hololive Lost Story   作:ダニエルズプラン

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第62話 寝落ちハグ・確保にぇ!

 

 星街家の夜は、思っていたよりずっと賑やかだった。

 

 夕食を終え、片づけも終わり、デザートの果物とゼリーまできれいになくなった後。

 

 リビングのローテーブルには、料理の皿の代わりにパーティーゲーム用のコントローラーが並んでいた。

 

 大きな画面には、カラフルなキャラクターたちが映っている。

 

 レース。

 

 ミニゲーム。

 

 陣取り。

 

 反射神経。

 

 協力と裏切り。

 

 そういったものが、星街家のリビングで合法的に混沌を生み出していた。

 

「にぇええええ!? 今のはすいちゃんが悪いにぇ!」

 

「いや、みこちが勝手に落ちた」

 

「落とされたにぇ!」

 

「落ちた」

 

「落とされたにぇ!」

 

「落ちた」

 

「すいちゃん、言い切れば勝ちだと思ってるにぇ!?」

 

 画面の中で、さくらみこの操作キャラクターが崖下へ落ちていく。

 

 隣では星街すいせいが、涼しい顔で自分のキャラクターをゴールへ向かわせていた。

 

「勝てばよかろうなのだ」

 

「悪い顔してるにぇ!」

 

「してない」

 

「してるにぇ!」

 

 ロボ子さんは、コントローラーを握りながら首を傾げる。

 

「あれ、これジャンプボタンどれだっけ」

 

「ロボ子さん、さっきまで一位でしたよね?」

 

 ユウトが横から声をかける。

 

「うん。でも操作が分からなくなった」

 

「それで一位だったんですか?」

 

「高性能だから」

 

「説得力があるような、ないような」

 

 ときのそらは、にこにこしながら堅実なプレイをしていた。

 

 派手な妨害はしない。

 

 だが、いつの間にか上位にいる。

 

「そらさん、強いですね」

 

「そうかな?」

 

「安定感がすごいです」

 

「ふふ、ありがとう」

 

 AZKiは静かに集中している。

 

 画面を見る目が真剣で、普段の穏やかな雰囲気とは少し違った。

 

 そして、時折かなり鋭い動きをする。

 

「あ、AZKiさん今すごい抜き方しましたね」

 

「道が見えたから」

 

「道が」

 

「ルートは歌と同じだよ。流れがあるから」

 

「ゲームにも歌の理論が」

 

 姉街はというと、最初は見守るつもりだったらしい。

 

 だが、気づけば普通にコントローラーを持っていた。

 

「姉街、普通に上手くない?」

 

 すいせいが言う。

 

「昔すいちゃんとやってたからね」

 

「それはそうだけど」

 

「すいちゃんが負けると悔しがるから、姉も鍛えられました」

 

「姉街」

 

「事実でしょ?」

 

「事実だけど」

 

 ユウトは、その光景をソファに座って眺めていた。

 

 本当なら、自分も参加する流れだった。

 

 だが、謹慎処分中。

 

 怪我人。

 

 健康観察対象。

 

 その三重指定により、激しい操作を伴うゲームへの参加は制限された。

 

「コントローラーを持つくらいなら大丈夫では」

 

 ユウトが最初にそう言った時、すいせいとそらとロボ子さんとみことAZKiと姉街の全員から見られた。

 

 結果、ユウトは観戦席へ回された。

 

 ただし、完全に退屈というわけではない。

 

 むしろ、見ているだけでも十分騒がしい。

 

 みこが落ちる。

 

 すいせいが笑う。

 

 そらがいつの間にか勝つ。

 

 ロボ子さんが操作を忘れる。

 

 AZKiが道を見つける。

 

 姉街が妹を煽る。

 

 そのたびにリビングが笑い声で満たされる。

 

 ユウトは、その中でクッションに背を預けていた。

 

 脇腹の痛みは、もうほとんどない。

 

 肩も少し重い程度。

 

 手の擦り傷は包帯の下で少しだけ疼く。

 

 だが、体は想像以上に重かった。

 

 昨日の戦闘。

 

 治癒魔法。

 

 説教。

 

 移動。

 

 星街家での食事。

 

 楽しい時間。

 

 全部が少しずつ、体力を削っていたのだろう。

 

「ユウト、眠い?」

 

 すいせいが、ゲーム画面から目を離さずに聞いた。

 

「いえ。大丈夫ではないですが、眠いほどでは」

 

「今の言い直し、ちょっと不自然だったにぇ」

 

 みこが指摘する。

 

「言い直す癖がつき始めました」

 

「いいことにぇ」

 

 そらが振り返る。

 

「無理しないでね。眠かったら寝ていいから」

 

「はい。でも、見ているのも楽しいので」

 

「ほんと?」

 

「本当です」

 

 ユウトはそう答えた。

 

 それは本心だった。

 

 本心だったが。

 

 眠気は、じわじわと迫ってきていた。

 

     ◇

 

 次のミニゲームが始まる頃には、ユウトのまぶたは少し重くなっていた。

 

 画面の音。

 

 みこの叫び声。

 

 すいせいのツッコミ。

 

 そらの笑い声。

 

 ロボ子さんの「え、あれ?」という声。

 

 AZKiの静かな歓声。

 

 姉街の楽しげな相槌。

 

 全部が、少しずつ遠くなる。

 

 あたたかい。

 

 リビングの照明は柔らかい。

 

 ソファは思ったより体を受け止めてくれる。

 

 夕食で満たされた胃も、体を眠りへ引っ張っていく。

 

 ユウトは、ぼんやりと画面を見ていた。

 

 すいせいのキャラクターが、みこのキャラクターをまた弾き飛ばす。

 

「にぇええええええ!」

 

「また落ちた」

 

「落としたにぇ!」

 

「落ちた」

 

「ユウト! 見たよね!? 今のすいちゃん、みこを落としたよね!?」

 

 みこが振り返る。

 

 返事はなかった。

 

「……ユウト?」

 

 みこが目を瞬かせる。

 

 ユウトはソファに背を預けたまま、静かに目を閉じていた。

 

 呼吸は穏やか。

 

 眉間の力も抜けている。

 

 包帯の巻かれた手は膝の上に置かれ、もう片方の手はクッションの端に触れている。

 

 寝ていた。

 

 完全に。

 

 すいせいが、すぐにコントローラーを置いた。

 

「ユウト?」

 

 そらも手を止める。

 

「寝ちゃった?」

 

 ロボ子さんが端末を確認する。

 

「心拍、安定。呼吸も安定。疲れて寝落ちした感じかな」

 

 AZKiが小さく頷く。

 

「安心したのかもね」

 

 姉街が、少し声を落として笑う。

 

「ご飯食べて、遊んで、眠くなっちゃったんだね」

 

「子どもみたいにぇ」

 

 みこが小声で言った。

 

 そう言いながら、顔は緩んでいた。

 

 すいせいは、ユウトの横顔を見つめる。

 

 怪我をして、怒られて、無理やり謹慎処分を受けて。

 

 それでも今、こうして星街家のリビングで眠っている。

 

 無防備に。

 

 少なくとも、ここを安全な場所だと体が認識してくれたのだ。

 

 それが少し嬉しかった。

 

 少しだけ。

 

 いや、かなり。

 

「……寝かせておこう」

 

 すいせいが言った。

 

「そうだね」

 

 そらが頷く。

 

「毛布持ってこようか?」

 

 姉街が立ち上がろうとする。

 

 その時だった。

 

 みこが、すっとユウトへ近づいた。

 

 足音を殺している。

 

 妙に器用だった。

 

「みこち?」

 

 すいせいが目を細める。

 

「な、何もしてないにぇ」

 

「まだ何もしてないだけでしょ」

 

「疑いが早いにぇ」

 

 みこは、ユウトの前にしゃがみ込んだ。

 

 そして、そっと指を伸ばす。

 

 ぷに。

 

 ユウトの頬を突いた。

 

「……」

 

 ユウトは起きない。

 

 みこの顔がぱっと輝く。

 

「やわらかいにぇ」

 

「みこち」

 

 すいせいの声が低くなる。

 

「一回だけにぇ」

 

「もうしたでしょ」

 

「今のは確認にぇ」

 

「何の確認?」

 

「ユウトのほっぺがもちもちかどうか」

 

「そんな確認いらない」

 

 ロボ子さんが横から近づく。

 

「ボクも確認したい」

 

「ロボ子さん?」

 

「健康観察」

 

「それ健康観察じゃない」

 

 ぷに。

 

 ロボ子さんもユウトの頬を突いた。

 

「おお」

 

「おお、じゃない」

 

 すいせいが呆れる。

 

 そらは少し困ったように笑っていたが、ユウトの寝顔を見ると、つい指先がそわそわしている。

 

 姉街はその様子を見て、楽しそうにスマホを取り出した。

 

「写真、撮ってもいい?」

 

「姉街」

 

「寝顔じゃなくて、みんなでツーショットとか。記念に」

 

「ユウトが寝てる間に?」

 

「起きてる時だと遠慮するでしょ?」

 

「それはそうだけど」

 

 AZKiが静かに言う。

 

「あとで本人に見せて、消してと言われたら消せばいいんじゃないかな」

 

「AZKiまで」

 

「寝顔、穏やかだから」

 

 すいせいは少しだけ迷った。

 

 それから、小さく息を吐く。

 

「……変な写真はだめ」

 

「はいはい」

 

 姉街は嬉しそうに頷いた。

 

 こうして、寝落ちしたユウトを囲んで、静かな撮影会が始まった。

 

 そらは、ユウトの横に座って控えめにピースした。

 

「起きたら見せようね」

 

 ロボ子さんは、端末とスマホを駆使して角度を確認した。

 

「健康観察記録、番外編」

 

 AZKiは、ユウトの少し後ろに座り、静かに微笑んだ。

 

「こういう記録も、道になるのかな」

 

 姉街は、ユウトとすいせいを並べて撮ろうとした。

 

「ほら、すいちゃんも」

 

「私はいい」

 

「いいから」

 

「姉街」

 

「ユウトくん寝てるよ」

 

「理由になってない」

 

「起きてる時より撮りやすいよ」

 

「もっと理由になってない」

 

 結局、すいせいもユウトの隣に座らされた。

 

 写真を撮られる瞬間、ユウトの肩に触れそうで触れない距離に座る。

 

 姉街がそれを見て、少しだけ眉を上げた。

 

「すいちゃん、遠い」

 

「遠くない」

 

「もうちょっと寄って」

 

「これでいい」

 

「じゃあユウトくんの方を寄せる?」

 

「起こすな」

 

「はいはい」

 

 ぱしゃり。

 

 写真が撮られた。

 

 すいせいは、撮られた写真を見て少し黙った。

 

 寝ているユウト。

 

 その隣で、ぎこちなくも少し嬉しそうな自分。

 

 それは、思ったより悪くなかった。

 

「……送って」

 

「もちろん」

 

 姉街はにこにこしていた。

 

     ◇

 

 その和やかな空気の中。

 

 さくらみこは、悪い笑顔を浮かべていた。

 

 頬を突いた。

 

 写真も撮った。

 

 だが、それだけでは終われない。

 

 目の前には、寝落ちしたユウト。

 

 しかも顔は無防備。

 

 机の上には、ゲームの得点表を書くために使っていた水性ペン。

 

 つまり。

 

「……にぇっへっへ」

 

 みこは、そっとペンを握った。

 

 そらが気づく。

 

「みこちゃん?」

 

「何もしてないにぇ」

 

「そのペンは?」

 

「これは、あれにぇ。健康観察」

 

「顔に?」

 

「顔色を見るための」

 

「描く気だよね?」

 

 ロボ子さんが端末を向ける。

 

「証拠映像いる?」

 

「いらないにぇ!」

 

 すいせいが、すぐにみこの手元を見る。

 

「みこち」

 

「大丈夫にぇ。ちょっとだけ。ちょっとヒゲ描くだけにぇ」

 

「だめ」

 

「水性にぇ」

 

「だめ」

 

「かわいいにぇ」

 

「だめ」

 

 すいせいが止めようとした。

 

 だが、みこは素早かった。

 

 意外にも素早かった。

 

 ユウトの隣へ滑り込むように座り、ペンのキャップを外す。

 

 そして、寝ているユウトの顔へ近づいた。

 

「ユウト、ちょっとだけにぇ……」

 

 悪い笑顔。

 

 完全にいたずらをする時の顔。

 

 姉街は「あらあら」と言いながら、面白そうに見ている。

 

 AZKiは止めようとしたが、少し遅れた。

 

 そらは「みこちゃん、だめだよ」と言いながら慌てている。

 

 すいせいは立ち上がりかけた。

 

 その瞬間だった。

 

「……」

 

 眠っているはずのユウトの腕が、動いた。

 

「にぇ?」

 

 みこが間抜けな声を出す。

 

 次の瞬間。

 

 がしっ。

 

 ユウトの腕が、みこの腰と背中をしっかりと抱き込んだ。

 

「にぇっ!?」

 

 みこの手から、ペンが落ちる。

 

 ころころと床を転がった。

 

 ユウトは目を閉じたまま、寝ぼけたように小さく息を吐く。

 

 そして、そのままみこを抱きしめた状態で、ソファの上へ横になった。

 

「にぇえええええええええ!?」

 

 みこは叫びかけた。

 

 だが、寸前で口を押さえる。

 

 ユウトを起こしてはいけない。

 

 しかし、状況は非常にまずい。

 

 ユウトがみこを抱きしめている。

 

 しっかり。

 

 かなりしっかり。

 

 片腕だけではない。

 

 寝返りのような動きで、もう片方の腕も回っている。

 

 結果として、みこはユウトの腕の中に収まっていた。

 

 しかも、ソファに横たわる形で。

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

 リビングの空気が、止まった。

 

 そらは両手を頬に当てた。

 

「はわ……はわわ……!」

 

 ロボ子さんは端末を持ったまま固まっている。

 

「え、これは記録……いや、記録していいやつ? だめなやつ?」

 

 姉街は口元を手で押さえた。

 

「あらあら……!」

 

 完全ににやけていた。

 

 AZKiの目が、すっと細くなる。

 

「……みこちゃん」

 

 声が静かだった。

 

 静かすぎて怖かった。

 

 すいせいは、無表情になっていた。

 

「みこち」

 

 その声も静かだった。

 

 みこは、ユウトの腕の中で顔を真っ赤にしていた。

 

「ち、違うにぇ……! みこは何もしてないにぇ……!」

 

「ペン持ってたよね」

 

「持ってただけにぇ!」

 

「落書きしようとしてたよね」

 

「それは……ちょっとだけにぇ!」

 

「で、今は?」

 

「みこも分かんないにぇ!」

 

 みこは、なんとか抜け出そうとした。

 

 体を少しずらす。

 

 しかし、その動きに反応するように、ユウトの腕がさらにみこを抱き寄せた。

 

「にぇっ」

 

 密着度が上がる。

 

 みこの顔がさらに赤くなる。

 

「ちょ、ちょっと、ユウト……! 起きるにぇ……いや、起きないで……いや、起きて……!」

 

 どちらにしても混乱している。

 

 ユウトは寝ている。

 

 おそらく、無意識。

 

 昨日の戦闘中、誰かを守ろうとしていた緊張がまだ残っているのか。

 

 それとも、近くに来たみこを安心できる存在として抱き込んでしまったのか。

 

 理由は分からない。

 

 分からないが、抱きしめる力はそこそこ強かった。

 

「みこちゃん、動くと余計に……!」

 

 そらが慌てる。

 

「そ、そらちゃん、どうしようにぇ!」

 

「どうしよう、どうしよう……!」

 

 ロボ子さんが冷静さを取り戻そうとする。

 

「力の入り方を見ると、無理に引き剥がすとユウトくんの肩に負担がかかるかも」

 

「じゃあどうするにぇ!?」

 

「ゆっくり抜ける」

 

「やってるにぇ!」

 

「もっとゆっくり」

 

 みこは、ゆっくり抜けようとした。

 

 しかし、ゆっくり動けば動くほど、ユウトが寝ぼけたまま抱き枕を確保するように力を込める。

 

 みこの身体が、さらにユウトの胸元へ寄る。

 

「にぇ……」

 

 声が小さくなった。

 

 顔が真っ赤を通り越して、湯気でも出そうだった。

 

 AZKiがすっと立ち上がる。

 

「手伝うね」

 

「あずちゃん……!」

 

 みこが助けを求める。

 

 AZKiはユウトの腕の位置を確認し、みこを抜き出そうとする。

 

 だが、ユウトの腕はなかなか解けない。

 

「……強いね」

 

「感心してる場合じゃないにぇ!」

 

 すいせいも近づく。

 

「みこち、力抜いて」

 

「抜いてるにぇ!」

 

「顔は緩んできてるけど」

 

「緩んでないにぇ!」

 

 その言葉とは裏腹に。

 

 みこの表情は、かなり危険だった。

 

 恥ずかしい。

 

 焦っている。

 

 抜け出したい。

 

 けれど。

 

 ユウトの腕の中は、温かかった。

 

 寝息が近い。

 

 心臓の音が近い。

 

 昨日、鉄パイプ一本で魔獣の前に立った少年。

 

 みこが怖くて泣きそうになりながら叱った少年。

 

 そのユウトが今、自分を抱きしめている。

 

 無意識だとしても。

 

 寝ぼけているだけだとしても。

 

 みこの胸は、どうしようもなく高鳴っていた。

 

「……にぇへ」

 

 小さく。

 

 本当に小さく。

 

 だらしない笑みがこぼれた。

 

 すいせいの目が、すっと据わった。

 

「みこち?」

 

「ち、違うにぇ!」

 

「今笑ったよね」

 

「笑ってないにぇ!」

 

「完全に笑った」

 

「生理現象にぇ!」

 

「どんな生理現象」

 

 AZKiも、少しだけ口元を引き結ぶ。

 

「みこちゃん」

 

「あずちゃんまで怖いにぇ……!」

 

「抜け出す気、ある?」

 

「あるにぇ!」

 

「本当?」

 

「……あるにぇ」

 

「今、間があったね」

 

 姉街は、ソファの向こうで完全に楽しんでいた。

 

「あらあら……これはこれは」

 

「姉街、見てないで助けてにぇ!」

 

「でも、ユウトくん起こしちゃ悪いし」

 

「その顔は面白がってるにぇ!」

 

「うん」

 

「認めたにぇ!」

 

 そらはまだはわはわしている。

 

「ど、どうしよう。ユウトくん、起こした方がいいのかな。でも疲れてるし……でもみこちが……!」

 

 ロボ子さんは真剣に分析している。

 

「ユウトくんの腕の角度的に、右から抜くより左から……いや、みこちが動くと反射で締まるから、まずユウトくんの意識レベルを少し上げた方が」

 

「分析より早く助けるにぇ!」

 

「分析中」

 

「にぇえええ!」

 

     ◇

 

 それから数分。

 

 救出作戦は難航した。

 

 すいせいがユウトの手首をそっと持ち上げようとする。

 

 すると、ユウトは寝たまま少し眉を寄せ、みこをさらに抱き寄せる。

 

 AZKiがみこの肩を引こうとする。

 

 すると、みこが「にぇっ」と声を漏らし、なぜか体勢がより安定する。

 

 ロボ子さんがクッションを使って隙間を作ろうとする。

 

 すると、そのクッションごとユウトの腕に巻き込まれそうになる。

 

「これ、抱き枕認識してる?」

 

 ロボ子さんが呟く。

 

「抱き枕じゃないにぇ!」

 

 みこが抗議する。

 

「でも、今の体勢かなり抱き枕」

 

「言わないでにぇ!」

 

 そらが心配そうに言う。

 

「みこちゃん、大丈夫?」

 

「大丈夫……ではないにぇ……!」

 

「ちゃんと言い直せてえらいね」

 

「今褒めるところじゃないにぇ!」

 

 問題は、みこ自身にもあった。

 

 最初は必死に抜け出そうとしていた。

 

 しかし、途中から体勢を変えた。

 

 ユウトの腕を傷つけないように。

 

 ユウトの肩に負担をかけないように。

 

 ソファから落ちないように。

 

 そういう建前はあった。

 

 あったのだが。

 

 結果として、みこはユウトと向かい合うような形になっていた。

 

 ほぼ抱き合っている。

 

 かなり自然に。

 

 しかも、みこの手がユウトの背中に回っている。

 

 支えるため。

 

 たぶん支えるため。

 

 少なくとも本人はそう主張した。

 

「みこち」

 

 すいせいが、静かに言った。

 

「その手」

 

「これは、ユウトが落ちないようににぇ」

 

「ソファの奥側にいるから落ちない」

 

「念のためにぇ」

 

「顔」

 

「顔?」

 

「だらしない」

 

「だ、だらしなくないにぇ!」

 

 みこの顔は真っ赤だった。

 

 そして、口元が緩んでいた。

 

「……ユウト、あったかいにぇ」

 

 ぽつりと出た言葉。

 

 その瞬間。

 

 すいせいの我慢が限界に達した。

 

「はい、終了」

 

「にぇ?」

 

 すいせいは、ユウトの頭へ手を伸ばした。

 

 もちろん、怪我人相手だ。

 

 乱暴にはしない。

 

 優しく。

 

 けれど、確実に。

 

 ぺちん。

 

 軽くはたいた。

 

「ユウト。起きて」

 

「……ん」

 

 ユウトが、わずかに眉を動かす。

 

 すいせいはもう一度、優しく額に手を置く。

 

「起きて。ユウト」

 

「……すい、ちゃん?」

 

 ユウトの目が、ぼんやり開いた。

 

 焦点が合っていない。

 

 完全に寝ぼけている。

 

 その腕の中には、真っ赤なみこ。

 

 ユウトは一瞬、状況を理解していない顔をした。

 

「……みこさん?」

 

「にぇ、ユウト、これは違うにぇ……!」

 

「えっと……」

 

 ユウトが頭を動かそうとした瞬間。

 

 すいせいが動いた。

 

 目にも止まらぬ早業だった。

 

 まず、ユウトの腕からみこを抜く。

 

 寝ぼけて力が緩んだ隙を逃さない。

 

 次に、ソファ横に置いてあったブランケットを掴む。

 

 みこの腕ごと、くるり。

 

 さらにクッション用の飾り紐を使って、ほどけない程度に固定。

 

 数秒後。

 

 みこは、ブランケット巻きの状態でソファの端に転がされていた。

 

「にぇええええええ!? すいちゃん!? 手際が良すぎるにぇ!?」

 

「静かに。ユウトが起きた」

 

「起こしたのすいちゃんにぇ!」

 

「みこちが悪い」

 

「みこ何もしてないにぇ!」

 

「落書きしようとしてた」

 

「ちょっとだけにぇ!」

 

「抱き合ってた」

 

「それはユウトが!」

 

「途中から満更でもなかった」

 

「にぇっ」

 

 みこは言葉に詰まった。

 

 すいせいは勝った。

 

 AZKiが小さく頷く。

 

「迅速だったね」

 

「必要だった」

 

 すいせいはそう言って、寝ぼけたユウトの前へ座った。

 

 ユウトはまだ半分夢の中にいた。

 

「……僕、寝てました?」

 

「寝てた」

 

「すみません。ゲーム中に」

 

「いい。疲れてたんだから」

 

「何か……抱きしめていたような」

 

「夢」

 

 すいせいが即答した。

 

 みこがブランケットの中から叫ぶ。

 

「夢じゃないにぇ!」

 

「みこち、静かに」

 

「みこの存在を消そうとしてるにぇ!」

 

 ユウトがそちらを見ようとする。

 

 すいせいが、すっと視界を遮った。

 

「ユウト」

 

「はい」

 

「まだ寝ぼけてる?」

 

「少し」

 

「じゃあ、すいちゃんを抱きしめて」

 

「……はい?」

 

 ユウトの目が少しだけ開いた。

 

 だが、寝ぼけている。

 

 思考が追いついていない。

 

「寒いから」

 

「寒いんですか?」

 

「うん」

 

 星街家のリビングは適温だった。

 

 だが、ユウトは寝ぼけている。

 

「分かりました」

 

「分かったんだ」

 

 姉街が小声で笑う。

 

 すいせいは、ユウトの隣に座った。

 

 そして、自分から少し体を寄せる。

 

「はい」

 

「……失礼します」

 

 ユウトは言うがままに、すいせいを抱きしめた。

 

 優しく。

 

 壊れ物を扱うように。

 

 怪我をしているから少しぎこちないが、それでもちゃんと腕が回る。

 

 すいせいの体が、ぴたりと固まった。

 

「……」

 

「すいちゃん?」

 

「……うん」

 

「寒いんですよね?」

 

「うん」

 

「もう少し強くしますか?」

 

「……して」

 

 ユウトは少しだけ腕に力を込めた。

 

 すいせいの顔が、じわじわ赤くなっていく。

 

 けれど、口元は抑えきれていない。

 

 明らかに堪能していた。

 

「にぇえええええええ! ずるいにぇ! みこは縛られてるにぇ!」

 

 ブランケット巻きのみこが抗議する。

 

 すいせいは、ユウトの肩口に顔を寄せながら言った。

 

「みこちは反省して」

 

「何をにぇ!?」

 

「落書き未遂」

 

「それは反省するにぇ! でもハグは別件にぇ!」

 

「別件じゃない」

 

「別件にぇ!」

 

 ユウトは、ぼんやりとみこの声を聞いていた。

 

「みこさん、どうしたんですか?」

 

「何でもない」

 

 すいせいが即答する。

 

「何でもあるにぇ!」

 

「夢」

 

「みこを夢にしないでにぇ!」

 

 そらが、顔を赤くしながらも少し近づいた。

 

「あ、あの、すいちゃん」

 

「何?」

 

「ユウトくん、まだ寝ぼけてるんだよね?」

 

「うん」

 

「その……寒いなら、私も少し……」

 

 すいせいが顔を上げる。

 

「そら?」

 

「ち、違うの。健康観察として」

 

「健康観察」

 

「うん。ユウトくんがちゃんと力加減できてるか確認を」

 

 ロボ子さんが手を挙げる。

 

「それならボクも確認したい。高性能チェック」

 

 AZKiも静かに言った。

 

「私も。歌う時、抱きしめる感覚って大事だから」

 

「それはさすがに理由が遠くない?」

 

 すいせいが突っ込む。

 

 姉街は、少し離れたところでにこにこしていた。

 

「いいなあ」

 

 その一言に、すいせいが固まる。

 

「姉街?」

 

「何?」

 

「混ざる気?」

 

「だめ?」

 

「だめでは……いや、だめというか」

 

「健康観察なんでしょ?」

 

「姉街までその言い方覚えないで」

 

 ユウトは、まだ寝ぼけていた。

 

 すいせいを抱きしめたまま、少しだけ首を傾げる。

 

「皆さん、寒いんですか?」

 

 全員が止まった。

 

 みこだけがブランケットの中から叫ぶ。

 

「寒くないにぇ! これはそういう流れにぇ!」

 

 しかし、その声は無視された。

 

 そらが、小さく手を挙げる。

 

「……少しだけ」

 

「では」

 

 ユウトは、すいせいを抱きしめたまま、片腕を少し開こうとした。

 

 すいせいが慌てる。

 

「待って、ユウト、怪我」

 

「大丈夫ではないですが、ゆっくりなら」

 

「その言い方で押し通さないで」

 

 そらは、無理をさせないように、ユウトの正面ではなく隣へ座った。

 

 ユウトが軽く腕を回す。

 

 そらの顔が、一瞬で赤くなる。

 

「……あったかいね」

 

「はい」

 

「ユウトくん、ちゃんと生きてるね」

 

 その言葉に、ユウトの目が少しだけ揺れた。

 

 寝ぼけた頭でも、その意味は届いた。

 

「……はい」

 

 そらは、優しく微笑んだ。

 

「それだけで嬉しいよ」

 

 すいせいは、何も言わなかった。

 

 ただ、ユウトの服を少し握った。

 

 ロボ子さんが、次にそっと近づく。

 

「ボクも」

 

「はい」

 

「高性能チェック」

 

「そういう名称なんですか」

 

「今つけた」

 

 ロボ子さんは、ユウトの肩に負担がかからない位置を正確に計算したように寄り添った。

 

「うん。心拍少し上がってる」

 

「僕のですか?」

 

「ボクの」

 

「ロボ子さんの」

 

「高性能でも上がるものは上がる」

 

 ロボ子さんは、少しだけ顔を赤くしていた。

 

 AZKiは、静かにユウトの前に座る。

 

「ユウトくん」

 

「はい」

 

「私も、いい?」

 

「はい」

 

 AZKiのハグは、とても静かだった。

 

 ぎゅっとするというより、そっと触れるような距離。

 

 それでも、確かに温度が伝わる。

 

「道が途切れなくてよかった」

 

「……はい」

 

「また一緒に進もうね」

 

「はい」

 

 姉街は、その様子を見ながら、最後まで遠慮していた。

 

 だが、すいせいがじとっと見る。

 

「姉街、混ざりたい顔してる」

 

「してる?」

 

「してる」

 

「じゃあ、ちょっとだけ」

 

「本当に来るんだ」

 

「だって、ユウトくんいい子だし」

 

「理由になってない」

 

「すいちゃんが大事にしてる子だから」

 

 その言葉に、すいせいは黙った。

 

 姉街は、ユウトに近づいて少しだけ笑う。

 

「ユウトくん、私もいい?」

 

「はい。今日はお世話になっていますので」

 

「そこで礼儀正しいの、ほんと面白いね」

 

 姉街のハグは、家族のようだった。

 

 優しく、あたたかく、少しだけからかうような余裕がある。

 

「ちゃんと休んでね」

 

「はい」

 

「すいちゃん泣かせたら、姉として怒るから」

 

「……はい。気をつけます」

 

「よろしい」

 

 姉街は満足そうに離れた。

 

 すいせいは顔を赤くしている。

 

「姉街、余計なこと言わないで」

 

「大事なことだよ」

 

「……そうだけど」

 

「そうなんだ」

 

「姉街!」

 

     ◇

 

 その間。

 

 みこはずっとブランケット巻きだった。

 

「にぇ……みこだけ除外はおかしいにぇ……」

 

 ローテーブルの向こう。

 

 クッションに寄りかかるように置かれたみこは、抗議を続けていた。

 

「みこもハグされてたにぇ……」

 

「されすぎたから反省中」

 

 すいせいが言う。

 

「不可抗力にぇ!」

 

「途中から楽しんでた」

 

「それは……ちょっとだけにぇ」

 

「認めた」

 

「違うにぇ! 言葉のあやにぇ!」

 

 ユウトは、ようやく少しずつ意識がはっきりしてきた。

 

 周囲を見る。

 

 すいせいが近い。

 

 そらも近い。

 

 ロボ子さんも、AZKiも、姉街も少し顔が赤い。

 

 みこはなぜかブランケットで巻かれている。

 

 状況が分からない。

 

 かなり分からない。

 

「……僕は何を?」

 

 ユウトが呟く。

 

 全員が一瞬黙った。

 

 すいせいが、真っ先に言う。

 

「健康観察」

 

「健康観察」

 

 ロボ子さんが頷く。

 

「高性能チェック」

 

「そんなものが」

 

 AZKiが穏やかに言う。

 

「寝ぼけてたから、みんなで支えたんだよ」

 

「支えた」

 

 そらは顔を赤くしながらも微笑む。

 

「うん。ユウトくん、眠そうだったから」

 

 姉街はにこにこしている。

 

「いいもの見られました」

 

「姉街さん?」

 

「気にしないで」

 

「気になります」

 

 みこが転がったまま叫ぶ。

 

「ユウト! みこは犠牲になったにぇ!」

 

「犠牲?」

 

「ユウトがみこを抱きしめて離さなかったにぇ!」

 

「え」

 

 ユウトの顔が固まる。

 

 ゆっくり、みこを見る。

 

 みこは真っ赤な顔で叫んでいる。

 

 すいせいは目を逸らす。

 

 そらは慌てる。

 

 ロボ子さんは端末を見るふりをする。

 

 AZKiは静かに微笑む。

 

 姉街は面白そうにしている。

 

 これは。

 

 おそらく。

 

 本当だ。

 

「……みこさん」

 

「にぇ?」

 

「すみませんでした」

 

 ユウトは真面目に頭を下げた。

 

「寝ぼけていたとはいえ、失礼なことを」

 

 みこは、急に黙った。

 

 そして、さらに顔を赤くする。

 

「い、いや……別に……その……嫌では……」

 

 すいせいの視線が刺さる。

 

 みこは咳払いした。

 

「嫌ではなかったけど、びっくりしたにぇ!」

 

「本当にすみません」

 

「でも、ユウト疲れてたんだし、みこも落書きしようとしたから……」

 

「落書き?」

 

 ユウトの目が少しだけ開く。

 

 みこが固まる。

 

 すいせいが即座に言った。

 

「みこち、反省」

 

「にぇええええ! そこだけ拾うのずるいにぇ!」

 

「落書きしようとしたんですか?」

 

 ユウトが聞く。

 

 みこは目を逸らす。

 

「……ちょっとだけにぇ」

 

「顔に?」

 

「ヒゲを……」

 

「ヒゲ」

 

「かわいいと思ったにぇ」

 

「それは……」

 

 ユウトは少し考えた。

 

 それから、困ったように笑った。

 

「起きている時に相談してください」

 

「相談したら描かせてくれるにぇ!?」

 

「内容によります」

 

「可能性あるにぇ!?」

 

 みこの顔が輝く。

 

 すいせいが頭を抱えた。

 

「ユウト、甘い」

 

「そうですか?」

 

「甘い」

 

「でも、水性なら」

 

「そういう問題じゃない」

 

 姉街が笑いを堪えきれずに肩を震わせた。

 

「ユウトくん、すいちゃんが振り回されてる」

 

「いつも僕が振り回されている気がするんですが」

 

「今日は逆だね」

 

「そうでしょうか」

 

「そうだよ」

 

 すいせいは少し不満そうにしていたが、ユウトがまだ眠そうなのを見ると、すぐに表情を戻した。

 

「とにかく、今日はもうゲーム終わり」

 

「えっ、まだみこ逆転してないにぇ!」

 

「みこちは縛られてるから無理」

 

「ほどいてにぇ!」

 

「反省した?」

 

「したにぇ!」

 

「何を?」

 

「落書きしようとしたことと、途中からちょっと嬉しくなったことにぇ!」

 

 言ってから、みこは口を押さえた。

 

 リビングが静まり返る。

 

 すいせいが、にっこり笑った。

 

「へえ」

 

「違うにぇ! 今のは違うにぇ!」

 

「自白」

 

「ロボ子さん、記録消してにぇ!」

 

「音声ログは取ってないけど、記憶には残った」

 

「にぇええええ!」

 

 そらは顔を赤くして笑い、AZKiも口元を押さえ、姉街は完全に楽しんでいた。

 

 ユウトは、ようやく状況を理解しきれないまま、ただ一つだけ分かった。

 

 この家は安全だ。

 

 安全だが。

 

 安心しすぎると、何が起こるか分からない。

 

     ◇

 

 みこは最終的に解放された。

 

 ただし、すいせいから「本日追加のいたずら禁止」を言い渡された。

 

 みこは不服そうだったが、ユウトの方をちらちら見ては顔を赤くしていたので、反論の力が弱かった。

 

 ユウトは毛布をかけられ、ソファに座り直した。

 

 今度は横になるのは禁止。

 

 寝落ちするとまた何が起きるか分からないからである。

 

「ユウト、寝るなら布団」

 

 すいせいが言う。

 

「はい」

 

「ソファで寝落ち禁止」

 

「はい」

 

「誰かを抱き枕にするのも禁止」

 

「それは意図的では」

 

「禁止」

 

「はい」

 

 みこが小さく手を挙げる。

 

「例外は」

 

「ない」

 

「にぇ……」

 

 すいせいの即答に、みこはしょんぼりした。

 

 そらが苦笑する。

 

「でも、ユウトくんがちゃんと眠れたのはよかったね」

 

「そうですね」

 

 ユウトは小さく頷く。

 

「自分でも、少し驚くくらい寝ていました」

 

「疲れてたんだよ」

 

 AZKiが言う。

 

「体も、心も」

 

「……はい」

 

 ロボ子さんが端末に記録する。

 

「睡眠導入、星街家リビング環境良好。安心度高め」

 

「そんな記録を」

 

「Aちゃんに報告する」

 

「そのまま報告されるんですか?」

 

「多少ぼかす」

 

「お願いします」

 

 姉街が温かい飲み物を持ってくる。

 

「はい、寝る前用。カフェインなし」

 

「ありがとうございます」

 

「今日はもうゆっくりして、早めに寝ようね」

 

「はい」

 

 ユウトはカップを受け取る。

 

 温かい。

 

 両手で包むと、じんわりと指先まで熱が伝わる。

 

 その温度が、さっきまでのハグの温度と少し似ていた。

 

 思い出して、少しだけ顔が熱くなる。

 

 無意識だったとはいえ、自分はみこを抱きしめて寝ていたらしい。

 

 その後、寝ぼけたまますいせいや皆を抱きしめたらしい。

 

 らしい、ではない。

 

 少し記憶がある。

 

 すいせいの声。

 

 そらの温度。

 

 ロボ子さんの小さな緊張。

 

 AZKiの静けさ。

 

 姉街の優しさ。

 

 そして、みこの叫び声。

 

 ユウトは、カップに口をつけながら小さく呟いた。

 

「……明日、ちゃんと謝ろう」

 

「今も謝ったよ」

 

 そらが言う。

 

「それでもです」

 

「ユウトくんらしいね」

 

 すいせいが、隣で少しだけ笑った。

 

「謝るのもいいけど」

 

「はい」

 

「その分、ちゃんと休んで」

 

「はい」

 

「あと、今日のことは忘れないで」

 

「……どの部分を?」

 

 ユウトが恐る恐る聞く。

 

 すいせいは、少し考える。

 

 そして、顔を赤くしながら言った。

 

「すいちゃんを抱きしめたところ」

 

 みこが即座に抗議する。

 

「みこを抱きしめたところもにぇ!」

 

「みこちは事故」

 

「事故じゃないにぇ! 奇跡にぇ!」

 

「反省」

 

「にぇ……」

 

 姉街が笑う。

 

「じゃあ、今日のこと全部覚えておけばいいんじゃない?」

 

「全部」

 

 ユウトは、リビングを見回した。

 

 赤い顔のみこ。

 

 少し照れたそら。

 

 高性能を装いながら耳の赤いロボ子さん。

 

 穏やかに微笑むAZKi。

 

 少し不満そうで、でも満足げなすいせい。

 

 面白そうで、温かい姉街。

 

 星街家のリビング。

 

 パーティーゲーム。

 

 寝落ち。

 

 ハグ。

 

 騒がしくて、恥ずかしくて、温かい夜。

 

「……はい」

 

 ユウトは、柔らかく笑った。

 

「覚えておきます」

 

 すいせいは、その笑顔を見て、一瞬だけ言葉を失った。

 

 それから、小さく呟く。

 

「ずるいのは、そっちじゃん」

 

「え?」

 

「何でもない」

 

 すいせいは視線を逸らした。

 

     ◇

 

 その夜。

 

 星街家のリビングには、少し遅くまで柔らかな灯りが残っていた。

 

 ゲーム機は片づけられた。

 

 ペンは、みこの手が届かない場所に移動された。

 

 ブランケットは、なぜかみこの近くに置かれたままだった。

 

 ユウトは早めに休むことになり、客用の布団が用意された。

 

 もちろん、家事を手伝おうとして止められた。

 

 もちろん、布団を敷こうとして止められた。

 

 もちろん、「これくらいなら」と言いかけてすいせいに睨まれた。

 

 謹慎処分一日目。

 

 星街家の夜は、平和だった。

 

 とても平和だった。

 

 ただし、リビングの片隅で、みこが小声で呟いていた。

 

「……ユウトのハグ、あったかかったにぇ」

 

 その瞬間。

 

 すいせいが振り返る。

 

「みこち?」

 

「な、何も言ってないにぇ!」

 

「明日も見張るから」

 

「にぇえええ……!」

 

 AZKiが静かに笑う。

 

「明日も騒がしくなりそうだね」

 

 ロボ子さんが頷く。

 

「ログ容量、増やしておく」

 

 そらは、少し頬を赤くしながらも穏やかに言った。

 

「でも、楽しいね」

 

 姉街は、キッチンの明かりを消しながら微笑んだ。

 

「すいちゃん、いいお泊まり会になりそうだね」

 

「謹慎」

 

 すいせいが訂正する。

 

「はいはい。謹慎お泊まり会」

 

「混ぜないで」

 

 そう言いながらも、すいせいの表情は柔らかかった。

 

 寝室へ向かう前。

 

 彼女は少しだけリビングに残り、客用布団で眠る準備をしているユウトを見た。

 

 ユウトは、もう半分眠そうだった。

 

 だが、すいせいに気づくと、小さく言った。

 

「すいちゃん」

 

「何?」

 

「今日は、ありがとう」

 

「何回目?」

 

「何回でも言います」

 

「……そっか」

 

「はい」

 

「じゃあ、明日もちゃんと休んで」

 

「はい」

 

「それと」

 

「はい」

 

 すいせいは少しだけ迷った。

 

 それから、今度は素直に言った。

 

「おやすみ、ユウト」

 

 ユウトは、柔らかく笑う。

 

「おやすみ。すいちゃん」

 

 その言葉だけで、すいせいの胸が少し温かくなる。

 

 リビングの明かりが落ちる。

 

 時計の針が進む。

 

 胸ポケットの懐中時計も、鞄の中で静かに時を刻んでいた。

 

 チ、チ、チ、チ。

 

 説教から始まった謹慎処分。

 

 白いバンで運ばれた星街家。

 

 そして、寝落ちから始まったハグ騒動。

 

 今日の行き先表示には、こう出ていた。

 

『寝落ちハグ・確保にぇ!』

 

 桜井ユウトの謹慎一日目の夜は、騒がしく、恥ずかしく、そしてどうしようもなく温かいまま、更けていった。

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