ」

 

 すいせいは小さく声をかけた。

 

 そらが振り向く。

 

「どうしたの?」

 

「ちょっと、こっち」

 

 すいせいは、中央の輪から一歩退いた。

 

 みこが首を傾げる。

 

「すいちゃん? ジャンケン始まるにぇ?」

 

「始まる前に、確認したいことがある」

 

 ロボ子さんが目を瞬かせた。

 

「なに?」

 

「抜け道」

 

 AZKiが静かに笑った。

 

「すいせいらしいね」

 

「人聞き悪くない?」

 

「悪くないよ。たぶん正しい」

 

 0期生の五人は、さりげなく輪から抜けた。

 

 あまりにも自然だった。

 

 中央では、フブキとマリンがジャンケンのルール解釈について話している。

 

 スバルが「最初はグーはありか!?」と真剣に確認している。

 

 ころねが「指はちゃんと五本使う?」と不穏なことを聞いている。

 

 Aちゃんが「普通のジャンケンです」と訂正している。

 

 誰も、0期生が抜けたことに気づいていない。

 

 いや。

 

 ぼたんだけは気づいていた。

 

 気づいていたが、何も言わずに少しだけ笑った。

 

「動いたね」

 

 小さく呟く。

 

 だが、止めない。

 

 面白いから。

 

     ◇

 

 ユウトは、車椅子に座ったまま、大会議室中央の異様な熱気を眺めていた。

 

「……これ、止めた方がいいんでしょうか」

 

 隣にいたのどかが微笑む。

 

「止まりますかね?」

 

「止まらない気がします」

 

「では、見守りましょう」

 

「見守り」

 

 その時。

 

 すいせいが目の前に来た。

 

 隣には、そら、ロボ子さん、みこ、AZKi。

 

 0期生が揃っている。

 

「ユウト」

 

「すいちゃん?」

 

 すいせいは、少しだけ真剣な顔をしていた。

 

「今日の夜、じゃなくて、謹慎の一組目」

 

「はい」

 

「すいちゃんの家に来ない?」

 

 ユウトは固まった。

 

 近くにいたのどかの笑顔も、少しだけ固まった。

 

「……すいちゃんの家、ですか?」

 

「うん」

 

「それは、あの」

 

「0期生でお泊まり会をすることになってる」

 

「今、なってると言いました?」

 

「なってる」

 

 そらがにこりと笑う。

 

「せっかくだから、ユウトくんにも来てほしいなって」

 

「そらさんまで」

 

 ロボ子さんが端末を見せる。

 

「一応、健康観察リスト作れるよ。体温、睡眠、食事、疲労値。ボクが記録係」

 

「ロボ子さん」

 

 AZKiも穏やかに言う。

 

「騒がしくなりすぎないようにするね。歌は……小さめにする」

 

「歌うんですか?」

 

「お泊まり会だから」

 

「謹慎ですよね?」

 

「謹慎お泊まり会」

 

「混ざりましたね」

 

 みこが胸を張る。

 

「みこたち0期生なら安心にぇ」

 

「安心の基準が分からなくなってきました」

 

「大丈夫、みこが見張るにぇ」

 

「みこさんが?」

 

「何か文句あるにぇ?」

 

「いえ」

 

 すいせいは、そこで少しだけ声を落とした。

 

「姉街もさ」

 

「はい」

 

「ユウトに会ってみたいって言ってる」

 

 ユウトは瞬きをした。

 

「姉街さんが?」

 

「うん。話はしてある。前から、すいちゃんが最近よく話すユウトってどんな子なのか、気になってるって」

 

「……それは」

 

 急に、別の緊張が湧いてきた。

 

 タレントの家に行く。

 

 しかも、すいせいの家。

 

 姉街に会う。

 

 それは、ただのお泊まり会や健康観察とは少し違う重さがあった。

 

 いや、違う方向で重い。

 

「迷惑ではないんですか?」

 

「迷惑なら誘わない」

 

「でも、僕は謹慎中で」

 

「だから来て。ちゃんと休ませる」

 

「すいちゃんが?」

 

「何その疑い」

 

「いえ」

 

 すいせいは少しだけ頬を膨らませた。

 

 それから、視線を逸らしながら言う。

 

「……心配だったから。自分の目が届くところで、ちゃんと休んでるのを見たい」

 

 その言葉は、静かだった。

 

 大会議室の中央では、ジャンケン大会の準備で大騒ぎしている。

 

 だが、ユウトの周囲だけ、少し空気が柔らかくなった。

 

「すいちゃん」

 

「何」

 

「心配かけて、ごめん」

 

「それはもう聞いた」

 

「うん」

 

「だから、返事」

 

 すいせいは、まっすぐユウトを見た。

 

「来る?」

 

 ユウトは、0期生を見た。

 

 そらは優しく頷いている。

 

 ロボ子さんは楽しそうに端末を構えている。

 

 みこは期待を隠しきれていない。

 

 AZKiは静かに微笑んでいる。

 

 そして、すいせい。

 

 怖かったと言ってくれた人。

 

 忘れないでと言った人。

 

 今、近くで休んでほしいと願ってくれている人。

 

 ユウトは、ゆっくり頷いた。

 

「分かりました」

 

 すいせいの目が少しだけ明るくなる。

 

「本当?」

 

「はい。ご迷惑でなければ、行かせてください」

 

「迷惑じゃない」

 

 即答だった。

 

 そらが嬉しそうに手を合わせる。

 

「じゃあ、一組目は0期生だね」

 

「え」

 

 ユウトが反応するより早く、のどかがタブレットに何かを入力した。

 

「確認します。場所は星街さん宅。参加は0期生。姉街さん在宅。健康観察担当はロボ子さん、食事・休養確認は全員で分担。ユウトさんの家事は禁止。夜更かしも禁止」

 

「のどかさん?」

 

「条件を満たしているので、問題ありません」

 

「問題ないんですか?」

 

「YAGOOさんに確認します」

 

 のどかが視線を送る。

 

 少し離れた場所でAちゃんと話していたYAGOOは、こちらを見た。

 

 そして、状況を察したのか、ゆっくり頷いた。

 

「認めます」

 

 その瞬間。

 

 ユウトの謹慎処分、一組目が決まった。

 

 あまりにも静かに。

 

 あまりにも自然に。

 

 そして、あまりにも抜け駆けのように。

 

     ◇

 

 中央では、ちょうどジャンケン大会が始まろうとしていた。

 

「よし! じゃあ第一回戦!」

 

 スバルが気合いを入れる。

 

「最初はグーでいいんだな!?」

 

「普通にお願いします」

 

 Aちゃんが答える。

 

「勝った人が一組目?」

 

 まつりが確認する。

 

「一組目を含む担当候補です」

 

「含む?」

 

 マリンが首を傾げた。

 

 その時。

 

 フブキが気づいた。

 

 視線を巡らせる。

 

 すいせいがいない。

 

 そらもいない。

 

 ロボ子さんも、みこも、AZKiもいない。

 

 そして、ユウトの近くに0期生が揃っている。

 

 さらに、のどかがタブレットに何かを入力済み。

 

 YAGOOが頷いた後。

 

 フブキの目が細くなった。

 

「……すいちゃん?」

 

 すいせいは振り返った。

 

 涼しい顔だった。

 

「何?」

 

「何をしました?」

 

「何も?」

 

 その横で、みこが目を逸らした。

 

 ロボ子さんは端末で顔を隠した。

 

 AZKiは微笑んでいる。

 

 そらは少し困ったように笑っている。

 

 フブキは全てを察した。

 

「一組目、決まりました?」

 

 のどかが答える。

 

「はい。星街さん宅での0期生合同健康観察です」

 

 大会議室が凍った。

 

 次の瞬間。

 

「抜け駆けじゃん!!!!」

 

 スバルの叫びが響いた。

 

「いや、ジャンケン始まってないにぇ」

 

 みこが言う。

 

「だから抜け駆けなんだよ!」

 

「ルール上、まだ抽選開始前だから」

 

 ロボ子さんが冷静に言う。

 

「エントリー前の事前調整?」

 

「それ一番ダメなやつでは!?」

 

 マリンが頭を抱える。

 

「これはやられましたね……!」

 

 まつりがすいせいを睨む。

 

「すいちゃん?」

 

「何?」

 

「またそういうことする」

 

「誘っただけ」

 

「誘っただけで決まるのが強いんだよ!」

 

 るしあが静かに呟く。

 

「星街家……」

 

 その声が低い。

 

 ミオがそっと近づく。

 

「るしあ、落ち着こうね」

 

「落ち着いてる」

 

「うん、落ち着いてる人の周りに黒いオーラは出ないかな」

 

 あくあは、少し涙目になりながらも拳を握っていた。

 

「つ、次……次を取ります……!」

 

 ころねがにこにこしている。

 

「じゃあ、残り七日?」

 

「そうなるねぇ」

 

 おかゆが頷く。

 

「まだいっぱいあるね」

 

「いっぱい……?」

 

 フブキが静かに笑った。

 

「七日をいっぱいと見るか、少ないと見るかですね」

 

「少ないです!」

 

 マリンが即答する。

 

 ポルカが叫ぶ。

 

「座長まだ何もしてないんだけど!? いや、したけどユウトくん覚えてないんだけど!?」

 

 ユウトが反応した。

 

「ポルカさん?」

 

「なんでもない!」

 

 ポルカは勢いよく目を逸らした。

 

 ラミィとねねとぼたんが、そっとポルカを見た。

 

 ぼたんが小さく笑う。

 

「墓穴掘りかけたね」

 

「掘ってない! まだ掘ってない!」

 

 ユウトは首を傾げた。

 

「僕、何か忘れてますか?」

 

「忘れてていいです!」

 

 ポルカが叫ぶ。

 

「でも、忘れてちゃだめなこともあるよね」

 

 すいせいがぼそっと言った。

 

 ポルカが固まる。

 

 まつりが反応する。

 

 フブキが微笑む。

 

 ミオがため息をつく。

 

 Aちゃんが額を押さえる。

 

「皆さん」

 

 Aちゃんの声が、会議室に響いた。

 

「ユウトさんは怪我人です」

 

 全員が止まった。

 

「そして謹慎処分中です」

 

「はい」

 

「争奪戦ではありません」

 

「はい」

 

「健康観察担当決定会議です」

 

「はい」

 

「では、残りの担当枠を決めます」

 

 沈黙。

 

 そして、全員の目がまた燃えた。

 

「最初はグー!」

 

 誰かが叫んだ。

 

「待って、まだルール説明終わってません!」

 

 Aちゃんの声は、ジャンケンの掛け声に飲み込まれた。

 

 大会議室は再び混沌へ突入した。

 

     ◇

 

 その混沌を少し離れた場所から見ながら、ユウトは車椅子の上で小さく息を吐いた。

 

「……謹慎処分って、こういうものなんですか?」

 

 隣にいたそらが、少し考えてから言った。

 

「普通は違うと思うよ」

 

「ですよね」

 

「でも、ユウトくんにはこれくらい必要なのかも」

 

「これくらい」

 

「一人で考え込まないように。誰かのところで、ちゃんと休むために」

 

 ユウトは、大会議室中央を見る。

 

 ジャンケンで本気になるタレントたち。

 

 怒って、泣いて、騒いで、笑って。

 

 自分を休ませるために本気で争っている人たち。

 

 普通ではない。

 

 たぶん、とても普通ではない。

 

 だが。

 

 温かかった。

 

「……僕は」

 

 ユウトは、小さく呟いた。

 

「本当に、想われているんですね」

 

 その言葉に、そらが優しく微笑む。

 

「うん」

 

 ロボ子さんが頷く。

 

「今さらだよ」

 

 AZKiが言う。

 

「でも、今から知っていけばいいんだよ」

 

 みこが胸を張る。

 

「八日間でたっぷり教えてあげるにぇ」

 

 すいせいが、ユウトの前に立つ。

 

「まずは、すいちゃんの家でね」

 

「……はい」

 

 ユウトは少しだけ緊張した。

 

 星街家。

 

 すいせいの家。

 

 0期生のお泊まり会。

 

 姉街との対面。

 

 謹慎処分。

 

 健康観察。

 

 どの単語を並べても、どう考えてもただでは済まない気がする。

 

 だが、逃げるという選択肢はなかった。

 

 逃げたら、たぶん全員に捕まる。

 

 それ以前に。

 

 今のユウトは、逃げたいとは思っていなかった。

 

 怖い。

 

 緊張する。

 

 申し訳ない。

 

 でも、少しだけ楽しみでもある。

 

 誰かの家で過ごす。

 

 誰かに休まされる。

 

 誰かに見守られる。

 

 それは、今までのユウトなら落ち着かなかったはずのことだ。

 

 けれど今は。

 

 それも、悪くないと思えてしまった。

 

 胸ポケットの懐中時計が、小さく鳴る。

 

 チ、チ、チ、チ。

 

 時間は進む。

 

 説教部屋を抜けた先。

 

 八日間の謹慎処分。

 

 その最初の停車駅は、星街家。

 

 行き先表示には、こう出ていた。

 

『説教チケット・行き先は星街家』

 

 ユウトは、静かにその表示を見上げるような気持ちで、すいせいに頷いた。

 

「よろしくお願いします。すいちゃん」

 

 すいせいは、ほんの少しだけ頬を赤くして笑った。

 

「うん。逃がさないから」

 

「……それは健康観察としてですか?」

 

「もちろん」

 

 即答だった。

 

 だが、その笑顔はとても怪しかった。

 

 ユウトは思った。

 

 今回の謹慎処分。

 

 もしかすると、魔獣より手強いかもしれない。

 

 そして大会議室の中央では、第一回ジャンケン大会の悲鳴が上がった。

 

「うわあああああ負けたあああああ!」

 

「勝った! 勝ったにぇ!」

 

「みこち、もう一組目決まってるでしょ!?」

 

「これは次枠用にぇ!」

 

「二重取り禁止です!」

 

「にぇえええええ!?」

 

 ホロライブの夏は、まだまだ終わりそうになかった。

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