聖剣使いを拾いましたけど、蛮族な狂犬でしたが私は元気です 作:プーリとベルト
「アスラ殿に敗戦を喫した。故に今のウチが何処まで届くのか、グスタフ殿には存分に試させて頂こう!!」
「四天王が無理でも幹部ならかぁ? そんな甘くねぇんだよ!! 血蝕の魁星はなぁ!!」
グスタフが豪快に笑いながら拳を握ると、その腕に埋まる鉱石結晶が鈍い光を放った。
血蝕の魁星。
それは魔王軍の中でも僅か十二名しか存在しない幹部達へ与えられる称号だった。数だけを見れば四天王より多い。しかし、その価値は決して三分の一などではない。
彼らはそれぞれが軍勢を率い、時には単独で帝国の精鋭部隊すら壊滅へ追い込む怪物達であり、魔王軍が長きに渡って大陸へ君臨し続ける理由そのものだった。
事実、討伐された幹部が存在しない訳ではない。歴史を振り返れば英雄や聖騎士によって討ち取られた者もいた。しかしそれは幹部が弱かったからではない。彼らを倒した者達もまた伝説へ名を刻む怪物だったというだけの話である。
そして今、カーリーの前へ立つ女もまた、その血蝕の魁星が一角。全身を粉砕されながら生還し、今代魔王にその魂を認められた鋼血族の戦士なのだ。
「それに、アスラ様はアスラ様。俺は俺だ。比べるんじゃねぇ」
そう言ったグスタフの口調は軽い。しかし、その瞳の奥には確かな誇りが宿っていた。
四天王への敬意はある。だが同時に、自らの強さへ絶対の自負も持っている。誰かの代用品ではない、誰かの下位互換でもない。
剛傑のグスタフという戦士が、そこに立っていた。
「うむ、目の前の相手に集中するのは当然だ!! コレは負けられぬという意志の表明!!」
「はっ! 良い答えだ!!」
グスタフが笑うと同時に、全身の結晶が一斉に軋むような音を立てた。
褐色の肌から突き出た鉱石がゆっくりと変形しながら腕を覆い、その拳を巨大な戦鎚にも似た形状へ変えていく。武器ではない。あくまで肉体の延長。鋼血族が誇る生体変成によって生み出された純粋な暴力だった。
一方のカーリーもまたカルフォースを構え直す。黄金の刃から淡い輝きが溢れ、冷気に満ちた通路へ暖かな光を広げていく。その光を見たグスタフの笑みがさらに深くなった。
「良いなぁ。遺跡の奥で聖剣使いと殴り合いなんて最高じゃねぇか」
「うむ! ウチも楽しくなってきたぞ!!」
「だから楽しそうにしないでください!!」
後方からエリリーの悲鳴が飛ぶが、既に二人の耳には届いていなかった。
「くっ、先生、何とか援護できませんか?」
そう言いながらも、自分で無茶なことを言っている自覚はあった。
目の前で繰り広げられているのは人間同士の戦いではない。拳を振るう度に通路が崩れ、剣を振れば数十メートル先の氷壁が裂ける。もし迂闊に魔術を撃ち込めば、カーリーごと巻き込む未来しか見えなかった。
エルドラゴンも眉を寄せながら戦況を観察する。
「難しいね。私達の魔術が通じないとは言わないけれど、今の二人は動きが速過ぎる」
言葉通りだった。
カーリーとグスタフは激突する度に位置を変え、時には壁を踏み砕きながら跳躍し、時には天井近くで打ち合っている。視線で追うだけでも精一杯であり、狙いを定めることすら困難だった。
「それに下手な援護はカーリー君の邪魔になるかもしれない」
「やっぱり怒りますかね……」
エリリーは不安そうに呟く。
カーリーは普段穏やかだ。だが戦いに関してだけは妙な拘りを見せることがある。アスラとの戦いでもそうだった。勝てなくても構わない、ただ全力でぶつかりたいというカーリーの純粋な願いがあるように彼女は感じていた。
だからこそエリリーは迷っていた、もしここで横から手を出せば、折角見つけた強敵との勝負を台無しにしてしまうのではないか。
「……怒りますかね」
「カーリー君は怒らないと思う」
エルドラゴンは苦笑する。
「でもグスタフは分からないね。あの手の戦士は誇りを重んじるからね」
グスタフの拳がカーリーの肩を掠め、その反撃として放たれた黄金の斬撃が結晶化した腕を切り裂く。それを瞬きの間に幾度と無く繰り返している。
「本当に化け物ですね……」
「お互い様だと思うよ」
グスタフは魔王軍幹部として納得の強さを見せているが、それと真正面から打ち合っているカーリーも十分に異常だった。むしろ問題は別にある。
「それにカーリー君は楽しそうだけど、私は少し嫌な予感がしている」
「嫌な予感ですか?」
「この遺跡の方さ、通路が崩れるだけで。私達はとんでもない大きさの落石を対処しなきゃいけなくなる」
「それは確かに……援護より先に避難経路を考えた方が良さそうですね」
「私はそう思うよ」
二人は同時に溜息を吐いたが、その直後、前方から聞こえてきた豪快な笑い声によって再び顔を上げる。そこではカーリーとグスタフが、まるで旧友のように笑いながら全力で殴り合っていた。
「!? カーリー!! 聖剣はどうしたんですか!?」
目の前で行われた判断が理解できなかったのだ。相手は魔王軍幹部。そんな敵を前にして、唯一最大の武器である聖剣を手放すなど正気の沙汰ではない。
しかし当のカーリーは実に晴れやかな顔で拳を握り締めていた。
「グスタフ殿は稀に見る無装の剛勇。コチラも一度は拳で打ち合ってみたいと思うのが心理!!」
「バカなんですか!?」
反射的に飛び出した叫びに、今度はグスタフが豪快に笑った。
「何言ってやがる! 殺し合いする奴なんざ、頭が何処か弾けてなきゃやってられねぇよ!!」
その言葉とともに彼女の全身から闘気にも似た圧力が噴き上がる。
エリリーは頭を抱える、確かに理屈としては理解できなくもない。目の前にいる二人は戦士であり、強者同士だからこそ通じる価値観もあるのだろう。
だが理解できることと納得できることは別だった。
少なくとも彼女からすれば、魔王軍幹部と拳で殴り合うという発想そのものが狂気の領域である。
一方でグスタフはますます上機嫌になっていた。戦士として生きてきた彼女にとって、武器の優位を捨ててまで正面からぶつかろうとする相手は何より好ましい。
そこに打算はなく、恐怖もない、ただ純粋に己の力をぶつけたいという意気込みだけで拳を振るってきている。
「良いじゃねぇか聖剣使い!」
グスタフが拳を鳴らす、結晶化した腕部から鈍い音が響き、その度に周囲の空気が震えた。
「その意気だ! 剣を握る前にゃ誰だって拳から始まる! だったら一度くらい原点に戻るのも悪くねぇ!」
「うむ!!」
カーリーも満面の笑みで応じる、聖剣という要素を抜いてなお周囲に嵐が吹き荒れるが如きに場が崩れて行く。エリリーとエルドラゴンは咄嗟に防御障壁を展開しながら後退した。
「先生!!めちゃくちゃです!あの二人!!」
「だねぇ……メリーも流石に此処まで戦闘狂じゃ、いや軍人時代の彼女の渾名って血濡れのメリーかどうだろうか」
その時だった。エルドラゴンの呟きが途切れるかどうかの時、カーリーとグスタフが再び激突しようとした瞬間、空気が変わる。
否、空気そのものが凍り付いた。通路の奥から流れてきた冷気が一瞬で周囲を覆い尽くし、壁面を走っていた亀裂すら白銀の氷で埋め始め
――――――GRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRR!!
龍の咆哮が響いた、音というよりも世界そのものを震わせる圧力だった。カーリーとグスタフですら反射的に動きを止める。
遥か後方、広場の方角から放たれたそれは、間違いなく氷柩龍プルイーナの咆哮だった。そして冷気と共に、あの声が響く。
『愚か者共、眠りを妨げるなと告げた筈だ』
静かな声だった。だがそれでも先程までとは比べ物にならない圧力があった。山脈そのものが語り掛けているかのような重み。
『既に約定は破られている』
冷気が強まる、周囲の温度が更に下がり、通路の床が軋み始めた。
『だが我も住処を徒に壊したい訳ではない、故に最後の警告を与える』
その言葉に、カーリーですら思わず背筋を伸ばした。
『次は無い』
それだけだった。
しかし十分過ぎた。プルイーナが本気で怒れば、この都市そのものがどうなるかなど想像したくもない。やがて冷気がゆっくりと収まり始める。グスタフは周囲を見回しながら頭を掻いた。
「何か今、とんでもねぇのに怒られた気がするんだが。」
「うむ。怒られた」
「だよなぁ、アスラ様ならなんて言ってたか分かるのかねぇ」
珍しくグスタフが苦笑した。するとその時、彼女の腰に提げられていた黒い結晶が不意に明滅する。
「ん?」
グスタフの表情が僅かに変わる。結晶へ指を触れると、そこから低い男の声が響いた。
『グスタフか』
「ああ、俺だ」
『緊急連絡だ』
普段なら軽口の一つも飛ばすグスタフだったが、相手の声音を聞いた瞬間に笑みが消えた。
『幹部が一人落ちた』
エリリーもエルドラゴンも思わず息を呑んだ。魔王軍幹部たる血蝕の魁星。それは単なる強者ではない、一国を揺るがす猛者達だ。
「……誰だ」
『一人ではないな一剣、魔剣のレメゼラが討ち取られた』
数秒の静寂が流れる。先程まで戦いを楽しんでいたグスタフの顔から笑みが完全に消えていた。
「そうか」
それだけ呟く、怒りも悲しみも表には出さない。だが彼女の瞳には確かな感情が宿っていた。
血蝕の魁星は同胞であり、戦友であり、共に魔王軍を支える仲間でもある。その一角が落ちた。それは決して軽い報せではなかった。
『至急帰還しろ』
「ああ」
グスタフは短く答える、通信が途切れると、彼女はゆっくりとカーリーへ向き直った。
「悪ぃな聖剣使い」
先程までとは違う笑みだった。戦士の笑みではなく、仲間を案じる者の顔。
「続きはまた今度だ」
「うむ。仕方あるまい」
「次に会ったら最後まで付き合えよ?」
「無論だ!!」
グスタフは豪快に笑い、そして踵を返す。
「じゃあな学者共。遺跡探索は楽しかったぜ」
そう言い残すと、その体は砲弾のような速度で通路の奥へ消えていった。後に残されたのは静寂だけだった。
エリリーは大きく息を吐く。
「……終わりましたね」
「終わったね」
エルドラゴンも安堵したように頷く。
一方でカーリーだけは少し残念そうだった。
「惜しいな」
「惜しくありません」
エリリーは即答した。するとカーリーは不思議そうな顔をした後、小さく肩を竦める。
「そういうものか」
その呑気な返答に、エリリーとエルドラゴンは揃って深い溜息を吐くのだった。