カースオブレッシング   作:なとり

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前途南無南無?

 正義の味方。

 どんな相手も助けようと奔走して、本当に救ってしまうような存在。そういったものにベルは大いなる憧れがある。御伽噺(おとぎばなし)に出てくるような誰でも何でも救って、救って、掬い上げるような、そんな凄い人になりたかった。まあ、ベルの思い描いている『正義の味方』の憧憬(イメージ)は、厳密には『正義』というよりも『英雄』なのだが。

 

 

『ベル、この後はどうするの?』

 

 およそ二年前だ。

 フレイヤに連れられて足を運んだとある国で、ベルは悪人のような台詞(セリフ)を吐いた。

 

『全部、()()()()……闇に葬ります』

 

 大陸東部に存在する魔法大国(アルテナ)の目と鼻の先。同国と同盟関係にある『アストラ』という、古き良き国……のはずだったのだが、なんやかんやあって()()()()()()。しかも怪しい企みとかが色々と出てきて、最終的には()()してしまった。まあ、国民全員を皆殺しとかそういうわけではなかったが、王族はみんな死体になった。

 

『それは構わないけれど、その後は?』

『……忘れます。少なくとも、この部屋で知ってしまったことは、部屋を出たらなかったことにします』

 

 この時、殲滅に協力したのはエルフのメルーナ。

 

『みんな、どう思う?』

『いいのではないですか。私もそうすべきだと思います。()()()()()見たもの聞いたもの、全て忘れるべきだと。馬鹿正直に共有したところで面倒事を増やすだけ。持ち帰るべきではない』

 

 ()()()死ぬまで忘れられないだろうが、努力はしようと思うと彼女はぼやいた。妖精らしい端正な顔に浮かぶのは苦笑い、いや自嘲であった。

 

『ラスク、あなたは?』

『俺もそれでいいと思います。()()()()で見たもの聞いたものは、なかったことにしましょう。まあ、王族を()()()にしてますからね……どうしたって事情は聞かれるでしょうが、経緯については話しても構わないでしょう』

 

 後は、ヒューマンのラスク。

 

『ヘディンは?』

『純粋に()()()()()()。この旅での選択は愚兎(ぐさぎ)達に委ねるという約束です。私はただ静観するのみ』

 

 後は白妖精(ホワイト・エルフ)のヘディン。女神の護衛として同行していた彼は、なんとも投げやりな回答をした。

 

『もしかして、怒っているの?』

『当然でしょう。今回の旅。御身の意向については理解しておりますが、愚兎(ぐさぎ)の動きはどれもこれも不愉快だった。最後の最後まで詰めも甘い。まだ吐かせるべき情報があったというのに、激情に身を委ねて終わりにしてしまうとは』

 

 ヘディンは吐き捨てた。鋭い眼光でベルを射抜き、物言わぬ肉塊達を見下ろす。

 ベルの足元には死体が三つ転がっていた。小国の王と王妃、そして魔法学者の男。そこは王城の一室だった。城の外では反乱軍達が喜びの咆哮を何度も打ち上げ、みすぼらしい姿の国民達は涙を流して喜んでいた。

 ベル達が首を突っ込んだのは、革命戦争。その中で扱いに困る事実を知ってしまい、それについてはなかったことにすることにした。ベルの意向だ。絶対にオラリオには持って帰りたくない話だったから。

 

 

『たしかに最後はスマートではなかったわね。そこは反省してもらうとして、ヘディン。貴方も()()()()忘れるように。この旅で起こったことへの向き合い方、選択はベル達に任せる。それは最後まで変えるつもりはないから』

『わかっております。もとより、他人の過去を掘り返して悦に(ひた)る趣味はございません』

  

 苦々しい顔で長嘆する白妖精(ヘディン)を、ベルはぼんやりと見ていた。

 妙に現実味がなくて、上手く体に力が入らなくて、なんだか夢の中にいるような心地だった。

 オラリオは何かと物騒だが、それでもこの時まで他人の命を奪ったことはなかった。何があろうが命を奪ってやろうと思ったことはなかったが、この時は明確な殺意を持って殺した。そうするしかないと思ったからだ。

 

『──それじゃ、話は終わりね。この国はひとまず転機を迎えるけど、後のことは私達の()()()()()()()()()。帰りましょう、オラリオに』

 

 フレイヤの号令で部屋から出た後、ベル達は分担して王宮を()()させた。

 高価な機材だらけの実験室については、特に徹底的に。そこに保管されていたのは()()()()()()()()死肉の山と、魔導士達の血と涙が詰まった研究成果。集めた素体の生命力を尽きるまで吸い取り、魔法の才覚がある人間に吸収させる。その小国は、そういったおぞましいやり方で力を高めていたのだ。

 

『意外だった。お前もキレたりするんだな』

『そういうメルーナさんは全くキレないですよね……見たことないです』

 

 それなら、やめさせたベルは正義だったのか。それはきっと違うんだろうと思う。フレイヤの言う通りスマートなやり方でもなかった。もっと吐かせるべきことがあったのに、事実を隠したい一心で(あせ)って、一撃で終わらせてしまった。

 王族殺し、放火、証拠隠滅。どう考えても正義の所業ではなかったが、

 

『私にはお前がよくわからない。英雄にでもなるつもりか。今回の件でそう思ったんだが、違うか?』

『……? いや、それはなれるものならなりたいですけど』

 

 取っ付きづらいエルフには、英雄的な行いに見えたらしい。帰り道で質問されたベルは思い切り困惑し、この人は変わっているのかもしれないと思った。

 まだ一年しか経っていない。忘れなければならないと思いつつも、自分の罪までなかったことにするのはいかがなものか。ベルは今でも悩んでいる。

 

 

 ◆

 

 

「僕っておかしいんでしょうか……ヘイズさん……はぁ」

「頭ですかー? はい、変だと思いますよー。フレイヤ様のことが何よりも命じゃなくて、まさかのお母さんに見えちゃってる人なんて、この【フレイヤ・ファミリア】にはベルくらいしかいませんから」

「なんでお尻を杖で叩くんですか、ヘイズさん……」

「べつにー、ただ手持ち無沙汰なだけですよー」

 

 ルーク&ナノことナタリノーエの入団試験で、二人をぼっこぼこにぶっ倒した翌日。 

 ベルはヘイズと一緒に白い建物を訪れていた。清潔感に満ちた治療院、最大手製薬系派閥【ディアンケヒト・ファミリア】の本拠(ホーム)である。入口には派閥を示す光玉と薬草のエンブレムが飾られていた。

 本日のダンジョン死の進軍(デスマーチ)はなし。

 早朝にフレイヤから呼び出しがかかり、

 

『あなた達が採取してきた黒い液体。【戦場の聖女(デア・セイント)】にも渡したのよね? 彼女の所見を聞いてきて頂戴。それから、例の女体型(モンスター)──三相女神と戦った階層を調べてきて欲しいの。お願いできるかしら?』

 

 と、超重要な任務(ミッション)を与えられたのだ。ただし二人の捉え方には差異があって、ベルはフレイヤに言われたら普通に従う。お母さんに頼まれたなら頑張って取り組む。そういう感じ。

 対してヘイズは狂信者である。この世には白と黒があるけれど、判断するのはフレイヤさま。フレイヤさまが白と言えば黒い兎は黒くなくて白いし、フレイヤ様がベルは黒髪だと言えば黒いペンキを持ってくる。

 たくさん眷族がいる中で私に頼んでくれてありがとうございますフレイヤさま、がんばりますよがんばっちゃいますよフンフンフンー。マイ女神ラブラブラブリーラブラブリー、とか心の中で歌っている。ベルのフレイヤに対する感情と比べると、かなりの温度差がある。なにせ片やお母さんだ。お母さん。

 

 

「お待たせいたしました。ここではなんですので、面談室へどうぞ」  

 

 ヘイズにお尻を殴られ続けていると、通路の奥から小さな女性が歩いてきた。

 

「あ、おはようございますアミッドさん」

「どうもー、聖女様は今日も可憐であらせられますねー」

 

 ぺこりと会釈をした彼女に、ベルは気さくに、ヘイズは棒読みで声をかける。

 身長一五〇(セルチ)に満たない小柄な女性だ。

 その整った容姿は、たとえるなら精緻な人形のような。色白な肌に流れる白銀の髪は神聖な印象を引き立てており、ぱっちりとした瞳の色は薄い紫。

 白を基調とした派閥の制服は、見る者に治療師を連想させる。

 アミッド・テアサナーレ、Lv.2。

 オラリオで最も名声を集めている治療師は、ヘイズではなく彼女である。二つ名は【戦場の聖女(デア・セイント)】。

 

「お褒めいただき光栄です、ヘイズ様」

「うわー、朝から神聖ー、こんな朝早くから神聖(セイント)神聖(セイント)してるなんて、私は浄化されてしまいそうですよ、ベルー」

 

 ヘイズはおよよと目を擦ってふらついた。もちろん演技である。ヘイズ・ベルベットは基本的に緩く適当な人間だ。相手が真面目に接してきたとしても、真剣に対応するとは限らない。

 

「あの……? セイントセイントとは……」

「すみませんアミッドさん。ヘイズさんはよく変な発言をするんです。悪気はないんで──いたァ!」

 

 ベルはアミッドに友好的な笑みを向け、そして尻に衝撃が走った。紅黄金(くれないおうごん)のヒールロッドによる打撃である。なおパワーはLv.4相当。Lv.3のそれではない。

 

「っ、おしりが……っ」

「ベルー、よくないですよそういうのー。かれいなフォローとかできないでしょー? 慣れないことしてもいいことないから、そういうのやめましょーねー?」

 

 何が良くないというのか。

 ベルは涙目でヘイズを睨んだが、彼女は「ふーん」とそっぽを向いた。

 

「あの……よろしいでしょうか。例の液体についてお話したいのですが」

 

 アミッドは困惑しながらも話を進めた。特殊なノリについていけていないのは明らかだが、それでも頑張る聖女様。治療師としての性というやつなのか、ベルのお尻を数秒程度凝視(ガンミ)していた。少年の尻については大丈夫だと判断したのか、彼女は何も言わなかった。

 

「あ、はいー。よろしくお願いします。なにかわかりましたか?」

「ええ、それが少々ややこしい……込み入った状況になっておりまして」

「……おしりが、痛い」

 

 案内された白い部屋に入り、ベル達は隣り合う形で椅子に座る。設置されている机の上には四角形の何かが置かれており、上には布が被せられていた。

 未だにジンジンする尻。しかし骨に異常はなさそうだ。向かい側にアミッドが腰を下ろし、神妙な面持ちでベル達を見る。

 

「一応、このように()()してあります」

「封印……?」

「えー、なんですかその物騒なひびきー。すっごく嫌な予感ー……」

 

 アミッドはその美しい指で布を摘むと、ゆっくりと上に引き上げた。中身が顕になる。そこにあったのは水槽のような容器だった。ただし完全に密封されており、中に入っているのは澄んだ水ではないし、綺麗な魚も見当たらない。

 

「え……なにこれ」

「……うわ、気持ち悪っ。なんなんですかこれー」

 

 ベルはヘイズ共々(ともども)ドン引いた。

 透明な容器はどす黒いヘドロのような物体で満たされており、絶えず弾けているのは無数の泡。何より異様だったのは、角に張り付いている()()()()の肉塊だった。

 大きさはベルの拳より少し小さい。表面には血管のような筋が浮き出ており、生き物のようにドクンドクンと脈打っている。

 

「お二人から預かったものです。昨日からこのような状態に変貌してしまい、やむなく封印を施した次第です」

 

 アミッドは青ざめた顔で告げた。 

 いやいやいや、()()()()()怖いよ。ベルは引きつった顔でそう思った。

 

「あ、アミッドさん……あの、これからも何かしらお願いすることもあると思うんですけど、こういう時はすぐ言ってくださいね……何かあったらどうするんですか、呼んでくださいよすぐに」

 

 ベルはダラダラと汗を流す。

 こんな肉塊は液体を採取した時にはなかった。というか液体の量は倍以上に増えてるし、どう考えても尋常ではない。ドクンドクンと脈打っている様はまるで何かの心臓のようで、ここから何か生まれるのかも……なんてゾッとしない想像が掻き立てられる。

 

「お声がけしようかとも思ったのですが、なにぶん夜が遅かったもので……」

「いや関係ないですから。貴方に何かあったら死んでお詫びすることになるんで、危ないと思ったらすぐに僕を──イタッ!‍?」

 

 肝が据わっているというか、気遣いがすぎるというか。何も気にしなくていいから大丈夫だからと、熱く真剣に情熱的に伝えたところ、突如として背中の肉に激痛が走った。

 ヘイズである。女神のような美しい微笑みを湛える一方、(すご)い力でベルの背中を(つね)り上げている。右手で。ヘイズが座っているのはベルの左側だ。いつの間にやら最初より距離が近くなっている。

 

「だーかーらー、そういうのがよくないって言ったでしょー! 昨日のレミリアといい、どーしてナチュラルにそーゆーことをするんですかー! いつか刺されますよ本気(マジ)で!」

「いだだだだだだ!」

 

 ベルは情けない悲鳴をあげた。

 

「いけませんヘイズ様。暴力という安易な方法に頼っては治療師の名折れ。人類(われわれ)には言語という怪物にない素晴らしい力が──」

「──ハイハイハイ、神聖神聖(セイントセイント)。わかりましたよもー」

「先程から疑問が消えないのですが、セイントとは一体……もしや、私の二つ名を呼びやすように縮めて」

「真面目に考察しないでもらえますか。あーもー、話が進まないじゃないですか。本題に入りましょー、本題にー」

 

 アミッドが真面目にセイントセイントなことを述べて、そしてヘイズはやさぐれた。ふくれっ面で「本題本題」と連呼する。暴力行為に走って話を脱線させたのは彼女である。

 

「あー、ほんっと面倒事ですねー……真面目な話それ、どう見ても心臓ですよね」

 

 ヘイズは「うへー」と顔をしかめた。ベルの背中から手を離し、じっと容器を凝視する。

 

「そうですね。心臓かと。どこをどう見ても生きているとしか」

「いや……ただの液体だったはずなんですけど」

「ベルー、()()()じゃありませんよー。新種のモンスターの死骸が溶けたやつです。しかもゴライアス級におっきな女神みたいな奴が三体。強さ自体は見かけ倒しではありましたが、いやーな予感はしてたんですよねー」

 

 ベルは「ですね……」と小さく首を揺らした。

 たしかに普通か異常かで言えば間違いなく後者で、実を言うと嫌な予感がしてたのはベルもだ。まさか心臓が生まれているなんて夢にも思わなかったが。

 ちなみに、黒い液体はフレイヤにも提出済みだ。もっともそちらは既に廃棄完了しており、オッタルがダンジョンの中に捨ててきたとのこと。ちゃんと燃やしたから問題は無いはず……と聞いている。何事もないことを祈るベルであった。

 

 

「【戦場の聖女(デア・セイント)】、あなたの所見はどんな感じですか? こちらでも調べてはみたんですけど、成分が未知すぎて分析できないんですよね。わかったことといえばせいぜい、()()を放っているということくらいで」

「それは……こちらも把握しています。ですが、それ以上のことはなんとも……」

「ですよねぇー……」

 

 ヘイズはため息まじりの声を発した。似たような成分を持つ物質に心当たりはなく、ゆえにどういった性質なのかもわからない。微量な魔力を放っていることは判明したが、何がどう作用しているのか、そもそも作用と呼べる現象なのかも不明。

 魔力を垂れ流しているだけという可能性もある。

 ただ、そんな中でも気になることはあって、分析(サーチ)魔法を使える団員に調べさせたところ

 

『え、気持ち悪……なんか混ざってる……うえっ』

 

 とのことであった。

 その言葉だけだと感覚的すぎてよくわからなかったが、詳しく聞いてみると何となく理解できた。

 

「気になる点があるとすれば、どうやら混ざってるみたいなんですよねー」

「……? 混ざっているとは……?」

「魔力が、ですよ」

 

 怪訝な顔に変わるアミッドに、ヘイズはゆったりとした口調で説明した。

 その団員によれば、魔力というのはそれぞれ色のあるのもの。フレイヤが魂の色がわかるように、自分は魔力の色がわかるのだそうだ。まあ、色があるのはベルもヘイズも知っている。魔法使うと光るし。

 だが、その団員によれば、本当の色は別ということもあるようで、通常の魔法行使の際の発光色と同じ場合もあれば、違っている場合もある。

 そしてその色は人間、あるいはモンスターごとに微妙に異なっていて、濁っていることもあれば透き通っていることもあるとのこと。

 それが、混ざっているように見えたのだそうだ。

 まるで複数の魂を混ぜ合わせたかのように──。

 

 

「同一の物質の中で複数の魔力が重なって……それは……なんといいますか……そんなことがあるのでしょうか?」

「あるんでしょーね。実際そうなってますし」

 

 ヘイズは軽い口調で答えた。そして、だからどうなのと言われてもわからんとも。

 

「現時点では『混ざってますよー』という結果しかわかりません。ですので、とりあえず現場に行って周りを調べてみるつもりです。あの新種はあれ以来出てないみたいですが、是非とも顔を出して欲しいところですねー」

 

 それはそうと「未知めんどいですねー」、とヘイズはうなだれた。ガックリと。だらんと。

 

「……まあ、ダンジョンにはまだまだ未知の素材が眠っています。そういった成分を宿したモンスターもいるはずですので、未知だからといって過度に恐れる必要はないかと」

「それはそうですけど、ヘドロから心臓が生まれるとかどう考えてもやばいでしょー。とりあえず危ないから引き取りますよ。考えたくもないですけど、ゾンビに変身してみなさんに襲いかかり、ゾンビパンデミックが起こったりしたら大変です」

 

 ヘイズはやけに具体的な懸念を述べた。

 ベルはぶるりと震えた。治療師から続々とゾンビが出てきて感染爆発。想像しただけで恐ろしい地獄絵図である

 

「ゾンビパンデミックはともかく……申し訳ありません。お役に立てませんでしたね」

 

 アミッドは暗い表情で目を伏せたが、彼女が気に病む必要は皆無(ゼロ)だ。これを発見したのも、調査を命じられているのもベル達だ。アミッドはあくまで部外者だし、二人としてはなにか分かったらいいなーくらいの軽い気持ちだった。

 

「いえ、無理を言ってるのはこちらなのでー。また何かあればお願いさせてもらうので、よろしくお願いしますねー」

 

 治療師での収穫。

 何もわかりませんでした。しかし謎の心臓が誕生していて、謎がさらに深まりました。収穫どころか悩みの種が増えてしまったが、なかったことにはできないので現実を受け止めるしかない。

 

「……なんだろ、どこかで見たことあるような」

 

 話は終わり。かと思われたのだが、ここでベルは首をかしげた。何かこう、既視感がある。拳大の剥き出しの心臓もどき。見たことがある。そうだ、あれはたしか……

 

「ベルさん? なにをですか? もしや、この心臓もどきを?」

 

 ガタッと音を立てて、アミッドが身を乗り出してきた。いつしか目線が下がっていたベルは、ハッと顔を振り上げて、見てしまった。

 淡いとは言い難い果実のような膨らみ。恐らくはヘイズに匹敵するであろうそれを。

 

「……いえ、なんでもないです」

「はぁ……そうですか」

 

 なお、治療師の制服は体にぴったり張り付く(フィットする)形状で、(ライン)も凸凹も実によくわかってしまう。そしてヘイズはベルの視線には敏感なので、しっかり破廉恥を察知した。

 

「では私達はこれでー。いきますよベル」

「──いだだだだだだっ!‍?」

 

 先に立ち上がったヘイズはベルに優しく手を伸ばし、背中をつまんで引き上げた。女性の胸部を凝視するなど何事か。フレイヤ様にかわってお仕置きだと言わんばかりの馬鹿力で、骨と肉を引き剥がす勢いで引っ張った。

 

「い、いけません! 人類には言語という素晴らしい──」

「──はいはいセイントセイント。それもういいですからー!」

 

 慌てて止めに入るアミッドはやっぱりセイントセイントしていた。ヘイズは「うげー」と舌を出し、ベルを引っ張って部屋を出る。

 

「お待ちください。そういえば、気になることを思い出しました」

「えー……」

 

 しかし、セイント聖女様に呼び止められてガーーーックリと肩を落とす。ベルはそうでもないのだが、ヘイズはこの空間自体が苦手らしい。綺麗すぎると疲れるのだそうだ。

 なんでも完璧すぎるのは宜しくないとのこと。

 何事もほどほどを好む女、それがヘイズ・ベルベットなのである。

 

「イタタ……えっと、アミッドさん。思い出したって何を……」

 

 ベルは背中を擦りながら、涙目でアミッドに歩み寄った。近づく必要はあったのだろうか。そこのところ意味のない接近は怒られる元なのだが、少年はあまりに無自覚であった。

 

闇派閥(イヴィルス)はご存知ですよね」

「それはもちろん知ってますけど……」

「あのなんちゃってテロリストさん達ですかー、大したことできないくせに態度ばかり大きな方々ですねー、最近は大人しいみたいですけど」

 

 

 ──闇派閥(イヴィルス)。 

 

 その名の通り悪の組織だ。

 十七年前に時の二大派閥、ゼウスとヘラがオラリオから去った直後、都市が弱体化した隙をついて悪さを始めた破壊者(テロリスト)達。

 今日に至るまでの悪行は数え切れず、魔石工場を爆撃したり街中で無差別自爆を行ったり、結構な数の人間の命を奪っている。ダンジョンはモンスターの群れを冒険者にぶつける『怪物進呈(パス・パレード)』を仕掛けてみたり、階層主(モンスター・レックス)を誘導して敵味方入り交じった殺戮風景を演出したり、ロクでもないことしかしない困った方々。

 一時期はかなり活発に活動していたが、最近はほとんど名前を聞かなくなった。まあ、そもそもギルド側の冒険者の方が数も戦力も()()()に上回っている。二大派閥の失脚による一時的な弱体化を好機とみなして台頭──したところまではよかったが、正面衝突したりすれば、滅びるのは向こうだ。ギルド側に大きな隙がなければ動けないのだろう。

 

 

「その闇派閥(イヴィルス)がどうかしたんですか?」

「ええ、彼の者達が活発に動いていた頃、冒険者の失踪が相次いだことがあったようで。そのほとんどがLv.1の駆け出しだったようなのですが……」

「それ、普通にダンジョンで殺されたとかじゃないんですかー……?」

「勿論それもあったようなのですが、どうやら相当数が拉致されて、()()()にされていたようなのです。私はその頃はまだ幼かったですし、お二人も冒険者にはなっていなかったでしょう」

 

 時期にして十五年前。

 二大派閥壊滅から二年後の年。闇派閥の拠点のひとつで()()()()()()()

 魔力をたらふく流し込まれた()()()が巨大化して暴走を始め、ダンジョン上層にいた冒険者を次々と()()したのだとか。そして、その肉の正体はとある神の眷族で、闇派閥(イヴィルス)の魔導士達は何らかの術式を用いて、一人の人間に複数の冒険者の魔力を──生命力ごと流し込んだ。

 

 

「討伐にあたったのは【ロキ・ファミリア】。フィン様達と先達の方々です。【ディアンケヒト・ファミリア】は後方支援で当時の団長、ほか三名が同行。当時の混乱ぶりを考慮して、ギルドは情報を公開しなかったようですね。なにせ一般人からも多数の被害者が出たようなので、パニックになるのを懸念しての処置でしょう」

 

 アミッドは派閥の新たな団長になった時、その事件のことを聞かされたらしい。もう十五年前も前の話だから、別に話しても構わないだろうと溜息(ためいき)を漏らす。

 

「剥き出しの心臓については記録がありませんでしたが、混ざり合った魔力という点については、共通項かと」

 

 ベルはヘイズと顔を見合せた。 

 たしかに共通点だ。そして闇派閥(がら)みだったらとっても嫌だ。あの方々はロクでもない行為に定評がありすぎるので、変な儀式をおっぱじめている光景が容易に想像できる。近頃は大人しいのも不気味に拍車をかけていた。

 

 

「……わかりました。ありがとうございます、アミッドさん。人為的なものかもしれないってことは注意して、気をつけて調べてきますね」

「あー、雲行きがどんどん暗黒になっていくー、嫌な予感しかしないんですけどヤダー」

「……どうかお気をつけて。何かあれば訪ねてきてください」

 

 セイント聖女様とのお話はこれで終わり。

 アミッドに見送られ、ベルはヘイズを引っ張って外に出た。すっかりテンションが下がって生ける屍となってしまったからだ。ヘイズは面倒事の臭いを嗅ぎすぎると放心してしまうことがある。

 ただでさえ日常的に酷使──頼んでないのに──されまくっているので、めんどーくさいことが増えるのは本当に本気(ガチ)で嫌なのだ。

 

「ヘイズさーん、しっかりしてくださーい……」

「フレイヤ様のためにー、うふふー」

 

「あー」とか「うー」とか言って幼児退行しているヘイズの手を引き、よっこらえっこらダンジョンへと向かう。

 手を繋ぐのは別に恥ずかしくない。

 これも慣れというやつである。相手がレミリアあたりなら赤面しているところだが、何度も同じことをしていればベルとて余裕が出てくるというもの。

 入口の螺旋階段前までやって来ると、すっぽりと外套(フーデッドローブ)を被った後ろ姿が振り向いた。身長はベルの顎下くらいと小柄な女性。()()()のある杖を抱えた、黄金色の髪のエルフだ。

 

「すみません、お待たせしました」

「遅いぞ。何をちんたらしていた」

 

 瞳の色はアミッドに良く似た紫系統。アメジストの宝石を連想させる輝きを宿している。

 

「少し話が長引いちゃいまして……」

「そんなことはわざわざ言わなくてもわかる。おい、ヘイズはなぜ溶けている。わけがわからん」

「うふふー……」

「ヘイズさんは……疲れてるんです」

「……ああ、うん。そうだろうな。ベル、それも言わなくてもわかる」

 

 鈴のような声でぶっきらぼうに喋る彼女は【フレイヤ・ファミリア】の同僚、メルーナ・スレア、Lv.4。

 暗い森に住んでいそうな魔女の様相を(てい)しているが、これで中々の武闘派だ。

 ベルは今よりもっと弱かった頃、彼女(メルーナ)に両手両足を全てもがれたことがある。一回の戦闘で一気に全てではない。毎回どこかしらもがれて、気づいたら全部を経験していたということだ。

 

「フレイヤ様から聞いている。行き先は下層だな。私もあのお方から命を受けた身。本来なら()()()気乗りのしない案件だが、前向きに取り組ませてもらおう」

 

 妖精らしく、というか流石は美の眷族ということで、妖精の中でも美しい方だとベルは思っている。

 フレイヤは二人に丸投げは可哀想とのことで、このメルーナにも手伝うように言ってくれた。

 ベルは破顔した。この人がいてくれれば非常に心強い。ヘイズもそうだがメルーナも何かと博識だから、戦闘以外でも力になってくれるはずだ。 

 

「ありがとうございます! あー、なんだか嬉しいなぁ! 久しぶりじゃないですか、メルーナさんとダンジョンに入るの! なんだか楽しみですね!」

「私は別に嬉しくはない。全くもって楽しみでもない。歓喜する意味が不明だ。お前はたまに頭がおかしくなるが……まぁいい。時間は有限だ。さっさと行くぞ」

 

 メルーナはにこりともしないが、ベルはにっこにこである。ちなみに(ベル)はエルフが好きだが、仲間に対して邪な感情を抱いたりはしない。本当だ。嘘じゃない。これは何のアピールなのだろうか。

 とにかくメルーナとヘイズの組み合わせは強力だ。

 片や絶対記憶で自動地図作成(マッピング)してくれるし、離れた場所を索敵できる便利な魔法も持っている。そしてヘイズは言わずもがな。ただでさえ死なないベルをもっと死ななくしてくれるので、ベルにとっては唯一無二の治療師(ヒーラー)である。

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