聖剣使いを拾いましたけど、蛮族な狂犬でしたが私は元気です   作:プーリとベルト

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聖剣使いは己を知らない

 龍を前にしながらも、エルドラゴンの瞳に宿る光は警戒よりも知的好奇心の方が強かった。

 

 本来ならば生存や撤退経路の確保を優先すべき状況だろう。しかし彼女の脳裏を占めていたのは、この都市のさらに奥深くに眠るであろう古代の知識と遺産だった。

 

「私達の用件を伝えた方が良いかな?」

 

 そう口にした直後だった、氷柩龍プルイーナが静かに瞳を細める。すると広場を満たしていた冷気が微かに揺らぎ、耳ではなく意識へ直接響くような声が流れ込んだ。

 

『お前達の用件は既に知っている』

 

 しかしその言葉を理解できたのはカーリーだけだった。

 カーリーは不思議そうに首を傾げながら問い返す。

 

『何故だ?』

 

 プルイーナは僅かに長い首を動かし、広場を満たす氷気を見渡すように視線を巡らせた。

 

『我が冷気は我が身体の一部に等しい』

 

『なる程。筒抜けであったか』

 

 納得したように頷いたカーリーへ、エリリーとエルドラゴンの視線が集中する。

 

「ウチらの目的は既に把握しているそうだ」

 

「そうなんですか?」

 

「うむ」

 

「一体、彼?彼女?は何と言ったんだい、カーリー君」

 

「この空間を満たしている冷気は身体の一部のようなものらしい。だからウチらが話していたことも全部聞こえていたそうだ」

 

 その説明を聞いた瞬間、エルドラゴンの表情が僅かに変化した。

 

「それはまた、とんでもないね」

 

 彼女は周囲を見回した。

 

 凍り付いた建物も、地面を覆う氷も、空間そのものへ染み込んだ冷気も、全てが龍の感覚器官の延長だということになる。もしその言葉が事実なら、この都市へ足を踏み入れた時点で彼らの存在は完全に把握されていたのだろう。

 

 エリリーもまた同じ結論へ辿り着いたらしく、わずかに頬を引き攣らせる。

 

「つまり私達、入った瞬間から観察されていたんですね」

 

「そうなるね。本当に生物か疑わしい程の能力だ」

 

 エルドラゴンは苦笑したが、その眼差しには恐怖よりも感心が混じっていた。

 

 これほど広大な領域を一個体の感覚が支配しているという事実は、生物学的にも魔術学的にも信じ難い、学者としては興味を抱かずにはいられなかった。

 

 そんな彼女達を見下ろしながら、プルイーナは再び静かな声を響かせる。

 

『安心するが良い。我はお前達を害するつもりはない』

 

  その言葉とともに広場を満たしていた張り詰めた冷気が僅かに和らいだ。氷柱の表面を撫でる風も先ほどまでの刺すような冷たさを失い、凍てつく空気の奥にどこか穏やかな気配さえ感じられる。

 

 そして次の瞬間、氷柩龍プルイーナの蒼銀の瞳が再びカーリーへ向けられた。

 

『そして、懐かしき気配を持つ者よ』

 

 その声音には先ほどまでとは異なる色が混じっていた。観察ではなく追憶。遠い過去を見つめるような響きである。

 

『先ほども久しいと言っていたが、何なのだ?』

 

 カーリーが素直に問い返すと、プルイーナは静かに瞳を細めた。

 

『我はその神剣を持っていた者と知己なのだ』

 

『確か炎雄王フェル・ゼル……だったか? それとも神の方か?』

 

『勇猛なる王の方だ。この都市ではなく、遥か西方の山脈にて出会った』

 

 そう語る龍の声には僅かな懐旧が滲んでいた。

 

『無茶をする男であった。人間という種は短命でありながら、時に龍すら呆れさせるほど無謀なことを成し遂げる』

 

 そこでプルイーナは一度言葉を切り、カーリーをじっと見つめた。

 

『だが貴様は違う』

 

『違う?』

 

『余りにも旧き気配を持つ』

 

『古いのか?』

 

『ああ』

 

 龍は短く答えたが、それ以上は続けようとしなかった。

 

『だが知らぬのであれば話す意味もあるまい。何れ分かる時が来よう』

 

『教えてくれないのか?』

 

『我に勝てたなら教えてやっても良い』

 

 その言葉を聞いた瞬間、カーリーの目が輝いた。

 

『ならば勝――』

 

『周りの者のことを考えよ、愚直なる聖剣使い』

 

 即座に遮られたカーリーは口を閉じる。

 

『む、むむむ』

 

 納得しきれていない様子だったが、流石に反論はしなかった。そんな彼女の姿を見ていたプルイーナは、僅かに喉を鳴らした。龍にとっての笑いだったのかもしれない。

 

『ふ。その程度の輝きでは未だ龍には遠い』

 

 巨大な瞳がカルフォースへ向けられる。

 

『その神剣は模造であれど特別な存在だ。だが勘違いするな。聖なる火は本質ではない』

 

『聖火が本領ではないのか?』

 

『知己ではないが、我はカルフォシオンについて幾らか知っている』

 

 広場を満たす冷気が僅かに揺らぐ。

 

『かの一柱は焔を司り、光を司り、破魔を司った。故に聖火は仮初めに過ぎぬ』

 

 カーリーは真剣な顔でカルフォースを見下ろした。

 

『そうであったか。ならば真価を引き出すにはどうすれば良い?』

 

『必要な時、望むものが手に入ろう』

 

『……?』

 

『試練は剣がもたらす』

 

 その言葉の意味を理解できず、カーリーはさらに問い掛けようとした。

 

『どういうことだ?』

 

 しかしプルイーナは静かに瞼を閉じる。

 

『……話し過ぎたな』

 

 広場の空気が再び冷たさを増し始める。

 

『では我は少し眠る』

 

『待て、まだ話は――』

 

『決して眠りを妨げるな』

 

 先ほどまで穏やかだった龍の声に、初めて絶対的な圧が宿った。広場全体が震え、氷柱が軋みを上げる。

 

『眠りの妨げは害と見なす』

 

 その一言だけで十分だった。

 

 エリリーは全身の毛が逆立つ感覚を覚え、エルドラゴンもまた表情を引き締める。敵意ではない。ただ事実を告げただけだ。それでもなお、巨大な山脈を前にしたような圧倒的な威圧感があった。

 

『後ろの二人にも伝えよ』

 

『うむ、分かった』

 

 カーリーが素直に頷くと、プルイーナは満足そうに目を閉じた、広場を満たしていた膨大な存在感がゆっくりと静まり始める、まるで吹雪が去った後の冬山のように。

 

「エリリー殿、エルドラゴン殿。龍からの言伝だ。決して眠りを妨げるなと」

 

 カーリーがそう告げると、エリリーとエルドラゴンは揃って頷いた。

 

「言われなくても起こしたくありませんよ、あんなの」

 

 エリリーは心底疲れたように肩を落とした。敵対する意思はないと分かっていても、あの存在感は別格だった。巨大ゴーレムですら脅威でしかなかったのに、プルイーナはそれとは違う。災害が意思を持ってそこに座しているような感覚だった。

 

「全くだね。私としてはもう十分な収穫を得た気分なんだけど」

 

 そう言いながらも、エルドラゴンの視線は自然と都市の奥へ向いていた。その瞳には疲労以上に好奇心が宿っている。

 

 結局のところ、学者という生き物は未知を前にすると止まれないのだろう。

 

「では行くか!」

 

 カーリーは相変わらず元気だった。

 

 三人はプルイーナへ最後に一礼すると、巨大な広場を横切りながらさらに奥へ進み始める。

 

 龍の住処に近いからだろうか。ここまで執拗に襲い掛かってきた防衛機構はほとんど姿を見せなかった。壁面へ埋め込まれた巨大な発射装置も、床下へ隠された機構も、厚い氷によって半ば埋没している。

 

 その代わり、都市の景色はさらに異様さを増していた。

 

 天井近くまで伸びる巨大な柱は完全に氷へ閉ざされ、その内部には古代文字らしき刻印が青白く浮かび上がっている。崩落した回廊の残骸は氷河へ取り込まれた化石のように凍結し、遥か上空の天窓から差し込む光が氷を透過して幻想的な蒼色を辺りへ散らしていた。

 

「綺麗ですね……」

 

 思わず漏れたエリリーの言葉に、エルドラゴンも静かに頷く。

 

「うん。危険な場所だし、調査隊なら卒倒するような環境だけどね。それでも見惚れてしまうよ」

 

 やがて通路は緩やかな下り坂へ変わった。

 

 その先には巨大な両開きの門が存在していた。

 

 門扉そのものは既に失われていたが、残された枠だけでも現代の城壁を思わせる規模がある。そして何より特徴的だったのは、その周囲へ無数の文字が刻まれていることだった。

 

 エルドラゴンは足を止めると、震えるほどの興奮を押し殺しながら壁面へ近付く。

 

「これは……間違いない」

 

「何か分かったのですか?」

 

 エリリーが問い掛けると、彼女は深く息を吐いた。

 

「書庫だよ」

 

 その一言だけで十分だった。古代都市の最深部近くに存在する巨大施設。そして壁一面を覆う記録用の刻印。

 

 これまでの情報と一致する。

 

氷に覆われた通路がゆるやかに開け、三人の視界へ巨大な空洞が広がる。その先に見えたものを認識した瞬間、エリリーは思わず足を止めた。

 

「……何ですか、あれ」

 

 遥か前方、書庫の手前と思われる巨大な門の左右に、二つの影が立っていた、最初は崩れかけた塔か何かだと思った。しかし違う。

 

 それらには明確な四肢が存在していた。数百メートル級だった先程のゴーレムを見た後ですら信じ難い大きさだった。

 

 氷に閉ざされた二体の巨人は門そのものを守る番人のように直立しており、その頭部は天井近くへ届き、肩の高さだけでも周囲の建築物を見下ろしている。

 

 積み重ねられた石材の質量だけで山と見紛うほどだったが、その胸部には未だ消えぬ蒼白い光が脈動していた。

 

「動いて……いる?」

 

 エリリーの呟きに、エルドラゴンは慎重に目を細める。

 

「いや、休止状態かな」

 

 ゴーレム達は完全に氷へ埋没していた、だが機能そのものを喪っている訳ではなく氷の奥で微かに明滅する光が、それを証明していた。

 

 まるで主人の命令を数千年待ち続ける兵士のように、カーリーは感心したように頷く。

 

「うむ、立派だな門兵であろうか?」

 

「だろうね、書庫の番人って所かな?もしプルイーナが此処に住む前に来てたらコレと戦う羽目になったかも?」

 

 もしあれが起動したなら、先程遭遇した個体など比較にならない災厄になる。そう理解できるだけの威圧感がそこにはあった。

 

 しかし二体の巨人は最後まで動かなかった。ただ静かに氷の中で眠り続けながら、その背後にある巨大な門を守り続けていた。

 

 そうして一行は、プルイーナのお陰か、それとも別の理由かは分からないまま巨大な門を潜った。

 

 そこに広がっていた光景に三人は思わず足を止めた。もはや書庫という言葉だけでは表現し切れない絶景とも呼べる景色。

 

 巨大な空間が地下深くまで続いている。天井は遥か頭上にあり、その高さだけで現代の城郭を幾つも積み重ねられそうだった。無数の書架が整然と並び、それぞれが巨人達の尺度に合わせて造られているため、人間から見れば塔にも等しい大きさを誇っている。

 

「……大きいですね」

 

 エリリーは呆然と呟いた。

 

 目の前の書架だけでも数十メートルを超えている。その棚へ収められている本はさらに異常だった。一冊一冊が馬車ほどの大きさを持ち、分厚い表紙には金属や鉱石が組み込まれている。紙というより巨大な石板や特殊な繊維を束ねたような構造をしており、人間が片手で開ける代物には到底見えなかった。

 

「なるほどね……」

 

 エルドラゴンは感嘆とも呆れともつかない声を漏らした。

 

「これなら誰もまともに調査できない訳だ」

 

 実際、探索者達が中枢へ到達できなかった理由がよく分かる。仮にここまで辿り着けたとしても、本そのものが大き過ぎるのだ。頁一枚ですら数人掛かりで持ち上げなければならないだろうし、棚から降ろすだけでも専用の設備が必要になる。

 

 カーリーは近くの書架へ歩み寄ると、巨大な本の背表紙を見上げながら腕を組んだ。

 

「うむ。読書には向いておらぬな」

 

「そこですか?」

 

「本は寝転がりながら読むものだろう?」

 

「違います」

 

 エリリーは即座に否定したが、カーリーは不思議そうな顔をしている。

 

 その隣ではエルドラゴンが既に興奮を隠し切れていなかった。彼女は壁面へ刻まれた古代文字や書架の分類記号を目で追いながら、忙しなく周囲を見回している。

 

「凄い……保存状態も異常だ。氷による低温環境のお陰だろうか。それとも元々この施設自体に保全機能が存在するのかな」

 

 エルドラゴンは思わず笑みを浮かべた。ここへ辿り着くまでに味わった苦労や危険を思えば、本来なら慎重に調査計画を立てるべきなのだろう。

 

 しかし目の前へ広がる光景は、そんな理性すら揺さぶるだけの価値を秘めていた。ゆっくりと歩みを進めながら彼女が周囲を観察していると、不意に頭上の高所で淡い光が灯る。

 

 すると天井近くへ埋め込まれていた無数の結晶体が連鎖するように輝き始め、長い眠りについていた書庫全体を青白い光が照らし出した。

 

「まだ生きているのか……」

 

 エルドラゴンは思わず息を呑む。数千年という歳月を経てもなお機能を保つ保存設備。その事実だけでも歴史的価値は計り知れない。

 

 一方でカーリーは周囲を見回しながら満足そうに頷いた。

 

「うむ。大したものだな」

 

 その言葉へ応えるように、遥か奥から低い駆動音が響く。まるで書庫そのものが来訪者を認識したかのようだった。

 

 三人は自然と顔を見合わせる。

 

 危険かもしれない。しかし誰一人として引き返そうとは言わなかった。

 

 古代都市の最深部。巨人達が遺した知識の海。そして数千年もの間、誰も辿り着けなかった場所。

 

 その全てが今、彼らの目の前にある、エルドラゴンは静かに息を吐くと、期待を隠し切れない声で呟いた。

 

「さて――探索を始めようか」

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