カースオブレッシング   作:なとり

7 / 7
ここの人間関係はめちゃくちゃです。


妖精難地獄①

「こ、こんにちは……」

「……」

 

 場所は別世界とも言われるダンジョン『深層』。

 白濁色の迷路の中を歩いていた金髪金眼の美人剣士、アイズ・ヴァレンシュタインは挨拶をした。前から巌のような巨体が歩いてきたからだ。

 オラリオ最強の男、オッタル。Lv.7。

 アイズは仲間達と共に『深層』を探索していたが、彼は一人であった。アイズは女剣士の中では最強と言われており、Lv.5。

 二つ名は【剣姫(けんき)】。

 都市の最上位グループの『第一級冒険者』の括りではあるが、しかし一人で深層に乗り込むなんてアホな真似はしない。いつかやってみたい気持ちはあるが、今はまだそのときではないと思っている。

 

「……? こ、こんにちは……」

「……(コクッ)」

 

 アイズは繰り返し挨拶をした。彼が所属する【フレイヤ・ファミリア】との折り合いはよくないが、目が合ってしまった以上無視(むし)は気まずい。

 それに、母親も同然のハイエルフ、リヴェリアにはよく言われているのだ。

 挨拶は人として当然の礼儀だ、と。

 

「こ、コンニチハ……?」

「……(コクリ)」

 

 そして目上の者を敬うよう教育もされてきたので、ならばオッタルには挨拶しなければならなかった。当然の礼儀は果たすべきだし、オッタルはオジサンで目上の人間でしかない。たとえ仲の悪い派閥の団長だったとしても。

 

「……オッタル。返事くらいしてあげてくれないか。うちのお姫様が挨拶をしている」

 

 そう言って苦笑いを浮かべるのは、黄金色の髪の小人族(パルゥム)だった。

 フィン・ディムナ。【ロキ・ファミリア】の団長でLv.6の実力者。本日はアイズの特訓に同行していた。二つ名は【勇者(ブレイバー)】。

 

 

「……フィンか。俺はたしかに返事はした。とやかく言われる筋合いはない」

「迫真の表情(カオ)で頷くのが普通の挨拶なのかい? 【フレイヤ・ファミリア】では」

「……世間話をしている暇はない。元より、雑談をするような間柄でもないはずだ」

 

 オッタルはダンジョンの闇を見据えると、悠然とした足取りで下り階段の方角に向かった。

 最強の背中を食い入るように見つめ、「私もウダイオスと決闘したい」と願望を漏らすアイズ。フィンは弱々しい動きで首を横に振る。

 

「ウダイオスでもウダイメスでもいいから、決闘……」

 

 フィンは嘆息した。

 ウダイオスとは深層の階層主(モンスターレックス)で、見た目は巨大な漆黒の骸骨である。性別などない。多分。

 

「やめるんだ、アイズ……それとウダイメスなんてモンスターはいない……オスとかメスとかって意味じゃないから、ウダイオスのオスは」

 

 勇者がぼやき、剣の姫は唇を噛んだ。

 オッタルの姿はもう見えない。アイズ達の周りでは【ロキ・ファミリア】の幹部達がせっせと骸骨剣士を粉砕していた。中でもアマゾネス姉妹がバーサーカーの如く暴れ回っている。

 こうして、ひと時の出会いは終了した。人知れず果たされた猛者達の邂逅(であい)は、特に何も起こらずに終わったのだった。

 

 

 ◆

 

 

 広大で、長大な大空間。

 ベル達は長方形の大広間を進んでいた。

 大円形の入口から広間の奥までは、およそ二〇〇MA(メドル)ほど。ここを抜ければ18階層──ダンジョン内における貴重な補給地点、『リヴィラの街』に到着する。

 

「ルークさん達は階層主(ゴライアス)と戦ったことは‍?」

「ああ……一昨年、『学区』の実習でダンジョンに潜った時に、当時の教導官(インストラクター)と一緒に」

「そうですか」

「ああ……」

 

 17階層最奥、嘆きの大壁。本来ならここにゴライアスという超巨大なモンスターがいるのだが、現在は倒されてから時間があまり経っていない。

 階層主と呼ばれるモンスターは他の怪物達とは違い、複数体の同時出現はないとされる。再出現(リポップ)はするものの、約一ヶ月の次産期間(インターバル)が必要で、次に出てくるのは数日後だ。

 

「その後、すぐには【ファミリア】には入らなかったんですね?」

 

 先程倒した白兎のモンスター、アルミラージから魔石を抜き取りながら、尋ねる。

 ルークやナノ、それとニイナは『学区』と呼ばれる学園(アカデミック)系の組織の出身だ。

 正式名称は『海上学術機関特区』。世界中から子供を募って優秀な人材を育てることを目的とした、移動型教育機関である。数年ごとにオラリオにやって来るのが恒例で、前回は二年前だった。その時点で三人は船から降りて、ニイナは変な運命に導かれる形で超貧困【ファミリア】に。ルークとナノは紆余曲折の末に一度オラリオを離れて、しばらく放浪していたらしい。

 

「ああ……ちょっと色々あってね」

「そうですか」

「ああ……」

 

 ベルは軽く肩を竦めた。

 うーん、話が続かないZO()、と。折角だから親交を深めようと思ったのだが、ルークの態度は素っ気ない。目を合わせないし、なんだか顔は引きつっているし、どこからどう見ても気まずそうだ。

 

(入団試験のことは気にしなくていいって言ったのになぁ……まあ、忘れろって言っても無理なのはわかるけど)

 

 まあ、無理もないとは思う。

 入団試験では思い切り悪態をついていたし、大口を叩いておいて無様にボッコボコにされたわけだし。

 さらに先程の顛末。あれだけ好き放題言った相手に助けられたのだから、複雑な気持ちにもなるだろう。

 それでも感謝の言葉は口にしていた。それに、ベルとしてはとっくに水に流している。

 

「あ、あの〜……」

「どうしたの? ナノさん」

 

 とはいえ気まずい雰囲気だ。

 そんな中で後列で汗を流していたナノが、ピョコピョコとベルに近づいてきた。

 

『えっとー、ゴニョゴニョゴニョ……』

「ああ、うん……大丈夫ですよ」

 

 ナノはベルの耳元で、小声で言った。

 ごめんなさいほんとしゅいませんゆるしてください、ルークってちょっと痛いところがあるお子ちゃまな童貞ヤローなんですぅ、と。

 とっても申し訳なさそうな顔で、言った。

 気が弱そうに見えて口の悪い少女である。ていうか童貞クソヤローとか女の子に言われたら、自分なら心が死ぬ。ベルはダラダラと汗を流した。

 

『それと、ゴニョゴニョゴニョ……』

「あー、はい。なるほど……わかりました」

 

 ナノは続けて述べた。

 正直、オラリオの強い【ファミリア】にはとっても期待してたんですけど、変な神様が多すぎるのと性欲しかないクソみたいな冒険者とばっかり関わっちゃって、ちょっとすさんでたんですごめんなしゃい、と。また、【ロキ・ファミリア】の団長に『まだまだ青いね』と嘲笑(ルーク視点)されて死にたくなってたんですぅ、とも。

 ああ、そういうことかとベルは納得した。

 神々というのは気まぐれで悪ふざけが好きな方々が多い。そして冒険者は自分本位な者が多い。理想は嘲笑されることが多くて、運悪くそういうことが続けば嫌にもなる。

 

(フレイヤ様が言ってたオラリオあるあるだな。まあ、フィンさんは意味もなく嘲笑したりはしないと……いや、わかんないなあの人は)

 

 ベルは遠い目になった。

 フィン・ディムナ。【ロキ・ファミリア】の団長は可愛い顔して結構意地悪な【勇者】である。会う度に『ハーレムの調子はどうだい?』とか聞いてくるし、おちょくられているとしか思えない。ベルは本気でハーレムを目指してなんていない。ただ、そうなったら幸せだろうなと思うだけだ。それを飲みの席で発言してネタにされているだけである。

 

 

 

「──いやぁ、心強いなぁ! 改めてにはなるけど、冒険者っていうのは凄いよねぇ!」

 

 と、ここで快活な声を上げるのは、後列でニイナの隣に陣取っている男性だった。

 動物の狐を連想させる細い瞳が特徴的。身長は一八〇(セルチ)ほどで、優しげな相貌には薄い(しわ)が浮いている。身につけた黒の丸眼鏡からは眼鏡(チェーン)が垂れており、細い体は純白の白衣に包まれていた。

 

「さっきも格好良かったし、素敵な光景が沢山見られて満足だよ! いやぁ長生きはしてみるもんだねぇ!」

 

 彼はジェルンティア。

 歌劇の国(メイルストラ)から来た魔法学者で、ニイナが個人的に冒険者依頼(クエスト)を受けているらしい。内容は探し物のお手伝いで、その一環で一緒にダンジョンに潜っているとのこと。

 先程は後ろの方に隠れていたので、ベルはすぐには気が付かなかった。

 

「博士、あんまりはしゃぎすぎないでくださいね……ダンジョンは危険なんですから」

「はっはっはっ、わかっているともニイナくん! あぁ! 楽しみだなぁリヴィラの水晶……!」

「絶対わかってないやつだ、これ……」

 

 愛称は博士。ヒョロヒョロで見るからに弱そうだが、一応Lv.2なので中層レベルなら即死したりはしないだろう。

 かなり金払いが良いという話だから、ニイナはかなり助かっているはず。なにせ【ヘスティア・ファミリア】は貧困派閥だ。主神の女神ヘスティアはアルバイトをかけもちしている可哀想な女神で、屋台で油物を販売している姿をよく見る。この前は青いタヌキの着ぐるみを着て子供達と遊ぶ仕事もしていた。派手にずっこけて中身が出てしまって、担当者に怒られていたが。

 

(それにしても、魔法学者の博士か……あんまりいい思い出はないなぁ)

 

 ジェルンティアは人当たりが良くて優しそうだが、ベルが知っている他の魔法学者は大体みんなダメなやつだった。攻撃的で高慢で人の命をなんとも思っていないような方々で、実の娘を実験台にするような外道もいた。正直、あんまり思い出したくない人達ばかりである。

 

「……なあ、噂で聞いたんだが」

「あ、ルークさん、なんですか?」

 

 モンスターを蹴散らして先に進む。

 ビギリッ、という不穏な音の直後にライガーファングが飛び出してきたが、ベルはルークと一緒に手早く倒した。

 あまりない機会だと思うので、ということでヘイズには後衛に回ってもらっている。楽ちんで幸せだとか喜んでいたが、少し意外だった。いつもみたく指定席がなんとかとか言い出すかと思ったのに。

 

「アンタ、寝ないでダンジョンで戦いまくってるんだってな……頭おかしいとか言われるほどみたいだが……いや、すまない。悪口を言いたいわけじゃなくて」

「大丈夫です大丈夫です。慣れてますから」

 

 ベルはヘラヘラと笑った。

 頭のおかしい奴とか、歩く破廉恥とか、フレイヤ様に全てを捧げない狂人とか。これまでベルが言われてきた悪口は、他にも色々と数え切れないほどある。

 だからある程度は慣れたし、今更だ。まあ、ルークは口撃しようとしたわけではないようだが。少しづつ剣呑な態度がマシになってきている気がした。慣れてきたということだろうか。

 

「周りから見れば、いつ死んでもおかしくないほどだと聞いた……なんでそこまでやれる? やっぱりアンタも神フレイヤの寵愛のために……」

 

 灰色の瞳が探るようにベルを映した。軽く瞬きをする様子から鋭さは感じられず、どこか逡巡(しゅんじゅん)しているように見える。

 

(寵愛……あんまり興味ないんだよね。フレイヤ様はお母さんみたいなものだし、独占したいとか全くないし……)

 

 たしかに【フレイヤ・ファミリア】の眷族達は何があろうが女神フレイヤ第一主義。女神のためなら世界だって滅ぼしてしまうような方々で、身も心も女神のために。そういう考え方が普通だ。つまり、そうではないベルは異常ということになる。

 

「……どうなんだ? すまない、少しナノに怒られたのもあって、頭を冷やした。考えを押し付けるのは良くないことだし、何があろうが初対面の相手に八つ当たりなんて……その」 

 

 ベルは灰色の瞳をまっすぐ見た。

 彼の内心を読み取ることはできなかったが、ここはちゃんと答えるべきだろう。

 

「もう大丈夫なんで気にしないでください。ええと、質問に対する答えなんですけど、守りたいものがあるからですよ。それは人だったりオラリオっていう街全体だったりするんですけど、どっちにしても強くならないと無理なんで」

 

 ベルはなんてことない口調でそう言うと、更に続ける。ダンジョンの隙間風に白いマントがたゆたう。握り締めた赤銅色(しゃくどう)色の太刀は、あの日からずっとこの色だ。フレイヤ達と共に訪れた異国で、少し刀身が重くなったあの日から。

 

「もちろん、ルークさんの言うように下界っていう広い意味でも考えることもありますよ。でも、()()()()()()()んです。だから()()()で強くならなきゃいけないんです。でも、弱いままだと何を言っても理想で終わっちゃうから、とにかく今は強くなるしかないと思って」

 

 答えになっているかはわからないが、死ぬ寸前まで戦う理由はそんなところ。ベルがそのように締めくくると、ルークはきょとんとしていた。

 隙だらけの可愛い顔だ。なるほどこれがギャップというやつかと、ベルはナノのことを盗み見た。フレイヤの教育の賜物で、ベルは()()()恋路に関しては比較的敏感なほうである。()()()惚れた腫れたに関しては。自分のこと? ダンジョンで血だらけで笑っている奴がモテたりはしない。そんなことは流石のベルでも理解している。

 

「……アンタも同じことを言うんだな」

 

 ややあって、ルークはぼそりと言った。

 

「……? 誰とですか?」

「いや……なんていうか。頼りにならない先輩?」

 

 いや、疑問形で言われても困る。

 ベルは苦笑いした。

 

「その人は、みんなで強くなるとかは言ってなかったけど……というか誰も。そうか、アンタみたいな人もいるのか? あの治療師(ヒーラー)もそうなのか?」

 

 ベルは苦笑を深めた。

 ルークの口数が増えてきたことは嬉しかったが、同時に複雑な気持ちになったからだ。

 

「ヘイズさんは【フレイヤ・ファミリア】ですよ」

「……? あんたもだろ?」

「はい。そうですよ」

 

 ヘイズはベルとは違う。  

 というかほとんど全員が違う。

 女神のために生きて女神のために命を捧げる。

 女神が殺せといえば殺すし、生かせといえば生かす。仮にフレイヤがオラリオを滅ぼそうとしたら、ヘイズ達は当たり前のように加担するだろう。

 それが【フレイヤ・ファミリア】。普段はなりを潜めているが、彼女もまた女神フレイヤの狂信者。

 

「ヘイズさんは【フレイヤ・ファミリア】ですよ。ああ、ルークさん達は早く【ファミリア】が決まるといいですね」

 

 ベルは笑みを貼り付けてそう言った。

 ルークは何かを感じ取ったのか、顔に戸惑いの色を浮かべていたが、言及してくることはなかった。

 

「──そうか。ああ、地上に戻ったら決めるよ。まずは先輩に謝りにいかなきゃいけないから、少し気は重いけど」

 

 アンタも、すまなかった。

 ルークは呟いて目を伏せた。ベルはくしゃりと苦笑する。謝罪が重ね重ねすぎる。謝って欲しい趣味はないので、できれば最後にして欲しいところだった。

 

 

 

 

 やっぱり異常者ですねー。

 聞き耳を立てていたヘイズはそう思った。

 女神の眷族でありながら女神のためだけに生きられない不思議な人。それなのに死なない才能があるなんて世の中はなんて不公平なのか。

 逆なら良かったのに。心からそう思う。

 逆だったら、ヘイズは一人で戦い続けていたし、ベルは大好きなご奉仕(ほーし)奉仕(ほーし)だけしていられた。治療師向きなのは彼の方で、死なない才能は自分にこそ相応しかったはずだ。

 上手くいかないものである、本当に。

  

 

 

 

 に、してもあの狂信者達──闇派閥(イヴィルス)の構成員達は何が目的だったのだろう。

 近年はほとんど姿を見せていなかったのに、ここにきて遺体遺棄に怪物進呈(パスパレード)。それもどちらも目的不明だというのだから気持ちが悪いし、遺体遺棄に関しては誰がやったのかすら不明。

 近年のオラリオは安定期だと言われてきたけど、これは何かの前触れなのではないだろうか。新種モンスター『三相女神』といい、吉兆でないのは間違いなさそうだけど……。

 

「それじゃ、俺達は街を回った後に帰るから……。世話になった。感謝する」

「いえ、気をつけて。ニイナさんもナノさんも、また」

 

 ルークさん達とはリヴィラの門の前で別れた。

 探し物は街の中にあるかもしれなくて、もし見つからなかったとしてもダメ元だから仕方ない。ジェルンティアさんは諦め半分で笑っていた。

 彼の探し物は娘さんにあげるはずだった指輪らしいんだけど、盗まれちゃったんだって。それと似たものがリヴィラで売られてるって噂を聞いたから、確認したくてここまで来たらしい。博士には娘さんがいるそうで、とても大切な存在だって言っていた。その言葉が上っ面だけじゃなくて、本当に良いパパさんだったらいいな。

 

 

 

「疲れたんでひと休みしましょー」

「私は疲れていないが」

「もう歩けませーん」

「はぁ……仕方ない。我々もリヴィラに立ち寄るか」

 

 その後、駄々をこねるヘイズさんにメルーナさんが顔をしかめ、僕達も街に寄っていくことに。

 メルーナさんは「掘り出し物でも探してくる」とのことで商店街──ならぬ暗黒市場(ブラックマーケット)的な場所に向かい、ヘイズさんも見たいものがあるって言って同行。もう歩けなかったんじゃないのかというツッコミはさておき、僕は一人寂しく()()()()()をしている。

 

 

「……ふぅ」

 

 僕は僕を仕舞(しま)った。

 よし戻ろう。そう思って顔を上げると、街の外に広がる広大な森が目に入った。この階層はダンジョンの中で数少ない安全地帯(セーフティポイント)であり、とりわけ美しい地形に恵まれている。『迷宮の楽園(アンダーリゾート)』なんて呼ばれ方をしていて、神秘的な水晶の空は必見だ。

 だけど油断しちゃいけない。

 モンスターは()()()()()。北に広がる湿地帯にも、中央の原野にも、南東を支配する大森林にも。

 他の階層と比べて安全だというだけで、絶対に何も起こらないわけではないのだ。実際、僕が立っている宿場街──『リヴィラ』はこれまでに三十四回壊滅している。しかし、その度に冒険者達はしぶとく街を作り直してきたのだ。

 

(さて、ヘイズさん達に合流しないと……)

 

 この街は高い断崖の上にあって、水晶と石の地形も利用して作られた街壁に守られている。入口はアーチ門になっていて、今、僕はその付近にいる。

 

(……)

 

 目を凝らして街を見る。

 集落を思わせる簡素な街の造形は、辺りから生える白水晶や青水晶の柱の輝きに照らされている。間近にある紺碧色の湖はいつも通り穏やかで、階層の絶壁も変わらず綺麗だ。

 おかしなところは……ある。

 

(なんだ、あの怪しい人……)

 

 天然の洞窟を活用して作られた酒場の前を、早足で通り過ぎる。前方には()()()()()外套(フーデッドローブ)の人物が……あ、こっち見た。

 

(んん……?)

 

 そして一瞬、目が合った……ような気がした。刹那、ビクッと肩が跳ねて、歩く速度が急激に上がる。

 左腕でぎゅっと抱えているのは、なんだろう、なにかの箱? 僕が背負っている容器よりも一回り小さい、木箱だ。

 

『……ッ』

(こっちを見て、逃げた……あ、怪しすぎる)

 

 そして走り出す不審者(暫定)。

 まさかアレ爆弾とかじゃないよね。

 闇派閥の狂信者とかじゃないよね。

 きっと大丈夫……なんて無責任なことは言えない。

 見て見ぬふりをして大変なことになったら目も当てられないし……どうしよう。ヘイズさん達とはまだ距離がある……合流してからだと見失いそうだ。

 

『──』

「──っ、仕方ない」

 

 僕は少し遅れて走り出す。

 怪しげな人物は人気の少ない裏通りに入った。僕も後を折って角を曲がると、ぐんぐん速度を上げていく外套(フーデッドローブ)の姿が……!

 いや、速い速い速い。あの速度は確実にLv.3は超えてるぞ。ますます不安だ闇派閥(イヴィルス)だったらどうしよう。

 

『──ッ!』

「うわ!‍?」

 

 ヒュンッ! と。

 顔の横を鋭い刃が通過した。走りながら短剣を投擲してきたのだ。避けなかったら鼻っ柱にグサリ。確実に命中していただろう。

 

「──待て!」

『なんだ貴様は! なぜ追ってくる!』

 

 意味をなさない僕の叫びに女の罵声が返ってきた。

 そう女性の声だった。ブーツの音を響かせながら、その人物は逃げる、逃げる。座り込んでいた酔っぱらいの冒険者が「うおぁ!‍?」とひっくり返り、持っていた酒瓶が吹っ飛んで砕けた。

 

「なにすんだゴラァ!」

「すいません通ります!」

 

 とにかく今は捕まえないと。

 ただでさえ不穏な状況なんだから、あんな危険そうな人を見なかったことにはできない。

 爆弾に見えなくもない箱を抱えて短剣をブン投げてくるとか、どう考えても危険度アリだ。

 僕は一気に速度をあげた。余裕で追いつけるってほどではないけど、それでも距離は詰まっていく。殺風景な道を南から北へと激走。人が少ないせいで向こうの速度は落ちないけど、それは僕も同じだ。

 

『!』

 

 そして辿り着いた突き当たり。積み上がった瓦礫の山が正面で壁になっており、通行可能な通路は右と左。

 彼女が選択したのは()()()

 地面を蹴って大きく跳躍する細い体に、僕は全力で飛びついた。

 

 

「──待てッ!」

『!‍?』

 

 背中の布を掴んで引きずり寄せ、そのままドシャッと落下する。絡まり会うようにしてゴロゴロと地面を転がり、水晶の柱にぶつかってようやく止まった。

 巻き上がる土埃の中で、僕の視界は暗黒に染まる。

 何か柔らかいものに包まれていた。顔の両側があたたかい肉感に挟まれ、突き出した右手が掴んでいるのはマシュマロを思わせる何かである。この時、僕はにわかにレミリアさんを思い出した。あの天使なお姉さんのことが、無意識のうちに頭の中に浮かんだのだ。

 

 

 

「……なにを……する、きさま、ヒューマン」

 

 女性のドスの効いた声が、下から聞こえてきて、僕は我に返った。

 

「……エッ」

 

 顔を少し起こして下を見ると、フードの中に隠れていたのは美しい女性の顔だった。木の葉型の耳がプルプルと震える中、()()を開いてこちらを見ている。

 雪のように白い肌。そして儚げな美貌を持つ赤い瞳のエルフ。僕はぴたりと固まった。

 

「……」

 

 突き出した右手は外套(フーデッドローブ)はおろか、なぜか彼女の戦闘衣(バトル・クロス)の中に突っ込まれていて、僕は直に()()()()()()

 

「……こ、こんにちは」

「……」

 

 咄嗟に僕は挨拶をしたが、返事はなかった。

 当たり前だ。どこに挨拶をしているんだという話だ。

 これはもう破廉恥を超えた許されざるなにかだった。

 僕はやってしまった。一生かけても償い切れるか怪しいほどの大罪を、犯してしまった。

 妖精にしては豊かなように思える、柔らかい果実を、直接。力を込めて揉みしだいてしまった。

 

「──こうやって押し倒して、私を陵辱するつもりが! 焼き殺してくれる!」

 

 次の瞬間、彼女は激昂した。

 勢い良く飛び上がるように上体を起こし、おデコが僕の顎にクリーンヒット! 鈍い音が鳴った!

 

「ぐはっ!‍?」

「辱めたこと、命をもって償え!」

 

 僕はひっくり返りながらも蜻蛉返りで起立し、どうにか体勢を立て直す。

 エルフの女性はめちゃくちゃ怒っていた。宝石のような瞳を吊り上げ、濡れ羽色の髪を振り乱して襲いかかってきた。鋭い蹴りが僕の前髪を掠め、白銀の短剣が狂ったように舞い踊る。

 

「お、落ち着いて……!」

「黙れ発情魔の分際でっ! 殺す! 貴様だけは絶対にここで葬り去る!」

 

 とにかく落ち着いて話を。そういうつもりじゃなかったんですと言おうとしたが、彼女は聞く耳を持ってくれない。それどころか短杖(ワンド)を握りしめると、「焼き払う」と低い声を発した。

 ヤバい砲撃するつもりだ!‍? ダメダメダメ! 街中でそんなのダメだ!

 

「やめてください! こんな場所でそんなっ」

「こんな場所で私の乳房を辱めた貴様に言われたくはない! 直に揉まれたなどと、私は汚れてしまった! かくなるうえは命をもって償え!」

「そんな、あなたは汚れてなんてっ!」

「っ!‍? ……はぁ!‍? 貴様は私の何を知っている!‍? もういい死ねっ! 【【一掃(いっそう)せよ破邪の聖杖(いかづち)】!」

 

 高まる魔力。バチバチと迸る杖先。野太い悲鳴を上げて逃げていくリヴィラに住み着いているであろう男達! 次の瞬間、エルフの女性は憎しみにまみれた声で叫んだ。

 

「【ディオ・テュルソス】──ほろびろ性獣(ケダモノ)

「のおおおおおおおおおお!‍?」

 

 白い雷条が周囲の空気を焼き払い、リヴィラの街を駆け抜けた。僕は目をかっ開いて横に飛ぶ。ギリギリ回避に成功するも、轟き渡った()()()──凄絶な破壊音が18階層に響き渡った。

 飛び散る無数の火花。

 爆散する()()()()

 僕が避けたことで放置されていた瓦礫が吹き飛び、炎上し、火球と化した破片が次々と落下。その辺で昼寝をしていた冒険者の頭に直撃したり、近くの建物に引火したりと大変な騒ぎになった。──えらい騒ぎになってしまった。

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