聖剣使いを拾いましたけど、蛮族な狂犬でしたが私は元気です   作:プーリとベルト

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行き倒れ聖剣使い

 

 

私の名前はエリリー・エルステラ。

 

魔術学校を卒業したその足で世界へ飛び出した、将来有望にして天才肌の魔術師である。

 

……だったのだが、このカタルシオン大陸の勢力を誇るカタルシオン帝国は、魔術師に対してあまりにも息苦しい国だった。

 

人類圏を脅かす魔王軍領との最前線を支えているだけあって、危険な術式や禁呪指定の研究には厳しい監視が敷かれているし、特に私の得意分野である錬金術に至っては、素材の流通から研究内容に至るまで細かく規制されている有様で、魔術学校の中なら黙認されていた実験ですら、外でやれば即座に役人が飛んでくる始末だった。

 

このままでは真理へ至る前に書類仕事で老衰してしまう。そう判断した私は、帝国の管理が及びきらない辺境地帯へ研究拠点を移すことにしたのである。

 

治安は最悪だし、盗賊も蛮族も魔物も普通に出るが、そこはそれ、私はそこそこ腕が立つし、かなり魔術が使える。多少の危険より、未知の叡智へ挑む高揚感の方が遥かに勝っていた。

 

「ふふふ……待っていなさい未知の叡智……! このエリリー・エルステラ、いずれ賢者の石を完成させ、後世に名を刻む大魔術師となってみせるわ……!」

 

夕焼けへ向けて高らかに宣言しながら、私は馬車の手綱を軽く引いて速度を落とし、そのまま膝の上へ広げた地図で次の野営地点を確認した。荷台には研究器材や触媒、それから魔物の素材や希少鉱石が山ほど積み込まれており、木箱の一つを軽く叩けば、中で瓶同士が触れ合う澄んだ音が返ってくる。

 

高級保存液も問題なし、調整済みの触媒薬も無事、さらに違法一歩手前どころか半歩くらい踏み込んでいる研究資料もちゃんと残っている。

 

完璧だった。少なくとも、その瞬間までは。

 

「……へ?」

 

不意に、少し離れた岩場の向こうから何かが吹き飛んできたかと思えば、それは一直線にこちらへ突っ込み、次の瞬間には凄まじい轟音とともに私の馬車へ激突した。

 

木材が砕け、積み荷が宙を舞い、馬が悲鳴みたいな鳴き声を上げる。私は何が起きたのか理解できないまま数秒ほど固まり、それから恐る恐る崩れた荷台を見下ろした。

 

そこには、粉々になった保存瓶と、地面へぶち撒けられた触媒薬、それから無惨に潰れた研究器材の残骸が広がっていた。

 

「あっ」

 

喉の奥から、ひどく震えた声が漏れる。

 

「あああああああああああああああっ!? 私の研究資材がぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

怒りのまま杖を引き抜き、私は荷台へ突っ込んできた犯人へ向けて殺意満点の魔力弾を叩き込もうとした。

 

だが、その寸前で動きが止まる。

 

瓦礫の中へ倒れ込んでいたのは、まだ若い女だった。

 

銀髪は血と泥でぐしゃぐしゃに汚れていたが、それでも異様なほど目を引く美貌をしており、裂けた外套には見覚えのない紋章が刻まれている。そして何より、彼女の傍らへ転がっていた一本の剣が、周囲の空気そのものを震わせていた。

 

赤銀色の刀身は鈍く輝きながら神聖な魔力を放っており、その存在感だけで周囲の魔素がざわついている。

 

魔術師なら見間違えようがなかった。

 

「……聖剣?」

 

思わずそう呟いた瞬間、倒れていた女がゆっくりと目を開いた。

 

獣みたいな金色の瞳だった。

 

そして彼女は、死にかけとは思えない気の抜けた声で、ぽつりと言った。

 

「ウチ……腹減ったよ」

 

「うわぁベタな第一声を……」

 

結局、私はこの女を見捨てられなかった。

 

というより、聖剣使いをその辺へ放置して後から面倒事に巻き込まれる未来が嫌だったし、何より本人が「腹減った」と言った直後に本当に倒れたのである。流石に後味が悪い。

 

そんな訳で、私は半壊した馬車の残骸からまだ無事だった調理器具を引っ張り出し、荒野の岩陰で簡単な野営を始めていた。

 

乾燥肉を細かく刻み、保存野菜と一緒に鍋へ放り込みつつ、香草と塩で適当に味を整える。空腹の人間を前にして何も出さないほど、私は薄情ではなかった。

 

焚き火の向こう側では、先ほどまで血塗れだった女が水を飲ませて目を覚ましてからは胡座をかきながら鍋を凝視している。身体にはこれでもかというほど血が付着しているのに、本人は妙に平然としていた。

 

そして料理が完成した瞬間、彼女は待ってましたと言わんばかりに木皿を抱え込み、恐ろしい勢いで食べ始めた。

 

「ングング、うまい!! 貴公には感謝せねばな」

 

「そう……血まみれで良く料理食べる気になりますね……」

 

若干引きつつ言うと、彼女は肉を咀嚼したまま不思議そうに首を傾げ、それから自分の腕や外套を見下ろした。

 

「安心してくれ、ついてるのは全部返り血だ。ウチは無傷だぞ」

 

「……それは良かったですね。それで、美味しい?」

 

「ウチの育て親の創る料理の次に美味しいかな。ウチの料理は負けてるかもしれない」

 

「へぇ、そう」

 

適当に返しながら、私は鍋をかき混ぜるふりをして彼女を観察した。

 

返り血、と本人は軽く言ったが、その量が尋常ではない。外套の裂け方からして、相当な戦闘をしていたのは確実だった。にもかかわらず、当人はまるで散歩帰りみたいな顔でスープを啜っている。

 

しかも、脇へ立て掛けられたあの聖剣は、今も静かに神聖な魔力をまとっていた。

 

普通、聖剣使いというのはもっとこう、神聖で高潔で、民衆に希望を与える英雄みたいな存在ではなかっただろうか。

 

少なくとも、初対面で人の馬車を粉砕し、返り血まみれのまま「腹減った」と言いながら飯をかき込む生物ではない気がする。

 

私がじっと見ていることに気付いたのか、女は木皿を抱えたまま顔を上げた。

 

「なんだ?」

 

「……いえ、聖剣使いってもっと神秘的な存在かと思ってたので」

 

「そうなのか?」

 

「そうなのよ」

 

断言すると、彼女は少し考え込むように唸ってから、妙に真顔で言った。

 

「でもウチ、結構褒められるぞ。狂犬みたいだって」

 

「それ褒め言葉じゃないですね」

 

「そうなのか!?」

 

金色の瞳を丸く見開き、本気で驚いた顔をするので、私は思わず額を押さえた。

 

「アナタ……馬鹿ね」

 

「ふぐっ、それはサリクエル卿にも良く言われた……」

 

地味に効いたらしく、彼女は傷付いた犬みたいな顔で肩を落とした。

 

「さっき言ってた育ての親?」

 

「そうだ!! 立派な騎士だぞ!! 私も王国騎士の端くれだったのだが……こう、ある日の騎士団合同でエンユウ王のなんだっけ……えっと……」

 

途中で完全に言葉が迷子になったので、私は呆れながら続きを引き取る。

 

「グレイラント王国、初代国王炎雄王フェル・ゼルのこと?」

 

「それだ!!」

 

ぱっと顔を輝かせながら指を差してくる。なんというか、本当に大型犬みたいな反応だった。

 

「それじゃあアナタの剣は模造神剣カルフォース?」

 

「うむ、貴公は博識だな」

 

誇らしげに頷きながら、彼女は脇へ立て掛けていた赤銀の剣を軽く叩いた。

 

刀身から漏れた神聖魔力が微かに空気を震わせる。

私はその様子を見つめながら、自然と口を開いていた。

 

「カルフォースって、太陽神カルフォシンオンが神代の戦いで折った神剣の欠片から、人の鍛冶師が打ち直したって言う逸話がある剣よね?」

 

「そうなのか?」

 

「それは知らないんですね……」

 

聖剣使い本人が由来を知らないことに、私は何とも言えない顔になった。

 

というか、この反応、本当に正規の騎士なのだろうか。

 

いや、剣そのものは本物だ。魔術師としての感覚がそう告げている。あれほど濃密な神聖属性を宿した武装なんて、偽物なら逆に作れない。

 

だが問題は持ち主だった。

 

聖剣は様々な奇跡の象徴であり、選ばれた英雄だけが扱える聖なる武装――というのが一般的な認識である。

 

しかし現実には、その選ばれた英雄が血まみれで荒野へ突っ込み、人の研究資材を粉砕した挙句、「神剣の由来? 知らん!」と言いながら飯を食っている。

 

夢が無さすぎた。

 

 

「……ねぇ、本当に王国騎士団に所属してたの?」

 

「してたぞ!」

 

「じゃあ何でこんな辺境で血塗れになって空飛んでたんですか?」

 

「追放された」

 

「追放でしたか、追放!?」

 

焚き火がぱちりと爆ぜる。私は思わず木椀を取り落としかけ、それを慌てて掴み直した。

 

対する本人は、そんなこちらの反応を気にする様子もなく、追加で干し肉を齧っている。

 

「理由は……難しいな、何と言えば良いか」

 

「もしかして聖剣使いなのに頭が残念だから、それを妬まれて?」

 

「違うぞ!!」

 

即座に否定しながら、彼女はむっと頬を膨らませた。

 

「ウチはな、王国騎士である時、聖剣を抜いたんだが……サリクエル卿の言うことにはセーリャクケッコンってので、隣国の公爵に嫁ぐ予定だったのだ」

 

発音が絶妙に怪しい私は頭痛を堪えながら額を押さえた。

 

「それは、相手が気の毒ですね」

 

「あぁ、それは気にする必要は無いぞ」

 

「何で?」

 

私が聞き返した瞬間、彼女は実にあっさりと答えた。

 

「ウチが殺した。奴は悪人だったからな」

 

「は?」

 

数秒遅れて意味を理解した私は、勢いよく立ち上がった。

 

「ちょっ、待って!? 今さらっと何て言った!?」

 

「だから、公爵を殺したのだ」

 

「聞き間違いじゃなかった!?」

 

本人はきょとんとしている。

いや、何できょとんとしているのだこの狂犬。

 

「いやいやいやいや!! 普通はもっとこう、婚約が破談になったとか、政争に巻き込まれたとかあるじゃない!!」

 

「うむ、巻き込まれたぞ」

 

「その結果が殺害!?」

 

「悪人だったからな」

 

あまりにも迷いの無い返答だった。

 

しかもその声音には、罪悪感も後悔も一切混じっていない。

私はじわりと背筋が寒くなるのを感じた。この女、思考回路が完全に蛮族や狂犬と言えるもののそれだイカれてる。

 

「……ちなみに、その悪人って何をしてたんですか?」

 

「子供を売っていた」

 

返答は即答だった。焚き火が、ぱちりと音を立てる。

 

「違法な人の売り買いをしていた。魔物に食わせる子供も居たし、魔族へ売る子供も居た。ウチが嫁げば、その取引に王国騎士の後ろ盾が付く予定だったらしい」

 

淡々と語る声は妙に静かだった。先ほどまで犬みたいに尻尾を振っていた雰囲気が嘘みたいに消えている。

 

「だから殺した。屋敷ごと半分燃やしたら、何故か怒られてしまった」

 

「何故かじゃないのよ」

 

私は深々と溜め息を吐いた。

いや、事情は分かる。分かるのだ。

 

むしろ話だけ聞けば、公爵の方がどう考えても外道である。

 

だが、だからといって聖剣を持った王国騎士が政略結婚相手を焼き殺していい訳ではない。

 

「……それで追放?」

 

「うむ!! あと城壁も少し壊した」

 

「少し?」

 

「東側が半分ほど」

 

「少しの基準どうなってるんですか、アンタ!!」

 

カーリーは「反省はしているぞ」と言いながらも、どこか誇らしげだった。

 

絶対そこまで反省していない。

私は頭を抱えながら、焚き火へ薪を放り込む。

すると彼女は、ふと思い出したようにこちらを見た。

 

「しかしサリクエル卿と約束したのだ。それを守らなければ、ウチは約束を破る。騎士失格だ」

 

先ほどまでの間抜けな雰囲気とは違い、その言葉だけは妙に真っ直ぐだった。

 

私は椀を渡しつつ、少し眉を寄せる。

 

「いや……それなら周りに相談するとかあったんじゃ無いですか?。証拠集めるとか、帝国や神殿に告発するとか」

 

「情報の伝手が伝手なのでな」

 

「何? アンタも黒いとこから情報集めたのですか?」

 

「そうじゃない」

 

彼女は首を横へ振り、それから当然みたいな顔で言った。

 

「ウチはな、魔物や動物と話せる」

 

「…………は?」

 

思考が止まった。

荒野の夜風が静かに吹き抜け、焚き火の炎を揺らしていく。

私は数秒ほど沈黙したあと、ゆっくり口を開く。

 

「……冗談?」

 

「本当だぞ」

 

「いやいやいや、そんな訳」

 

「ちなみに、さっき貴公の馬が『荷物重すぎて腰が死ぬ』と言っていた」

 

私は反射的に後ろの馬を見た。馬は疲れ切った顔で草を食っていた。

 

「…………」

 

「あと『主人は夜中に急に研究を始めるから眠れない』とも言っていたし『後主人はがめついのにこんな貧乏くさい地域で大丈夫かね』とも言ってたぞ」

 

「ちょっと待ちなさい」

 

私は真顔になった、心当たりが合ったのだ。

 

「本当に話せるの?」

 

「うむ」

 

「魔物とも?」

 

「普通に会話できるぞウチは……喋れる魔物ならな」

 

普通とは、私は頭痛を覚えながらこめかみを押さえた。

 

だが、もしそれが事実なら話は変わる。

魔物との意思疎通能力なんて、神話級の希少技能だ。ある種族の伝承には時折存在するが、実在する例はほとんど聞かない。しかも聖剣適性まで持っているとなれば、もはや英雄譚の主人公みたいな存在である。

 

……性格は狂犬だが。

 

「じゃあ、その公爵の件も魔物から?」

 

「森狼から聞いた」

 

「森狼?」

 

「子供の匂いがする荷馬車が夜に何度も森を通ると言っていた。泣き声も聞こえたそうだ」

 

彼女はスープを啜りながら淡々と続ける。

 

「それで調べたら、本当に売っていた」

 

私は言葉を失った。

 

もしその能力が本物なら、隠し事などほとんど意味を成さない。森を通れば獣が見ているし、空を飛べば鳥が見ている。街へ潜んでも鼠が居る。下手をすれば、諜報組織より余程厄介だ。

 

しかしそれを行った血塗れの聖剣使いは、まるで旅の失敗談でも語るみたいに、こう付け加えて来やがったのだ。

 

「まぁ結果としてグレイラントと隣国から指名手配されてしまった、まぁ二国は帝国の支配下だし、ここまでは無理だろう。多分な!!」

 

最後に妙な自信付きで笑う辺り、本当に危機感が薄い。しかしその一点については私も理解する所があったので、焚き火へ薪を放り込みながら、呆れ混じりに頷いた。

 

「……そうね。私もそう思うわ」

 

「貴公から初めて同意を得たな」

 

「まぁ私も帝国の束縛から逃げたくて此処に居るわけだし」

 

「もぐもぐ」

 

「興味無さそうね」

 

 肉を頬張る彼女へ半眼を向けると、本人は悪びれもせず飲み込んでから答えた。

 

「難しい話は出来ん。それに三日三晩の山越えは疲れた」

 

「アナタ国境越えの為にかなり無茶なルート使ったのね」

 

「そう、だな? うん、恐らくな?」

 

「わかって無いのね」

 

 私は思わず頭を抱えた。

 

「アナタが来た方角、環境が酷すぎて国境線にせざるを得なかった土地なんですよ。まともな軍は駐留できないし。だから帝国も周辺国家も天然の防壁扱いしてる場所なんです」

 

「ふーん? 山の手前で追っ手が固まってたのはそのせいか?」

 

「まぁ逃さないためでしょうね」

 

 私がそう返すと、彼女は「なるほど」と感心した顔で頷いた。いや、本当に何も考えず突破してきたのかこの女。

 

 普通なら、地図を見た時点で避けるような死地である。魔物は強いし、天候は最悪、崖崩れも多い。加えて土地そのものに瘴気が溜まりやすく、下級魔術師程度では一週間も保たない。

 

 そんな場所を三日三晩ぶっ通しで越えてきた挙句、人の馬車へ空から突っ込んで来たのだから、もはや生態が魔物寄り或いは神代の破茶滅茶な英雄だった。

 

「ちなみに、その追っ手ってどのくらい居たんですか?」

 

「途中で数えるのをやめた」

 

「聞かなきゃ良かったですね……」

 

「騎兵と魔術師が多かったな。あと途中で飛竜も来た」

 

 さらっと恐ろしいことを言う、私は眉を引き攣らせた。

 

「飛竜って軍用?」

 

「何度か共に戦場を駆けた事があるが、やはり速かったな!!」

 

「感想が雑ですね」

 

 しかも恐らく、王国側も本気だったのだろう。聖剣使いというだけでも国家戦力級なのに、その本人が隣国の有力貴族を殺害して逃亡したとなれば、放置できる筈がない。

 

 にもかかわらず、こうして本人は焚き火の前でスープを啜っている。

 

 つまり――追撃を全部振り切ったのだ。

 

 私は改めて、目の前の女を見つめた。

 

 ぼさぼさの銀髪に、返り血まみれの外套。食事中なのに常に剣へ手が届く位置を維持している辺り、染み付いた警戒心だけは本物だ。

 

 馬鹿っぽいし、雑だし、色々終わっている部分は多い。

 

 だが、それでも。

 

この狂犬みたいな聖剣使いが、とんでもなく危険な存在であることだけは、嫌というほど理解できた。

 

 焚き火の火勢は少し落ち始めており、荒野の夜気がじわじわと冷え込んできていた。私は外套を肩へ引き寄せながら、目の前の聖剣使いを見る。

 

 空になった鍋の底を名残惜しそうに覗き込んでいる姿は、さっきまで国家規模の追跡劇を語っていた人物と同一には到底思えなかった。

 

 だが現実には、この女は二国から追われている指名手配犯であり、しかも聖剣持ちという最悪に目立つ存在である。

 

そんな危険物が今後どう動くのか、流石に気になった。

 

「アナタ、コレからどうするの?」

 

 私が尋ねると、彼女は鍋から顔を上げ、実に晴れやかな笑顔で答えた。

 

「近くの街に辿り着くまで歩く!」

 

「計画性が無い!!」

 

 反射的に叫んでしまった。

 

「もっとあるでしょ!? 潜伏先とか、追っ手対策とか、身分証の偽造とか!!無いんですか!?」

 

「無いな!!」

 

「胸張るところじゃないですよ!」

 

 彼女は本当に何も考えていなかったらしい。というか、今さらだが、よくそれで国境越えまで成功できたものだ。

 

「ちなみに金は?」

 

「途中で無くなった」

 

「食料は?」

 

「狩った」

 

「宿は?」

 

「木の上」

 

「野生動物なんですか?」

 

 問い詰めるたびに返答が原始的になっていく。私は頭痛を覚えながら額を押さえた。すると彼女は、不思議そうに首を傾げる。

 

「だが、街へ着けば何とかなるだろう?魔物を狩れるし、山賊も倒せるし、魔王軍も退けられる」

 

「その何とかなるが、帝国が本気に成ったりしたら通用しなくなるかもしれないんですよ!?」

 

「そうなのか?」

 

「そうなんです」

 

 断言すると、彼女は少しだけしゅんとした。だが落ち込んだのも一瞬で、すぐに真顔へ戻る。

 

「では貴公はどうするのだ?」

 

「私?」

 

「うむ。貴公も帝国から逃げてきたのだろう?」

 

 私は少し視線を逸らした。

 

 焚き火の向こうで炎が揺れ、ぱちりと小さく薪が爆ぜる。

 

「……逃げたっていうか、距離を置きたかったのよ。帝国って、魔術研究に関しては本当に面倒だから」

 

「研究?」

 

「賢者の石」

 

 そう答えた瞬間、彼女はぽかんと口を開けた。

 

「けんじゃ……石?」

 

「あー、うん。知らないんですね」

 

「凄い石なのか?」

 

「凄いどころじゃないですよ。錬金術師にとっては到達点みたいなもの。理論上は、無限の魔力循環、万能魔術触媒、不老の源……と色々言われてる最高位の結晶体よ」

 

 

「ほう」

 

「まぁ伝説ですけどね。でも私は創れると思ってる」

 

 そう言った瞬間、自分でも少し笑ってしまった。

普通なら夢物語だ。

 

 帝国の学会で口にすれば、若気の至り扱いされる類の話である。だが私は本気だった。

 

「貴公……名は?」

 

「名? エリリー・エルステラだけど」

 

「ウチ、いや私はカーリー・ブラッドソード。一飯の恩のみならず、貴公の夢に感銘を受けた。もしその恩を返せるのならばエリリー、私は汝の剣となろう」

 

 夜風が、ふっと荒野を吹き抜けた。焚き火の炎が揺れ、赤い火の粉が暗闇へ舞い上がっていく。

 

 その向こう側で、カーリー・ブラッドソードは真っ直ぐこちらを見ていた。

 

先ほどまで鍋の底を覗いていた時の間抜けさは消えている。金色の瞳には妙に強い光が宿っており、血塗れの外套姿でなければ、英雄譚の一場面みたいですらあった。

 

だが

 

 

「いやよ、アナタみたいな狂犬飼えないわ」

 

「そんな……なぜだ!?」

 

「だから、蛮族で狂犬で指名手配犯だからよ!!」

 

「それが、駄目か?」

 

「えぇ駄目駄目ですよ?何でイケると思ったんです?」

 

──to be continued?

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