カースオブレッシング 作:なとり
ベル・クラネルの朝は早い。
「……う、うぁ…………あぁぁぁぁぁぁ〜…………」
闇の中に死にそうな声が溶ける。整然とした寝室はまだ真っ暗で、ぶ厚いカーテンの向こう側も太陽はまだ遠くだった。
「……あー、そういえば帰ってきてたんだった」
灯りをつけることもなく、きちんと整理された部屋を見渡す。やたら大きな
刀身の長い、いわゆる刀状のものが多く、短剣は予備も含めて二本だけ。昔は取り回しが楽な短剣を多用していたが、まとめて倒すにはある程度の射程があった方が楽なので、現在はこのような本数構成。
「今日は……久しぶりに
ベルは立ち上がって伸びをした。頭がまだぼうっとする。三時間以上まとめて睡眠を取ると、起きた後がとても
ベルは眠そうな顔で頭をかいた。予定よりも少しばかり眠りすぎてしまった。
ヘイズは既に活動を開始しているだろうから、自分も早く準備をしなければ。主にLv.4までの団員が参加する『洗礼』。
「準備を手伝った後は……新入団員の相手をするんだよね。怖がられないようにしないとなぁ」
それが、
「あー……まだぼーっとする……でも、ぁー、ダメだダメだ。お手伝しないと大変なことに……お仕置きが……お仕置きが……よし頭起きた!」
フラフラしながら着替えを済ませ、黒い
──さあ一日の始まりだ。真っ暗だけど。
本来ならこんなに早く起きる必要はないし、準備を手伝う義務もない。しかし何もしないとヘイズが呪いの言葉を吐いてくるし、仮に何も言われなくともできることはしてあげたい。
疲れているのはお互い様。そして部隊が違うからと言って何も手伝わなくてもいいというのは、ベル的にはなんか違うと思っていた。
(それにしても……ランクアップが遠いなぁ。もっとダンジョンの奥まで行かなきゃダメかな……もうちょい生きるか死ぬかしないとダメなのかも)
ヘイズ・ベルベットは
現在は職場を放棄──ではなく上手いこと調整しながら、大体ダンジョンで過労死している。ベルの魔法やスキル関係で事情が変わったため、フレイヤに直談判して自由を許してもらったのだ。結局は過労死する場所が変わっただけ──むしろ自分もズタボロになっている分、以前よりも追い込んでいると言えた。
「おはようございます。手伝いますよー」
「あ、ベルじゃないですか。助かりますありがとうございます。それじゃ、そこの薬草を全部と回復薬と、なんでもいいんで適当に運んでくれると嬉しいです」
館の保管室に向かうと、扉の前に立っているのは小柄な少女だった。寒いのか白衣の下にぶ厚い
「それはもちろん構わないですけど、大丈夫ですか? もしかして具合とか悪かったり……」
「大丈夫です。私はヘイズ様がいないと何も出来ない豚なので、もっと早起きして頑張らないといけないよです」
「ロナさん。何を言っているんですかロナさん」
彼女はヒューマンのロナ。
虚ろな瞳で指を指した先には、ドッチャリ、と。
治療に使えそうな品が山積みになっていた。他のメンバー達がせっせと運搬しているが、なぜに全て手で運んでいるのだろうか。専用の台車があるはずなのに、これでは手間も時間もかかってしまう。
「私は豚なので、団長が何をしても許さなければならないのです。あぁ、あのクソ猪、クソ幹部共、暴れて台車を全部ぶっ壊したなら、てめぇらの
「ロナさん。もういいです。休みましょう。なにがあったかは大体わかったので、とりあえず休みましょう。貴方はもう限界です。あと豚でもないです今日もとっても可愛いです」
ロナは「うぎゅぎゅぎゅ……」とけったいな呻き声を発しながら、被っている
「そうだ。本日はポーションは
「えっ」
「それなら運ばなくていい。そうですよポーションはなしで。代わりに新種の薬草を使いましょう。摂取すると痛みと苦痛が和らぎ、やがて快楽と興奮に変わることでいつまでも戦い続けられる魔法の薬うふふ」
「えっ」
ベルは目をかっ開いた。
それは絶対に癒しの草ではない。世間一般で言われるところの危ない薬だ。
「名付けて変態ゾンビパウダー。適当に調合した薬を花壇に植えたら生えてきたんです。それでいきましょうそうしましょう」
「僕が、全部、運びます!」
そんなもの飲まされるわけにはいかない。
ベルは覚悟を決めるとイカれた笑顔のロナを見つめ、ガッと肩に手を置いた。ちゃんと休むよう改めて伝えるつもりで、熱い視線を送ったのだが
「──ぁふ」
「えっ」
次の瞬間、少女の眼球が裏返った。
ぐでんと脱力して崩れ落ちそうになったところ、慌ててベルは抱き寄せた。
ロマンチックなどありはしない。ロナはブクブクと泡を吹いて、異性に見られてはいけない酷い失神顔を晒していた。あへあへ言っている。これは酷い。
「ロナさん! ロナさーん!?」
「あへあへあへ」
そして、ギョッとした顔で寄ってくるうら若き乙女達。
「なんてことだ、ついに犠牲者が……っ、大変なことになってしまった」
「ヘディン様が無能な豚は豚以下のゴミ、本物の豚の方がまだ役に立つとか言って虐めるから……」
「限界だったんだな……安らかに眠れ、ロナ」
「ベル、ロナの故郷は北の方にあるらしい。墓をどこにするかはお前に任せる」
「みなさん、何言ってるんですか? 何言ってるんですか!?」
「「つまり、明日は我が身」」
「ッ!?」
「「私達は豚、ヘイズ様がいなければ何も出来ない豚!」」
「ッッ!?」
ベルはロナを抱き抱えたまま戦慄した。
娘達はみんな目がキマっていた。白衣を着用しているものが多いこともあって、ベルの頭にはこんな言葉が浮かびあがった。
白衣の
これはきっと成れの果てだ。超
「お願いだからずっとダンジョンはやめて」
「えっ」
「ダレモオレイイワナイカンシャシナイ」
「えっ……」
「癒されっぱなし食べっぱなし散らかしっぱなし処理はぜんぶワタシタチ」
「……」
「幹部が率先して迷惑をかけるクズ死ねボンバー!」
「…………」
「ほとんど誰も褒めてくれない認めてくれないベルもヘイズさまもいないと地獄絵図」
「「
「………………」
そして、ヨロヨロと寄ってきては呪詛を唱えるような声で、不満をぶちまけていく乙女達。
みんな、目が澱んでいた。腐っていた。
ベルはそっと目を伏せた。とりあえずほんと感謝の気持ちを持って、必ず行動でも示していこうと思った。豚じゃないこともちゃんと伝えていこうと固く誓った。この人たち可哀想すぎる。
◆
ロナ
小柄なヒューマンの少女。
Lv.2の有能な
最近はヘイズが自由にダンジョンするようになったので負担激増。しにかけている。
ちっちゃいことにコンプレックスを持っており、可愛いと言われると呪いをかけてはんげきする。ベルとほぼ同年代。
◆
──ダンジョンしてもいいけど、ずっと不在なのはやめて
何よりも優先して然るべき主からそう言われたので、ヘイズは
「ウオオオオオオオオ!」
「ガアアアアアアアア!」
「うぎゃああああああああああ!?」
「
そういうわけで
刃の衝突音に爆発音、燃焼音、
それはともかく青年の顔が
「イルデ。跡が残ると可哀想なので、しっかりお薬をぬりぬりしてあげてください。あれがだんちょーなら皮を剥いで治療とするところですが、ラスクには普段からお世話になっているのでー」
「さらっと怖いとこ言わないでください!?」
怯えながら走り去っていくエルフの娘を見送りつつ、ヘイズは眠そう顔で「【
「──そのふざけた顔、燃やしてやるぞ、ヴァン!」
「お前の顔を燃やしたのはゼクトだ! まあいい! かかってこいラスク! 顔を燃やされるような無能はここで眠らせてくれる!」
「
と、凛々しい声で物騒な
ラスク・ラディール、Lv.4。
将来に大きな期待を寄せられている魔導士の青年は、顔の炎上から復活するなり
「──【オムナス・リースト】! 死ねェ!」
乱戦の中に展開される、巨大な紅蓮の
たちのぼる複数の火柱。吹きすさぶ熱風。避けきれなかった者は半殺しになった。炎に包まれながら空中に吹き飛ばされ、その上で更に焼かれる地獄連鎖。
「ひぎゃァァアアアアアア──────!?」
「グがアアアアアアアアッッ!?」
「────────────────────っ!?」
「はいはい回復しましょーね。【ゼオ・グルヴェイグ】」
回避に失敗した者達はとことん悲惨であった。
焼かれたまま回復されたりしたら、決まっている。
「見え見えの奇襲など喰らうか! 馬鹿め!」
そして、
「ははは! 流石ヴァン! ちょこちょこと軽快で羨ましいな!」
「ッッ、妙な褒め方をするな! お前っ、なんだか今日は様子がおかしいなぁ!?」
「ロナから貰った薬草を食べたら、力が漲ってきたんだぁ! 魔力充実! 元気バクハツゥ!」
「ロナ! ラスクに何を食わせたのだ! 目が常人のそれではないぞ!?」
「ロナは気絶して戻ってきませーん。何かあるなら私ことヘイズ・ベルベッドにどうぞー」
と、間延びした声で答えるヘイズ。
けっこう地獄耳。年増耳でもあるのは内緒だ。
兎にも角にもこの場合、
「ッッ、ぶっ殺す!」
「叩き潰してやる!」
「ラスクぅ! いきなりイカれるのは勝手だけど、私を狙うんじゃないわよぉ!」
「やられたらやり返す……
ラスクは凶悪な笑みを浮かべ、レロリとナイフの刃に舌を這わせた。なお彼の名誉のために補足しておくと、ラスク・ラディールは派閥内ではかなり
「はい、
「「「ウオオオオオオオオッッ!」」」
「はいほい、
「「「グオオオオオオオオッッ!」」」
「もうほんと死んでくれませんかねー、
「「「ウアアアアアアアアアッッ!!」」」
戦いは朝から晩まで続く。日没を合図に終了。そこまでは
他にはぶっ壊れた装備の処理であったり、発注していた装備が届いていたら中身を確認、倉庫まで運搬して保管したり。後は翌日に向けた薬の在庫確認。本日の反省点などの共有であったり、必要があれば幹部達も交えて話をしたり。
「「「まだまだまだまだぁ!」」」
「あー、
「ヘイズ様!?」
「息の根を止めようとしてはいけません! たしかに我々も彼らもとても楽にはなりますが……アレ? それってみなハッピーってことじゃ」
「イルデ! 落ち着け目がぐるぐるしてるぞ!」
そして、
その点、ヘイズ・ベルベッドの魔力量は尋常ではなく、Lv.3のそれではない。その気になればたった一人でこの戦線を支えるのも可能。だから負担が集中するし、そんな人物が日常的に抜けているのだから、他の者達が死にかけているのは道理であった。
「……殺しましょう! そうすればもう、トイレを我慢してマジックポーションがぶ飲みしなくてすみます! ヘイズさま、殺しましょう!」
「おやロナ、戻ってきたのですね。ふふふー、いいですよー、では一緒に撲殺の踊りを」
「
「やばい! 誰かヘイズ様たちを止めろ!」
「ベルは! ベルはどこに行ったの!? このままだと治療師がトドメを刺しにいっちゃう! 助けてベルー!」
しかし、女神が認めている以上はヘイズを恨むことはできない。というか彼女達はわかっているのだ。
いないと回らない。自分達には無理。そう言って泣きつくのは簡単だが、白旗を上げた先に待っているのは敗北であると。どうせ自分なんて、自分には才能はないし、本気でそんなことを言っている奴は【フレイヤ・ファミリア】には
「──それじゃ、よろしくね二人とも」
他方。
館の大広間。優しげな微笑を落とすのは、みんな大好きフレイヤ様であった。本日も変わらず
ベルは『美の波動』と呼んでいる。
「
ベルは神妙に頷いた。
フレイヤの微笑は崩れないが、言っていることはかなり厳しい内容だ。
新入団員が来るから相手をしてやって欲しい。
そう言われたのが昨日の晩。だが、夜が明けたら入団試験に変わっていて、しかもこちらの判断で不合格にしても構わないという。理由はひとつではないのだろくが、どうしても手に入れたい相手ならこんなことはしまい。
「わかりました。ですが、Lv.4の前衛と3の魔導士ですよね。それも
透き通るような声で尋ねるのは、隣に立っている魔導士の娘である。白に近い
「それなのに切っても構わないということは、向いていないということでしょうか」
幹部候補、レミリア・バレンティアLv.4。
聡明そうな顔立ちの娘──女性で、派閥内ではかなり常識的な部類に入る。発狂すると全てを燃やし尽くす放火魔と化すが、怒らせるようなことをしなければ問題はない。
ベルは本日、彼女と一緒に入団希望者の相手をして、採用か不採用か決めなければならない。嫌な役目である。昨日の段階では洗礼で戦うだけのはずだったのに、どうしてこんなことに。
「そうよ。正直言って、どうしても欲しいかと言われるとそこまででもない。うちへの適性は
それこそ、【ロキ・ファミリア】あたりでもいいのではないか。フレイヤはそう続けた。なんとも厳しいものだが、仕方ない。フレイヤは魂の色を見抜く。なんとなく大成しそうかそうでないか、見ただけでわかるそうだ。
そして、フレイヤに求められるためには
まず第一に
元々は乗り気じゃなかったのだ。魂の存在感が薄すぎるから、これじゃすぐ死にそうだとか言って。フレイヤの慧眼でも外れることはあるのか、ベルは未だ五体満足で生きているけども。
「そういうわけだから、よろしくね。ヘルンに案内させるから、相手をしてあげて。場所は洗礼の隅の方でいいでしょう」
「わかりました。身に余る光栄、しっかりと努めさせていただきます」
「えーっと、頑張って戦います」
透明な瞳に決意を込めるレミリアの横で、ベルは格好良いことを言おうとした。何も思いつかなかった結果、頭の悪い決意表明しかできなかったが。
「……ベル、もっとなにかないの……?」
「……すみません」
すかさずレミリアから指摘が入った。彼女は礼節さえ守っていれば無害だから、どこぞの鬼畜エルフのように罵倒したりはしない。まあ、顔はちょっぴり引きつってはいたが。
「仕方ないわレミリア、ベルだもの」
「はい……そうでした。ベルですもんね」
「……? どういうことですか?」
主神が苦笑いで落とした言葉に、レミリアはがっくりと肩を落として納得する。よくわからなかったが、ベルは複雑な気持ちになった。今のは間違いなく馬鹿にされている感じのやつだ。
「じゃあ私は部屋に戻るから、後はよろしく」
「はい。かしこまりました」
「あれ、見に来ないんですか?」
「ベル、言ったでしょう。任せたって」
フレイヤは
試験を見にすら来ないらしい。ひらひらと手を振りながら、女神は本当に部屋に戻って行ってしまった。
入団希望者がどんな人達かは知らないけども、これだと流石に気の毒なんじゃ……。ベルはそう思ったものの、こんなのは
「ベル、どうする? 前衛やる? 後衛にする?」
とにかくやれと言われたものは仕方がない。ベルはレミリアと共に原野へと向かう。「ウオオオオオオオオ」とか「ああああああああ」とか「しねしねびーむー!」とか聞こえてきてうるさいが、とりあえず役割分担は決めておかなければ。
試験内容は二対二の単純な
レミリアの方がLv.は上だが、魔導士の彼女に前衛をやらせるわけにはいかないだろう。
「僕が前でいいですよ。普通のLv.4なら対処できると思うんで」
「おー、頼もしいわね〜。でもそうね〜、なんだったら二人で突進してみる? 後衛なしで」
相手の力量を見てからにはなるが、翻弄できそうなら少し
レミリアは続けてそんなことを述べると、清純そうな顔に悪い笑みを浮かべた。
「格下の魔導士ならぼっこぼこにできると思うし、どう?」
「うーん……
「でしょでしょ! それじゃいけそうなら二人で接近戦ってことで。あ、でも平行詠唱で
お姉さんはなんだか楽しそうである。
ベルも想像したらワクワクしてきたので、早く戦いたくなってきた。
「作戦名は……剣でザクザク杖で撲殺☆ 魔法でミラクル☆バコバコ爆破ドッカーン作戦……とか、どうかな……」
そして原野に足を踏み入れた直後、それまではハキハキ話していたレミリアの声が小さくなった。何やらモジモジしている。
「……ごめん、忘れて」
彼女はネーミングセンスがイマイチだった。
ベルとしてはそこまで気になったことはないのだが、本人は言ってから恥ずかしくなるらしい。
「大丈夫です! いいですよね! カッコイイです!」
ならば、ベルがすべきことは
淑女に恥をかかせてはいけない。ここは後輩としてもレミリアを盛り立ててあげるべきだと、グッと拳を力強く握り締め、男らしく声を張った。
「剣でザクザク杖で撲殺☆ 魔法でミラクル☆バコバコ爆破っ」
「復唱しなくていいからっ!」
結果、真っ赤な顔で叱られた。
とはいえ誰かさんのように罵倒なんてしてこない。
雷撃を浴びせてくることも、槍で串刺しにしてくることも、轢き殺してくることもない。つまり、レミリア・バレンティアとは、とても平和的なお姉さんだと言えた。
「すみません……つい! なんかあの、語呂が良くって! 口ずさみたくなる感じの!」
「どこが!? 本当にそう思ってるんだとしたら、センスなさすぎるわよ!」
こうしていると危ない香りは全くしない、清純なお姉さんにしか見えないが、彼女を怒らせてはいけない。かつて火あぶりの刑に処されたことのあるベルは、レミリアの恐ろしさを知っていた。
今は
全く怖くないわけではない。